言えることは一つ。イツキはこうして――に目覚めた。
「ほら、手を動かして緒方くん」
「へいへい……」
このなんとかヒルデ学院に転校してから三ヶ月ほど経った。
天気は快晴、気温も炎天下。だというのに、俺はクラスの委員長に自主勉とやらをやらされている。全く、なんで俺がこんなことを……。
しかも今日は七夕だ。チッ、そんな時ぐらい休ませてくれよ。
「何ボーッとしてんのさ」
「帰りたい」
「ダメだよ」
どストレートに言ったというのに却下されてしまった。じゃあ聞くなよ。
転校してまだ半年も経っていないが、早くこんな学校からはおさらばしたい。まだ地球の学校の方がマシだわ。
どうもこの世界の学生は差別意識が激しく、最初は俺をなぜか落ちこぼれとして扱ってきやがった。そんで我慢の限界がきたのでブチギレ、連中を半殺しにした結果、今度は問題児扱いである。
本来ならやってしまったというところだが、今回ばかりは俺にケンカのやり方を教えてくれた姉さん達に感謝だ。
もちろん、問題児として扱われているので友達はいない。俺に近寄ってくる奴もいない。
「だからそこは――」
しかし、転校初日から何かと気を掛けてくるコイツを除けばの話だが。黒髪と青い目の少女。クラス委員長をやるほどのしっかり者で、勉強もできて周りへの気配りも良い。ついでに容姿も良いから男子からの人気もある。
そんなマドンナ的存在が俺に勉強を教えてくれている。正直言って放っといてほしい。勉強なんて別にできなくてもいいから。
「そうそう。後はこの記号を――」
「あのさ委員長」
「――ん? どうかした?」
「もう放っといてくんない?」
考えることが嫌いな俺は思ったことを委員長に話した。なんで問題児の俺に構うのか、なんでわざわざ勉強を教えてくれるのか、それでお前にメリットはあるのか。自分で言っといてあれだが、回りくどくない分は良いだろう。
けど考える素振りすら見せず、きょとんとした顔の委員長から返ってきた答えは俺の予想はおろか想像すら越えるものだった。
「だって放っとけないんだもん」
委員長という立場上、仕方なく俺に構っている、弱みを握る、とかなら納得はできる。だけどコイツが言った答えの内容はお節介のそれだ。にわかには信じられない。
もしかしてコイツの感性は人とは違うんじゃないか。だとしたら……
「俺に構うことで生まれるメリットは?」
「そんなものないよ」
良かった。委員長は一般人の感性をお持ちだ。
一息ついて、『それなら俺に構うな』って言おうとしたら委員長がそれを遮るように続けた。
「でも、困っている人を助けるのは当たり前だよ。人間は助け合う生き物なんだから」
そう言いきった彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
助け合う? 蹴落とし合うの間違いだろ。思わずそう言いかけたがグッと堪える。
まあいいか。これ以上は無駄だと判断し、ノートを閉じて席を立ち上がる。早く帰ろう。
「こらっ! さらっと逃げないの!」
チクショウが。
□
「もうっ、ああやってすぐに投げ出そうとするのはやめるべきだよ!」
「うるさいなお前は! そうやって耳元で叫ぶのやめろバカ!」
「バカにバカって言われくないよ!」
ようやく自主勉とやらが終わり、綺麗な夕焼けに照らされながら俺達は帰路についていた。
どうもミッドチルダには七夕祭りという文化はないらしく、委員長に聞いても「何それ?」としか返ってこない始末である。
……せっかくだ。彼女には七夕の何たるかを教えてあげましょう。
「委員長」
「なに?」
「七夕、やってみねえか?」
なんかデートに誘うみたいで緊張するな。だとしてもまだ早すぎるけど。
短冊とそれを吊るための笹はスミ姉にでも頼めば用意できるだろう。
「……いいよ。異文化交流みたいで楽しそうだし!」
その発想はなかった。
「決まりだな。俺は短冊と笹を取りに帰るから委員長はどっかで待っといてくれ」
「女の子を待たせるにしては酷く適当だなぁ……誘拐でもされたら全部君のせいだからね?」
だってあんたの家、どこにあるか知らないし。そっちの家庭的な事情もあるし。
俺の心情を何となく察したのか、委員長はとんでもないことを言い出した。
「んー……じゃあさ、せっかくだから緒方くんの家でやろうよ」
「お前は何を言っているんだ」
銅像もびっくりなレベルの真顔でそう言った俺は絶対に悪くない。
このあと委員長は本当についてきたが、スミ姉が用事を盾に却下したことで結局彼女の家でやることになった。なんかごめん。
□
「これでよし」
委員長宅の庭(?)にて、俺はスミ姉からもらった笹を準備している。とはいっても倒れないように立てているだけだが。
今日の夜空は格別だな。雲一つないうえに、お星様がいっぱいだ。
流れ星でも流れないかな~、なんて思っていると浴衣姿の委員長がやってきた。
「遅れてごめんね。お母さんがうるさくて……」
委員長は苦笑いしながら、服装が乱れていないかチェックする。
何でも男友達を家に連れてくるのは俺が初めてだったらしく、彼女の母親は『娘がボーイフレンドを連れてきた!』と大騒ぎ。一方で父親の方は落ち着いた物腰で挨拶してくれた。
なんというか……父親の性格が俺の親父に似ていた気がしてならない。というかお母様は娘に浴衣を着せる辺り、七夕をご存じのようだ。
「それで……似合って――」
「似合ってるよ。時間がないからさっさとやろうぜ」
「……せっかちだなぁ」
否定はしない。
「ほら、この短冊に願い事を書いて笹に吊るすんだよ」
「ほんとに叶うの?」
「知らん」
実際にガチで願い事が叶った奴を見たことはないからな。
俺は委員長に見られないように適当な願い事を書き、彼女がいる位置とは反対の場所に吊るした。ちょっと恥ずかしいな。
委員長も書き終えたらしく、俺の短冊が吊るされているのを見てそうやるのかと言わんばかりに短冊を吊るした。
「なんて書いたんだ?」
「内緒だよ!」
ですよねー。……まあ、それでも見たいので見させてもらいますがね。
さっそく委員長が星空を見ている隙に短冊を手に取り、なんて書いてあるのか見てみる。
えーっと――
『緒方くんが笑ってくれますように。
ユミナ・アンクレイヴ』
――え?
「…………」
これ、委員長のだよな?
最後の欄にユミナ・アンクレイヴと名前が書かれた短冊を見て言葉を失う。
そういえば……なんとかヒルデ学院に来てからはいつもひねくれた態度を取り、授業中は居眠り、売られたケンカは買う。そんな日々で……笑ったことは一度もなかったな。
「……よし」
短冊をもう一枚取り出し、今度はちゃんとした願い事を書いて笹に吊るす。これでおあいこだ。
やることはやったので星空を満喫しようと、委員長がいる方へ歩き出し――
「わっ!? どいてどいて――」
「えっ? 何々!?」
俺に向かって転んできた委員長の下敷きになった。後頭部が痛いです。
それと右手になんか柔らかいものが……あ、これ揉み心地いいな。ずっと揉んでいたい。
「……放してくれると嬉しいんだけど」
「ん?」
委員長の一言で我に返った俺は簡単に状況を確認することにした。
身体は委員長の下敷き、右手にはおっぱい、目の前には頬を赤く染めた委員長の顔。
……あー、あれだ。
「委員長」
「……何?」
「――女子の胸って柔らかいんだね」
直後、委員長の強烈なビンタが俺を襲った。
思えばこの時だったはずだ。俺が何かに目覚めたのは――。
*
「………………」
なんだろう……今、唐突に何か思い出しかけたぞ。しかも物凄く大事なことだった気がしないでもない。一体何だったのだろうか……。
「イツキさん? 大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
珍しく心配そうな顔をしたアイちゃんに声を掛けられたので、とりあえず一言返した。
今日は七夕である。俺はアイちゃんと一緒に今年から開催された七夕祭りに来ている。
アイちゃんは浴衣を着ており、ちょっと新鮮だ。いつもより可愛い。
「うーん…………」
それからも必死に思い出そうとしたが、頭から煙が出てしまったので中断せざるを得なかった。
仕方がない。今は目の前の祭りを楽しみますか。だけど――
「アイちゃん。まずは短冊を吊るそうぜ」
「短冊とは何でしょうか?」
そうだった。この世界の連中は短冊を知らないんだったな。
俺はアイちゃんに短冊について簡単に説明し、それを吊るす場所である笹の前にたどり着いた。
「では、また後で」
「おう。迷子になんなよ」
それぞれ短冊に願い事を書くため、ちょっとの間だが別行動に移る。
今回の願い事は……一枚の短冊に二つの願い事を書くのはありかな?
「…………できた」
願い事を書いた短冊を吊るし、ちょっとだけ威張るように胸を張る。
表には個人的な願いを、そして――
『委員長に恩返しができますように。
緒方イツキ』
――裏にはこれを。何でか知らんが頭の隅っこにポツンと残っていた。
きっと大事なことだろうと思い、こうして願い事として残すことにしたのだ。
やることはやったし、美少女のアイちゃんと祭りを満喫しますか!
さっそく彼女と合流し、どこから回るか俺なりに考える。
「アイちゃん。早く回ろうぜ」
「落ち着いてください。まだ時間はあります」
今回限りであろうアイちゃんの浴衣姿を目に焼き付けながら、俺は祭りを楽しんだのだった。
……これでもう少し胸が大きければ――
「イツキさん? どこを見ているんですか?」
「何でもないです」
女の子って怖い。
《今回のNG》TAKE 12
「イツキさん? どこを見ているんですか?」
「年齢のわりには小さな胸を見ている俺の頭が割れるように痛いぃぃぃっ!!」
アイアンクローは反則だと思うの。