「よろしくね~イツキちゃん」
「あの、俺一応男なんですけど……」
合宿先である無人世界カルナージに到着したのはいいが、メガーヌ・アルピーノさんに『ちゃん』付けで呼ばれてしまった。初対面なのに。
ほんわかな雰囲気に紫色の長髪、何より見た目が若々しい……ホントに一児の母かよ?
肝心の姉二人だが、一人は何かを訴えているかのような遠い目で『来てしまった……』とでも考えてそうな顔で立ち尽くし、もう一人は……
「頼むからやめてくれスミ姉。このままだと俺のあだ名が“シスコン”になってしまう」
「いいじゃん別に」
俺にべったりしているように見せかけて俺の髪をもみくちゃにしている。おいやめろ、これ以上俺の経歴に汚点を付けるんじゃねえ。
周りではアイちゃんを中心にご挨拶が行われており、森の茂みから人型の昆虫が現れていた。何あれちょっとカッコいいんだけど。
ルーテシアとやらの説明によると、あの人型昆虫は彼女の召喚獣らしい。……虫の間違いだろ?
「それにしても……大自然だよな、この世界」
〈無人なのが大きいかと思われます〉
カルナージの大自然にガチで見とれ、それに気づいたセラの言葉を聞いてとりあえず納得する。
人の手があんまり加えられてないから大自然の姿を保てるんだな。つまり人間がやってる森林の伐採ってのはその大自然を破壊してるんだから愚かとしか言いようがない。文明の発展と引き換えに自然がなくなっていくのか……。
「イツキ、お前はどうすんだよ?」
感慨深い気分に浸っていると、平常に戻ったらしい姉さんに話しかけられた。どうするって、何をだ……?
どう答えればいいか悩んでいると、セラがこっそりと内容を説明してくれた。えーっと簡単にまとめると、大人はアスレチックでトレーニング、子供は純粋に川遊びをするってことか。
はっ、そんなの――
「――川遊びに決まってんだろ。アガルタが俺を待っているんだぞ!?」
カメラやドローンを調達してきた甲斐があったというものよ。ホントならお風呂タイムのときに使おうと思っていたが、これはありがたい。
俺の気合いの入った返事を聞いた姉さんは『それでこそイツキだ』といった感じで微笑んだ。
そういやカメラは防水性かな? でないと写真が撮れないぞ……物凄く心配である。
□
「ノォォォォォ……!!」
約二時間後。俺は水辺でショックのあまり叫びながらその場で膝をついていた。
泳いでる最中に水着のサイズが合ってないことに気づいて自力で修正し、そのあとは失血死するかしないかの瀬戸際でガキ共やルーテシアやアイちゃんを撮影していたのだが、珍しくビキニを着ていた姉さんが離脱してしまったのだ。
なんで戻るんだよ……あんたスタイルだけはいいから結構売れるのに……ま、まあいいか。ボイン枠はノーヴェやルーテシアでも売れそうだからその辺りは大丈夫だろう。ちなみに貧乳枠はガキ共とアイちゃんだ。最近売れ行きいいんだよね。
「イツキ……私たちを撮ってる暇があるなら泳いできたら?」
声がした方を振り向くと、ワンピースタイプの水着を着たボイン枠――ルーテシアがジト目でこちらを見ていた。え、何? 俺なんかした?
とりあえず……あれだ、嫌な予感がする。ここは適当にはぐらかして撃退するのが妥当だろう。
「誰もお前らなんぞ撮ってないけど(パシャ)」
「今撮ったよね? なんの悪びれもなく堂々と私を撮ったよね!?」
しまった。あまりにもベストショットな状況だったのでつい撮っちまった。
「景色を撮ったんだよ。勘違いしてるとこ悪いが、俺だって一線は弁えてるんだぜ?」
「じゃあそのカメラのデータ、見せてよ」
そう笑顔で言うルーテシア。お、おう、目が笑ってないぞ。ていうか冗談じゃない。このカメラには商品候補のデータが入っているんだ。商売としてはかなり成り立っている。つまりお客さんが俺の写真を待っているんだ……!
ついでに言えば稼いだ額の3分の1は姉さんにあげていたりする。もちろんタダではなく、トライベッカさんやシェベルさんの写真と引き換えだけど。あの人たちの写真は姉さんに頼むのが一番手っ取り早いからな。
「ほら、見せるぐらい良いでしょ?」
「このカメラには指一本触れさせない……!」
「そ、そこまで大切なものなの……?」
大切なのはカメラ本体ではなく、データだ。今すぐにでもメモリーカードを取り替えたいのだが、今いる場所は水辺なので水をかけられるとアウトだから無理だったりする。
まあ、さすがに気づかれたりはしないから大丈夫のはず……
「見せないと水をかけるよ?」
大丈夫じゃなかった。
「だ、ダメだ……子供たちが俺の写真を待っているんだ……!」
「…………話が飛躍してない?」
決してそんなことはない。子供たちが待っているというのはマジだったりする。大体がガキ共と同い年か俺と同い年の連中だけど。
「見せて」
「イヤだ」
「見せなさい」
「イヤだ! 見せるぐらいならこのアガルタから離れてやる!」
「アガルタって……歯を食いしばりながら血の涙を流すほど名残惜しいものなの?」
アガルタという言葉を聞いたルーテシアはさっきよりもジト目になって呆れ出した。
キサマ……アガルタを知らないとは何事か。アガルタってのは男の楽園なんだよ! 水着の女子がキャッキャウフフしている場所なんだよ! それを知らないなんて……!
「アガルタを知らないとは何事だ!」
「……イツキ、それを言うならユートピアか桃源郷だと思うんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが砕け散った。そ、そんな……男の楽園を一言で言うとアガルタになるはずじゃなかったのか!?
「………………」
「さ、わかったらそのカメラをこっちに――」
ダッ(俺、猛ダッシュ)
「ちょ、イツキ!?」
本日二度目のショックを受け、ヴィヴィオのデバイスであるクリスから愛機のセラを受け取って猛ダッシュでその場から離脱する。なんか後ろからルーテシアの声が聞こえるけど振り返りはしない。前だけ見て走るんだ、緒方イツキ。
男の楽園はアガルタ、男の楽園はアガルタ、男の楽園はアガルタ……
「男の楽園はアガルタだぁぁぁぁぁっ!!」
〈マスター! 気を確かに!〉
このとき、セラの呼び掛けがなかったら俺は発狂していたかもしれない。
□
「に、逃げ切ったのはいいが……」
あれから数分ほど逃げ続け、やっとルーテシアの追撃を免れた俺は森の中で迷子になっていた。
いや、正確には迷子ではない。さっきまで俺がいた水辺に戻っている。どうやら逃げているうちに一周してしまったようだ。しかし、幸いにも反対側だ。そう簡単に見つかりはしないだろう。魔法を使わない限りは。
さて……一旦身を隠せたのはいいが、茂みの向こう側ではルーテシアがお怒りだ。リアル激おこぷんぷん丸だ。けどこれはチャンスでもある。今のうちに本体からメモリーカードを――
「ん?」
なんかジジジって音がするかと思ったら小さな虫のようなものが大量に飛んでいた。いや、これは虫というより……小型探査機か? なんでこんなものがいるんだ――
「そこねイツキ!?」
「るぁっせぇ!?」
怒号がした方を振り向くと、お怒りのルーテシアが泳いでこちらに向かってきていた。なぜ見つかったんだ!? まさかこの虫か!?
とにかく逃げないとマズイ。捕まればデータが吹き飛んで何もかもおしまいになってしまう。
「待ちなさい!」
「誰が待つかバーカ!」
そのあとも俺とルーテシアによる小規模リアル鬼ごっこが続いたが、さすがにやり過ぎだと感じたらしいガキ共がルーテシアを食い止めたことで幕を閉じた。ふぃ~死ぬかと思ったよ。
《今回のNG》TAKE 5
「男の楽園は(放送事故)だぁぁぁぁぁっ!!」
〈子供の発言とはとても思えませんね〉
何を今さら。