「えーっとベルカ諸王時代の王様は……聖王オリヴィエ、覇王イングヴァルト、冥王イクスヴェリアでいいんだよな?」
「はいっ! よく覚えられましたね」
あれから数時間後。ようやく俺は解放された。こんなのが毎日続くのか……。
分厚い方の問題集に関しては鉛筆を削りまくっていたこともあってあんまりできなかった。
まあ、進展があったのは今話していた歴史だな。そのときのアイちゃんすげえ怖かったし。
「この式は解けますか?」
「全然解け――」
「…………」
「――ごめん。マジで解けない」
いやホントに数学は一筋縄じゃいかないんだってば。お願いだから睨まないでくれ。
せっかく私が教えているのに、みたいな感じで睨まれても困るから。ホント困るから。
「……あの、イツキさん」
「ん? どうした?」
「少し行きたいところがあるんです――」
「ついてこいってなら了解だよ」
「すみません……」
珍しいな。アイちゃんが寄り道するなんて。あとそろそろ睨むのやめてくれ。
「どこ行くの?」
「本屋です」
「……本屋?」
「はい」
「なんで?」
「新しい教材を買おうかと」
前言撤回。アイちゃんはアイちゃんだった。どんだけ真面目なんだよ。
さすがのイツキさんもこれにはドン引きだよ。わりとマジで。
「見えました。あそこです」
「意外と近かったな……」
もう着いたみたいだ。ていうかホントに遠くなかったぞ。
するとちょうど店から誰かが出てきた。あれ? あの人どっかで見たような…………は?
「どうかしましたか? イツキさん?」
「……アイちゃん。先に行っといてくれ。俺は後から行く」
「どうして――」
「いいから行け」
「あ、はい……」
とりあえずアイちゃんを先に行かせ、こっちに歩いてくるその人を見てみる。
肩まで伸びる赤みがかった黒髪、三白眼ほどではないが鋭い目付き、それを含めても整っている顔立ちにパーカー越しからでもわかるバランスの良い体型。
そして他とは比較にならないほどの凄まじい風格。俺はコイツが誰なのか知っている。
「――マジか」
「…………あァ?」
死戦女神の名で有名となった不良、緒方サツキその人だ。
とはいっても死戦女神=姉さんだという事実は全く知られていない。
どうやら手に持っている袋を見る限り、買い物帰りのようだ。
本屋にはついでで寄ったのだろう。コイツが本を買うなんてあり得ないからな。
「ようっ!」
「………………おー」
思いきって挨拶するも、すげえめんどくさそうな面で返事された。
「久しぶりだな、姉さん」
「おお、そうだな」
お願いします。せめて普通に返事してください。
そんなことを思いつつ、俺と姉さんはすれ違った。俺は本屋に行かなきゃならねえからな。
店の入り口に着くと同時に一旦立ち止まり、思わず振り返る。
姉さんも同じこと考えていたのか、立ち止まってこっちに振り向いていた。
しかしすぐに歩き出し、何事もなかったかのように去っていった。
「まさかこんなところで会うとはな……」
〈さすがの私も予想外です〉
「……………………イツキさん」
「ん? おお、アイちゃん。どったの?」
「…………」
あれ? なんか怒ってない?
「あ、アイちゃん?」
「……なんでしょうか?」
「もしかして怒ってる?」
「……そんなことはありません」
「いや、怒ってる――」
「そんなことはありませんっ!」
今までで一番怖いんですけど。冷や汗が滝のように流れるくらいには怖いんですけど。
俺なんかしたの? したんなら何をしたか言ってくれないとわかんないよ……?
「……早く行きましょう」
「あ、あのさ、怒ってるならそうと――」
「早く行きましょうっ!」
「……………………あ、はい」
ヤベェ。女子ってこんなに怖かったのか。
そして次の日、アイちゃんは学校が終わるまで目を合わせてすらくれなかった。
ちなみに姉さんとは後に練習場で再会することになるのだが、それはまた別の話。
《今回のNG》
「ごめん……気分的に無理だわ」