――昔々、妖達と少しの人間達が暮らしておりました。
妖は人を襲い、人は妖を退治する。
両者は互いを恐怖させ、血を流した分だけ血を流させる日々。
それでも双方が滅びきる事は無く、存続し続けておりました。
所が月日が立つ内に、様々な場所で暮らす人間達の力はどんどんと増していきました。
それは恐れを克服する物質の力。
人間は新たな力を手にした事で、妖を恐れなくなったのです。
ただの空想と成り果てた妖は存在出来うる場を失っていきました。
その分、人々は安心して生活出来る世界を広げていきます。
そうしていく内、やがて人間は"恐れ"と共に、"畏れ"までも忘れていきました。
とうとう神や仏までもが、忘れ去られていく日がやってきてしまったのです。
そうして衰退の一途を辿っていく多くの幻想達は、為す術もなく深い山の奥へと息を潜めます。
未だ残る人を襲う妖怪と、妖を退治する人間。その関係が色濃く残る地へ。
そう、妖を退治出来る一部の人間や、神仏から言葉を賜われる人間もまた、他では暮らしていけなかったのです。
やがて妖の賢者と人間の巫女はいずれ消えゆく定めを知り、決意しました。
――この地を外界から閉ざそう。忘れられてゆく者達の最後の楽園としよう。
そうして巨大で強力な結界に守られるようになったその地は、今も世界を拒絶しながら、世界に拒絶された者達を全て受け入れ続けているのです。
その地の名は"幻想郷"。
――幻想と成り行く者達の、最後の楽園。
――早朝。太陽が街を優しく照らし始めて間もない時分。
ここ、美布《みふ》学生寮の名を冠した児童養護施設の一室もやんわりと柔らかな光に包まれ始める。
今時分と言えば夢の世界の盛り上がりもおおよそのピークを迎え、人々に安息をもたらす頃合いである。
射命丸「――と、言う事でして、そもそも私達はこの"幻想郷"からこの外の世界に強引に召喚されているような物でして、その関係上実体化していない半透明のスケスケ状態なのです。どうせなら完全透明にしてくれればスクープ撮り放題だと言うのに――」
だが鴉天狗の射命丸文にとっては、ようやく講義が盛り上がってきた所、程度の認識でしか無かった。
( ゜ω゜)
講義の対象者はブーンこと内藤ホライゾン。
両親は幼いころに亡くしていたものの、養護施設の支援によりきちんとした教育と愛情を受ける高校二年生で、やや好奇心と難易度高めの障害物走が得意なだけの、ふくよか系男子。
本来ならとっくに寝息とイビキの協奏曲《コンチェルト》を奏でつつ夢の世界へログインしている筈の、どこにでも居る普通の青年――"だった"。
そう、つい昨日までは。
――昨晩の学校で起きた夢幻の如き一件。それは内藤ホライゾンの世界観と常識の限界を大きく揺るがらせる大きなキッカケと成った。
闇を纏い操る人外。
魔砲をぶっ放す不審な少女。
その傍らに寄り添う不思議な魔女さん。
そして――目の前に居る鴉天狗な新聞記者の射命丸文。
一夜にしてもたらされた数々の出会い。広く深い謎の匂いを期待させ、心を魅了するには充分過ぎた。
だがしかし、ここはゲーム世界ではないのだ。
力を手に入れたからさぁ冒険を! という程単純な話でもないし、薬草さえあれば何時間でも動いていられる体力も精神力も無い。そもそも冒険の行き先も、道端の薬草の使い方も、次に戦うボスの居場所も何も分から無い。
――更に正確に言えば昨晩はもっと現実的な危機が目の前に置き去りにされていた。
(;^ω^)『ねぇ、これってやばいんじゃないかお? もしかしてやばいくらいやばいんじゃないかお?』
問いかけの先にあったのは、始めての戦闘によって"不幸な事に"半壊してしまった木造旧校舎。
気が付けば何処かへ去っていってしまった責任者二名。
夜中にも関わらず、恐らく派手に鳴り響かせただろう数多の爆音。
射命丸『……早速パートナーとして相談致しますが、容疑者として紙面を飾られるのと、後で容疑者を紙面に飾るのどちらがお好みですか?』
(;^ω^)『前者はツンが居るからバッドエンド所かデッドエンドになりかねないお。――って事で!』
後ろを振り向かずに全力疾走。何故なら振り返らないのが若さだからだ。
黒い服を纏った妖怪少女は確かに怖かったが、黒っぽい紺の制服を来た国家公務員も違う意味で恐いのだから仕方が無い。
これから相対するかもしれない敵云々よりも、まずは今来るかもしれない地元警察の方々だ。
そうして初めての戦いの余韻だとか異能力らしい技を体験した事だとか、それらを味わう余裕も無いまま、人目を避けつつようやくたどり着いた寮内の愛しき我が自室。
細かい事を気にかける余裕も無い程疲労しきった肉体に鞭打ちつつ、まず向かったのは自室備え付けの小さなシャワールーム。
なんせ制服はボロボロのホコリまみれで、体のあちこちには切り傷や擦り傷だらけ。
本当はさっさとベッドに体を埋めたかったが、そのままダイブすれば翌日よりベッドからゴミ置き場のような匂いがする事になるだろう。それは避けたい。
( ^ω^)(あ、ドクオは?)
シャワールームに足を踏み入れる前に、部屋の中に居るかもしれない同居人兼友人のドクオの姿を探す。が、普段に輪をかけて気配は無い。
きっと徹夜で出かけて居るのだろう。毎月良くある事なので気にはしない。いや、むしろかえって都合が良い。
敗残兵のような無残な見た目に、鞄毎無くした所持品の数々。それらを尋ねられても誤魔化す言い訳は思いつかないし、帰宅が遅くなった事も疑問に思うだろう。きっと心配させてしまう。というかスルーされたら寂しい。
ともかく色々と刺激が強すぎる未知の領域には、未だ出来るだけ友人達を巻き込むべきでは無いと考えた。どこまで隠し通すか、通せるのか見通し付かなくてもだ。
( ^ω^)『――ふぅ、とりあえず……少しでも休むかお』
シャワーで汗と泥を洗い流し、不思議と既に治っていた擦過傷跡を軽く撫でる。
小ざっぱりとした体に着替えのジャージを纏った所でようやく人心地。
簡単にでもシャワーを浴びたせいか、やや激し目の空腹感と眠気が主張をしてきている。
こうなると何か少し食べたい所だが、買い置きの軽食は先日の連休で消費仕切ってしまっている。
仕方なくここは我慢して寝てしまおうと、ベットに体を放り投げようとしかけた瞬間だった。
射命丸『じゃあ早速、ブーンさんには色々と基礎知識を付けて頂きましょうか!』
(^ω^ )『……』
(;^ω^)『――はい?』
そうして、今に至る。
射命丸「――その時! 飛び立つ犯人の姿を追うべく、最速最高少女こと私、射命丸文がですね――」
( ゜ω゜)
講義によって綴られる幻想郷と呼ばれる異世界での日常。
何だか日常話なのに非日常過ぎてアレだが、射命丸文が何者かを知るのには正直ありがたかった。
ホワイトボードもブラックボードも無いと言うのに、射命丸の知識の噛み砕き方によって情報はかなり分かりやすく伝わって来る。流石、新聞記者なだけある。
だが――速い。すごく速い。ペースが滅茶苦茶過ぎる。
否応無しにどんどん頭に詰め込まれていく圧倒的情報量に、全身に残る疲労感。
とっくに処理限界を超えた負担に、内藤は焦点の定まらない瞳で、射命丸の姿を機械的にただ追い続けていた。
射命丸「――やはり風神少女は良い曲です! それを聞きながら私の発行している"文々。新聞"を朝やお昼のゆったりとした時間に眺めるというのは、非常にオススメしたい娯楽の一つでして――」
(; ω )
最早、射命丸自身の自慢だか宣伝だか分からない内容に講義はいつの間にかシフトしていたのだが、勿論突っ込みを入れる余裕なんてありゃしない。
このまま脳髄の奥まで洗脳されて行く状況が続くのかと、心の何処かでぼんやりと思い始めていた時だった。
ピリリリリリリリ――
射命丸「あややっ?」
(;^ω^)「――お?」
けたたましく鳴り騒ぐ不快音。
――ああ、目覚まし時計の音だ。今まで鳴った瞬間に無意識に止めて来た、あの時計特有の単調な音色だ。
そう認識した瞬間、ぼうっとしていた頭が一気に目覚めていくのを感じた。
虚を突かれ、射命丸の講義の勢いも一時停止中だ。
(;^ω^)「あれ!? もう、こんな時間になってたのかお!?」
同じ体勢で座り続けていたお陰ですっかり凝り固まった体をギクシャクと動かしながら、自分のベットに放り込まれていた目覚まし時計を止めに行く。
平日の起床時間に鳴るようにセットされたタイマーは、今回も意図した時間に鳴り響いてくれたようだ。
ドクオにぶち当てても尚、遜色なく動いてくれた事に感謝。お陰で助かったから、買い替えるだなんてもう言いません。
( ^ω^)「よし。……じゃあちょっと着替えるから、あっち向いててほしいお。射命丸」
射命丸「あやや? 何処かに出かけるつもりですか?」
( ^ω^)「え? 何処にってそりゃ学校に――」
言いかけて一秒、思いっきり息を吸って射命丸は答えた。
射命丸「ダ! メ! で! す!」
(;^ω^)「お、おおぅ……」
突然ずずいっと迫る射命丸の顔。
今の射命丸の体は実体じゃないらしいから決してぶつからない。しかし分かっていても、やはり反射的に腰が引けた。
射命丸「まったく、何馬鹿な事言っているんですか! 今の貴方は知識不足技量不足おまけに体力と速度も不足している、戦いの超初心者! 言わばカモですよカ! モ! 鴉天狗の体質を得てるのにカモ!」
(;^ω^)「……むぅ」
確かに言われた通りだ。まだ何も良く分かっちゃいない。
知識もまだ上辺だし、技量という程経験も積んでいない。
……強いて言うなら、体力が回復仕切らずに不足している原因は射命丸の方にあるのだが。
(;^ω^)「でも、それでも行かなくちゃなんだお」
少々心苦しいが、射命丸の静止を無視して登校の準備を始めていく。
制服はボロボロ。着ていけば殊更目立つ事だろうから、仕方ない。ジャージのままで登校しよう。
次に、鞄を紛失してしまっているが、どうせ中身は雑貨品だけだ。勉強に必要な物も学校に置きっぱなしだし問題は無い。後で探して、場合によっては新調しよう。
だが、正直携帯まで紛失したのは痛い。再入手の手続きと新調する値段を考えると、見つからないと困る。
射命丸「――どんな理由があるかは分かりませんが、昨夜の戦いで貴方の顔は割れてしまっています。そうなると、いつ昨晩貴方を襲った人物が貴方に襲いかかってくるか分からないのですよ?」
頭の方まで割られたいのですか? と尋ねられ、動かしていた腕がピタリと止まる。
(;^ω^)「それは、ルーミアとか言う妖怪と一緒に居る"誰か"かお?」
从#゚∀从『……次は逃がさねぇからな。テメェも――その奥で隠れてるヤツもな!』
ハインが逃げていくルーミアに向かって叫んでいた言葉――。
それから読み取れる、あの場に居たもう一人の"誰か"の存在。
射命丸「ええ、ルーミアさんも私達と同じ条件でこちらに居る筈です。"幻想郷の人妖達"は"幻想片"と"夢想器"……そして、貴方達"参加者"の三つで持って、今この世界に存在している訳ですから。今は一方的にブーンさんの顔が割れているこちらが不利です」
( ^ω^)「幻想郷の人妖達……?」
"幻想郷"。射命丸の説明にあった異世界だか隠れ里だかの名前だ。
人も妖怪も神様も何でも居るらしいが、昨晩から気になってるのはそこじゃない。
これからするのはもっと根本的な質問だ。
(;^ω^)「良く分から無いけれど、昨晩助けてくれたハインのパートナー……えっと、魔理沙? それと、ルーミア。同じ所に住んでたんなら、何か弱点とか射命丸は知らないのかお?」
射命丸「あー……やー……。確かに新聞記者として彼女達の事は、その弱点と恥ずかしい過去に至るまで知っているには知っているのですが――」
それは初めて見る表情だった。困ったような、自信があるような、もどかしいような、そんなまぜこぜで複雑な表情。
少し黙って眺めていると、やがて射命丸は重々しく口を開く。
射命丸「――実は、ほとんどの記憶が無くなってるみたいなんですよねぇ……私」
(;^ω^)「記憶……喪失ぅ!?」
まさか現実で遭遇する事は無いだろうと思っていた驚きをリアクションすると、射命丸はかなりクールに"いえ全然違います"とそっけなく答えた。
射命丸「正確には、スペルや能力に纏わる事柄――って所ですかね。戦闘において不利有利になりそうな情報は、思い出そうとすると飲み過ぎた次の日のように頭が痛くなります。……うげー」
(;^ω^)「いやそれ、記憶喪失とどう違うんだお?」
ついでに言えば飲み過ぎた次の日の感覚とやらもまだ分からない。
射命丸「"記憶喪失"ではなく"記憶の封印"でしょうね。ブン屋にとって一番大事な情報《ネタ》を封じられるとは、射命丸文一生の不覚……。ともかく、ルーミアさんや魔理沙さんの事は覚えていますが、あくまで人物としての情報のみです……」
( ^ω^)「……それは"夢幻例大祭"ってのを行う為にわざわざやってるのかお?」
射命丸「おそらくそうです。それだけ大掛かりで、重要なお祭という事ですよ。……そして貴方は既に狙われる立場にある。ですから今は、極力不要な戦闘を避けてですね――」
(;^ω^)「――ッ!!」
射命丸が再三の忠告を述べていく。が、内藤の耳には既に届いていなかった。
この部屋に繋がる廊下。そこを歩く足音が近づいて来ていたからだ。
射命丸「ブーンさん? そんなに慌てて一体――」
(;^ω^)「良いから! 射命丸はさっさと何処かに隠れるお! このままじゃ――」
さほど大きくも、特異なわけでもない足音一つ。
だが、内藤の怯えと焦りは尋常では無い。
射命丸は一瞬だけ敵の来訪を疑ったが、付近からは脅威となる程の気配は感じとれない。
――やがて、足音と気配はとうとうドアの前まで辿り着く。
(;゜ω゜)「ああ! 早く! まずいお!」
射命丸「え? ちょっ……ブーンさん?」
血気迫る内藤の勢いに押されるように、射命丸は壁を背にする。……が、内藤自身も自分の勢いに足がもつれ、咄嗟に壁に手をついた状態で動きが止まった。
――そして、地獄の扉は開かれる。
ξ゚⊿゚)ξ「ブーン。入るわよー」
殆ど扉を開いてから、入室を告げる荒々しい友人。――ツン。
射命丸「――あやややや」
身を竦ませるように、壁にもたれかかる鴉天狗の女性記者。――射命丸文。
( ゜ω゜)
そしてその射命丸文を、まるで壁際に追い詰め、逃がさないように手で抑えこむような体勢にいるジャージ男子。――内藤ホライゾン。
(;゜ω゜)「……オハヨウゴザイマス……ですお……」
――この時、内藤ホライゾンは自らの死を悟った。
「……それじゃ授業始めるぞ。まずは教科書の――」
授業開始を告げる電子的な鐘の音の余韻残る教室。
その一つである2-Aクラスで、本日一時間目の授業が執り行われようとしていた。
科目は国語。内容は和歌や俳句についての古語表現だ。
(;^ω^)(朝は死ぬかと思ったお……)
窓際最後列の席で、内藤ホライゾンは今朝の修羅場を想起していた。
――いや、実際には修羅場というような状況にはならなかった。
ξ゚⊿゚)ξ『――あら? なんだ。珍しく今日はもう起きてるじゃない』
たったそれだけ。そう、たったそれだけだった。
あの時、ツンは凄まじい現場の状況を見て、それだけしかリアクションを返さなかったのだ。
普段どんな理由があれ、女の子と不必要に接近しすぎた途端、不機嫌になるツンが。
コンビニに並べられたエロ本に一瞬でも目が行くと、フルスイングでボディーブロー叩き込んでくるツンが。
何もだ。何もしてこない。
むしろ早起きしている事に満足そうな、ちょっと物足りなさそうな表情を浮かべているだけ。
――超必殺技はコマンド入力に時間がかかる。その法則に添って時間差でツンの怒りが爆発するのを覚悟したのだが、結局特に何かある訳でもなくそのままの流れで今こうして無事に登校を果たしている。
( ^ω^)(まぁ、ツンも寛大になったのかもしれないお)
どうせなら平穏無事で自由な朝のが好ましい。
そう思った瞬間、出かける直前に見た射命丸の姿が脳裏に浮かんできたのだった。
戸惑いと悲哀が織り交ざったような不安げな彼女の表情――
(;^ω^)(……僕は、無駄に休むわけには行かないんだお)
罪悪感は無論あるが、それでも登校しなければならなかった。
――何故ならそれだけ引けない訳がある。
それは、出席日数。
親の居ない貧乏学生の内藤にとって、奨学金制度を利用出来る範囲の成績を維持できるかどうかは死活問題に繋がる。
テストの点が悪い内藤は、ただでさえ単位も成績もギリギリ。
もし出席日数さえも足りなくなったら、学生どころか生活が危うい。
寮が孤児院……児童養護施設であるから、身寄りの無い子は多い。寮母さんは少ない予算で色々とやりくりしてくれているのも知っている。
まだ恩返しが出来ないのなら、今は少しでも経済的に迷惑をかけないで置きたいのだ。
(;^ω^)(すまんお射命丸)
帰宅後にどんなお叱りでも受けよう――。そう心の中で謝罪をして、気持ちを切り替える。
「――八雲立つ、出雲八重垣妻ごみに、八重垣作るその八重垣を――」
教卓の奥で教員がすらすらと、日本で最も古いという和歌を読み上げていた。
意味は分からないが、心地の良い歌だ。
自前のノートに一通り書き写すと、
( ^ω^)(……案外、平和だお)
窓から見えるいつもと同じ風景へと自然に目を向けた。
そう、危惧していた程、学校では騒ぎは無かった。
内藤達が学校に付いた時既に、崩壊のあった旧校舎や新校舎の一部は立入禁止とされていたが――、結局はそれだけだ。
大きな目隠しと簡単なバリケード。それから臨時メンテナンス工事を執り行うと言う簡単な教師からの連絡だけで、普段通りの学校は始まった。
流石に学校自慢のセキュリティまでも停止している事に少しだけざわついた声が上がったが、"むしろ面倒なパス認証が無くなって良い"といった具合に、むしろ肯定的に皆は捉えているようだ。それには概ね同意である。
( ^ω^)(鞄、新しく買わなきゃならんおー……)
制服は汚れさえ落とせばなんとかなるだろう。それまではジャージを来て過ごすことになるが、まぁ問題は無い。
運動部の連中は一日ジャージだったりもするから目立たない筈だ。
だが鞄は絶望的だ。何時迄も手ぶらでは、怪しまれる。
窓の外。いつも通りの空を眺めながら、手痛い出費に軽いため息を付く。
開け放たれた窓から入ってきた暖かな日差しと涼しげな風が、慰めるように内藤を撫でる。
『――僕は、夢を現実にするまで立ち止まるつもりはないお』
ふと、思い浮かんだのは昨晩の高揚感。
満ちる危険。迫る敵。差し出された選択。――そして溢れる力。
今は日常の中に居ても、昨晩確かに自分は非日常の中に居たのだ。
思い出すだけで胸の奥が震える。それは恐怖なのか、それとも喜びか――。
( ^ω^)「……」
おもむろに、握りっぱなしだったシャーペンを手の甲に突き刺してみる事にした。
そういう趣味が有るわけではない。これは確認だ。
――あの時、今居る階よりも上空から地面へと着地した際、多少の傷みはあったが体の傷は大した事が無かった。
それを射命丸は当然の事のように告げていた。
つまり、今もあの時と同じだと何かしら確かめられれば、昨晩の事は夢ではないと信じられる。
そして……思い返せば思い返すほど、ただ夢を見ていたのではないかと湧き出るネガティブな思考を晴らす事が出来るかもしれない。
(;^ω^)「ッ!」
普通に痛かった。
結構遠慮なく突き刺してしまったので、血の交じる赤い点が小さく盛り上がってきてしまっている。
繰り返すが、自傷して喜ぶ趣味は無い。
だがこの結果は、手の甲だけの痛みだけでは済まない。
(;^ω^)(やっぱり……夢とか幻覚だったのかお?)
出会えた未知の世界はやはり幻想《ゆめ》でしか無かったと、宣告されたようで心がチクリと痛んだ。
(; ω )「……」
目の前の証拠から眼を逸らすように、再び窓の向こうへと意識を逃す。
染みるように現実的な蒼い空が目に入ってきた。
魔理沙「――憂鬱げだな。何か嫌な事でもあったのか?」
( ^ω^)
ついでにデフォルメされた、小さい白黒魔法少女の姿も目に入ってきた。
(;^ω^)「え……! えええええ!?」
昨日の今日で見間違う筈もないその姿――とはちょっとやはり頭身が違って見えるが、ハインの隣に居た霧雨魔理沙と言う魔法使いに違い無さそうだった。
まるでマスコットキャラクターのようにも見える十センチそこらのその姿。それが窓辺にちょこんと座って、のほほんとこちらへ話かけてきているのだ。
「……どうした、内藤ー。急に叫んだりして」
訝しげにこちらへ視線を送るクラスメイトと教員。
しまった、と思った時はすでに遅かった。ここは三階、ベランダも落下防止柵も無い窓枠にちっこい何かそんな体勢で居るのを見られたら、大騒ぎになるだろう。
目立つなと、射命丸にも言われていると言うのに。
(;^ω^)「え……と、そのー……」
何か、上手い言い訳は無いかと、皆の目に魔理沙が極力写らないようにブロックしつつ考える。が――
魔理沙「おい、何はしゃいんでんだ。心配する必要は無いぜ? 私の姿は一般人にゃ見えないからな」
(;^ω^)「……へ?」
対照的に落ち着き払った魔理沙の態度。むしろ、この状況を少し楽しんでいるらしく、その口元がほんのりにやけていた。
「何か発作でも起きたのか? それなら保健室に――」
(;^ω^)「あ! いや! その……虫が、白と黒の虫が口の中に飛び込んできて、それで驚いただけですお!」
遅れてやっと魔理沙の言う意味を理解した内藤は、適当にその場を切り抜ける嘘を並べる。
教員やクラスメイトの間から少々笑い声が上がると、やがて何事も無かったかのようにようやく授業は再開され始めた。
それを確認し見届けた後、机の上に教科書を立てながら小声で魔理沙の方へと喋りかけた。
(;^ω^)「……他の人に見えないって本当かお?」
魔理沙「ああ。嘘は付いてないぜ。私は正直者だからな。原理はまだ分からないが、夢想器を持つ奴にしか私達"幻想郷"の連中の姿は見えないらしい」
魔理沙はそう言うとそれを証明するかの如く、内藤の前の席に座る生徒――そのすぐ顔前を何度か往復してみせる。
(;^ω^)「……マジかおー……」
それを見て合点がいった。朝、ツンがあんな状況を目の当たりにして何も言わなかったのは、後で人目のない所で始末する為なんかじゃなくて、単純に見えてなかったのだと。
魔理沙「ま、分かってるとは思うが、この声もだ」
(;^ω^)「ああ、それはなんとなく――っていうか、一番気になる事はそこじゃなくてですね……?」
魔理沙「悪いな。ちょっと要件ついでに、様子見に来ただけだぜ。急ぎなんで質問コーナーは自分の相棒に頼んでくれ」
( ^ω^)「……むぅ。分かったお」
気になることはいくらでも湧いてくるが、急いでるというのなら仕方無い。
そもそも戦う運命にある相手なのだから、親しげに質問出来ると考える方がおかしいのだろう。
( ^ω^)「……ん? そうだお。なんで様子見に来てくれてるんだお? 敵なんじゃ無いのかお?」
魔理沙「あー? そりゃ私が面倒見の良い奴だからに決まってるだろ。魔女は魔女でも良い魔女の方だ。初心者《ビギナー》をカモる程落ちぶれちゃいないぜ。感謝するんだな」
(;^ω^)「あー……そうなのかお? それはありがとう……だお?」
魔理沙「それより急いでるって言っただろ。先輩参加者が有り難い情報をくれてやるから、きっちり覚えるんだな。後、お前がこの先無事で居られたら恩返しもきっちりよろしく!」
随分と恩着せがましい先輩に捕まったものだと、ほんの少し後悔した。
だが、確かにまだ戦いについて何も知らない今現在、情報を今すぐタダで貰えるというならそれだけで有り難い。……利子は付くみたいだが。
魔理沙「さて早速本題良いか? まず昨日お前を襲った奴だが、恐らくこの学校の生徒だと私達は考えている」
(;^ω^)「この学校にルーミアのパートナーが? 何でそう思うんだお?」
魔理沙「大雑把に理由は二つだ。一つは奴に襲われた被害者の分布がこの学校中心である事。もう一つは手口が大雑把で詰めが甘い所だ」
(;^ω^)「他にも被害者居たのかお……!? それで襲われた人はどうなったんだお……?」
魔理沙「安心しろ――とは言えないが、とりあえずは外傷も無いし無事みたいだぜ。……まぁ生気を抜かれてるからしばらくの間入院生活だろうがな」
(; ω )「……」
それは無事の内に入るのだろうか。それとも、それが無事だと思えるような世界で彼女らは戦ってきているのだろうか。
ふと、あの闇に包まれた時の嫌な虚脱感を思い出して、体が震えた。
魔理沙「お人好しな奴は嫌いじゃないがな、今危険なのはお前なんだぞ?」
(;^ω^)「……う」
『状況的には貴方がまた狙われる可能性が高い』
今朝の射命丸の言葉だ。
魔理沙「あー、そうだな。一つ、お前がアイツに負けない方法を教えてやるぜ」
( ^ω^)「負けない……方法?」
魔理沙「もしまたアイツに襲われたら、なりふり構わず"逃げろ"。……昨晩は運が良かっただけだ。次はきっと負ける」
(;^ω^)「逃げ――?」
魔理沙は小さな頭を静かに縦に振る。
魔理沙「適当言ってる訳じゃない。何度か戦った上での親切でそう言ってるんだ」
(;^ω^)「おお……」
魔理沙の言う事に、反論出来る言葉は見つからない。なのに内心どこか割り切れない複雑な渦が残っている。
そんなこちらの心情も知らず、魔理沙は教室の時計を一瞥すると、一瞬苦い顔を浮かべた。
魔理沙「あー悪いな。思ったより時間無いみたいだ……。――ともかく、後一つだけ言っておかなきゃならん事がある」
そう言えば魔理沙は急いでいると前置きしていた。今こうしてほんの少しの会話をしている時間も惜しいのだろう。
急かすように、魔理沙は手招きをする。
( ^ω^)(寄れって事かお?)
とりあえず周囲から見て不自然じゃない程度に耳を傾ける。
すると、魔理沙は二、三度辺りの様子を確認した後――
魔理沙「"八雲"に気をつけろ。――射命丸にそう伝えてくれ」
明確に、口早に、それだけを告げた。
( ^ω^)「――"八雲"?」
それは一体何なのかと問いかけようとした時にはもう、周囲に魔理沙の姿は見当たらなかった。
「――えー、この"八雲立つ"には様々な意味が込められており、例えばこのように――」
"八雲とは、"幾重にも重なる雲"から転じて"曖昧な境界"その物をも指す事がある"。
黒板に書かれた和歌の複数の意訳――その内の一つ。内藤はそれが消されるまで静かに見つめ続けていた。
('A`)「あ……レシートいいっす」
ドクオは手早く商品の詰まったビニール袋を手にすると、自動ドアを通り抜け、そそくさとコンビニを後にした。
きっちり一円単位まで支払いをするのも、レシートも予め断るのも、なるべく他人と関わる時間を減らす為の習慣だった。
('A`)「さて、と」
そのまま人の往来の少ない裏路地へと足を進める。
通い慣れたコンビニの前は、人の往来があって落ち着かない。
一安心した所で、一際強く空腹感を覚えた。
早速コンビニの袋からおにぎり一個を手に取ると、丁寧に包装を剥き、何も言わずにまず一口齧りつく。
('A`)「……うわ、納豆味かよ」
ドクオが購入したオニギリの商品名は、オニギリ・オブ・ハンドレッド。
通称おにハンの名称を持つそのオニギリは、100円(税抜き)で100種の具材がランダムで入っている事が特徴だ。
ヘタすると珍味どころかトラウマ物の食材が入っている事もあるので、素人にはオススメできない。納豆ならまぁ、悪くない方だろう。
一旦オニギリを咥えると、今度は袋の中のお茶を取り出し、蓋を開ける。
中の芳しい緑黄色液体を口に含んで飲み込むと、納豆の粘り気と独特の風味がリセットされてさっぱりした。
そして、またオニギリを一口。
('A`)「……」
格別な贅沢でも無い不安定なこの組み合わせが、今の自分に丁度良いと常々思う。
次のコンビニの前に辿り着いた時には、お茶とオニギリはすっかり腹に収まっていた。
そのまま分別に従いそれぞれのゴミをゴミ箱に。
元の手ぶらの状態に戻った。
('A`)「――じゃ、どうすっかなぁ」
口ではそう言いながらも既に足は次の目的地に向かってゆったりと進みだしている。
ドクオには、コンビニ以外に行きつけの店が一つ、あった。
大通りから少し外れた場所にある、小ぢんまりとした外観の建物。
漫画やゲームソフトが新古問わず並んでいて、立ち読みと試遊も出来る静かな店内。
家族経営で24時間営業を頑張っているらしく、足を運ぶ時間帯で顔ぶれの変わる店員。
ドクオはそんなちょっと変わった宝石箱のような店が好きだった。
"好きだった"――のだ。
('A`)「――閉店……か」
何時ものように顔を出した店。今日は爺さんが店番の日だった。
入店した時に目が合うので、軽く会釈。……その後に以前から気に留めていたゲームのパッケージを眺める。
いくつか目星を付けると、それを手にしたままに今度は漫画コーナーへ。
そのまま朝日が、店前に軽く差し込んできた時の頃だっただろうか。
「今週一杯で店仕舞いだ」
唐突に店員の爺さんが告げた。
最初、何を言っているのかすぐには分からなかったが、こちらに真摯に向けられたその眼を見て、やっと理解出来た。
何て返したら良いか咄嗟に思いつかずに、"そっすか"とだけ簡単に返したが、既に爺さんは何かの作業に意識を移していた。
結局それから6時間。なんだか漫画にもゲームにも集中し切れずに、最終的には何も買わずに出てきてしまった。
('A`)「……まぁ仕方ねぇよな」
理由は色々想像が出来るし、納得もできる。だが、割り切ったつもりでも行きつけの店が無くなるのはやはり寂しかった。
こういう時、無性に友人と馬鹿騒ぎがしたくなるのだが、まだアイツは学校に居る頃だ。
きっと、ツンやショボンと一緒に楽しくやっているんだろう。
('A`)「……はぁ」
俺は、何をやっているんだろう――。
ふと湧いて出てきたネガティブな問いかけに、なんだか気分が落ち込み始めた。
('A`)「――気分転換……すっか」
元々憂鬱げな性格なのに、更に陰鬱になったら始末に負えなくなる。
だらだらと無心で散歩でもすれば、少しはマシになるかもしれない。
結論付けるまでもなく、既に人気の無い方へ自然に足が動いていた。
目的地は無い。アテも無い。ただただなんとなくで歩いて行く。
道に面した家の換気口から、お昼ごはんらしき匂いが漂ってきていた。生憎と少食な上に食事済みなので誘惑はされないが、食い意地の張った我が友だったら魅了されてしまっていた事だろう。
('A`)「カレー。とんかつ……えっと、玉子焼きー」
その家のメニューを勝手に解答しながら、ブラブラと。
普段はこんな風に散歩なんてしないので、一歩進む度に見たことのない素朴な光景が広がっていく。
('A`)「うーん……うどん……いや、蕎麦か?。――ん?」
鰹と昆布の合わせ出汁の香りに集中していると、ふと家の塀と塀の間が目に留まった。
小道だ。
大人一人分がなんとか入れそうかという薄暗い小道。
その小道を視線で辿って行くと、薄っすらと見える奥の方で何かの店らしき建物の輪郭が垣間見えた。
('A`)「……うさんくせ」
誰に言うでもなく呟く。本来ならそれで終わり。
生憎写真取ってSNSのネタにするモチベは最初から無い。
いつもならそのまま立ち去って記憶の隅にも残らないのだが――
('A`)「――"行動を起こせば何かが変わるかも"だっけか?」
ふと浮かんだ、昨晩読んだ雑誌の胡散臭い占いの一文。
その日は何故かその言葉が後押しをした。
深く考えなくても当たり前の言葉だが、偶にはそう言う屁理屈に頼ってみるのも悪くない。
気まぐれが、足を小道の奥へと推し進めた。
( ーωー)Zzz...
ξ#゚⊿゚)ξ「……いつまでも寝てんじゃないわよこのバカぁ!」
(;゜ω゜)「――おおぉッ!?」
スヤスヤと寝息を立てている内藤が起こされた時、それはお昼休みを告げるチャイムが鳴り止む直前だった。
突然椅子ごと引き倒された内藤が一切の受け身も取れる隙はなく、衝撃はその肉体を直撃する。
(;^ω^)「……おはよう御座いますおツン」
だが、こんな程度のダメージは日常茶飯事。今やその程度でどうにかなるような肉体では無い。
内藤は倒れたままの体勢のまま、仁王立ちするツンへと挨拶までしてみせた。
ξ゚⊿゚)ξ「はいお早う。もう授業終わってお昼休みよ」
(;^ω^)「おおぅ……」
いつの間に寝てしまっていたのかと、自分の不甲斐なさを感じながら内藤は立ち上がった。
後でノートをツンかショボンに見せて貰わねば、次のテストがまた危うくなる。
ξ゚⊿゚)ξ「ああ、それでお昼ごはんなんだけど……広間が今、立入禁止じゃない? だから今日は屋上でどうかなって」
( ^ω^)「屋上? 入れるのかお?」
他の学校がどうだかは知らないが、我が美布高等学校屋上は一般生徒に開放されていなかった。
そもそも屋上に入らずとも景色と居心地の良い場所が他にもあった事もあり、態々屋上に立ち入る必要も無かったが。
ξ゚⊿゚)ξ「他の子が言ってるのを聞いたのよ。今、セキュリティサーバーが整備中らしいから、屋上の施錠も開いてるらしいって」
( ^ω^)「……あー」
一瞬ハインの顔が浮かんだ。そのセキュリティサーバーとやらを整備しなくてはならない原因を作った張本人の顔だ。
たった一晩で良くここまで影響出せるなとも思ったが、緊急事態だし自分も関わっていないとも言い切れないようなそうでもないような。
なんだか微妙な気分である。
ξ゚⊿゚)ξ「じゃ、先に行って待ってるから。……早く来なさいよね!」
( ^ω^)「了解だおー」
――折角の機会だ。密かなあこがれだった屋上での昼食イベント。存分に堪能させてもらおう。
内藤はそう割り切ると、自身の食事を用意すべく購買へと足を向ける。
ツンを不機嫌にさせてはならないので、やや駆け足気味で。
(*^ω^)「おお! 本当に開いてるお!」
購買で購入した弁当セットを持ったまま屋上への階段を登っている最中、いつもは固く閉まりきっている筈の扉から光が差し込んでいるのが目に見えた。
開け放たれたドアの形に切り取られた空が見えただけで、何故か心は晴れる。
(*^ω^)「――おー!」
段々と色濃くなる外気に誘われながらとうとう足を踏み入れた"屋上"という空間は、その期待を裏切りはしなかった。
予想よりは少し風雨で汚れていたものの、白っぽい灰色に塗られた床塗装。せめてもの転落防止らしい胸くらいの高さの単純かつ頑丈そうな柵。
そして何よりも――
(*^ω^)「――良い風……だおー!」
縦横無尽に風が通り抜けられる屋上は、教室や地上とはまったく違う力強い風が吹き抜けていた。
色濃く、表情豊かな風。
教室から見える景色とさほど変わらない筈の光景も、そのお陰なのかまた一味違う。
フリーランニングでこんな高さに来たことは無いし、昨晩も昨晩で味わう余裕なんてありはしなかった。それだけに感動も新しい。
ξ*゚⊿゚)ξ「ブーン。こっちこっち!」
(´・ω・`)「やあ、ようこそ屋上へ。良く来たね」
充分過ぎる程良い情景が広がるフロアに内藤が感動していると、友人達の声がふと聞こえてきた。
視界をそちらに向けると、他にも一定間隔を取ってくつろぐ生徒達の集まりがチラホラと見えた。皆同じ魂胆なのだろう。浪漫は共通のようだ。
内藤は屋上の隅に位置取る友人達を探し当てると、その側の空きスペースに遅れて腰を落ち着ける。
ξ*゚⊿゚)ξ「屋上も中々良いじゃない。今度からここで昼食取ろうかしら!」
(*^ω^)「おっおっお、それは良い考えだおー」
風で髪を軽くなびかせるツンは、いつになく上機嫌だった。きっと彼女も同じように感動しているのだろう。
景色を堪能するのに忙しいらしく、その手に握られた菓子パンはちっとも形を変えていない。
(´・ω・`)「ホント、良い風情だなぁ」
対してショボンは、風情を楽しみながらも自分の食事ペースを維持していた。
その手で抱えられた弁当はいつものショボンお手製だろう。
このシチュエーションが、ショボンの優しげなイメージに合いすぎて、なんだかもう何かのCMみたいだ。
……おっと、景色ばかり堪能してないで自分も食事を済ませなくては。お昼休みは有限なのだ。
( ^ω^)「さて、じゃあ早速……いただきますおー」
早速弁当セット(唐揚げ弁当・お茶付き)を開封すると、風を肌に感じながら遅れて昼食を味わい始める。
冷めても美味しい弁当の味もなんだか格別だ。
しばし堪能していると、やがてツンもある程度景色に満足し終えたらしく、関心が食事の方へと戻ってきた。
――その内始まる何時もの雑談。内藤が話の種を投じ、ツンがそれに突っ込み、ショボンが柔らかくまとめる。
昨晩、この学校で命がけの戦いがあった事など、全く感じさせないような平穏が、そこにあった。
( ^ω^)(皆があんまり興味持たないでくれて、良かったお)
下手に誰かが首を突っ込んで、自分のように凄まじい状況に合うなんて、なるべくなら起きないで欲しい事だった。
特に自分の知っている誰かが、あのルーミアのような人外に襲われるなんて、想像すらしたくない。
危険な目に合うのは自分だけで良いのだと、広大な景色に目を向けながらお茶を口に含んだ。――その時だった。
ξ゚⊿゚)ξ「――所で、立入禁止になってる旧校舎の事なんだけど――」
(;゜ω゜)「ブォッ!? ブファッ、ゴファァ……!」
盛大に、むせた。
わぁ霧散したお茶に虹が映って綺麗――とか言っている場合じゃない。完全な不意打ちだ。喉の妙な所に入って行ったお茶がはた迷惑な自己主張をしてとても痛苦しい。
幸い誰も二次被害には合って居ないようだが、あまりにも突然過ぎてツンが固まっている。
ξ;゚⊿゚)ξ「ちょ、ちょっとブーン何やってんのよ!? 馬鹿じゃないの!? 大丈夫!?」
(;゜ω゜)「だいじょ……ゴヒュ……だお……」
一拍遅れて背中を擦ってくれるツン。ショボンも極自然に、皆の食料の安全を確保してくれたようだ。
お陰様で段々と荒い呼吸も治まりを見せ始める。
ξ゚⊿゚)ξ「あービックリした……。それで旧校舎の事なんだけど――」
(;^ω^)「お、おー……」
咳き込むのがある程度落ち着いてくるのを見届けると、ツンは話しかけた話題を再び切り出し始めた。
正直、居心地が悪いってレベルじゃない。必死に平静を取り繕っているつもりだが、いつの間にか脂汗が出てきている。
ξ゚⊿゚)ξ「なんだか昨晩の内に半分くらい倒壊したらしいのよ。先生達は何も詳しいことは教えてくれないけれど、皆の話を聞く限りそういう事らしいわ?」
(´・ω・`)「……なるほど、棟によっては旧校舎のあった所を斜め上から見えるんだっけ。半壊してるってのはあながち嘘じゃないのかもね。……でも急遽、業者さんが解体したってパターンもあるんじゃない?」
ξ゚⊿゚)ξ「それは無いわ。昨晩校内に入っていく重機は無かったし、今朝からだとしても仕事早過ぎよ」
(´・ω・`)「それもそうだね。ならあれは倒壊しちゃった線が濃厚か……。それにしても昨晩の事なんて良く分かったね。この辺りに民家は無いし、人通りも多くないのに」
ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫。信用出来る情報よ? なんせ私があの時学校の門前に居たんですもの」
(;^ω^)「――おっ?」
(´・ω・`)「――え?」
ξ;゚⊿゚)ξ「――あっ!」
しばし流れる沈黙。
訝しげな視線を送る男子二人。
時間と共に、赤みを増していくツンの顔色。
やがてそれが限界を迎えた時――
ξ//⊿/)ξ「ブブブ……ブーンのばかぁっ!!」
(#)゜ω゜)ゴファ・;'.、「何故にッ!?」
爆発するように飛んできたツンの正拳突きは、内藤の頬を正確に捉えた。
スローモーションでノックダウンされて打ち倒れる内藤。だが、ツンはそれに目をくれることなく自分の食料を抱えると、足早に階下へと去っていった。
(´・ω・`)「……今はツンの事はそっとしておいてあげようか。ブーン」
(; ω )「……先に僕の身を心配してくれてもバチは当たらないと思うお……?」
やはりツンのパンチは効く。あらためてそう思った。
当たりどころさえ良ければ一撃で意識を刈り取って行く事だろう。
(´・ω・`)「ところで、さ――」
(;^ω^)「んお?」
揺さぶられてフラフラする頭のまま、それでも何とか体勢を起こすと、ショボンが真面目な顔をこちらに向けていた。
いつもと同じ爽やかさをまとったちょっと気弱そうな顔ではあるが、いつもと違う鋭い目と声が真剣な空気を二人の間に作っている。
(´・ω・`)「――昨日、遅くまで学校に残っていたのはブーンもじゃない? ……実は何か知ってるんじゃないかなって思って」
(;^ω^)「……!」
ショボンは、仲間内ではいつも温厚かつマイペースだ。それ故に、どんな状況でもなだめ役やまとめ役となる事が多い。
だが、時たまこうしてその独自の目線と落ち着きが、鋭い視点となって切り込んでくる時もある。
今回もまた、ショボンの言うことは図星だった。
(;^ω^)「いや……ほら、結構すぐ掃除終わったから昨日はそのまま帰ったんだお」
いつもなら、正直に白状してしまう所だが――今日はそうは行かない。真実を伏せておくのは自分の為であり……彼の為でもあるのだ。
(´・ω・`)「本当に?」
(;^ω^)「お、おおぅ……」
だが、ショボンはそれで納得してくれない。まるで嘘の奥にある真実に手を延ばすように、じぃっとその眼がこちらを映していた。
それは疑いの眼だが、本気で心配してくれている眼でもある。だからこそ、この状況は辛かった。
(;^ω^)「――あ! そ、そういえば昨日、学校で変わった人と話したんだお」
(´・ω・`)「……変わった人?」
話を逸らそうと、少し話題をずらしてみた。
嘘では無いので、これなら押し通せるかもしれないと考えての事だったが、幸いショボンは少し興味を持ってくれたようだ。
(;^ω^)「おー。そうだお。……男子生徒で、制服は着崩しててー……。えっと……金髪と茶髪の間くらいの色した長めの髪で――?」
(´・ω・`)「――ふむふむ。着崩した制服……山吹色系の髪……」
おぼろげながら思い出していく、あの時の男子生徒の特徴。
それらを一つづつ言葉にしていく度に、ショボンは何やら頭の中の記憶を絞り込んでいく。
(;^ω^)「うーん……。ちょっと不良系っぽいけどカッコいい人? だったかお。ドクオと真逆の。まぁカッコいい人は基本真逆だけど。……ああ、それと大きな金色のネックレスしてた筈だお」
(´・ω・`)「……クール系イケメンで、大きな金色系ネックレス。――なるほど!」
クール系イケメンとは一言も言っていないが、何やら合点が行ったらしく、ショボンは一度大きく頷くと――
(´・ω・`)「――それってこの人の事じゃない?」
一枚の写真をポケットから取り出してきた。
そこに写っていたのは、学校の窓から景色を眺めている一人の男子生徒の姿。
やや遠目に撮られた物だったからか、少しぼやけてハッキリとは写っていないが、確かに昨日出会った彼の姿だ。
(*^ω^)「おーそうだお! この人だお――」
(;^ω^)「――って、なんで写真持ってるんだお……?」
(*´・ω・`)「知らないのかい? 彼は同学年F組の狐崎フォックス。学校内外問わず、結構有名人なんだよ」
なるほど。それなら納得だ――って違う、欲しい答えはそこじゃない。何故、男子が男子の写真を大事そうに持っているんだ。
(*´・ω・`)「ふふ……ふふふふ……。ちょっと悪そうな見た目だけど、そこがまた良いよね……」
激しく突っ込みたいが、正直、今そんな横槍を入れられる勇気は無かった。
(;^ω^)(これが無きゃ、ショボンも充分格好良い方なんだけれど……)
ついでに気弱そうに下がり気味の眉尻もキリッと上がれば、さり気なく引き締まった体と合わさって強そうにも見える筈なのに。
残念モードに以降した友人とのコミュニケーションをしばしの間諦め、自分の唐揚げ弁当と向き合う。
( ^ω^)(二学年のフォックス――か)
とりあえず、名前と学年は分かった。
どこか達観していたように見えたから先輩かと思っていたが、まさか同学年だったとは。
外見だけでなく、中身から滲み出るスペックの違いに、内心少し落ち込む。
(´・ω・`)「――あ。そうだ」
( ^ω^)「お?」
唐突に声を上げたショボン。幸いにも何時もの穏やかなショボンモードに戻っているようだ。
(´・ω・`)「ウチのクラス、次の授業が移動教室なんだ。少し早めに席についてないと先生がうるさくてね」
( ^ω^)「おー? そうなのかお」
いつの間にやら完食し終えていたらしい弁当箱を布ナプキンで包み直すと、ショボンはその場に立ち上がる。
その一連の動作に一切の無駄は無い。
(´・ω・`)「それじゃ、先に戻るね」
そう言って屋上の扉へと向かって行く友人の背。――が、一度だけ彼は振り返ると
(´・ω・`)「――そうそう、今日はツンと二人で帰った方が良いよ」
意味深な忠告を残して行った。
( ^ω^)「え? なんでだお?」
無論、その意味をこれっぽっちも分からなかった内藤は、再び遠ざかるその背に聞き返す。
だが"ともかくそうしなよー"とだけ彼は一方的に返し、とうとう視界から消えてしまった。
(;^ω^)「うーん?」
残された内藤は少し頭を悩ませていたが、やがて考えるのを止めた。
ここでようやく気がついたのだが、他に屋上を利用していた生徒の姿も無くなっていたからだ。
屋上は景色は良いが風も結構強い。長居をする者は居ないのだろう。
(;^ω^)「あれ? 今時間どのくらいだお?」
時間を確認しようとして、ポケットを弄る。が、手応えは返ってこない。
その時、自分が携帯電話を持っていない事を思い出した。
朝からずっと慌ただしかったせいで、今の今までその事が頭から抜け落ちていてしまっていたのだろうか。
生憎と腕時計も持って無いので、時間は最早分からない。腹時計も現在、満たされ気味なお陰で機能はしないだろう。
とりあえずショボンは何時も余裕持って行動をするので、昼休みのタイムリミットが差し迫る訳では無いとは思う。
まぁ携帯が無いのはやはり不安に感じるが、きっとその内見つかるだろう。
というか、そうであって欲しいと思うので、そこで考えるのを止めたのだ。
( ^ω^)「……一応早めに戻っておいた方が良さそうかお」
弁当の食べかけを手にして、早々にこの場を後にしようと決断する。
次の授業の遅刻を心配して、というのもあるが、大部分の理由は違う物だ。
屋上は随分と居心地の良い場所には違いない。だが、それでも独りで居るのはなんだか無性に寂しく感じたからだ。
――だが、実際にはまだ独りではなかった。
「――屋上の空気はどうだい?」
( ^ω^)「……?」
どこかから聞こえてきた声。その元を探そうと弁当を一旦床に置いて辺りを見回す。
爪'ー`)「よう。また会ったね」
その声の主――フォックスは、屋上への階段を囲う鉄筋コンクリートの箱、所謂ペントハウスの上からこちらを見据えて居た。
(;^ω^)「えと、こんにちは? ……だお」
まさかこんな所で再会するとは思っていなかった。
突然過ぎて、なんと話かけたら良いかすぐに出てこない。
内藤が戸惑っていると――
爪'ー`)「ほら、受け取りな」
∑(;^ω^)「おおお!?」
唐突にフォックスが投げてよこして来たそこそこ大きな何か。それは学校指定デザインの鞄だった。
ゆるい放物線を描きながら飛んでくるそれを抱き抱えるようにして受け止めた時、少し開いたチャックの中から中身が見える。
(;^ω^)「――! これって――」
見覚えのある外見のオンボロ具合と、顔をのぞかせる中身に心当たりを覚え、慌ててチャックを全開に。
勉強道具関連はほぼ入っておらず、代わりに良く分からない雑貨の数々がゴチャゴチャ。
――それは間違いなく、昨晩ハインに向かって投げつけたあの鞄だった。
爪'ー`)「君の落し物だろ? 内藤ホライゾン」
(;^ω^)「おお! ありがとうだお――って、何で僕の名前を?」
フォックスは、返答の代わりに黙って鞄の中身を指し示す。
再び良く内容物を確認すると、進路調査票に唯一書き込んである自身の名前に目が留まった。
爪'ー`)「勝手に中身見たのは悪かったね。でも最初から散らばってたんだから不可抗力だろう?」
(;^ω^)「おー……」
別に戻ってこなくても良いと考えていたのは、重要な物が入っていなかったと思ってたからだ。
まさか進路調査票(フルネーム入り)も一緒だったとは不覚だった。
無くしたら怒られるのは確実。
恥ずかしさと自分のうっかり加減に頭を抱えていると……ふと、フォックスが静かに遠くを見つめている事に気がついた。
( ^ω^)「……?」
そのまま釣られるように同じ方向を見やると、当然視界に入る自然と人工物の集まり。
そのまま両者の間に流れる沈黙の空気。
――やがて、少々の間を持ってその禁をフォックスの方が破る。
爪'ー`)「君は、この世界をどう思う?」
( ^ω^)「どう……? って何がだお?」
深い深い溜息。フォックスのものだ。
爪'ー`)「――まぁ、いきなりじゃ分からないよな」
再び流れる沈黙の空気。
フォックスは依然、遠い目で街を見つめている。
爪'ー`)「俺は、ここでこうしてるのが好きでね」
(;^ω^)「……お?」
爪'ー`)「ここには誰も居ない。誰も俺を見ない。ただ静かな風景が広がってくれるだけ」
内藤は、フォックスの静かな気迫に呑まれていた。
彼の表情は変わらない。なのに、纏う雰囲気がずっと重厚さを増している。
爪'ー`)「――少なくともここは俺にとっての楽園なのさ。君にも分かるかい?」
( ^ω^)「……」
楽園。
少なくとも彼にとってその言葉に込められた重さは相当なのだろう。
でも――
( ^ω^)「僕には……良く分からないお」
爪 ー )「……そうか」
寂しそうな彼の声色に、少し悪い事を言ってしまったかなと後悔した。
( ^ω^)「でも――」
だからもう一つ、自分の真意を付け足そう。
街から吹き抜ける風が、様々な匂いと温度を運んできた。
一瞬にして脳裏を巡る街の風景。
(*^ω^)「ここの風は、僕も好きだお?」
爪 ー )「――フッ」
風が流れ止んだ頃、フォックスは唐突に笑みを溢れさせた。
爪'ー`)「ははは……! 何だいそりゃ? 内藤は本当に面白い奴だなぁ! ああ、確かに同感だ!」
堰を切ったように溢れ出る笑い声。
伝わったのかどうかは分からないが、フォックスは頬を緩めながらその答えを受け止めてくれた。
(*^ω^)「おっおっおっ! ブーンで良いお!」
爪'ー`)「ブーン? ブーンか! こりゃまた面白いニックネームだ!」
(*^ω^)「よく言われるお!」
正直、彼が何を伝えたいのか分からない。
でも、少なくとも良い友達には成れそうだと、心の何処かで確信していた。
二人ぼっちの空間で、ひとしきり笑い合う。
爪'ー`)「――なぁ、ブーン。宝ってのは、壊れてしまってから価値に気付いて守ろうとしても意味が無い。でも、それは単純だがとても難しい事だ」
( ^ω^)「宝……? 唐突に何だお?」
爪'ー`)「今は心のどっかにしまっといてくれよ。君が後悔する所は見たくない」
( ^ω^)「……」
初めて会った時と同じように放られる、抽象的な言葉。
だがあの時と違い、今は何か重要な意味が篭っているように感じる。
( ^ω^)「……ねぇ、君は一体何者なんだお?」
爪 ー )「……何者、かぁ」
少しの戸惑いの後、決意をかためて問いかける。
すると、やはり答えづらいのか、フォックスは笑みを浮かべたまま空を見上げていた。
爪'ー`)「――フォックス。名前はもうご友人から聞いているだろう? それだけで充分だ」
(;^ω^)「やっぱり君は――」
爪'ー`)「――所で、大丈夫なのかい?」
( ^ω^)「へっ?」
トントン、とフォックスは自分の腕時計を指し示す。それが何を意味するか、分かった瞬間にはもう――
――キーンコーンカーンコーン――……
(;゜ω゜)「おおおお!? もう昼休み終わりかおッ!?」
安息の時間の終焉を告げる鐘の音が、鳴り響いていた。
未だ食べかけの弁当に未練を残す腹の虫による抗議の音色を聞きながら、もう遅い時間配分の大切さを知るのだった。
魔理沙「調査。ざーっと終わったぜハイン」
从 ゚∀从「――どうだった魔理沙」
学園脇の林の中。
人目に付かないようにイライラしながら息を潜めていたハインは、小さい魔女の姿を見つけるなり、いつものフードをかぶり直しつつ問いかけた。
魔理沙「結論から先に言えば"居なかった"ぜ。昨日のアイツを除いて私に反応した奴はな」
从;゚∀从「おいおいマジかよ……」
慌てて手元の資料へと目を通し直す。
それは、この学園に通う生徒の名が記された簡易名簿のコピー。情報戦に弱いハインが、物理的手段でもって掴んだ今回のキーだ。
だが――
从;゚∀从「――全滅じゃねーか」
敵が目の前を飛び回って平素を保っていられる人間は少ない。
朝から魔理沙に調査をしてもらう事、数時間。登校して教室に居る筈の生徒は全員確認し終わった。
予定では、調査結果とこの名簿を照らし合わせる事で、ルーミアの契約者が判明出来る予定だったのだ。
从 ゚∀从「見落としとかしてんじゃねーのか? 魔理沙」
魔理沙「まったく失礼な奴だぜ。疑うつもりか? 私がわざわざ魔法使いのアイデンティティ捨ててまで身を張ったってのに」
从 ゚∀从「おーおー、悪い悪い。信用してるぜー」
異世界の友人である"普通の魔法使い"霧雨魔理沙は形から入るタイプらしく、それ故の拘りを持っているようだった。つまり、"空を飛ぶ時は箒で"。
だからこそ、今回文字通り飛び回って貰おうと頼んだ際も、ごねるにごねられた。
それでも別案に切り替えなかったのは、これが最も手軽で確実だと見込んだからだ。
从 ゚∀从「……だからこそ、この結果は信じたくねぇよなぁ……」
ルーミアの契約者と複数の戦闘を重ね、積み重ねてきた情報から分かった事がある。
一つ、暗がりの無い場所には出て来ない。
二つ、車やバイク等のエンジンのついた乗り物は用いない。
三つ、顔を晒したがらないが、証拠を残すことまでは警戒していない。
四つ、活動範囲の中心はこの美布高校。
五つ、主に日没以降に人を襲う。
これらから考えた場合、"美布高等学校の生徒が学校帰りに誰かを襲っている"と仮定した場合が一番しっくり来るのだ。
だから昨晩は思い切ってこの学校に忍び込んだ。
結果、ルーミアと遭遇。
仮説の信用度は高い筈だった。
从 ゚∀从「くっそ、どっか間違ってたかなぁ?」
昨日今日きっちり登校したらしい生徒は、名簿を見る限り全員調べ終わっている。
魔理沙に気が付いても反応すら返さないというパターンもありうるが、そんな頭の切れる奴が証拠が現場に残る事を警戒しない筈が無い。
八方塞がりだった。
魔理沙「ま、諦めずに他の方法で探ろうぜ。最後をビシッと決めりゃ、大体格好良い話になる」
从 ゚∀从「……たりめーだ。このくらいでへこたれるか」
人の頭に馴れ馴れしく手を乗せるようなポーズを取る魔理沙を、ぶっきらぼうに手で払いながら答える。
从 ゚∀从「――そうさ。オレとお前の"目的"の為にもな」
魔理沙「――ああ、その時まで頼むぜハイン」
一度だけ意思を確認し合うように視線を交わすと、やがて二人は林の影に溶け込むようにその姿を消して行った。
(;^ω^)「いっそげ! いっそげ!」
階段を駆け下り、段差を一飛び。更に速度を上げて突き進む。思ったより体は軽やかだが、心は重い。
つい最近校舎内を駆けまわった思い出が、碌な物で無かったからというのもあるのだが、理由は別にある。
"時間"という不可視な存在が追い立ててきているからだ。
(;^ω^)「ああもう、こんなの詐欺だおっ!」
――教員が現れる前に教室へと辿り着く事。そのミッションにおいて内藤は成功したと言っていい。
だが、彼はもっと早く気がつくべきだったのだ。
席に着いて待ち続けるも、一向に表れぬ教員。
それどころか、同じクラスの生徒の姿さえ見えぬ静かな教室。
そして――
『急遽合同授業にすることにしましたので、視聴覚室に移動して下さい』
(;^ω^)「なんでっ! わざわざっ! 隅っこに書いてあるんだおっ!」
黒板の隅の方に小ぢんまりと嫌がらせのように書かれた教師からの通達。
しかも、目的の視聴覚室へ続く最短ルートはホールのガラス修復作業によって閉鎖されている。
元々地味に生徒に嫌がらせをする担任だったが、ここまで見事なコンボを決めてくるとは思わなかった。
後悔は先に立たず。このまま移動に間に合わねば2日連続の愛校作業行きになるかもしれない。それは御免被る。
教員に注意されるのも覚悟で、更に速度を上げた。この分ならまだ間に合うかもしれない。
やがて差し掛かったほぼ中間地点。外気が吹き抜けるホール下の通路部分。
暖かな日の明かりの影響薄く、日中でも天上に設置された照明が灯されているそのルートまで来た時、己が油断していた事に気付かされた。
(;^ω^)「――おっ?」
( ´∀`)「――モナ?」
――衝撃。
死角から通りがかった誰かと、全速力の衝突だった。
パチンコ球がぶつかって弾けるように、お互いの体はそれぞれに吹き飛ぶ。
傾く視界の端で一応持ち歩いていた筆記用具が、衝撃で遠くに飛んでいくのが見えた。
(; ω )「いてて……あれ……?」
固い床に強かに肉体を打ち付けたが、強く痛んだのはほんの数瞬。すでに少々痛むくらいまで、痛みは引いていった。
成る程、思った程打ちどころは悪くなかったらしい。
これならまだ走れそうだ。
(;^ω^)「――ってそれ所じゃ無かったお! 相手の人は――!?」
かなりの速度で思いっきりぶつかった事を考えると、相手の人も相当にダメージを負ってしまっている筈だろう。
うっかり、周囲を見ずに全力疾走で無茶してしまった自分の責任だ。
心の底から心配になってその姿を探す、が――
(;´∀`)「あー……、ちょっとびっくりしたぁ……!」
(;^ω^)「――あ、あれ?」
ちょうど向こうも起き上がった所だった。
だが、その表情からは少々困惑したと言った程度の影響しか読み取れない。
それどころか何事も無かったかのように、自身の制服についた埃を叩き落としてすらいる。
(;^ω^)「結構、大丈夫――そう?」
(#´∀`)「大丈夫じゃないモナ! ちょっと痛かった!」
(;^ω^)「あ、ハイ! すみません!」
目の前で怒る男子生徒。ドクオ程顔色が悪いわけではないが、やや色白の肌の弱そうな外見はどう見ても頑丈には思えない。
ぶつかった時は随分と激しく当たったと思っていたが、実際はそうでも無かったのだろうか?
( ´∀`)「謝ってくれたならそれで良いモナ。それよりも急いでたんじゃ無い?」
(;^ω^)「お! そうだったお! 視聴覚室に急がなきゃならんかったお!」
大丈夫だったのなら一安心。しかし、まだ時間制限の問題がこちらには残っているのだ。
申し訳ないがお互い急いでいるなら尚更さっさとこの場を後にさせてもらおうと、飛ばされた筆記用具を手に掴んだ。
( ´∀`)「――視聴覚室?」
――瞬間に肩をガッチリと掴まれた。
( ´∀`)「あんた同じ二年? もしかして、今から視聴覚室で授業?」
(;^ω^)「え? ……そうだけれど」
予想以上に強い握力と、唐突な質問に戸惑いながら答えると、気だるそうな彼の表情が一気に明るくなった。
( ´∀`)「ちょーど良かった! 校内広すぎて何処に何が在るんだか良く分からんかった所モナ」
(;^ω^)「は、はぁ……?」
目的地が同じということは同学年なのだろう。しかし、視聴覚室の場所が分からないとは流石に方向音痴すぎるんじゃないだろうか。
そんな事を考えていると、背中側からの圧力で足が勝手に進み始めた。
( ´∀`)「ほらほら、気が変わらない内に行くモナー」
(;^ω^)「わ、分かったから押さないでくれお。というかそっちは逆方向だお!」
――結局、滅茶苦茶に歩き回ろうとする彼のお陰で、無駄に苦労しつつ目的地に向かうことになったのは言うまでもない。
爪'ー`)「……」
ペントハウスの上に寝転がり、空を見上げる。
授業が始まってだいぶ立つだろうが、自分には関係の無い事だ。
懐から愛用の煙草を一本、取り出すと――
爪'ー`)y-「――ふぅー……」
慣れた手つきで火を灯す。
無論校則違反だが、問題無い。きちんと携帯灰皿は持っている。
軽く口に含んだ紫煙をゆっくりと空に送る。
咥えたままの煙草から立ち上る白線と相まって、遠くの浮雲に混じっていった。
――空に浮雲。
――地に人間。
月に叢雲 花に風とは言うが、フォックスにとってはそれらこそが邪魔な存在だった。
とは言え、全部無くなれば良いとも思っていない。
雲が無くなれば月を飾れない。
人が居なくなれば街に意味は無い。
爪'ー`)y-「――内藤ホライゾン、か」
誰も居なくなった屋上で独り。普段からこうして煙草をくゆらせるのが日課だった。
ドアがあっても無くても関係ない。ここは自分だけの領域。
だけど彼を見ていたら、少しは皆と共有しても構わないと思えて来た。
爪'ー`)y-「……」
眩しすぎる太陽が、風で動かされた浮雲で塞がれる。
空の蒼さが強く目に染みた。
――だがやがて、そんな至福の時間を邪魔する無粋な雑音はやってきた。
それは階下から現れた。
人数にして三人分の野蛮な声と足音。知性と理性の欠片もなさそうなコミュニティのバグ。
「おっ! 本当に開いてやがる!」
「やっぱマジだったじゃん」
「じゃーここらたまり場にしちゃいますー?」
爪 ー )y-「――ゴミが」
気が付くと、彼等の前に飛び降りていた。
その衝撃で咥えていた煙草の灰が床に落ちる。
「あ!? 何か用かよ。俺ら三年だぞ?」
「……おいこいつ、フォックスじゃん……あのクソ生意気な」
「――ちょーど良いし、ボコしちゃいますー?」
落ちた燃えカスが、じわり、と灰色の床に黒いくすみとして焦げ付いた。
爪 ー )
――あーあ、汚しちまった。
「ぐぇ――」
一つめの腹部に左の拳を埋め――
「てめ……ウボォッ!」
動き出した二つめの肋骨の隙間に左の貫手を差し込み――
「な……? うわ……っ!」
最後に残った――残しておいた三つめの頭を、無造作に左手で握り締めあげる。
爪 ー )「うるさいな」
お気に入りの場所に立っていられるのも不快なので、そいつの体をフェンスの向こうへと持ち上げる。
リーダー格らしい目の前の男は、足元に地面が無いという恐怖と不安と頭が軋む痛みで、もう声も出せないのだろう。
静かになって丁度良い。
「おま……え……なんなん……だよっ」
首だけ振り向くと、床に転がしておいた二つめのゴミが、こちらを怒りと怯えの入り混じった目で見上げている。
爪 ー )「俺か? もう知ってんだろ?」
雨。晴天のまま、雨が降り出してきた。
爪 ー )「――特別校舎清掃管理係――。……つまりはただの風紀委員だよ」
声にならない断末魔の叫びが屋上に小さく響く。無粋な奴は悲鳴まで無粋だった。
爪'ー`)「――よし、と」
すっかり動かなくなった三つ全部をまとめて階下へと放り投げておく。
ピクリとも動かないが、まだ大丈夫。左手だけで相手をしたのだから壊してない筈だ。
静かになった所で屋上に戻る。が――
爪;'ー`)「あーあ……」
いつの間にか落としていた煙草が、雨で崩れてしまっていた。
他にも血の跡やら何やら……。
爪;'ー`)「――俺が動かなければ、ここもキレイなままなんだがな……」
晴れの中の雨。狐の嫁入り中で申し訳ないが、全部綺麗に洗い流しておいてくれないかと、心底願う。
(;'A`)「うお!? 雨かよ、くっそ!」
塀と塀の隙間。細身だから余裕はあるが、それでも一応服を擦らないように気をつけて進んでいると、突然雨が降り出してきた。
さっきまで晴れてたのにと見上げると、空はさっきと同じ蒼い色。
(;'A`)「しかも天気雨? 運が良いんだか悪いんだかー……」
レアな天気だとは思うが、生憎こちらにとっては只の雨だ。
濡れた塀にますます触れないように、急ぎ足で進む。
こうなれば目指すは雨宿り。何の店かは知らんけど、ボッタクリじゃなければ何でも良い。
店の前に並べられた独特なインテリア達には目もくれず、ドアを押し開けて一気に店内へと踏み込んだ。
('A`)「……」
なんとも言えない匂いがした。
古くて、新しくて、奇妙な匂いだった。
('A`)「……似てんな」
それは、行きつけだったあの店と同じタイプの匂いだった。
ざっと見る限りリサイクルショップみたいな店のようで、置いてある商品こそ違うがやはり雰囲気は同じ。
だが、一つ違ったのは――
「やぁ。いらっしゃい。何をお探しかな?」
(;'A`)「あ……いや、別に……大丈夫っす」
なんかモテそうな兄ちゃんが、商品を並べつつ気さくに話しかけてきた事だ。
白髪にしろ眼にしろ服にしろ……なんだか見慣れ無い感じからしてオシャレな人らしい。
一生仲良くなりたくない人種だった。
「聞きたい事があったらなんでも聞いてくれ。どの商品についてでも説明しよう」
('A`)「……うぃっす」
何があっても質問はすまい――。内心では既に頑なに誓いを立てていた。
イケメンに近寄ると溶ける体質なのだ。嘘だけど。
気を取り直して、自分のペースでそこら中に並んだ物を見ていく。
イケメンオーラにHPがガリガリ削られていっているが、店内の内装等自体は好みな方だ。
無意味に物を詰め込んだ雑多さがたまらない。
――ただ、どの商品も値段が書いてないのが不気味だ。
(;'A`)(入店料とか取られねぇだろーな? おい……)
雨が止んだらさっさと逃げておこうと、考え始めていた時だった。
('A`)「――ん?」
テーブルの上に置かれた古びたケース付きのヴァイオリンセット――。それがどうにも気になった。
今まで触った楽器なんてリコーダーとピアニカくらいしか無いが、ヴァイオリン自体はTVやらネットやらでよく見かけている。
ほんの淡い憧れを抱いていた、その生ヴァイオリンが今目の前にある。
――少しくらい触っても大丈夫かな、と恐る恐る手を伸ばしてみた。
「――あっ」
(;'A`)「――えっ?」
触れ合う手と手。感じる温もり。
整備か調整だか何かするつもりで店員さんも手を伸ばしたのだろう。お互いの手が一瞬確かに重なったのだ。
少女漫画的に背景に花でも広がりそうな、定番でありがちな展開に死にたくなった。
「……すまない。気にしないで手にとってくれ」
('A`)「………………ウィッス」
もう遅い。お陰でテンションは底値を記録している。
――とは言え、もう流れだ。ヴァイオリンを手に取るだけ取ってみた。
('A`)「……お」
始めてのヴァイオリンは意外に軽かった。セットになってる演奏用の弓(弦をこする為の毛が張ってある棒)も合わせて手にとってみるが、全然気になる重さじゃ無い。
記憶を頼りに構えてみると、我ながら様になっている気がしてきた。姿見の鏡が店内に見当たらないのが残念なくらい。
もしかして意外とこのまま引けちゃうんじゃないかと思って、そのまま見よう見まねで引いてみる。
――きゅごっぉぉっぉっぉ――
(;'A`)「……うへぇ」
ある意味自分らしい音が出た。
ヒキガエルが雑巾絞りされたような不協和音。
聞けば誰でも気分が静まることだろう。……悪い意味で。
「ああ、それじゃダメだよ」
何度か音の出し方を試していると、唐突に背後から声がした。と、思ったら、両手に持ったヴァイオリンセットごと店員さんの柔らかな手が握りしめてきた。
イケメン店員さんの身長の高さが、ますます浮き彫りになる。
というか生あたたけぇ。
「――良いかい? こうするんだ」
両耳の後ろから囁くように聞こえてくる大人の男の良い声。
( A )「…………ウワァイ」
二回死にたくなった。
しかし、こっちの心情がダイレクトに相手に伝わる訳もなく、イケメンの手の感触を感じながら、自分の手が勝手に動かされていくのに任せる。
――クィィィィィィ――
ちょっとヴァイオリンっぽい音が出ちゃった事に内心喜んでる自分が居て、三回死にたくなった。
「弦楽器は力の抜き具合が大事だ。もっとリラックスすると良い。……まぁ他人の受け売りなんだがね」
( A )「……ソッスネ……」
――結局、外の雨が止む時までその個人レッスンは続いた。トータルで六回死にたくなった。
「――練習すればどんどん上手くなるよ。それじゃ、気をつけて帰ってね」
(;'A`)「チキショウ……イケメンなんて大っ嫌いだ……!」
見送られるままさっさと店を後にすると、来た時以上に塀に気をつけて小道を通る。何となく早足で。
難易度が上がってるのは仕方ない。なんせ、その手には肩がけのヴァイオリンケースが握られているのだから。勿論ちゃんと中身入りである。
だが、買った訳じゃない。
そこそこの音が自力で出せるようになって来た頃、イケメン兄ちゃんは唐突に切り出してきたのだ。
『ふむ。結構筋は良いみたいだし……そのヴァイオリンは君にプレゼントしよう』
無論、断ったのだが……イケメンさんしか使うことが出来ないイケメンスマイルを出されて断りきれるわけがない。
ご丁寧に手入れの方法やらなんやらの説明までしてくれた。こっちは一銭も出していないのにだ。
顔も性格も良いとかなんだそれ。チートじゃないか。
文句を付けられるとすればうんちく話がちょっと長い所くらいだ。
(;'A`)「――よっと」
小道を脱出しきってから、改めてヴァイオリンケースを眺める。
流石に話が出来過ぎている。客に――いや、一見さんにいきなり楽器プレゼントするなんて実に怪しすぎる。イケメンだし。
性格が良いイケメンは都市伝説だから、きっと粗悪品に違い無いだろう。楽器の中古は止めておけと誰かが言っていた気もするし。
('A`)「……ふむ」
見たところケースには問題が無いと判断すると、次は楽器そのものを確認するべく、歩きながら蓋を開ける。
柔らかな日光の下で改めて目にする弦楽器。
年季が入っていながら独特の光沢もあるそのヴァイオリンは、むしろ高級品な気品すら持ち合わせているようだった。
(;'A`)「――うーん?」
じっくりとおかしい所が無いか調べてみる。――が、そもそも楽器素人なので、良し悪しなんて分かる筈も無かった。
とりあえず、ケースの中には手入れ用の小道具まで封入されているのが確認出来た。
『お代は本当に結構だ。君が貰ってくれれば"ヴァイオリン"も喜ぶだろうから』
(;'A`)「善意……なのかなぁ?」
入店何人目記念だとか、開店何周年記念だとか、一部上場きね……それは無いな、後は新装開店記念?
記念プレゼントのオンパレードしか思いつかなかったが、どれも無さそうだ。
ああ、閉店記念の在庫処理とか考えた方がしっくり来そうだな。
('A`)「ま、話の種にはなるかね」
なんせ楽器はラッキーアイテムらしい。
楽器として使えなくとも、しばらくはアテにならない幸運発生器として持っておいても良いだろう。飾るだけでもなんかカッコいいし。
何となく、外国の偉そうなおっさんがワイン片手にヴァイオリンを眺めている姿を想像する。
('A`)「――?」
気配を感じたのは、ケースの蓋を閉じて顔を僅かに上げた時だった。
道に出来た水たまりに人の姿が映り込んでいたのだ。
きっとケースを広げていたせいで、通リ抜けられずに居たのだろう。これは悪いことをした。
('A`)「……サーセン」
それにしてもこんな裏路地を通る物好きも珍しい物だと、ケースが通行の邪魔にならないように脇へと抱え直す。
('A`)「――あれ?」
再び顔を上げると、そこにはもう見当たらなかった。
巡らせた視界の中に、あるはずの人影が。
雨で湿り気を帯びた地面に、塀と電柱とが立ち並んで居るだけ。
気のせいだったかと思い、家路へ続くかもしれない曲がり角を右折する。
(;'A`)「……あ?」
――すると、やはり同じように視界の端に誰かの人影が映る。が、目を向けるとやはり残像すら残っていない。
まさか、と一つの考えがよぎる。が、それはすぐさま否定した。
非科学的で、非論理的で、ファンタジーな現象がこの世にあり得る筈が無いからだ。
振り払うように、少し急ぎ足で道を進む。
大丈夫。どうせ見間違いだ。
目指すは大通り――。
(;'A`)「っと……。今日は人多いな……」
予想よりも多い人通りに圧倒されながらも、大嫌いな人混みの中をかき分けていく。
あまりの賑やかさに、皆爆発すれば良いと普段は考える所だが、今回に限っては好都合。
人の海を一ブロック程切り抜けた先で、とうとう虚弱気味な肉体が悲鳴を上げた。
(;'A`)「ここまで来りゃあ――」
息を切らせながら、背後を確認――良し。
一応念のため周囲も確認してみるが、往来する人々の中に、こちらに感心を持つ者も居ない。
(;'A`)「撒いた……か?」
カップルばかりが目につくことに舌打ちしつつ、その場をゆっくりと後にする。
もしかしたら杞憂だったのか……? そう安心しかけた時だった。
(;'A`)「――チキショウ……!」
――進もうとしている道の先。そこに、誰かが立っていた。
いや、正確には"立っている"という表現すら怪しい。
半透明でぼやけるようにして存在しているのだ。――金髪の黒衣の少女らしき姿が。
(;'A`)「なんで俺なんだよっ!」
残り少ない体力を絞り出すように消費しながら、尚も目の前の光景から目を背けるように足を動かし続ける。
(*^ω^)「おっおっおーん♪」
ξ*゚⊿゚)ξ「なんだか機嫌良さそうじゃない。何かあった?」
通学路を仲睦まじく歩く二人。
その頭上を照らす日光は、まだお昼を過ぎた程度の位置に留まっていた。
本来ならまだ、昼食が済んだ後の最初の授業が行われている時間だ。
(*^ω^)「そりゃもう! 早く帰れる日はなんだかワクワクするお!」
ξ*゚⊿゚)ξ「それは良かったわね」
学校教員達は施設の整備を理由に、急遽午後の授業の休止を決定した。
お陰でこんな時間に帰宅する事が叶ったのだ。
(*^ω^)「そういうツンも機嫌良さそうだおー?」
ξ*゚⊿゚)ξ「……へっ!? べ、別にアンタには関係無いでしょ! 私が機嫌良くちゃ、わ、悪い!?」
(;^ω^)「いや別にそんな事は言ってないお……」
いつも通りの情景、いつも通りの会話。
内藤にとってもツンにとっても平穏な時間が、そこにはあった。
しかも今日は大きくこの後の予定が開いて居る。何時もならダラダラと過ごしておく所だが――
魔理沙『"八雲"には、気をつけろ――』
( ^ω^)("八雲"――)
まだ自分が置かれている状況すら、良く分かっていない。
射命丸がしてくれた講義内容も、殆ど記憶に残っていないくらいだ。
それだけ日常に潜んでいた"裏側"は大きかった。あまりにも理解を超えていた。
だが……だからこそ――
( ^ω^)「――挑む価値があるお」
少なくとも、あれは夢では無かったのだ。
だからこそ今は一刻も早く射命丸と話がしたかった。
今度こそ、ちゃんと話を理解する為に。
ξ//⊿/)ξ「……そ、そうよね! 挑戦する事に価値があるわよね……!」
(;^ω^)「お?」
しくじった。話を聞いていなかった。
今なんとなく呟いてしまった一言が、なんらかの解答になってしまったらしく、ツンは勝手に小さく頷いている。
ξ*゚⊿゚)ξ「……よ、よしっ」
やがて、傍らの巻き髪少女は何やら決心すると――
ξ//⊿/)ξ「じゃ、じゃあ……ね? 今日時間空いたから……このまま私の家に――」
( ^ω^)「お、おお……?」
消え入りそうな声で何やら告げ始める。
普段のツンのハキハキした威勢とは真逆の……今にも泣き出してしまいそうなくらい敏感で、繊細な声色。
まだるっこしいくらい、しどろもどろなツン。
優しく見守るように周囲を包む、やわらかな風。
近づいてくる慌ただしい足音。
(;'A`)「――ああ? お前ら今帰りかっ!? ……やれやれやっと一安心だぜ……」
――足音と共に、何やら珍しい、元気良く走る野生のドクオが現れたのはその直後だった。
今しがた通り過ぎた曲がり角から、唐突に現れた友人の姿に、反射的に手を振って自分をアピールする。
(*^ω^)「おっお! ドクオじゃないかお! おーい、おー――……お?」
ξ ⊿ )ξ「――あ゛?」
(;'A`)「ッ!?」
(;^ω^)「ッ!?」
一瞬、凄まじい殺気を感じた気がした。
その圧たるや、"動けば殺られる"。――否応無くそう感じさせる程。
(;^ω^)「……あの、ツン……さん? 怒って……いや、何かお気に触られました……か?」
(;'A`)「その、お邪魔……でした……よね?」
ξ ⊿ )ξ
ξ゚ー゚)ξ「うふふっ。そんな事無いわ。ええ、全くこれっぽっちも……ね?」
それは、笑顔によく似ていた。
だが、決して笑顔なんかじゃない。目が笑っていないからだ。
ξ゚ー゚)ξ「――さぁ。帰りましょう? ブーンさん。ドクオさん」
(;^ω^)(;'A`)『……りょ、了解であります!』
その目に宿った怒りはまさにパンドラボックス。
決して触れるべきでは無いと判断した二人は、歩き出したツンの後をただ従者の如く付き従い始めるのだった。
「――えー、と言う事でして……この現状を打開する為の策としましては――」
「――そんな悠長な事をしている時間があると思うか! 第一、予算配分はどうなる!?」
「――静かにして頂けませんか? ここは先を見据えた上での合理的な案を選択すべきでしょう?」
「――ああ、今日も大荒れではありませぬか……」
生徒達の大半が後にした校舎の一室。
各種会議の為に専用に設けられた大会議室にて、ある者は怒り、ある者は嘆き、ある者は己の保身に画策していた。
今回、その大会議室において行われているのは教育に関する職員会議ではない。
各種運営部門代表及び関係者の集まる"極めて特殊"な学校施設の為の運営会議だ。
「――えー、ですからこの場合は、緊急を要する修復予算をまずはですね――」
「――何度も言わせるな! 人件費の確保を最優先にせねば、現場が混乱すると言っている!」
「――その結果セキュリティ関連予算が疎かになって、今回の"謎の故障"に繋がったのでしょう? これだから短絡的な刹那主義の方は……」
「――うう、毎度毎度どうしてこう意見が対立を……」
彼らの意見がまとまらないのも仕方の無い事だった。
老朽化していたとは言え旧校舎の62%が倒壊し、新校舎自慢のホール付近も半壊、更に非常扉兼裏口の一つも全壊。……トドメに校内セキュリティ総合管理室のシステムが謎の機能不全。
その状況にも関わらず、ここに居る誰もが全体の状況把握と原因究明を行えていなかったのだから。
――だがそれには理由があった。
『――静粛に』
前部大型モニターに突然映しだされた初老の男の姿。
部屋に4台設置されたスピーカーから発せられた、男のたった一言によってその場の全員は一斉にその口を紡ぐ。
この男の出現は、つまり"会議による討論"が意味を成さない事をも示す。
彼こそが、この学園の統率者。学園総運営費及び総運営立案責任を負う人間。
――狐崎《こざき》代表理事。
『私から一つ提案がある。手元の端末をご覧頂こう』
静かで重い声。
やがて、支配された会議室のあちらこちらから彼の"提案"に対する賞賛と感嘆を示す言葉が漏れ出始める。
『異議を唱える者はあるかね』
――あるはずが無かった。
その発言影響力と人脈、そして運営能力において彼の右に出る人物の名はそうそう上がらない。
すでに、この学園は彼の"国"だった。
『――では、これにて代表総会を終いとさせてもらう』
代表理事が発言を始めてから僅か十数分。
収束する事無く、解決案も存在しない混沌とした会議は、まるで嘘のようにその幕を閉じた。
モニターに映しだされた代表理事の姿が消えた途端、あれほど対立をしていた者達が揃って会議室を出て行く。
皆一様に、その眼に畏怖の感情を宿して。
「……またしても……彼奴めぇ!」
――ただし、ただ一人を除いて。
彼はどうしてもこの状況に我慢がならなかった。どれだけ案を講じても、最終的には狐崎代表理事の意見ありき。存在自体がこの学園の法そのものとなっているかのようだ。
現に"今回の学園損壊事案に関しての一切の調査及び通報を禁じる"――などと言うお達し一つで、招集メンバーの殆ど全員が詳しい現状理解さえ出来ていなかった。
これでは会議その物が、いや、運営メンバーを選出する事自体に何の意味があるのだろうか。
「最早勘弁ならん!」
おもむろに懐から取り出すは、一本のUSBメモリ。
これには、優秀な調査員によって調べ尽くされた狐崎代表理事についての調査データが記録されている。上手く使えば代表理事の力を削ぐことが出来るかもしれない。
「私は、こんな所に収まる器では無い……!」
他の連中は今の位置を限界として終始媚びへつらっているようだが、自分は違う。奴隷ではなく支配者足りえる器なのだ。
USBメモリを握る手に力が篭もる。彼が浮かべた笑みは、勝利を確信しての事だった。
だが――
「――生憎それじゃ、全然足りないね」
「……君は?」
爪'ー`)「どーも。フォックスと申します」
会議室入り口に寄りかかりながらこちらを見やる青年。
生徒は早々に下校させた筈だったが、まだ残っていた者が居たらしい。
一見、素行不良のただの一般生かと思ったが、その名には聞き覚えがある。そう、確かその名は――
「君か。狐崎代表理事の一人息子とやらは」
爪'ー`)「ご存知のようで……。と、言ってもこの学園の連中は結構知っている事か」
噂は怖いねぇ、と、おどけてみせるフォックス。
巫山戯ているようにしか見えないが、それでもその振る舞いにすら隙が無い。確かに代表理事と同じ血が流れているようだ。
この青年の為だけに、生徒会内に特別権限の特殊役職が出来たとも聞くが、それは無能故の枠では無さそうだ。
「何をしに来たのかね。代表理事のご子息と言えど、ここは"大人の領域"だぞ? 遊びなら他を当たりなさい」
USBをこっそりとポケットに滑り込ませながら、威圧。
ヤツと同じ血族と言えど、所詮は高校生。大人の威厳でなんとでもなると、そう考えた。が――
爪'ー`)「――こっちがお遊びなら、アンタが後生大事に取っておいた情報戦とやらは"おままごと"かい?」
「……」
先ほどからのフォックスの発言……感に触るが、こちらが代表理事についてのデータを集めていた事を、知っているかのように聞こえる。
だが、まだここからだ。まだ、焦ってはいけない。所詮はハッタリだろう。
言いくるめてしまえば最終的にはこちらが勝つ。
「……何かと勘違いしているのでは無いのかね?」
返答次第では、彼奴がどこまで知っているかも分かる。こちらには僅かな表情の変化から相手の心理状態を割り出せる豊富な対人経験があるのだ。
あり得ない事だが、もしこちらの計画に感付き始めているのならば、強行手段もやむを得ないだろう。
もしUSBが破壊されても、自宅にはバックアップがある。そのデータの存在を知る計画賛同者も居る。
さぁ、狐崎一族よ。どう出る――?
爪'ー`)「――親父は"どうでも良い"ってよ。俺も同意見だ」
「――ッ!」
投げやりな、心底つまらないとでも言いたげな声色。
だが、その言葉がブラフでは無いことは彼の態度からも分かった。
しかし、そんな事はありえる筈がない。
狐崎を潰す計画は慎重に慎重を重ねて作られた。いくら狐崎でも知り得る筈が無い。
爪'ー`)「ま、無駄骨折らなくて良かったじゃないか。……ああ、そうそう――」
踵を返して帰ろうとし始めていたフォックスが、ふとこちらへと視線を戻す。
爪 ー )「――今度から他人は全員一人残らず警戒して、良ーく調べて置いた方が良いんじゃないか? "裏"まできっちり――な」
「何を言っている……。どういう意味だ!」
思わず声を荒げるも、既にその先に狐崎の子息の姿は無い。
しかし、お陰で言葉の意味をようやく反芻出来てきた。
他人を調べろ? 当然だ。仲間としてきた者達は全て調査済みだ。
更に裏切りは直ぐ様発覚するように、全員が互いを監視し合えるようなシステムも構築している。
一体何処から情報が――
「――フフ……フ。……そうか。そういう事か……」
未来が閉ざされる音がした。
――ようやく分かった。最初から自分の周囲の人間は狐崎の息がかかっていたのだろう。そう、全て。
彼奴らはそうして一切を把握してきた上で羽虫程の影響も無いと、そう判断を下したのだ。
叶わないのだと、知らされた。それも間接的に、だ。
戦おうとしていた相手がどれだけ強大だったのか――。プライドと共に、膝が打ち崩れる。
その拍子にUSBメモリが床の上へと転がり落ちたが、もうどうでも良い。この剣は彼奴に届かないのだから。
――狐崎という名が持つ力。
皮肉にも野心を支えるものが全て消え去った事で、やっとその情報に気がつけた。
ξ;゚⊿゚)ξ「――それでね? 最近ストーカーが居るみたいなのよ」
通学路を行く三人。
さっきまでの殺伐さも時間と共に消え去り、今ツンは熱心に女生徒の間でさかんに噂されている話を持ちかけていた。
歩幅を合わせながら、二人は彼女の話を静かに聞く。
ξ;゚⊿゚)ξ「なんでもウチの学校周辺に良く出るらしくてね? しばらく着いてきたと思ったら、いつの間にか居なくなってるんだって」
( ^ω^)「……ふーん。何もされないならいいんじゃないかお?」
(;'A`)「へ、へぇ……」
そもそもどこからがストーカーなのか――なんて定義を別にしたとしても、誰かの勘違いの可能性もあるだろう。
噂が皆真実だったなら、今頃内藤ホライゾンという人間は、謎のフード怪人と出会ったことでどうにかなってしまっている筈である。
(;^ω^)(――って、良く良く考えたら確かに色んな目に合ってたお)
とりあえず生きてるし、結果的には良いから良しとしておこう。
ξ゚⊿゚)ξ「そんな事言っても、やっぱり嫌じゃない。私もストーカーされたらって思うと……」
それはそれとして、ツンは噂を気味悪く思っているようだ。
あまりにも似合わない様子に、思わず失笑と共に言葉が出てきてしまった。
( ^ω^)「ツンをストーキングするとか、中身を知らないから出来るんだお(笑)」
ξ#゚⊿゚)ξ「は?」
( ^ω^)「あっ――」
失言を後悔した時にはもうすでに、ツンは思いっきり片腕を振りかぶっていた。
もうこうなっては遅い。――災害の如き乱打が早く止むのを、遠くなりかけた意識で微かに願う。
(#);ω;)「――ごめんなさい冗談が過ぎましたお。やはりこのような問題には真剣に、真摯に取り組むべきであります!」
ξ#゚⊿゚)ξ「まったく、本気で不安になっている人に向かって冗談言うなんて……最低だわ」
回数にして25発の打撃を持って、やっとツンの機嫌は一定値を回復した。
精一杯のガードを貫通する打撃力に、骨がズキズキと軋むように痛む。ヘビィ級ボクサーかコイツは。
というか、普段はショボンのフォローかドクオの連帯責任のお陰でもっと回数は少なくなっている筈である。
そう、なんだか今日は余りにもドクオが大人しすぎるのだ。
(#)^ω^)「――ドクオ?」
(;'A`)「……」
一体どうしたのかと様子を伺うと、ドクオは何やらソワソワと背後を気にしているようだった。
つられて自分も背後を気にしてみるが、特に変わった様子は目に止まらない。
ξ゚⊿゚)ξ「どうしたの? ドクオ」
(#)^ω^)「何か心配事かお?」
(;'A`)「……うーん。いや、実は……さ」
ドクオは何やら言葉を選んでいた。
元々おしゃべり上手では無いのも知っているので、急かす事無く話が始まるのを待つ。
(;'A`)「――実は、俺も多分……ストーカー? に合ってるみたいなん……だけど……」
場に生まれる一瞬の沈黙。
遠くでカラスが鳴いていた。
( ^ω^)「冗談は顔だけにしておけお」
ξ゚⊿゚)ξ「自意識過剰でしょ。どうせ警察かなんかよ」
(;'A`)「ねぇ、お前らさっき自分でなんて言ってたか覚えてる!?」
やがて、言葉の意味を理解した友人二人は、あくまでもいつも通りの対応を返した。
冷たい物言いにグラスハート(自称)のドクオは少々打ちひしがれた様子だったが、むしろこれがいつもの反応だ。
ドクオ自身もお陰で何だか調子が戻ってきたようだった。
('A`)「――あーあ、なんか馬鹿らしくなってきたぜ。俺がオカルトなんてよー」
(*^ω^)「オカルト……ッ! 詳しく! 詳しく!」
ξ゚⊿゚)ξ「ブーンうっさい。……でもオカルトってどういうこと? アンタ自身がゾンビみたいな顔してるじゃない」
(;'A`)「とことん俺に対して愛着ねーな。……まぁ安心すっけどさ」
頭をポリポリと2.3度かくと、ヴァイオリンケースを見つめながら、ドクオは今日あった事をポツリポツリと話始めた。
ドクオの学校サボり冒険譚なんて大して面白みの無い話。
ああ、それでヴァイオリン持ってたのかーと話半分で聞き流していたのだが、その全てを聴き終えた頃には内藤の額には冷や汗が染みだして居た。
(;^ω^)「黒い服と……金髪――!?」
それは、あの時の襲撃者"ルーミア"に一致する特徴だった。聞いただけで体に受けたダメージの記憶が蘇る。
まさか、ルーミアは次にドクオを狙い出したのか?
不安で心臓が鼓動を速め始める。
ξ;゚⊿゚)ξ「……結構この街にもそういう都市伝説はあるけれど、まさか身近で体験する人が出るとは思ってなかったわ……」
('A`)「まぁ、まだ疑う余地は充分にある。今のところ俺しか見てないんだぜ? 幽霊のストーカーなんて説より、俺が幻覚症状を見てると考えた方が自然だ」
ξ;゚⊿゚)ξ「相変わらず変な所で現実的ねー。……ま、本人が大丈夫なら大丈夫そうね」
(;^ω^)「……」
幻覚――。本当にそうなら、どれだけ安心出来るか。
戦う理由がまた一つ増えてしまった内藤はもう、今日を怠惰に過ごす気にはなれなくなっていた。
('A`)「たーらいまーっと」
( ^ω^)「ただい――うわぁ……!」
ツンと別れ、ドクオと共に自室の扉を開けた時。あまりの散らかりようにまず絶句した。
元々散らかってるだろという突っ込みが頂けそうだが、それを置いても更に混沌としているのだ。
部屋のそれぞれに開きっぱなしで放置された本、本、本――。雑誌から漫画までありとあらゆる本が棚から抜き出され、寄せておいた筈のアイテム達もご丁寧に散布され直している。
(;^ω^)(しまった……! 夢想器――!)
最も高価なアイテムが、ドクオのゲームとノートPCくらいしかないこの部屋。心当たりは一つしか無かった。
慌ててその姿を眼で探る。が――
(;^ω^)(……あれ?)
――危惧したのもつかの間。お目当てのはずのカメラは漫画本と一緒にベットの上に置いてあった。
一安心ではあるが、じゃあ一体何が起きたのだろうか?
('A`)「あ? なんだブーン。お前登校前に探しものでもしてたのかよ?」
(;^ω^)「やー……まぁ……」
片付けに完全無頓着なドクオでさえ、散らかっていると認識出来るレベルの汚さだ。
何か言い訳でもした方が良いのだろうけれど、生憎とこちらも何がどうなってるのか分かってない。
答えあぐねいていると幸運にもドクオの方から「まぁどうでもいいや」と先に切り出してくれた。
('A`)「走り回ったりとかしてたしよ。流石に汗流したいわ。シャワー浴びてくる」
( ^ω^)「……分かったお。邪魔しないからゆっくりすると良いお」
ドクオは肩に背負っていたヴァイオリンケースを適当に立て掛けると、部屋にあるユニットバスへと向かう。が、ふと立ち止まると――
('A`)「あ――そうだ。言い忘れてたわ」
( ^ω^)「?」
('A`*)「の、覗いたらブーンの事嫌いになっちゃうんだからねっ」
気色悪い声色に、気味の悪いポーズ付き。どこの巻き髪の真似だか知らないが、一日一回やらないと気がすまないのかこの男。
( ^ω^)「ゾンビもどきの入浴シーンなんて見たくねーお。それにその物真似が本人にバレたら本物になれるお」
('A`)「大丈夫大丈夫。バレないバレない」
( ^ω^)「僕がバラす」
('A`;)「うわ、容赦ねぇー……」
くだらないやり取りを終えると、ドクオはようやく風呂へと通じるドアの向こうへ消えて行った。
( ^ω^)「――さて、と」
シャワーのたてる水音が、防水扉越しに微かに聞こえて来たのを確認してから、早速行動を開始する。とは言っても片付けをしようって訳じゃない。もっと簡単で、もっと大事な用事だ。
( ^ω^)「射命丸ー」
現場の状況を良く知るはずの容疑者の名。
風呂場の防音性は高いが、念のため声を小さめにしながら目的の人物を探す。
( ^ω^)「……射命丸ぅー?」
だが、返事も姿も無い。
まさか、置き去りにしたくらいで家出したのか?
流石にそれは無いだろうとは思うが、そうなったら為す術は無い。
とりあえずふと思いつきで呼び方を変えてみる。
(;^ω^)「――あ、アヤちゃーん♪」
今度はやや声高に、優しく楽しげに精一杯可愛らしく呼んであげる。
教育番組の人気キャラを呼ぶような猫なで声と呼び名。
彼女自身が望んでいた呼び方の一つだが、やっぱりちょっと恥ずかしい。
射命丸「あやややや。私の事をお呼びでしょうかーっ!」
(;^ω^)「おお……!」
――すると、簡単に射命丸は見つかった。というより出てきた。
突然空間に湧きでた、という表現が似合いそうな出現方法に、思わず声が漏れた。
とは言えその事に驚いた事は事実だが、それよりももっとツッコミたくなるような変化は別にある。
しかも、それはある意味予想通りと言うか、お約束の展開と言うか――
射命丸「どーですか? この姿! 可愛いでしょう小さいでしょう可愛いでしょう! あ、でも写真はNGですからねー?」
(;^ω^)「あーうん? えと、……わぁちっちゃーい……」
昼間見た霧雨魔理沙のミニチュア版のようなデフォルメ版のような姿同様、目の前の射命丸の姿も縮んでいたのだった。
名づけてちび射命丸とでも呼ぶべきか。
魔理沙はデフォルメ縮小化出来るのをまるで普通の事のように言っていたので、もしやとは思っていたのだが……。
射命丸「妖力消費の負担も減る副次効果もあるのですが――って、なんだか反応薄いですねぇ……。もっと可愛い! とか、愛くるしい! とか狂喜して良いのですよ? ホラホラ!」
ピョコピョコとベッドの上で跳ねてみせる射命丸文。その小動物のような姿からは、昨晩の彼女から感じた凛々しさのような物は全く感じられない。
どちらかと言えば、ペットショップで鳥かごの中とかに仕舞っていそうな感じだ。人懐っこそうだけど気位高そうな値段の高い鳥。
(;^ω^)「いやいやていうかそれ、どういう理屈なんだお? 縮んだり膨らんだり……」
射命丸「人をまるで風船みたいに言わないで下さいな。――いえね? 私にも良く分からないのですが、ブーンさんが出かけてしばらくした後、虚脱感と共に勝手にこう体が縮んでしまったと言いますか……」
( ^ω^)「妖怪って面白い体してるもんだおー」
射命丸「少なくとも鴉天狗にこんな面白能力はありませんよ。正直私も何が起きてるのか分かってませんし。……まぁ夢幻例大祭絡みの――夢想器の関係かと思いますが、とりあえず今は困りませんですし、なんだか楽ですから良いかなーと」
(;^ω^)「はぁ……そんなもんなんですかおー……」
しばらく適当に相槌を打っていると、「むぅ、ノリが悪いですねぇ」と射命丸は不平を漏らしながらもやっとおとなしくなってくれた。
期待通りの反応を返せずにちょっと申し訳無いが、部屋の中の惨状が今も視界に入り続けているのだ。そろそろこちらの話がしたい。
(;^ω^)「とりあえず、後で沢山褒めるから……それはそれとして、この部屋で一体何があったんだお?」
射命丸「え? ああ、私です!」
(;^ω^)「なんで誇らしげなんだお!? ……というかそもそも、射命丸は触れも触れられもしないんじゃ?」
昨晩の記憶によると、射命丸の手が真っ直ぐ自分の体を透過していた。服も透過していたから、物ならセーフというわけでも無いだろう。
射命丸「ふふふ、それがですねぇ――」
一体どういうことかと首を傾げていると、射命丸はフヨフヨと小さい体で移動を始めた。その移動先はベットの一段目に置かれたままのカメラ。
射命丸はそれの本体部分に備え付けられたシャッターボタンに狙いを定めると――
(;>ω<)「うおっ。まぶしっ!」
ボタンを一押し。
小気味の良い音と共に焚かれたフラッシュが、視界を一瞬白く染め上げた。
射命丸「――と、まぁこの様にですね。夢想器ならば触れられるようなのです。自身の物だけかどうかはまだ断定出来ませんけれど」
(;^ω^)「なんと……」
射命丸「あ、一応持ち上げて飛ぶくらいは出来ますよ。夢想器越しに色々と物も触れますし。……逆に言えばそのくらいしか出来ないみたいですが」
そう言うと射命丸は、小さい体にカメラの紐を器用に引っ掛けて机の方へと運んでみせた。体格差からするとかなり重そうに見えるのだが、その表情は至って涼しげだ。部屋の中で無ければ、もっと速度を出せるのかもしれない。
しかし、その話も今は後回しだ。
(;^ω^)「――ともかく、それで部屋の中、弄くり倒したってのは分かったお。でも勝手に部屋の中弄るってのはどうなんだお?」
指し示すように散乱した物の数々を見渡す。
この有り様を見て、襲撃されたと誤解しない方が難しいだろう。
射命丸「そう言われましても、この部屋から迂闊に出るわけにも行きませんし……。部屋の中の物を漁るくらいしかやることが無かったんです」
まぁ確かに部屋の中で出来る事はそう多くない。射命丸が独りここで待っていた事を考えると、ここは大目に見るべきだろうとも思えてきた。
それに、小事にこだわらない方が男は格好良く見えるらしい。雑誌のワンコーナーで言っていた。
( ^ω^)「むー……。それなら仕方な――。……えっ?」
――その時、目に入ったのは衝撃的な物だった。
ベットの横に広げたまま置かれた書物。それは雑誌の部類に入る物なのだが、全年齢向けと言うには難しく、また知り合いに対して公開するにはリスクが高すぎる危険書物。同室のドクオでさえお互いの為に不干渉を貫く負の遺産。
射命丸「ああ、その本も中々興味深かったです! いやー外の世界の春画と言うのは随分発展しているんですねぇ……。それにしてもブーンさんの趣味がまさかそういう――」
((;゜ω゜))「――ああああああああくぁwせdrftgyふじこlp――!!」
その先の言葉は聞きたくない。聞いてはならない。
射命丸の声を掻き消すように叫びながら、抱き抱えるように自らの明かされてはならない秘蔵品の数々を隠す。
だが、そんな事をした所でもう遅い。遅いのだ。何もかも――。
背中に突き刺さるニヤニヤとした微笑みも、知られてしまった自分の趣向も、今更無かったことには出来ない。
( ;ω;)「非道いお! 非道いお! こんなのって絶対おかしいお! 新聞記者だからってこんなのも記事にするのかお!?」
射命丸「まぁまぁ、落ち着いて下さい。誰にも公開しませんし、記事にもしませんから。というか誰得ですかその記事」
(#^ω^)「うううう……。部屋を散らかす、他人の秘所を暴く……。ちょっとこの有り様は酷すぎるんじゃないかお? 少しは考えて行動して欲しいお!」
射命丸「あややややー……」
少し困ったような表情を浮かべる射命丸。まさかこんな風に反撃をされるとは思っていなかったのだろう。
(*^ω^)(おっおっおっ……困ってる困ってる)
それに対して実はこちらはそれほど怒っている訳ではない。恥ずかしいことは恥ずかしいが、正直少々マゾ気質なので若干ご褒美寄りだ。流石にこんなシチュエーションは初めてだが。
しかし実際、部屋の惨状を見て襲撃されたのかと心配したのは事実。このくらいの嫌味は許してもらいたい。
(*^ω^)(それに、ずっと射命丸に主導権握られっぱなしってのも情けないお。ここらで一つ、"私が間違ってました。貴方の言うとおりです"くらい言わせてみたいお!)
ちなみに涙目上目遣い希望である。
射命丸「むぅ、確かにそうですねぇ……」
(*^ω^)「――お?」
――だが、現実は非情である。
射命丸「――ですが、そもそも部屋は綺麗に片付けられて居ましたでしょうか? 私の記憶によるとまるで人の住む部屋というより倉庫のような有り様だったのですが……。元々散らかっていた部屋を更に多少散らかしたとして、それは追求される程の事ですか?」
(;^ω^)「うぐっ……!」
射命丸「更に私がこうして本を読みあさったのも、ブーンさんの居るこの世界の情報を少しでも会得しようとしたが為。……本来はブーンさんの協力を得ながら情報交換をするのが望ましかったのですが、ブーンさんは私の事を意に介さず部屋に一人残して行きました」
(;^ω^)「はうっ……!」
射命丸「ついでに私はすでに夢想器の重要性を問いていた筈なのですが、無造作に外から目につきやすい机の上に置きっぱなしにしていった上、ただ今お帰りになられた際も随分と油断しまくりまくりのご様子でしたよね?」
(;^ω^)「ひでぶっ……!」
射命丸「――さて、以上の事実を踏まえた上で、私に大半の落ち度が有りますでしょうか? 間違いや異論がありましたら何なりとお聞きしますよー?」
( ;ω;)「ありませんお……。僕が間違ってました。貴女の言うとおりですお……」
射命丸「分かっていただけで幸いですっ」
ニコリと可愛らしく笑う射命丸。その姿はまるで天使のような愛玩物に見えるが、その実悪魔のようだった。
('A`)「――ふいー。いい湯だったぁ。ところでさっき大きな叫び声したけど虫でも出たのか? ……つか何で泣いてるの?」
( ;ω;)「男としての尊厳を大分散らされたんだお……」
('A`;)「……?」
しばらくの間。ドクオの目にはすすり泣きながら部屋の片付けをし続ける友人の姿が映っていた。その背には年齢に相応しくない敗残兵のような哀愁が漂っていたという。
深夜。
草木も眠る丑三つ時の言葉の通り、寮の誰もが静かに深い眠りに落ちた夜更け。
( ^ω^)「……」
ただ一人、内藤ホライゾンは偽装の為の狸寝入りを止めると、物音をたてぬようにベットから身を起こした。
( A )
( ^ω^)「……よし」
一応ベット上段の様子も軽く確認。まるで死んだように眠るドクオの姿がそこにちゃんとある。
( A )
(;^ω^)「……」
呼吸音すら聞こえず身動ぎ一つしないので、念のため鼻先に手を持って行って呼吸も確認してみる。
この様子には慣れているがあまりにも静かすぎる寝姿に、そのまま死んでるんじゃないかと時々心配になるのだ。
幸いにも今回もまだお迎えは来ていないらしい。
ほっと一安心すると、もう一人の夜更かし者の元へと近寄っていく。
射命丸「――眠れないんですか? ブーンさん」
机の上に置かれている古びたカメラ。その直ぐ側で足を止めた時、カメラの上には射命丸の姿が現れていた。省エネバージョンのちび射命丸である。
( ^ω^)「……ちょっと、外の空気吸いに行かないかお?」
射命丸「――付き合います」
射命丸は内藤のどこか思いつめた表情と、返答する前にカメラにかけられていた手の緊張具合に、あえて詳しく聞かずにそう答えた。
カメラを手にした内藤は、部屋を出、廊下を通り、沈黙を保ったまま外扉の鍵を開く。
ひんやりと肌を撫でる外気に触れて尚、内藤と射命丸の間に意思の疎通は無い。
カメラを抱えたまま、施設内の敷地を進んで行くとやがて開けた場所へと辿り着いた。
乱雑に芝生とむき出しの土が混在する空き地同然の土地。昼間、養護施設の児童の為に開放されている運動場代わりの場所だ。
当然、人影一つ無い。
( ^ω^)「射命丸」
中心頃へと辿り着いた時、やっと内藤はその口を開いた。
射命丸は素直に耳を傾ける。
( ^ω^)「色々聞きたい事とか、やりたい事とか沢山あるんだけれど――」
そこで言葉が途切れる。溢れ出る想いを上手く言葉に出来ない……そんな様子を射命丸は黙って見守る。
( ^ω^)「――まずは戦い方を、教えてくれないかお?」
射命丸「戦い方……ですか?」
静かに、頷き返す。
( ^ω^)「えっと、スペルカード? ……だったかお? 昨晩の僕が使って飛んだアレ」
射命丸「"突風「猿田彦の先導」"ですね。全然使いこなせずに地面に突っ込んでた――」
(;^ω^)「うぐ、あんなの簡単に扱える訳ないお……。説明も結構ざっくりだったし……」
射命丸「少々、急を要しましたからねぇ。でも、結果的に生きていたので良いじゃないですかー」
(;^ω^)「……何とも言えんお。ともかくそれをちゃんと使えるように教えて欲しいんだお」
射命丸「それは全く構いませんが……。というか近い内に強制的にでも叩き込むつもりだったんで都合良いんですけれど――」
数瞬の沈黙。
遠くの木の葉が風に揺れる。
射命丸「何か、ありました?」
( ^ω^)「……」
ポツリポツリと、昼間の事を思い出しながら、言葉にしていった。
魔理沙と出会った事。
魔理沙から告げられた事。
でも、魔理沙から受けた逃げろという忠告だけは黙っておいた。何だか素直に納得したくなかったからだ。
射命丸「むー……むむむむ……」
話を聞き終えた射命丸は、腕を組んで何やら考え始めた。
最初、報告が遅れた事に何か言われるのではと身構えていた物だが、それについては呆れたようなため息とジト目で許してもらえたらしい。少しゾクゾクきたのは内緒だ。
射命丸「……成る程。他人の仮説に、根拠の少ない情報。推論するには材料は不安ですが、あながちデタラメとも言い切れませんねぇ」
(;^ω^)「やっぱり、学校の生徒がそうなのかお?」
射命丸「ええ。ルーミアさんはどちらかと言えば無邪気で自由で幼気な妖怪です。そんな彼女と波長が合致して、契約を果たせたとなると、ある程度それに似た人物と言う事になる――と、私は思います」
( ^ω^)「……波長?」
聞き返すと、射命丸は少しだけ考えて――
射命丸「まぁ……性格が似てるとか、そんなんで認識しといて下さい」
ちょっと投げやり気味に解答を飛ばしてきた。結構分かりやすいので文句はない。
射命丸「こうなると、ますます学校に顔を出すのは危険ですねぇ。……諦めて貰いたい物ですが、それはお嫌なのでしょう?」
(;^ω^)「すまんお……。今朝も置いてってすまんお……。でもカメラ持ってくと目立つし……」
射命丸「はいはい。分かってますよー。……それよりも――」
鋭く、彼女の視線が目を見つめてくる。
射命丸「――本当に戦う覚悟は出来ていますか?」
(;^ω^)「おー……」
何と言葉にすれば伝わるのだろう。
痛いのは嫌だし、誰かを泣かせるのはもっと嫌だ。
でも、何かが今もくすぶっているのだ。
胸の内に渦巻く焦燥感と期待感の入り混じったような何かが。
……それらを表現出来るような言葉は、まだ出て来ない。
それを態度から悟った射命丸は、小さくため息をつく。
射命丸「質問を変えましょうか。――何のために戦うんですか?」
( ^ω^)「――よく、分からないんだお」
これが、今の精一杯。
そう、戦う理由なんて自分でも分からない。
ただ、負けたくない理由だけは沢山あった。
夢幻例大祭に参加していたい。
射命丸と話がしたい。
ハインと魔理沙に恩を返したい。
皆と楽しい毎日を送りたい。
もっと、もっと――。
射命丸「良く分からないのに、戦う……ですか」
( ^ω^)「……だからこそだと思うお。もっと理解りたくてたまらない。今、僕が触れ始めている世界を」
その気持ちだけは何よりも強く、ハッキリしている。
射命丸は、何も言わない。
もしや、気に触る答えだったのだろうか……?
(;^ω^)「……やっぱり、駄目な考えかお?」
心配そうに尋ねると、返答の代わりにクスクスと笑い声が返ってきた。
射命丸「いえ? 私は良いと思いますよ? というか、実に面白くて、人間らしくて、私好みです!」
(;^ω^)「こ、好み?」
射命丸「ええ。好みです! 大体、人間のブーンさんと天狗の私じゃ人生経験に差がありまくりですので、付け焼き刃に格好の良い理由用意されても可愛いもんですて」
ふわふわと、そのまま戸惑う内藤の眼前を浮かぶ。
内藤が見上げる星明かりの中で、射命丸の形の影が出来た。
射命丸「――だったら私はそんな飾り気たっぷりの物よりも、未熟でも純粋な輝きそのままの心をフィルムに収めたいですから」
(;^ω^)「み、未熟ですかお……」
射命丸「そりゃもう!」
嬉しそうに言うと射命丸は、頭の上へと座り込んだ。
触れられた感覚は無いが、不思議と存在は感じる。
射命丸「ねぇブーンさん。……今朝も説明しましたが、昨晩貴方は夢想器を手にし、私の幻想片を組み合わせ、一つの契約と成した。――それはつまり、夢幻例大祭にすでに参加表明したも同義」
姿は見えないが、真剣な射命丸の声色に意識を向ける。
射命丸「夢幻例大祭は祭りの名を冠してはおりますが、祭りと言いきるには語弊があります。一応身を引くなら、今のうちですよ? ……何故なら夢幻例大祭とはつまり――」
一瞬の躊躇。
射命丸「――最終的な優勝者をただ一組決める為の争い。皆が自らの誇りと願いを賭けて闘う決闘なのですから」
( ^ω^)「誇りと、願いを賭けて……?」
反芻するように、言葉を繰り返す。
思えば何故ルーミアや魔理沙のパートナーが闘うのか不思議ではあった。
ただ闘いたいだけならば、ハインのように夢想器を要求するような真似はしないだろう。
逆にルーミア達のように、夢想器よりも人を襲撃すること自体を楽しんでいるらしい者も居る。
……射命丸もカメラを守りたいから、というだけでは無いのかもしれない。
射命丸「夢幻例大祭――。その大祭を勝ち抜いた幻想郷《あちら》の誰かと外界《こちら》で組まれた一組だけが、この闘いの栄光と権利を勝ち取れるのです。その権利は単純にして明快。いかなる者の欲を満たす――それが何だか分かりますか?」
( ^ω^)「――願いを叶えられる……。その物の権利、とか?」
星の数程個性のある皆が持つ、無数の願い。共通点はあるだろうが、おそらく決して一つにならないだろう望み。それを満たすとすれば、願いを叶えるという曖昧な力その物が貰える事。
単なる思いつきだったが、射命丸はその答えを、否定しなかった。
射命丸「貴方がこの先、どんな理由で戦う事になるかは分かりません。そして、どんな願いをそのカメラに託すのかも。ですが、ただ一つお約束しましょう――」
夜半に吹く独特の静けさを持つ風が、頬を撫でる。
射命丸「――貴方が貴方らしい輝きを放つ限り、私の風が貴方と共に有る事を」
( ^ω^)「――おっおっおっ! 任せてくれお!」
射命丸の顔は見えないが、きっと優しく微笑んでいるのだろう。
だから、それに報いようと力一杯承諾してみせた。
射命丸「――さて! ではスペルの練習と行きましょうか! 朝までコースでいっきますよぉ!」
(;^ω^)「うぇぇぇ!? いや明日も学校あるから、なるべくお手柔らかに……」
射命丸「却下です! 早々にブーンさんが負けてしまったら、私の記事が薄くなってしまうじゃないですか!」
(;^ω^)「やっぱり記事目当て!?」
誰の姿も無い校庭で、じゃれるようにはしゃぎ、言葉を交わす二人。
静かに吹き始めた風と共に、夜は更けていく。
('A`)「……」
木陰で暗く染まるその表情の意味を、彼の心の内に秘めさせたまま。
( ゜ω゜)「ね……む……」
翌日の学校。
朝はきちんとやってくる。いかなるキツイ練習の後だとしても。
当然の如く強烈な眠気は容赦無く襲って来ていた。
それこそ瞬きの一瞬、視界が暗くなっただけで寝てしまいそうな程に。
ξ゚⊿゚)ξ「ちょっと、ふらふらしてるじゃない。ちゃんと寝たの?」
一時間目が始まるまでの空き時間を利用して雑談に来ていたツンも、流石に心配そうな表情を見せている。
登校の時は体を動かしていたお陰か、何とか普通に振る舞えていたのだが、どうやらそれは夢の世界の作戦だったらしい。
座席に座った瞬間を見計らって、睡魔はその牙を剥いた。
( ゜ω゜)「ね、寝ましたお……? ……ほら、今も……ね、ね、ねむにゃりんこ……」
ξ゚⊿゚)ξ「寝るな」
後頭部に無造作に響くツンの打撃。
机にぶつかったのと合わせて二回とても良い音がしたが、日常茶飯事と慣れきったクラスメートは既に意にも介さない。
(;^ω^)「あいたっ!? え? あれ? ツン?」
ξ;゚⊿゚)ξ「あれ? じゃないわよ全くー。ちょっとドクオー? またブーンと徹夜でゲームでもやってたの?」
('A`)「……知らねーって」
珍しく学校に来ているドクオも、どこか上の空。
シャキッとしない二人の態度にツンは内心イラつき始めたのだが、差し迫る時間に気が付き、やがて観念して隣の教室へと戻っていった。
(;^ω^)「むー。殴るなんて酷いおツン……。これでも流石に授業始まったら起きてるお? ねぇドクオー」
去りゆくツンの背に内藤は文句を漏らした。勿論聞こえてしまわないように最小限の声で。
いつもならここでドクオのツッコミか、同意が来るのだが――
('A`)「……ああ」
( ^ω^)「……?」
何かを考え込んでいるらしく、ドクオは上の空だった。
少し様子が変だが、夜行性のドクオはこうして昼間起きているのもきっと辛いのだろう。
内藤は聞こえてきたチャイムに合わせて、一時間目の授業の準備を始める事にした。
( ^ω^)(ま、ツンのお陰で目が覚めたって感じに考えるかおー)
あんなに感じていた眠気は既に感じない。代わりに頭部に鈍い痛みはあるが、慣れたもんである。
一時間目は歴史だ。ハッキリしている意識で、少しでも次回のテストの成績をマシにしようと教科書を意気揚々と開く。
( ^ω^)(目指せ! 及第点!)
今日の天気のように、未来は明るい――。そう信じて。
~五分後~
( ーωー)「zzZ……」
陽気和やかな心地の良い天気と、呪文めいた歴史上の固有名詞。
それらは、いとも簡単にすぐさま内藤の眠りを呼び戻したのだった。
やたら長い偉人の名前に相槌でも打つかのように、健やかな寝息が立てられる。
――結局、内藤が次に目を覚ましたのは、昼休み前の授業の、それも終わり頃の事だった。
( ^ω^)「……はははっ」
酷く乾いた自虐的な笑いが、心境を正確に表していた。
ξ゚⊿゚)ξ「……はぁーあ……」
(´・ω・`)「……うわぁ」
友人たちの呆れた視線が、彼らの言いたい事を精密に告げていた。
時刻はすでに昼休み。無駄にしてしまった授業時間が次のテストに更なる絶望をもたらすだろうことは想像に難しい事ではない。
( ^ω^)「はっはっは! ドクオ! お前もいっそ笑いたくば笑うがいいお! ていうか笑い飛ばして下さいですお!」
自暴自棄気味に、もう一人の友人へと声をかける。が、そこに目的の人物の姿は無い。
( ^ω^)「あれ? ドクオは?」
ξ゚⊿゚)ξ「なんか保健室に居るらしいわよ? 顔色が悪いからって」
( ^ω^)「いつも同じ顔じゃないかお。相変わらずずるい……」
一緒に食事ついでに話をしようかと思っていたのだが、目論見は外れてしまったようだ。
そう言えば今朝から様子がおかしかった。
珍しく学校に来ようとしたり、かと思えば妙に大人しかったり……。いや、大人しいのは元からか。
( ^ω^)「ご飯食べたら、保健室に様子見に行ってみるお」
(´・ω・`)「そうだね。その方がきっと喜んでくれるよ」
ドクオの喜ぶ顔は視覚的によろしい物ではないが、少しでも元気になってくれればやはり嬉しい。
悩みの一つでもあれば、力にだってなりたいものだ。
全く手間のかかる友人だと、口元を緩ませる。
ξ゚⊿゚)ξ「じゃ、今日もまた屋上でご飯食べましょ? 飲み物買ってから行くから、先行ってて」
(´・ω・`)「あ、僕も手伝うよ。ブーンは甘納豆おしるこオレだったよね?」
(*^ω^)「おっおっおっ! 冷たいので頼むお!」
学校内の自販機を利用しに行く友人二人を見届けた後、さて、自分は場所取りでもしておこうと思い立つ。
景色は良いが、屋上でお弁当を食べるのは割りとグレー行為なので、教員に見つからない今の内に利用しようという輩が、きっと増えている筈だろう。
せめて人数分の場所は確保しておかねばと、早々に鞄のチャックをスライドさせた。
射命丸「――どうも!」
( ^ω^)
ジィッという音と共に、チャックを締め直して30秒。
ゆっくりと深呼吸をしてから、もう一度チャックに指をかけた。
射命丸「ちょっと、なんで閉めちゃうんですか? アレですか? 照れ隠し的なアレソレですか?」
(;^ω^)
やっぱり、居た。
頭も口も回る、異世界の鴉天狗な新聞記者。省エネモードのちび射命丸が弁当の上に。
射命丸「いやぁそれにしてもこちらの学校は予想以上に賑やかなのですね! ちょいちょい鞄をすり抜けて覗かせていただきましたが、成る程やはりどの世界の授業も眠気を誘う催眠効果が――」
(;^ω^)「え? ……あれ?」
おかしい。今朝、購入した弁当を仕舞った時には居なかったはずだ。
いつの間にカメラごと射命丸が鞄に詰まっていたのだろう。
射命丸「どうなされました? 鳩妖怪が豆弾幕でも食らったような顔をして……あっ! もしや学び舎に女性を連れ込んでいるという背徳感に興奮する質だったりしちゃったりするんですか? いえいえ駄目ですよー。あややややー……。これは困りましたねぇ。私は私の魅力を自覚しておりますが、まさかパートナーの目まで奪ってしまう程だとは思っておりま――」
(;^ω^)
次の瞬間、思わず鞄を荒々しく抱えて廊下へと飛び出していた。
生徒でごった返す廊下を掻き分け、そのままひたすら人気の無い方へと走り抜けていく。
ξ゚⊿゚)ξ「――あ、ブーン? まだ屋上行ってなかったの?」
(´・ω・`)「そんなに急いでどうしたんだい?」
(;^ω^)「ゴメン! 極めて重要度の高い急ぎの急用がいきなり突然出来たんだおー!」
途中ツン達に出くわしたが、言い訳もそこそこに脇をすり抜ける。
鞄を抱えて爆走するこちらに不信な眼を向ける生徒も何人か居たが、気にかけていられない。
利用者の少ない男子トイレをゴールに、やっとその足を止める。
個室の一つに鍵を掛けると同時に、ようやく鞄の封印は再度解かれた。
射命丸「……ちょっと、ここ男子トイレじゃありませんか? 人気のない場所に連れ込むなんて変態ですか? 変態ですね!」
性悪な笑みを浮かべる小さなパートナーに、今すぐ突っ込みと弁解を入れたい所だが、それよりもやはり最初に言うべき台詞はこれしか無いだろう。
(;^ω^)「――何で射命丸が学校に居るんだお!?」
射命丸「そりゃ勿論取材ですよ?」
それが何か? とでも言いたげな様子で首をかしげる射命丸。思わず同じように首を曲げていた。
(;^ω^)「ああ、取材かお……っていやいやいや! 学校は危険だとか射命丸言ってなかったかお? 夢想器持って来ちゃったら、余計危ないんじゃないかお?」
うすーく残る記憶によると、学校関係者にルーミアの契約者が存在するとか何とか言っていたはずだ。誰が言ったかは覚えてないが。
だとすれば、それこそ猛獣のテリトリーに豚が鳥肉を体に巻き付けて迷い込むような物ではないだろうか。
だが、射命丸はわざとらしいため息をつきながら、首を静かに横に振っていた。
射命丸「ええ、学校は危険です。ですが、所有者に放置されたままの夢想器は更に危険な状況にあるんですよ? 誰かに狙われたとして、か弱い、かよわ~い私一人で一体何が出来るというのでしょうか?」
( ^ω^)「……か弱い?」
射命丸「……何か?」
(;^ω^)「い、いや何でもないお! ……でもそれにしたって、僕が倍狙われるようになるって事になるんじゃないかお!? それじゃ結局――」
射命丸「――おや、お忘れですか? ブーンさん」
射命丸が指し示すのはカメラ。夢想器であり、射命丸と自分をつなぎ止める媒介。
射命丸「契約者《あなた》と、幻想片《わたし》と、夢想器《うつわ》――。この三つ揃ってこそ戦う力が発揮出来るのです。逆に言ってしまえば、これで始めて自衛力を発揮出来るという事ですよ? 襲われるか襲われないかなんて消極的に賭けるより、襲われてもこちらの頑張り次第でどうにか出来る可能性がある方が良いと思いません?」
(;^ω^)「お、おー……」
なんだか言いくるめられているような気もする。が、分かっていても反論の余地など無い。
もう既にわかりきっているが、こういった社交術において射命丸はとんでもない能力を持っているようだ。
それに――
射命丸「……嫌なら嫌と言って下さって良いのですよ? その場合、女性用の厠にブーンさんの私物ごと移動して大人しくしていますから」
(;^ω^)「私めでよろしければ喜んでご歓迎致しますお! 射命丸様!」
――下手にここで逆らえば、大会敗北前に人生の敗北者に仕立て上げられてしまう未来が待っているらしい。
女性に差し出された選択肢は基本的に選択肢ではない。
齢十七にして一つの真理を内藤ホライゾンは悟るのだった。
射命丸「――あややや? 屋上でご友人が待たれているのでは?」
( ^ω^)「あーうん。ちょっと様子見に行きたい奴が居るんだおー」
階段を上では無く下に。
進む先は屋上ではなく、保健室。
射命丸「ええと、ど、ドゴステラさんでしたっけ?」
(;^ω^)「何それ強そう。……ドクオだおー。ほら、寮でも同室の」
射命丸「ああ、そうそうドクオさん。貧相なホブゴブリンみたいな方」
( ^ω^)「ホブゴブリンが何だか分からんけれど、多分大体合ってるお」
確かドクオは昼食を用意していなかった筈だ。
少食でも腹は減るだろうと、鞄の中に入れていたオヤツの菓子パンを差し入れに行きに足を進ませる。
それに今朝の様子もそうだが、聞いておきたい事もある。
( ^ω^)「射命丸。ルーミアが僕を襲わずに別の人間を襲う事はありうるかお?」
射命丸は少し、けれども慎重に考えた後答えた。
射命丸「断定は出来ませんが……。ルーミアさんは気まぐれで自由な野良妖怪気質です。……貴方を見つけられなければ、手頃な誰かを襲うことは充分にあるでしょう」
( ω )「――そうかお」
(;'A`)『――実は……俺も多分……ストーカー? に合ってるみたいなん……だけど……』
――もし、ドクオが次の標的にされているのなら、どうにかしなくちゃならない。
それこそ、安寧たる日々を望めなくなるとしても。
決意と共に、やがて辿り着いた保健室の扉を開く。
――時間は少し遡る。
('A`)「……ヴぁー……」
それは、ちょうどドクオが欠伸ともため息ともつかぬうめき声を、カーテンに包まれた保健室の白いベッドの上であげていた頃だ。
噛みついた相手を何とかウイルスに感染させて蠢く死体と化してしまいそうなうめき声だが、勿論その心配は無い。
保健室に常駐している先生は、何やら忙しそうに何処かへ行ってしまった。
結果、保健室には孤独から生まれる静寂が満ちていた。
「……また仮病?」
前言撤回。隣のベッドに一人居たようだ。
('A`)「……っせーよ。盲腸に響く」
「この前は膵臓に響くって言ってなかった?」
('A`)「じゃあ膵臓から転移したんだよ。病弱だから」
「そろそろ内蔵無くなっちゃうよ?」
('A`)「ああ、そろそろ死ぬかもな。だから話しかけんな」
勿論、手術なんてしたことはない。病院は結構通い慣れているが。
自身を蝕むのは生まれついての虚弱体質。格好の付かない病気だから、適当にごまかしているだけだ。
「えー。だって暇だよー?」
('A`)「うっせ。元気なら外行ってこいよ」
「明るいの苦手ー」
隣の奴が話しかけてくるのも今日が一度目や二度目じゃない。
こちらの嘘は当然の如くバレている。
やたらと退屈そうなお隣さんは、またしても身勝手にちょっかいをかけてきた。
('A`)「図書室行けよ。漫画新しく入ったらしいぜ」
「図書室? 薄暗そうで良いねー」
勿論これも適当な嘘だ。
だが、お隣さんはすっかり信じたようだ。ざまぁみろ。
ベッドがきしむ音と共に、気配が移動する。
( ´∀`)「んじゃ行ってみるモナー。じゃーねー」
('A`)「はいはい、いてらー」
カーテンの隙間から、お隣さんの顔が一瞬覗く。
前は自分と同じように日光が苦手な虚弱体質持ちだった筈だが、やっぱり最近のアイツは健康その物だ。
馴れ馴れしいのにも拍車がかかっている。
自分も体を鍛えれば、少しはあんな社交的になるだろうか?
('A`)「……マンドクセ」
考えるだけで疲れきってしまった。はい、考えるのは終わりです。
考えすぎたせいで、妙な幻覚を見るのだ。幽霊のストーカーなんて、今時ファンタジー小説当たりで出尽くしている。
科学で発展した文明に、科学以外があるわけがない。
( A )「――ブーン」
……そう、だからアレも幻覚だ。ブーンがあんな非科学的な幻覚と仲良くしている光景なんて、ありえない。
あまつさえ、それを黙っているだなんて。
('A`)「はぁーあ……」
本当に面倒だ。面倒だが、これは一応ブーンに聞いて確かめる方が良いだろう。
そうすれば、この胸の寂しさも薄れるはずだ。
('A`)「ま、次会ったら……で良いよな」
ポケットの中に入っていた焼き菓子をおもむろに取り出し、一口で頬張る。
よく持ち歩いている菓子だが、別に好きでも嫌いでも無い。ただ安価だから常備しているだけだった。
何の感慨も無く菓子を食べ終えると、残った食べかすまみれの包み紙を、胸の憂さを晴らすようにクシャクシャに丸めて遠くのゴミ箱へと放り投げた。
――左手は添えるだけ。何処かで見た投擲技術を元に、綺麗な放物線を描きながらゴミは宙を飛んで行く。
ゴミ箱の近くの扉が音を立ててスライドしたのは丁度その時だった。
「お!? 何か顔に!?」
('A`;)「……げ」
着弾点のずれたゴミは、来訪者の顔面へとキレイにぶつかり、存在の痕跡《食べかす》を解き放った。
勿論痛みなんて無いだろうが、この時点で既に焼き菓子特有の細かいカスは散乱し、標的の体を包んでいる事だろう。
(;>ω<)「ペッペッ……何だお? ……粉っぽい……、あれっ美味しい!?」
しかも困ったことに、その相手は今一番会い辛い相手だった。
('A`;)「わ、悪い……ブーン」
(;^ω^)「お? ……ドクオの投げたゴミかお。まぁ良いおー」
そう言いながらこちらのベッドへと近寄ってくる友人。
何となく緊張して、ベッドの上で座りなおしてしまった。
( ^ω^)「はい、これ差し入れだお」
('A`)「ん」
簡素な返事だけして、後は沈黙。
普段ならもっと賑やかに、和やかに会話が進む筈だ。
何故か、自然に話しかけられない事に、少し苛ついた。
( A )「……」
――面倒だと思った。こんな空気はさっさと解消した方が楽に決まっている。
決意を決めて、己の胸の内を吐露しようと口を開く。
('A`)「――な、なぁブーンお前――」
( ^ω^)「――あの、ドクオにちょっと聞きたい事が――」
('A`;)「あー……」
(;^ω^)「おー……」
しくじった。真正面から言葉がぶつかり合って、事故発生だ。
余計に気まずい。
('A`;)「……お前から良いぞ」
(;^ω^)「そ、そうかお? それじゃあ……」
譲られて尚、言いにくい事でも言おうとしているのか、言葉を選んでいるのが目に見えた。
まったく水臭い。思ったことをそのまま言ってくれれば良いのに。
( ^ω^)「――ドクオを追いかけて来たストーカーって、……どんなんだったんだお?」
('A`)「……」
何故、コイツはそんな事を聞くのだろう。
あれは幻覚に過ぎないのに。
('A`)「……何でもねーよ。アレは俺の見間違いだって結論出したろ?」
(;^ω^)「いや……でも。気になるんだお。話してくれないかお?」
気になる。そう、確かにオカルト話だから気になるんだろう。
でも、俺がそういう話が嫌いなのも知っている筈だ。
('A`)「何でもねぇっつっただろうが。しつけーよ」
少し、苛ついた心に釣られて、声が荒くなった。
だがそれに怯むこと無く、再度"教えてくれ"と告げられる。
このやりとりが何度か続いた。
('A`#)「あーもう!」
(;^ω^)「ど、ドクオ?」
むしゃくしゃしてベッドに立ち上がる。これじゃ拉致があかない。先にこっちの不安を解消させてもらおう。
('A`#)「じゃあ先にてめぇが答えろ! 昨晩の深夜! 何処で何してた!」
(;^ω^)「……!」
あまりにも直球過ぎたと、言ってから気がつく。最早喧嘩越しだ。
でも、これで一つスッキリするだろう。
――トイレに行っていただけだ。星を見に行っていただけだ。ちょっと体を動かしに外へ。
どんな理由でも良い。隠し事なんて無いのだと、困った事など何も無いと、そう言ってくれればそれで良い。
(; ω )「……な、何でもないお。あれは、その――」
そう、何でもない理由だろう。この後にきっと、大した理由でも無い真実が語られ――
(;^ω^)「――ドクオには、関係ない事だお!」
('A`)「……は?」
関係無い。
確かにそう聞こえた。
('A`)「関係無いって……何だよ? どうせ、アレだろ? 野外のどまんなかで立ちションしたくなったとか……そういう……」
(;^ω^)「ど、ドクオは知らなくて良いんだお……。僕の問題なんだから!」
まるで、頭を思いっきり殴られたみたいだった。
明らかな拒絶。それは体を痛めつけられることより、ずっとずっと辛くて痛い事だった。
本当に恥ずかしい事だから言いたくないだけなのだと、心に少しだけ存在するポジティブな自分が仮説を打ち立てる。
――でも、もう無駄だ。もう遅い。
射命丸「……あやや? なんだかスキャンダラスな修羅場のような……。……おっと」
ブーンが肩から下げている鞄。そのチャックの隙間に、ブーンが話そうとしない秘密が垣間見えてしまっていたのだから。
( A )「……そうかよ」
(;^ω^)「――か、カメラに着いた菓子のカス。落としに行ってくるお……。……それじゃ」
鞄に向かう視線に気が付いたのか、ブーンはそそくさとそれを抱えて立ち去っていった。
後に残ったのは菓子パンが一つ。
――もう、手をつける食欲なんて湧かなかった。胸が締め付けられるように苦しいから。
射命丸「……よろしいので?」
( ^ω^)「おー……」
水場でハンカチを湿らせて、カメラに着いたカスを丹念に拭きとっていると、心配そうに射命丸が顔を覗き込んできた。
ドクオの事を言っているのだろう。だから、何とも答えられなかった。
やがて射命丸のため息が、聞こえてきた
射命丸「――若さ故のすれ違いって奴ですかねぇ。なぁにもっと経験を積めば、上手く折り合いを付ける方法も分かるようになりますよ」
( ^ω^)「……言ってることがババ臭いお――あいたっ」
瞬間、射命丸は唯一触れられる物質であるカメラの革紐部分を鞭のように振るう。
ベチンと音を立てて鼻が強かに打ち付けられた。
(;^ω^)「おー、いてて……」
ズキズキと、痺れるような熱をもって鼻が痛む。
――でもそれよりもずっと、胸のほうが苦しかった。
それから目を背けるように、再び作業に没頭する。
射命丸「ドクオさんが心配……なんですよね。大丈夫、分かってますよ」
( ω )「……」
嘘をついたことが無いわけじゃない。
でも今日ついた嘘は、今までに無いくらい後味が最悪だった。
これじゃ未知の世界にワクワクなんて、出来そうにない。
( ^ω^)「――射命丸」
射命丸「はいな」
( ^ω^)「この学校の、ルーミアのパートナーを見つけ出すお」
射命丸「……後悔しませんか?」
それはつまり、ルーミアに見つかるまでの平和な時間を自分から捨てて良いのかと、そう訪ねているのだろう。
だから、シンプルに頷いて見せた。
( ^ω^)「僕はこの街が好きだお。吹き抜ける風が好きだお。……だから、あまり悲鳴とか泣き声とか、増やしたくないんだお。――その中にドクオを入れさせたりしない」
射命丸「了解です! 射命丸文の調査力……お見せしましょう!」
自信に満ちた顔の射命丸が、親指を立てて見せる。
こちらも笑顔を返しながら、親指を立返して見せた。
( ^ω^)「おお! 期待して待たせて貰うお……!」
(;゜ω゜)「――く、くるし……か、革紐が……首に……!? ちょ、ちょっと冗談言ってみただけだお!?」
少し心配なスタートだったが、こうして反撃の狼煙は上がり始めた。
ξ゚⊿゚)ξ(……あ、もう終わりね)
壁時計を見てそう思ったが数秒後、本日の授業終了を告げるチャイムが鳴り始める。
背伸びをしながら、体のコリをほぐしていく。
ξ゚⊿゚)ξ(はぁ、今日はあんまり話せなかったなぁ……)
担任の簡単な放課後の連絡事項を適度に聞きながら、内心思いを別にはせる。
隣のクラスの内藤ホライゾンの事だ。
昼休みは一緒に食事を取れなかった上、休み時間に顔を出しても、何だか忙しそうに教室を出て行く彼の後ろ姿を見送るだけ。
結局、今日は慢性的会話不足だ。
ξ゚⊿゚)ξ(ちょっとは構いなさいよ……馬鹿)
無論、本人に直接そんな事は言えやしない。もし、何かの拍子で口にしてしまったとしたら、きっと恥ずかしさのあまり耳の鼓膜を叩き潰した上で、記憶が無くなるまで頭を打ち付けてしまうだろう。勿論、彼の方の。
ふと気が付くと、周囲の生徒が帰り支度を始めているのが見えた、自分も遅れて支度を始める。
とは言っても、帰る訳じゃない。
これから部活動が始まるのだ。
美布高校の部活動の活動場所は、この校舎ではない。
部活動専用に作られた運動場と各種施設が、別の土地に用意されているのだ。
移動が少々面倒だったが、セキュリティ上の設計思想がどうの、文武を共に満たす為に必要な設備がどうのと入学時に説明された気がする。
まぁ、綺麗で多機能な建物が使えるので、文句付けるつもりはない。
ξ゚⊿゚)ξ「――えっと、今日は男子剣道部の方だったかしら」
我ながら謎の発言をしているとは思う。が、これが普通だ。
正式に入部している部活動は無いのだから。
なぜだか分からないが、男子女子問わず闘技系部活が練習相手や腕試しを頼んでくるのだ。
今回もマネージャー補助だとか説得されていたが、どうせ中盤辺りで竹刀と防具を渡されるだろう。
ξ゚⊿゚)ξ「さっさと終わらせて、シャワー浴びよ……」
既に相手を打ちのめすのを前提で、一人廊下を進む。
男子剣道部は特に弱い。全国出場しているとか聞いたが、私のような女子に総ナメされるくらいだ。きっと嘘なんだろう。
――防具の臭いが髪に移らないかと心配をし始めていた、その時だった。
「あ、ねぇねぇそこの人ー」
ξ゚⊿゚)ξ「……? 私?」
少し周囲を確認してから、視線が自分に向けられていることを認識する。
話しかけてきたのは知らない男子生徒だった。
日焼けしていない白っぽい肌が、妙に気持ち悪い。
「携帯、落とした人を知らない?」
ξ゚⊿゚)ξ「携帯……?」
少なくとも、自分は持っている。
クラスメイトからもそんな話は聞いていない。
と言うか、そんな間抜けが今時居る訳が――
「緑色っぽい、ドッコーモーの携帯。知り合いとかに居ない?」
ξ゚⊿゚)ξ「あー……」
思い浮かんだのは他の誰でもない、ブーンのゆるゆるなアホ面。
そう言えば昨晩から応答や返信は返ってきていない。
……高確率で、落とし主だろう。
ため息を深く、ふかぁーくついた後――、
ξ゚⊿゚)ξ「もしかしたら、知り合いの馬鹿のかもしれないわ。見せて貰っていい?」
代わりに受け取っておいてあげようと、そう決意した。
そう、これはあくまで善意だ。携帯電話を届けに行くという口実が出来たーだとか、優しい女の子アピールが出来るーだとか、文句ついでに一発八つ当たりしてやれるーだとか、そんな事は決して思ってなんか居ない。最後のは少しあるかもしれないけど。
「ほ? そうなの? じゃあちょっと着いてきてー」
ξ゚⊿゚)ξ「え? 今此処で渡してよ」
「別室に置きっぱなしにしてるー。一緒に取りに来てよー」
ξ゚⊿゚)ξ「うーん……」
同じ学校の生徒とは言え、知らない男に着いていくのは何だか嫌な感じがした。
襲われても勝つ自信しか無いが、それでも嫌な物は嫌だ。
ξ゚⊿゚)ξ(ま、すぐ帰れば良いか)
剣道部に後で断りの連絡と、ついでにドクオ辺りにも連絡を入れておこうと決めてから、改めて案内を見知らぬ男子に頼む。
「はいはーい。こっちこっちー。遅れず騒がず後悔せず、大人しく着いて来てー」
ξ゚⊿゚)ξ(変なヤツ……)
――ふと目を向けた空は、分厚い雲で今にも埋め尽くされようとしていた。それはまるで、光を拒絶しているかのように。
(;^ω^)「うへぇ……」
射命丸「うーん……困りましたねぇ」
日が沈みかけ、その僅かな灯りも黒い雲に遮られた帰り道、同じようにやる気も暗く沈んでいた。
パートナーを探そうと決意を固めた物の、手がかりがあるわけではない。
先日の戦闘箇所を調べるにも立入禁止故、出来る事と言えば足で稼ぐ聞き込み程度だ。
『最近怪しい奴を見なかったか』
射命丸に軽く相談して決めた質問内容を、休み時間を利用して他クラスに投げかけていく。
勿論目立つ行為故に相手にもバレる危険を伴うが、既に覚悟している。
むしろ、標的をこちらに向けられれば話は早い。
しかし、それらは上手く行かなかった。
『今目の前にいる』
そう言ってこちらを指さして来てくれたノリの良過ぎる生徒が多かったのだ。
流石に5回目の辺りで心が折れそうになったので、質問を再度検討する。
『最近、急に様子が変わった奴は居ないか』
射命丸がその質問を用意したのには理由があるらしい。
まず契約者であろうが無かろうが、自由に使える強い力を手に入れた者はそれに溺れやすい物だと。
そして、契約は肉体を妖怪のそれに近づける副次効果を持つ為、引きずられて性格がより"ハッキリ"した物になるのだと。
少し心配になって、僕も性格変わっているかと聞いてみたが、『私のように知的で高位の妖怪がパートナーで良かったですね』等と返された。
どういう意味かわからない。
――ともかく、質問を変えたのが良かったのか、少しづつ情報は集まってきた。
『あそこに居る山田は最近明るくなったな。彼女出来たんだってよ』
『隣の田中が最近急に大人しくなってる。彼女取られたんだ』
『これは秘密なんだけど、中山って奴が最近女装趣味の新しいステージに辿り着いたらしいぞ。二人目の彼氏出来たって』
何やら暴いては行けない複雑な関係の情報まで手に入ったが、恐らくルーミアとは関係無いだろう。そうであって欲しい。
ともかく、集まってきた情報と言えばウワサ話が精々。手がかりにはならないだろう。
――いや、一つ気になる話はあった。
『モナーって奴が……本名は茂名って言うんだがよ、最近授業に顔出すようになったんだよ。たまーにだけどな。保健室の住人だったってのに』
( ^ω^)(……モナー)
何処かで聞き覚えのある名前だった。そう、アレはドクオが以前していた話――
( ^ω^)『モナー?』
('A`)『そういう野郎が居るんだよ。皮膚が日に弱い虚弱体質ってんで保健室の常連でな。もう最初から保健室に登校してるもんで、出席もそこで取られるんだとよ。保健室にサボりに行く度によく話してたよ』
( ^ω^)『虚弱仲間が増えて良かったじゃないかお』
('A`)『と、思うじゃん? それが何か最近急に元気になっちゃってさ、やたらと絡んで来てマンドクセーんだよ』
( ^ω^)(……もしかして)
胸のざわつきを整理する為に、パートナーの名を呼ぶ。
疲れの溜まってそうな声が聞こえて来た。
( ^ω^)「――もし、……もしだけど、体の弱い奴が妖怪と契約したら、元気になったりとかするのかお?」
射命丸「……あー、無くも無く無く無いでしょうねー。精神が弱ってなけりゃ妖怪は体だけは丈夫ですので。完全に上書きとはなるか分かりませんが、その力を得るという事は、大分マシになるのでは無いでしょうか」
(;^ω^)「……!」
もしかしたら、見つけてしまったのかもしれない。ルーミアのパートナーを。
――モナーという男を。
その旨を告げた途端、射命丸の眼に真剣さが戻った。
射命丸「モナーさんの話。ドクオさんに詳しくお聞きする必要がありますね」
(;^ω^)「そうと決まれば早速ドクオに聞きに帰るお!」
そう言い終わるか終わらない内に、帰路を急ぐ。
空に夜が降りて来ているのが見えて、余計に道を足早に進ませた。
( ^ω^)「ドクオ! いるかお?」
やがて辿り着いた寮の自室。ノックも無しに乱雑に開け放った。
カーテンの閉まっていない窓からは、既に太陽の光は入ってきていない。
室内は、薄暗い静寂を保っていた。
(;^ω^)「……ドクオ!?」
返答は、無い。
『……貴方を見つけられなければ、手頃な誰かを襲うことは充分にあるでしょう』
射命丸の以前の言葉が、脳裏をよぎった。
――まさか。と、考えたくない状況を想像する。
と――
('A`)「……あ?」
ベットの上段からひょっこりと顔をのぞかせたのは、他でもないドクオだった。
どうやら寝ていたらしい。
いつも通りのドクオの姿に、ほっと一安心して、部屋の灯りを改めて点けた。
大して重く無い鞄もその辺に置く。
('A`)「……なんだよ」
(;^ω^)「お……いや、何でもないお……」
そうだった、今は気まずいんだった。
安心と緊張の混じったような空気が、なんだか気持ちが悪い。
オマケに気が抜けたせいか、連日の睡眠不足と疲労も今更追いついてきたらしく、体が妙にだるい。
とりあえず、その辺の床に腰を落ち着ける。
(;^ω^)
さーて、どうしたものか。
空気は重い。話しかける切っ掛けも無い。
気を紛らわせる為に、何となくドクオに背を向けて漫画を開く。が、ページを何となく捲るのが精一杯で、当然内容なんて頭に入って来なかった。
射命丸(……モナーさんの事、聞かないんですか?)
視界内の鞄の中から、射命丸が急かしてきた。
いや、分かってる。分かっているのだけれど――
(;^ω^)(――今、ものっそい口利き辛いお……)
出来れば質問は、もう少し後にしたい。
そう言えばもうすぐ食事の時間だ。
夕食を済ませればドクオの機嫌も少しは良くなるかもしれない。
時間に任せるという作戦は、我ながら名案だと思った。
……射命丸のジットリとした視線に気が付いてしまうまでは。
それに気が付いてしまってからは、後方の険悪感・前方の威圧感で見事な生き地獄タイムの強制エンジョイ中です。
願わくばフリータイムではなく、一時間くらいで終わりにしたい所だ。
( ^ω^)(……それにしても――)
モナー。
そいつは、どんな奴なのだろうか。
ルーミアのパートナーだと決まった訳ではないが、最も怪しい人物だ。
特徴っぽい情報や名前は入手したが、顔も声も知らない。
保健室登校らしいが、保健室で待ち伏せでもしなきゃならないのだろうか。それとも、帰路で待ち伏せか。
どう接触したとしても、契約者だったとしたら戦闘は回避出来ないだろう。
――作戦や対策が、必要だ。後で隙を見て、射命丸と相談しなければならない。
その時だ。
思考とは別に定期的にページをめくる作業に励んでいると、不意に背後から声がかかってきたのは。
('A`)「おい」
ドクオだ。
黙って耳を傾ける。
('A`)「ツンから携帯受け取ったか?」
( ^ω^)「……携帯?」
一体何の話だろうかと、首をかしげる。
('A`)「学校でお前の携帯拾ったヤツが居たらしい。代わりに受け取っておくから首洗って待ってろってよ」
(;^ω^)「おー……そうなのかお」
なんで首? と思ったが、きっと言葉のあやだろう。そうでないと困る。
とりあえず明日だ。ツンに会った時にでも渡してもらおう。
( ω )(明日――)
――そしてモナーに会いに行く。決着がどうなるか分からないが、少しはドクオに及ぶかもしれない危険は減る筈だ。
正直、逃げたい気持ちもあった。でも、その選択肢を選んだとしても、後悔するだろう。
今はせめてドクオに悟られないように、グッと心の内に押し込む。
('A`)「……モナモナうるさい。か、きっとモナーだな。携帯拾ってくれたの」
( ^ω^)「――え?」
思わず聞き返す。
聞き違いだと、そう思い込みたいから。
('A`)「モナーだよ。前ちょっと話した」
(;^ω^)「――モナー?」
ぶっきらぼうに告げられたのはやはりその名。
瞬間、心臓が音を立てて跳ねた。
(;^ω^)「……どこで受け取りしてるんだお?」
('A`)「学校だと思うぞ。もう終わってるだろうが」
"終わっている"。
何故かその言葉がすごく不吉な言葉に聞こえてならない。
何だか落ち着かなくて、いつの間にかその場に立ち上がっていた。
(;^ω^)「ちょっと行ってくるお!」
こうしては居られない。
衝動に身を任せるがまま、カメラを鞄から取り出してドアを押し開く。
しかし、それは途中で静止された。
( A )「おい、こんな時間からどこ行くつもりだ」
足を止めさせたのは感情の篭もらないドクオの言葉だった。
重く、絡みつく、誤魔化しを許さぬ問いかけ。
(;^ω^)「ドクオ……」
昼間の事もある。いっそ全て話してしまった方が良いのかもしれない。
――でも今は――
(; ω )「後で……必ず説明するお!」
それだけ告げて、弾かれたように部屋を後にする。
今はただ、大事な物を護るために。
ξ; ⊿ )ξ「う……ん……?」
なんか気持ち悪い。
微睡みながらも意識したのは、まずそれだった。
頭を思いっきりシェイクされたような、全身の血を大分抜かれたような、そんな何とも言えない気持ち悪さ。
「あ、起きた?」
聞こえてきた声の方を見ようと、ピントの合わない眼を開く。
薄暗い教室。その前方に置かれた教卓に、誰かが座っているらしい。
( ´∀`)「良かった。死んでたらどうしようかと思ったモナー」
ξ;゚⊿゚)ξ「アンタ……さっき私に声かけてきたヤツ!」
( ´∀`)「さっきって。何時の話してんの?」
立ち上がって距離を取ろうとする。が、動けない。
そこでやっと、自分が椅子に縛られている事に気が付いた。
( ´∀`)「あ、それ君のタオルね。ちょっと借りたよー。結構難しいもんだねー」
ξ;゚⊿゚)ξ「何が目的なのよ! この変態!」
無理やり拘束を抜けだそうともがくが、それだけ手足が痛むだけだった。
これが、絶体絶命というヤツだろうか。
思ったより、中々怖い。
そもそも、何故こうなったのだろう。
確か、あの時言われた通り、この男の後を着いて行った所までは覚えている。
そしてその後、カーテンが締め切られた薄暗い教室へと足を踏み入れた瞬間、何だか急に気分が悪くなって――。
ξ;゚⊿゚)ξ「最悪……」
薬か何かだろうか。あんな風に為す術も無く気を失ったのは生まれて始めてだった。
( ´∀`)「さて」
ξ;゚⊿゚)ξ「っ!」
教卓から飛び降りる音に、思わず肩が跳ねた。
男はその反応が楽しいらしく、愉悦に口を歪ませている。
( ´∀`)「"ルーミア"も中途半端に食事したせいで、不満そうにしてるんだよね。だから、本命を早く呼んでくれないかなぁ?」
そう言って差し出してきたのは、空色の携帯端末。
紛れも無い、自分のだ。
ξ;゚⊿゚)ξ「……本命って何の事よ」
( ´∀`)「コレの持ち主の事モナー」
もう一つ、男は携帯端末を放り投げた。
今度は緑色。見間違うこと無いブーンの物だ。
( ´∀`)「"僕達"はそいつに要件があるんだ。あんまり焦らされると、ルーミアの我慢の限界が来ちゃうよ?」
ξ;゚⊿゚)ξ「さっきからルーミアルーミア五月蝿いわね! 誰よソイツ!」
( ´∀`)「えー? ほら、目の前に居るじゃないかー」
ξ;゚⊿゚)ξ「こいつ……」
勿論、この部屋に居るのは二人だけ。
今ので確定した。コイツは本物の頭がオカシイ奴だ。
( ´∀`)「ほらほら、はーやーくー」
ξ;゚⊿゚)ξ「……死んでも呼ぶもんですか。それに大体ね、呼び出す相手の携帯もここにあるのにどうやって呼ぶのよ?」
( ´∀`)「あ。それもそうかー。うっかりしてたね。ルーミアー」
自らが犯したうっかりミスが堪らなく面白いらしく、男は一人で笑っている。
……いや、時たま男にだけ見えている"ルーミア"とか言う存在に話しかけて居る辺り、一人では無いのだろう。男の中では。
( ´∀`)「あー、面白かった。……よし! じゃあとりあえずもう一回気を失って貰うモナー」
ひとしきり笑った男の手が、こちらへと迫る。
また、薬か何かで眠らせるつもりなのだろう。副作用でも出て肌や髪が痛んだらどうしてくれるんだ。
ξ; ⊿ )ξ「――ほんと……最悪」
意識を失うまでの数秒間。
無意識に今回だけはブーンが来ない事だけを願っていた。
(;^ω^)「くっ……やっぱりペース上がらんお!」
通る道は最短ルート。屋根や塀等の本来障害物でしか無い道。
フリーランニングという、走る場所を選ばぬ走法に慣れている内藤ホライゾンだからこそ選べる道。
秘蔵の近道。
しかし、予想以上に速度は上がらなかった。
日がほどんど沈んでいる性でルート補足が難しくなっている上、全力疾走を先ほどしたばかりだ。
その進みはいつもより遅い。
焦れば焦るほど、ペースが落ちていくような感覚が煩わしい。
射命丸「……仕方ありません。補足される危険もありますが、妖力を開放しましょう!」
(;^ω^)「――妖力?」
小さな射命丸は、首から下がっているカメラを押し上げ、ちょうど胸の前で静止させる。
手に取れ、という事だろうか?
訳も分からないまま屋根瓦を駆けつつ、それを片手で掴む。
射命丸「――さぁ、私の名を!」
(;^ω^)「……名前? 名前が何だってんだお?」
射命丸「名は体を現す――。貴方が思っているよりも名前と言うのは重要で力を秘めているのです! 良いからさっさと呼ぶ!!」
(;^ω^)「……」
何が何だか分からない、と思ったのは何度目か。これまでも何度も戸惑わされてきた。
――しかし、それだけだ。疑う理由は見当たらない。
脚を止めぬまま、深く息を吸い込む。
(;^ω^)「――行くお! "射命丸文"!!」
瞬間、呼応するように周囲を流れる風が向きを変えたのが分かった。
それは、先行する射命丸へと次々と集っていく。
そうして、ほんの一瞬風が渦巻き散った時には、もう――
射命丸「――清く正しい射命丸文! 妖力の制限もこれで解除です!」
――射命丸の姿は出会った時の物へと戻っていた。
( ^ω^)「……ッ!?」
同時に体の内から満ちていく体力。
その差は、一気に重力が軽くなったと錯覚する程だった。
そう、これは射命丸と始めて契約した時にも経験した感覚。
射命丸「予想通り、名も契約の要のようですね。これなら!」
前を行く射命丸の速度が、更に上がる。学校への方向への一直線を飛んで。
射命丸「――ツンさんとやらが捕まってアレコレされる前に、最速で現場へ急行ですよ! ブーンさん!」
( ^ω^)「おおッ!」
返事と共に、こちらも加速。今までとは段違いの速度で、夜闇を駆け抜けていく。
ただでさえ短縮している特別ルート。それを、スポーツ選手以上の体力をもって駆けているのだ。
一歩踏み出す事に速度は増し、一歩踏み切る事に見慣れた風景が後方へと流れていく。
やがて、当然の如く自己記録最速のタイムを叩きだして、校舎の付近まで辿り着いていた。
(;^ω^)「待っていてくれお! ツン!」
残すは校門へと続く直線ルート一本のみ。
行く先は不自然に薄暗い。
それでもツンを見つけ出すまで、足を止めない。
――つもり、だった。
「――よう。そんなに急いでどうしたよ」
(;^ω^)「……!?」
死角から突然かけられた声。
その姿を視認した時、立ち止まらない筈の足をつい止めてしまっていた。
从 ゚∀从「よっす肉まん」
魔理沙「……おいおい。まさか、こんな危ない夜の学校に忍び込むなんて言わないよな?」
(;^ω^)「ハイン! 魔理沙!」
見忘れる筈が無かった。
バイクに寄りかかる契約者ハインと、その肩に座るパートナーの霧雨魔理沙。
ルーミアと何度か戦闘を経験した、夢幻例大祭の他の参加者。
――そしてルーミアから一度は命を救ってくれた、命の恩人。
(;^ω^)「丁度良かったお! ……実はこの中で友達が襲われているかもしれないんだお!」
自分だけでは勝てないかもしれない。だが、この二人が居れば百人力だ。
ツンを助けられるかもしれない。藁どころか、船を見つけたかのような気持ちで、彼女達を頼った。
だが――
从 ゚∀从「――で?」
(;^ω^)「……え?」
それは、あまりにも無情な返答だった。
从 ゚∀从「だから何だってんだよ。オレに関係あるのか? オレが人助け趣味の優しい優しーい奴だとでも思ってんのか?」
(;^ω^)「だ、だってこの前は僕も助けて……」
从 ゚∀从「ありゃお前が夢想器持ってたからだ。ルーミアに夢想器が渡ったら、後々オレが困るかもしれないだろ?」
(;^ω^)「……!」
――次会ったら敵だ。別れ際の彼女の言葉が、決して冗談では無かった事を思い知らされる。そしてその言葉が示していた現実の厳しさを。
だが、それでもやることは変わらない。
(;^ω^)「……分かったお。じゃあ僕だけで行くお」
从 ゚∀从「――魔理沙!」
魔理沙「――おっと、それは駄目だぜ?」
目前で集う光の粒子。
それが晴れた瞬間にはもう、歩みだそうとした一歩目を続かせないように、等身大の魔理沙が前に立ちふさがっていた。
(;^ω^)「何でだお!? 関係ないって言うなら、せめて邪魔しないでくれお!」
从 ゚∀从「てめーはアホか? みすみす夢想器奪われに行こうとしてる奴を見逃せる訳無いだろうがよ」
魔理沙「ハインの言い方だと何だか悪党っぽいがな。……まぁ、逃げろって忠告したのはそう言う事だぜ」
(; ω )「……」
このままでは負ける。その事だけではなく、その先の事も含めて彼女達は言っているのだろう。
戦いで敗北した参加者は、そこで終わりというだけだが、戦い自体は終わりにはならない。
でも、だからと言ってツンを放っておけとでも言うのだろうか。
やり場に困る怒りが、固く拳を握りしめさせた。
射命丸「――では、何故お二方はここに居らっしゃるのです? まさか、負けたくなくてこんな所で尻込みなされているのですか?」
(;^ω^)「射命丸……!」
助け舟は、すぐ近くから出た。
元の頭身へと戻っている射命丸は、魔理沙との間に割り込むように姿を見せる。
魔理沙「おいおい、随分酷い事言うじゃないか。そんな訳無いに決まってるだろ?」
从 ゚∀从「そのとーり。……えーとアレだ。ただの月見だよ。邪魔すんなカラス女」
射命丸「カラス女……!? ……良いですか? 私の名前は射命丸文。清く正しい射命丸文です! 覚えておいて下さい不審者さん!」
从#゚∀从「不審者……? 自分で清く正しいとか言っちゃうような奴は流石見る眼もセンスもねぇな?」
(;^ω^)
何か、変な理由で別の戦いが始まろうとしている。
こんな事している場合では無いと言うのに。
ますますややこしくなってきた状況を前に、いよいよ強硬突破もやむ無しかと決断しかけた、その時だった。
魔理沙「――はいはい止めだ止め!」
射命丸「何ですか魔理沙さん! 止めないで下さい!」
从#゚∀从「ああ!? 何だ魔理沙?」
止めるに止められなかったいがみ合いに介入したのは、他でも無い魔理沙だった。
こちらの道を止めていたのが、今度は二人の間に割り込んで居る。
魔理沙「ここで戦うつもりか? "アレ"の調子悪いって分かってんのかよ」
从 ゚∀从「……チッ。分かってるっての。今日は"お月見"に来ただけだからな!」
やたらと"お月見"と言う言葉を強調して、ハインは大人しく引き下がる。
ところで、空は月見どころか、星一つ見えない程厚い雲が張っている。
無茶な言い訳だと思うが、指摘したらきっと怒るだろう。そして尚も押し通すだろう。
早々に突っ込みは諦めたが、空気が柔らかくなった今はチャンスに違い無かった。
( ^ω^)「……頼むお。どうしても行かなきゃならないんだお。僕にとって大切な人が今、あそこで苦しんでいるかもしれないんだお――!」
从 ゚∀从「……"かも"、だろ? 確証もねぇのに、てめーの命晒せるのかよ?」
そう、所詮"かもしれない"。だ。モナーが敵だとか、学校でツンが標的にされているだとか、全てはただの推測。
それでも――
( ^ω^)「――充分だお」
迷いなく、そう答えられる。
今、戦いに行く理由として何の不足も無い。
鋭いハインの視線を、真っ向から受け止める。
一歩も引かない決意を表すように。
从 ゚∀从「……チッ。おい魔理沙。行くぞ」
魔理沙「へいへい。……まったくしようがない相棒だぜ」
( ^ω^)「……ありがとうだお」
開け放たれた道。闇の満ちる学校へと続く門の前には、これで何の障害も無くなった。
首からぶら下げたカメラを握りしめ、敷地の中へと足を踏み入れていく。
从 ∀从「――全く、今日は月見の邪魔が多く入る日だぜ。うっとおしい影とか。なぁ? 魔理沙」
魔理沙「あー? ……そうだな。屋上辺りの影が特に月見の風情には合わ無いよな」
( ^ω^)「……?」
射命丸「――成る程、そういう事ですか。……ほんと、素直じゃないんですから……。でも感謝します!」
言われて見上げた夜空。
月明かりも無く、かなり見えにくい屋上の輪郭を注意して見ていく。
――言っている意味が、そこでやっと分かった。
( ^ω^)「――本当にありがとうだお! 二人共!」
射命丸「行きますよブーンさん! 全速力です!」
お礼もそこそこに、改めて先を急ぐ。
屋上に居る、謎の人影の元へ。
从 ゚∀从「……」
走り去る音を聞き流しながら、ハインは複雑な表情を浮かべていた。
魔理沙「……なぁ、別に手伝ってやっても良かったんじゃないのか?」
同じように今の状況に不満があるのか、魔理沙も遠回しに文句を付ける。
从 ゚∀从「うるせぇよ……オレだってよく分かんねぇ」
実際、戦いたいのは山々だった。だが、そうそう割り切れる物でもない。
八卦炉が不調な今、下手すれば大打撃を受けるのはこちらなのだ。
从 ∀从「胸糞悪いな……」
弱者が不条理な暴力に苦しむ。許せる訳が無かった。
実際、一般人が拘束されているらしい事に気が付いた時には、居ても立っても居られずに、なりふり構わず助けに行きそうになってしまった。
だが無策で挑めば、同じ事の繰り返しだ。故にこうして、敵の隙を伺って居たのだから。
それなのにアイツは――
从 ∀从「単純馬鹿が。……めでたい肉まんヤローだぜ」
――やりたい事を躊躇無く先にやっちまいやがった。
お陰で、正負入り混じった奇妙な気持ちだ。
魔理沙「良くもまぁ悪態付きまくれるもんだぜ。嫌いじゃない癖に」
从*゚∀从「う、うるせーぞ! ばーか! ……今日は引くぞ。アイツらが負けた後の為に出直しだ! オラ!」
照れ隠しに、ヘルメットを深く被る。
魔理沙は意地悪そうに声も無く笑っていたが、やがて八卦炉の中に引っ込んだ。
从 ゚∀从「――死ぬんじゃねーぞ。肉まん」
闇夜に吐いたつぶやきは、誰にも聞かれる事無く、バイクのエンジン音にかき消された。
(;^ω^)「よっこい……しょっと!」
掛け声と共に放られる花壇ブロック。
それが浅い放物線を描きながら正面入口のガラス戸に接触すると、けたたましい音を立ててお互いを破砕させた。
ちなみに三個目でやっとである。強化ガラスは伊達では無い。
射命丸「お見事! まるっきり犯罪者のそれでした! 良い見出し記事になりそうですよ!」
(;^ω^)「勘弁してくれお、今ものすごく悪い事してしまった気分だから! ……ちょっとスカッとしたけど」
散らばったガラス片が、足を踏み下ろす度に鳴く。その度に肌を刺激する緊張感が、酷く不快だった。
しかし、ここからは急がなくてはならない。
もしかしたら、今のでルーミア達に気が付かれたかもしれないのだ。
屋上目掛け、ひたすらに階段を駆け上がる。
射命丸「――ブーンさん。一つ言っておきます。スペルカードの使用は、私が良いと言うまで控えて下さい」
(;^ω^)「……何でだお?」
やや先行するように飛ぶ射命丸が、周囲を警戒しながらそう告げて来た。
射命丸「先日行った修行――覚えてますか?」
勿論、覚えている。
射命丸が言っているのは、夜更けに行ったスペルカードを発動させる為の特訓の事だろう。
苛烈さのお陰で脳裏にその際のやりとりはきちんと刻まれている。
射命丸『一つ、夢想器、幻想片、契約者の三つが揃っている事。一つ、契約を持続させている事。一つ、使用できるだけの力残量がある事――。良いですか? これらがスペルカード使用に必要な条件です。後はちょちょいのちょいと気合入れてイメージして下さいな』
( ^ω^)『あれ? なんか思ったより条件簡単じゃないかお? これなら昨日も発動出来たし、楽勝だお!』
射命丸『さーて……それはどうでしょうか。ともかく早速やってみてくださいな。"突風「猿田彦の先導」"です!』
( ^ω^)『……?』
含みを持った言い方が気になったが、とりあえず構えてみる。普通に走り出す時と同じ構えだ。目標として少し先の大きめの石ころ辺りを見据えておく。
射命丸『発動時ですが、スペルをイメージしやすくするために名前を唱えた方が良いですかね』
( ^ω^)『分かったお! じゃあ早速……"突風「猿田彦の先導」"!』
目の前に突然出現する、カードの形をした発光体。
それがあの時と同じように、散りながら体を包むように同化していく。
次の瞬間には、風が渦を巻いて発生し始めていた。
(;^ω^)『わっわっ……おおお!?』
両足を取り巻くように突然現れた風に驚き、よろけた瞬間スペルはその効果を発動させた。
不安定な体勢で、トランポリンの如く足元から持ち上げられたらどうなるか――。答えは明白である。
訳も分からないまま、目標としていた場所どころか、全くの逆方向に半ばきりもみ状態ですっ飛ばされた。
射命丸『――ね? 簡単じゃないでしょう?』
(; ω )『……地面にすりおろされるかと思ったお……』
何度かバウンドしつつやっと勢いが死んだ後、射命丸は得意気な顔をして顔を覗きこんできた。
勿論心配してくれる声は無い。
(;^ω^)『あれぇ? ……いやいや今のはちょっと油断していただけだお!』
気を取り直して今度は、短距離走に適したクラウチングスタートのスタイルだ。後ろに吹っ飛ぶのならば、最初から前に重心を持ってくれば良い。
我ながら名案だと思った。
( ^ω^)『"突風「猿田彦の先導」"!!』
再びスペルカードの名を叫ぶ。
――結果的に、判断は間違っていなかった。意図しない背後に進むこと無く、今度はきちんと前方へと飛び出せたのだから。
(;゜ω゜)『ちょ!? まっ……!! おおおおお!?』
ただし、先程よりも回転数の上がったきりもみ状態で、だが。
一応不本意ながらも目標としていた石の所まで進んで、回転はようやく止まる。
(; ω )『ボウリングの球の気持ちが何か分かったお……』
それもガーターばかりの球の気持ちである。
流石に少し体に堪えて、ゴロリとその場に寝転んだ。
射命丸『やはり、こうなりましたか……』
(;^ω^)『どういう事だお?』
射命丸『オブラートに包ませて言わせて頂ければ、ブーンさんのスペル発動は超強引で下手過ぎるって事ですね!』
(;^ω^)『……オブラート包んでそれかお』
包まれてなかったらきっと泣いていたかもしれない。
構わず射命丸は話を続ける。
射命丸『でも、仕方ないと言えば仕方ないのですよ? 元々空中を駆けられるなんて経験、人間はしない物でしょう? つまり"未経験"のウブなブーンさんには早過ぎる世界って事です。そう、ブーンさんはまだ"初めて"以前の問題ですからね!』
( ^ω^)『おい、言葉の端々をやたら強調するなお。めっちゃ腹立つ』
それに、一度は飛んでいる。……落下の勢い任せの事だけど。
射命丸『ま、どうにかする手ならありますがね』
(*^ω^)『お!? そんな手段あるのかお? 聞かせてくれお!』
期待に胸を踊らせ、問いてみる。
射命丸はたっぷりの間を挟んだ後――
射命丸『じゃ、さっさと立ち上がってスペルを使って下さい。――出来るまで!』
( ^ω^)『えっ?』
最高の笑顔で根性論を提示して来たのだった。
そうして続いたスペルカードの発動練習は、朝陽が空を赤らめるまで続いた。
文字通り身を削って行った特訓。
だがその結果は――
射命丸「――結局、満足にスペルを制動出来るまでは至りませんでしたよね? 百歩譲って飛ぶのは良いとしても、着地が一度も上手く出来た事の無い今、高所で使った場合どうなると思います?」
(;^ω^)「……!」
一瞬、想像した屋上から落下する自分の姿。
その時は今度こそ、潰れたトマトのようになるかもしれない。不快な破裂音と共に。
(;^ω^)「……でも、それじゃあ、どうやってツンを助ければ良いんだお……?」
スペルを使うなとは言うが、それではルーミア達の前に立ちふさがったとしても、タダの的になるだけだ。
ツンを救えるだけの隙さえも作れるかどうか分からない。
しかし、射命丸は自信を込めた表情のまま言った。
射命丸「――方法はあります。移動しながらで良いので耳を貸してくださいな」
(;^ω^)「……?」
言われるがまま耳を貸す。
――それが笑みではなく、苦肉の策を告げる苦しさ故の顔の強張りだった事に気が付いたのは、射命丸の話を聞き終えた時だった。
(;^ω^)「――それじゃあ射命丸が危険じゃ……!」
耳打ちが済むと同時に、そう射命丸に怒鳴り返していた。
が、次の瞬間には唇を噛み締めて、真っ直ぐ前へ向き直る。
他でもない射命丸の瞳に宿る、強い意思を感じたからだ。
生半可な考えと取捨選択で言い出した事ではない。そう、理解ったから。
射命丸「……この先が屋上のようですね。ここまで来れば妖の気配がハッキリ分かります。行きますよブーンさん」
(; ω )「――すまんお、射命丸」
一人の妖怪と、一人の人間。
その前に現れた屋上へと通じる扉を前に、両者の覚悟はようやく一つに定まった。
力の差は歴然。それでも行かねばならない。大事な人を助ける為に。
やがて、重い鉄扉は悲鳴地味た声を上げて押し開かれる。
('A`)「……くそ、つまんね」
読み飽きた漫画本を放り投げ、ドクオはベットから身を起こす。
ふと眼をやった窓の外は、既にとっぷりと夜が満ちている。
('A`)「ハラ、減ったな……」
空腹に今更気が付いた所でもう遅い。
この寮にある食堂において夕食が用意出来る時間はとっくに過ぎている。
内藤が帰ってから、食事をしようと待っていたのが仇となっていた。
('A`)「俺とメシなんて食ってられねーってか」
少しでも埋まるかと期待していた溝は、空腹でもって更に心を荒らしていく。
だが、そんな事を外に漏らして発散できるような、シンプルな性格ではない。
内へと向け続けられるストレスは、精神を押し縮めていく一方だ。
('A`)「……気分転換すっか」
このままでは鬱気質な元々の性格が強く表に出てきてしまう。
それでは、また"以前の自分"に逆戻りだ。
気晴らしになりそうな物は何か無いだろうかと、周囲に視線を巡らせる。
相も変わらずゴチャゴチャと散らかった部屋がそこにあった。
('A`)「お?」
しかし、その中には不思議と眼を奪う物が一つだけ紛れ込んでいた。
ヴァイオリン。
あの怪しい店の白髪イケメンに押しつけられた中古楽器の分類だ。
ゆらゆらと近づき、古ぼけたケースを開けてみると、年季の篭った匂いが鼻をついた。
('A`)「……消音器付けりゃちょっとくらい大丈夫かな」
所詮は気晴らしと、とりあえず構えてみる。
首と肩で本体をはさみ、弦に指を軽く乗せながら固定する。
('A`;)「えーっと……確か……こう?」
弓を弦にあてがい、恐る恐るすり合わせてみる。
('A`;)「うおっ!?」
酷く不快な音が予想以上に大きな音で鳴った。
消音器を付け忘れていた事もそうだが、あまりにも酷い音が出た事に内心かなり驚いた。
店でアシストしてもらいながら試し引きした時は、ずっとマシな音がしていた筈だ。
イケメン補正とやらは、楽器まで魅了するとでも言うのだろうか。
('A`)「……」
正直、かなりテンションが下がった。
そもそも、楽器なんて自分には似合わないのだ。
引きこもり気味のゲームオタクが、今更ヴァイオリン片手に音楽デビューした所で、糞スレ一個建てるネタにもなりゃしない。
('A`)「……何、やってんだろな」
そう、無駄だ。こんな事しても何もならない。
楽器は中古のガラクタ。演奏者はコミュ症な社会不適合者一歩手前。
全くお似合いじゃないか。仲良くゴミ箱か、もしくは倉庫の隅っこで埃を被っていればもっとそれらしいかもしれない。
頭の中の酷く冷めた何かが、心を沈めていく。それはいつもの、そして自分だけの厄介な病。
世界が、暗く凍えていく。
( A )「……」
なのに、何故自分は消音器をヴァイオリンに付け直しているのだろう。
何故、弓に貼られた毛に松脂を塗りなおしているのだろう。
何故俺は――
(;A;)「……ぅ……!」
――泣いているんだ?
何もかもが分からぬまま、ただただ何かを得たくて、再度ヴァイオリンの声を聞く。
震える心と同じように弦を震わせて。
(;^ω^)「――ツン! どこだお!?」
何も、見えない。
屋上を満たしていたのは一面の闇、闇、闇――。
月光や星明かりすらも飲み込む厚雲が、世界の全てを同じ色へと近づけていたのだ。
ここで幸運だったのは、屋上を満たしていたのがただの暗闇だった事。
そして、丁度雲の割れ目から月明かりが漏れ出してきた事だ。
――お陰で、それはすぐに見つかった。
ξ; ⊿ )ξ「う…………」
(;^ω^)「ツン!」
制服のまま、腰程度の高さしかない落下防止柵の向こう側に立つ友人。
そして――
( ´∀`)「あれ? さっきガラス割ってたのは君ー?」
ルーミア「おー?、新しい人間だー」
(;^ω^)「……お前が、モナーだったのかお!?」
( ´∀`)「んー? そだよー?」
――妖怪、ルーミアと共にこちらを見据える同学校の生徒。
その顔には見覚えがあった。先日、視聴覚室へと共に移動した時に見た顔だ。
そう、既に遭遇していたのだ。日中堂々と、人気の無い場所で。
故に、もしやと言う考えが頭をよぎる。
(;^ω^)「ツンを攫ったのも、僕を確実に仕留める為の罠なのかお!? ツンは関係ないお! さっさと開放するお!」
射命丸「……」
あの時既に見つかっていたとすれば、ツンがこうして攫われている理由も分かる。
巻き込んでしまった。
その一念が、とてつもない後悔として胸を渦巻く。
射命丸も険しげな表情を受かべて、何も答えない。
――だが、その一方でモナーはあっけらかんとして答えた。
( ´∀`)「……? さっきから、君は誰モナ? ていうかここに何しに来たの?」
(;^ω^)「――は?」
流石に予想だにしていない言葉だった。
先日の戦闘で、アレだけ襲ってきておいて、襲った相手の顔も覚えていないと。そんな笑うに笑えない冗談をのたまっているのか。
ルーミア「あー、この人間、あの時学校に居た食べても良い人類ー!」
( ´∀`)「え? ……あ、もしかして君が肉まんの人!?」
(;^ω^)「え? 肉……え?」
本気で名前も顔も分かっていなかったらしい。
しかもハインのつけた不名誉なアダ名が変に定着したのか、今ここでまた聞くとは思っていなかった。
もしかしてこいつら、とてつもない馬鹿なのではないかと思いかけた次の瞬間――。
( ´∀`)「――いやー助かったモナ。この子ったら君を中々呼んでくれなくて、もうちょっとだけ殺しちゃう所だったモナー」
ξ; ⊿ )ξ「……う、う」
(;゜ω゜)「ツン!」
モナーが掲げた手の先、それに握られたロープがツンを締めあげている。
半死半生と言った様子のツンは、高所特有の強い風に煽られるように、揺らぎながらもギリギリで立ち続けていた。
( ´∀`)「あ、これ? 最初は逃げられないようにーってだけだったんだけど、こっちのが面白そうだったからあそこ立たせてみたモナ。それでも携帯で君を呼ばないもんだから、すこ~しづつ精気をルーミアにあげてた所」
ルーミア「ホントはお肉食べたいんだけどねー。今は何にも触れないからねー」
(;゜ω゜)「……お前ら!」
前言撤回。ただの馬鹿ではない。
――自らの欲望のまま他者を傷付け襲う、許せない敵だ。
緊張感が、どんどん強い怒りへと変わっていく。
射命丸「ブーンさん。落ち着いてください」
(;゜ω゜)「射命丸……」
固く握られた拳を見て、射命丸は柔らかく、そして鋭くそれを諌めた。
そう、真っ向から戦いを挑んで解決につながる程、これは簡単な話ではない。
ツンを助ける為に、まずやらなくては成らない事があるのだ。
( ´∀`)「――じゃ、早速だけどこの子を助けたかったら夢想器を渡すモナー。この子友達なんでしょ? 大事なんでしょ?」
ルーミア「渡すのだー」
(; ω )「……ぐっ……!」
首にかけた紐をそっと外す。
紐の先に繋がっているのは勿論、射命丸のカメラ。彼女から預かった大切な夢想器《たからもの》。
契約の生命線でもあるそれとの物理的なつながりは、今や頼りなく手に引っかかっている僅かな接点のみ。
勿論こんなひったくられるような持ち方で、守りきれる訳が無い。
でも、それで良かった。
射命丸『――もし、ご友人の命に一刻の猶予も無い場合、迷わず夢想器を手放して下さい』
――そう、今ここで夢想器を手放す事。それが射命丸と決めた唯一無二の最善策だった。
ルーミア「はーやーくー。色々やるのは面倒臭いんだからー」
( ´∀`)「そうそう。とりあえず邪魔者排除が目的だから、女の子と君の安全は保証するモナ。……っていうかどうこうするのとかすら面倒モナ」
(;^ω^)「……先にツンを離してくれお。そうしたら――」
( ´∀`)「だーめ。背中なんて見せたら君に襲われちゃうかもしれないじゃない。そっちが先ー」
(;^ω^)「……」
ゆっくりと、モナーに近づく。
歩数にして10歩前後の距離が半分程になった所で、足を止めた。
今の身体能力でなら、一足で飛び掛かれる距離。
だが、それは出来ない――。
ツンの命は、モナーが握っている。
命を脅かす存在でありながら、また命を繋ぎ止めている存在でもあると言う皮肉めいた状況にあるのだ。
射命丸「……ブーンさん。ツンさんを助けましょう。このような状況にある事は、既に覚悟していた筈です」
射命丸は勿論予期していた。人質となる人物が敵の手にあった時点で、最悪の場合を考えていたからだ。
その場合、内藤ホライゾンを取り巻く人間達の生活と、幻想郷側の都合による祭りの名を冠した戦いと、どちらが重要かだなんて比べられる筈が無い。
故にモナーからの要求がどう来るにしろ、大人しく夢想器を床に置くようにと告げたのだ。
(; ω )「くっ……」
だが、そのようなやりとりがあったとしても、すんなりと手放せるわけがない。
カメラが奪われ破壊された場合、それで確定しているのは戦いに負けるという未来。――では、その後は?
夢想器に宿る射命丸の身がどうなるかは、分からないのだ。
そう、カメラというアイテムに置き換わっただけで、これは射命丸とツンの身を天秤に掛けているのと変わらない。
故に、ただ握りしめたカメラを苦悶の表情で睨みつけ、結論までの時間を長引かせている。
ξ; ⊿ )ξ「う……うう……」
( ´∀`)「あ、ゆっくり考えてる時間は無いモナ。この子もそろそろ限界っぽいし」
(; ω )「分かってるお……」
もう、決めた事だと、自分に言い聞かせる。
屋上の水はけの良い床に、小さな音を立ててカメラが触れた。
後を追うように、紐が音もなく続いて手から離れていく。
物理的な射命丸とのつながりは、これで絶たれた。
その事が夢で無い事を表すように、体を満たしていた活力のような物が少しづつ抜け落ちるような錯覚も覚える。
いや、錯覚では無いのだろう。おそらく湧かなくなったのだ。妖怪所以の妖力というヤツが。
( ´∀`)「オーケーオーケー! 取りに行くから離れて大人しくしてろモナ! ……うん、これ一度言ってみたかったんだよねー」
(; ω )「……」
言われるがまま、カメラから距離をおく。
反対に、モナーはロープを緩ませながらカメラとの距離を反比例させて縮めていく。
本当にこれでいいのかと、問いかける心の声は止まない。
しかしそうこう迷ってる内に、やがてモナーの方がカメラに近い位置に来てしまった。
ここからカメラを走って奪い返すのはもう、不可能だ。
( ´∀`)「うーん。こんな楽ちんに勝てるなら、優勝目指しても良いかもしれないモナー」
ルーミア「えー? 気ままに夜にお散歩出来ればそれで良いよー?」
( ´∀`)「でもこんな風にやれば、サクサク出来ちゃうかもよー?」
圧倒的優位を確信しているモナーは、既にそれが表情と声色にまで出ていた。
人質を取り、夢想器を奪い取る。それを勝利と喜びながら。
全力も出せず、唇を噛みしめるこちらの気持ちを知ること無く。
……こんな結末で自らの敗北を、相手の勝利を認めろって言うのか。
( ω )
これまで共に居てくれたツンの命。
これから共に居てくれる射命丸の願い。
――そのどちらかを手放せ?
そんな不条理な条件から選んで、納得が行く訳がない。
そんな不公平な条件から選んで、後悔しない訳がない。
だから――
( ゜ω゜)「――選べる訳無いお!」
(;´∀`)「も、モナ!?」
ルーミア「おわぁ!」
溜め込んだわだかまりを一気に解き放つように、叫んだ。
意表を突かれたモナーは、肩を大きく跳ねさせる。
しかし、所詮はただの発声。モナーがカメラを手にするまでの一瞬の隙を稼いだだけ。
(;´∀`)「お、驚かせるなモナ……」
――だが、その一瞬で充分だった。
(;´∀`)「……って、アレ!?」
射命丸「――注意一生怪我一秒ってヤツです。最も、私には一秒も要りませんがね!」
――射命丸文が、モナーの手が触れるより早くカメラを奪い去る時間としては。
夢想器は、ただの道具ではない。
幻想郷の住人と、こちらの世界の人間をつなげる為の特別な媒介なのだ。
射命丸達幻想郷住人は実体を持たずとも、こちらの世界に居られるのは全てその夢想器のお陰。
言い換えれば夢想器は幻想郷住人の仮の体とも言える。
故に、射命丸はカメラに触れられる。内藤ホライゾンへと、夢想器を再び託す事が出来る。
射命丸「ブーンさん! 行っけぇ!」
( ゜ω゜)「応ッ!」
放り投げられたカメラを半ば飛びかかるように握りしめた瞬間、再び力が湧き上がるのを確信した。
そして、あの時――。射命丸の言っていた作戦の効果を。
射命丸『――方法はあります。移動しながらで良いので耳を貸してくださいな』
(;^ω^)『……?』
射命丸『まず、結論から言っておきますが、真っ向勝負となった場合私達の勝ち目は薄いです。――ご友人の命に一刻の猶予も無い場合、迷わず夢想器を手放して下さい』
(;^ω^)『え!? ……夢想器を……!?』
射命丸『詳しく説明しましょう。敵は私達とは違いスペルをきちんと扱え、戦いに関しての経験値も上。……更に厄介な事に、人質としてまずご友人は囚われの身となっているでしょうね』
(; ω )『……』
『ルーミアさんは頭を使った作戦や労力やらを好むタイプではありません。自由気ままに楽な方を選びたがるタイプです。パートナーも波長が合う人間になると思われますので、恐らくリスクのある戦闘ではなく、圧倒的優位を利用して、ブーンさんに夢想器の譲渡要求をしてくる筈です』
(;^ω^)『そんな……。じゃあそのまま降伏しろって事かお!?』
射命丸『確かに、こちらの絶対的不利には違い無いです。ですが――』
(#゜ω゜) 射命丸「――そこが付け入る隙になる!」
(;´∀`)「モ、モナ!?」
堅い床を全力で踏み切って前へと飛ばした自身の体。
やはり速度のある跳躍にモナーは判断すら付けられていない。
後ろに引いた片腕。それに質量と速度から生み出される力を乗せて――
(#゜ω゜)「ツンも夢想器も――渡さないおッ!!」
(; ∀ )「ぐッ――」
――思い切り、顔面を殴りぬいた。
破壊力として実行されたエネルギーは、モナーの体に威力として伝わると、そのまま鉄柵にまで叩きつけた。
瞬間、人を殴ったという妙な罪悪感と快感がないまぜになって、脳髄に痺れるような刺激をもたらした。
反対にモナーは、物理的に頭を揺らされたようで小さくうめき声をあげている。
射命丸「ほらブーンさん! 早くしないと落ちる!」
(;^ω^)「お!? ……あぶなッ!」
射命丸が指差すがまま、"それ"を回収する。
"それ"とは、他でもない。
ξ; ⊿ )ξ
(;^ω^)「ギリギリセーフ……かお?」
ツンの命綱となっていたロープだ。
白くてごわごわしたロープを通して伝わってくるツンの体重の一部。
それは逆を返せばツンの生死与奪をモナーから取り戻せた証明として、握りしめた手にのしかかっているという事だ。
射命丸「いやはや、何とか間一髪。色々と上手く行ってくれましたねー……」
( ^ω^)「射命丸の建てた作戦のお陰だおー。……実際やってみるまでどういう作戦か良く分からなかったけど」
射命丸「あやややや? これでもブーンさんに合わせてなるべくシンプルにしたつもりなんですよ?」
事実、作戦は簡単な物だった。
『そういった状況になった場合、ブーンさんは人質から離れた所に夢想器を置いて下さい。夢想器を手にしていないルーキーなブーンさんは脅威では無くなるので、無警戒で拾いに来る筈です』
『――そこで私が隙を突いて、ブーンさんの元へ夢想器を奪い返します。あちらの攻撃は攻防一体の範囲技系……。じわじわと追い詰めるような攻撃ばかりを好んで使っているようでしたので、咄嗟の攻撃には弱い筈……』
『そこからが、私達のターン! スペルが無くとも鴉天狗の肉体に近づいている今の状態でならば、相手をやり込める事も可能な筈です。思いっきりぶっ飛ばしちゃって下さいな!』
( ^ω^)「いやもう射命丸にはもう頭が上がらんおー。これでツンを助けられなかったらどれだけ怒られるか……」
射命丸「怒られる、と言うかまぁ末代まで祟りますね。私だったら」
(;^ω^)「……マジかお」
ツンの怨霊。それは二重の意味で恐ろしすぎて考えたく無い。
射命丸「どうぞご安心を。ブーンさんの代で末代かもしれませんし」
(;^ω^)「ああ、なんだそれなら安心――ってそれどういう意味だお!?」
――この時、内藤ホライゾンはツンを助けられたと言う事が嬉しくて仕方が無かった。
厳密に言えば、ツンは未だ屋上の柵の外に立たされている上、その"立っている"という状況も、半ば意識の無いツンの体を無理やりロープの引張力で柵に引きつけているだけに過ぎ無い。
だが、二つの大事な物が乗った天秤の秤――。それのどちらかを見捨てること無く、天秤を打ち壊して双方取り戻せた直後なのだ。
それは相手が圧倒的優位を信じて疑わなかった故に油断を突かれた結果。
そう、それは――
射命丸「――ッ! ブーンさん後ろ!」
( ^ω^)「――え?」
――まさに、今のブーンと同じように。
(#´∀`)「よくも……よくもォ!」
気が付いた時にはもう、遅かった。
とっぷりと体が何かに飲まれる感覚。
屋上を照らしていた月の光さえもが黒く染まっていく光景。
それらは、覚えがあった。
(;゜ω゜)「くっ……しまったお……!」
まず、膝が震えた。
次に腕が痺れ、最後に頭が鈍くなっていった。
それでも、決して手に握られたロープだけは離さなかった。
(#´∀`)「よくも思いっきり殴ったな! かなり痛かったモナ!」
ルーミア「こっちの人間も頑張るねー」
(; ω )「……あう……あう……」
何かが抜けていく。
射命丸から受け取った妖力とは別の……人間として、命ある者として構成している大事な何かが。
酷い脱力感が体の動きを縛り付けているせいで、モナーが闇ごしに殴ろうが、蹴りつけようが、ただ耐えることしか出来なかった。
だが、これでもマシになっているのだろう。
先日展開されていた闇に、僅かでも触れた時は、これの比では無かったのだから。
耐えられない程では無い。音を上げる程でも無い。
こんなへなちょこパンチやただの暗闇なんかより、この手のロープを離してしまう方がもっと怖いのだから。
射命丸(マズイ……相手の頑丈さを甘く見ていた!)
少しばかり距離を取り、射命丸は苦悩の表情を浮かべていた。
鴉天狗という妖怪は、妖怪の中でも格の高い妖怪に分類される。格とは種族の質。例外はあるが、つまりは妖怪としてどれだけ強いかを表すに等しい。
その鴉天狗の肉体性質を、妖気という妖怪由来のエネルギーによって得ている内藤ホライゾンならば、身体能力のそれで圧倒出来る筈と言うのがこの作戦の前提条件だった。
射命丸(ルーミアさんの性質が頑丈さだった? ……いえ、そうではない。これは、ブーンさんとの同調率自体が低い……?)
同調率。シンクロパーセンテージ。
言うなればそれは、どれだけ相性が良いか。
ストーブにガソリンを入れれば、燃焼力の強さに爆発炎上するように。
車に灯油を入れれば、エンジンが回らないように。
人間が、妖怪の気血である妖気をどれだけ体に馴染ませられるかは、個々の様々な要因が関わってくるのだ。
性格、育った環境、知識、体質、魂、精神状態――。上げればキリが無い。
逆に言えば、時間をかければそれだけ様々な部分で同調率を高める事が出来る。
射命丸(……やはり、本格的な闘いまで時間が無さ過ぎましたか……)
契約を果たしてからまだ数日と経っていない。
未だにスペルの一つも使いこなせる物は無く、同調率を上げる為の何かも為せていない。
後悔ばかりが頭に浮かぶが、全ては今更だ。
射命丸(何か……何か打開策を考えねば!)
「――ねぇ、逃げないの?」
声に驚き、そちらへと顔を向ける。
ルーミア「別にそんなに仲良い訳じゃないんでしょ?」
射命丸「……」
嫌味で言っているわけではない。ルーミアの顔に浮かんでいるのは、純粋な疑問だった。
故に、反論の言葉は口を出ない。
ルーミア「別に戦わなくたって毎日過ごせるならそれで良いじゃない。あっちの人間にも降参するように言ってあげたらー?」
射命丸「それは……出来ません」
言葉では否定をした。が、既に頭の何処かでは今逃げ出す事のメリットとデメリットを比べていた。
計算高いが故に勝手に始まる自己の為の演算。
やがて出る、打算に打算の次ぐ最善手。
ルーミア「なんで?」
射命丸「何故って……」
――夢想器を内藤ホライゾンから回収し、この場を全速力で離れる。
少なくとも内藤ホライゾンが気絶するまでの間は、存在していられるだろう。
それなら、数分もあれば戦闘区域からの完全離脱と次のパートナーと出会えそうな場所への降着は出来る。
非情なプランだ。だが、これならばカメラと自身の安全も図れるかもしれない。
人間と妖怪。やはり、損得勘定の上ではその絆なんて物は――
『――これから長くも短い間。最高の記事を創る為に、よろしくお願いしますね。ブーンさん!』
『――こちらこそ、よろしくお願いするお。射命丸!』
――ああ、そうだった。
射命丸「――決まってるじゃないですか。まだ最高の記事を書けそうに無いからですよ」
ルーミア「……そーなのかー?」
再び出る宵闇の妖怪ルーミアの口癖。
しかし、射命丸は既に考え始めていた。
射命丸(待ってて下さい。ブーンさん!)
内藤ホライゾンを、勝利へと導くための次の手を。
(#´∀`)「ええい、もう良いモナ!」
どれくらい続いたのだろうか、一方的な攻撃を続けるモナーと、それをただ耐える内藤の構図。
体力的に内藤が力尽きるのが先だと思われたが、意外にも我慢の限界に頭を掻き上げたのはモナーだった。
苛つきの篭った腕の一振りに従うように、闇が取り払われていく。
(; ω )「……?」
まさか、開放された?
苦痛の末の一時の安寧。
都合の良い情景を思い浮かべてしまったのも仕方ない事かもしれない。
(#´∀`)「闇が邪魔で殴りづらい! こっちでトドメ刺してやるモナ!」
しかし、やはりといえばやはり、攻め手が変わっただけに過ぎなかった。
それも、今までの比では無い何かが。
(;^ω^)(……何が来るんだお……!?)
答えは、直ぐに見えた。
――光として。
(#´∀`)「ルーミア! "月符「ムーンライトレイ"!!」
ルーミア「はいはーい」
ルーミアが姿を消すと同時にモナーの両の手に現れたのは光の球。
それは夜を照らす月光の塊のように淡く、そして冷たい光をしていた。
(#´∀`)「くたばれ!」
怒りを込めた呪詛を吐き捨てながら、一度左右へとそれぞれ伸ばしきられた両腕。
それを、前方へと束ねる。
(;^ω^)「ッ!?」
一言で言えばレーザー。
腕を前へと向けていく仮定で既に放ち始められていたレーザーは、逃げ場を削り取っていくかのように左右から迫る。
一刻も早く逃げねば、直撃する。
だが――
ξ; ⊿ )ξ
(;^ω^)「……逃げる訳には……!」
背後に居るのだ。守ろうとした人が、護るべき人が。
踏みしめた足で、カメラとロープとツンを庇うように、あえて体を差し出した。
射命丸「ブーンさんッ!」
射命丸の叫びをかき消すように、やがて閃光は内藤の体を飲み込み始めた。
(; ω )「ぬ……ぐ……おおおあああ!?」
熱くは無い。痛くも無い。
ただただ、苦しい。
その時ようやく、これは逆の光なんだ。と理解した。
マスタースパークが、星の命のように熱く輝く閃光だとすれば、これは全く別。
そう、まるで命を静める光。凍えるような静寂の死の光。
満月を見て、温かみよりも涼しさを感じた事はあった。
今、浴びている光はそれを何千倍にでもしたような光。
瞼を閉じても脳内に直接染み入ってくるような光の奔流に、意識がほんの僅かづつ飛ばされる。
(; ω )「――あっ……?」
しゅるり。という音が聞こえた気がした。
それが手の中にあったロープが去りゆく音だと気がつくまで、数瞬。
咄嗟に動けぬ体を置いて、追いかけた視線が捉えたのは、ツンが闇色の谷へと落ちていく姿。
(;゜ω゜)「――ツン、駄目だ!!」
遅れて脳の司令を受け取った手足は、シンプルな命令に従い全力を出す。
痛みなど、苦しみなどどうでも良い。
――"ツンを助けろ"!!
閃光を浴びながら、それでも柵を乗り越え、なりふり構わず飛び出す。
大地に引き寄せられるツンへと、必死に手を伸ばしながら。
それが、屋上から地面へと続く、死の一方通行だとしても構わない。
(;゜ω゜)「死なせるかおォォォ!!」
"突風「猿田彦の先導」"
発動させるのは唯一使える、そして唯一ツンの元へと間に合うかもしれない力。
射命丸「――なんて馬鹿な事を!」
鴉天狗の体質を得られているとしても、所詮人間は人間。高所から何の手段も無く落ちれば死ねる。
しかし、それを止めるべく急ぐ射命丸を待たずに、スペルは発動した。
風を、速さを内藤の体へとまとわせ、死の一方通行を、特急ルートへと変えて。
(;´∀`)「え!? ……いや嘘でしょ? えええー……」
目の前で起きた事にあまりにも驚きすぎて、モナーはスペルの発動維持すら忘れ立ち尽くしていた。
再び屋上を照らすのは、天に浮かぶ月と星の光。
厚く伸びていた雲は、いつの間にか吹いていた風で何処かへと散り散りになっていた。
しかし、そんな事はどうでも良い。
(;´∀`)「うっわー……これ、絶対死んだよねー……?」
ルーミア「人間は私達とは違って脆いもんねー」
目の前で、二人落ちていった。
正確には、片方は落ちかけで、もう片方は後追いだが。
で、そうさせた原因の一部はこちらにあるかもしれない。
(;´∀`)「流石に胸くそ悪いモナー……」
殺すつもりなんて無かった。なんて言うと陳腐に聞こえるが、そうとしか言いようが無い。
というか、殺した訳じゃない。
二人共勝手に落ちてっただけだ。
(;´∀`)「も、もしかしたらギリギリ生きてたり――?」
ルーミア「下覗いてみれば?」
(;´∀`)「絶対に嫌! もうハンバーグ食べられなくなるモナ……」
ルーミア「お肉はお肉だよー? 慣れれば平気平気ー。赤色見るとお腹空くー」
(;´∀`)「じゃあ一生慣れなくて良いモナ」
そうは言ったものの、立ち去る事も出来ず、そっと柵へと近づくだけ近づいてみる。
ただし、なるべく下を見ないようにして。
(;´∀`)「3秒ルール3秒ルール……。3秒生きてたらセーフ……」
勿論そんな訳が無い。
でも、そんなグチャグチャな理屈でグチャグチャな物を見た時の衝撃を少しでも和らげようと、ある種の自己暗示をかけているのだ。
それでも一気に現実を受け止める決意までは固まりきらずに、妥協点として薄めで少しづつ下へと首を向けていく。
(;´∀`)「――あれ?」
――何も、無かった。
ルーミア「ねぇ、危ないよ?」
再び理解が追いつかない頭のまま、思わず反射的に横に向き直る。
何が危ない? といつもの如く要点の得ないルーミアの発言に、聞き返すよりも先に答えを知る。
――そう、そこにそれはあった。
「うおおおぉぉっしゃあああッ!!」
(;´∀`)「もなあああああぁぁぁぁぁッ!?」
多分、近いのは超上段からの飛び膝蹴り。
プロレスでも見ないような、無茶なフライングアタック。
何が何やら良く分からないまま、モナーは先程の比ではない程の運動エネルギーをその身に受け、吹き飛ばされていった。
(;´∀`)「……え? ……え!? 何でここに居るモナ!?」
幸いにも当たりどころは良かったお陰で、何事が起きたのかを観察するだけの余裕は残っていた。
己を蹴り飛ばし、鮮やかに着地を果たした何者か。
それは他でもない。
(#^ω^)
落ちて行った筈の内藤ホライゾン。その人だった。
しかもそれだけではない。
ξ; ⊿ )ξ「う……」
人質も、その手に抱えられている。
双方共に、大きな怪我をしているようには見受けられない。
(#^ω^)「ああもう、死ぬかと思ったお! ていうか、実は僕もう死んでるとかじゃないかお!?」
射命丸「ご安心を。まだ生きてます。……でもこんなんじゃブーンさんは長生きしそうに無いですよ全く!」
(;´∀`)「どうやって? どうやってあの状況から!?」
ルーミア「頑丈なの?」
目の前で死ななかった事は安心したが、それはそれで逆に気になる。
ルーミアの言うとおり頑丈だとしても、どうやってここまで一瞬で登ってきたというのだ。
射命丸「ブン屋としては聞かれた情報は教えてあげたい所ですが、今は戦いの最中。貴方が負けを認めましたら、教えて差し上げても――」
(#^ω^)「そんなの簡単だお! "突風「猿田彦の先導」"で急加速してツンを助けた後に、もう一度逆方向にスペルを使ったんだお! まだ制動効かなくても射命丸のアドバイスがあれば何とかなるんだお!」
一瞬広がる沈黙。
冷静さを取り戻す、内藤の頭。
(;^ω^)「……お?」
射命丸「あやや……やぁ……」
ルーミア「……馬鹿なのかー?」
(;´∀`)「いや、本当に教えてもらえるとは思ってなかったモナ」
だが、これで合点がいった。
( ´∀`)「ともかく! お前はまだスペルを上手く扱えてないか、もしくは使うのがまだ不慣れって事! だったら――」
"月符「ムーンライトレイ」"
再び収束する、月光。
(#´∀`)「ちゃんと使いこなせるようになる前に、ぶっ倒されてもらうモナぁ!」
両側から挟みこむようにやってくる、あの月光。
次食らったら流石に動けなくなる。
(;^ω^)「お、わったっ!」
オワタ。いや、まだ終わってない。
が、両脇から迫る攻撃というのは、そう思わせるほどの精神的圧迫感を伴っていた。
射命丸「大丈夫、飛び超えて!」
(;^ω^)「え? ……ひゃ、ひゃっふぅ!」
だが、こちらには冷静さと回転の速さを併せ持つ頭脳がある。
言われるがまま、ツンを落とさないように抱えて跳躍。
レーザーは、あっさりと飛び越えて回避出来た。
(#´∀`)「避けるな!」
(#^ω^)「避けるわ!」
鮮やかに着地を決めると、背後から再び迫るレーザーの圧力を感じながら、階下へと繋がるドアの元へ一目散に走る。
間一髪。ツンを抱えたまま器用に開いたドアの影に入るのと、"月符「ムーンライトレイ」"の追撃がドアに炸裂したのは同時だった。
(;^ω^)「うお、ギリギリセーフ……! マスタースパーク並には火力無くてよかったお」
射命丸「運の良さとこの射命丸文のアドバイスあってこそです。それよりも――」
射命丸の視線が、抱えられたまま未だ意識を取り戻さないツンへと向く。
射命丸「ツンさん――でしたっけ。何故わざわざ抱えて上に戻ってきたのですか? そのまま下に置いておけば苦労無かったでしょうに……」
(;^ω^)「……おお」
壁を背にして、ツンは小さく寝息を立てている。
ちなみに、ロープも体に絡みついているままだ。
わざわざ上に連れて来た理由? それは簡単な理由だ。
純粋に、純然に、そこまで考えていなかった。
なんせあの時――
(;゜ω゜)『うおおお! 届けぇー!』
懸命に伸ばした手が、ツンを捕まえるまで、時間はかからなかった。
それだけの速度で、それだけの覚悟で飛び出してスペルを使ったのだから。
だが、問題はその後だ。
二人分の重量と加速エネルギー。そんな物をどうにか出来る手段は最初から思いつかなかった。
そうこうしている内に、地面は近づく。
砕け散る二人分の血肉をすすろうと、進む先で待ち構えている。
(; ω )『……ごめん、ツン。でも、ツンだけは――』
無意識にとっていたのは、ツンを守るように抱え込む姿勢だった。
妖力を得て、少しは頑丈になったこの体。無事にクッションになるかどうかは分からないが――
(; ω )『――ツンだけは、死なせないお!』
覚悟を決めて、目をつぶる。
腕の中で息づくツンの温もりを冥途の土産にして。
『――ブーンさん!』
名を呼ばれた気がして、閉じた目をもう一度だけ開く。
――視界の中に、黒い翼をしたお迎えが居た。
射命丸『ブーンさん! 諦めないで!』
――否、お迎えの天使なんて上等なのではない。
(;^ω^)『……射命丸?』
頭が良くて、ちょっぴり嫌味なパートナーだ。
それが、何かを叫びながら向かってくる。
一生懸命にこちらへと飛んできてくれるその姿に、少し感激した。でも、もう遅い。ここから出来る事なんて無いのだ。
咄嗟に使った"突風「猿田彦の先導」"は速さと勢いこそあれど、普通に使って一度も上手く着地出来なかったスペル。
ただでさえそんなスペルを空中で、しかも落下速度のブースターとして用いたのだから今更どうにか何て――
射命丸『"突風「猿田彦の先導」"です! もう一度!』
(;^ω^)『お――?』
一体何を言って居るのだろうか。
こんな踏み切れるような場所も無い空中で、どう使えと言うのか。
(;^ω^)(あれ? そう言えばさっき……)
ツンを追いかけて飛び出した際、頭に血が登っていて夢我夢中だったが、スペルの発動を空中でしたような気がする。
だが、体勢は大きく崩れる事無く、ツンの元へと飛べた。
"突風「猿田彦の先導」"は空中でも使える技なのか――?
――いや、そもそも最初にあのスペルを使った時は――
(;^ω^)『――あの時も、落ちてる時!』
一番マシに使えていたのは、初めて使ったあの時。
つまり、今までの失敗は地面に立ったまま使おうとして体勢が崩れたから失敗したのだ。
何故なら、"突風「猿田彦の先導」"は地面を蹴って加速するスペルではなく、宙を駆ける為のスペルだから。
射命丸『早く! 加速する為ではなく、加速を相殺する為に跳ぶんです!』
どうせ何もしなければこのまま揃って死ぬ。ならば、大人しく死んでいくよりも――
(;゜ω゜)『ええい、一か八か――』
"突風「猿田彦の先導」"
ツンを抱えた状態でも、スペルをイメージしただけでカードはスムーズに発現。多少不格好だが、体を包み込む渦風へと変化した。
ほんの少しだが、体勢も変えやすくなったお陰で、大地へと足も向き直る。
問題はここからだ。限られた時間で、力を貯めなければならない。
その思いに応じるように、脚へと風が集う。――だが、まだ足りない。
"突風「猿田彦の先導」"を上乗せされて増した落下速度を相殺しきればならないのだ。
更に、脚に風が集うイメージを強め、力を貯める。――まだ足りない!
段々と、地面が大きくなって行く。距離と共に余裕も消えていく。
でも、まだ――!
射命丸『――足りない分は、これで!』
射命丸の姿が、霧散し妖気として体に宿っていくのを感じた。瞬間、脚にまとう風が大幅に増大する。
――これなら!
(;゜ω゜)『いっけええええええええ!』
形成された風を踏み場として、思いっきり踏み切る。
同時に体にかかる重力加速のエネルギーと真っ向からぶつかる。
足場の風ごと、体が沈む。
妖力を増すイメージだと上手く想像出来ない。故に、体にまとう風と足場の風の双方が増すイメージを強める。
それでもまだ視点は沈んでいく。
足りないのか? 妖力が、風が!
(; ω )『それ……ならば!』
"突風「猿田彦の先導」"
一回で足りないのならば、もう一回分の速度を足す。
それでも足りないならば、足りるまで足し直す。
そんな覚悟で追加発動した風は、とうとう落下速度を殺しきった。
そして生じるのは速度の反転。
(;゜ω゜)『うおりゃああ!』
最後の踏み切りを切っ掛けに、上へと登る二人分の命。
しかし、相殺した分加速度は弱い。
――これでは、落ちる。
だが、その時目に入った物があった。
いや、正確にはずっと視界の中に存在し続けていた。
それは"壁"。
校舎の側面である直立する壁。それは言い換えれば"垂直の地面"。
幸か不幸か、真っ直ぐ跳べなかったお陰で、壁は知らず知らずの内に近づいていた。
横方向に働く力で、壁に立つ。あわよくば走る。
そんな無茶苦茶な理屈を試せる日が来るなんて、到底思ったことは無かった。
でも無茶苦茶でもやるしか無い。
既に靴は、校舎の白い壁と擦り合わされ始めていた。
(;゜ω゜)『進めぇえええ!』
世の中の物理法則は、根性では覆らない。
だが、妖怪の力の源は精神。
お陰で命がけの根性は今ここに、壁を垂直に駆け上るという奇跡を起こした。
ツンをしっかりと抱えたまま、地面から遠ざかるようにただひたすらに駆ける。
ゴールテープ代わりの、屋上の柵を飛び越えるまで。
(;^ω^)「とりあえず落ちたくなくて……上に登る事しか頭に無かったお」
射命丸「じゃあ、その勢いであちらの契約者さんに飛び蹴り入れたのは?」
( ^ω^)「なんか、顔見たらツンの仕返ししてやりたくなりまして」
射命丸「お気持ちは分かります。なんか踏みつけたくなりますよね。ブーンさんに似て」
(*^ω^)「そうそう、なんかあのぼーっとした感じが――ってあれ? 今何て……?」
射命丸「まぁ、そんな事は置いといてですね――」
内藤を置いて、ドアからそっと外の様子を伺う。
瞬間、それを待っていたかのように、"月符「ムーンライトレイ」"の光が向かってきた。
射命丸「……今現在、このような状況でして、端的に言えば圧倒的不利ってヤツです」
どうします? と内藤へと射命丸は意思を問いかける。
内藤は、未だ目を覚まさないツンの頬をそっと撫でると――
( ^ω^)「アイツを倒すお」
あっけらかんとそう答えた。
射命丸「ツンさんは取り戻しましたし、夢想器も無事です、しかも私達には逃走ルートありますから、逃げられますよ?」
( ^ω^)「逃げた所で、顔がバレちゃってるから明日はどうだか分からんお。それに、次にまた誰かを襲うかもしれないお」
射命丸「相手のスペルは攻防一体の闇を操るスペルカードに、遠距離をなぎ払うレーザーのスペルカード。対してこちらは肉弾戦のみですよ?」
( ^ω^)「隙を見て殴りに行くお。それが駄目なら、やけくそで何か投げつけてやるお」
射命丸「スペルの連発に、積み重なったダメージ。ブーンさん今、平気な顔装ってますけど、無茶してるの私には分かってますよ?」
( ^ω^)「正直めっちゃきっついお。でも素直に表面出したら、アイツが勝ち誇った顔しそうで悔しいお」
射命丸「私もぶっちゃけこの世界での、この形式の戦いは不慣れどころか初めてですし、解らないことだらけです。また計算違いがあるかもしれませんよ?」
( ^ω^)「じゃあその時は、それを踏まえてもっとスゴイ作戦を教えてくれお。そうしていけばいつか勝てるお」
射命丸「――ふ、ふふふふふ」
( ^ω^)「――ぷっ……くくくくく!」
考えればキリがない不利な条件。
そんな絶望的な状況だと言うのに、射命丸と内藤の二人からは笑い声が漏れ出してきた。
しばし、共に笑い合う。
まるでとびきり可笑しい事にでも出会ったかのように。
そして――
射命丸「では――」
( ^ω^)「じゃ――」
『一丁、倒しに行きますか!』
――二人の反撃が、再開する。
(#´∀`)「出てこいモナ! 出て来ないならこっちから行くモナ!」
我慢がならなかった。
魔理沙を連れたハインリッヒのように、戦い慣れしたヤツならともかく、ちょっと前に夢想器を手にしただけの初心者参加者にこうまで苦戦していると言う事が。
強い相手なら、適当に闇をまいて逃げられる。顔を見たヤツは、病院送りになる程度にルーミアの闇で弱らせてきた。
なのに別段強くも無い癖に、こちらの顔を正面から見ているアイツは何故まだ元気で居るのか。
せっかく自分でも珍しく人質作戦なんて頭の良い事を頑張ったと言うのに、それさえも打ち砕かれた。
アイツは一体何なのだ――?
ルーミア「ねぇー。あの人間達は強いペアなんじゃない? 諦めて帰ろーよー」
(#´∀`)「こっちの正体がバレてるモナ! このままじゃ駄目モナ!」
気ままなルーミアは既に戦いに固執していない。
こちらとしてもこんな面倒な事にいつまでも頑張っていたくないが、妖怪ならまだしもこっちは人間。普段の生活の邪魔になるような物は排除しなければならない。
故に、焦る。
故に、怒る。
何としてでもあのカメラ野郎を病院送りにしないと気が収まりそうに無い。
――その時だった。
『モナー! お前をこれからぶっ飛ばしてやるお!』
(#´∀`)「……! やっと出てきたモナ!」
ドアから勢い良く飛び出してきた人影一つ。大きく迂回するように、こちらへと迫ってくる。
またこのパターンか、と内心ほくそ笑む。
(#´∀`)「馬鹿の一つ覚えみたいにそう何度も殴られるかモナ!」
"闇符「ディマーケイション」"
体から滲み出すように、闇を展開する。
発動している自身を除いて、触れれば体を蝕む闇だ。周囲の光景が見えなくなるが、その程度対して困ることはない。
跳躍して殴りかかってくるモーションが見えた時、完全に周囲は闇色で包み終えた。
(#´∀`)「どうだモナ! じわじわと闇に飲まれてぶっ倒れろ!」
タイミングを合わせ、更に"闇符「ディマーケイション」"で生じた闇を差し向ける。
大分ボロボロの状態でこれに包まれば、意識なんて保てない筈。
勝利を確信し、モナーは高らかに笑った。
( ´∀`)「……あれ?」
そして、何かが変だ。と、気が付いた時にはもう遅かった。
射命丸「貴方が単純で助かりました!」
闇で覆い尽くした方向から、聞こえた声は射命丸の声。
ならばアイツは――?
(#^ω^)「捕まえたお!」
(;´∀`)「え? 何々!?」
頭上から覆いかぶさってきた何か。それは布。それも結構な大きさのある丈夫そうな布だった。
上半身をほぼ覆う布は、次の瞬間には体との密着度を高めるように締め付けてきた。
何が何だか分からない。苦しい。
だが、所詮はただの布。邪魔でしかないそれを取り払ってからさっさと決着をつけてやればいい。
モナーは、スペルの維持さえ忘れ布を引き剥がしにかかった。
射命丸「――ここまでは作戦通りですね」
( ^ω^)「おお!」
"月符「ムーンライトレイ」"も光は光。連発すれば自身の目に焼き付きもする。
そこで動く人影があったとしても、ただでさえ暗い場所なのだ。それが"誰か"まではまず分からない。
だから、モナーは囮として向かった射命丸にスペルを使ってしまった。
もし、ここで再び"月符「ムーンライトレイ」"を使っていたのなら、射命丸が囮だとその時点で気が付いたかもしれない。だが、モナーが使うのは"闇符「ディマーケイション」"だと確信していた。
何故なら――
射命丸『モナーさんは、極端に痛みを嫌がります。そりゃ誰だって痛いのは嫌ですが、あのタイプの楽天家は痛い苦しいは最優先で取り払おうとするでしょう。ならば取る手は一つ――』
防御としても使える"闇符「ディマーケイション」"の使用。
初日に遭遇した際も、多様していたくらいだ。よほど自信があるのか使いやすいのか。ともかく、高確率でそれを使うだろう。
触れ包む者を徐々に弱らせる闇。物理攻撃しか持たない相手には絶対的有利を誇る黒いバリア。
だが、複数の使用を目の当たりに、やがて一つの弱点に気付いた。
射命丸『モナーさん。もしかしたら"闇符「ディマーケイション」"の展開中は自身も周囲が見えていないのかもしれません』
最初は、ただの大雑把な攻撃だと思っていた。
だが、ある程度闇自体の操作が出来る事を夢想器越しに見て、それは疑問へと変わる。
"音が反響する場所や、開け過ぎた場所では精度が更に甘くなっている。"
そもそも、走って逃げれば簡単に逃げきれる程度の遅さでしかモナーは追って来なかったし、場合によっては追う事自体止めていた。
ハインリッヒの立てた作戦の際も、足音の大きな方を狙いに来るのが前提と成っていた。
――今思うとあの時にはこの事をハインはもう知っていたのだろう。闇の展開中は、音で相手の居場所を大体予測して攻撃している事を
そしてもう一つ。先ほど内藤を殴っていた時に気になる発言をしている。
(#´∀`)『闇が邪魔で殴りづらい! こっちでトドメ刺してやるモナ!』
――闇が邪魔。確かにそう言ったのだ。
絶対優位に立てる筈の闇の領域は、モナー自身に何らかの不都合をもたらしている。
この二つの結論から導かれた、モナーとルーミアの弱点。
だが、そこを攻撃しようにも闇がある限り、容易に触れられるわけではない。
射命丸『そこで、これを使いましょう!』
射命丸が指し示した先にあったのは、ツンを縛り付けたままのロープ。
いや、それはすでに度重なる風圧と慣性でロープから戻りつつあった。
そう、よく考えれば当たり前だ。
普通の学校で、ロープなんて物は授業で使う訳でも無いのにそうそうある訳がない。
ならば、ツンの体を縛るのに代用となる物は何がある?
(;^ω^)『これは……カーテン?』
その辺りの教室にいくらでもあって、強度があってロープの代わりになる物。カーテン。
本来は遮光用の布地だが、耐用年数の長期化の為に丈夫でやや厚手の布地を用いられる事が多い。
モナーはこれを、ねじって複数結んでツンの体を縛り付けていたのだ。
(#^ω^)「おおおお!」
広がり包んだカーテンを更に締め付けるように、モナーの周囲を駆ける。
(; ∀ )「も、モナ……!」
予想以上に身動きが取れない事に焦っているのか、モナーは既に闇を展開していない。
抜け道が無い事に気が付いたモナーは、腕力で無理やり引きちぎろうとしているらしいが、カーテンは不格好に形を自在に歪めるだけで破れる気配はない。
完全にモナーを捉えたのだ。
――チャンスは今しかない。
射命丸「"夢想器"を探して下さい! それを打ち壊せば私達の勝ちです!」
( ^ω^)「おう!」
言われるがまま、モナーの服を探る。
夢想器、それは射命丸曰く、契約の要。人間が幻想郷の力を使う為の最低条件。
こちらにとってのカメラのような何かを、相手も持っている筈だと教えられていた。
気絶するまでぶん殴るという方法もあったが、正直他人をそこまで殴り倒すのは気が引ける。
アイテムを壊せば決着が着く――。それなら非常に分かりやすく、気も楽だ。
モナーもその内、我に返るだろう。
焦る気持ちに比例するように、手の動きが早まった。
が――
(;^ω^)「――"無い"? 夢想器が、無い!?」
カーテン越し故に、正確に調べられる訳じゃない。だが、少なくともポケットの中には、不審な感触を感じられないのだ。
射命丸「そんな筈はありません。きっと小さいアイテムか何か――」
「――クスクスクス」
ふと、耳元で聞こえた嘲笑い声に、内藤は背筋を凍らせ、射命丸は警戒を強める。
だが、この声は初聞ではない。
(;^ω^)「……何だ、ルーミアかお。もうお前なんか怖く無いお!」
直ぐ側に浮いていたのは宵闇の妖怪ルーミア。
決着が着きかけていると言うのに、相も変わらず両手を広げて気ままに宙を浮かんでいる。
射命丸「ルーミアさん。もう雌雄は決しました。いたぶる趣味はありませんから夢想器を出して下さいな」
ルーミア「良いよー?」
(;^ω^)「――え?」
拍子抜けにも程がある。
もう一度述べるが、夢想器は契約の要。
夢幻例大祭の参加資格でもあると、射命丸から耳タコレベルで散々聞かされてきている。
だからこそ、こんなに抵抗無く承諾されるとそれはそれで戸惑う。
ルーミア「そもそも、別に隠してなんか無いものー」
(;^ω^)「あー、そういう感じですかお……」
きっと、戦い自体には固執していないのだろう。好きな事やれればそれで良い。最初から最後までルーミアは自由気ままなのか。
しかし、ルーミアの答えと裏腹に、背筋の冷えは収まらない。
何かがまだ起きる前に急がねば。
(;^ω^)「ともかく、夢想器はどれだお? 早く出してくれお!」
荒げる声に、ルーミアは口をまた歪める。
ルーミア「――ずっと、周りにあるじゃない」
周り? 周りにそんな何かがあっただろうか。そもそも、夜だからどこも暗くて良く――
射命丸「――まさか、"闇"その物……!?」
ルーミア「せいかーい!」
嬉しそうに声のトーンをルーミアが上げた瞬間、視界の闇に突然気配が宿った。
(; ∀ )「"闇符「ディマーケイション」"!」
仰向けに組夫されたモナーが精一杯の声量で叫ぶ。
瞬間、滲み出す常闇。
射命丸「下がってブーンさん! モナーさんは周りが見えてませんから、離れれば当たりません!」
(;^ω^)「お――」
返事をしようとして、射命丸がわざわざ離れて指示を飛ばした理由に気が付く。
声で位置特定をされないようにしているのだろう。
無駄にしないようになるべく静かに、後ろへと下がった。背面には屋上から階下へ続く階段。いざというときの逃げ場は見失っていない。
射命丸「闇自体が夢想器となると……破壊は難しそうですね。ですが、契約しているとは言え貴方も人間! 闇も無尽蔵に出し続けられる訳では無いでしょう!」
やや見えにくいが、闇はモナーを中心に不定形に周囲に広がり続けているようだ。
しかし、広がりと共に端の方は薄くなっている。
恐らく余力を振り絞って出したスペル。今までよりも精度は甘い。
(;^ω^)(そうか、スペルの連発でモナーも疲れてるんだお!)
しかし、それはこちらも同じ事。
元々使いこなせていないスペルを無理やり連続発動させて来たのだ。
既に立っているだけで脚が震えている。
それだけギリギリの攻防が続いてきた。
(;^ω^)(でも、後はこの闇が収まるまで待てば……)
直にモナーはスペルの発動を維持出来なくなるだろう。どんどん闇も広がり続けて居るが、場合によっては階下に逃げれば良い。
その後、モナーの契約をどうにかする為にあれこれやらねばならないだろうが、それは仕方ない。
自業自得という事で、少しだけ我慢してもらう。
ともかく一安心と、屋上の柵に体重の幾分かを預けて寄りかかる。
依然、予断は許さない状況だが、少しだけ一息つけた気分だ。
視界の中でルーミアが、闇を浴びるように浮いているのが見えた。
――射命丸の慌てた叫びが聞こえてきたのは、そんな時だった。
射命丸「闇が夢想器――? ……ッ! いけない!」
( ^ω^)「……お?」
ルーミア「闇よー――」
ルーミアが左右に広げた腕が、闇をかき混ぜた。
見えたのは、そこまで。
ルーミア「――広がれー!」
次の瞬間、まるで黒いインクをぶちまけたかのように闇は拡散する。
(;^ω^)「お!? お!?」
突然、勢いを増した闇。
当然体は反応しきれない。
構わず、拡散した闇の一つが内藤の頭を容易く飲み込んだ。
射命丸「ブーンさん!」
疲労状態からの闇の直撃。ただでは済まない。
射命丸の悲痛な叫びが周囲に響く。
(;^ω^)「――あ、危なかったお……」
否――。
間一髪、疲労から体を支えきれなかった脚が崩れたお陰で、闇は頭上を掠めただけに終えていた。
まさに怪我の功名。
しかし、何故急に闇が――?
射命丸「気をつけて! 夢想器ならば、ルーミアさんが触れます! モナーさんが見えなくても関係が無い!」
(;^ω^)「マジかお! こんな土壇場でそんなのズルいお!」
ズルいとは言ったが、どこか内心納得もしていた。
射命丸が夢想器のカメラを触れたように、暗闇その物が夢想器だと言うのならば、闇をルーミアがどうこう出来るというのも可笑しくはない。
ルーミア「ついでに言えば、私は元々闇を操る妖怪だよー?」
(;^ω^)「得意分野ですかお! じゃあ折角だからまた今度その特技を見せていただくという訳には――」
ルーミア「だめー」
(;^ω^)「ですよね!」
軽口を叩きつつも、嫌な予感に従うように、その場でのけぞる。
間もなく闇が位置を下げた胸元に軽く触れていった。
しかし、闇はもう一片迫っている。
(;^ω^)「――やっべ」
次の闇も狙ってきているのは頭。
だが、この体勢からではもう避けられない。
仕方なく、気合で乗り切ろうと目を瞑る。
射命丸「諦めるには早いですよ!」
(; ω )「ぐえっ……」
首が思いっ切り絞まる感覚と共に、体が引っ張られた。
一瞬クラついた視界の中で、当たる寸前だった闇がまた一つ道を作る。
(;^ω^)「た、助かったお……」
射命丸「助かった――と言うにはちょっと状況盛り上がり過ぎてますかね……」
散弾の軌跡のように散り広がり続ける"闇符「ディマーケイション」"。
濃淡の差はあれども、すでに屋上のほぼ全てを埋め尽くし始めている。
唯一の逃げ場だった出口からも離れ過ぎた。満ちた闇で場所も良く分からない。
(#´∀`)「ぶはっ! やっと抜け出せたモナ! どこ行ったぁ!」
更に、どうもモナーが拘束から抜けだしてしまったらしい。
こんな事ならば、固結び位しておくべきだったか。
( ^ω^)「……ここから逆転出来る名案無いかお?」
射命丸「……あーここは一つ"祈る"とかどうでしょう? もしかしたら突然風邪とかひいて倒れてくれるかも……」
( ^ω^)「それで運使うなら、宝くじとか当てたいお」
射命丸「私も良いネタに巡りあうのに運回したいです」
深く深く、息を吐く。
精一杯やれたと、自分でも思う。
圧倒的不利でも何度か良い所を見せつけてやれた。
狩られるだけの雑魚では無いと、一矢報いてやった。
囚われてたツンも助け出せたし、モナーのスペルも多分これが最後。
やれるだけの事はやった。その末の敗北ならば、悔いは無い。
( ω )「僕達、結構良いパートナーだったかお?」
射命丸「他の方と組んだこと有りませんから、良くも悪くもナンバーワンですよ」
(; ω )「何それ複雑……」
見上げた空の隙間から、ルーミアのように月が浮いていた。
やがて、それさえも闇に飲まれていく。
脱力しきった体で、ただそれを眺める。
ξ ⊿ )ξ「――そんなのに負けてんじゃないわよ。ブーンの癖に」
( ω )「――お?」
流れてきた風が、聞こえる筈の無い声を運んできた気がした。
走り回って、頑張って、熱くなった体を冷やしてくれる、心地の良い風。
全力出して、疲れきって、冷たくなった心を温めてくれる、気持ちの良い風。
運命だとか宿命だとか理屈だとかが、死ねと告げている中、この風だけはまるで応援をしてくれているようだった。
頑張れ、と。
諦めるな、と。
信じている、と。
ならば――
( ω )「――射命丸、もうちょっとだけ付き合ってくれるかお?」
射命丸「もうちょっとどころか、負けるまで付き合いますとも」
( ^ω^)「ありがとう、だお!」
風が吹くなら、まだ跳べる。
背中を押してくれるなら、もっと遠くにだって跳べる。
その為の方法は、もう手の中にある。
(#^ω^)「正真正銘、最後の力を振り絞っての"突風「猿田彦の先導」"!! 思いっ切り行くお!」
射命丸「ブーンさん! 落ちるかもしれないだなんて話は一旦忘れちゃって下さい! むしろ、いっそ向こう側の校舎の屋上まで跳ぶ勢いの全力全開で!」
(#^ω^)「おうッ!」
取る体勢はクラウチングスタートのスタイル。勢いをほぼ全て前方へと向ける為の、速さ重視のスタイル。
練習の際には、このスタイルで失敗したが、今はもう違う。
"突風「猿田彦の先導」"は空を駆けるスペルだと理解した。だから、クラウチングスタートの特性も活かせる。
(#´∀`)「そこに居たモナ!? しぶといやつめ! もう終わりにしてやるモナ!」
(#^ω^)「それはこっちの台詞だお! モナー! お前に大分ムカついてきてるお!」
ルーミア「勝ちとか負けとか本当はどっちでも良いけど、負けたらお腹空きそうだから嫌ー」
射命丸「ブーンさんが無様に負けた所で、面白い記事にはなりません。ですので、私の力のお陰で見事に勝ったと、一面に書かせて頂きますよ!」
両者が想像するのは、スペルのイメージ。想像は創造の為の力となり、技として実現される。
片や、もっと暗く、もっと色濃く。
片や、もっと速く、もっと遠く。
――そう願う度に、両者の目前に浮かぶカードが輝きを増していく。
(#´∀`)「あああああッ!!」
モナーとルーミアの色は、白金を内包したとても深い黒。
(#^ω^)「おおおおおッ!!」
内藤と射命丸の色は、透明を内包した爽やかな緑。
風の鴉天狗と宵闇の妖怪の姿が妖力の粒子と変わる。形を崩した彼女達はそれぞれのカードへと融合していく事で、更に色味を強く輝かせる。
その輝きは"意思"を、"意地"を受けて輝く。
"こいつには負けない"という単純で純粋で、どうしようもない衝動のような思いが力を生む。
――そして、やがてそれらは現実に影響を与える一般論を超越した物理法則として顕現し、発動した。
(#´∀`)「闇に沈めェェェ!」
"夜符「ナイトバード」"
先に発動したのはモナー。
周囲へと散っていた闇を己へと回収し、繰り出したのはとっておきのスペルカード。
分散し摩耗した闇を一点に集め直してやっと創り出せた、夜その物を凝縮した如き黒く淀んだ闇の鳥。
これが、モナーとルーミアの、現時点での最大の技。もっとも深き闇。
( ω )「――だったら、どうだってんだお」
迫る巨大な闇の鳥を前に、ふと思い出していた。
遊びに夢中になりすぎて、気づけば太陽は沈みかけ。背後から段々と迫る夜闇が恐ろしく、家路を駆けた幼少の時の事を。
誰もが姿を消す、夜の怖さを。
そして――
(#^ω^)「――夜の闇も、何時かは必ず晴れるもんだお!」
――誰かが灯してくれる暖かな光を――。
大きく踏み切った最初の一歩で、風を切る。
次に続いた一歩で、風を生む。
そして最後の一歩で――
(#^ω^)「跳べええええッ!!」
"突風「猿田彦の先導」"
内藤ホライゾンは、風と一体となった。
モナーの繰り出した闇が過去最深の闇ならば、内藤ホライゾンが生み出したこの風もまさしく過去最速。
やがてお互いのスペルは、正面からぶつかり合う。
"闇"と"風"。
本来ならそれらが互いに干渉しあう事はない。それぞれの現象が瞬間的に交差し、そしてすれ違うだけ。
しかし今この瞬間確かに"闇"と"風"の二つのスペルは、正面から純水に力比べをしているかの如く、中空で互いを拒絶し続けていた。
その訳は妖力。大きく分ければ同種なれど、風と速さを生み出す鴉天狗の妖力と、闇を生み出す宵闇妖怪の妖力とが混じりあうこと無く己を保とうとしている故。
風が闇を吹き散らし、闇が風を沈める。
無数の妖力の攻防が、スペルの接触面で起きていた。
(;^ω^)「……くっ!」
しかし、状況はモナーに味方をしていた。
夢想器が闇。それは破壊がほぼ不可能というだけではない。
カメラの夢想器のように、形ある力の源ではなく、言わば上限枠の無い力の源。
360°四方八方に夜の帳が降りきっている今現在、ルーミアの力をモナーに流すための器として、内藤のそれを遥かに凌駕していた。
元々の妖力が大きい鴉天狗と言えども、その全てを一度に内藤に受け渡せない一方、ルーミアはモナーに妖力を好きなだけ受け渡せる。
この違いが、"突風「猿田彦の先導」"を、"夜符「ナイトバード」"が徐々に飲み込んでいくと言う結果を生み出していた。
(#´∀`)「ハハッ! そのまま飲まれろ! 落ちろ! 沈んで染まって消えてしまえ!」
"闇符「ディマーケイション」"で周囲に張っていた闇が消えたお陰で、"夜符「ナイトバード」"が段々圧倒している所がモナーには見えていた。
しかし周囲の闇が減った訳では無い。
空は再び厚い雲が張り、世界は黒く暗い夜の闇が満ちている。
相手が敗北した瞬間の表情もよく見えなくなるが、それは些細な事。この闇が勝利をもたらすのだから。
(; ω )「もっと……速く!」
しかし、内藤は諦めない。
スペルが使いこなせていないと、何度も告げられた。
ならば、本来もっと速度は出る筈だと、更なる風を願う。
ただただ、速く、もっと速く――と。
――その時、風は再び少しだけ、内藤ホライゾンと射命丸に味方をした。
(#´∀`)「ハハハハ……は?」
風が、月を覆い隠していた雲を取り払ったのだ。
力が少しだけ弱まった。モナーがまずその事に気がつく。
月は雲が無くなった事で、世界を光で照らし始めた。
それは日中の光には及ばない僅かな灯り。
しかしそのほんの僅かな灯りが、夜の闇を緩和する。
(;´∀`)「す、スペルが弱まった……?」
(; ω )「……お?」
遅れて内藤も気が付いた。
相手のスペルが侵食する勢いを落としている事に。
そして、屋上に吹く風が少しづつ強まっている事に。
この風は何処から来ているのだろう。
世界をどんな速度で巡っているのだろう。
そう、きっとこの風は――
( ゜ω゜)「――夜が世界を飲み込むよりも、速い!」
それら全ての風を、己へ呼びこむ。
突風を。
烈風を。
疾風を。
旋風を。
豪風を。
意思が風に解けていく。
全ては純粋なる速さの為に。
――最速最高の一瞬を、掴み取る為に。
"突風「猿田彦の先導」"
現れたスペルカードが、砕け――
――"「幻想風靡」"――
――新たな領域の速度を、内藤ホライゾンにもたらせた。
( ゜ω゜)「――ッ!!」
勝敗は刹那の中に。
屋上に集う風が止んだ次の瞬間、生まれたのは指向性を持った神風。
内藤ホライゾンを核にした風の魔弾。
音すらも超えた、風が至れる速度の極限が一つ。
しかし、モナーがその事実を知覚する事は無い。
何故なら――
( ∀ )
その時には既に、内藤の渾身の突撃をその体に受け、意識ごと吹き飛ばされていたからだ。
ずっと後方で、文字通りの"風穴"を開けられた"夜符「ナイトバード」"が、音も無く崩れ去った事さえも知らない。
内藤の駆けた道を、風が追う。
そう、内藤が風を率いている。
その飛距離と速度は、内藤と射命丸の予想を遥かに凌ぐ。
隣接した校舎の屋上に届くかどうか――そんなレベルでは無い。
( ω )「――勝った……お!」
自身の限界を超えた超加速にようやく内藤が認識を追いつかせたのは、反動によって肉体が学校敷地の端――森の上空へと来た時だった。
やがて、失速したモナー共々、内藤は枝葉の中へと落ちていく。
半ば錐揉み状態で放物線を描き、濃い緑の中へ。接触に耐え切れなかった枝が次々と破砕音を奏でていく。
枝と葉が多くしなやかな品種の樹だった事が幸いしたのか、数十の枝を地に落とした所で、内藤の体は勢いを殺しきった。
(; ω )「お……お?」
――やがて意識を取り戻した内藤がまず感じたのは、公園の回転遊具で思い切り遊んだ時のような、妙な浮遊感。そして、体のあちこちから感じるじんわりとした痛みだった。
自分は勝ったのか、それとも負けたのか。
そんな認識すらも置き去りにしたスペルは、壮絶な速度の代償として酷く頭を鈍らせていた。
いや、頭だけではない。
手足を動かしてみようとするが、酷い虚脱感にすぐさま諦めた。
( ´∀`)「……気が付いたモナ?」
(;^ω^)「……モナー……」
どこかから、聞こえてくる声。
そして、否が応でも呼び起こされる戦いの記憶。
全てを出しきって尚、語りかけてくるモナーに、内心恐怖さえ感じた。
動かぬ体。回らぬ頭。精神だけが生き残れと警鐘を鳴らす。
が――
( ´∀`)「……あ-……。心配しなくても戦いは終わり。……もう、勘弁して欲しいのはこっちモナぁ……。化け物か君は」
( ^ω^)「……初めて同意見だお」
既にモナーの声は弱々しい。
……いや、それはこちらもか。
お互いに全力のスペルを繰り出したのだから。
ダメージも疲労も、凄まじく蓄積している。
言葉を信じる信じないさえ置いといて、戦う意志まではもう湧きそうにない。
妙な青臭さを感じながらいっそ脱力感に身を任せてみる事にした。
( ^ω^)「ねぇ、何で戦うんだお?」
( ´∀`)「……?」
ふと口をついてそんな言葉が出た。
もしかしたら、ずっと気になっていたのかもしれない。
色々と気に入らない相手でも、いや、気に入らない相手だからこそ、知りたかった。
モナーは気の入らない空返事をしつつ、しばし考えると――
( ´∀`)「――負けたくないから、じゃないかなぁ」
( ^ω^)「負けたくないから?」
( ´∀`)「……戦うのだって別に好きでやってた訳じゃないモナ。襲ってくるから、戦っただけ」
( ^ω^)「……そっちだって人襲うじゃないかお。病院送りにまでして」
( ´∀`)「ルーミアは妖怪。人を襲うのは当たり前。でも死なれたら楽しく無くなるから、救急車呼んで病院送りにしてたんだモナ」
( ^ω^)「……じゃあ、何で僕の友人を狙ったんだお?」
( ´∀`)「君がこっちを狙ったから。先に君を倒そうと思って。別にわざわざ友達を狙ったりはしてないモナ」
( ^ω^)「……なんかズレたヤツだお。口癖も変だし」
( ´∀`)「……君こそ」
静寂。
その時、風が揺らす枝葉の音が聞こえてきて、ようやく今自分が樹の上に居る事がなんとなく分かった。
( ´∀`)「――ねぇ、君の名前は?」
本当に気ままなヤツだと内藤は思った。
散々ここまで戦って、人質使った呼び出しまでしようとしておいて、名前すら知らなかったとは。
無視しようかと思ったが、顔が既に知られている今、どうでも良くなった。
( ^ω^)「――内藤ホライゾン。アダ名はブーン。射命丸文をパートナーに持つ、夢幻例大祭の参加者の一人だお」
( ´∀`)「――覚えておくモナ。君と戦うのは後回しだ」
その言葉の後、少し離れた場所で何本かの枝がへし折れた。
何かが動いている事を知らせるように小気味良い音がしばし鳴っていたが、やがて小さく遠ざかるように静まると、それっきり止んでしまった。
( ^ω^)「……そっちも自己紹介くらいしていけお」
聞かせたい相手が既に去っている事を知りながらも、つぶやかずには居られなかった。
また会う時が来るのだろうか。
それともこれでモナーとはお別れなのか。
しばし回転の遅くなった頭でそんな事を考えていたが、そう言えば屋上にツンを置き去りにして来ていたっけなと、頭は勝手に切り替わっていった。
そうして今度は脱力し続ける心地よさを失うのと、迎えが遅いと叱られる事のどちらが辛いだろうか等と別の葛藤に悩み始めていく。
困った事にその選択肢を選ぶだけの気力すらも、今直ぐには湧かないらしい。
射命丸「――あややや。やっと妖力溜まってきましたよ」
( ^ω^)「射命丸?」
目前でうっすらと射命丸の姿が現れていく。
その姿は戦いが一段落終えた事を表すかのようにサイズの小さいちび射命丸モードだ。
射命丸「姿現すだけの妖力も残らないとは、はたまた予想外でした」
( ^ω^)「……よく覚えていないけど、なんかスゴイ速さの……"突風「猿田彦の先導」"が発動した……のかお……?」
――あれは凄まじいスペルだった。あんなに苦戦していたモナーをスペルごと撃ち貫き、あまつさえ校舎を飛び越えてしまったらしいのだから。
これが本当のスペルの威力なのかと今思い出しても胸が高まる。
(*^ω^)「――やっとスペルをちゃんと使えた。何だか達成感あるお……」
射命丸「いえ、あれは――」
――"突風「猿田彦の先導」"なんてレベルでは無い。
幻想郷最速である鴉天狗が一人、射命丸文が誇る"速さ"を極限を体現するスペルカードの一つ。
異端で異質な幻想達を、風と一体となり靡《なび》かせる。――その名を"「幻想風靡」"――。
風を見切る事が出来ぬように、このスペルを捉えきれる者はまず居ない。それ程の高位スペル。
妖力の同調率の低い内藤ホライゾンでは到底出せるはずが無い奇跡。
射命丸「――いえ、失礼。何でもありません」
( ^ω^)「おー?」
射命丸はその情報を胸に仕舞っておくことにした。
確かに土壇場で高位スペルを発動できたと言う事、それ自体は賞賛出来る。
しかし問題は、"出そうとして出したスペルではない"という部分だ。
妖力の出力が滅茶苦茶で、安定していない。
極端な話、一歩足を進めるつもりが立ち幅跳びの如き大ジャンプになってしまった位の大暴投。
( ^ω^)「……何だおー? 内緒かおー?」
無邪気に内藤は喜んでいるが、これは今後の大きな課題だ。
鴉天狗が単身で風の領域の速さへと足を踏み入れられるのは、そう在るべくして在るからだ。人間が生身で踏み込める領域ではない。
スペルと妖力の扱いが未熟。だからこそ、"「幻想風靡」"を使って尚、内藤はこうして生きていられた。
もし、完全な"「幻想風靡」"が発動していたら――
射命丸(下手すれば、全身の骨を砕くか――最悪空中でバラバラでしょうか)
そうなったら、夢想器のカメラも無事では済まないだろう。
本来なら戦いの余韻に浸っている余裕等ありやしない。
でも今は――
射命丸「――お疲れ様でしたブーンさん! 完全勝利では有りませんが、勝ちは勝ちです!」
(*^ω^)「おお! 射命丸のお陰だお!」
――今だけは、この喜びを分かち合いたい。
小さくなった体で、小さいため息一つ。射命丸は無邪気に喜ぶ内藤を眺めて、静かに微笑んだ。
藍「――射命丸文・ルーミア戦に置いて夢想器及び幻想片の移動無し、か」
八雲方程式に包まれた結界内。
暗闇の中に浮かぶ読解不能の文様と数列と映像だけが、僅かな光源として揺らめいている。
外界と隔離されたその空間内で、九尾の狐"八雲藍"は独り、機械的に結果を記録し続けていた。
藍「手ぬるいな。これでは決着が着くまでおおよそ三千と百五十時間はかかるだろう」
飛ばしていた式からの映像を遮断しつつ、卓越した頭脳で算出された推論に苛つきを覚える。
これでは時間が足りない。祭りを維持できる時間は、限られているのだ。
焦る気持ちを抑えながら、計画日程の修正可能部分を特出すべく、藍は参加者のパーソナルデータを空間に表示させていった。
おおよそ百の人と妖の情報を前に、藍は金色の眼を更に鋭くする。
「――計算、甘いんじゃないか?」
藍「……」
突然背後から聞こえてきた声。
しかし、藍は身じろぎ一つ返さない。
闇の中に溶け込んだまま、声の主は続ける。
「ああ、そうは言っても方程式は十全だし、計算ミスも無いだろうよ。そもそも、人間の理解出来る度合いを超えた計算式にケチなどつけるつもりはない」
藍「以前にも言ったとおり、内藤ホライゾンは予定外存在《イレギュラー》には成り得ない。貴様がどれだけ愛着を持とうがな」
冷たくそれだけ言い放ち、作業を続ける。
「――そもそも、予定外存在《イレギュラー》を除外しているのが計算材料に足りない要素だとしたら?」
藍「――何だと?」
術式を操作していた藍の手が、止まる。
「どうせ、手元に囲っているのだろう? 計画に支障をきたしそうな幻想片と夢想器は」
藍は答えない。
それを肯定として受け取った声の主は、口元を大きく歪ませる。
「使ってしまえ。バラ撒いてしまえ。大いなる計画には大きな計算違いが必要だ。世界の運命を変えるには、更なる混沌が必要だ」
藍「……調子に乗るなよ人間」
「冷たい事を言うなよ妖怪」
指が一つ、鳴らされる。
それだけで、声の主のまとう妖力が高まりだす。
「俺たちは運命共同体だ。――そうだろ?」
人知れぬ異空間で、金色の妖の眼が四つ、輝きを増した。
これからの夢幻例大祭に、波を起こすかのように。
(;^ω^)「おーん……体のあちこちが痛くてたまらんおー……」
射命丸「色々無茶しましたからねぇ。仕方ないですよ」
あの後、何とか時間経過で動けるようになった重い体を引きずりながら、ツンを回収。
今は無事に家に送り届ける事も出来て、ようやく自分たちの家路を歩み初めていた。
(;^ω^)「服もまたボロボロになったお……明日どうしよう」
射命丸「ドクオさんに服借りるのはどうでしょう?」
(;^ω^)「着れると思ってるのかお? 無理やり着たら一日中拘束プレイになっちゃうお」
射命丸「正直言いますとちょっと期待してました」
服のあちこちを引っ張りながら、傷と汚れの具合を確かめていく。
肉体の傷はもう治りかけているが、服の傷は勝手には直らない。元々僅かな遊興費が更に削られる事に、内心ちょっと落ち込んだ。
( ^ω^)「――それにしても、モナーは本当に強敵だったお」
今なら魔理沙がわざわざ警告してくれた意味も分かる。
一晩で何度も死にかけた。それも自分だけではない、ツンも含めて。
射命丸「夢想器が形の無い闇だとは流石に予想外でしたよ」
闇はどこにでもある。しかし、形はなく持ち運ぶことも触れることも出来ない。
世界の現象その物であるそんな闇が、まさか器としても通用するとは。
驚くべきはモナーという人間の適応力か。それとも現象その物に近い妖怪のなせる理屈か。
射命丸(今後はもっと柔軟に考えていく必要が有りますね)
――もっと、勝つための方法を模索していく必要がある。
射命丸は夢幻例大祭という戦いの奥深さを感じ始めていた。
( ^ω^)「まぁ、モナーも大人しくなるだろうし、これでツンもドクオも安心だお!」
射命丸「あやや? ツンさんは分かりますが、ドクオさんですか?」
( ^ω^)「……お? 言ってなかったっけ? この前僕が学校に行ってる間、ドクオもルーミアに付け回されてたみたいなんだお」
そう言えば、ドクオがあの話をしていた時は射命丸の夢想器を置き去りにしていた時だった気がする。
発言してから、射命丸の機嫌が悪くなるんじゃないかと、さり気なく顔色を伺った。
射命丸「――それは、少し変ですね」
( ^ω^)「……え? どういう事だお?」
怒ってはいないようだったが、何か違和感を感じているらしい。
どういう事かと次を促す。
射命丸「考えても見て下さい。夢想器が闇ならば、日中態々外を出歩きますか? そもそも、ルーミアさんを使ってドクオさんを付け回す意味が無い。モナーさんとドクオさんは顔見知りのようですし、迂闊に襲えば面が割れる危険があるじゃないですか」
(;^ω^)「……それもそうだお」
勿論、モナーとルーミアがそこまで考えの及ばない程の楽天家だった場合は除くが、それはまず無いだろう。
戦って何となく分かった事だが、カーテンをロープに用いたり、外傷を付けることなく闇だけで人を弱らせたり、モナーは頭は悪く無い。ただ怠惰で気ままなだけなのだ。
"モナーはドクオを襲う動機が無い"。
と、言う事はつまり――
(;^ω^)「――まだ終わっていない?」
事態はまだ解決していない。
その事に気が付いた次の瞬間には、もう走りだしていた。
突然走りだしたせいか射命丸の戸惑った声が遅れて聞こえてきたが、今は悠長に説明をしている暇は無い。
しかし、気持ちと裏腹に脚は中々前に進まない。
体は重りが巻き付いているかのように重く、頭も疲労で鈍い。
それでも立ち止まらずに済んだのは、親友の危機だったからだ。
ただただ家路をひたすらに駆け抜ける。
ちゃんと帰宅していると、無事で居ると確認する為に。
ペース配分も無茶苦茶に、無心で走り続ける。
よく知る道が、今はとても長く感じた。
(;゜ω゜)「……ドクオ!」
やっとの思いで辿り着いた寮。
他の部屋の奴を気にかける余裕もなく、友の名を口にしながら廊下を駆ける。
どうか部屋に居てくれと、願いながら。
いつもの軽口を聞かせてくれと、願いながら。
――ドアを、開いた。
(;゜ω゜)「――ッ!?」
射命丸「――これは……!」
部屋にドクオは居た。
ただし――
('A`;)「……ブーン……?」
ヴァイオリンを手にしたまま、困惑の表情を浮かべるドクオの傍らに居るのは――
「――誰?」
金髪黒衣の装いをした、新たな幻想郷住人。
――夢幻例大祭はまだ始まったばかり。
(;゜ω゜)「……ドク……オ?」
――風はまだ吹き続けていた。