東方風云録 ~ブーンが天狗少女と出会うようです~   作:蒼狐

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参の符(後編)

 

 

 

 

( ^ω^)「そんじゃ、また明日だおー。今日はゆっくり休んでほしいおー」

 

ξ゚⊿゚)ξ「はいはい分かってるから。そっちこそ買い食いばっかりしてないでちゃんと帰りなさいよね」

 

それぞれの家へと分岐する交差点を境に、背を向けて歩き始めたツンに手を振り返す。

部活に参加せずに帰ると言っていたので少し心配したが、今日の様子を見る限りでは大丈夫そうだ。

ようやく安心出来て、つい笑みが零れた。

 

射命丸「ツンさん、本当に生命力溢れる方のようですね。これならもう心配要らないと思いますよ」

 

( ^ω^)「おー、射命丸のお墨付きが出たならば最早確実だお」

 

時間さえあればこうして全部元通りになってくれる。

ならばきっと、ドクオともまた……。

 

( ^ω^)「……そういえば、カラス達はどうしたんだお? そろそろ夕方になるけれど……」

 

射命丸「あー……その件についてはちょっとトラブル発生中です……ね」

 

(;^ω^)「まさか敵に襲われたのかお!?」

 

もしそうならば、新しい敵がもう直ぐ側まで来ていると言う事になる。

しかもカラス達はドクオを探してくれていた最中だ。ドクオが巻き込まれてしまう可能性だって考えられる。

思わず戦いに備えて身構える――が、どうにも何だか射命丸の様子がおかしい。

口ごもる彼女から緊張感の類が感じられないのだ。

 

射命丸「……実はカラス達がですね。もうすぐ夕方だからと途中で巣に戻って行ってしまったんですよ。報告してきたのは近場の子達だけですかね……」

 

( ^ω^)「ちょっ……」

 

結構期待していただけに、落胆もひとしおだ。

ここぞとばかりに苦笑交じりの冷ややかな視線を射命丸に向ける。

 

射命丸「あ! ちょっと何ですかその眼は。仕方ないでしょう! 妖怪烏と違って天狗を知らない最近の若い烏なんですから!」

 

( ^ω^)「……そういう"近頃の若い者は"みたいな感じで責任逃れするの良くないと思うおー?」

 

射命丸「誰が年寄りですか誰が! この清く正しい射命丸、まだまだピチピチの現役ですよ!?」

 

(;^ω^)「いやいや、その言い方がすでにちょっと古いお……」

 

射命丸「むぅ~~!!」

 

――勝った。第三話完!

 

射命丸は簡単な罵倒言葉を2~3個発すると、それを最後にカメラの中へと消えていってしまった。

つまり、射命丸を言い負かす事が出来たのだ。

射命丸と出会って初めての勝利である。この分ならその内ツンにも勝て――

 

(;゜ω゜)「ちょ、痛い痛いいだいッ!?」

 

突然締まる首元のカメラ紐。しまったその手があったかと気が付くも時既に遅し。

まるでホラー映画のワンシーン張りに勝手に締め付けて来る紐に悪戦苦闘する。

拷問のようなそれは結局、肺に残った空気を使い果たすまで"ごめんなさい"を繰り返す事でようやく解除された。

これでは呪いのアイテムと何ら変わら無いじゃないか。

 

( ^ω^)(あ、ドクオのヴァイオリンも幽霊付きだから、ある意味呪いのアイテムって言うのかお?)

 

流石にそれを聞いたら温厚そうなルナサでも怒りそうである。……いや別に変な事は言っていないのか?

それにしても、ちょっと死にかけた状態でふとそんな事を思いついてしまう辺り、最近極限状態に慣れてきているのだろう。

まぁ昔から妙に戦闘能力高い女の子が側に居たのだから、必然ではある。

 

(;^ω^)「射命丸ー。僕が悪かったおー。言い過ぎたって認めるから出てきてくれおー」

 

とりあえず肺に新鮮な空気を送りながら、適当に射命丸の機嫌取りをする。

しかし、すっかり機嫌を損ねてしまったのか、射命丸は返事すらしてくれない。

このまま機嫌が直るまでカメラの中に籠城でもするつもりなのだろうか。

まぁ静かではあるし、そもそも普段が普段盛大な独り言つぶやいているみたいで少し恥ずかしかったから、少しの間はこのままにしても良いかもしれない。

――とは言え、射命丸が引きこもったままと言うのもそれはそれで寂しい物である。後ちょっと罪悪感。

 

( ^ω^)「射命丸? しゃーめーいーまーるー?」

 

時に優しく、時に囁くように尚も呼びかけてみるも、やはり猛烈にスルー。

TVで見る記者さんも、スルーするのもされるのも得意そうだった辺り、射命丸も相当なスルースキルレベルを保有しているようだ。

ここは一歩進むのに何か交渉材料が必要だろうが、何かあっただろうか。

 

( ^ω^)「……あ」

 

一つあった。新聞だ。射命丸がひどく楽しみにしていたが、結局読む機会には恵まれずに鞄の中に丸められたままになっている。

試しに"新しい新聞を追加しようか"と囁いてみると、カメラの中から何やら小さく声が漏れた。

 

( ^ω^)(脈ありだお!)

 

機嫌取りなら慣れている。何故ならツンn(語ると悲しくなるので割愛)

 

( ^ω^)「じゃ、帰り道ちょっと寄り道していくお」

 

返事はきっと返って来ないだろうから、とりあえずの報告を一方的に告げて、足早に商店街方面へと踵を返す。

新聞を置いていそうな一番近い店で思いついたのがそっちだった。

ツンには買い食いするなとは言われたが、寄り道するなとは言われていない。

一休さん並の見事な頓智だと我ながら惚れ惚れする。

会話する相手が珍しく居ない状態での道のりは少々長く感じるが、そこまで時間はかからずに商店街へはたどり着くだろう。

今は殆ど商店街跡地と言われる程店舗数は減ってしまっているが、まだまだ利便性と期待感は失われては居ない。

自然と足の回転も速度を増していく。

 

( ^ω^)(……? あれ、何でこんな急いでいるんだお?)

 

そうして十分程の道のりを無言で進んだ頃だっただろうか。

ふと我に返ると、ほぼ早足と言うか競歩地味た速度にまで至っていた。

何をそんなに急いでいるのか。体の感覚に聞いてみる。

 

ぐぅ、と腹の虫が応えた。

 

( ^ω^)「この匂いは……!」

 

熱を感じさせる炭水化物特有の甘い匂い。主張の強い香辛料の香り。

そして何よりも――

 

( ゜ω゜)「肉の呼ぶ声がするッ!」

 

鼻の奥の奥、脳みその原始的な部分を刺激する、タンパク質が上品に加熱された気配がするのだ。

肉体と精神の欲望が合致した今、競歩の速度ではない。最早走っている。

そういえばツンに何か言われていた気がしたが、些細な事だ。

既に腹に潜んだ怪物が、目覚めの雄叫びを上げているのだから。

 

( ^ω^)「――こっちか!」

 

研ぎすませた嗅覚と、美味しい物を見つけ出せる第六感にかかれば、匂いの元を探す事くらい朝飯前だ。今は晩飯前だけれどもそこは置いておいてほしい。

そうこうしつつ、ようやくたどり着いた商店街の一角。その場所にあったのは――

 

(*^ω^)「肉! マン!」

 

ふっくらと蒸しあがった白い柔肌。内に秘められた熱い肉の誘惑。それらを支えている神がかり的な調合のスパイス各種。

――正式名称、中華風肉詰めまんじゅう。

 

ちなみに正式名称は今適当に考えた。

 

(*^ω^)「今日一日の苦労もこれで報われるお!」

 

屋外に仮設された屋台形式の肉まん売り場にも関わらず、種類は豊富。しかも蒸し立てのようだ。

普段見かけない辺り、営業場所は固定していないのだろうか。

まぁどちらでも関係無い。何故ならこうして対峙してしまった今、即購入し貪り尽くす以外の選択肢はあり得ないのだから。

 

しかし当然、障害はこういう時に限って存在する。

 

(;^ω^)「むぅ……結構並んでるお」

 

匂いに釣られたのはやはり自分だけでは無いようだ。

大根の入ったエコバック装備の主婦。バットと使い古したグローブ装備の野球少年。怪しいジュラルミンケース装備のサラリーマン――。

多種多様な人影が並ぶこの光景は、まるで街に住む人の展覧会である。

仕方ないので、カメラ装備のぽっちゃり系高校生として最後尾のサラリーマンの後ろに大人しく並んで待つ事にした。

 

射命丸「……ちょっとブーンさん? 何故新聞買うのに肉まん屋に並んで――」

 

(*^ω^)「おっと、大事なカメラが汚れないように一旦閉まっておくお!」

 

射命丸が何か言いかけて居たが、カバンの中に早々に隠してしまったので良く聞こえなかった。そういう事にした。

 

( ^ω^)(順番待ち、20~30人って所かお)

 

肉まんの種類は豊富で、大量に買っていく人の姿もちらほら見かける。

しかし客さばきの熟練度が高いのか、立ち止まる時間はそう長く無い。

この分ならば日が沈む前には買って帰れそうだ。

 

( ^ω^)(近くまで行ったら貼りだされてるメニュー見て選んでおくかお)

 

腹の虫が返事をするように小さく唸る。

――さて、ここからが手持ち無沙汰だ。

匂いに集中しすぎると空腹のあまり理性を失ってしまうかもしれない。それはよろしくない結果だ。

気を紛らわせる為にチラホラと視点を変えていくが、結局は見慣れた商店街。目の前のサラリーマンの手に握られているジュラルミンケースくらいしか眺める物は無かった。

 

( ^ω^)(……手袋してジュラルミンケース持ってるとか、あの中にお宝でも入ってそうだお)

 

目測でも結構な大きさだ。正に手持ちの金庫と呼ぶに相応しいその究極に丈夫そうな手持ちカバンは、騒々しさと庶民的な空気の中で、揺るがぬ鈍色の輝きを誇っていた。

しかも余程の物が入っているのか、ケースには鈍色の輝きをした鎖が二重三重とかけられている。

その取っ手を握っているのが、黒く高級そうなスーツに白い手袋の装いをしたサラリーマン風の男なのだから、想像する材料には事欠かない。

 

( ^ω^)(やっぱり現金一億円とか? いやいや、宝石とかも捨てがたいお。でもやっぱりここはロマンある研究所から持ちだしたプロトタイプの何やら?)

 

個人的にはグローブタイプの新兵器みたいなのが格納されているとかだと嬉しい。白かもしくは赤でお願いしたい所だ。

それで、何かの拍子にその新兵器を手に入れてしまって――

 

「次のお客様どうぞー」

 

( ^ω^)(お、結構近くまで来てたみたいだお)

 

と、妄想に妄想を重ねていたら、いつの間にかすぐ目の前まで順番待ちが消化されていたようだ。

早速貼りだされているメニューから、オーダー内容を吟味する。

 

( ^ω^)(うーん、"肉まんin肉まん"は気になるお。でもあっちの"水肉まん"ってのも……。あ、"肉まんっぽいの"? 肉まんなのか違うのか確かめてみたくなるお)

 

種類の豊富さもさることながら、商品開発の自由度も売りなのだろう。

生首みたいなのにリボンがついた"ゆっくり肉まん"? とか言う謎の肉まんも売られているみたいだが、流石にあれは高い。っていうか食べる気がしない。

 

( ^ω^)「よし、決めたお」

 

残念ながら興味のある肉まん全てを購入するには予算が足りていない。

コストパフォマンスを優先した理想的な配分で、この場はひとまず満足と言う事にしよう。

そうと決まれば話は早い。スムーズにやり取りを済ませられるように、想定した金額を財布から取り出しておく。

 

「次のお客様どうぞー」

 

(*^ω^)(いよいよ次だお!)

 

順番待ちのピークは、一番前では無く二番目にある。静の状態から動へと切り替わる境がそこにあるのだ。

一分一秒が遅く感じる程の期待感。メニューを何度も見て、ギリギリまで脳内でシミュレーションを行ってしまうくらいだ。

 

「ありがとうございましたー!」

 

(*^ω^)「よしっ!」

 

そして、とうとうその瞬間はやってきた。

背後に並ぶ数多の同士を尻目に、ようやく巡ってきた購入する権利。

遠慮無く行使するのは今を置いて他に無い。

 

(*^ω^)「あ、あの! まずは"食べられそうで食べられない、でもちょっと食べられる肉まん"を一個と――」

 

「ああっと、ごめんなさいねー。さっきのお客様で全部売り切れなんですよー」

 

(*^ω^)

 

( ^ω^)「――えっ?」

 

何と言っているのだろう。殺気のオキャク様がどうとか……? いかつい二つ名の人も居たものだ。宇理斬れとか言うのは得意技か何かだろうか。とても強そうだ。

 

「ですから、もう肉まん無いんですよ。お陰様で予想以上に売れ行きが良くってですねー。先ほどの御客様が残りを買い占めてくださったのではい、お終い。感謝感謝ですー」

 

(;゜ω゜)「えっ、ちょまっちょっ……」

 

現実逃避すら許さない店員さんの無慈悲な攻撃!

勿論改心の一撃だ。

謎の呪文、"ちょマッチョ"を唱えてみたがしかし何も起こらなかった。多分プチマッチョみたいなのを召喚する系呪文。

 

「後ろの皆様も申し訳ございません! 好評に付き本日は売り切れ、店じまいですー! ありがとうございましたー!」

 

(;゜ω゜)「えええええええ!?」

 

――と、言う訳で残念。冒険はここで終わってしまったのである。

 

 

 

( ´ω`)「はぁぁぁ……」

 

欲しかった物がもう手に入らないと知ってしまった絶望は期待の高さに比例する。

それが喜びのピークを超えた先に待ちかまえているとなれば、いつもの笑顔もしょぼんフェイスになると言う物である。

 

( ´ω`)「はぁぁぁーん……」

 

ため息も止まらなければ、腹の虫も収まらない。勿論食欲的な意味でだ。

きっと今、背中には年齢にそぐわない哀愁が漂っている事だろう。

 

射命丸「さっきからため息ばかりじゃないですか。ため息を吐く度にいいネタが一つ飛んで行くんですよ」

 

( ´ω`)「それ、こっちだと幸せが飛んで行くって言うんだお」

 

幸せが飛んで行く――だとすれば、過去に吐いたため息のせいで折角の肉まんを食い逃したのだろうか。

すると、今吐いた分は未来の食運を吹き飛ばして、そのせいでまたため息を吐いて、そしてそれがまた未来の――

 

( ´ω`)「ため息の永久機関完成だお……」

 

射命丸「何にも使えませんよそんな物。ほらシャキッとして下さいな。転びますよー」

 

( ´ω`)「シャキッと……シャキシャキ野菜肉まん美味しそうだったお……」

 

射命丸「……これは重症ですね」

 

射命丸は早々と説得を諦めると、内藤の頭上高く浮かび上がった。そうして周囲を高い場所から見渡し始める。

食料を逃した悲しみは食料で癒やさせる他無いと判断したからなのだが、如何せん場所が悪かった。

店舗・住宅・公共施設が地区単位ごとで構築されているような街造りだった為に、今通っている場所周辺には自然物と街頭くらいしか見当たらない。

口に出来る食べ物と言えば、それこそ路肩の雑草くらいしか無いだろう。

 

射命丸「あややや……仕方ありませんね。ブーンさん、とりあえずあちらの公園で水でも飲んで紛らわせましょう」

 

( ´ω`)「水……ああ、水肉まんが……」

 

射命丸「ええい何時迄も五月蝿い! ほら行きますよ!」

 

( ´ω`)「おおおおおぅ……」

 

射命丸に誘導されるがまま、ヨロヨロと覚束ない足取りで最寄りの公園へと立ち入っていく。

この公園は人工林に噴水、多種多様な遊具に休憩所等、色々と設置されているのだが、立地条件がやや郊外寄りな為に利用者は普段からまばら。

内藤は良く近道に使用していたが、今日は特に人影は見当たらない。

 

( ´ω`)(……?)

 

少々そこに引っかかったが、違和感と言う程でも無いので気にしない事にした。

それよりも、今はこの荒れ狂う腹の虫を収めるのを優先しよう。

 

射命丸「はい、飲んで飲んで飲んで飲んでー。しっかりがっつりきっちりみっちり飲みまくって空腹を忘れましょうー」

 

まるで飲み会で相手しているかのようにリズムよく催促する射命丸を傍らに、水飲み場の蛇口から溢れる水を口に詰め込んでいく。

吹き出す清水はとても冷たく、喉の奥を通る度に少しづつ嫌な事を忘れさせてくれた。

ゴクリゴクリ、と豪快に音を立てて水を食していく。

 

( ^ω^)「――ふぅ」

 

胃袋に水が詰まると、少しだけ空腹の辛さは収まった。

流石に肉まんを失った悲しみを癒やしきる事は出来なかったが、この先の夕食メニューに思いを馳せるくらいの余裕は回復したようだ。

 

( ^ω^)「よし、さっさと帰るお! 早く帰ってご飯にするお!」

 

射命丸「回復早っ……! 単純故に幸せも単純で羨ましいです」

 

( ^ω^)「ん? 何て言ったんだお?」

 

射命丸「いえ別に? 幸せそうで良かったなぁと」

 

射命丸との会話もそこそこに、側に置いていた鞄を再度持ち上げる。

ふとその時、水道から滴る水が目に留まった。

 

( ^ω^)「あ、そうだお」

 

いそいそと鞄からカメラを取り出すと、手持ちのハンカチを軽くその水で湿らせる。

水を吸った白いハンカチが、少しだけ色を暗く染めた。

 

射命丸「おや、どうなされました?」

 

( ^ω^)「折角だから、綺麗にしようと思って」

 

そう返事しつつ充分水を含ませたハンカチを、固めに絞ってカメラに軽く押し当てる。

夕暮れ間近でも明らかに理解るカメラ表面にこびりついた汚れ。

それは戦いの痕跡であり、カメラを守りながら戦った事の証。

 

射命丸「……ありがたいですが、そこまで気を使わなくても怒りませんよ」

 

( ^ω^)「僕がやりたいんだお。任せてくれお」

 

なるべく強くこすらないように、水が染みてしまわないように、丁寧に丁寧に。

道具であるカメラに対し、道具以上に敬意を払うように、心を込めて一つ一つ綺麗にしていく。

 

射命丸(……あややや。汚れはあっても、目立った傷は一つも無い……)

 

それは射命丸も予期していない事だった。

戦いの中なのだ。大事にしていようがしていまいが、傷が付くのは避けられない。

故に、この戦いで重要な位置にある夢想器はどれだけ慎重に扱おうと小破程度までは至ると覚悟していた。

所が今、淡くこびりついた汚れが落とされてみればこれだ。

一体あの戦いの最中で、どれだけこのカメラの優先順位を高く保持し続けていると言うのだろうか。

 

射命丸「……」

 

嬉しい話だ。出会った日に"大事にする"と約束して貰えたが、それが言葉だけでは無いと証明してくれているのだから。

でもだからこそ、今のままでは駄目なのだ。

 

射命丸「――ブーンさん。そろそろ次のスペル覚えてみませんか?」

 

内藤ホライゾンは、少し優しすぎる。そして、未熟過ぎる。

 

( ^ω^)「お? 急にどうしたんだお?」

 

射命丸「……いえ、ちょっと」

 

その先の言葉はあえて口ごもる。

――スペルカードは、それを扱う者の様々な存在意味を含んでいる。勿論その中には妖怪としての力も。

一度にスペルカードの全てを教授しないのは、その妖怪の力に溺れてしまう危険性を避ける為だ。

それ故に強制的に説得するのをなるべく避け、内藤本人の言葉を待ったのだ

 

( ^ω^)「……? 勿論教えてもらえるなら教えてほしいお! 射命丸にはお世話になりっぱなしで悪いけれども……」

 

しかし、帰ってきた言葉はあっけない程、裏表を感じさせない答えだった。

その笑顔を見る限り、力に溺れる事もまだ当分は考えにくいだろう。

 

射命丸「分かりました。きっちり教えて差し上げますよ」

 

(*^ω^)「有難うだお! それでどんなスペル教えてくれるんだお?」

 

意気込みは充分。この分ならば教えがいもあると言うものだ。

しかし、承諾は得られたが果たしてどれを教えるのが最適だろうか。

効率を考えると、教えられるのは一つづつ。複数同時に教えて中途半端な習得をされては元も子もない。

 

射命丸「うーん。そうですねぇ……」

 

流石に即興では選ばずに、慎重に記憶の中のスペルから選別を行う。

発動出来る最低条件もあやふやで、どのような発動トラブルがあるかも分からない。

実際説明も難しいのだ。なんせスペルとは様々な無意識下の技術やコツの上に使って来た"技"だったのだから。

"突風「猿田彦の先導」"も、難易度の高いスペルでは無いつもりなのだが、それでさえ現状は妖力サポート込みでようやく発動出来ているレベル。

どうせ教えておくならば"突風「猿田彦の先導」"とは気色の違うスペルを伝授したい所ではあるのだが――

 

射命丸「――うん。そうですね。新聞部の設立もありますし、"あれ"にしますか」

 

( ^ω^)「お? どんな新しいスペルなんだお? もっと凄い風でもっと速く動けるとか?」

 

射命丸「いえ、射命丸文の真骨頂は、速度と風だけではありませんよ」

 

その視線の先に見据えられている物。それは、他ならぬ射命丸の夢想器《カメラ》その物だった。

内藤の眼の高さまで持ち上げられたカメラ。表面に僅かに残った水分が、太陽の光を鈍く照り返す。

 

前々から思っていたが、持ち方から成っていない。お陰で教え始めの地点を設定出来た。

 

射命丸「まずは持ち方から行きましょうか。……と、言いましてもそんなに身構えないで下さいね。ガチガチに持たれても自然にファインダーが覗けませんから」

 

持ち方から――とは言ったが、実際基礎としては殆どそこに集約しているような物だ。

撮影に限って言えば、持ち方・構え方とは即ち武術の型と同じ意味を成す。

 

射命丸「基本は右手と左手で側面と底面を支える両手保持体勢がベストです。足腰も柔らかくしっかりと。何よりも重心から来る安定性の高さは撮影の質に大きく関わりますから」

 

(;^ω^)「えと、こう……かお?」

 

射命丸(……あやや。思ったよりすぐに習得出来そうですね)

 

やはり――と、予想の一つが的中する。

問題があったのは"持ち方"であって"構え方"では無かったらしい。

日頃珍妙な所を駆けずり回っているだけあって、足腰のバランス維持力だけは他の人間より優れているようだ。

この分ならば天狗の里で少々修行すれば、下っ端哨戒天狗程度には身体能力の基礎を高められてしまうかもしれない。

 

射命丸(ふむ、好奇心も旺盛ですし案外ブーンさんなら上手く馴染んで――っと、雑念でしたね)

 

スペルの習得はここからが本番なのだ。

横道に逸れそうになった思考を、再びそちらに正す。中途半端な教えは最も忌避するべきなのだから。

 

射命丸「ではブーンさん。その構えを覚えていて下さいね。今からお教えするスペルは――」

 

――そうして、ようやく本題に入り始めたその時だった。

 

「――"こんにちは"。いや、"こんばんは"かな? 学生君」

 

(;^ω^)「お?」

 

突然発せられた第三者の声。咄嗟に射命丸は姿を消し、内藤は周囲を見渡す。

人影の無いこの公園で、呼び掛けられたのは恐らく他の誰かでは無い。

お陰で直ぐ様、呼び掛けた側と掛けられた側の特定は済んだ。

 

( ・∀・)「やぁ、また会ったね」

 

( ^ω^)「あ、どうも……?」

 

見知った公園に居る見知らぬ顔。

高級そうなスーツを着た、一見稼ぎ頭のようなサラリーマン風の男。

年上の男性の知り合いなんて高校関係位しか思い当たらないが、勿論そちらでの記憶に該当者は居ない。

しかし、男の持つジュラルミンケースだけは見覚えがあった。

 

(;^ω^)「……お! そのケース……!」

 

あれは忘れたくても忘れられない、まだ純粋に幸せに身を任せていた頃。

その中の記憶に印象深く残っていた、頑丈さと重量と高級感とちょっとした不気味さを併せ持つ、鎖が巻かれたジュラルミンケースの存在感。

そしてそのケースを持っていた男は、どんな仕打ちをした――?

 

(#^ω^)(おのれ! 肉まんの仇の人!)

 

( ・∀・)「……? どうして睨んでいるんだい?」

 

(#^ω^)「何でもありませんお! それよりも僕にご用事ですかお!?」

 

( ・∀・)「はっはっは。何故だか分からないが、ご機嫌斜めのご様子だね」

 

さも愉快だと言わんばかりに白い手袋を顎に当てながら、男は上品に笑う。

冗談じゃない、こっちは貴方のお陰で腹の虫が疼いてたまらないんだ。腹の上に手をやりながら、精一杯睨みつける。

 

( ・∀・)「何処かお腹の調子でも悪いのかね?」

 

(;^ω^)「えっ? いやっ……」

 

しまった。誤解された上に心配されてしまった。

慌てて手を退かしながら、何でも無いと答える。

それよりも、男の用件を聞かなくては。

 

( ^ω^)「それで、本当に何かご用ですかお? 学習教材とかのセールスだったら、間に合ってますお?」

 

ジュラルミンケースだから中身は価値の高い何かだと考えていたが、学生と知って近づいて来た辺り教材のセールスマンか何かなのだろう。まったくユメもキボーもありやしない。

 

( ・∀・)「……間に合っているようには見えないがね。まぁ、安心し給え。私は何かを売りつけようと話かけた訳じゃない」

 

そう爽やかな笑顔で告げると、男は悠々と歩き出す。

行き先はすぐ近くに設置されているオシャレな木製のベンチ。

背筋をビシッと伸ばし、軽く足を組んで腰掛ける姿からは、外見相応の大人の風格を感じさせた。

 

射命丸「……ブーンさん。気を付けて下さいよ」

 

しかし、一方で射命丸は男を警戒していた。

緊張した声色と気配が、鞄の隙間から漏れ聞こえて来る。

 

( ^ω^)(どうしたんだお? 射命丸)

 

普通の、何でもない光景。

簡単な世間話でも始まりそうな時たまある状況。

一体何に気をつけろと言うのだろうか。

 

射命丸「あの男性ですが、どうにもきな臭いと言いますか、何処か――」

 

( ・∀・)「おや、そこで何をしているんだね? こちらで少し雑談でもしようじゃないか」

 

(;^ω^)「お……? おー……」

 

射命丸の言葉は途中で掻き消えてしまいよく聞き取れなかったが、とりあえずこの場は立ち去るのが正解らしい事はなんとなくだが分かった。

早速、やんわりと精一杯の社交辞令を駆使した断り文句を考えだす。

 

( ^ω^)「ええと、申し訳ないけれども今はちょっと――」

 

( ・∀・)「実は先ほど君が買い逃した肉まんが手持ちにまだ残っていてね。"はぐれキング肉まん"なんだが、流石にこの大きさで二個は欲を出しすぎた。……話の種に一つどうだね?」

 

(*^ω^)「――小腹がすいてきた所だったので是非頂きますお!」

 

射命丸(いやいやいやいやちょっとブーンさん!?)

 

ギリギリ育ち盛りの男子高校生にとって食とはあまりにも大きな誘惑だ。しかもそれが一度逃した魚だったとすれば尚更。

極限の誘惑に一瞬全てのしがらみを忘れ去った内藤は、欲望に突き動かされるがまま次の瞬間には肉まんを手にしてしまっていた。

射命丸は暗闇の中、パートナーの情けなさに思わず目を伏せる。

 

( ・∀・)「中は熱いから気をつけて。飲み物はお茶で良いかね?」

 

(*^ω^)「おお、烏龍茶! ベストマッチですお!」

 

背面に追いやったバックから尚も射命丸は小声で話しかけ続けているが、既に内藤の耳にまでは届いていない。

自分の顔と同じくらいの大きさを持つ特大の肉饅頭から立ち上る湯気と香り、そして皮膚を伝わって来る熱さと柔らかな重厚感を処理するのに内藤の脳の活動は集中してしまっているからだ。

 

( ・∀・)「では、いただこうか」

 

(*^ω^)「ありがたくいただきますお……ハムッ! ハフハフ、ハフッ!!」

 

恥も外聞もなんのその。巨大な肉まんからまだ微かに立ち上る湯気に溺れながら、本能のままに柔らかな生地に歯を突き立てる。

と――

 

(;゜ω゜)「うっ――!?」

 

内藤が一口の許容限界ギリギリに頬張った次の瞬間だった。

途端に驚愕の声を上げ、ゼンマイの切れた玩具の如く内藤の動きは静止する。

その眼に映るは、驚嘆。

 

(  ∀ )「フフフ……口を付けてしまったね?」

 

射命丸(――この男、まさか毒を!?)

 

毒殺。それは厄介な対象を消し去るのに最も効率が良い方法。

労力とリスクを最小限にし、更に戦闘能力にも左右されない非情で合理的な戦い方。

確かに食い意地が張っているとは思っていたが、まさかこんな事にあっさり引っかかるだなんて――

 

(*^ω^)「――まーいおー!」

 

射命丸「……は?」

 

脱力する射命丸を他所に。内藤は次々と肉まんに食らいついていく。

その様子たるや最早文化人のそれではない。

 

( ・∀・)「美味いだろう? 止まらないだろう? 何せあの肉まん屋が屋台を引いているのは、肉まんの中毒性が高すぎて一箇所に長く留まり過ぎると強奪事件が起きるとまで噂される程だからね」

 

成る程道理で――と、内藤は思う。

確かにその存在はイメージを遥かに超えていた。

でんぷん質本来の甘みと、フワリとした質感の白磁のように滑らかな生地。

それの柔らかい歯ざわりを楽しみつつ噛み進めると、高まる期待に答えるかのように、白い堤防の向こう側からは歓喜の肉汁が口の中へと溢れ込んで来る。

それはまさに圧倒的なタンパク質の旨味で構築された海。だが、それは決してくどくなく、むしろスパイスと野菜の甘みと調和した上で饅頭生地を仲間として活躍させている。

 

( ・∀・)「うむ。やはり美味い」

 

(*^ω^)「こんなに美味しい肉まん、初めて食べましたお!」

 

合間に挟む会話もそこそこに、再び食欲の虜となり没頭する。

美味い。美味い。ただひたすらに美味い。

可能ならば留まること無くこのまま無心で貪り続けたい。

 

( ・∀・)「合間に烏龍茶もどうだね。もっと美味みが引き立つ」

 

( ^ω^)「お? おー……」

 

正直、口内に広がるこの味に文字通りの水を差したくは無かった。

が、折角の厚意でのアドバイスを無下にするのもどうかと思ったので、言われたとおりに差し出されたペットボトルに口を付ける。

 

( ゜ω゜)「こ、これはッ!」

 

それはさながら一つの熟成されたスープだった。

単なる烏龍茶。されど烏龍茶。

手間をかける事で熟成された深く香ばしいお茶の香りと、決して不快ではない苦味と渋みの味わいが肉汁の風味を洗い流しながらも、そこでまた一つの化学反応を起こすが如く口の中で交わるのだ。

野性的で本能を刺激する味が、洗練された上品な味へとシフトしていく快感。

頬を緩ませないようにするのは到底無理な話だった。

 

( ・∀・)「烏龍茶はコンビニの限定品なんだがね。他では扱いが無いだけあってプレミアムで個性的な品だろう?」

 

(*^ω^)「すっごく、すっごーく! 美味しいですお!」

 

( ・∀・)「ははは。君にも良さが分かるか。油物との相性が素晴らしい余り、今朝もついホットスナックを買い込んでしまった」

 

(*^ω^)(ん? コンビニ? ホットスナック買い占め……?)

 

何か嫌な思い出が浮かびかけたが、それよりも今目の前にある欲求が勝った。

過去の嫌な思い出よりも、ここにある幸せが優先である。

 

( ・∀・)「ああ、遠慮しないで良い。これは本来キミの手にあった筈の幸福だ。お詫びのような物だよ」

 

(*^ω^)「いえいえ、別に悪い事では無いと思いますお。でも遠慮無くいただきますお!」

 

膨よかな香りと渋みに拠ってリセットされた舌は、再び肉まんへの感動を取り戻す。

ひとかじりする度に再現される、肉を食すという喜び。更に、それを何度でも爽快感へと昇華させゆく烏龍茶の感動。

内藤は既に二つの世界の交差に魅せられていた。

 

(*^ω^)「――ふぃー……美味しかったおー!」

 

( ・∀・)「それは良かった」

 

やがて全てを腹に収めた後、そこからやって来たのは男の言った通りの幸福感。

ベンチにもたれかかるようにして、その余韻をただ楽しむ。

人気の無い公園の空、遠くで帰りを急ぐ鳥が飛んでいるのが見えた。

 

( ・∀・)「うむ。腹を満たした後に訪れる、この満ち足りた一時。正に至福の時間だね」

 

射命丸(はぁ、色々とツッコミはありますが、食べ終えたのなら帰りましょう? ……その方とは関わり合いたく無い感じがするのです)

 

( ^ω^)「おー……」

 

射命丸はこの人の一体何を警戒しているのだろうか。正直、射命丸の言うような人には見えない。

食べ物をくれたからではないが、どちらかと言えば無害な善人側に分類されるのでは無いだろうか。

もう一度言うが、決して食べ物をくれたからではない。

 

だが、射命丸を無視してだらだらと余韻を楽しみ続ける訳にも行かない。しぶしぶながら傍らに置いたバッグとカメラを手にする。

 

( ・∀・)「……ふむ。先程から気になっていたが、中々素晴らしいカメラのようだね」

 

男の視線がカメラを鋭く射抜く。その眼の色は好奇心を写しているようだ。

 

( ^ω^)「え? ああ、ちょっと預かっている大事なカメラなんですお」

 

( ・∀・)「ご家族かね? それともご友人?」

 

( ^ω^)「……友達、だお」

 

意識はしていなかった事だが、やはり"友達"と言う言葉を発するのが少々辛い。

それが表情に出てしまっていたのか、男の眼が更に鋭くなる。

 

( ・∀・)「――何か、友人関係で悩んでいるのかね? 良ければ吐き出していくと良い。見知らぬ相手だからこそ吐露するには負い目が無い物だ」

 

( ^ω^)「……ありがとうですお。でもきっと僕だけが楽になっちゃうのは何かズルい気がしますお」

 

( ・∀・)「君は義理堅い子のようだね。それにとても素直だ。……君ならばどんな問題もきっと良い方向へと導けるかもしれないね」

 

( ^ω^)「そう言ってくれるだけですごく嬉しいですお」

 

本当に嬉しい事だと思った。

悩めば悩んだだけ、誰かが心配して声をかけてくれると言うのは。

そしてその分だけ、全てを話せない事が辛くもなる。

いつか、この気持ちに慣れてしまう日は来るのだろうか。

望めるならば秘密を作らないで済む日が来てほしいと、カメラを見つめながら胸の内で呟く。

 

( ・∀・)「――良ければ、少し見せてもらっても良いかな? 何、手荒にはしないさ」

 

(;^ω^)「え……おー……」

 

サラリーマン風の男が言っているのがカメラの事だとはすぐ分かったが、流石にその問いには即答出来なかった。

なにせ、このカメラはその辺で売っているような普通のカメラでは無ければ、普通の友達から預かっている品物でも無い。

これは、要だ。唯一、自分と射命丸を祭りへと繋ぎ止めて置く為の。

それが誰かの手に渡るという事は大変なリスクを背負う。

しかし、それを理解していても"少しくらいなら"と考えている自分も居た。

相反する二つの思考は、戸惑いへと派生する。

 

( ・∀・)「おっと、流石に馴れ馴れしかったね。すまない」

 

(;^ω^)「え、あ……いやそんな事は……」

 

しかし先に答えを出したのは男の方だった。

あまりにもあっさりとした引き際に、内心ホっとしながらも少し罪悪感を感じる。

だが、そこに追い打ちをかけるように、静かなため息と共に男の表情は陰りを見せた。

 

(  ∀ )「……実はこの街には仕事――いや使命と言っていいかな。それで久方ぶりに来たのだが、中々万事上手く行かなくてね。ついつい人恋しくなってしまっていたようだ」

 

( ^ω^)「……」

 

( ・∀・)「……今日会ったばかりの君相手にする話でも無かったね。……すまない。私はそろそろ立ち去る事にするよ」

 

(;^ω^)「お……」

 

――立ち去り際、男が一瞬見せた表情は"孤独"。まるで見知らぬ世界で一人戦い続けているような、寂しい眼。

 

本当にこれで良かったのだろうか。

確かに敵かもしれない。疑いすぎると言う事は無い。

だが、そうして誰かを疑いながら戦い続けて行った所で、いつまで"内藤ホライゾン"らしく居られるのだろうか?

 

(;^ω^)「――あの!」

 

( ・∀・)「ん?」

 

気が付けば、射命丸の静止の声を聞きながらも、カメラを差し出していた。

それは信用の証。

相手を敵では無いと信じる行為。

 

( ・∀・)「……いいのかね? 君とは肉まん一個と烏龍茶一本分の縁しか無いのだよ?」

 

( ^ω^)「僕としてはそれで充分ですお」

 

( ・∀・)「――ありがとう内藤君。君は優しい心根をしているね」

 

カメラに伸びる男の手。

カメラを通して繋がる手は、一つの縁が確かに繋がるという事。

そして、戦いの最中であっても誰かを信じることが出来たという証。

 

――なのに、何故だろう。

 

この胸に何かが引っかかっているのは――?

 

射命丸「離れて! 今すぐ!」

 

(;゜ω゜)「おッ!?」

 

和やかだった空気を一気にぶち壊す、射命丸の焦った声。

次の瞬間には体がその叫びに弾かれるように動いていた。

触れられかけていたカメラを瞬間的に引き戻し、それに勝る速度で後方へと跳ぶ。

 

( ・∀・)「……おや? どうしたのかね。内藤君」

 

距離にして10歩分も無いが、カメラを男から守るに充分な距離だ。

射命丸の体力と、スペルを合わせれば逃げきるのも余裕。

だが、何故か男からは決して逃げ切れないような気がしている。

そして、ようやくその原因に気がついた。

 

(;^ω^)「――なんで、僕の名前を知っているんだお?」

 

(  ∀ )「……ふむ。これは失敗した」

 

ゆっくりと男は身だしなみを整え始める。

まるでこの展開さえも想定の範囲内だとばかりの余裕を持って。

やがて、最後に髪をかきあげ整えると――

 

( ・∀・)「では、改めて名乗らせて頂こう。夢幻例大祭参加者が一人、"モララー"だ。勿論偽名だが了承してくれたまえ。そして――」

 

動いているのは風。

正確には風と言うより、空気が流れている、と言う表現が似合っていた。

緩くそれでいて渦を巻くように、モララーと名乗る男の側へと流れていく。

不思議と、その流れは皮膚を刺激し、また淡い蒼光を帯びているように見える。

そして現象の終は、もう一人の存在の出現を締めくくりとして唐突に途絶えた。

 

( ・∀・)「――紹介しよう。美しき緋の衣纏いし我がパートナー……"永江衣玖"だ」

 

衣玖「――御機嫌よう皆様。ただいまご紹介に預かりました。"龍宮の使い"の"永江衣玖"にございます」

 

スーツの男の傍らに浮かぶ、天女のような羽衣を身に纏った礼儀正しい女性。

それはモララーが例大祭参加者である事の何よりの証拠であり――

 

(;゜ω゜)「……モララーさんも、参加者だったのかお」

 

裏切られ、騙された証拠でもあった。

 

( ・∀・)「内藤君。君は優しい。いや、人が良すぎると言っておこうか。……初対面の相手にさえ、例え夢想器でも渡してしまう程に」

 

(;^ω^)「貴方は……悪い人には見えなかったお?」

 

( ・∀・)「それは光栄だ。"そう見えるように"したのだからね。私としても無駄な戦いは避けたかった」

 

全ては演技だった。そういう事らしい。

事実、信じてしまった。少し疑いはしたが、罪悪感に耐えられなかった。

 

( ・∀・)「さて、君たちはこの状況でどうする? 尻尾を撒いて逃げるかね? ――最も、逃げられると思うのならばだが」

 

(; ω )「……」

 

素人目に考えても出来るわけが無い。

名前を調べ、顔を調べ、それから接触してきたような相手だ。

恐らくこの場を逃げきれたとしても、いずれは孤児院の部屋まで特定するだろう。いや、おそらくはもう既に……?

 

射命丸「まったく素晴らしい情報収集能力です……。人海戦術か長期の監視でもなされたのですか?」

 

( ・∀・)「お褒めに預かり光栄だよ。幻想郷最速の称号を掲げる、鴉天狗の射命丸文君。――おっと、文々。新聞記者の肩書の方が良いかね?」

 

射命丸「……私の事も事前調査済みですか。記者に向いているかもしれませんよ貴方」

 

( ・∀・)「残念ながら私にはジョークのセンスが足りないから辞退させてもらうよ。エンターテイナーではあるがね」

そう言って肩をすくませて見せるモララー。

対するこちらは、緊張とショックで一歩も動けないでいる。

戦いの最中でも何処か脳天気だったルーミアとモナー達とは何かが決定的に違う――。そう思わせるだけの相手。

どうするのが正解なのか、騙され痛みうずく心は答えをまだ迷っている。

 

射命丸「ブーンさん、しっかり前を見据えなさい」

 

(;^ω^)「射命丸……」

 

射命丸「引けないのならば、前に進みましょう……! 中々狡猾な相手ですが、活路は必ず見つけます」

 

(;^ω^)「わ、わかったお! ――行くお! "射命丸!!"」

 

心はまだ揺さぶられている。が、自らのパートナーの名を呼んだ事で、少なからず戦う意思は固まってきた。

そうして周囲の風を纏い、戦闘態勢とも言うべき元の頭身に戻った射命丸。

彼女が傍らに居てくれるお陰で、成すべき事が少しだけ見えたのだ。

 

( ・∀・)「それで良い。戦うべき時に戦えねば、狩られるだけなのだから」

 

モララーと永江衣玖が、一体どんな攻撃をしてくるかは分からない。だが、こちらのやれる事は結局そう変わらない。

 

射命丸「先手必勝ですブーンさん!」

 

(;^ω^)「"突風「猿田彦の先導」"ッ!!」

 

流れるようなクラウチングスタートのポーズからの、スペル発動。

このスペルのコツは先日の戦いで掴んでいる。

空中に身を跳ねさせ、そのままスペルカードの光の軌跡をゲートのように潜った内藤の肉体は、まさにその名の通り突風の如く発射された。

 

( ・∀・)「――衣玖君。今日も頼むよ」

 

衣玖「ええ、お任せ下さい」

 

対するモララーも自らのパートナーと言葉を交わしながら、宙に現れたスペルカードを握りつぶし幻想の力を発現させる。

だがその動作は、"速度"を誇るスペルの前ではとてつもなく大きな隙に他ならなかった。

 

(#^ω^)「おおおおお!」

 

無防備とも言えるモララーの肉体めがけ、ただ単純に突撃するだけのスペル。

故に、最速。

故に、回避不可。

内藤は衝撃に備え、体を強ばらせた。

 

(;^ω^)「――お?」

 

――しかし、不思議な事に何も無かったのだ。

衝突した感触も、相殺された痛みも。

気がつけば目の前に広がっている、"モララーの向こう側にあった"地面に足と手を突き刺しながら、再度スペルをブレーキ代わりに発動させ勢いを殺す。

 

( ・∀・)「どうした? 私はここに居るぞ?」

 

(;^ω^)「……避けた? あのタイミングなら直撃の筈じゃ……」

 

土を削りながら体を反転させた内藤の視界で、無傷どころか埃一つ浴びた様子の無いモララー。

余裕を表すように開戦時と変わらぬ笑みを浮かべ、白手袋の両手は何をする訳でも無く下げたままだ。

 

射命丸「このタイミングで避けますか!」

 

(;^ω^)「くっ! もう一度だお!」

 

たまたま避けられただけかもしれない。

"突風「猿田彦の先導」"をもう一度開放し、再加速。

やや無理な体勢からだが、風を纏って足場にするこのスペルには関係が無い。

今度こそ外さぬように、更に勢いを込めて自身を解き放つ。

だが――

 

( ・∀・)「――おっと、危ない危ない」

 

(;^ω^)「!?」

 

――まるで攻撃している方から避けている。

今度はしっかりと相手の動きを追っていた内藤の眼には、そんな風に映っていた。

勿論、そんなつもりも余裕も無い。先手を取れねば何も意味が無いのだから。

 

(;^ω^)「何で当たらないんだお!?」

 

再び地面へと接地、着陸。流石に再々攻撃とまでは行かなかった。

何がされているのか分からない。

疑問と不安が、モララーへの攻撃の手を緩めさせる。

一方で既に射命丸の中では、知識と経験である程度の想定が立ち始めていたのだった。

 

射命丸「なるほど、防御・回避系のスペルでしたか……」

 

(;^ω^)「防御用のスペル!? そんなのまであったのかお?」

 

射命丸「ガンガン行こうぜタイプばかりの幻想郷では珍しいですがね、所有する人もちょいちょい居ました。多分!」

 

(;^ω^)「多分て」

 

射命丸「仕方無いでしょう! 他人のスペルや能力に関しての記憶は封じられているのですから! ああもう歯がゆい!」

 

きっとその制限さえ無ければ、相手の出方に対する対策は簡単に出来たのかもしれない。いや、出来るのだろう。だからこそ公平さの為に射命丸の記憶には制限がかけられてしまっているのだ。

 

( ・∀・)「安心したまえ。推察通り"羽衣「羽衣は空の如く」"は回避の為のスペルだ。流れ行く風の如く、物理攻撃の尽くを受け流す――。"空気が読める"衣玖君らしいスペルカードだよ」

 

衣玖「純粋な力のぶつけ合いは骨が折れますから。私としては、避けられるならば戦闘自体を避けて頂きたかったのですが……」

 

( ・∀・)「はっはっは! すまない。うっかり口が滑ってしまった私の責任だね」

 

戦闘の真っ最中だと言うのに、モララーと衣玖はまるで世間話を楽しむかのように言葉を交わす。

和気藹々とした様子が内藤を焦らせた。

 

(;^ω^)「お喋りする余裕があるってアピールかお!」

 

( ・∀・)「余裕? いやいや、そんな油断なんてしていないさ。ただ会話と食道楽が好きなだけでね」

 

衣玖「どうぞご注意なさって下さい、モララーさん。意外とうっかりしている所もあるのですから、つい弱点や能力に繋がる言葉を漏らしてしまうかもしれません」

 

( ・∀・)「手痛い意見だが、もしそうだとしても内藤君がそれに気がつく事は無いさ。"お人好し"で"単純"だからね」

 

(;^ω^)「お!? 何だか強調されてるけれど、褒められてるのか、けなされてるのか良く分からないお!?」

 

射命丸「ブーンさん! 相手の言葉に一々反応しないで!」

 

内藤は既にモララーのペースに巻き込まれていた。

場のペースを握るとは、流れを掴むと言う事。それは勝敗の道を大きく分ける一つの要因。

この時点で王手5手前に相当する状況である。

 

(;^ω^)「射命丸……何か作戦とか思いついたかお?」

 

ペースを取り戻そうと、内藤はパートナーに小声で問う。

現時点では防御・回避スペルとやらを展開しているからか、モララーからは特に動きは無い。

視線だけが互いの間を交差し続け、勝算の欠片も見当たらないまま時間だけが過ぎて行っている。

 

射命丸「"永江衣玖"――。……彼女には覚えがありますし、過去に何度か弾幕を交えた経験もある筈ですが、今はまだ使える情報が少なすぎます」

 

――故に。と前置きの後、耳元へ口を近づけて言葉の続きを語る。

全てを聴き終えた後、内藤は不安そうな表情を浮かべながらも、静かにうなずいた。

 

( ・∀・)「ふむ。ああいうシチュエーションは外から見ると中々ときめく物があるね。衣玖君、どうだね? 一つ私にも」

 

衣玖「丁重に辞退させて頂きますね。私では力不足でございます」

 

( ・∀・)「ははは。やはり断られてしまったか。君の奥ゆかしさの底に秘めた怠惰が実に気に入っているよ」

 

( ^ω^)「モララー! ……さん! お喋りしていられるのもそこまでだお!」

 

言葉を言い終わるよりも先に、走り始めていた。

スペルを使わないただのダッシュだが鴉天狗の妖力によって体力が増している今、常人のそれよりも足は軽やかに動く。

 

( ・∀・)「ほう、スペルが無くとも中々速い。何を仕掛けてくるのかな?」

 

相対距離を維持・拡大しながらモララーの周囲を廻る事、約三周半。

速いとは言え、決して目で追えぬ速さではない。モララーはやがて呆れたように首を振る。

 

( ・∀・)「まさか私の眼を回そうとでもしているのかい? それとも疾く動く事で残像を――とやらかな? 残念ながらどちらでも失敗だと思うがね」

 

( ^ω^)「――今、見せてやるお!」

 

――油断は付け入る隙となる。それは戦いで得た少ない教訓。そしてチャンスは今、生まれた!

警戒を一瞬解いたモララーの背後に向け、スペルを発動させながら飛び込む。

 

"突風「猿田彦の先導」"

 

( ・∀・)「工夫はあるが、芸が無いね」

 

しかし付け入る為の隙はやはり小さく狭い門。モララーは瞬時に内藤の位置を知覚すると、既に防御の体勢に入り始めていた。

 

( ・∀・)「このスペルの前では、大雑把な攻撃は無意味」

 

"羽衣「羽衣は空の如く」"

 

次の瞬間にはモララーの想像の通り、文字通り空を横切る鳥の如く内藤の攻撃は通り過ぎていくのみとなるだろう。

如何様に工夫しようとも、ただ高速で真っ直線に突っ込んでくるだけのスペル一枚では、何も状況は変えられない――

 

――その前提があったからこそ、射命丸はこの瞬間不敵な笑みを浮かべられた。

 

射命丸「今です!」

 

(#^ω^)「おおおおッ!!」

 

"突風「猿田彦の先導」"

 

接触するまでの距離が半分程消え去った時、内藤は射命丸の合図に呼応するように再度スペルを発動させた。

より気合を込め、イメージを強めた"突風「猿田彦の先導」"。

ブレーキ代わりに使用する時と同じように、しかし攻撃が成る前に発動させたのだ。

 

( ・∀・)「む……!」

 

普段ならば速度の落ちたエネルギーを相殺する為だけに使う二度目のスペル。

しかし今、突撃する為のエネルギーがピークを迎えたまま全力でブレーキをその場でかけた。突進を維持していたエネルギーは二度目の逆方向のスペル発動によって、風だけが前へと進み続ける事になる。

更に両者の間にあったのはそれだけでは無い。

籠型の簡易ゴミ箱も勢いを利用して蹴り飛ばされ、内容物を撒き散らしながら風の流れに乗って行く。

そして砂地。その風は、大地を巻き削り上げながら濁った風を形成していく。

土が、石が、枝が、塵が。モララーの視界を潰しながら、無数の小さな弾としてランダムに飛来していった。

 

( ・∀・)「――お気に入りのスーツが汚れてしまうな……」

 

――しかしそれだけだ。

小石程度、小枝程度。重さの無い攻撃はスーツの生地さえも貫く事なく、僅かな汚れとして痕跡を残すのみ。

モララーが対応した事と言えば、顔面へと向かう砂埃のみを手で防いだ程度。

ダメージも無いまま、視界の混濁具合も直に晴れていくだろう。

 

衣玖「間接攻撃、でしょうか」

 

( ・∀・)「そのようだね。着眼点は良い。だが、この程度では大して――」

 

(#^ω^)「――あたれええええ!」

 

――風はまだ止んでいなかった。

 

茶褐色の土埃を切り裂くように飛来した次の弾。それは人の形をしていた。

フェイントにフェイントを、ブラフにブラフを重ねて大事に拡大してきた一瞬の隙。

射命丸の作戦が、内藤の手によって今ようやく結実した瞬間だった。

 

( ・∀・)「――ほう!」

 

モララーはスペルで防ぐには遅すぎる攻撃を前に、口元をようやく少しだけ引きつらせた。

そうして"羽衣「羽衣は空の如く」"に遮られる気配もなく、内藤の拳はモララーのシニカルな笑みへと伸びて行った。

やがて拳の先に衝撃が走る。

 

(#^ω^)「どうだお! 一発当ててやったお!」

 

砂埃越しのシルエット。拳は確かにそこへ突き刺さっていた。

ようやくのダメージを確信した内藤の前で、やがて砂埃のモザイクは晴れていく。

 

(;^ω^)「これで――、え……?」

 

拳を当てる。

それ自体は確かに成功していた。

ただし――

 

衣玖「油断大敵――ですよ」

 

( ・∀・)「君の有能さを見せつけたくてつい、ね」

 

拳が突き刺さっていたのはモララーの頬では無く、布。

白と赤で彩られたリボンのようにも帯のようにも見える長い長い布生地。

広げた手の平よりも太く、シーツの如く薄く、包帯よりも滑らかなそれが、スペルで加速した体重の篭った一撃を既の所で絡め受け止めていたのだ。

 

射命丸「袖口から伸びて……? 成る程、"羽衣"ですか!」

 

( ・∀・)「そうさ。これが衣玖君の夢想器、"龍宮の使いの羽衣"。勿論、彼女にとっては手足となんら変わらない」

 

衣玖「ええ、高いところの物も楽に取れるんですよ」

 

(;^ω^)「くっ……このぉっ!!」

 

勢いを乗せた打ち出した拳は完全に殺されている。

だが、まだだ。まだ間合いには入れている。

布へ突き出した拳を引き、代わりに廻し蹴り気味に足を振り回す。

 

衣玖「おやおや、そう焦らないで下さい」

 

足撃が捉えさせられたのは、またしても羽衣。

交差するように伸びた龍宮の使いの羽衣が、振りぬいた足先を優しく受け止めていた。

ならばと、次は左拳。そして右拳。もう一度足で前蹴りを放ち、最後に渾身のタックル――。

 

――その全てがモララーまで届くことはなく、尽く永江衣玖の羽衣に拠って受け止められていく。

 

衣玖「老婆心で申し上げますが……このまま続けても疲れてしまうだけです」

 

射命丸「ブーンさん一旦距離を――」

 

(#^ω^)「うおおおおおお――!!」

 

忠告に耳を傾ける事無く、一方的に防がれていく攻撃の回転率を上げていく。

息を吸う暇も無い程に胴体を捻り肩を動かし腕を突き出す。

ようやく懐に入れたチャンスが捨てたくないという一心からの行動だった。

 

( ・∀・)「……やれやれ、"体を動かす"とはどういう事だと思う?」

 

(;^ω^)「ぐっ……!?」

 

今度は何故か布では無く、モララーの手のひらで直接拳が受け止められた。

見切られたという事実を知覚するよりも速く、反射的に手を引く。――が、動かない。動かせない。

手の甲にかかった指から絶え間なくかかり続ける鈍痛だけが一方的に、かつ圧倒的な実力差を物語る。

 

( ・∀・)「武闘家やスポーツ選手を始め、肉体を資本とする者達が特に努力するのは何だと思うね?」

 

(;^ω^)「突然、何を言ってるんだお!」

 

拳を掴まれているのならそれでも良い。まだ足がある。

蹴り押すようにがら空きの胴体を狙おうとして――そしてそれは実行に移る事無く無音のまま潰えた。

両足に絡まっていたのは二重三重に絡まる龍宮の使いの羽衣。

驚きに目を見開く内藤に永江衣玖が悠々と会釈を返した。

 

( ・∀・)「それはね――」

 

掴まれた拳に、複雑な力が伝わる。そして次の瞬間――

 

( ・∀・)「――"肉体を使いこなす"事さ」

 

(;゜ω゜)「――お?」

 

景色が流転した。

空の蒼が視界の外へ飛んで行き、代わりに地面の茶色が迫ってくる。

そうして今度は下から再び空の色がせり上がってきて――

 

(; ω )「……グッ!!」

 

強かに打ち付けられた背中から衝撃が伝わり、肺の空気が勝手に出て行った。

痛みよりも苦しさが先に襲ってくる。意思を手放してしまいそうに成る程に。

しかしそれを既の所で耐え、遅れてようやく己が何をされたのか理解する。

――"投げられた"のだ。

 

( ・∀・)「我々は人間でありながら、妖と契約を交わす事で人智の先にある力を得た。それは妖力とも魔力とも――はたまた様々な名を持つ事もあるが、それらは総じて人間の限界を容易く引き上げる人外の力」

 

モララーは足元に落ちていた親指程の大きさの枝を拾い上げると両端を指で軽く摘み、おもむろに"引きちぎった"。

 

( ・∀・)「妖の中では体力自慢ではない衣玖くんの妖力でも、この通り――。最も、このメリットは君でも当然理解しているだろうがね」

 

(;^ω )「ゲフッ……ケフッ……ひゅー……」

 

上手く呼吸が出来ず、返事すらままならないが、モララーの話に理解と同意は出来る。

射命丸と契約し、妖力を得た時体が途端に軽くなるあの感覚――。

羽根のように軽いと表すよりも、まるで"羽根の生えたような"全能感。

正確に確かめた訳ではないが、あらゆる体力面が増強されているのはまず間違い無いのだろう。

 

( ・∀・)「理解ったかね。君はたかがその程度でしかない。原動機付自転車にカウンタックのエンジンを載せても、そのまま乗りこなせる訳では無いのだよ」

 

(;^ω^)「こ、のぉッ!」

 

回復が完全でないまま、意地で放つ"突風「猿田彦の先導」"。

だが当然の如く、速度も威力もタイミングも無茶苦茶な一撃はモララーにカスることも無く、見当違いな宙を泳ぐ。

無様に地べたに再度這いつくばる内藤をモララーは感情も無く一瞥した。

 

( ・∀・)「……スペルはその最たる例だ。君はスペルを、パートナーを、――妖怪を理解していない」

 

(;^ω^)「……さっきから、何を言ってるんだお! スペルと羽衣で防御とか回避ばっかりして……! 射命丸……! あいつをギャフンと言わせてやるお!」

 

――返事が無い。

 

不安に突き動かされるまま、傍らに居るはずの射命丸を探し、沈黙の理由を考える。

 

射命丸「……」

 

苦虫を噛み潰したかのような、影を落とした表情。

それはモララーの口にした妄言が真実であると言うことを、言葉よりも多く語っていた。

 

(;^ω^)「しゃめい……まる?」

 

( ・∀・)「そちらの鴉天狗は流石だね。だが、如何せん私のような素晴らしい契約者に出会えずに、力を充分に発揮出来ずに居るようだ。……その点は同情しよう」

 

衣玖「モララーさん。嫌味と慈愛が少々過ぎますよ。彼はまだ若さ故に未熟なだけなのですから」

 

( ・∀・)「はっはっは。私は私が大好きさ! そして未熟な青林檎も……ね」

 

(;^ω^)「未熟、未熟って馬鹿にして……! そっちだって大したスペル使えてないじゃないかお!」

 

( ・∀・)「ふむ、確かにこれでは観客も飽きてしまうね。――より優雅に、そして美しく。スペルカードによる闘いの原則はリスペクトすべきだ」

 

静かに天に向って突き上げた左腕。

やがて握りしめた指を緩やかに開く。――途端、周囲の空気の質感が変わった。

まるで空気に棘でも生えたかのように、肌を刺激する。

 

( ^ω^)「……これは、静電気?」

 

静電気くらい珍しい現象ではない。だが、何故今このタイミングで?

 

( ・∀・)「静電気の経験は勿論あるね? では、それを大量にまとめて浴びた経験は?」

 

(;^ω^)「そんなのある訳ないお」

 

静電気の音が、大きくなっている。

小さな枝をへし折るような音が、周辺から鳴り続けている。

明らかな異常事態に、体が強張った。

 

( ・∀・)「――ならば、今がその時だ」

 

"電符「雷鼓弾」"

 

向けられた手のひらが、青白い光に煌めいた。

それが雷光だったと気がついたのは、静電気をそのまま凝縮したかのような雷球が、モララーの手から突然生じたからだ。

 

(;^ω^)「射撃技かお!? ――でもっ!」

 

――弾速は遅い。充分避けられる速度だ。

顔目掛けて浮遊するバスケットボール大程の大きさをしたそれを、身を屈めるようにして躱す。

威力はあるのかもしれないが、ドッジボール同様当たりさえしなければ何の問題もない。

交差する瞬間、蜂の大群の羽音とも聞き違えるような電気音が、耳の奥を震わせる。

 

――その時、視界の端で永江衣玖が微笑んだ。

 

衣玖「それでは避けられませんよ」

 

射命丸「前方上空にジャンプ! おもいっきり!」

 

(;゜ω゜)「おおっ!!」

 

具体的で簡潔な指示が、考えるステップを飛ばして体を動かした。

静電気の球が今際の炸裂音と共に弾けたのは、不格好な蛙跳びのような体勢で上に飛び進んだ直後。

聞き慣れぬ音と、空気の匂い。肌を突き刺すむず痒さと震えが、綯い交ぜになって恐怖の数値を遅れて押し上げた。

 

( ・∀・)「ははは。間一髪とは言え、よく避けたね。だが今のはただのデモンストレーション。いつまで避け続けられるかな?」

 

再びモララーの手が、雷光に輝き始める。しかし、同じではない。

今度は見せつけるような蓄積はしない。

予め撃つ場所を暗示したりもしない。

 

あくまで自然に、追撃の雷球は放たれた。

 

"電符「雷鼓弾」"

 

射命丸「右! 避けて!」

 

(;^ω^)「おお!」

 

攻撃が完了するよりも僅かに早く届いた射命丸の声が、またしても動作に直結する。

サイドステップで避ける前に足を置いていた地面が閃光の後、黒く焦げて弾け飛んでいるのが横目で見えて、改めて射命丸の冷静な指示に感謝の念を覚えた。

 

( ・∀・)「ふむ。一人では避けられずとも二人ならば――と言った所かな? ならば私もコンビネーションをお見せしよう」

 

一瞬だけ交わされた永江衣玖との視線。言葉は無いまま三度目の攻撃の予兆がモララーの右手に現れる。

 

(#^ω^)「何度来ても無駄なのはそっちの方だお! そんな遅い球なんか余裕で――」

 

どんだけ放たれようと、攻撃は一直線でしかも低速。タイミングさえ間違わなければ何発でも避けてみせる自信が既にある。むしろ次の攻撃で隙を伺って一撃入れてやろうとさえ思い始めていた。

――するり、と何かが足に触れたのはそんな時だった。

 

(;^ω^)「お?」

 

羽衣だ。永江衣玖が操る龍宮の使いの羽衣。

警戒していなかった訳ではない。だからこそ迂闊に間合いには入らなかったのだから。

だが、モララーの間合いで無くとも羽衣の――永江衣玖の間合いはその予想を超えた範囲をカバーしていた。

そしてそれが、絶体絶命を生む。

 

( ・∀・)「フィナーレは流れと解りやすさが大事なのさ。君が敗北し、私が勝利を掴んだという説得力が――ね」

 

(;゜ω゜)「う、おおおおおお!?」

 

バチバチと音が一層激しく周囲を震わせる。

足に絡みついた羽衣を振りほどこうともがく間も、モララーの右手に輝く必殺の技は、尚も力を蓄え続けている。

 

(;゜ω゜)「解けない、解けないお……!」

 

滑やかな生地とは思えない程の密着度と保持力。

足首の骨の取っ掛かりに引っかかるような巻き付き方は、足首を切断でもしない限り抜け出せそうに無い。

しかし、そんな覚悟も時間も持ち合わせている筈が無かった。

 

( ・∀・)「安心し給え。死にはしないさ。死ぬほど美しく痛いがね」

 

射命丸「ブーンさ――」

 

(;゜ω゜)「――ッ!」

 

とうとう逃げる事叶わぬまま、それは放たれた。勝敗を決する一撃。

眼前に迫り来る雷球は断末魔の叫びさえも飲み込み、射命丸の声も届かない。

やがて、視界全てが蒼く染め替えられる間際――。

 

(;^ω^)(ごめん、射命丸)

 

無意識に守ろうとしたのは己の身ではなく、カメラだった。

混乱の末の錯覚だったのか、体に宿る射命丸の妖力がそうさせたのかは理解らない。

 

――だが、それは一つの奇跡へと繋がった。

 

(;・∀・)「……む?」

 

衣玖「あら……?」

 

(;^ω^)「……お?」

 

攻撃が来ない。否――消えた?

 

ほんの一瞬、眼を離した。

モララーにも、永江衣玖にも攻撃を止める意思は無かった。射命丸でさえも何も出来なかった。ならば何故――?

 

射命丸(――まさか土壇場で使えるとは……)

 

ただ一人、状況を理解したのは他ならぬ射命丸文のみ。

夢想器が射命丸のカメラだったからこそ、今起きた現象の理由を誰よりも早く察知したのだ。

 

射命丸「ブーンさん! "突風「猿田彦の先導」"!」

 

(;^ω^)「お、おお!!」

 

射命丸の指示は当然その場の全員に届く。が、疑う事無く素直に体を動かす内藤と、指示の真意を考えねばならないモララーと衣玖では動き始めに時間差が生じる。

結果、僅かに緩んでいた羽衣は、対象の強引な加速に拠って脱出されてしまう。

 

( ・∀・)「やるね、だが甘い!」

 

しかし思考した分、応用力はモララーが勝る。

"突風「猿田彦の先導」"は確かに加速力に秀でたスペルだが、着地と停止に難があるのを既に見抜いていた。

また、加速度故なのか移動方向は素直な直線上。

着地点を狙い電符「雷鼓弾」を放つ位、造作も無い。

 

射命丸「ブーンさん! カメラ構えて! 早く!」

 

( ・∀・)「予期せぬ奇跡は何度も続かないさ!」

 

確信を実証するのは今しか無く、そしてやらねばならない。

射命丸が出した次の指示に、流石に内藤も戸惑いを隠せなかった。

 

(;^ω^)「こうかお!? でも雷球が――」

 

射命丸「黙ってちゃんと構える!」

 

(;^ω^)「はい! ですお!」

 

着弾二秒前。

 

内藤は理解が追いつかないまま、それでも無理やり体勢を整えながら、教わった記憶を頼りにカメラを構える。

眼を見開き恐怖に耐えながらカメラを握りしめる内藤の指に、射命丸の指が物理の壁を超えて重なる。

 

着弾一秒前。

 

綺麗に撮影する必要は無い。

必要なのは正しい構えと経験に基づいたタイミング。そしてちょっとした度胸だ。

もし先ほどの現象がただの偶然ならば、これはただの自殺行為。

だが、射命丸は既に確信していた。今度も必ず再現出来ると。

 

射命丸「シャッターチャンスは――今!」

 

(;^ω^)「おお!」

 

カメラのファインダー一杯に広がる蒼い閃光。

指越しに感じるシャッタースイッチが沈んでいく感触。

 

――そして偶然は、必然だったと証明される。

 

射命丸「よしっ! 予想通り成功です!」

 

(;^ω^)「お? また? ……何がどうなってるんだお?」

 

死の恐怖を感じさせる程、眩かった光景は既に過去の話。カメラによってその幻想は文字通り"切り取られていた"。

"電符「雷鼓弾」"を放った痕跡は最早無く、透明な空気の向こうでモララーの余裕の笑みが少し陰りを見せている。

 

射命丸「――"写真「激撮テングスクープ」"。スペルとするには少々そのままな技ですが、詰まる所幻想の結晶である弾幕をフィルムに封じる事が出来る"撮影のスペルカード"です。先ほどは偶然シャッターが押されて発動したようですが、まさか土壇場でブーンさんに扱えるとは思っていませんでしたよ!」

 

(*^ω^)「おお? もしかして僕の隠された撮影技能の才が今目覚めてたりしているのかお?」

 

射命丸「いえ、道具自体の機能ですのでぶっちゃけ妖力さえあれば無能でもいけるんじゃないかな、と」

 

(;^ω^)「嘘でもいいからちょっとは褒めてお!?」

 

射命丸「まぁまぁ、タイミングやファインダーに被写体を捉えるのが難しいのは確かですから。――それよりも、まだ闘いは終わってませんよブーンさん」

 

九死に一生を得た喜びに浸る間もなく、射命丸は再び敵に相対する。

相手の弾を消せるスペルが解禁されたとは言っても、一方的に不利な状況が多少マシになった位の話。

いや、まだ体捌きや知識・経験で勝る上に、防御に秀でたモララーの有利であるのは間違いないだろう。

その事を表すかのように、モララーにはまだ何のダメージも負わせていない。

 

( ・∀・)「……成る程ね。面白いスペルをお持ちのようだ」

 

それでも射命丸の作戦は既に静かに根を張っていた。

"電符「雷鼓弾」"の停止という形で。

 

( ^ω^)「……お? なんで何もして来ないんだお?」

 

内藤だけは勿論その理由に気がついてはいない。

射命丸は一瞬呆れたような表情を浮かべたが、直ぐ様気を取り直して内藤の耳元でその理由を囁く。

 

射命丸「――良いですかブーンさん。強引に仕掛けてこなく成ったのは、"電符「雷鼓弾」"が早々決定打にならないと分かったからですよ。それを強調する為に、私はわざわざあちらにも聞こえるように説明したんです」

 

(;^ω^)「ええと――?」

 

射命丸「今、あちらには物理攻撃を防ぐスペルと、雷球を放つスペル。こちらには突撃スペルと、弾を封じるスペル。――つまり、お互いにお互いの攻撃スペルが通じない膠着状態って訳です」

 

(;^ω^)「そ、そういう事かお!

 

ようやく合点がいった。

"突風「猿田彦の先導」"は"羽衣「羽衣は空の如く」"に。

"電符「雷鼓弾」"は"写真「激撮テングスクープ」"に。

それぞれ無効化されてしまうから、にらみ合いの状態になっているのだ。

 

( ^ω^)(ん? だったら闘う必要があるのかお……?)

 

ふと、そんな事を思う。

そして、そんな無邪気な思いつきはとても素晴らしい案へと繋がった。

 

(;^ω^)「も、モララー……さん!」

 

( ・∀・)「ん? 何かね?」

 

怪訝そうな眼で射命丸がこちらを見やる。が、大丈夫だ。きっと上手く行く。

不慣れながらも、敵との交渉という未知の経験に立ち向かう。

 

(;^ω^)「これで僕とモララーさんは対等だお! このままじゃ決着は着かない! だから今日は引いて欲しいんだお!」

 

( ・∀・)「ほう、休戦協定のつもりかね?」

 

射命丸「ちょっと何を勝手な――!」

 

やはり射命丸は何かを言いたげの様子だったが、それを片手で制して言葉を続ける。

 

(;^ω^)「そうだお! 僕は負けたくないけど……同じくらいモララーさんとは戦いたくないんだお。だから、もう止めてくれないかお?」

 

射命丸「予想以上のお人好しですね……ブーンさん」

 

確かに甘いのかもしれない。

騙そうとした相手を、またしても信用するような行動を取るだなんて。

でも、そうしてだまし取ろうとした事だって、戦いを避けようとしての行動だったのでは無いだろうか。

勿論確固たる証拠なんて用意出来ない。むしろそれさえも何か騙す為の布石なのかもしれない。

 

(;^ω^)(それでもきっと、伝わる筈だお)

 

( ・∀・)「ふむ……」

 

幸いにもすぐに提案は拒絶される事は無かった。

顎に手をやり、複雑な表情を浮かべたまま、無音の時が流れる。

 

射命丸「ブーンさん無駄ですよ。話し合いが最善手として通じるならば、そのつもりで近づくでしょうから。それに――」

 

(;^ω^)「……頼むお射命丸。この一回だけで良いんだお」

 

声をかけてくれた。心配してくれた。きっとそういう人なんだ。

無碍に傷つけ合わずに済むなら、その方がずっと精神的にも身体的にも良い。

 

衣玖「私としては、賛成したい所です。これ以上は流石に可哀想では無いでしょうか」

 

( ・∀・)「――私としても、衣玖君と同意見ではあるね」

 

(*^ω^)「じゃ、じゃあ!」

 

想いは通じた――。喜びに体が打ち震える。

射命丸は信じられないと言った様子だが、結果が良ければそれで良いじゃないか。

 

( ・∀・)「内藤君。誤解しないでくれ給え。私は別に君をいたぶりに来た訳では無いのだよ」

 

差し出される右手。それは握手を、友好関係を示しているのだろう。

無論、今度は迷いは無い。直ぐ様歩み寄って、その手を握る。

戦いで火照ったからなのか、握ったその手はやけに硬く、そして心地の良い温度をしていた。

 

(*^ω^)「分かってくれて嬉しいお! モララーさん! それじゃあもう――」

 

(  ∀ )「――そして、この様な結末も望んでは居ない」

 

( ^ω^)「え――?」

 

瞬間、握られた手から複雑な力が伝わる。

回転。押出。引入。

バランスが僅かに崩されたと認識出来た所までが認識の限界で、体を何かが這いずり回ったと感じた所までが感覚の限界だった。

 

射命丸「ブーンさん!? ああもう言わんこっちゃない!」

 

(;゜ω゜)「射命丸ッ! これ!」

 

投げ飛ばされ、そのまま空中で羽衣に四肢を拘束されるまでの、ほんの一瞬の猶予。

内藤はカメラを咄嗟に放り投げた。無茶苦茶に放られたカメラだったが、それでも射命丸はしっかりと空中でそれを受け取ってみせる。

 

( ・∀・)「夢想器を守ったか。良い判断だが、果たして正しい判断かな?」

 

(;゜ω゜)「ぐぅ……お……」

 

既に羽衣は内藤の首から下全てを巻き取り、宙に持ち上げている。

二重三重に締め付けているのだろうか、射命丸の耳に届く締め付けの音が、段々と強くなって行く。

 

( ・∀・)「これならばもう逃げられまい。どうだね? 君は対等のように振る舞ったが、これだけの力量差が覆った訳では無い事を理解出来たかね」

 

しかし、それでも内藤は首を横に振る。

まだ終わっては居ないと、まだ負けては居ないと。

 

衣玖「モララーさん。これは少々やり過ぎでは?」

 

( ・∀・)「済まない。だが事はそう簡単では無かったようでね。夢想器を差し出させた所でこの子は立ち止まらないのさ。心から折らない限り――ね」

 

それはつまり、内藤自身が降参を告げない限りこの戦いは終わらないと言う事だ。

戦いの本懐は人によって異なるが、勝利条件として相手を屈服させるという点においてはどれも同じ。

この場において、下手な交渉は意味を成さない。

 

(; ω )「ぅああああ……っ!」

 

羽衣によって構築された擬似円筒が、更に内径を縮めていく。

射命丸はそれを悲痛な面持ちでただ見詰めていたが、一方で頭の中では人間離れした速度で窮地を脱する術を模索し続けていた。

 

( ・∀・)「成る程、そちらの射命丸君もまだ諦めるつもりは無いようだね」

 

そう言って嗜虐的な笑みを浮かべるモララー。

楽しんでいるのだ。この状況を。

喜んでいるのだ。この有様を。

 

( ・∀・)「――さて、内藤ホライゾン君。射命丸文君。君達が早々に諦めが付くように、更なる絶望をご覧に入れようか」

 

射命丸(……まだ何か出て来るのですか!)

 

おもむろに男の右手の指が、打ち鳴らされる。

それは絶望を呼ぶ為の合図だった。

 

衣玖「……非道いお人です」

 

永江衣玖の呟きの後、羽衣の揺らめきが大きくなる。

緩やかに空気が動いているようだが、何か他に変化が起きている現象は無い。

 

射命丸「一体何を……?」

 

( ・∀・)「何をしたか、かね? 逆だよ射命丸君。今まで行っていた隠蔽工作を中断しているのだ。――そろそろ君ならば理解るだろう?」

 

射命丸は周囲を注意深く警戒する。が、特に視覚的な変化は無い。

聴覚的にも目立っているのは内藤の苦しそうな声ぐらいだ。

ただのブラフ? いや――

 

射命丸「――これは、気配? それも複数の……!?」

 

( ・∀・)「ご明察」

 

乾いた拍手が鳴り響く。

そう、モララーの発言後に変わった状況変化とは"気配の数"だ。

夢想器特有の、妖力が込められた際に発せられる気配。

それはつまり、戦闘準備を済ませた夢想器が他にあると言う事を示している。

 

射命丸「数にして五つ――? 私のカメラを抜いて、夢想器が五つもこの公園に……!?」

 

静かにモララーは視線を巡らせていく。

休憩所の内に。自動販売機の裏に。林の奥に。噴水の中に。遊具の影に。

 

( ・∀・)「……」

 

やがて視線は緩やかに射命丸の元へと戻っていく。

 

( ・∀・)「――理解出来たかね。質も量も、"君達だけ"では足りないのだよ」

 

射命丸「くっ……」

 

予期していた中で、最悪の状況が今ここにあった。

バトルロイヤル方式故に、チームで戦おうとする者は多くは無い筈だ。だが、それでもチームを組む集団が現れた場合、彼らはある意味独りきりの強者よりも厄介な存在となると考えていた。

 

集団ならば予め退路を防ぐ事が出来る。

集団ならば奇襲させ辛く出来る。

集団ならば相手の作戦を著しく制限する事が出来る。

集団ならば一人が敗北したとしても、他のメンバーに対処法を練る機会を残す事が出来る。

 

柔軟性と堅実性を併せ持てるのが、チームプレーの利点。

 

残念ながら覆せるだけの要素を持たぬ今、この状況はあまりにも辛すぎた。

 

(; ω )「……射命丸。ごめんだお……僕が甘かったせいで……」

 

射命丸「ブーンさん……!」

 

喋るだけでも一苦労なのだろう、拘束されたままの内藤がか細い声を発する。

 

射命丸「……そんなのいつもの事です。貴方のたるんだ頬の如く、精神がゆるゆるなのは分かってますて」

 

(; ω )「……ぐ、それは……ひどくないかお?」

 

だからこそ、わざといつもどおりの反応を射命丸は返してみせた。

安心させる為だけではない。飾らない真意を引き出す為だ。

 

射命丸「――でもブーンさん。貴方は芯まで……心の奥底までゆるゆるでは無いでしょう?」

 

(; ω )「……」

 

しかし、今度は返答は返ってこない。とうとう話すだけの余裕も無くしたのだろうか。

 

( ・∀・)「この状況で、励まし合いかね? 残念だが、勝者は常に一定なのだよ。内藤君のように他者を容易く信用するのは愚の骨頂。敗者特有の恥ずべき行為なのだ。君も諦めて――」

 

(; ω )「……ぅ……お……」

 

否、内藤は気力を溜めていたのだ。抜け出す為でも、一撃くれてやる為でも無く――

 

(;^ω )「それ……は、違う……お!」

 

( ・∀・)「……何?」

 

(;^ω^)「……他人を信じて、何が悪いんだお? ……皆が居るから、楽しいんだお……。だから……」

 

(;゜ω゜)「――馬鹿にされても、嫌われても……、僕は……皆を、友達を信じて……勝つんだお!!」

 

――意思を示すだけの為に。

 

( ・∀・)「……ほう」

 

とても絶体絶命の状況から発せられた言葉とは思えない力強さだった。

思わずモララーは感嘆の声を漏らす。

――しかし、だからと言って拘束を緩める事はしない。

意思とは、言葉とは、それだけでは無力なのだ。それらは力を正しく使い続ける為の羅針盤なのだから。

故に――

 

( ・∀・)「ならば――その崇高な意思を抱いたまま、朽ち給え」

 

――止めを刺す。

彼がこの戦いで、変わっていってしまう前に。

そのまっすぐさ故に、濁ってしまわぬ前に。

 

"電符「雷鼓弾」"

 

右手に集わせた蒼い輝きは、ある種の優しさだ。

夢想器を手放した事で減衰した妖力では、この一撃は耐えられない。

気絶は必須。下手すれば長い間意識を取り戻さないやもしれない。それも承知の上で、彼の為として放つ雷の輝き。

 

射命丸「――ッ! ブーンさん、早くそこから逃げて――!」

 

( ・∀・)「――さらばだ。誇り高き若者よ。せめて美しく散り給え」

 

――そうして、"電符「雷鼓弾」"は射命丸の悲痛な叫びと共に、弾け飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

(;'A`)「……何だ? これは?」

 

驚愕と戸惑い。そして少しばかりの恐怖。

ドクオの見た光景は、それら以上に適切な感想が思いつかなかった。

 

ルナサ「……誰かが戦ってるみたい」

 

(;'A`)「んな事は理解るよ。そうじゃない……なんで、何で――」

 

――アイツが戦ってるんだ?

 

 

周囲の探索から戻り、人目に付かないように林の中に戻った直後の事だった。

突然吹き抜けた空気と共に聞こえてきたのは甲高い風切り音と聞き慣れぬ炸裂音。

在る筈の無い異音・怪音に警戒心が働き、木の影と同化しながらそっと様子を伺う。

 

――そうして視界に映ったのは、まるで漫画の世界だった。

 

射命丸「右! 避けて!」

 

(;^ω^)「おお!」

 

(;'A`)「ブーン――!?」

 

見知らぬ男の手から放たれる、蒼い閃光。

電気の塊のようなそれを、友人が間一髪で避けていく。

目標を失ったその塊は、地面と接触した瞬間、爆ぜて小さく分裂しつつ消えていった。

しかし、それでも威力の程だけは地面の抉れた様相として残されている。

 

(;'A`)「おい、ルナサ! 何なんだアレ! 何でアイツ手から電撃出してんだよ! 何でブーンが戦ってんだ!?」

 

ルナサ「ドクオ君。……あれがスペル。ブーン君と誰かが、私達の力で戦ってるんだと思う」

 

(;'A`)「これが――?」

 

ドクオにとって初めて目の当たりにした本物の戦い。

想定していた物よりもずっと激しく、ずっと不可思議で、ずっと想像以上。

ゲームの様にスタイリッシュに決着が付くどころか、ほんの些細なミスで無様に死体が転がってしまいそうな、そんな――

 

(;゜ω゜)「う、おおおおおお!?」

 

(;'A`)「――ッ!」

 

悪い想像が形になったように、一瞬の隙を付かれて捕まってしまった。

足に絡みついた羽衣を振りほどこうともがいているようだが、その間にも男の技は雷光を膨らませ続けている。

 

(;'A`)「……ブーン!」

 

思わず助けに行こうとしてしまった。

決行に至らなかったのは、迷っていたからではない。

――足が竦んで動かなかったのだ。

 

バチバチという恐怖を煽る力強い音が。

普段のボケた様子とは違う友人の切羽詰まった表情が。

流れ弾や余波を受けて、様相を変えていく風景が。

 

その全てが、ドクオの足をたった一歩踏み出す力すらも失わせているのだ。

 

――助けたい。でも、見つからないように逃げてしまいたい。

実行するには相反してしまう二つの想いに、ドクオは拳と唇を硬く閉ざす。

それでも眼まで閉ざさずに済んだのは、なけなしのそして精一杯の勇気のお陰だった。

 

(;゜ω゜)「解けない、解けないお……!」

 

(; A )「……ぐっ」

 

しかし、その半端な覚悟のせいでドクオの置かれている状況は再び拷問と化している。

"友人が苦しむ様を見せ付けられ続ける"と言う拷問だ。

 

脅迫されていれば、助けに行けぬ理由になっただろう。

拘束されていれば、助けにならぬ判断も仕方なかっただろう。

負傷していれば、助けを求める側にさえいっそ立てただろう。

 

だが、そのどれもがドクオには無い。

"自由"とは、時に束縛されている状況よりも辛い現実となるのだ。

如何なる不幸に会ったとしても、その全てが自分に振りかかってしまうから。

 

(; A )「――う、ぷ」

 

緊張のあまり、口の中に胃液が逆流する。

ずっと何も食べていなかったからか、吐く物が無くて辛さだけが際限無く増していく。

それでも、眼だけは戦いから逸らさない。

それだけが自分の果たせる、せめてもの義務だと信じたからだ。

 

ルナサ「ドクオ君……大丈夫?」

 

(; A )「大丈夫じゃねぇよ……」

 

大丈夫な訳が無い。

こうならない為に、自らの手を汚してまで夢想器を奪おうとしたのだ。

だがそれは結局の所、友人に襲いかかっている男と同じだった事にようやく気がついた。

守ろうとした奴を一方的に傷つけ、意思を砕いてしまう事と。

 

射命丸「ブーンさん! "突風「猿田彦の先導」"!」

 

(;^ω^)「お、おお!!」

 

(; A )「……良かった……」

 

間一髪だったが、何とか友人の死体はまだ見ずに済んだようだ。

何が起きているのか皆目検討すら着かないが、少なくともまだ決着には至っていない。

だが、それも時間の問題かもしれない。

友人の勝利を信じてやりたいが、客観的に見ても勝算は薄いようだ。

このままではきっと――

 

(;'A`)「くそ……誰か、誰かブーンを助けてやってくれ……!」

 

思わず呟いた心の叫び。

誰かが手を貸してくれれば、勝てないまでも生き残れるかもしれない。

それはせめてもの希望。代わりの代償が必要ならば、何でも支払ってみせる。

 

ルナサ「――その、"誰か"にはドクオ君は入っていないの?」

 

(;'A`)「……!」

 

何も、言えなかった。

この期に及んで、まだ自分は自分の身を守る事を優先していたのだ。

"何でも"と表しながら、その中に自分の命を差し出せ無いとは。

振り回されてきた友情ってのは、所詮この程度だったのか……?

 

(;'A`)「……ホント、俺マジカスだわ」

 

震えている足を思いっきり殴りつけて、ようやく立ち続ける。

危機を前にした足腰は驚く程弱い。いくら言葉や頭で理解しても、強い心は持ち合わせちゃいない。

それどころか、戦わなくて良い理由さえ探している自分が居る。

そんな自分が記憶から態々抜き出してくる言い訳の数々が、頼みもしないのに脳裏に渦巻き始める。

 

『――ドクオには、関係ない事だお!』

『後で……必ず説明するお!』

『――ドクオは、別に良いんだお。声かけなくても』

 

(; A )「……」

 

アイツは、助けて貰いたいのだろうか。むしろ、助けられたら迷惑に感じるんじゃないか。

そんな考えが、どうしても湧いて出てきてしまう。

今度こそと立ち上がった足に、容赦無く重い枷を取り付けていく。

 

――本当は、どうしたいのだろうか?

 

そんな迷いが生まれた時、突風の如く突き抜けて行った声があった。

 

(;^ω^)「……他人を信じて、何が悪いんだお? ……皆が居るから、楽しいんだお……。だから……」

 

(;゜ω゜)「――馬鹿にされても、嫌われても……、僕は……皆を、友達を信じて……勝つんだお!!」

 

(; A )「……ブーン?」

 

ルナサ「――答えなんて、どうしても出ない時があると思う。だから何も考えないで、信じたい方を信じて良い」

 

差し出されたヴァイオリン。

既に手入れは済まされている。

 

(; A )「……俺はどうしたいんだ?」

 

ああ、ヴァイオリンだ。まだあんまり弾いてやれてないが、既に手に馴染んでいる気がする。

さて、それを手に取った。

じゃあ何をする? 何を思いついた? 何がしたいとずっと思ってる?

 

(; A )「――俺は?」

 

( ・∀・)「ならば――その崇高な意思を抱いたまま、朽ち給え」

 

OK。ようやく気がついた。

ずっと最初から変わらずそこにあったじゃないか。やりたい事。

 

(#'A`)「……悩んでんのも、そろそろめんどくせぇ。俺は、俺だろうが! ブーンを助けに来たんだろうが!」

 

――生まれて初めて勢いに身を任せて、ヴァイオリンに弓を重ねる。

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"

 

余り笑わないルナサが、傍らで静かに微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 

――それは、またしても奇跡と言うべき瞬間だった。

 

身動きできぬままの内藤に向かって、モララーが放とうとした"電符「雷鼓弾」"。

それが手元を離れた瞬間、跡形も無く霧散したのだ。

 

( ・∀・)「む……?」

 

モララーは直ぐ様、射命丸の仕業と考えた。

実際、射命丸はシャッターを押して無効化させるつもりで居た。しかしそれは、まだ"実行されていない"。

それに、影響を受けているのは"電符「雷鼓弾」"だけでは無かった。

 

衣玖「あら……これは――すみません」

 

どうしたのかとモララーが尋ねた次の瞬間、羽衣に囚われていた筈の内藤ホライゾンの体が、滑る様に地面へと落ちていく。

それは意図していない所作だ。

 

(; ω )「う……」

 

射命丸「ブーンさん! しっかり!」

 

何が起きたのかは分からないが、貴重なチャンスを逃す射命丸ではない。

直ぐ様内藤を回収すると、モララーの間合いから離れる。

モララーも勿論視認していたが、今はそれどころでは無かった。

 

( ・∀・)「拘束を解いた? いや、解かされたのか?」

 

衣玖「羽衣に妙な衝撃が……これは受け流せません」

 

( ・∀・)「衝撃……?」

 

攻撃は全く見えなかった。その予兆すらも。

謎の攻撃だ。

 

ただ一つ手がかりとしてあるのは――

 

衣玖「――また来ます」

 

( ・∀・)「む」

 

防御として出した左腕を中心とするように、羽衣は集まる。

すると、やはり攻撃は来た。同じように不可視の衝撃に依る攻撃が。

そして、その前兆としてあるのは、先ほども僅かに聞こえてきた弦楽器のような音。

 

( ・∀・)「これは、音や空気の攻撃の類か。何度も喰らうとまずいね」

 

衣玖「威力は低いですが……羽衣に少しばかり痺れが残っています」

 

衝撃。それは詰まる所振動であり、音だ。

永江衣玖の力に依るスペルで逃せるのは、あくまで物理攻撃に起因する攻撃のみ。

拡散し、伝播する方向の捉えにくい音に依る間接攻撃は、受け流すには少々難易度が高い。

しかも防御越しですら衝撃ダメージが残るこの攻撃は、繊細な羽衣操作に障害をもたらしているらしい。

 

( ・∀・)「――だが、音の方向は即ち攻撃の元。そんな騒々しくて、身を隠せているつもりかね?」

 

見据える先にある林の中。

時間帯のせいか影で覆われているようだが、問題無い。既に大体の位置は掴めている。

"電符「雷鼓弾」"を素早く手に生じさせ、近付きながら解き放つ。

再び鳴り響く弦楽器の音。そして直後に、放たれたばかりの"電符「雷鼓弾」"が霧散した。

おそらくは相殺されたのだ。

 

( ・∀・)(フフフ……君の事が少し分かってきたよ)

 

敵は臆病かつ、慎重。

攻撃が近付くのも、直接対峙する事も、酷く警戒している。

相打つ覚悟も無ければ、リスクを負う覚悟もまだ出来ていない。

 

( ・∀・)(故に、こうして林の中へと足を踏み入れてしまえば攻撃は止む。想定通りだな)

 

薄暗い林の中。確保出来る視野は足元が精々。しかし、モララーにはそれでも林の中は手に取るように理解っていた。

 

( ・∀・)「さぁ。ハンティングの始まりだよ。衣玖君。迷いネズミを探し出そうじゃないか」

 

衣玖「今、とても悪い顔をしてらっしゃいますよ」

 

( ・∀・)「悪い顔? そうか……そうだね。今の私は正に"悪役"だ」

 

含み笑いの声量を徐々に引き上げていく。それは水を差す無粋な迷いネズミに、自身が獲物であると意識させる為に。

こうして戦いは、狩りの時間へと移り変わった。

 

 

 

 

(; ω )「う――」

 

射命丸「気が付かれましたか? ブーンさん」

 

内藤が次にハッキリと眼を覚ました時、既に林の中に寝かされていた。

まず頭に過ぎった事は、土とまだ青い落ち葉達のベットは意外に寝心地悪く無いと言う事。

次に、朦朧とした意識の中で射命丸が引っ張ってここまで連れて来てくれた記憶だ。

 

(;^ω^)「……どう、なったんだお?」

 

まだ何処かぼんやりとする頭で、射命丸に質問を投げかける。

今までの事が盛大な夢オチで無ければ、まだ戦いの最中にある筈だ。

何時迄も寝ていられないと、強引にでもゆっくり体を起こしにかかる。

 

射命丸「あ、まだ大人しくしていて下さい。やられかけたんですから」

 

(;^ω^)「うっぷ……確かに締め付けられすぎて気持ち悪いお……」

 

一瞬でも気を緩めたならば、折角食べた肉まんと再会する羽目になるだろう。それはあまりにも勿体無い。

とりあえずちょっと水か何か欲しい所だが、生憎今は望めなさそうだ。

 

「……ほらよ」

 

( ^ω^)「お、ありがとうだお」

 

と、思っていたら一本のペットボトルが死角から手渡された。

手にとって見ると若干生温かったが、それでもありがたい。

一体誰が――

 

( 'A`)(^ω^ )「……」

 

(;'A`)(^ω^;)「……!」

 

('A`;)(;^ω^)「…………」

 

射命丸「何こんな所でラブコメってるんですか」

 

(;^ω^)「いや……その……ねぇ?」

 

別に恥ずかしくなって眼を背けてしまった訳ではない。

これは純粋な戸惑いなのだ。

それはきっとドクオの方も同じなのだろう。

 

('A`;)「……」

 

完全に木の方に向いて、微動だにしなくなってしまっている。

 

射命丸「ドクオさんが気を引いて、その間にルナサさんが誘導してくださったんです。そのお陰で助かったのですよ」

 

(;^ω^)「そう、なのかお」

 

成る程確かに、ドクオから少し離れた所にルナサの姿もあった。

そういう事ならば気まずいとか何とか言っていないできちんとお礼を言わなくては。

 

(;^ω^)「ど、どくお?」

 

( A ;)「……」

 

おずおずと語りかけて見る。が、ドクオは振り向こうとはしない。

それが、何とも言えぬ沈黙に繋がり、結局は再び声を発しにくい時間となっていく。

このままではラチが開かないと、射命丸は大きくため息を吐いた。

 

射命丸「ああもう! すれ違いや行き違いのせいでやりにくいのは分かります! 分かりますが、今は強引にでも解決出来るチャンスなんですよ? 我々妖怪のように永く生きてれば、そりゃまたチャンスがいつかは巡って来るでしょう。でも100年そこらも生きられない、ましてや活動的でいられる時間は更に少ない人間が、こんな微妙な時間の中をずっと過ごしてて良いんですか? 良くないでしょう? ――ほら、ルナサさんも何か言ってあげて下さいな!」

 

ルナサ「……ん。分かった」

 

勢い良くまくし立てる射命丸に反して、ルナサは音も無くドクオに近寄る。

ルナサは射命丸のように言葉を放流したりはしない。耳元で何やら2~3囁く――たったそれだけ。しかし次の瞬間――。

 

( A ;)「ソレダケハカンベンシテクダサイ……」

 

冷や汗をダラダラと流しながら、ドクオは内藤の方へとぎこちなく向き直るのだった。

 

射命丸(……一体何を言われたんでしょう)

 

静かな人程、怖い何かを秘めていると言うがその片鱗を目撃してしまったのだろうか。

後で詳しく聞くとして、とりあえず今は精算の時間だ。

 

(;'A`)「ぶ、ブーン……」

 

(;^ω^)「……ドクオ」

 

しかし、それでも先には切り出しにくいのだろう。

だがあまり悠長に時間を浪費はしていられない。折角のチャンスだが、一旦後回しにする事もやむ無しと考え始めたその時だった。

 

(;'A`)「……すまん。ブーン」

 

深々と、頭を下げたのはドクオの方だった。

ここに至るまでにどれだけ悩み、どれだけ苦しんだのか。

下げたまま一向に上がらぬ頭が、物語っている。

 

しかし、対して内藤の反応は――

 

(;^ω^)「……えっ? いや、何でドクオが謝るんだお? 僕の方がごめんなさい……だお?」

 

戸惑い、だった。

そして、それをきっかけに空気は妙な方向へと転がっていく。

 

(;'A`)「……は? いやいや、何でって……何でだよ。謝るのは俺で合ってんだろ? 逆に何でお前が謝んだよおかしいだろ」

 

(;^ω^)「いやいやいや何言っちゃってんだおドクオ。謝るのは謝らなきゃならない人がするもんだお? だからおかしくないお」

 

(;'A`)「いやいやいやいやだからおかしいだろっての。ちゃんと考えてみろっての。わかんだろ?」

 

(;^ω^)「いやいやいやいやいや、わかんだろってもう何言ってんのかわかんないお。もう一回考えてみるべきなのはドクオの方だお?」

 

(;'A`)「いやいや(以下略)」

 

(;^ω^)「いやいや(以下略)」

 

射命丸「ええいもうやかましい! いやいやと連呼するの禁止です! 敵に見つかったらどうするんですか!」

 

(;'A`)(;^ω^)「え~……」

 

射命丸「"えー"じゃありません! 次に無駄に言葉発した方は、新聞記者の名誉に賭けて一つづつ超プライベートな秘密暴いて行きますからね!? 良いですか!? 良いですね!!」

 

(;'A`)(;^ω^)「……」

 

あからさまにマジな眼をしているあたり、冗談では誤魔化されない話なのだろう。

"射命丸の方が声でかい"と突っ込む事はおろか、返事の一つでもして、それでアウト判定になってしまったら元も子もない。

両者は仲良く首を縦に振る事で、同意と忠誠心を示す事にした。

 

射命丸「よろしいです。では、まずは一旦この場をどう切り抜けるかの作戦会議を――」

 

ようやく話が進められると思ったその矢先だった。

 

射命丸「……ッ! 気配が近づいています、その木の陰に隠れて!」

 

ルナサ「道の奥に居る。多分歩いて来てる」

 

最も気配に敏感な射命丸が、最初に気がついた。

次に、敵の位置を僅かな音で特定したのはルナサ。

人間二人は、自身のパートナーが発する緊張感に依ってようやく察する事が出来た。

そこからは迅速な行動だった。

すぐ近くにそびえ立っていた大きな樹――。元は二本の樹だったのが、ねじり合いながら成長したらしい一本の巨木。

既に立ち枯れているらしい巨木だったが、隠れるには充分な大きさと頼もしさはまだ持ち合わせていた。

その裏へと廻り込み、息を殺す。

 

――途端に、静寂が訪れる。

 

(^ω^ )( 'A`)「……」

 

自然と背中を合わせ会う形となった二名。

それぞれにヴァイオリンケースとカメラを抱える体勢で、互いの死角を補い合う。

 

不思議な時間だった。

双方は既に戦いの宿命――勝者は一人である事実を知ってしまっている。

だが、これだけ互いの夢想器がそばに在るのに、それを奪おうという気持ちは微塵も湧いてこなかった。

むしろ、この瞬間だけでも仲間で良かったとさえ思ってすらいる。

まだ、きちんと言葉を交わしきれては居ない。……だからこそ、なのかもしれない。

ハッキリと意思を表明していないからこそ、お互いにお互いをまだ"敵"と疑わずに済んでいる。

 

しかし、そんな心地よささえあった時間も、第三者の介入によって上書きされていく。

 

(;^ω^)(――来た!)

 

耳に届いてきた土を踏む靴の僅かな音。

ゆっくりと着実に歩みを進めるその足音からは、周囲を探っている様子が伝わってくる。

 

(;^ω^)(大丈夫……ここは死角だお)

 

樹の影から体ははみ出ていない。動かない限りはきっと見つからない筈だ。

足音が近付く。ああ、この距離は最早モララーの間合い。

思わず浮かんでくる嫌な未来を、心臓の音に集中して紛らわせる。

 

( ・∀・)「……」

 

(;'A`)

 

――息遣いが聞こえる。

ここまで近づかれれば、いくら鈍くとも相手の気配が悟れてしまう。

ならば、もしかしたら同じ様にこちらの気配も相手に伝わってしまっているのではないだろうか。そう考えると気が気では無い。

吐息一つ、身動ぎ一つ出来ぬ息苦しさや窮屈さが精神的に多大な負荷となっていた。

それでも錯乱して駆け出さすに済んだのは、パートナーが未だ耐え続けているからに他ならない。

 

だが――

 

(;^ω^)(足音が……止まった?)

 

丁度幹の反対側。そこで人の気配が留まった。

――やはりバレていたのか?

それならば一刻も早くこの場を立ち去るべきだ。だが、もしそうでないのならば?

次の行動を如何にするべきか、焦る気持ちを押し殺し、自然と射命丸へ眼をやる。

 

射命丸「……」

 

射命丸はまばたき一つせずに、幹の向こう側を見つめていた。

透視出来るという話は聞いていない。きっとあれは神経を集中させているのだろう。

相手の一挙手一投足を、放たれる殺気を見逃してしまわぬように。

ルナサもどうやら同様に気を張り巡らせている様子だった。

 

やがて――

 

射命丸「――行きました、かね」

 

ルナサ「遠ざかる足音はした……」

 

静々と再びリズムを刻み始めた足音は、今度こそかき消えていくまで立ち止まらなかった。

一歩目が踏み出された瞬間は生きた心地がしなかったが、それでも彼女達は動かなかった。

お陰でそのまま息を殺せていたのだが、幸いな事に何事も無くやり過ごす事が出来たらしい。

彼女達の判断の正しさに今一度感謝する。

 

(;^ω^)「……はぁ、緊張したお」

 

('A`)「……あ、ヤバイ。また吐きそう」

 

(;^ω^)「ちょ、こっち向いて言うなお……。ていうかまたって何だお!?」

 

射命丸「しーっ! まだ近くに居るかもですから、お静かに!」

 

緊張感が解けた反動か、つい気が緩んでしまった。

内藤は慌てて口を抑えながら謝るが、そういう射命丸の表情も幾分か緩んでいるように思えた。

しかし、ふと見たルナサは未だに難しい顔をしている。

 

( ^ω^)「お? ……どうしたんだお? ルナサ」

 

ルナサ「……」

 

黙ったまま、未だに樹を見つめ続けるルナサ。

と、次の瞬間――

 

ルナサ「――危ない!」

 

射命丸「離れて!」

 

(;'A`)(;^ω^)「!?」

 

指示の速さはルナサの方が一瞬優っていた。

が、それを受け取るパートナーの動き出しの速さは逆。

それは"戦いを経験したか"どうかの差。

 

(;^ω^)「ドクオ!」

 

(;'A`)「え? あ?」

 

数歩分の距離を取った所で、内藤は気がついた。

振り返った先、ドクオは未だに樹にもたれかかるような体勢で、未だ戸惑っている段階に居た事を。

それとほぼ同時に、パートナーが知らせた"危険"とは何だったのかを理解する。

 

――破砕音。

それが、樹の繊維を強引に削り引き裂く穿孔音だと理解するまで時間はかからなかった。

何故なら見る見る内に、樹の幹が内部から爆ぜていくように歪み始めていたからだ。

段々と鼻を突く、枯れ木と生樹の混じった匂い。そしてそれらが焼け焦げていく臭い。

しかし、今はそれの原因に気を向けている時間はない。一刻も早くドクオを引き連れなければ――。

 

ルナサ「――任せて」

 

体の方向転換よりも速く、横を通り抜ける黒と金。

ルナサが向かったのはドクオの手に握られたままのヴァイオリンケースだった。

 

(;'A`)「うおっ……!」

 

ヴァイオリンケースにはヴァイオリンが逐一仕舞ってある。

そうしていなかったならば、ルナサは騒霊現象によってドクオを動かす事は出来なかっただろう。

しかし、それでもドクオを強制的に引き倒すのが精一杯だった。

そうしてドクオが額を地面へと強かに打ち付けた直後、回転しながら巨木を抉り抜けた何かが、とうとう此方側へ姿を現す。

――その切っ先は、"ドリルらしいドリル"の形をしていた。

 

( ・∀・)「――やぁ、また会ったね」

 

合一していた巨木が、強制的にけたたましい音を立てて左右へと割れ伏していく。

そうして当然の如くそこに姿を表したのはやはりモララーだった。

 

(;^ω^)「な、何なんだお!? それは!」

 

先ほどとは明らかにシルエットが違っていた。

モララーの右腕に三角錐状に巻き付いた羽衣。それが、まるでドリルのように回転を続けているのだ。

無論そこに纏うは雷電。

先程までの柔軟な戦い方とは逆を行く、剛の一撃。

 

(;'A`)「お、おい! 何でまだここにいんだよ!?」

 

射命丸「確かに足音は遠ざかっていた筈ですが……?」

 

改めて距離を取りながら、それぞれはそれぞれに反応を返す。

モララーは期待していた反応に、口を愉悦に歪ませた。

 

( ・∀・)「一度に質問をし過ぎでは無いかね? だが、答えよう。――衣玖君」

 

衣玖「はい。先程の足音は羽衣で少々偽装させて頂きました。歩くペースを想像させるように適切な圧力で地面を叩いてみましたが、如何でしたでしょうか?」

 

射命丸「……何とも芸が細かい事で。その多芸さは宴席で披露していただきたかったですね」

 

(;^ω^)「……その上しかもドリルにまでなるのかお……。その羽衣、本当に何でもありかお!?」

 

衣玖「何でもは出来ませんが、出来る事はやらせていただいております」

 

( ・∀・)「そうは言いながらも、"空気を読める"衣玖君に出来なかった事例は未だに無いのだがね。例えばそこの岩――」

 

途端、音が増す。ドリルの回転速度を上げた事で、空気と雷電の音が比例しているのだ。

モララーは高速故に先端が振れて見えているそれを、手短な岩に無造作に突き立てる。

瞬間、岩の悲鳴と共に"岩だった物"が撒き散らされていった。

 

( ・∀・)「"魚符「龍魚ドリル」"に掛かれば風雪に耐えた岩とてこの通りさ。どうだね? 漢の浪漫を体現した形をしているだろう?」

 

緩やかに回転を止めていくドリルを、見せつけるかのように掲げるモララー。

回転速度が停止に近付く程、構成されているのが金属では無く、柔らかな布地のような素材である事が確かに成る。

それは明らかに常識的な物理現象を超越した現象。"妖"が"妖"たる理由と、条件。

 

(;'A`)「……嘘だろ……」

 

這いつくばりながらも間合いから逃れたドクオは、目の前の現象に相応しい理由を考えようとして――辞めた。いや、諦めたのだ。

如何なる物事でも別の理由に置き換えてしまう事は出来る。だが、布地から電気を発しながら岩を抉り抜く芸当の理由を、一般認識の枠に押しとどめるには、置き換えねばならぬ現象があまりに多すぎた。

それに、その中にはポルターガイストであるルナサの存在さえも含まれている。

今再び全てを拒絶する為に振り返っていては、次にあの岩の様になるのは自分かもしれない。

 

(;'A`)(――やっぱ俺、とんでもない事に首突っ込んじまったんじゃ……?)

 

残念ながら、後悔出来る時間はとっくに過ぎている。

今やるべき事は一つ。

 

(;'A`)「に、逃げるぞ!」

 

(;^ω^)「お? おお!」

 

友の手を掴み、反対側の手にはもう一人の友人の器を握りしめ、ドクオは走りだす。

走るのは内藤に比べるまでもなく不得意だが、それでも今ここで勝ち目の無い敵と対峙するよりは良い。

そう、"ここ"じゃまずいのだ。

 

( ・∀・)「はっはっは。また逃げるのかね?」

 

幸いにも追跡者は急く事無く、優雅に歩んでいる。

それだけ強さに絶対の自信があるのだろう。同時に、逃さない自信も。

ならば、精々ゆっくり付いてきて貰おう。

 

(;^ω^)「ど、ドクオ? 何処に行くんだお?」

 

(;'A`)「……」

 

質問に答える事無く、ドクオは無言のまま先導する。

目的地を"勝利の地"とする為に。

 

 

 

 

 

(;'A`)「……ちょ、ちょっとタイム……!」

 

意気揚々と走り出したのも束の間、とうとう肺が音を上げ始めたドクオが地面に両の手をついた。

土下座スタイルにも似た体勢で息を整えつつも、背後への警戒は怠らない。

幸いにもまだ追いつかれてはいないようだ。

 

(;^ω^)「大丈夫かお? ドクオ」

 

射命丸「ほらほら、立ち止まっている時間はありませんよドクオさん! 立ち上がって!」

 

(;'A`)「う、うるせぇ……わかってる! でも、お前らが体力あり過ぎなんだよ……」

 

ルナサ「……ドクオ君が体力無さ過ぎるんじゃなくて?」

 

(;'A`)「ルナサはせめて味方して!? ……ゲホッゲホッ……」

 

事実、虚弱体質のドクオと健康優良児の内藤では元々体力差があった。

それが、契約に依って更なる差を生んでいたのだ。

 

射命丸(――やはり単純に妖怪の長所が乗っかるようですね)

 

大空を駆ける鴉天狗の妖力は、内藤ホライゾンに百里を駆ける速度と力を与えた。

一方で騒霊は肉体的な長所がある訳ではない。風のような速さも、地を揺るがす剛力も騒霊には必要が無いからだ。

だが、騒霊にはそれ以上の特殊な性質がある。

 

射命丸「ちょっと失礼しますね」

 

地面と対面し続けるドクオの了承を待たず、ドクオの様子を注意深く観察する。

どうやら仮説は遠からず間違っている訳では無いらしい。

 

射命丸「ドクオさん。本当に息苦しいですか?」

 

(;'A`)「……はぁ?」

 

(;^ω^)「何言ってるんだお? 射命丸」

 

戸惑うのは当然。

疲労困憊で地面に這いつくばっている人物に対して、"苦しいか"と問いかけているのだから。

ただの嫌味として取られかねても不思議でない質問だ。

だが、今は非常時かつ非日常の最中。射命丸の質問の真意を問う視線が集まる。

 

射命丸「ブーンさんには説明しましたが――ああ、まぁ本人が理解して記憶出来ているかは別としてですがね? 我々と契約を成した際に起こるメリットの件についてです。――ルナサさん?」

 

ルナサ「ん……?」

 

射命丸「騒霊は、疲れますか? 汗をかきますか?」

 

ルナサ「……精神的な疲労はあるけれど、肉体が無いから走り疲れるとかは無い。説明が難しいかもしれないけれど、そういう物だと思ってしまうとそうなりはする」

 

(;^ω^)「……?」

 

(;'A`)「……マジか」

 

――つまりはそう言う事なのだ。

騒霊の霊力を得てブーストされたドクオの存在は、人間よりも霊に近い。

だが精神とは宿る器や心的要因、果ては思考の端々に宿る僅かな影にさえ容易く影響を受けてしまう物。

実際に息苦しさを経験として強く記憶していたドクオは現実に酷く息を切らしているが、汗についての印象や自覚は薄かったのか少しも汗をかいている様子は無い。

肉体の機能が精神状態の形に倣っている証拠だ。

 

(;'A`)「……疲れてるって思ってるから……疲れてるって? 精神論かよ……」

 

射命丸「そりゃ精神的な存在ですからね、騒霊は。妖怪だって概念《そっち》側に近いですし」

 

ドクオは秀才気質故に理解は速い。だが、納得出来るかどうかはまた別。

救いの無い現実的な世界で生きてきたドクオにとって、"考えるな。感じろ"と言った論法は"馬鹿らしい話"《ナンセンス》でしか無かったのだ。

そんな人物が行き成り想像力逞しい精神的な世界に叩きこまれて、はい今から180度考え方を方向転換します、と言う方が難しい。

結局ドクオは完全に理解も体力回復する事も無いままふらふらと立ち上がると、そのまま体を引きずるように歩み始めた。

 

( ^ω^)「ドクオ、肩貸すお。……それで一体どういう事なんだお?」

 

(;'A`)「……肩、サンキュー。……でも説明マンドクセ」

 

射命丸(あややや。ルナサさん側も今後が大変そうですね……)

 

それからしばし会話は無いまま、ドクオの歩みに三人は足並みを揃えていく。

時折背後に意識を集中させるが、やはり追手の気配はまだ無い。

諦めたとは思えないが、もしやこの状況で遊んでいるのだろうか。追跡者という絶対的な役職で。

 

射命丸「――そろそろ、説明いただけますか? ドクオさん。どちらへ向かわれているのです?」

 

(;'A`)「……もう着くよ」

 

多少息が収まったドクオが、薄暗い道の先を指差す。

そこは、林の中に僅かに出来た伐採跡らしい。らしい、と言うのはハッキリ視認出来なかったからだ。

 

(;^ω^)「う……? 何だかすごく眩しいおー?」

 

(;'A`)「あんまり前見んな。下向いてろ」

 

元々等間隔で公園に人口植樹されている林。その樹が生い茂っている一部区間を、何らかの理由で一部伐採・除草したのだろう。

そうして意図せず出来た開放的なこの一角は、一定方向からその場に立ち入る者の視界を容赦なく紅く染め上げた。

原因は、沈みかけている太陽の光。それがこの方向に対して差し込む事で眼に焼き付かせるのだ。

 

射命丸「道からは視認しにくく、逆にこの場所で太陽を背にしてしまえば暗がりの様子は良く見える。今来た道で無ければ、無秩序に伸びた背の高い下草で射線が通りにくい……成る程、待ち伏せには良い場所です」

 

まさに絶好の場所。

上手くすれば視覚に対しての制限を相手にだけ一方的に与えられ、速度や勇力さの差を一時的にでも埋める事が出来る。

長期戦には向かないが、短期決戦になら充分持ち込む事が出来るだろう。

真価を発揮する夕暮れ時は今、タイミングも申し分ない。

即決出来るレベルの良い案件。

 

――しかし、"良過ぎる"。

 

射命丸「――時にドクオさん。この場所を何故思いついたのですか?」

 

(; A )「……」

 

沈黙。

否定できぬのは、それ自体がつまり肯定の意となる。

射命丸は険しい眼を向けた。

 

射命丸「……やはり、そういうおつもりでしたか」

 

ルナサ「……」

 

(;^ω^)「え? ど、どうしたんだお? 二人共、急にそんな怖い顔して……。ドクオも一体……?」

 

何も知らずに、そして解らずに居たのは最早内藤一人。

故に唐突に変化した空気に、ただ戸惑っていた。

 

( A )「……ブーン、もう良い。歩ける」

 

(;^ω^)「お? ……おお」

 

内藤にかけていた体重を自らの足へと戻すドクオ。

ふらふらとした足取りで2~3歩程の距離を、内藤との間に設ける。

 

射命丸「ドクオさん。夢想器から手を離して下さい。話はそれからです」

 

(;^ω^)「何を言い出すんだお? 射命丸!」

 

沈黙を続けているドクオを、射命丸は慎重に監視している。

強大な敵が現れた今、この時間が致命的な隙となっている事は射命丸も重々承知していた。

しかし、それでも追求しなければならない。それだけドクオと言う存在は内藤ホライゾンにとっての弱点なのだから。

 

射命丸(騒霊のルナサさんの攻撃は恐らく音。放たれれば回避は困難ですが、先に彼女の夢想器を無力化するのは充分可能な範疇。――でも、ブーンさんは怒るかもしれませんがね)

 

非情かもしれないが、考えうる中で最も"お互いが"傷つかずに済む手段だ。

 

('A`)「……」

 

緊張からか、ドクオのヴァイオリンをつかむ手に力がこもる。

反射的に射命丸は悟られぬ範疇で身構えた。

妙な動きが僅かでもあれば、直ぐ様実行してしまえるように。

 

が――

 

( ^ω^)「……」

 

射命丸とドクオ。両者の視界を遮ったのは、他ならぬ内藤ホライゾンだった。

そして、その背が向けられているのはドクオ側。つまり立ちはだかったのはドクオではなく、射命丸の前に。

 

射命丸「……何をしているんですか。ブーンさん。そこを退いて下さい」

 

(;^ω^)「嫌だお」

 

きっぱりと言い放つ。

射命丸は不愉快そうに、それでも悟られぬ範囲で僅かに眉をひそめた。

 

射命丸「分かっているのですか? いえ、分かっていないからそうしているのですよね。残念ながら、ドクオさんは貴方が思っている程誠実な人間では無かったのですよ。今そうして背を預けている事自体が、既に自殺行為と同じです。……案ずる事はありません。ブーンさんは何もしなくていい、私が"対応"しますから」

 

(;^ω^)「……退く気は無いって言ってるんだお!」

 

近付く射命丸に対し、一歩も引かずに再度言い放つ内藤。

自らのパートナーの前に立ちはだかるのは、一筋縄では行かない行為だ。

円滑であった関係にヒビが生じるかもしれない。仲違いの隙を狙われて漁夫の利を持っていかれるやもしれない。

それを知って尚、内藤はその場に踏みとどまった。

 

(;^ω^)「僕はドクオを信じてるお。射命丸だって、ルナサだって。皆皆信じるんだお」

 

( A )「……」

 

――"勝てないな"と、ドクオは内藤の逞しくなっていた背を見て思った。

こうしてコイツに守られたのは、二度目になるだろうか。

あの時も同じように保身とか打算とか一切関係なさそうな、阿呆っぽい顔してそうしてくれていた。

 

('A`)(あの時から……何も変わってなかったんだなぁ)

 

そう、何も変わっていないのだ。友の優しさも、自らの弱さも。

 

射命丸「ブーンさん。聞き分けて下さい。どの道、ご友人とはいずれ戦う定めにあるのです。それに今は更に別の契約者も迫っている……。手段を悩んでいる暇は無いんですよ!」

 

(;^ω^)「分かってるお! でも、それでもドクオは……ドクオは違うんだお!」

 

( A )「……」

 

いいや。違ってなんかいない。

全部そこの人外の言う通りだ。

お前は俺を信じてくれているが、俺は信じきれなかった。

そう、あの時だって――

 

『止めるお! ドクオに酷い事するなお!』

 

『あ? 酷い事? 誰がしてんのよ? なぁ、ドクオくぅーん?』

 

『……ッス』

 

『……ドクオ?』

 

『……あの……遊んでた……だけ……っす』

 

『ギャハハハ! ほら聞いたろ! 勘違いしてんじゃねーよ豚ァ!』

 

『――痛ッ! きっと今のはお前らが言わせたんだお! ドクオ! 僕は信じるお! だから――』

 

――そうして、二人揃って散々痛めつけられたっけ。

全てはあの時、本当の事を言えなかったから? いいや結果は同じだろう。

でも――

 

だから、あの日から学校が怖くなった。

だから、あの時から幻想《ゆめ》を空想するのは辞めにした。

だから、あの場所から――

 

('A`)「ブーン。待ってくれ」

 

(;^ω^)「ドクオ……?」

 

ヴァイオリンを手にして、庇護してくれる背中を自ら抜け出す。

途端、再び晒される事になる紅い妖怪の眼光。――正直、足が震えた。

でも言わなくちゃいけない。今度こそ逃げちゃいけないんだ。

ふと隣に現れた気配。きっとルナサが、そこに居るのだろう。お陰で少しだけ勇気が湧いた。

深く息を吐いて、新しい空気を肺に満たす。

そうして後悔をしないように、言葉と言う音に決意を籠めた。

 

('A`)「信じてくれってのも無理だろうけどよ。――俺はもう、ブーンの想いを裏切りたくない。……これだけは俺の本当の気持ちなんだ」

 

――そう、だからあの場所から内藤ホライゾンは……ブーンは親友になった。

親友に何かしてみせる最初で最後のチャンスかもしれないんだ。

依存でも滑稽でも良い。これでようやく心がスッキリとした。

 

(;^ω^)「……」

 

射命丸「……」

 

やがて風が吹き抜けていった後、射命丸がまず口を開いた。

 

射命丸「……口ではどうとでも言えます」

 

(;^ω^)「射命丸! どうしてもダメなのかお?」

 

(;'A`)「……だよな」

 

やはり信用ならないか、とため息が漏れる。

仕方が無い事だ。射命丸とは一朝一夕の仲。むしろルナサの方が異様に馴染むのが早かっただけ。

こうなったならば、ルナサには申し訳ないがヴァイオリンを綺麗さっぱり手放さねばならないかと、手元の夢想器に目をやった瞬間だった。

 

射命丸「――ですから、行動で示して下さい」

 

(;^ω^)「え?」

 

(;'A`)「……あ?」

 

ぽかんと口を開く。

人間二人揃ってである。

射命丸の発言。それはつまりどう言う事を意味しているかは、既に緩やかになった彼女の眼が示していた。

 

射命丸(我ながら、あまーい処置ですねぇ……)

 

天狗組織であれば、裏切りとは即ち死の代名詞だ。もしくはそれに準ずる永久追放への片道切符。

それは決して珍しい話では無く、直接的では無いにしろ身内にかかった疑惑にこの手で王手をかけた事もある。

天狗社会はそうあるべきだと思っているし、それによって多くの悲劇と混乱を生まずに済むと確信してさえ居るから、別段異論も無い。

だが、もし――その疑惑が"親しい知り合い"に向いていた時、果たして胸の痛みを忘れて"天狗として"職務を完遂出来るのだろうか。

 

射命丸(……ま、悪い方へ転んだのならば、その時はその時ですかね)

 

腰を抜かしたドクオを介抱するパートナーの姿を、微笑ましく見守る。

ふと、今までじっとドクオの側で傍観に徹していたルナサと眼があった。

 

ルナサ「……ありがとう」

 

射命丸「それはこっちのセリフでもありますよ。問答無用で強引に攻撃しかけられていたら、こっちのブーンさんは為す術もなくやられてましたから」

 

ルナサ「ううん。そうじゃない」

 

射命丸「え?」

 

ルナサ「……上手く説明出来ないな」

 

射命丸「……そうですか」

 

――おそらくだが、彼女の言いたい事は分かっていた。

いや、むしろこちらの方がより強くそれを感じているのかもしれない。

 

言う為れば"安心"、だろうか。

敵として見ずに済む相手が出来た事。共に戦っても良い相手が居る事。苦難や苦痛を共有する相手が現れた事。

人は人と。妖は妖と。

同じ世界を知る仲間が居ると居ないとでは、やはり精神的なプレッシャーも違って来た。

いくら孤高を気取ろうとも、結局は天狗も集団で過ごす妖怪だったのだ。

 

射命丸「さて、じゃあ改めて作戦を相談しましょう。……と言ってもほぼ出来上がっているんですが――」

 

空が紅く燃えている。

不吉な色だが、それを勝機の鍵とするのだ。

その為の術を、射命丸は新たな"仲間"に伝え始めた。

 

 

 

 

( ^ω^)「今度こそ負けないお! モララーさん!」

 

( ・∀・)「おや? 鬼ごっこはもう飽いたのかね?」

 

射命丸「いいえ! 鬼の役目を交代しただけですよ!」

 

――短くも明瞭な作戦会議を終え、来た道を逆戻りした射命丸ペア。

ゆっくりながらも着実に追いかけて来ていた二人と再会するまでは、そう時間を要しなかった。

出会い頭、威勢よく発現させるスペルカードは"突風「猿田彦の先導」"。

走り出しざま跳躍し、足元を中心とした渦風が推進力へと変化するまで、ほぼ手間取る事は無い。

が、対するモララーはやはりその時点で既にスペルカードを発動し終えていた。

"羽衣「羽衣は空の如く」"

最早物理攻撃は無駄だと誇示するように、永江衣玖もその姿を表している。

靡く羽衣の前では如何に速い一撃だとしても、効果は薄い。如何に脳天気な内藤でも、勿論その事は忘れていなかった。

 

射命丸「ここでもう一枚!」

 

( ^ω^)「おお!」

 

故に、接触の瞬間もう一枚同じスペルを発動させた。

軌道を無理矢理に捻じ曲げた突進は、やや上空へと舞い上がっていく。

向かった先にあるのは枝ぶりの良い樹。

突進の勢いそのままに、その枝へと両の手を突き出す。

 

(;^ω^)「もってくれお……!」

 

大きくしなると共に、体重と慣性による荷重が枝にかかる。

聞こえてくるのは樹の悲鳴。

しかし、植物とは想像よりも逞しいらしい。回転としなりにより更に軌道を上空へと反らしながらも、負荷の要因を弾き返した。

そのまま内藤の体は放物線を描き、樹の上へと飛び去っていく。

 

( ・∀・)「それは一体何の遊戯――」

 

異様にしか眼に映らぬ奇行。モララーがそれに意識を奪われたのは半ば必然だった。

そして、それも射命丸の作戦の内。

この瞬間を待ちかねていた人物が、ようやく動き始める。

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"

 

弓によって一気に震わされたヴァイオリンの弦。そこから発せられるのは豊かな音色だけでは無い。

音とはつまり振動。

振動とはつまり衝撃波。

不可視の一閃が、モララーの死角へと飛来する。

 

( ・∀・)「……む」

 

咄嗟に掲げられた羽衣。

大きなダメージは無いものの、衝撃波が齎した余韻が羽衣に鈍い感覚を残している。

 

(;'A`)「ちっ! やっぱりダメか……。後ろに眼でもついてんのかよ!」

 

着弾を確認した後、木陰より姿を表したのはドクオ。

傍らのルナサの表情は相変わらず暗いが、そこに絶体絶命を感じさせる色は無い。

勝算を持って現れたのか、と、モララーは口元を歪ませる。

 

('A`)「でも、任せろブーン! 物理無効のボスだろうが、攻略法さえ分かってりゃとっととクリアしてやるよ!」

 

( ・∀・)「成る程確かに。……音相手では回避は難しい。ならば――」

 

――避けるまでもなく、リーチと貫通力で一気に決める。

 

防御に使用した部分とは逆側の羽衣を、腕に巻き取っていく。

出来上がるのは緋色のドリル。

その威力の程は、既にドクオも知っていた。

 

(;'A`)「……ごめんなさい。やっぱさっきの無しで……?」

 

( ・∀・)「――残念。ボス戦は逃げられないものだよ?」

 

"魚符「龍魚ドリル」"

 

唸りを上げて回転を始めるドリル。

雷の迸りで、周囲の薄暗さを時折照らしながら、障害物毎ドクオへと突き立てる。

しかし、既にドクオ達の次の攻撃は始まっていた。

 

(#^ω^)「そこだおッ!」

 

( ・∀・)「む!?」

 

上空より落ちて――いや、一心に跳び込んでくる内藤。

その速度はスペルによる加速を施しているのか、見る見るうちに距離が消えていく。

 

( ・∀・)(馬鹿な! 自殺行為だぞ!)

 

確かにこのタイミングでは避けられない。

だがこちらには龍魚ドリルがある。

真っ向からぶつけ合えば勝機があるのはこちらだ。

 

( ・∀・)(――いや、そうか! ドクオ君達か!)

 

ドリルを上空へ向ければ無防備な音の攻撃が。その逆を選べば、重力加速度に依って高まった推進力が炸裂してしまう。

立体的だが、これは実に見事な挟撃だ。

――だがしかし、まだ詰めが甘い。

 

( ・∀・)「衣玖君! 防御に専念だ!」

 

衣玖「はい、おまかせ下さい」

 

ドリルの螺旋をそのまま解き、体を囲うように緩やかな螺旋を描いて配置された羽衣。

これは物理攻撃をいなす、"羽衣「羽衣は空の如く」"の全周囲防御形態だ。

最大許容荷重の減衰や、複雑な物理攻撃への対応は難しくなってしまうが、仕方ない。

上と横。双方からの攻撃を防ぐには、これが最善なのだ。

 

(#^ω^)「おおお!」

 

(;'A`)「う、うおりゃ!」

 

( ー∀ー)「……」

 

やはりほぼ同時に迫ってきた二種の攻撃。

そのどちらに対しても防御の手が緩まぬように、目をつむり意識を集中させる。

見極めるのは、羽衣に攻撃が触れる一瞬――

 

( ・∀・)「――フッ」

 

羽衣に妖力を通す。

そうして半生物であるかの如く、魂が吹き込まれた羽衣は自然な揺らめきを見せる。

力に逆らわない事。自然体である事。それがこのスペル発動のコツだ。

冷静に対象さえ見極めてしまえば、後は如何なる質量弾であろうと――

 

( ・∀・)「――"空気を読む程度の能力"の前ではこの通りさ。命拾いしたね。内藤君」

 

(;^ω^)「……お?」

 

ちょこんと、直ぐ側に座り込まされている彼の眼にはどう映ったのだろうか。

恐らく"一瞬だけ視界を羽衣が埋め尽くした"程度にしか認識出来ていないのだろう。

力の受け流しを極めてしまえば、速度も慣性も瞬時に零にしてしまう事さえ可能なのだ。

羽衣がある限り今までも、そしてこれからも"突風「猿田彦の先導」"がこの身に届くことは無いだろう。

 

( ・∀・)(しかし……こちらは問題だな)

 

見やったのは音の攻撃を受け止めた辺りの羽衣。

二度も音を浴びてしまったせいか、意思が上手く伝わらない。

 

衣玖「くぅ……申し訳ありませんが、やはりあの攻撃は羽衣では……」

 

( ・∀・)「充分さ。それよりも無理をさせて済まなかったね」

 

神経が繋がっているのかは分からないが、やはり羽衣の痺れは彼女には不快な苦痛として伝わってしまっているらしい。

体の丈夫な妖怪だからと言って、辛い物は辛い筈だ。

やはり、先に音波攻撃をどうにかすべきだろう。

 

( ・∀・)「さて、ドクオ君。君にもそろそろ痛い目に遭って貰おうか」

 

今度はゆっくりと近付く事無く、その場から攻撃を仕掛ける。

選んだ攻撃は"電符「雷鼓弾」"。

羽衣を使わないのは、少しでもダメージを回復させる為だった。

 

(;'A`)「わ、わわっ……」

 

臆病な性格は、こういう時に足枷になる。

そうでなければ弾速の遅い"電符「雷鼓弾」"を避ける事も出来ただろう。最も、避けた所でいずれ"詰む"のだが。

しかし、雷球が彼の怯えた表情を蒼く照らし始めた時、脇を何かが掠めて行ったのを感じた。

 

( ・∀・)「――む?」

 

気配の名残をたどるように、戻していく視線。

すると、やがて気がついたのは消えている内藤ホライゾンの姿。

そこで早速何が起きたのか頭の中で整理が着く。

 

衣玖「あら……大変です。二人に逃げられてしまったようですよ」

 

( ・∀・)「そのようだね……。このままヒット・アンド・アウェイを続けられても面倒だ。そろそろ真面目に追いかけようか」

 

薄い暗闇の中、眼を凝らせばまだ見える二人と二体の輪郭。

その背を追いかけ始めた時、射命丸の言葉をふと思い出す。

 

( ・∀・)(ああ、成る程。鬼にタッチされたから、また私達が鬼か……)

 

思わずほくそ笑んだのを見られてしまったのか、その理由をパートナーに尋ねられる。

軽く誤魔化したのは、彼女に不真面目さを叱られない為だった。

もしそれでも再度、その理由を尋ねられれば答えるしかあるまい。

 

――何とも楽しい一時だから、と。

 

 

 

 

(;'A`)「追って来てるか……?」

 

(;^ω^)「ええと……、よく見えないお。どうなんだお? 射命丸」

 

忙しく動かしていた脚をゆるやかにしつつ、パートナーに質問を流す。

奥の方は既に真っ暗で、人間の視力では良く見えない。

しかし、妖怪の五感ならば何か掴めるかもしれないと思ったのだ。

 

射命丸「……いいえ。私の察知できる範囲には居ないようですね。と言っても、私もこの時間帯はあまり見えませんよ?」

 

それも仕方が無いのかもしれない。何故なら時は既に"逢魔ガ刻"。人と妖の区別すら付かなくなるという日没直前の時間帯なのだ。

こうして目の前で応対していても、目立つ射命丸とルナサの姿すらハッキリとは見えていない。

 

ルナサ「大丈夫かな……時間もあまり無い」

 

射命丸「あの位置から順調に気配を追って来ているのならば、ここまではほぼ一本道になる筈です。……それよりも作戦の方は大丈夫ですか?」

 

(;'A`)「あ、ああ覚えてるぜ。なぁ、ルナサ」

 

ルナサ「安心して。自分のパートはきちんとこなす」

 

射命丸「お願いしますね。これが最後のチャンスかもしれませんから」

 

――指示した作戦とはこうだ。

まずは囮としてモララーを逆に襲撃。この際、囮である事を知られぬように二人で襲撃をかける。

そうして奇襲の結果に関わらず、ドクオが先に敗走に見せかけ撤退。続き、幾分かの時間を経て今度は内藤が撤退する。

内藤がそのままモララーを付かず離れず決戦場所へと誘導した所で、ようやく待ち構えていたドクオの出番となる。

そこでドクオが音をぶつけるのはモララーではない。樹の上部に掛けられたボロ布だ。

このボロ布は風か何かで飛ばされて来たのか、その辺りの倒木に引っかかっていたのを見つけた代物で、丁度道へと差し込む夕日を遮るように枝葉に引っ掛けておいてある。

こうする事で道に差し込む明かりを先に察知され、用心されてしまわぬようにしているのだ。

突発的に放たれた夕焼けを視界に焼き付かせ、視覚的に有利に立つのがこの作戦の肝。

既に多少作戦通りでは無い部分も出たが、それもまだ修正の効く範囲。成功はまだ視野の中にある。

 

射命丸「これでも生じさせられる隙はそう長く無いでしょう。ですがルナサさんのスペルと私のカメラを上手く組み合わせれば、必ず有効打を与えられる筈です」

 

( ^ω^)「おお! 絶対ファインダーに捉えてみせるお!」

 

(;'A`)「俺も……やるだけはやってみる」

 

気合充分と言った内藤。

しかしその反面、ドクオは深い溜息を吐く。

 

( ^ω^)「どうしたんだお?」

 

(;'A`)「どうしたもこうしたも、初めて出会った敵はボスクラスとか普通にビビるわ……。ああもう考えただけで鬱だ死のう」

 

( ^ω^)「あー、それ久しぶりに聞いたお」

 

(;'A`)「んあ? 何?」

 

( ^ω^)「ウツダシノウ」

 

('A`)「……そういやそうだな」

 

( ^ω^)「勿論、僕が生きてる内は死なれちゃ困るから却下だお」

 

('A`)「そうそうそれそれ。なんか懐かしいなこのやりとり」

 

鬱だ、死のう。そんな後ろ向きな言葉がドクオの口癖だった。

実際口にすれども実行する気力はドクオに有りはしないのだが、それでも耳にする度に内藤は却下していく。

いつしか発生したこのやり取りは、共有する時間のすれ違いが大きくなる程に、いつの間にか忘れ去られていた。

それがようやく二人の間に戻ったのだ。

 

( ^ω^)(ドクオと仲直り出来て良かったお)

 

色々とあったが、これも射命丸のお陰だ。

射命丸はまだドクオを疑っているのかもしれないけれど、きっとその誤解もその内解けるだろう。

二人でまた何かに打ち込めていると言う事実がとてもうれしい。

それが例えリアルな戦いだったとしても、負ける気なんて全然しない。

 

( ^ω^)「ドクオ! きっと大丈夫だお! モララーさんだとしても皆で力を合わせればきっと何とかなるお!」

 

射命丸「……そうですね。"彼一人までならば"」

 

( ^ω^)「お? どういう意味なんだお?」

 

射命丸から次の言葉は続かない。

決断しかねているのだ。

話すべきか否か、それを自らの奥深くで。

 

――"敵はモララーだけでは無い"かもしれないと。

 

『――理解出来たかね。質も量も、"君達だけ"では足りないのだよ』

 

射命丸「……」

 

( ^ω^)「……射命丸?」

 

幸か不幸かあの時、内藤は締め付けられて意識が半ば薄れていたらしく、その事に気がついている様子は無い。

だからだろう。モララーに勝ちさえすれば終わると希望を保っている。

本当の絶望はそこからだと言うのに。

 

射命丸(感じた夢想器は5つ――。一つはルナサさんのでしょうから、モララーさん以外に潜んでいると考えられるのは3人……。厳しいですね)

 

気配を感じたのはあの時の一瞬限り。それ以降に撤退したとも考えにくいが、未だ手を出してこないのも事実。

戦いに制約でもあるのか、もしくは実力が低いか、何らかの事情があるのかもしれない。

それでも、強敵と言って過言ではないモララーと永江衣玖のペアを退かせた後に出てこられては、数の上でも実力の上でも未だ不利。

――どう転んでも負け戦だ。

それでも作戦を組み、勝算を高めるのは生存の為。

無理にドクオを問い詰めて本心を引き出したのも不確定要素を可能な限り排除しておく必要があったからだ。

全てを丸く収められるとは断言出来ないが、モララーを退けた先に避けられぬ絶望と希望が混在しているのは間違いない。

ならば、絶望を退け希望を頂く事に死力を尽くそう。今までもそうやって危機とスクープを手玉に取って来たのだから。

 

射命丸(――最も、悪い予感が的中しなければですが……ね)

 

(;^ω^)「……だ、黙られると怖くなってくるお?」

 

射命丸「え? ああ……すみません。何でもありませんよ。独り言です」

 

思考を切り替えて、仲間達を目的地へと誘導する。

まずは敵《モララー》をどうにか倒すのが先決だ。もしくは無力化する。話はそれからだ。

 

( ^ω^)「……? お、作戦の場所に戻って来れたみたいだお」

 

ほんのりと地面に明るみが差す、乱雑ながら開けた一角。

除草剤でも撒かれているのか、枯れた下草が地面の凹凸をより複雑な黒塗りの景色に変えている。

視点を上げればそこは計算通り、覆い隠された夕日は直接視界に映る事無く、ただ紅い輪郭として枯れ枝にかかる何枚かのボロ布の形を抜き出していた。

 

(;'A`)「よっしゃ。緊張で吐きそうだけど、ポイント着いて置くわ……」

 

(;^ω^)「頼んだお。ドクオ、ルナサ。……ええと、じゃあ僕はもう一回挑発しに――」

 

――各自がそれぞれの位置へと移動し始めた。その時だった。

 

「遅かったじゃないか。準備はもう済んたのかね?」

 

(;^ω^)「――ッ!?」

 

(;'A`)「ど、何処だ!?」

 

声はする。しかし、姿は見えない。――否、全てが黒と紅に塗り買えられていく此方側では、人影を見出す事が困難なのだ。

 

射命丸「見てください! 樹の上です!」

 

いち早く見つけた射命丸の言葉の先に、皆が視線を集める。

そこで声の主は嘲笑っていた。

 

( ・∀・)「もっと付き合ってあげたい所だがね。残念ながら屋外を駆けずり回る遊戯は、古より日没と共に終える定めなのだよ」

 

枯れ木の上。決して頑丈とは言えぬ枝の上にモララーの姿はあった。

出会った時と同じ様に片手にケースを携えて。

 

射命丸「……くっ、先回りされていたと言うのですか。この射命丸が!」

 

(;'A`)「何でこの場所がバレてんだ!? 俺はお前らにしか話していないのに……!」

 

立ち位置の高さが、即ち勝敗の座だとするのならば、モララーは絶対的勝者として現れたと言える。

事実、作戦の根本的な部分を覆す形で彼はそこに居たのだ。

 

( ・∀・)「何、速度では射命丸君には勝ちようが無いさ。――ただ、他の術に長けているがね」

 

おもむろに懐から取り出した何か。

それは夕日の煌めきを受けながらも、蒼い色合いを失わずに居た。

 

(;^ω^)「……宝石? ネックレスかお?」

 

( ・∀・)「ペンデュラムさ。――私には捜し物が好きな部下が居てね」

 

射命丸「――まさか……!」

 

――モララーの手に握られた、一本のペンデュラム。そしてそれは射命丸の悪い予感を彷彿とさせ、現実とする実在する悪夢の証明であった。

 

( ・∀・)「さて、再び紹介させて頂こう。――ネズミの妖怪にして、"賢明なる灰色のダウザー"。――ナズーリン君だ」

 

ナズーリン「……」

 

言い終わるかどうか。そのタイミングで突如モララーの傍らに現れた一人の、いや、"一匹"の少女。

頭上に生えた灰色の耳。スカートより覗く、人には無い長く細い尾。紅く輝く双眸は、気位の高さを表す。

人であるモララーとは違い、朧気ながらもしっかり異形として視認出来るその姿は、明らかに"妖怪"の姿をしていた。

 

ナズーリン「一つ言わせてくれないか。私は君の部下になったつもりは無いし、捜し物が好きという訳でも無い」

 

( ・∀・)「ははは。素直じゃない所が可愛いだろう? ……所でナズーリン君、今二つ言わなかったかね?」

 

ナズーリン「――これだから人間は……。ネズミの妖怪を甘く見てると死ぬよ?」

 

( ・∀・)「おっと、これは失礼。口が過ぎてしまった」

 

永江衣玖を出現させた時と同様、モララーはまるで旧友と応対するかの如く、愉快に笑う。

今回出現したナズーリンと呼ばれた妖怪は、その笑顔と反比例してさも"不愉快だ"と顔に書いてあるが、モララーは別段気にする様子はない。

機嫌の悪さは元々なのだろう。

 

射命丸「……悪い予感があたってしまいましたね」

 

しかし、愉快で無いのはこちらも同じ。いや、もっと悪い。

考えていた最も最悪の可能性を見せられているのだから。

 

射命丸「貴方――やはり複数の契約を為されているのですね……!」

 

( ・∀・)「またしてもご明察。……と言ってもヒントが多すぎたかな」

 

手袋越しの、くぐもった拍手の音が鳴る。

そう、夢想器が5つあの場にあるとは言った。

しかし、夢想器を持つ者が5人居るとは語って居なかったのだ。

ルナサ・プリズムリバーのヴァイオリン。永江衣玖の緋色の衣。では所在不明の残り3つは何処に? ――答えは簡単だ。

 

( ・∀・)「安心したまえ。私はここへ一人で来た。ただし、妖怪を複数名連れて――ね」

 

最初からモララーが全て所持していたのだ。その上で、まるで他に参加者が複数人存在するかの如く演技していた。

 

射命丸「……全く、ツイてませんね。ボス級どころか、EXボス級じゃないですか」

 

( ・∀・)「褒め言葉として有り難く受け取っておこう」

 

そして、この状況はさらなる状況の悪化を招く。

 

(;^ω^)「複数の夢想器……!? そんなの有りなのかお!?」

 

(;'A`)「……マジか」

 

士気の低下。混乱、恐怖の増大。

強敵だと思っていた相手が、更なる変身を残していると告げた時と同じ絶望が伝染するのだ。

 

一つのスペルを攻略し、防ぐ事は出来る。

奇策と奇襲を用いて、一つの夢想器を無効化させる事も出来る。

そう考えていたからこそ、維持出来ていた勝算と希望。

そこに入った大きなヒビは、二人の脚と思考を緩やかに停止に近づけていく。

故に、初速に大きな足枷を付けてしまった。

 

射命丸「――ッ! まずい! この立ち位置では――」

 

( ・∀・)「もう遅いよ」

 

男の手に一瞬形作られるスペルカード。"視符「ナズーリンペンデュラム」"。

その一枚は単なる蒼水晶のペンデュラムの質量を増大させ、一つの武器へと変貌させる。

さながら鞭のようにしなやかに、そしてフレイルの如き鈍重な威力を先端の蒼水晶に秘めた武器として。

モララーが振るったのは一度のみ。しかし、その一回で夕焼けを抑えていたボロ布は、枯れ樹ごと簡単に宙を舞う。

響く破砕音が耳に届いた時、ようやく二人は射命丸の言わんとしていた意味を理解した。

 

(;>ω<)「お、おおお!?」

 

(; A )「うっ……!」

 

蝋燭の最後の灯火のように、赤々と光を放つ夕焼け。その灯りが暗闇に慣れ始めていた二人の眼を瞬間的に焼く。

光が眼に映らなくなる程のダメージは無い。だが、焼き付いた太陽の残像が、存在しない夕焼けの灯りとして脳に写り続ける。

 

射命丸「しまった……! 二人共! 立ち止まらないで、私の声の方へ――」

 

( ・∀・)「それも無駄だ」

 

音も無く草地に一足で飛び降りていたモララーが、悠然と服装を正す。それだけの余裕があるのだ。

故に構えは無い。無造作に振り出したペンデュラムだけが、一つの生き物のように伸びて行く。

 

"視符「ナズーリンペンデュラム」"

 

羽衣と違い、それ自体が単純な質量弾の如く真っ直線に宙を進んでいく。

手元より繋がるコードは無制限に延長されているのか、その速度も方向も決して歪まない。

 

射命丸「危ない! ドクオさん!」

 

(; A )「んあ!?」

 

その先に居たのは、ドクオ。

状況に適応仕切れずに、フラつきながらも記憶を頼りに木陰に逃れようと彷徨っている。

 

ルナサ「ドクオ君、こっち。私の声の方へスペルを……!」

 

(; A )「お、おう!」

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"

 

視界を頼りに出来ぬ今、信じるべきはルナサの指示。

それでもおおよその方向と位置しか掴めないが、この状況で悩んでは居られなかった。

覚束ない手つきで、なんとかスペルを発現させる。

そうして、発動した衝撃波の音弾は、ルナサの退いた背後――差し迫るペンデュラムへと向かっていく。

 

――着弾。

ほぼ時間差も無く直撃した音の衝撃波は、ヴァイオリンの余韻が周囲に溶け込む前にペンデュラムから硬質な音を上乗せさせた。

タイミングも良かったのだろう。一心不乱に突き進んでいたペンデュラムは、釣り上げられた魚のように速度を緩めながら宙を踊る。

 

――が、それだけだった。

 

ナズーリン「――標的《さがしもの》をその程度で諦めるとでも? ダウザーを舐め過ぎているよ」

 

ペンデュラムが目標を見失っていたのは一瞬のみ。

再度、ペンデュラムは方向を修正するように鎌首を修正。慣性の法則を無視するように再度急加速を開始したのだ。

スペルを繰り出したばかりのドクオ。回避は既に間に合わない。

無防備な体を晒している彼の身に、樹を砕く一撃が迫る。

 

(;>ω<)「――ドクオ!」

 

(; A )「……え?」

 

しかし、ドクオがその身に感じたのは純粋な暴力では無かった。

むしろそれとは真逆の、気遣うように押し出す力。

しかも想定していた方向とは違う場所からだ。

――やがて友の温もりと、小さな悲鳴だけが感覚として残った。

 

射命丸「ブーンさん!? 何て馬鹿な事を……!」

 

射命丸からはその様子が否応無しに良く見えていた。

横から庇うように飛び出した内藤の体が、数瞬遅れてやってきたペンデュラムの直撃を被ったのだ。

それは事故ではなく覚悟の上で行ったであろう事も、瞬時に理解した。

確かに、この場で取れる方法はそう多くなく、そして悩む時間も無かった。

そして鴉天狗の肉体強度ならば例え樹を破砕するような一撃であったとしても、死に至る事は無いだろう。

だがその上で"馬鹿な事"だと論じたのは、その無鉄砲ぶり故にだ。

 

射命丸「返事をしなさい! ブーンさん!」

 

質量差で劣る内藤の体は簡単に吹き飛ばされ、立ち枯れていた樹に半ば埋まるようにして受け止められていた。

二つの大事な物を守るために、自分の体を犠牲にしたのだろう。カメラもドクオも、それぞれに傷は負わされていない。

しかし、犠牲とした内藤の体はあちこち血に濡れていた。

 

射命丸(まさか大怪我を!? ……いえ、まだ皮が裂けただけですか……)

 

想像よりかは軽症。しかしそれでも良かったとはとても言えない。

 

(; ω )「う……」

 

強い衝撃をモロに喰らったのだ。脳は揺らされ、内蔵は傷を負っている。骨にだって異常が無いとは思えない。

あのくらいでは死なない。しかし、行動不能になるだけの威力はあるのだ。

ここまで解っていて飛び出したとしたならば、やはり大馬鹿者としか評することは出来ない。

 

(;'A`)「嘘だろ……ブーン?」

 

眼が回復仕切らずとも、何が起きたのかは理解しているらしい。

呆然とした様子で、友のあだ名を呟く。

望むのならば、今直ぐに傷の具合を確かめたいのだろう。

しかし、その為の脚は前には動かない。

それどころか、腰から下に上手く力が伝わらないのだ。

 

ルナサ「ドクオ君、怪我したの? ……立てない?」

 

(;'A`)「違……怪我じゃない……。腰抜かした……」

 

へなへなと、その言葉を皮切りに膝を付く。

――限界だった。

人前に出ているだけでも、勇気と多大なストレスに耐える余裕が必要だと言うのに、それ以上の事が色々と起きすぎていた。

あまりにも非現実的な事と、ショックの連続するこの戦いで、立ち続けていた事が既に全力を超えた行為だったのだ。

しかし、そんな事情は何処まで行ってもドクオの中だけの事。

 

――"現実"の中で、都合の良い自分勝手な温情もリタイアも許される余地は無い。

 

( ・∀・)「成る程、君達も中々にしぶといらしい。だがこれでチェック。――そして次でチェックメイトだ」

 

緩やかに、草を踏みしめながらモララーは歩む。

その顔に貼り付いているのはやはり笑み。強者は常に笑みを絶やさないのだ。

 

相対する者を見定め、戦い、勝利を得る。

それは揺らぐこと無い微笑の中にあり続ける。

――強者が微笑う時。既に強者は勝利を確信しているのだ。

 

( ・∀・)「……さて。ここまで奮戦した君達に敬意を評し、少し本気を見せようか」

 

戦闘の最中、如何なる状況に置いても余裕を崩さない。否、崩せる者はいない。

今もまた追撃の手を止めると、悠々と着衣の乱れを適宜直し整えている。自信を秘めた笑みを蓄えたまま。

そうして時間をかけながら身だしなみを整え終えたモララー。

鎖の擦れる音と共に、目前に置いたのはジュラルミンケースだった。

その前でやがて静かに、そして慎重に言葉を紡ぎ始める。

 

( ・∀・)「――封刻開放《ふうこくかいほう》」

 

鎖が喚き出したのは、その言葉がキッカケだった。

二重三重とケースに絡みつき、開封不可と想われていたその封が、緩んでいく鎖に比例して開放されていく。。

外気に晒されていくケースの内部。その中は――

 

ルナサ(……空っぽ?)

 

否、"何も無い"のだ。

まるで悪巫山戯であるかのように、暗闇よりも尚光を通さぬ黒が内部に満ちていた。

そんな異常としか言い様がない中身を、まるで当然だと言わんばかりにモララーは見据える。

 

( ・∀・)「ありがとうナズーリン君。今回はもう大丈夫そうだ」

 

ナズーリン「出来ればもう呼ばないでくれ無いか。私は戦闘向きじゃ無いんだ」

 

( ・∀・)「善処しよう」

 

ケースの真上に掲げた通常サイズのペンデュラム。

やはりこれがナズーリンの夢想器なのだろう。それをまるで沈めていくかの如くケースの中へと封入していく。

ナズーリンの姿が描き消えていったのは、ほぼ同時だった。

だがモララーの白い手袋は、それでも尚ケースの中に沈み続ける。

 

( ・∀・)「――封神招来《ほうしんしょうらい》。"緋色の壱番"」

 

再び呟かれる謎の言葉。

しかしその囁きをキッカケに、モララーの手は何かをケースの中より引きずり出し始める。

 

( ・∀・)「さて、空気を読んで再び出番だ。――永江衣玖君」

 

ぞぷり、と闇色の中から引きずり出されたのは緋色の羽衣。永江衣玖の夢想器だった。

しかし内部で何らかの処置が行われたのか、青白い雷光が表面を走り回っている。

稲光の一部は、緩やかに発生していた空気の流れの中心――モララーの傍らへと集っていく。

 

衣玖「お早うございます。お陰で少々休めました」

 

そうして現れたのは、宣言の通り永江衣玖。

先ほど出会った際には僅かでも浮かべていた、蓄積したダメージの不快感も既に消え去っているらしい。

落ち着き払い様からして、万全の状態に回復しているのか。

 

ルナサ「……流石にこれは不味い、かな」

 

複数の夢想器を使い分ける。そんな相手が居るとは思いもよらなかった。

しかもそのどれもが練度が高く、また得意分野が異なっている。

戦いと言うセッションのグループとしては、理想とすべき集まりとしか言い様がない。

 

( ・∀・)「ドクオ君。君は予想以上に厄介だったよ」

 

"ヒッ"と言う小さな悲鳴が、ドクオの口から漏れる。既に会話もままならない様子だが、モララーは気にかけること無く続ける。

 

( ・∀・)「――時に、"雷"に遭遇した経験はあるかね?」

 

返答は必要が無いとばかりに、空を見上げる。

――夕日は既に、欠片程の紅い光を雲に浴びせるのみ。既に日が沈みきるのも時間の問題だろう。

僅かに残っている光がモララーの背と、集まり始めている暗雲に朱を混ぜる。

 

( ・∀・)「古来より雷とは天より出、そして再び天へと帰るモノ。つまり"神"に纏わるモノとしての見識が強い自然現象でね」

 

両手の手袋についた埃を丁寧に叩き落とした後、歪んだ皺を伸ばす。

時間をかけているのは油断か、もしくはそれその物が儀式なのか。

呼応するかのように、独りでに羽衣はモララーの右腕に絡みついていく。

 

( ・∀・)「神が鳴ると記し……"神鳴り"と表す」

 

ゆっくりと掲げられた右腕。天へと向けられたその腕の先では、力を籠めたままの指先が弾かれる瞬間を待ち望んでいる。

あの指が弾き鳴らされた時、何が起きるのか――。

 

( ・∀・)「――今日は良い曇り具合だ。弦楽器では及ばぬ偉大なる雷鳴の響きを奏でてみせようじゃないか」

 

――分厚くどす黒く積み重なった天上の積乱雲が、その結果を容易く想像させる。

いつの間にか、モララーの瞳は夕日よりも濃く、紅く輝いている。人外のような瞳――。それがまた、恐怖を増大させた。

 

('A`;)「……嘘だろ? ……これ、あからさまになんかヤベェ攻撃じゃねぇか……?」

 

恐らく――等と形容する必要も無い程に、肌をピリピリと刺激するこの威圧感。間違いなく繰り出される技は"必殺"。

即時発動するような即効技で無くチャージの必要な大技だったのは、"救い"というよりむしろ多大なストレスと後悔を感じさせるだけの"処刑待ちの時間"でしか無かった。

 

"弦奏「グァルネリ・デル・ジェス」"をもう一度繰り出すか? いや、攻撃を中断させる程の威力は無い。

なら直接ぶん殴って――。 いや、そんな根気はもう出ない。

 

('A`;)(落ち着け落ち着け落ち着けぇぇぇぇッ!)

 

空回りする思考を無理に整理させようとするも、それは焦って落ち着こうとする矛盾に他ならない。

更に、脳内に残り続ける倒れた親友の体躯が、逃げるという選択肢と生きる望みを容赦無く奪う。

過去ここまで焦りに心が乱れた事は無い。

夏休みの課題を家に忘れてきた時も、家から遠く離れた所で腹痛を感じた時も、随分派手な風貌の輩にからかわれた時も、心の何処かではまるでゲームのコマンドを吟味する際のような余裕が――いや、何処か冷めた眼で自身の危機すらも放り投げていた。

 

肌を突き刺し通り抜け、無関心と無気力の保護膜を無視し、心の奥底を揺らし焦がされる初めての状況。

――今、この場は命を"賭けさせられている"場なのだとようやく理解出来たのは、走馬灯地味た記憶のお陰だった。

 

('A`;)「う、うわああああああああッ!?」

 

やがて己の内に収まりきらない恐怖が叫びとなって口を飛び出す。

その時ようやく足を動かさせるに至ったのは、精神論で題される美しい感情ではなく、もっと不安な訳の分からない衝動。

統率の取れない肉体がバランスを崩し、腰を地面に打ち付けてもそれは変わらない。

今放り出されているこの場所は、二度とコンティニューの出来ないゲームオーバーに繋がっているのだ。

考えたくもない死の恐怖が、やがて視界すらも定まらなくなって――

 

「――だいじょうぶ」

 

――心に差し込んだ光を、浮き彫りにさせた。

 

('A`;)「……うぇ?」

 

それは光ではなかった。僅かな夕日に照らされている、艶のあるヴァイオリンの弓だ。

そう、木造の弦楽器を弾き鳴らす為の、毛と木で出来たただの棒。

それが、他でもないルナサ・プリズムリバーから差し出されていた。

 

ルナサ「大丈夫だよ。ドクオ」

 

('A`;)「……」

 

いつの間にか取り落としていたのだろうか。無言のまま素直に弓を受け取ると、ルナサの表情が眼に入って来る。

――いつも通り、だった。

彼女はこの戦いのまっただ中にあって尚、出会った時と同じような強く静かな意思を瞳の奥に蓄えたままだったのだ。

痛いとか苦しいとかポルターガイストにはそういう概念があるのかは分からない。

でも、こいつは言っていた。負けて夢想器が破壊されれば、そのまま消えてしまうかもしれない、と。

消えるってのは大体死ぬ事だ。もしかしたらもっと悪い意味かもしれない。なのに――

 

('A`;)(なんで平気なんだよ……?)

 

向けられていたのは優しげな微笑みだった。

摩天楼の落ち着かない灯りの中であって、変わらず夜空に滲む月明かりのような――そんな微笑み。

そのまま、ルナサは静かに語りかける。

 

ルナサ「落ち着いて思い出して。ドクオ。――あの時のメロディを。私と契約した時の響きを」

 

('A`;)「あの時のメロディたって……勝手に楽器が動いてただけじゃねぇか! 知らねぇよ!」

 

ルナサ「それは違う。あれは貴方の音。貴方の奥底にある響きに同調して姿を表した音の幽霊」

 

('A`;)「音の……幽霊?」

 

ルナサ「そう。音にも魂は宿る。いえ、全ての音に魂は宿っている。――音は世界の"ざわめき"」

 

('A`;)「……わっかんねぇよ! 哲学じゃねぇか!」

 

ルナサ「聞いて。貴方の音を。貴方はもう知っている。気が付いている。……ただ受け入れてしまうだけで良い」

 

ルナサの言っている事は決して論理的ではなく、それどころか常識外れの妄言のような内容だった。

耳を傾けた所で、恐怖が消える訳ではない。強い力が手に入る訳でもない。

それでも何故か耳を傾け続けてしまうのを止められない。

 

ルナサ「ドクオ。貴方の音は、私がきちんと聞いていたよ。咽び聞かせるようなピアニシモの中に、鋭い感情のフォルテシモが潜んでいる良い音だった」

 

('A`;)「俺の音? 俺の音って何だよ!? もっと分かるように説明してくれ! ……っていうか助けてくれよぉ! 死にたくない! 死にたくないんだ!」

 

(  ∀ )「……無様だな、ドクオ君。最期だとしても醜態を晒し続けるつもりかね」

 

(;A;)「わかんねぇよぉ……知らねぇよぉ……!」

 

涙――。

止めどなく溢れ出す涙が、自らの頬を濡らす。

――無数の感情が渦巻く痛みに、精神がもう耐え切れなかった。

泣いた所でどうにもならないのは分かっている。かなりの醜態を晒しているだろう事も、考えずとも理解る。

でもこの涙は止められない。

 

――全てがもうどうでも良い。いっそこのまま楽になってしまおう。

 

ルナサ「――格好なんてどうでも良い。そのままで良いんだよ。……さぁ奏でよう? 私達の曲を」

 

(;A;)「……」

 

何故か、重なったのだ。

荒れ狂う心の奥底に沈んでいる冷えきった沈殿物の響きと、ルナサの語りかけが。

その二つは不思議な調和をするかのように、交じり合っていく。そうして――

 

『――全てどうでも良い。ならば――』

 

『――そのままを奏でてしまおう』

 

新しい響きを一つ、ドクオの内に生み出した。

 

( ー∀ー)(――友を助ける程の気概。それには少々期待していたのだがね。残念だ)

 

モララーは静かに目を伏せていた。

それはこれから繰り出すスペルが、狙って直撃させる必要すら無い程強力であった事もある。

だがそれ以上に、ドクオへのせめてもの敬意だったのだ。

死に際に痴態を晒す者は少なくない。だからと言ってそんな様を目に焼き付けてしまうのは、戦った相手に対する侮辱だと考えていたのだ。

故に記憶に留めておくのは、相対した相手のせめて誇り高き"生き様"のみ。

既に反撃の気配も無い今、技の完成に集中する。

再び眼《まなこ》を開く時。――それは、敵を滅した時。

 

――しかし、風がその決断を覆した。

 

衣玖「モララーさん……。ご覧いただけますか? 様子が少々おかしいのです」

 

( ー∀ー)「ん? どういう事だね……?」

 

疑問を感じながらも、些細な事だと流せなかったのは空気を伝わる妙な気配だ。

言い換えるのならば、"空気が変わった"。

たったそれだけだが、その事がモララーに眼を開かせた。

 

( ・∀・)「……ほう?」

 

視界に映ったのは、確かに妙な事態としか言い様が無かった。

 

(;A )

 

突っ伏していた筈のドクオが、立ち上がっていた。

それだけじゃない、涙を流しながらも酷く冷静な眼をして。

震えていた筈の脚は力こそ篭っていない物の、大地を踏んでいる。

錯乱しながら振り回していた腕は、空を掴むのではなく、自らの夢想器を握りしめている。

戦う気概は一切感じられない。しかし、先ほどのように泣きわめきながら命乞いをする様子も無い。

 

衣玖「自暴自棄……もしくは錯乱状態なのでしょうか?」

 

( ・∀・)「その線も捨てきれないがね。……少し様子を見たい」

 

(;A )「……」

 

ドクオは虚ろな眼で空を見つめていた。

溢れ出る感情で濡れた瞳と、枯れ果て気力を失った瞳。

その双方に映る景色に意識は向いていない。

向けられているのは、己の中――。

 

――そこは、とても喧しい渦が荒れ狂っていた。

己の声で発せられる自虐の声。

見知った者の声で発せられる被虐の声。

無関心と無遠慮な感情が言葉として、音として聞こえてくる。

普段ならば耳を塞いでいたその中を、あえて静かに沈んでいく。

あえて身を任せたのだ。

己の中の音とやらに。

 

(;A )(……やっぱ、俺の音なんてこんなもんだよな)

 

それはどこもかしこも濁りきった酷い音だった。

一字一句全てがナイフのように鋭く棘のように鋭利。容赦無く心を傷つけていく。

そうして傷つき疲れた心は、痛みを忘れるために分厚い膜に包まれていく。

傷が時間と共に癒えたならば、膜は消える。しかし、再び己の中の刃は癒えたばかりの心を再び傷つけていくのだ。

ずっと、その繰り返しだった。

 

(;A )(生きるのって……辛いなぁ……)

 

ふと、そこで思った。

何故自分は生き続けているのかと。

何を頼りに生きていたのかと。

生きるのが辛いと分かり切っているのなら、それよりもっと楽な道に逃げてしまえば良いじゃないか。

何故今までそうしなかったのだろうか?

 

(;A )「何でだった……かなぁ……」

 

――その答えは、渦の先にあった。

唐突に、飛び交っていた暴言の嵐が止んだのだ。

そうしてその先、心の中心にほど近いそこにあったのは――静けさ。

 

言葉も音も、何も――無い。

 

しばし、その場を揺蕩う。

 

(;A )「……俺が欲しかったのは、これだったのか?」

 

痛みは無かった。

平穏。安寧。静穏。

しかし――それだけだった。

 

(;A )「何もねぇ」

 

そこに在るのは己のみ。

味方も居ないが、敵も居ない。

辛い事は何も感じないで済む。

それは一つの理想だった筈だ。

全てどうでも良い。面倒くさいと、いつも思っていたじゃないか。

なのに、何故だ。……満たされない。周囲に満ちているのは虚しい空虚。

このままここに居れば、いつの間にか"自分"を構成する何かは散り散りになって行くのだろう。

残るのは、"ドクオだった物"。

それは元々望んでいた事では無かっただろうか?

 

(;A )「……?」

 

嫌だ、と何かが囁いた。

違う、と何かが呟いた。

 

それが他ならぬ自分の叫びだったと気が付くまで時間はかからなかった。

 

平穏とは、何だったのか。

 

( A )「おれは、どうしたいんだろう」

 

安息とは、何だったのか。

 

( A )「おれは、どうなりたいんだろう」

 

静穏とは、何だったのか。

 

( A )「おれは……。――俺は?」

 

雑音の奥底で耳を澄ませて見て、ようやくそれは聞こえてきた。

自分がどうあるべきだったのか――その音色が。

 

( ・∀・)「……おや?」

 

モララーの観ている前で、ドクオに再び動きがあった。

それは深呼吸。気を落ち着かせようとでもしているのか、ゆっくりと肺に空気を入れ替えているようだった。

覚悟でも決めているのか、最期を勇ましく飾ろうとしているのか――それはまだ分からない。

だが、そのどちらだとしても不審な動きさえあれば、すぐにスペルを発動させてしまうつもりだ。

 

衣玖「ここは空気を読んで、終わるまで待ってみましょう? モララーさん」

 

( ・∀・)「一応は私もそのつもりさ。……何が始まるのかを楽しみにね」

 

( A )「……」

 

眼を瞑ったまま、ヴァイオリンを構える。

きちんと音を出すためには正しい構えが必要だ。

だが、それは素人でも心配無い。ルナサが楽器側を動かして修正してくれる。

後は、音を出すだけだ。

構えさえ正しければ、ちゃんと音が――

 

『グギ……ぐぎぎぎぎぎ――』

 

衣玖「……」

 

( ・∀・)「……」

 

衣玖「……酷い音ですね」

 

( ・∀・)「あ、ああ……」

 

拍子抜けだった。

曲がりなりにも、戦いの最中に鳴り響かせていた音は素人臭く強引ながらも、もっと流麗であった筈だ。

それがここに来てただのノイズ音。

ただの音とすら成り立っていない。

しかし、ドクオはそれを止めようとはしない様だ。

不快な不協和音は、鳴り続ける。

 

( ・∀・)「いつまでそうしているつもりかね? 耳障りだ。止めたまえ」

 

止まらない。鳴り続ける。

 

( ・∀・)「……聞いているのかね? 私は止めろと言っているのだ」

 

止まらない。鳴り続ける。

 

( ・∀・)「……もう良い。相手をする気力も萎えた」

 

止まらない。鳴り続ける。

 

変化も無く、ただ喚き散らし続けているだけの不協和音。

この音を聞いていると、それだけで気分が落ち込んでくるという物だ。

 

――気分が落ち込む……?

 

( ・∀・)「……衣玖君。私は先ほど何と口走っていた?」

 

衣玖「およよ? そうですね、"相手をする気力も萎えた"……でしたかと」

 

(;・∀・)「……まさか?」

 

初めてモララーの額を汗が流れる。

そう、気力が萎えたと自分で口にしたのだ。

 

今まで幾度も契約者と対峙してきた。強き者。弱き者。勇敢なる者。卑劣なる者。――それこそ様々な相手と死闘を演じてきたが、そのどれに対しても気概を維持してきていた。

それは確固たる目的意思と、誇り故にだ。相手に落胆や怒りを覚えた事もあったが、それはそれだ。

相手への敬意として、気力が萎えた等と口にした事どころか、思った事さえ無い。

故にたった一言、無意識に発してしまった己の発言に、違和感と何らかの危機感を感じずには居られなかった。

 

(;・∀・)「衣玖君! 君の能力ではどう感じている!?」

 

衣玖「いえ……特に変化は見られません。強いていうならば、ドクオさんの周囲の霊力が高まったような……?」

 

(;・∀・)「霊力が……?」

 

射命丸「一体何が起きているんです……?」

 

滑稽な光景だった。

満足に曲も弾けぬドクオを前に、圧倒的強者だった筈のモララーが"焦っている"。

この中で最も見聞の深い射命丸でさえも、理解の及ばない事態だった。

――いや、見聞が深かったからこそ、射命丸は"理解が及ばないように"事前にされていたのだ。

 

( A )「……」

 

考えるのを辞めた。

悩むのを辞めた。

窺うのを辞めた。

 

そうして出てくるのは、己の中にあった最も深い響き。

 

口を動かす必要は無い。

ヴァイオリンが言葉にしてくれる。

ならば、全部委ねてしまえ。

本当の想いを――。

 

(;・∀・)「まずいな……済まないが、君の雑音は中断させてもらうぞ……」

 

徐々に速度を増していく音の嵐。

これ以上耳にし続けるのは危険だと判断したモララーは、緩めていた右手に再び妖力を集わせた。

そして、掲げた指を今度こそ――打ち鳴らす。

そうして完成するのは、"雷符「神鳴り様の住処」"。

純粋かつ膨大な電圧と電流を誇る"神鳴"が大地へと降り立ち、唯一影響を受けぬ永江衣玖の羽衣の周辺を残して全てを灰燼へと帰する。

無論、今回はそこまでの威力を持たせていない。長くチャージしていたのは誰も死なずに済む程度の電圧に調整していたからだ。

それでも、近距離に居るドクオはその衝撃で夢想器ごと吹き飛ぶ――筈だった。

 

(;・∀・)「……!? どうしたことだ? スペルが発動しない……?」

 

何度も指を鳴らし直す。

が、天上の黒雲は変わらずそこに在るだけ。

妖力は充分に残っている。スペルの手順もコツも間違っては居ない筈だ。

夢想器も健在。無論、パートナーも――。

 

(;・∀・)「――衣玖君? どうしたんだね衣玖君!?

 

衣玖「およよ……? いえ……ちょっと何だか、気が抜けてしまいまして……いけませんね。勤務中ですのに……」

 

(;・∀・)「勤務中? 何を言っているんだ衣玖君、ここは幻想郷では無いんだぞ?」

 

モララーが呼びかけるも、段々と永江衣玖の反応は弱まっていく。

衰弱とは様子が違う。これは彼女の言うように、"気が抜けて来ている"という表現が正に相応しい。

これは明らかに何かがおかしい。

――要因は既に一つに絞っている。

 

(;・∀・)「君の仕業か……ドクオ君!」

 

( A )「……」

 

ドクオは何も答えない。

その瞳は何も映さない。

音の奔流も途絶えない。

 

だが、ルナサだけはドクオの変化に気がついていた。

 

ルナサ(ドクオ君の音色が……安定してきている。見つけたんだね。自分の音を――)

 

相も変わらず生じているのはノイズ。

しかし、それで良い。それが"宇津田独男"の音色なのだ。

あるがままの音を、あるがままに奏でる。

 

『――騒霊の演奏は技術じゃない。響かせ、奏でるのはあくまで心」』

 

ルナサの言っていた意味が、伝えたかった事がようやく解ってきた。

形式張った魂無き音に、騒霊は揺さぶられない。いつだって騒霊が求めるのは型破りだろうと、未熟だろうと、奏でたい感情を奏でている音なのだ。

そう、奏でるべきは魂の篭った音《おもい》――。

 

('A`)「これが俺の音だ。――酷い音だろ?」

 

ルナサ「――そう、これが貴方の……貴方だけの音。私は素敵だと思うよ」

 

演奏を終え、自嘲するように、そして何処か誇らしげに告げるドクオ。

その眼の色は既に、自身の抱える闇を見つめているだけの黒色では無くなっていた。

月の輝きと同じ、慈しみと鎮静を理解した金色。

ドクオの双眸に輝く色は、まさしくルナサの持つ瞳と同じ人外の色合いだった。

 

(;・∀・)「その眼……そうか、君は運が良かったようだね」

 

額に滲む汗をハンカチで拭いながら、モララーは考える。

思わぬアクシデントと、その対処法を。

まだ、ここでは終われないのだ。目的はまだ果たしていないのだから。

 

('A`)「……眼? 何の話だか分かんねぇ」

 

ルナサ「金色になっているよ。ドクオの眼」

 

(;'A`)「……え? マジか。これも演奏の効果?」

 

勿論そんなスペルではない。

ドクオが知らず内に顕現させたのは、"騒符「ノイズメランコリー」"。

憂鬱と陰鬱を聞く者に齎す、不協和音《ノイズ》のスペルカード。

言ってしまえばその効果は気力の減衰。

気力とは全ての活動、行動の根本たる精神エネルギーなのだ。

これが尽きれば、怒りも悲しみも湧かない。勿論スペルの使用に関わる精神力も大きな影響を受ける。

それはより強大で複雑なスペル程、発動がままならなくなるという事だ。

"騒符「ノイズメランコリー」"は相対する者にとって、とても厄介なスペルカードと言っても過言では無いだろう。

 

だが、瞳の変化はそれよりも危惧すべき事象であった。

 

( ・∀・)「君達はまだ知らないのだね。同調率や同調段階の事を。――そして、瞳の変化の先にある"進化"を」

 

(;'A`)「……また、俺の知らない言葉が出てきやがった……」

 

( ・∀・)「安心したまえ。その意味を君が知る必要はない。……何故なら、君はもう終わっている」

 

(;'A`)「……は? 何を言って――」

 

言い終わるよりも早く、ドクオの視界が落ちた。

体の力が抜けたのだ。腰から下どころの話ではない、全身の力が。

 

(;'A`)「……え?」

 

ルナサ「ドクオ……!」

 

起き上がろうとするも、腕は上半身の重さにすら耐え切れない。

まるで這いつくばるように、体は重力に引かれ続ける。

 

( ・∀・)「――オーバーフローだ。オーバーヒートと言っても良い。人の身を超えた力を得て、体がそのままで済むと思っているのかね?」

 

目前に歩み寄ったモララー。

その傍らには、気力を取り戻した永江衣玖の姿が漂っていた。

 

衣玖「……コホン。申し訳ありません。お恥ずかしい所をお見せしましたね」

 

( ・∀・)「スペルの効果では仕方が無いさ。それよりも、初級スペルならばもう使えるね?」

 

衣玖「はい。数発であれば何とか」

 

( ・∀・)「充分だ」

 

開かれた右手。小さくなっては居るが、そこに発光するのはやはり"電符「雷鼓弾」"の輝き。

ドクオに既に避ける方法は無い。ヴァイオリンを抱える力さえも、枯れているのだ。

モララーが勝利を掴むのに必要な動作。それは、ただ右手の"電符「雷鼓弾」"を放つか、押し当てるだけで良い。

 

( ・∀・)「――チェックメイトだ。ドクオ君」

 

(; A )「……くそ、悪いなブーン。俺、やっぱりダメだったよ……」

 

緩やかに、そして慎重に、モララーはドクオのヴァイオリンを破壊する。

破砕音が周囲に鳴り響く。

 

……いや、それは破砕音では無かった。

 

(; A )「……?」

 

( ・∀・)「……君も大概粘るのだね。内藤君」

 

消失した"電符「雷鼓弾」"。

この消え方はすでに経験していた。射命丸文のスペル、"写真「激撮テングスクープ」"による妖力封印だ。

遅れて向けた視線の先で、その仮説は実証される。

 

(;^ω^)「ドクオから……離れるお!」

 

満身創痍の言葉が相応しい覚束ない足取りで歩み寄る内藤ホライゾン。

その手に握られているのはやはり夢想器のカメラ。

 

( ・∀・)「……」

 

しかしそんな彼の闘志も、やはり長くは続かない。

モララーの見ていたのも束の間、内藤もまたドクオと同じ様にやがて大地に突っ伏した。

その様子を見て、モララーは大きく首を横に振る。

 

( ー∀ー)「君達の諦めの悪さは凄まじいね。だが、如何せん実力が伴っていない。……見給え、君達は全身全霊の攻撃を放ち、満身創痍となった。だが、私には一切のダメージが残っていない」

 

多少気疲れを負わされたがね、と続ける。

 

( ・∀・)「理解ったかね。痛感したかね。その身に刻まれたかね。――これが力だ。この世の理不尽と不平等さだ」

 

空を仰ぐ。

妖力に依って形成していた暗雲は既に霧散し、青みを深める夜空が広がっていた。

 

( ・∀・)「君達が"覚悟を決めた"と言葉にしたとしよう。"死ぬ気で事を成す"と誓ったとしよう。――だが、そんな言葉は無力なのだよ。君達は酔っていたのだ。力に。そして非日常に。……もう良いだろう? 全て諦め給え。そして日常へと戻るが良い」

 

(; ω )

 

(; A )

 

誰も言葉を返さない。返せないのだ。

モララーの言葉を覆すには力を証明しなければならない。

意地を通し続けねばならない。

しかし、ボロボロの体ではそれが出来ない――。

 

( ・∀・)「……では、まずは当初の予定通り内藤君の方からだ」

 

靴の音が、静けさの中に響く。

わざと時間をかけて歩み寄ったのは、敗北を覚悟させる余裕を与える為だ。

勇敢に戦った。そして力が及ばなかった戦士に対しての敬意。

数秒足らずの僅かな時間だが、せめてもの情けだった。

 

「――待てよ」

 

しかし、情けとは一方的に与える物。こうして理解すらされず、無粋にも未だ呼び止める声が聞こえてくる。

だが、それも致し方無い事だ。

最後に言い残したい言葉でもあるかと、背を向けたまま脚を止める。

 

( ・∀・)「何かね、ドクオ君。心配せずとも次は君の番だ」

 

「俺は……ずっと考えてたんだ。あんたが時折自慢気に話ししていた、"空気を読む能力"ってやつを」

 

( ・∀・)「ほう?」

 

「それは……場の空気を読むとかそんなもんだと思ってた。でも、違うんだろ?」

 

( ・∀・)「……それで?」

 

「……不自然だと思ってたんだ。物理攻撃を初動作の段階で躱し始めてるってのは、訓練ととんでもない反射神経があれば出来るのかもしれないけれど」

 

( ・∀・)「……ふむ」

 

「でもあんたは確実に、見えていない方向や不可視の攻撃に対しても"事前に"構えていた。これってどういうカラクリなんだろうな……ってよ。要はそのままの意味だったんだろ? "空気を読む"って。あんたらは周囲の"空気の変化を読める"んだ」

 

思わず、笑みが零れた。

賞賛の言葉と共に拍手を送る。

 

( ・∀・)「そこまでは正解だ。そう、それが永江衣玖君の"空気を読む程度の能力"。……だが、惜しかったね。解答まであまりに時間をかけすぎた。それに攻略法も見つけられなかったのでは、点数は50点程度しかあげられないな」

 

「……実際、すげぇ能力だよな。そんなんじゃ視覚に頼る必要も無く、相手の位置とか手に取るように解っちゃうんだろ?」

 

( ・∀・)「……? 今更褒め言葉を並べてどうしようと――」

 

「――要は、こう言いたいんだよ」

 

(;・∀・)「――!?」

 

"違和感"にようやく気が付いたモララー。颯爽と振り返りつつ、その要因を眼で確かめる。

 

(;'A`)「――チェックメイトだぜ……モララーさんよ」

 

(;・∀・)「ドクオ君……いつの間にそこに……?」

 

ドクオが立っていたのは、手を伸ばせば届く背後の空間。

完全に死角を抑えているドクオは、モララーの背中にヴァイオリンの先を押し当てている。

お陰で完全に振り向けず、視界の端に捉えるのがやっとだった。

 

(;・∀・)「……何をした? 私はずっと衣玖君を通じて空気の流れを掌握していたのだぞ? 人間程の体積が少しでも動けば、どうあっても私が、衣玖君が気付かぬ筈が無い」

 

(;'A`)「だからだよ。あんたがそうやってずっと俺達を探知していたから、こうして背後を付けたんだ。視ていなくても充分だと、あんたが思ったから」

 

(;・∀・)「油断……だと? だが、それが何だと言うのかね。君が物理現象に捕らわれている生物である限り、空気の流れに変化が――」

 

そこまで言葉にした所で、モララーは気がついた。

ドクオと、ルナサのペアだからこそ持つ可能性を。

細く頼りない勝算への道筋を。

 

(;'A`)「……やっぱ気が付くのな。俺は言われてようやく解ったよ。――そうだ。俺の体質は今、騒霊とか言うちょっと不思議系存在に近くなっている。俺が強く想えば、物理現象を多少無視出来るらしいんだわ。……例えば"空気の抵抗"とかな」

 

(;・∀・)「成る程……そういう事か。君が先ほど放ったスペル……あれはこの為の布石でもあったのだね? 衣玖君と私の注意力と集中力を少しでも削ぐための」

 

(;'A`)「……そ、そうさ」

 

口にするとカッコいい見せ場が台無しになってしまうので、心の中でだけ"それは偶然だったけどな"と付け足しておく。

この場面でドヤ顔でウソを突き通せる自信までは無かったが、幸いにもシリアスムードは崩れずに済んだ。

 

(;・∀・)「見事な作戦だよ。ドクオ君。――だが、何時だ? 何時からこの攻略法に気がついていた?」

 

(;'A`)「あー……ちげぇよ。俺じゃない。あんたのカラクリに気がついたのも、攻略法を発案したのも、そして――」

 

ドクオは弓を持つ方の手で、見えるように指し示す。

モララーが追ったその指先の方向に居るのは勿論――

 

('A`)「――アンタを倒すのも、全部全部アイツらだ」

 

(#゜ω゜)「おおおおおッ!」

 

(;・∀・)「――内藤……ホライゾン!!」

 

膨大な風が、林の中を駆け抜ける。

集う先に居るのは、内藤ホライゾンと鴉天狗・射命丸文。

とうに迎えた肉体の許容限界を大きく超えた風をその身に集め続ける。

狙うは正真正銘、最後の一撃。防御も何もかも捨てて、戦いを終わらせる為の渾身の一撃。

 

射命丸「ブーンさん、もう充分風は集まりました。これなら――」

 

(#゜ω゜)「まだだおっ!」

 

通常の"突風「猿田彦の先導」"では速度が、風が足りないのだ。

この一撃で何が何でも決着を付けねばならない。

 

(#゜ω゜)(狙うは……あの時の力!)

 

ルーミアとモナーのペアが繰り出したスペルを打ち破った、あの時のスペルの威力。

恐らくあれは"突風「猿田彦の先導」"では無い、別の何かなのかもしれない。

だが、あれならばきっと――いや、必ず羽衣の防御を打ち破れる筈だ。

 

射命丸「ブーンさん……? それ以上いけない! 体が持ちませんよ!」

 

(#゜ω゜)「おおおおお!!」

 

静止する理由は理解る。だが、それを承知で無茶をしようとしているのだ。

射命丸が、ドクオと仲直りさせてくれた。

ルナサが、ドクオを見守っていてくれた。

ドクオが、勝利へと繋がる道を作ってくれた。

 

だから――!

 

(#゜ω゜)「僕は、それに応えるんだぁぁぁあああッ!!」

 

(;・∀・)「……!!」

 

――永江衣玖に寄る能力で、一瞬だが周辺の全ての風が不気味に静まり返ったのを、モララーは知った。

そして、それだけの風を纏い従う内藤ホライゾンと射命丸の底力も。

次の瞬間、内藤の元で爆発する圧縮された暴風。

避けようにも、背後に突き付けられたままのヴァイオリンがそれを妨げる。

 

(#゜ω゜)「ああああああ――ッ!!」

 

強者の笑みを打ち砕くべく、放たれた一心不乱の一撃。そのスペルは"突風「猿田彦の先導」"を超えた大いなる一撃。

 

 

――"「幻想風靡」"――

 

 

――そう、"成る筈だった"残滓。

 

 

(  ω )「――お?」

 

 

初速だけは、成功していた。

だが、"それだけだった"。

オーバーフローとオーバーヒート。ドクオにも起きていた事態が、同様に内藤のスペルを不発に終わらせる。

結果内藤の肉体は宙を飛びはしたものの、制動を失い乱れた風では"突風「猿田彦の先導」"にさえ劣る速度となる。

こうなっては既に攻撃とすら呼べやしない。

 

射命丸「ブーンさん!? ああもう言わんこっちゃない!」

 

(;'A`)「ブーン……マジかよ!? おい!」

 

体に残った慣性が尽きるまで、内藤は無造作に放物線を描いて飛来する。

そうして向かっていくモララーとは方向さえも違う着地点にあったのは、むき出しの岩。

――鴉天狗の頑丈さを得ていたとしても、死ぬ未満の大怪我は負う。

射命丸とドクオの脳裏に、最悪の事態が過ぎった。

 

「――全く、仕方が無いね」

 

激突の直前だった。

制御を失った内藤の体は、岩へとぶつかる寸前でその勢いを殺されたのだ。

そして、それを行ったのは――

 

( ・∀・)「……ここまで戦って、こんな幕引きではあまりにも無残だろう?」

 

モララーと、永江衣玖の長く自在に伸びた緋色の羽衣。

優しく受け止めた内藤の体を、自らの直ぐ側に横たえる。

余程焦ったのだろう。モララーの背後で睨みを効かせていた筈のドクオの気配さえも、我先にと友の元へ向かって行く。

無論、その時既に射命丸は内藤の傍らに居た。

 

(;^ω^)「……お? 何で……助けてくれたんだお?」

 

( ・∀・)「……助けた? そう思うのは早計では無いかね」

 

静かに枯れ草の上に内藤を置き、その傍らで膝を付き屈むモララー。

 

射命丸(……この距離はまずいですね)

 

あまりにも近すぎる。このタイミングで攻撃を仕掛けられればそれを防ぐ手立ては無いに等しい。

しかし、そんな緊迫感も何のその。

モララーは聴かせる様に、内藤へと語りかける。

 

(  ∀ )「――内藤君。君は単純すぎる。単純なままで生きていくには世界は厳しい。やがてその単純さが、君自身に悲しみをもたらせてしまうだろう」

 

そう語るモララーの顔からは、初めて笑みが消え去っていた。

何処か悲しそうな、何処か同情をするような、そんな苦悩の表情。

 

(;^ω^)「……? それは一体……」

 

(  ∀ )「だから――」

 

ぽん、とモララーの手が、内藤の額に載せられる。白い手袋越しのヒンヤリとした温度が心地良い。

 

( ・∀・)「――だから、強くなり給え。君自身の"純粋さ"を貫ける程に」

 

――その場の全員が、その様子と感覚で理解した。

戦いは終わったのだと。誰一人欠く事無く、生き残ったのだと。

 

(;'A`)「良かっ――……ああ、駄目だ。安心したらまた腰ががが……」

 

ルナサ「ん、また寝転がるの? ……地面が好きなんだね」

 

射命丸「全く、一気に気を抜きすぎですよ。……ま、私の情報のお陰で生き残ったんですから、その点をお忘れなく!」

 

(;^ω^)「……射命丸も結構気を緩めてると思うお?」

 

( ・∀・)「ははは。君達は本当に見ていて飽きないね。なぁ? 衣玖君」

 

衣玖「ええ、本当に……ふぁぁ――。……っと、これは失礼。私も少々眠気が戻って来てしまった様です」

 

張り詰めていた空気の反動だろうか。とても和やかで、暖かな空気で満たされているのを永江衣玖で無くとも、皆が感じていた。

敵であった筈の者達が、こうして直ぐ様共に笑い合える。この奇妙ながらも暖かな空気を疑う者は、幸いにもここには居なかったのだ。

結局、とっぷりと日が沈んでいるにも関わらず、ようやく解散の流れとなったのは、半刻も後の事だった。

 

 

 

 

(;^ω^)「う、体中痛いお……」

 

(;'A`)「俺もだ……こりゃ明日は学校休むしかねぇな」

 

(;^ω^)「初めてまともな理由で学校休めて良かったじゃないかお?」

 

(;'A`)「うっせ。いつものも虚弱体質が理由だから間違ってねぇよ」

 

小規模な言い争いをしながらも、二人は互いの体を支えあって歩いている。

射命丸はそんな二人を見て、微笑みながらも軽いため息を吐いた。

 

( ・∀・)「……射命丸君」

 

モララーが呼び止めたのは、そんな時だった。

 

射命丸「……何でしょうか? この期に及んで夢想器寄越せと言われても、お断りしますよ?」

 

( ・∀・)「私がそんな未練がましいように見えるかね? 君達とはもう争う気は無いよ。……理由もね」

 

射命丸「それでは一体どんなお話が? 私としてはあまりあの二人を放っておけないのですが……」

 

( ・∀・)「君の対応次第で、直ぐ済むさ。――私が聞きたいのは、君が隠している事だからね」

 

――射命丸の表情が、鋭さを増す。

それは戦闘時の比ではなく、さながら手負いの獣が垣間見せる眼光。

 

射命丸「……一体、何の話でしょうか」

 

( ・∀・)「惚けなくて良い。君ほどの妖怪が気がつかない筈が無いだろう? ――"契約し続けるリスク"の事を」

 

既に会話は探り合いへと変化していた。

そう、これもまた一つの戦い。

 

( ・∀・)「彼は本当に単純だからね。さしずめ君が力を貸して、その力で闘い抜き勝ち残った先に褒美がある――。と、まぁこの程度の情報しか与えていないのだろう?」

 

射命丸「……人聞きが悪いですね」

 

否定や無視は却って状況を悪くする。

そう、射命丸はモララーの話を妄言だと笑い飛ばす事が出来ないのだ。

鴉天狗に対して何かを探ろうとする人間に、まともな神経をしている者は居ない。

適当な誤魔化しでは、この男の欲求を阻むことは出来ないだろう。

 

( ・∀・)「……ハッキリとは否定しないのだね。何、気にする必要は無い。その為にこうして君だけを呼び止めている」

 

射命丸「秘密にしている訳ではありません。リスクが目に見える前が瀬戸際だと考えていますから。……悪戯に不安を煽るのも酷じゃないですか」

 

これもまた虚言とは言い切れない、本音を交えた真実の言葉だった。

その些細なニュアンスを感じ取っているのか、モララーは口角の歪みを更に深くする。

 

( ・∀・)「フッ……。本当に酷なのはその判断かもしれないよ」

 

射命丸「……そちらの質問には答えました。こちらの質問にも答えていただきましょうか」

 

我ながら強引過ぎるとは射命丸も思った。

だが、こうでもしなければ根掘り葉掘り、こちらの魂胆を暴こうとするだろう。

それでは悟られぬように秘密としている意味が無い。

故に強引に攻撃の流れを逆転させたのだ。

 

( ・∀・)「そんな約束は取り付けた覚えは無いが――確かにその方がフェアだね。何でも聞くと良い」

 

やはり、妙な所で律儀な男だ。無駄に攻防を挟む事無く、こちらの意図に乗ってきた。

射命丸はほんの少し躊躇をするように目を細めると、彼の右手に握られたジュラルミンケースの方へと視線をやる。

――ずっと、それが気になっていた。求めている答えが最大限手に入るように質問を吟味し、やがて意を決して――

 

射命丸「貴方のその――」

 

( ^ω^)「お? おーい射命丸ー。そっちで何してるんだおー? 早く帰って新聞読んであげるから、早く帰るおー?」

 

――そうして、二の句の続かなくなった射命丸の口元は、やがて流れるように引きつった笑みへと変わる。

 

射命丸「――あーややややや……」

 

( ・∀・)「フフフ……。本当に賑やかで、そして朗らかだね彼は」

 

射命丸「気が抜けてて脳天気なだけですよ。最もそこが良い所ですが。……さて、じゃあ私は帰らせて頂きます」

 

( ・∀・)「おや、質問は良いのかい?」

 

射命丸「聞いた所で貴方が真実を話すとは限りませんしね。それに何だか――」

 

( ・∀・)「……何だね?」

 

そこで再び数瞬の沈黙。

 

射命丸「そうですね。さしずめ"胡散臭い"です」

 

そして、自らが生んだ沈黙を鼻で笑い飛ばすように射命丸はキッパリと言い放つ。

モララーはそれを聞いて少々目を丸くしたが、次の瞬間には

 

( ・∀・)「コロンのせいかな。次に会う時は、もっと上品な物を選んでこよう」

 

と、負けず劣らずの軽口を返してみせた。

 

射命丸「まったく、口の減らない人間ですね。……では、これで失礼させて頂きます」

 

衣玖「御機嫌よう。明日は嵐になるやもしれませんので、お気をつけて」

 

( ・∀・)「素晴らしい戦いを有難う。また会おう、若者達よ」

 

見送りを背に受けながら射命丸は内藤の元へと急ぐ。

だが、胸中はとても穏やかではない。

 

射命丸(何が"素晴らしい戦い"ですか。自慢に見せかけてずっとヒントを出し続けていた癖に。これでは勝ったとしても狐につままれたような不完全燃焼感が残るじゃないですか……)

 

つまり、相対した時点でこちらの完全勝利は無かったのだ。

買っても負けても、モララーがまるで一枚上手であったかのような感覚を残される。

細かい事を考えない脳味噌筋肉では勝算は無く、作戦と観察によって勝算を得る頭脳派では、この不快感に気がついてしまう。

本当に自己顕示欲の強い、嫌な相手だった。いや、それ以上に何故か成るべく近づきたくない雰囲気があの男からは漂っているのだ。

 

( ^ω^)「しゃーめーまるー……っと、おっとっとぉ!?」

 

射命丸「あやややや! 危なっかしいなぁもう……ほら、大丈夫ですか? ブーンさん」

 

(;'A`)「う、お、重い……コイツの体重差考えて。そして俺をもうちょっと褒めてあげて……」

 

ルナサ「頑張ってるね」

 

(;'A`)「え? そんだけ……?」

 

賑やかに笑い合いながら、一行は家路を歩んでいく。

出てきた時よりも、満たされた顔を浮かべて。

 

 

 

 

 

(;^ω^)

 

――どんな夜でも太陽は登ってくる。

それが太陽の義務ならば、社会人は社会貢献を、そして学生は学業の為に学校へと出席するのが義務なのかもしれない。

最も太陽さんの責務の重さに比べたら、人の負う義務は随分とどうにでもなってしまう物だ。サボろうと思えばサボれるし。

しかし問題は、その先に待ち受けている物だった。

 

(;^ω^)「どうしよう……射命丸……」

 

射命丸「……あややや。こればっかりは……どうにも」

 

目の前にあるのは、白紙の入部届の山。手元にある記入済みの用紙は、ツンの一枚と自分の一枚。

そう、担任に課せられた問題は、未だ解決出来ていない。

別段サボった訳では無いが、これが努力分に比例した現実的な結果である。

ちらり、と時計を見やる。

 

時刻は既に放課後に差し掛かっていた。

タイムリミットは、一応"今日一日"。……既に自由に勧誘出来る時間は少ない。

担任は朝がタイムリミットのつもりで居たようだが、そこはどうにかゴネて延長してもらったのだ。

それからどうにかこうにか授業の合間を見繕って、残りの一人を探し続ける事約半日。

あまりにも悲惨に見えたのか、ショボンが名前だけでもと言い出してくれたが、それはこちらから丁重にお断りさせて頂いた。

そのせいで、ショボンが隠しているアルバイトの件が何かの拍子に学校側にバレてしまっては、申し訳無いでは済まないからだ。だから、喉から出かかった手を飲み込んでまで、泣く泣くショボンを見送ったのだ。

 

――だが、このままではショボンの善意所か、ツンの善意さえも無駄になってしまいそうだ。

 

(;^ω^)「時間が……もう無いお」

 

流石にもう粘るのも限界だろう。

部員獲得成功にしろ、失敗にしろ、そろそろ担任の元へ行かねばならない。

 

射命丸「……気を落とさないで下さい。ブーンさん。筋トレ部でもほら、カメラを持ち歩けるかもしれませんから……」

 

(; ω )「うう……マッチョ専門の写真集とか作らされる羽目になったら、手伝ってくれるかお……?」

 

射命丸「それは嫌です。お断りです」

 

トボトボと、誰も居なくなりつつある廊下を歩んでいく。

成るべく時間をかけて道のりを消費していくが、それでもいつかはたどり着いてしまうだろう。

内藤は深い深い溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

(´・_ゝ・`)「……くふぅ」

 

盛岡デミタスは、深い溜息を吐いた。

ようやく心配事が片付くからだ。

不良更生施設地味た筋トレ部の顧問なんて、身が持つ訳が無い。

だから、"自主的に"内藤ホライゾンをそこに入部させ、その功績で以って顧問就任の話を有耶無耶にするという算段だ。

とりあえず時間稼ぎに為れば良し、問題が起きてくれればそのまま筋トレ部と距離を置くキッカケにも出来る。

内藤ホライゾンは犠牲になってしまうが、仕方が無い。これは必要な犠牲なのだ。

 

はやる気持ちを抑えながら、ふと時計板に眼をやると既に放課後。

良い加減諦めて内藤がやってきてもおかしくない時間だ。

本当ならば朝の内に決着を付けて安心しておきたかったのだが、生意気にも"今日中"の拡大解釈を武器に時間を延長させてきた。

ぼんやりした内藤にしては小賢しいが、まぁいい。どの道この時期に部員を集める等、無謀でしか無いのだから。

 

と、そこでようやく職員室の扉が開かれた。

ノックが付随している辺り、教員では無く生徒がやってきたのだろう。

入ってくるのを待構えながら、ぶつける小言の準備をしておく。

 

(;^ω^)「しつれーしますお……」

 

(´・_ゝ・`)「内藤か。遅いぞ! 大体お前はいつも……。いや、良いから早くこちらへ来い」

 

まごつく内藤を見ているだけで苛ついて来る。

とっとと話を済ませてしまおうと、早々に呼び寄せる。

 

(´・_ゝ・`)「で? 何枚集まった。入部希望は」

 

(;^ω^)「……その、こうなりましたお」

 

単刀直入で切り出した本題。内藤は少し答えに躊躇したが、ようやくおずおずと入部希望届を差し出してきた。

一枚は、内藤ホライゾン本人。そしてもう一枚は、隣のクラスの女子の物だった。

まず、誰か一人でも賛同者が居た事に正直驚いた。

設立条件は三名。もしや、と冷や汗が湧く。

 

そして、命運を分ける三枚目。

 

――それは、白紙だった。。

 

(;´・_ゝ・`)「ふぅ。残念だったな。そんなもん男らしく諦めて、さっさと筋トレ部入部届けにサインしろ」

 

胸を撫で下ろしながら、白紙の入部届を突き返す。

内藤は何やら心残りでもあるのか、戸惑っている様子だったが……やがて大人しく用紙とペンを受け取った。

 

(; ω )「……」

 

(´・_ゝ・`)「何してる。さっさと書け。そこらの壁でも使えばすぐ済むだろう?」

 

何と行動が遅い生徒だろうか。

いつもぼんやりとしていて、それがどうも鼻につく。

精々"筋トレ部"で鍛え直してもらうが良い。

 

(; ω )「……その、もう少しだけ、後少しだけ時間をくれませんかお?」

 

(#´・_ゝ・`)「――何?」

 

この期に及んで往生際の悪い奴だ。こっちは忙しいというのに、これだから頭の悪い生徒は困る。

この後は教員達との飲みの予定が入っているのだ。そこで重大発表があるらしいと噂を耳にしているから、無駄な時間をこれ以上伸ばす訳にはいかない。

焦りからか、思わず声が荒がる。職員室にあまり人が残っていなくて良かった。

 

(#´・_ゝ・`)「内藤! お前は俺と約束したよな? ダメだったら筋トレ部に入部すると! もう結果は出ただろう! お前が持ってきた入部届は最低3枚に1枚足りてないんだよ!! だから部活設立が出来ないのは馬鹿でも理解るだろ? ああ!?」

 

「――じゃ、後1枚あれば良いんすね?」

 

(#´・_ゝ・`)「……あ?」

 

誰か、が内藤の持っていた紙とペンを横から奪い取る。

そうして、素早く必要事項を記入していくと、無造作にこちらへ突き出してきた。

 

(#´・_ゝ・`)「お前は……?」

 

('A`)「……ウス。ドクオっす」

 

用紙に記入されている名前は宇津田独男。

虚弱体質を理由にクラスまでは中々出てこないが、一応受け持ったクラスの生徒だった筈だ。

一体いつの間に……いや、何故このタイミングで?

 

( ^ω^)「ドクオ……! ありがとうだお!」

 

('A`)「これでいいんすよね? "3枚"っすよ」

 

(;´・_ゝ・`)「……あ?」

 

書類上に不備は無い。他の二枚にもだ。

――そう、揃ってしまったのだ。内藤ホライゾンの部活設立条件にある最低人数が。

手元にある紙切れ三枚が、それを何よりも堅く証明している。

 

(*^ω^)「やったお! これで新聞部が出来るお! ドクオのお陰だおー! ……あれでも今日休むって?」

 

(*'A`)「そんなに喜ばれると、素で照れるっつーの……。俺はちょっと用事のついでに来ただけだ」

 

(;  _ゝ )「……ううむ……」

 

成る程確かに書類は揃った。

そして人数も揃った。

 

――だが、それだけだ。

そう考えると、思わず失笑してしまう。何故なら――

 

(´・_ゝ・`)「何喜んでんだお前ら。部活設立人数は揃ったが、まだ足りてない物があるぞ?」

 

喜びの声が、途絶える。

そう、こんな事もあろうかと隠し玉を用意していたのだ。

 

(´・_ゝ・`)「部活設立に必要なのは、部員だけじゃない。"顧問"もだ。宛はあるのか? え?」

 

(;^ω^)「え? ……顧問?」

 

やはり驚いている様子だ。

それもそうだろう。生徒手帳にはその部分は記載されていない。

教員が過剰な程足りていた時代の名残で、顧問をわざわざ生徒が探す必要が無かった時代の条件なのだから。

今は既に部活にまで手が回る程余裕と気概のある教員は数える程。

本当に大変なのはそこなのだ。

 

――そう、勝ちは決まっていた。

 

(´・_ゝ・`)「おいおいおい。ダメだなぁ。それじゃあ認められないなぁ……?」

 

口元が緩みそうになるのを、何とか堪える。

ガキはこれだから詰めが甘い。

まぁこれが"社会の厳しさ"だ。この先噛み締めながら、筋トレ部で青春を消費するが良い。

 

憂さ晴らしを兼ねて、彼らが無駄に集めてきた三枚の入部届。それを縦に引き裂こうと、手をかける。

 

(´・_ゝ・`)(……待てよ?)

 

ふと、名案が湧き上がった。

あちらに足りないのは、顧問となる教職。こちらが欲しいのは、筋トレ部を免れる理由。

つまり利害は一致しているのでは無いだろうか……?

 

ならば、話は早い。

入部届を束ね直し、咳払いで場を切り直す。

 

(´・_ゝ・`)「仕方ないな。内藤。その顧問の任に俺が――」

 

('A`)「――安心しろブーン。顧問は連れて来てる」

 

(´・_ゝ・`)「――え?」

 

言葉を遮って、そそくさと出入り口の扉を開きに行くドクオ。

そうして連れてきたのは――

 

( ・∀・)「やぁ。御機嫌よう」

 

(;^ω^)「え!? モララーさん!?」

 

(;´・_ゝ・`)「だ、誰!? ここは関係者以外立ち入り禁止なんだぞ!?」

 

驚きの声が、交差する。

どうにも唐突に現れたこの人物は、内藤の知り合いらしい。

だとしたら巫山戯た話だ。学校に不審者を連れ込む等――

 

(;´・_ゝ・`)「……ん? お前……"顧問を連れてきた"と言ったのか?」

 

('A`)「ウイッス」

 

(;^ω^)「え? どういう事なんだお? モララーさんが顧問? 顧問って事は?」

 

( ・∀・)「そういえば自己紹介も半端だったね。私は今月付でこちらの美布高等学校に就任となった"モララー先生"なんだよ。気軽に話しかけてくれたまえ」

 

(;^ω^)「は!? へ!? ほ!?」

 

(;'A`)「驚くよな。その反応は俺もしたわ……」

 

(;´・_ゝ・`)「……!? な、なんだ? どういう事だ?」

 

訳が分からない。唐突に現れたこの男が、わが校の教員だと言うのか。

一体全体、何がどうしてこんな事に?

 

( ・∀・)「貴方が盛岡デミタス先生だね? 私の役職は美布高等学校の普通科2-Aクラスの"担任職"だ。貴方は副担任のポストに移行してもらう事になった」

 

(;´・_ゝ・`)「……は!?」

 

( ・∀・)「唐突で驚くのも無理は無い。だが、"上"も色々あったらしい様子でね。現場に"多少の影響"が出てしまうのは致し方無いとは思わないか?」

 

頭が真っ白になった。

何かもが、自分の預かり知らない場所で流れていく。

折角のチャンスも、手に握っていた三枚の部活入部届も、担任の役職も、目の前の男がかっさらっていく。

ふとその時、肩が叩かれた。

 

( ・∀・)「お気持ちはお察ししよう。だがこれも"社会の厳しさ"だろう?」

 

(;´・_ゝ・`)「あ、はい……」

 

それが優しさだったのか、それとも嫌味だったのか。

頭の中で整理が付く前にはもう、良く分からない内に三人の姿は去っていった。

 

(;´・_ゝ・`)「……コーヒー飲もう」

 

そうして誰も居なくなった職員室で一人、呆然としながらインスタントコーヒーを無感情に入れて、静かに啜る。

今日のコーヒーは……何だかとても苦かった。

 

 

 

 

 

(;^ω^)「いやーでも驚いたお……モララーさんがこの学校に来るだなんて……」

 

('A`)「いやほんと……今でもドッキリ企画としか思えねーわ。カメラ何処よ」

 

( ・∀・)「はっはっは。素敵なサプライズになったかね? 君達の危機を颯爽と救った様は実にドラマティックだっただろう?」

 

廊下を歩む三名。

一人はカメラを、一人はヴァイオリンを。そしてもう一人は大きなジュラルミンケースを片手に握りしめ、誰も居ない道を闊歩していく。

和気藹々としたこの様子から、誰がこの三名を敵同士であったと想像出来るだろうか。

 

( ・∀・)「……所で、そちらの鴉天狗君は何故ずっとこちらを睨んでいるんだい?」

 

そして、敵意剥き出しにしているのは射命丸文ただ一人。内藤ホライゾンのカメラの影に隠れるようにして、じっとりとした視線をモララーに向け続けている。

 

射命丸「……そりゃもう、貴方がまた姿を表したからに決まってるじゃないですか」

 

ルナサ「私も少し、驚いた」

 

( ・∀・)「おや? 言わなかったかね? "また会おう"と」

 

射命丸「こんな即時効果ある言葉とは思いませんよ普通!」

 

( ・∀・)「はっはっは。有言実行が今週の私の座右の銘でね。……所でどうだね? 今日のコロンは。君達と戦った林のような、爽やかで落ち着いた香りを選んで見たのだが――」

 

射命丸「臭い! 臭いです! っていうか貴方の胡散臭さはそんなんじゃ紛れませんから!」

 

(;^ω^)「え? 僕は結構この香り好きだお? なんか大人っぽくて……」

 

('A`)「ん? 何か匂いしてんの?」

 

( ^ω^)「え?」

 

射命丸「え?」

 

('A`)「ん?」

 

――こうして、取り戻した安らぎの時間はただただ過ぎていく。

そう、欲しかったのはこんな時間だ。

何か特別な事が起きなくても良い。

自分が主役になれなくたって良い。

誰かの側で喧騒を耳にする。――それが、欲しかった音。

 

('A`)「……」

 

窓から覗く夕日に、ヴァイオリンを掲げてみる。確かな重みが手にかかる。

これが世界を変えた扉だ。心に落ち着きをもらたしてくれた鍵だ。

……そういえばラッキーアイテムでもあったっけ。

 

ルナサ「……これからもよろしく。ドクオ」

 

いつの間にか距離が縮まっていたルナサ。

その姿が何だかとても綺麗で、つい――

 

(*'A`)「――マンドクセ」

 

――つい、照れ隠しにそんな言葉が出てきた。

 

 

 

 

 

 

藍「……余計な事をするな。人間」

 

「……ん?」

 

"表での生活"を一段落させ、ようやく"管理"に顔を出せた直後の事だった。

複雑かつ不可解な図形の立ち並ぶ空間の中で、煌々と妖しく輝く金色の瞳が、こちらを既に射抜いていた。

それはただの威圧では無い。

国を傾けてしまう程の強大な妖――九尾の眼光。

単なる人間であったのならば、晒されているだけで意思を掌握されているだろう。

しかし、男はそんな状況下で、皮肉めいて茶化してみせた。

 

「多すぎて分からないな。どれの事を言っているんだ?」

 

当然の如く、八雲藍の威圧感は増す。

しかし無駄と悟ったのか、やがて術式への操作に意識を向け直して行った。

あまりにもあっけない対応のされ方に、男は少し寂しそうに肩を竦ませる。

 

「分かった分かった。内藤に肩入れし過ぎだと言うのだろう?」

 

藍「理解しているのならば次は覚悟しろ。"管理者"とは極大視点においてでのみ行動が許される特権保有者なのだ。貴様がそれを乱し、権利を濫用するのであれば"修正対象"として処理せざるを得ない」

 

「それはお前のご主人様もきちんと守っていた規則《ルール》だったのかねぇ?」

 

藍「……紫様は――」

 

八雲藍は思わず自らの口から出た名に、僅かに眼に苦悶の色を浮かべる。

しかしそれも一瞬の事。直後に何事も無かったように仕切り直す。

 

藍「――"八雲紫"は、幻想郷において最も優れた統治者"だった"。気紛れでさえ全ての行動に意味が伴っていた」

 

「……へぇ」

 

男は八雲藍の近くに歩み寄ると、術式の一つに手を翳す。

そうして眼前に表示されていくのは、参加者の"幻想郷側"リスト。

 

「だから、これも何か意味があるとでも?」

 

藍「……それを解せなければ、私に"八雲"を冠する資格は無い。そして夢幻例大祭を続ける意味もだ」

 

男はしばらくリストを眺めていたが、珍しくそれ以上は茶化そうとせずに、空間を後にした。

幻想郷には幻想郷の理合がある。都合がある。

それはあまりにも甘美で、今直ぐ暴いてしまうのは勿体無いと感じたからだ。

反面、八雲藍は男が開き放したままのリストを見つめて表情を曇らせていた。

 

「――これも……罰なのかもしれないな」

 

大会参加者の幻想郷側リスト。

その中には大会運営を考慮し"未開放"処置されたままの幻想郷住人数名も記載されている。

そしてその中の一つ、機密レベル管理レベル共に最高ランクの術式で扱われていた人物の項目が、何度願っても変わる事の無い事実を表示させ続けていた。

 

【博麗霊夢】【定義消失《LOST》】

【八雲紫】【定義消失《LOST》】

 

 

――この現実に意味があるのならば、それはきっと残酷な幻想と呼べるだろう。幻想郷はそれさえも受け入れてきたのだから。

 

 

 

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