学校嫌いな彼と鮮烈な少女たち   作:勇忌煉

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第35話「俺とティミルと薄い本(後編)」

「ふっふっふ、新刊のタイトルは『放課後ユリビア』です!」

「もう少しマシな名前はなかったの!?」

 

 クラスメイトの自宅にて、ユミナは三杯目のジュースをコップに入れながらハイテンションでコロナにツッコんでいた。

 あまりにも突発的なタイトルでこそないものの、自分達が絵のモデルだということがわかる人にはわかってしまうタイトルだ。

 すぐそばではヴィヴィオとアインハルトが世間話をしており、取り残される形で孤立したリオは八重歯をぎらつかせて肉を齧っている。

 そして歓喜するコロナの隣では、

 

「今日も疲れたなぁ~」

 

 アインハルトやユミナと同じクラスメイトであり、元凶でもあるイツキがリオのようにご飯を食べていた。濃い褐色の怪しい液体を飲みながら。

 今回の件、彼に呼び出しを受けていなければこんなことにはならなかった。ちょっとした嬉しさで二つ返事で承諾してしまった自分が憎い。

 

「ユミナさん?」

「ん? どうかしたのアインハルトさん」

 

 後悔の念に襲われて頭を抱えていると、ヴィヴィオとの雑談を中断したアインハルトが話しかけてきた。相変わらず綺麗な瞳である。

 

「いえ、その……何やらイツキさんを見つめて後悔したかのような表情になっていたので、()()気になってしまいました」

「…………アインハルトさん、人の事情を軽視するのはやめた方がいいと思う」

 

 前にもこんなことがあった気がする。その時も『つい』という二文字を使っていた。

 本人にその気がなくとも、こちらからすればその程度の事情だと決めつけられているようなものだ。誠に心外である。

 ユミナの意思に気づいたのか、アインハルトは今にも目を回しそうな勢いで慌て始めた。

 

「そ、そんなつもりはなかったのですが……すみません」

「……いいよ別に。わざとじゃないだけあいつよりはマシだから」

 

 そう言いながらジト目になり、未だに怪しい液体を一気飲みするイツキを睨みつける。だんだん飲み方が大雑把になっているのは気のせいだろう。

 

「そう言えばユミナさん、さっきもイツキさんのことを『あいつ』と言っていましたけど、彼とは長い付き合いなんですか?」

「んー……そうかもしれないし、違うかもしれない。去年からクラスが同じで最初はかなり一悶着あったけど、それだけかな。最近まで疎遠だったし」

 

 かなりの一悶着……一体何があったのでしょうか。真意は掴めませんが、私には彼女が何かを隠しているように見えます。

 ここは聞くべきか、黙っておくべきか。どうしようか迷っていると、いきなりバンッという大きな音が部屋中に響き渡った。

 音が聞こえた方へ振り向いてみると、怪しい液体の入った瓶を片手に持ち、俯いて沈黙しているイツキの姿があった。

 

「…………」

「い、イツキさん? 大丈夫ですか?」

 

 ヴィヴィオが心配そうに声を掛けるも、イツキは故障かバッテリーの寿命で機能を停止したロボットのようにピクリともしない。

 さすがに様子がおかしいと思ったユミナがヴィヴィオに代わり、彼の安否を確認しようと肩に手を置き、話しかけた瞬間、

 

「ねぇ、大丈夫――」

 

「服がなってねぇ」

 

 沈黙していたイツキが再起動し、学生服を着ているユミナに意味不明なツッコミを入れた。

 思わず「は?」と間の抜けた声を出し、ポカンとした表情で彼を見つめる一同。

 よく見ると顔は真っ赤になっており、彼が息を吐く度に酔っ払いと同じ臭いが部屋に漂う。

 

「いいか()()()!! マジもんの学生だからってプライベートでも学生服とかお腹いっぱいなんだよ! 最低でも裸Yシャツかになれや! それか脱げ! 脱いでしまえバカヤロー!!」

「緒方くん、今――って意味わかんないよ!? なんで脱がなきゃならないのさ!? 絶対に嫌だからね!? それに私が制服なのは放課後になってすぐ君が呼び出したせいだからだよ!?」

 

 暴走気味のイツキに決して呼ばれることのないファーストネームで呼ばれ動揺するも、すぐにツッコミを入れるユミナ。

 彼女以外のメンバーが二人の様子を呆然としながら見つめる中、ついさっき完成したばかりの新刊を持ったコロナがふと呟いた。

 

「せ、先輩もしかして酔ってるんじゃあ……?」

 

 さっきまでのテンションはどこへやら、まるで常識人のように困惑するコロナ。唖然としていたヴィヴィオとリオも、彼女に続く形で口を開く。

 

「酔ってる……でもなんで?」

「いやいや、どう考えても先輩がずっと持ってるアレのせいでしょ……」

 

 普段はイツキを振り回す側のリオも今回ばかりは呆れ顔になり、彼が持っている瓶を指差す。

 そこには遠目から見てもわかるほど濃い褐色の液体が入っており、誰かが貼ったであろうラベルには『ダークラム』と書かれている。

 聞いたことのない単語に首を傾げる初等科組だが、アインハルトは違った。

 

「アレはお酒の名前です。アルコール度数、というものが高い部類に入ると聞いたことがあります」

「やっぱりお酒だった……」

「あんなお酒もあるんだ……」

 

 夜に二人の母親が飲んでいる姿を見たことがあるためビールくらいは知っていたが、さすがにラム酒は知らなかったヴィヴィオ。

 とりあえず絡まれているユミナを助けるべく、イツキを鎮めようと拳を握り込む四人だったが、イツキの一言で状況は動いた。

 

「だぁーかぁーらぁー、俺はノンケだつってんだろうが!! ティミルのバカバカしい腐女子趣味を受け入れた覚えはねぇんだよ!!」

「誰もそんなこと聞いてないから! てかもう喋るの――」

 

「今なんと言いましたか!?」

 

 彼を落ち着かせようと必死になるユミナの言葉を遮り、今のは聞き捨てならないと強引に割り込むコロナ。その顔は珍しく怒りに満ちている。

 

「私の趣味がバカバカしい……? バカバカしいのは先輩ですよ!! さっきどう見てもハマってましたよね!? 私の趣味にこれでもかと言わんばかりにハマってましたよね!? しかもこんなに素敵な人がいるのに美少女趣味に興じるなんて、頭がどうかしてるとしか思えません!!」

「痛っ!? 痛いよコロナちゃん! なんで私の頭を叩く必要があるの!?」

「俺は見る派なんだよボケが!! どうかしてるのはキサマの方だ!! その年で腐女子化してるヤツにゴチャゴチャ言われる筋合いはねぇんだよ!!」

「だから痛い、痛いってば! 緒方くんも叩くのやめてよ! 私の頭は君たちのボタンじゃないんだよ!?」

 

 どちらか一方が怒鳴る度に、ユミナの頭は容赦なくバシバシと叩かれる。一刻も早くイツキを止めたい彼女にとっては最悪の無限ループだ。

 暴走する腐女子と美少女好きの酔っ払いによって仲裁に入った少女は叩かれ、賑やかだったリビングはカオスな空間と化していく。

 ユミナの意志を引き継ぐかの如く、コロナを止めようとするヴィヴィオとリオ。だが、そうは問屋が卸してくれなかった。

 

「――ヴィヴィオしゃんっ」

「あ、アインハルトさん!?」

 

 頬を赤くしたアインハルトが、いきなりヴィヴィオに抱き着いたのだ。知らないうちにどこかでアルコールを摂取してしまったのだろう。

 何事だと慌てふためくヴィヴィオをよそに、唯一魔の手に掛かっていないリオは強烈なアルコール臭に思わず鼻を摘まむ。

 

「助けてリオっ! アインハルトさん、いつも以上に力が強くて引き剥がせないの!」

「ごめんヴィヴィオ。今回だけは自分第一だから……」

 

 普段の彼女なら迷うことなく助けていたが、今回は状況が悪すぎた。

 そしてそれは止まることを知らず、時間が経つにつれて悪化していく。

 ストッパー役の大人もいない絶望的な状況の中、リオは暴徒となりつつある彼らを無視して食事に没頭する。もちろん、距離を取って。

 

「いいか腐れ娘!! 趣味は人それぞれなんだよ!! そんなことも理解せず一方的に押しつけるとか論外!! もっと視野を広く持てクソヤロー!!」

「言ってることがブーメランになってますよバカ先輩!! つべこべ言ってないでそろそろノンケという殻をブチ破ったらどうなんですか!? そっちこそ視野を広く持ってください!!」

「もうやめてよ二人ともぉ……!! 頭が痛すぎてガンガンするからぁ……!!」

「ヴィヴィオしゃんはいい匂いがしますねぇ~」

「ひぃっ!? だ、誰か……助けてママぁ……!!」

 

 エスカレートが過ぎてオタク談義を展開する者、頭を叩かれ過ぎたせいで泣き出す者、後輩に抱き着いて匂いを嗅ぐ者、先輩に抱き着かれて助けを求める者……。

 そんな彼らを眺めつつ、リオは口に放り込んだスパゲティを飲み込み、この場を締めるように一言だけ呟いた。

 

 

「この人たちと同類にされたくはないな……」

 

 

 

「……………………何この状況」

 

 多分翌朝。朝日であろう眩しい光を顔に浴び、俺は目を覚ました。

 まず目の前に――委員長のめちゃくちゃ可愛い寝顔がある。一つの掛け布団に男女が入る……これが夢にまで見た添い寝か。神がいるなら土下座で礼を言いたい。

 とりあえず彼女の眠りを妨げないように上半身だけ起こし、状況を確認する。

 リビングは酷く荒らされ、破片やら食べ残しやらが散らばっている。その中心ではアイちゃんに抱き着かれたヴィヴィオが寝ており、悪夢でも見ているのか酷くうなされている。

 そして残るティミルとウェズリーは、リビングの隅っこで安全を確保したかのような状態で安らかに眠っていた。良い寝顔だ。

 ……昨日何があったのかこれっぽっちも覚えてねえ。てか頭がクラクラガンガンする。これ間違いなく二日酔いだわ。

 

「ん……」

「よう、委員長」

 

 もう少し寝ようとした途端、静かに起きた委員長と目が合った。

 彼女はこちらを見てジッとしていたが、半開きだった目を見開くと同時に顔が真っ赤に茹で上がり、素早くそっぽを向いてしまう。

 

「なんで目を逸らすんだよ――とは言わないでおく。昨日の俺、どうなってた?」

「え、あぁ、うん…………とんでもない何かになってたよ。私が恥ずかしさのあまり死んでしまいそうなほどにはヤバかった」

「わけがわからねえんだけど」

 

 どうやら昨晩、この委員長が赤面するほどの出来事があったらしい。

 まあ事情もある程度把握したし、水でも飲もう。そう思いながら立とうとした瞬間だった。

 

 

「――ただいま~」

 

 

 悪魔の声が聞こえたのは。

 

「いや~参った参った。まさか朝帰りになるとは思わなかっ……たよ……」

 

 たった今帰宅した俺の上の姉、緒方スミレはリビングの惨状を見て絶句している。さすがに全部が俺のせいってことはねえよな?

 委員長もスミ姉の存在には当然気づいており、どうすればいいのかわからず目をあちこちに泳がせている。やだ可愛い。

 状況を把握したスミ姉は静かに、それはもう静かにこちらへ振り向くと、誰が見ても怯えるような無表情のまま静止した。

 

「ち、違うぞスミ姉。これにはわけが――」

「委員ちゃん。うちの弟が何か粗暴でも?」

 

 俺が原因であること前提なのね。俺が原因なのは確定なんですね。

 ヴィヴィオが未だにしがみついているアイちゃんを引き剥がし、のっそりと起き上がっているけどそれどころじゃない。ていうかティミルとウェズリーはそろそろ起きろ。

 委員ちゃんこと委員長はスミ姉の質問に身体をビクッとさせるも、平静を保って一言。

 

「は、恥ずかしい目に遭わされました……」

 

 おい待てそれだと俺がお前を性的な意味で襲ったかのような言い方にもなるんですがぁ!?

 さ、さすがに手を出してはいないはず。そうだよね? そうだよね昨日の俺!?

 

「……イツキ」

「はいっ!?」

 

「――とりあえず遺言と死に方を考えとけ」

 

 ティミルと薄い本を完成させた翌日。どういう経緯かは不明だが委員長と添い寝し、彼女を恥ずかしい目に遭わせたらしい俺は、朝帰りの実姉から死刑判決を下されたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「助けてリオっ! アインハルトさん、いつも以上に力が強くて引き剥がせないの!」
「ごめんヴィヴィオ。今回だけは自分第一だから……」
「リオのバカぁ!! そこまで――イツキさんより頭が悪いとは思わなかったよ!!」
「ちょっと待って! さすがにあの人と同列に扱うのだけは勘弁してほしいんだけど!?」

「キサマら……さっきから俺をバカにしてんじゃねぇよ!! ぶっ殺すぞ!?」

「「ご、ごめんなさい!」」


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