とある魔王の幼少時の宣戦布告より抜粋
「ツッキー」
「なんじゃ、グラさん」
「ツッキーはどうしてツッキーなの?」
「愚問じゃな。妾がツッキーであることに疑問を持つのは夜に月があることに疑問を持つのと同義よ」
「よく分からん」
「神の教えを理解できない愚か者め。だから貴様はグラさんなんじゃ」
よく分からんけどツッキーがツッキーであることは常識らしい。
「ツッキー」
「なんじゃ、グラさん」
「ツッキーはどうしてそんなことになっているの?」
「愚問じゃな。妾の今の状態に疑問を持つことは、妾がツッキーであることに疑問を持つのと同義よ」
「意味分からん」
「神の教えを理解できない愚か者め。だから貴様はグラさんなんじゃ」
意味分からんけど、ツッキーが動物に包まれているのはツッキーだかららしい。イヌ、猫を筆頭に公園の鳩に池にいた鴨その他色んな動物に包まれて、もう顔も見えないツッキー。動物がそんなに集まってくるなんて凄いなー憧れるなー。僕にはとてもできない。
「ツッキー」
「なんじゃグラさん」
「そろそろきつくない?」
「愚問じゃな。見て分かるじゃろ?」
「つまり?」
「めちゃくちゃ重くて蒸されている状態がきつくないわけあるか!だから貴様はグラさんなんじゃ!」
「なるほど」
俺は自販機で買った缶コーヒーを一口、口に含む。明らかに砂糖過多な甘ったるい味が脳を刺激する。飲みすぎたら糖尿病まっしぐら。注意しないとな。
「飲んどる場合かァーっ!さっさと妾を助けんか!」
「最初に助けるなとか言ったのはどこのツッキーだっけ?」
「限度ってものがあるじゃろうが!って、おい貴様ら妾の口に足をむごべべべっ」
「ミツバチのスズメバチに対する攻撃方法を思い出した。丁度今のツッキーみたいな感じで相手を閉じ込めて、体を振るわせてサウナ状態にするんだよな」
「みぃ!」「にぃ!」
真っ先に肩から落とされてしまった白黒キティズが慌しく動物の塊の周りを回っていた。助けたくてもどうすることも出来なくて、手をこまねいているようだ。まさに小招き猫だな。……今のは無かったことに。
若干自分の発想に羞恥を感じていたら、ツッキーがそろそろやばそうだった。倒れて、顔から色々な液体を出して顔面崩壊の危機に陥っていた。やれやれ、仕方がないから助けてやるかね。サングラスを外せば、こいつらは蜘蛛の子を散らすようにどっかへ逃げていくだろう。
「酷い目に遭ったのじゃ」
「その前に何か言うことはないのか?」
「おおっ、そうじゃそうじゃ。クロにシロ、助かったのじゃ!」
「みゃあ!」「にゃあ!」
「俺には?」
「豆腐の角に頭ぶつけてシネ!」
解せん。助けたのは俺のはずなんだけど。まぁいいか。それより。
「ツッキーって動物に好かれているよね。その子猫たちとか」
「ふん。それは当然のことじゃ。妾じゃからのう」
「生まれてこの方、あんなにたくさん動物見たのは初めてだ。動物園とかにいっても俺がいると姿を見せてくれないんだよね」
前世ではそれなりに見たことあったけど、現世ではほとんど見たことがない。これだけ動物に嫌われるのは珍しいと思う。動物にまで恐怖されるってどんだけだよ。流石と賞賛できるほどぶれないな、俺の悪魔のような目つきは。その点、俺がいながらも、ツッキーに子猫らを筆頭に動物が集まってくるのを見るに、この人実は凄い奴だったりするんじゃないだろうか。そう思っていたら、鼻で笑われた。
「そんな物騒な気配漂わせておいて動物が寄ってくるはずないじゃろうが。もっと妾みたいな高貴で優しい雰囲気をじゃな」
「はいはいすごいすごい」
「もっと畏怖の念を込めんか!それに、今夜はまだ三日月じゃから畜生程度しか引き寄せぬが、このまま月が満ちていけばもっと凄いことになるんじゃからな!」
「凄いことって?」
「教えてほしくばそれなりの態度で示すのじゃな!手始めに地面に両手をつき、頭を擦り付け、地面を舐めてお願いしますと言うがよい。さすれば、考えてやらんでもないぞ?ん?」
「どうでもいいからパスで」
「貴様は本当に妾を怒らせるのが好きじゃな!」
「それほどでもない」
しかし、大名行列の如く動物達を引き連れているのは一体どういうわけなんだか。少し大げさに言ったけど、それでも傍から見たら集団の脅威ってレベルじゃないぞ。今もツッキーに群がろうと虎視眈々とこちらの隙を窺っているのがありありと見てとれるし。動物を引き寄せるフェロモンでもあるんだろうか。ツッキーへの魅力と俺への恐怖、この戦い、サングラスをつけていたら分が悪いな。人前だから外さないけど。
「なんであいつがこの時間に」
「サボりかしら」
「やっぱりそうなのねぇ。一朗さん騙されているのかしら?」
「えっとみんな動物に疑問はないの?」
「何もしないといいんだけどねぇ」
「ていうか一緒にいるあの女の人、大丈夫なの?」
「誘拐?」
「えっとそれより動物に」
「警察に通報した方が」
「でも」
「動物……」
ひそひそと聞こえてくるささやき声に、ため息をつきたくなる。聞こえないと思っているんだろうけど、意外に聞こえてくるもんだ。隣にいるツッキーなんかは気にもしてないというか、気付いてもいないようだけど。ていくかこのままここにいたらやばい。
「む、どうしたのじゃ?」
「いや、何でもない。それよりさっさと別のところにいこうか」
「あっ、これ待たぬか!」
ここには居づらいので、さっさと公園から出て行くことにする。これ以上、あらぬ濡れ衣をかけられても困るしね。動物達は一睨みしたらおとなしくなった。サングラスを取らなくても、少し力を込めたらツッキーのフェロモンに拮抗するが、目的は離れさせることだから、俺の勝ちってことで。と思ったら、ツッキーに軽く怒られた。解せん。
「それで今から何処へむかうのじゃ?」
「俺の家だが?」
まずは家にいるであろう母親に弁明をしないといけないのです。ああっ、胃がきりきりする。そんな俺をツッキーは不思議そうに見ていた。
―――――ちょおおおぉん……
公園を去るとき、なにやら聞き覚えのある音が聞こえた気がした。
「あらあらあらまぁまぁまぁ」
というのがツッキーを見たときの母の言葉。普段おっとりとしていて、大抵のことに驚きを示さないような人が今回ばかりはめずらしく目を丸くした。一方ツッキーはといえば、恰幅のよい母に近寄られて、少しばかり怯んでいた。
「タロが女の子を連れてくるなんて、どこでさらってきたの?」
「珍しすぎるからって息子を犯罪者にしないでくれ」
「あら?でもうちの息子ならこの時間は学校で授業を受けているはずなのだけど?」
躊躇なく確信を突いてきた。向こうから切り出されるとは想定していなかった!てか、話題の切り替えをいきなりしないでほしい。心臓に悪すぎる。
「学校で女生徒に襲い掛かって自宅謹慎くらったんでしょ?」
バレテーラ。てか襲い掛かってないし。善行をしようとしただけだし。そんなことよりなんでこの人事情把握しているの!?
「さっき学校から連絡が来たのよ。何人も病院送りにして、退学にならなかっただけでもまだマシね」
「いや、でも」
「だまらっしゃい。あなたがそんなことをするような子ではないのは分かっているわ。実際は違うかもしれない。でも、それとこれとは別問題よ。あなたの行動が実際に人様に迷惑をかけてしまったのなら、そこは反省すべきだわ」
はい。何も言えません。ごめんなさいとしか言えません。指摘が的確すぎて心にグサグサ刺さっています。弁明させてもらうなら、それでも俺は悪くないと思うんです。何言っても論破されそうだけど。
「ふぅ。まぁ今日はゆっくりしなさい。あなたも頭を冷やす時間が必要でしょう?」
「……はい」
そうだな。今日は少し熱くなりすぎた。仕方がない部分もあると思う。けど理事長にはああいったけど、もうちょっと穏便にことを済ませる方法はあったんじゃないだろうか。向こうが冷静さを欠いていた分、俺が冷静になる場面だったんだ。
「というわけでもないのかしら」
そう思っていたら、母さんの方から反対の言葉をいただいてしまった。どういうことだ?
「一体どこでこんな綺麗な子を引っ掛けてきたのよ?学校で騒ぎを起こしたと思ったら、そのままナンパ?タロいつの間にそんな事覚えたのよ」
「はい?」
「あらあら、もしかしたら別の意味で頭が熱くなっているのかも。こんな綺麗な子ならそれも仕方がないわ。でも、いくら若いといってもあなたは高校生なのだからきちんと責任をもって健全に付き合いなさいよ」
「母さん。一体何を……」
「母さん心配していたのよ?女ッ気はないし、昔は何かと護堂君のことばかり口にして。最近はクマさんだったかしら?もしかしたら、この子はそっちの方に興味があるのだとばかり思って、孫の顔を見ることを諦めていたのに……」
「母さん?」
「でもでも杞憂だったのね!もう!タロったらそんな顔してやるときはやるんだから、油断できないわ!でもこんな綺麗な人ならお母さんゆるしちゃう!」
「母さん!」
俺の言葉が右から左へ抜けていっている!?完全な暴走状態だ!これがオバサンとして覚醒した母親の力……!?ツッキーなんて最初から空気だったけど、今度は圧倒されてしまっている。俺も話についていけてないが、ツッキーはもっとポカンとしているじゃないか!!
「あなたお名前は?」
「わ、妾はツッキー、ではなくて月よ」
「ツッキーちゃんね!うちの息子はこんなんだけど、これからもよろしく!」
「う、うむ任されたぞ……?」
何かとてつもないことが母さんの中で進行していないだろうか?これを見ているとそう思えてならない。
「タロもこの人を手放してはダメよ。女の子はデリケートなのだから大切に扱いなさい」
「そ、そうじゃそうじゃ!妾をもっと大切にするんじゃ!」
お前は便乗するんじゃない!絶対何のことかよく分かっていないだろう!?ただ大切って言葉に反応しただけじゃねぇか!何なんだこれ!?
「きゃーっ!やだ何この子達超可愛い!」
「むっ!そうじゃろうそうじゃろう。妾さえも認めるこの可愛さはもはや天井知らずじゃ!存分に愛でるがよい!」
「タロ少しこの子たち、借りるわね!ああもう、幸せ!」
「・・・・・・お好きにどうぞ」
俺をのけて二人だけの楽しそうな空間が出来ていた。母さんは母さんで女のお客さんが来てテンションの上がり方が凄いし、ツッキーはツッキーでクロとシロを褒められて凄く嬉しそうだし。俺の居場所なくて、正直居たたまれない。
くそっ、こんなところにいられるか!俺は部屋に戻るぞ!勇み足で俺は階段を上り、自室へと入る。
「ツッキーちゃんもゆっくりしていってね?」
「うむ。くるしゅうないぞよ」
扉を閉める直前で、下の階では女二人の楽しそうな声が聞こえた。・・・・・・俺は素直に自宅に、いや自室に引きこもってよう。
―――――ちょぉおおおおおぉん……
どこからか、木を打ちつけたような、澄んだ高い音が聞こえたような気がした。
「ぅん……?」
俺は意識を取り戻す。いつの間にか寝てしまっていたようだ。気が付けば窓の外の空は既に暗くなっていた。色々あって疲れていたのを加味して考えても、随分と熟睡してしまったようだ。寝ぼけた頭でおぼろげにかつ少しずつ状況を把握していく。寝すぎて固まった体をほぐし、俺は部屋から出る。丁度母さんと出くわした。
「あら、おそよう。随分と寝ていたわね。顔にシーツの跡やよだれの跡が残っているわ」
「……顔洗う」
「いっそ、お風呂にでも入りなさい。それと、あなたが寝ている間護堂君が来たわよ」
えっ、マジか!起こしてくれればよかったのに。
「呼んでも起きなかったから、帰ってもらったのよ。タロも疲れてるみたいだったしね。また明日また来るそうよ」
「ん。了解。明日はきちんと会うよ」
それは申し訳ないことをしてしまった。珍しく護堂君が来てくれたのに寝こけてしまうとは。しかし、一体何の用だろうか?
「何でも聞きたいことがあるとかなんとか」
「明日聞けば分かるか。……それよりツッキーは?」
やばい。いくら頭に一応が付くとは言え、仮にも自分が招いた客人を放置してしまったのは人間として最低だ!!
「ツッキーちゃんなら、外よ。まったく、いくら疲れていたとはいえお客さんを、それもあんな美人さんを放っておくなんて……」
「それについては弁明も出来ないけど、ツッキー帰ったのか……」
挨拶もなしに帰してしまったのは、酷く後味が悪い。あれだけギャーギャー騒いでいた人がいなくなるとこうも静かに感じるものか。俺相手にあんなに話してくれたのは珍しかったのだけど。……逃した魚は大きかったかな?と若干寂しく思っていたら。
「誰も帰ったなんて言ってないわ。外に散歩に出かけたのよ。誰かさんが寝ていたせいで暇だったのね」
「……反省しています」
夜に女性一人で散歩か。まぁ、この辺りで変な人は出るはずないし心配ないかな。
「反省するだけじゃなくて、きちんと行動で示しなさい」
「へい」
「具体的には今から彼女を迎えに行きなさい」
「……なんで?」
唐突な我が家の最高権力者様からの命令に疑問を抱く。彼女を迎えに行くことがどうしてそう繋がるのか。迎えに行かなくても勝手に戻ってくるだろうに。
「ツッキーちゃんみたいに綺麗な子はこの辺りでは初めて見たわ。ていうことはこの辺りの地理に慣れていないでしょうに。それに、誰かに絡まれるとも限らないし。何か文句でも?」
「いいえ、ありません」
ううむ、母親の目がマジである。これはもう迎えに行くしかない流れだろう。うぁ、面倒くさい。暗い中をサングラスで歩くのはやばいけど、ツッキーを迎えにいく手前、外すわけにもいかない。まぁ何とかなるだろう。
「それと今日からツッキーちゃん一緒に住むことになったから」
えっ?俺は何を言われたか、すぐに理解できなかった。今日一番の衝撃だ。一瞬耳がいかれたかと思うくらいだ。
「いや、何がどうしてそんな話に……?」
「それはね……乙女の秘密よ☆」
茶目っ気たっぷりに断言されてしまった。乙女って年でもあるまいに。
「……さっさと行くか、晩飯が豚の餌になるかどっちがいいのかな?」
「すぐさま彼女を迎えにいくであります!」
「彼女は公園辺りをぶらつくといっていたから、速やかに連れてきなさい。私は晩御飯を用意して待っているわ」
「サーイエッサー」
軍隊のようにきちっと返事を決める。お昼を食べてない俺としてはそんなことされては敵わないので、すぐさま家を飛び出すのであった。勘の鋭い母親である。
さて、母さんの言うことが正しければ彼女は公園にいるらしい。この辺りで公園といえば、俺が毎日利用しているあの公園しかない。特別遠いというわけでもないので、俺はゆっくりと歩いて行くことにした。今日は空に三日月が映えている素晴らしい夜だ。
―――――ちょぉおおおおおん……
……まただ。俺の耳に澄んだ音が響く。今度こそ聞き取れた。これは拍子木の音だ。一体誰が打っているのだろうか。姿は見えず、ただ音だけが響く。どっか見えないところで打っているのだろう。公園に近づくに連れて、その音は大きくなっていった。
まるで引き寄せられるように公園に着いた時、その入り口で俺は立ち尽くす。その光景に魅入る。夢か……現か……。
美しい……。
俺が思ったのはたったその一言だけだ。
―――――ちょぉおおおおおん
―――――ひふみよいなむやここのたり
誰もいない公園。月に照らされた黒髪をなびかせ、悠然と舞う女性が一人。歌を紡ぐ彼女は幻想のように儚く、神秘的なものに思えた。
―――――ちょんちょんちょぉおおおおおん
―――――ふるべゆらゆら ゆらゆらとふるべ
まるで、この世が彼女を中心としているかのようにその舞踊は優美で、彼女は美しかった。
女神と言っても、信じてしまいそうなほどに……。それほどまでに俺は彼女に見惚れてしまっていた。
「いや、お前誰だよっ!?」
「!?」
「あっ……」
舞いを中断して、勢いよくこちらに振り返るツッキー。
しまった!
残念系美人と認識していたツッキーの意外な一面を認められず、俺は思わず突っ込んでしまった。そのせいで、見つかってしまった!いや、別に見つかるのはいいのだが、これではまるで俺が覗いていたかのようじゃないか!
断じてそんなものではないということを弁明しなければ。だが、俺が弁明するより先に放たれた彼女の言葉が俺を凍りつかせた!
「って、グラさんでしたか。これはお恥かしいところを見せましたね。出来るなら忘れてもらいたいところです。それで、何かありましたか?」
謎じゃない違和感。そんなっ、どういうことだ!?ツッキーが敬語……だとっ……!?
俺の反応がないことを訝しげな様子を見せてくるが、俺はそれどころではなかった。
本当に誰だこいつは―――――!?!??!!!
大分遅くなりました。
もうちょっと早くかけるようになればいいのですけど……
今回ツッキーが謎の豹変をしましたが、一体彼女に何が。
というわけで次回もよろ(0ω0)b