「あぁーのぉーなぁー!! 俺ァあくまでも見るだけならイケる派なんだよ!! いつから俺がキサマの趣味を受け入れたと錯覚してやがったんだァ!?」
「いえいえ、最初から受け入れてましたよね!? さっきだって『もう一声』とか言って、これ以上にないほどハマってましたよね!? その程度で私を欺こうだなんて、お笑いもいいところですよ!!」
「二人ともやめてよ! なんで私の頭をボタンを扱うかのようにポンポン叩くのさ!? めちゃくちゃ痛いんだけど!?」
顔を赤くした少年がバンッと机を思いっきり叩きながら大声で叫び、暴走気味のツインテール少女が対抗するかのように言い返しながら、互いに一人の少女の頭を叩き続ける。
その光景をアインハルトとヴィヴィオのオッドアイコンビ、そして八重歯が特徴的なリオが呆然としながら眺めていた。
「……アインハルトさん」
「……なんでしょう」
「……いつになったら終わるんでしょうか、これ」
「……力ずくでも止められる気がしません」
「……ダメだよ二人とも。これもう手遅れだよ。止める手立てがないよ」
三人ともどこか遠い目でため息をつき、目を背けたいという衝動を抑え、逃げるように逸らしてしまった視線を今もなお暴走している二人組と被害に遭っている少女へ向ける。
そして彼女達は思った――どうしてこんなことになったんだろう、と。
――事の始まりは数時間前に遡る。
「締め切り、ねぇ……」
「は、はい……」
雲行きが怪しくなっていたある日。気持ちよく机の上で寝ていた俺は、目の前でめちゃくちゃ焦っているティミルに協力を仰がれていた。
話によるとコイツ、小学生のくせに趣味で薄い本を描いているらしいのだが、どうも今回はネタに行き詰ったようで締め切りまでに間に合わないかもしれないとのこと。
簡潔に言うと、俺はティミルのお手伝いをすればいいみたいだ。まあ、どうして俺に白羽の矢を立てたのかが最大の謎だが。
……あと何故小学生が薄い本を出せるのか、についてはツッコまないでおく。この世界は地球と異なる点が結構多いからな。
「なんで俺なんだよ」
「先輩は美少女に目がない。そこに例外はないと見たからです」
「つまり?」
「二次元にも精通していますね!?」
「お前は探偵か」
何故わかった。そんな素振りはこれっぽっちも見せていなかったのに。
彼女の言う通り、俺は美少女が大好きだ。リアルに限らず、二次元も含めて。
最近では某掲示板の美少女スレで呟いていたが、思わず火がついて『美少女の定義』という議論が十スレ以上に渡って続いてしまったので、そこから離れ個人でブログを始めている。
「だがなティミルちゃん。それだけで俺に頼むか普通?」
手伝いとは言うが、絵が描ける奴でなきゃ作業は進まない。上手く描ける保証のない俺に頼むのは良い判断とは言えないんだぞ。
ティミルはそう来ると思っていたと言わんばかりに胸を張り、明るい表情で口を開く。
「大丈夫です。先輩ならできると信じてますから」
「やめてそんな期待に満ちた眼差しで俺を見ないで」
何がどう大丈夫なのか全然わからない。期待の眼差しを向けられても困るだけだ。
絵が描けないと言えば嘘になるが、俺が描いたところで同じ絵にはならないぞ。イラスト集ならまだわからんでもないが。
……仕方がない。可愛い後輩のために一肌脱いでやりますか。
「わかったよ、協力する。ジャンルは?」
「百合ですっ!」
「帰る」
それは俺の専門外だ。
「待ってください。どうして百合と聞いただけで帰るんですか」
「俺はノンケなんだ。百合とBLは管轄外」
「私のアシスタントでいいから協力してください! 絵を描くか案を出すだけでいいんです!」
「それ丸投げじゃね?」
作家がアシスタントに丸投げしてどうすんだよ。俺ができるのは絵を描くことだけだ。
周りから嫉妬の視線を感じながらも、俺の腰にしがみつくティミルを丁寧に引き剥がす。
ふむ、後ろから美少女にしがみつかれるというのもそれなりに役得だな。シチュエーション次第では個人的なネタとしても使える。
「よし、やっぱ協力するわ。良いもんもらったし」
そうと決まれば頼りになる仲間を呼ぶとしよう。女ばっかだけど。
やることも決まったのでとりあえず通信端末を操作していると、両腕で身体を抱き締めたティミルがジト目でこちらを見ていた。
「…………変態ですね」
お前にだけは死んでも言われたくない。
「んじゃ、始めるぞ」
「うん、ちょっと待って」
放課後。今日中にティミルの薄い本を完成させるべく、頼りになる仲間達を俺の家に召集していた。ここまで大掛かりになるとはな。
もちろんスミ姉という最大の障害があったものの、新刊の完成に必死なティミルの熱意に負けたらしく、呆れながらも許してくれた。
参加者は俺とティミルを筆頭に、ヴィヴィオ、ウェズリー、アイちゃん、そして委員長だ。要はいつものメンバーである。
途中でルーテシアを呼ぼうとしたが、スミ姉から定員オーバーになると言われ断念。拝むものは拝みたかったぜちくしょう。
「いや、待たない。こっちは時間がないんだ」
「話は後で聞きますから」
「これ私達が来る意味ないよね!?」
何を言っているんだお前は。ネタがないと作業が進まんだろうが。
「ネタは黙ってネタしてろ」
「ヴィヴィオさん、ユミナさん、止めないでください。私は今すぐこの人を殴らなければならないのです」
無表情ながらも額に青筋を浮かべ、拳を振り上げるアイちゃん。それをヴィヴィオと委員長が慌てて左右から押さえ込んだ。
なんか最近の彼女、凄く暴力的だなぁ。カルシウムが足りてないってやつだろうか?
というかティミル、お前はウェズリーと楽しく雑談してる暇があるなら準備しろ。
「落ち着いてください! イツキさんはともかく、スミレさんに迷惑を掛けるのはダメです!」
「落ち着こうアインハルトさん。こいつ――緒方くんを殴っても状況は変わらないから」
い、委員長がこいつって言うた……。
「皆さん! 準備ができましたので順番にベッドの上で絵のモデルになってください! もちろん仲の良いペアで!」
「ほんとに薄い本描くんだね……」
いつの間にか準備ができたらしいティミルが皆に声を掛け、原稿とペンを構える。俺はアシスタントだから彼女の補助が主な仕事だ。
まず先陣を切ってベッドの上に乗ったのはアイちゃんと委員長。クラスメイトという繋がりこそあるが、それ以上の接点は……。
「どうですか先輩」
「俺に聞くのか……あー……とりあえず委員長が仰向けになったアイちゃんに覆いかぶさろうか」
「なるほど。アインハルトさんが受けですか」
特に何も考えていなかったので、薄い本なら必ずあるであろうシンプルなシチュエーションを要求する。俺的には服を脱がせたかったが、こんなことで人生を棒に振りたくはないので却下だ。
アイちゃんが受け、委員長が攻め。これは性格面を考えると妥当だろう。
物静かなアイちゃんは意外と好戦的な面があるものの、今のところ委員長のように明るく積極的な面は見受けられないしな。
「こ、こうでしょうか?」
「うぅ……内容を知ってるせいか凄く恥ずかしいなぁ……」
とか言いつつも、律儀に言われた通りの姿勢になる中等科コンビ。二人とも顔が真っ赤だ。さっそくカメラに納めておこう。
初等科コンビはそれを見てきょとんとした顔になっている。こういうのに疎くてまだ幼いから仕方がないと言えばそれまでだが。
顔がタコのように茹で上がった中等科コンビを、真剣な目付きで見つめながら高速でペンを動かすティミル。するとおもむろに立ち上がり、追い討ちを掛けるように一言だけ告げる。
「もう一声!!」
よほど興奮しているのか頬は赤く、クワッという感じで目を見開いている。ついでに堂々とガッツポーズまでしちゃってる。
「こ、これ以上は無理だよ……」
「恥ずかしくて死んじゃいそうです……」
二人揃って俺や初等科コンビに助けを求めるような視線を向けるのはやめてくれ。これでも良心に突き刺さってるから。
当の初等科コンビは今のティミルを止めるのは無理だと諦めモードになっており、逃げるようにアイちゃん達から目を逸らしている。
そして俺は善人じゃないし、ここで助け船を出すほど人が良いわけでもない。だからお前達の期待には応えられないんだよ。
……ぶっちゃけ本音を言えばこの状況をもっと楽しみたいしな。
「もう一声だ二人とも。あと少しの辛抱だから」
「それってどれくらい……?」
「ティミルが満足するまで」
「「…………」」
俺の言葉を聞いた瞬間、アイちゃんと委員長は目を点にして固まった。
こればっかりは仕方がない。俺はあくまでアシスタントに過ぎず、最終的な決定権を持つのは絵を描くティミルなのだから。
その後も俺とティミルによる『もう一声』コールが続き、二人が恥ずかしさのあまり力尽きたところで交代させることにした。
「次はあたしたちだね!」
「やる前から恥ずかしいよぉ……」
未だに天真爛漫なウェズリーだが、ヴィヴィオはアイちゃんと委員長の奮闘を見てこれが恥ずかしいことだと認識したらしい。
それにしても笑えない。もしも俺がモデルになって様々なシチュエーションをさせられる、と思っただけでかなりの悪寒が走る。
「原稿もあと数枚! ここからは本気でいくよ!」
そろそろ変な寒気まで感じてきた中、ガッツポーズで本気宣言をするティミルに、俺達は戦慄せずにはいられなかった。
~ シチュその一 ~
「まず手始めにヴィヴィオは受け、リオは攻めで!」
「え、えっと……」
「ヴィヴィオは仰向けになって、ウェズリーがそこへ覆いかぶさる。さっきアイちゃんと委員長がやってた通りにすればいいぞ」
「こうですか?」
「そうそう、そんな感――」
「もう一声!!」
~ シチュその二 ~
「次は二人ともぺたん座りで恋人つなぎ!」
「恋人つなぎって?」
「お互いの手の指の間に指を絡める握り方だ」
「つまり……こうだっ!」
「ふぇ!? 顔が近いよリオ!?」
「そこは気合いで――」
「もう一声!!」
~ シチュその三 ~
「力いっぱい抱き合ったまま――」
「あー、抱き合うだけでいいから。その先はやらんでええから」
「こうですか?」
「さっきのポーズに比べるとそんなに恥ずかしくないかも……」
「…………じゃあその先をやってみろ」
「「え?」」
「唇と唇をあぶるッ!?」
「緒方くんのバカッ!! 小学生に何やらせようとしてるのさ!?」
「もう一声!!」
「――終わりましたっ!」
「やっとか……」
午後九時ごろ。ついにティミルの描いていた薄い本が完成した。作家的には長いどころかむしろ短い時間だろうが、俺的には長かった。
可愛らしく歓喜するティミル先生、机に突っ伏してげっそりとする俺、そして力尽き真っ白になってしまった頼りになる仲間達。
彼女達は本当に頑張ったよ。ついさっきまでモデルと打ち上げの準備を両立してくれてたんだから。俺はお前達をマジで尊敬するぜ。
「お、終わったみたいだね……」
「一時はどうなるかと思いました……」
「こんなに疲れたのは初めてかも……」
「お、お腹すいた……」
ティミルの喜ぶ声を聞いてゾンビのように起き上がり、一人一人椅子に座っていくモデル組。
それぞれの親御さん、特に高町家の二人が押しかけて来ないかが心配だが、そこはスミ姉が上手くやってくれるだろう。
さて、俺とティミルも席についたことだしジュースでも……
「ん?」
なんだこれ。濃い褐色とか珍しい飲み物だな。最近スミ姉がよく飲んでたやつに似てなくもないが……まあいいや、この瓶に入った飲み物は俺が飲もう。美味そうだし大人っぽいし。
ティミルを含む女子組が自分のコップにオレンジジュースやアップルジュースなどの定番を入れる中、俺だけこの変なやつを入れていく。
「えー、今回は私の新刊作成にこんな時間まで協力していただき、本当にありがとうございました! それでは皆さん――」
「「「――乾杯っ!」」」
そして口から白いものを出しているオッドアイコンビ以外の皆と盛大に乾杯した俺は、それに入れた飲み物をグイッと飲み干した――。
《今回のNG》TAKE 10
「大丈夫です。先輩ならできると信じてますから」
「やめてそんな期待に満ちた眼差しで俺を見ないで」
「まさか先輩、こっちよりも家畜を見るような目の方が好みなんですか!?」
「ふざけんなクソガキ! それは委員長だけがやってもいい行為だッ!」
アイツ以外のそれは認めない。例えアイちゃんであっても認めない。