では色々と突っ込みどころあるだろう今話をお楽しみください!
どぞー
もし一人一人の人生を小説としてみるのであれば、俺の物語の始まりは間違いなく中学時代最後の春休み……勝利の軍神を降した時からだろう。
エピメテウスの落とし子。
羅刹王。
あるいはカンピオーネ。
世界に君臨する七人の覇者、魔王にして絶対者、神殺しの一人になったあの日から、俺の周りには物騒なことばかりが引き寄せられるようになった。さらわれたり、襲われたり様々だ。死にかけたことは一度や二度ではない。つい先日のG.Wのあの馬鹿との戦いだって記憶に新しい。
だが、そんなものは昨日の衝撃で吹き飛んでしまった。
あの外見以外は大人しいタロ兄さんが事件を起こしたのだ。それも学校全体を揺るがすほどの事件を。
そのおかげで、今あの人は自宅謹慎を喰らってしまっている。
昨日、騒ぎを聞いて俺もその場に向かったが、その時にはもう凄惨な事件の跡が残されていただけだった。最初に目に付いたのは、学校の設備よりも悲惨な生徒達への被害だった。
殴りあう人もいれば、自傷行為をやめない人、ケタケタと狂ったように笑う人もいれば、放心状態で何の反応も示さない人もいた。三十人近い生徒達が十人十色で錯乱していた。俺の知り合いも何人かいたが、その内の一人である名波も正気を失っていた。百八人の妹を護るとかなんとか叫んでいて、一瞬いつも通りと思ったが、頭を掻き乱し、泡を吹き、目を充血させ、常軌を逸した様子は狂気に近いものを感じた。そんな生徒が何人もいたのだ。押さえつけて落ち着かせたりするのが大変だった。先生達は親に連絡して迎えこさせたり、病院に搬送したりと慌しく対処して回っていた。俺もタロ兄さんの去り際に抱きとめた亜麻色の少女を保健室に送ってから、現場の後始末の手伝いをしていた。
そこまでの事態になりながら休校にならなかったのは、あえていつも通り授業を行うことで残された生徒の心を安心させようという意図があったのだと思う。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
ただ、俺はタロ兄さんがこんなことを仕出かすなんて思っていなかった。思いたくなかった。悲しかった。認めたくなかった。
あの人には昔から世話になっているし、俺にとってはヒーローだ。誰が認めなくても、俺だけはそう思っている。
だから、何かの間違いだと思う。いつもみたいに外見で勘違いされているんだと信じたい。だけど残された事実は残酷なまでに現実を突きつける。それでもすがりつくような気持ちで俺はあの人の正しさを確認したかった。
学校が終わってすぐに俺はタロ兄さんの家を訪ねた。結局会うことが出来なかったけど、それでも会えるまで何度も訪ねるつもりだ。
そう思っていたのに。
呼び鈴に誘われて開けた扉の向こうにいたのは。
俺が想い悩んでいたタロ兄さんと。
神殺しの宿敵である神であった。
……思い悩んでいたことが、一気に吹き飛んだ気分だ。
神の来訪に警戒したものの、向こうから手を出すということはないというので、こちらもなにかするつもりはないと答えた。俺としても好き好んで戦うということをしたくないからだ。平和を謳う時代らしからぬ決闘なんて言葉を平然と口にするような連中ばかりだと思っていたけど、こういう神様もいるのか。
意外だったのは、タロ兄さんの彼女に対する態度が柔らかいことだ。慣れていない人であればいつも緊張で口が回らなくなるはずなのに、今は俺と話すときみたいに淀みない。タロ兄さんにしては珍しいどころか、ありえない光景だ。
件の女神は妹の静花と楽しげに談笑している。毛並みの艶やかな黒猫と毛並みの鮮やかな白猫について女の子らしくきゃいきゃいわいのわいの騒いでいた。
そして、俺とタロ兄さんはといえば。
「さぁ、説明するんだタロ兄さん」
「護堂君。俺は悪くない。何も悪くないんだ。だから落ち着こう」
「俺は落ち着いているし、その判断は俺がするから、タロ兄さんは聞かれたことを素直に答えてくれ」
「答える。答えるからまずは落ち着こう。その手に持っているものを机にそっと置くんだ」
男らしい殺伐とした会話を楽しんでいた。
「それで、ツッキーのことを説明すればいいのか?」
「そっちも気になるけど、まずは昨日のことから説明してほしい」
あのつく……なんだったか。とにかく、ツッキーとかいう女神のことは確かに気になる。が、今はそのことはどうでもいい。後に回しても構わない。そんなことよりも昨日のことだ。
「昨日……、あの騒動のことか。とはいっても、護堂君はもう知ってるだろ?」
「俺は兄さんから、直接聞きたいんだ」
確かに、知っている。タロ兄さんが女の子を襲って、それを助けようとした一人の生徒と対立して、乱闘騒ぎにまで発展し、最後はああなったのだと。
だけど、俺の知っているタロ兄さんは理由もなくそんなことをしないはずだ。どこかでこの人と生徒の間に食い違いがあるはずだ。ただでさえ学校での評判が良くないこの人が、昨日のような問題を起こしてしまったら、世間は彼に心無い誹謗中傷を与える。そうすると、タロ兄さんが学校を去ってしまうかもしれない。この人の言葉に耳を傾けてくれる人は、彼が思っている以上に少ないのだから。俺が何とかしなければ。
「まぁいいか。理事長にも説明したんだけどそもそもの始まりは善行のつもりだったんだよ」
そこから、聞いたのは俺の知っているものとはある意味同じで、全然違う事の真相。
どうすれば人形渡そうとするだけでそんなことになるのか想像もつかなかったが、タロ兄さんの見た目が為せる業なのだろう。でも、今の話を聞く限り、贔屓目に見なくてもタロ兄さんが悪くない。いや、誰も悪くない。強いて言うのなら、対立した人が余計なことをしたように思えるが、それは結果論だし、何より人生経験の浅い生徒にそんな冷静さを求めることが間違っているだろう。襲われている人を見れば助けたくなるものだ。彼には悪いが、確かにサングラスをつけているこの人は傍目からは堅気に見えない。これは、少女の勘違いから始まった悲しい事件だったんだ。
だけど気になることもあった。
「けどあそこまでやる必要はなかったじゃないか。いくら多勢に無勢とはいえさ」
「俺はあいつらに対して何もしていないが?」
「でも、たくさんの人に心の傷を与えただろ。サングラスまで外して」
俺は最近何も思わなくなったけど、他の人が見ればどう思うかは理解できる。だから、普段気をつけているはずなのに、あっさりとサングラスを外したのに疑問を抱いた。それが周囲に与える影響のことを兄さんもそのことをよく理解しているのにもかかわらず、あっさりと外したことに違和感を持っていた。
でも、彼のことだからきっとあそこまでやるのは本意ではなかったのだと思う。タロ兄さんも心を痛めているはずだ。だけど、タロ兄さんの言葉は俺の想像していたものとは違った。
「心の傷って……なんだそれ。俺は本当に何もしていない。俺を殴ってきたのはあいつらだし、サングラスを飛ばしてそれで勝手に恐怖したのもあいつらだ。だから」
そこで一拍置いて。
「俺は悪くない」
うっすらと笑みすら浮かべてのたまった言葉に、思考が停止してしまった。
そして、その意味を理解した時、ぞっとした。
俺は昔からタロ兄さんと一緒に遊んでいた。だから知っている。
この人と目を合わせた人は、あまりのおぞましさに心を病む場合があることを!いや、正確には違う。この人の目が外に出れば、周囲の人間はそれに釘付けになる!つまり、高確率で心を病むことになるのだ。昨日の正気を失っていた生徒達もそうだった。
そして、このことは当然俺よりも理解しているはずなのだ。だから年を重ねるたびにそのおぞましさを増やしていく目を、酷く嫌っている。だから、サングラスで隠している。心を病ませる人がいないように。心優しい人だから、他者が傷つくのを酷く嫌う人だから。
なのに、今の言い方ではまるで一切の罪悪感を持っているように思えなかったのだ!
これでは傷を負った人達に対して何も感じていないみたいじゃないか。
俺の持っていた人物像との食い違い。
違うだろ、タロ兄さん。あんたはそんなことを言う人じゃ……
「まぁまぁ護堂君。暗い話はこのくらいにしよう。過ぎたことだろう?」
そのことを口から出すより先に、タロ兄さんが話題を変える。
「今度はツッキーについて話すよ。あれは俺が昨日家に変える途中のことさ」
おどけた口調で話す内容はほとんど俺の耳からすり抜けていく。
そんなことよりも、もっと大事なことを考えていたためだ。
兄さんがこうなったのはいつからだ?最後に会った時はいつも通りだった。
なら最後に会った春休みから昨日までの間で彼の周りであった変化があるはずだ。
遡って考えていくうちに、俺はある噂を思い出した。
四月初め、入学式が終わった後に高等部3年生に転校してきた人物の噂。
球磨川禊のことを。
(まさか、球磨川ってやつのせいなのか……?)
球磨川禊についてあまりいい評判を聞かない。だけど、タロ兄さんといつも一緒にいるという話をよく耳にするから、言われているほど悪い人ではないと思っていたのだが、これは少し探ってみるべきだろうか。
いや、いっそのこと直接会って、どんな人物かを見定めたほうが手っ取り早いな。
「そんなわけで、ツッキーと俺はであ「タロ兄さん!」おぅ!?どうした!?」
急に大きな声を出したせいか、タロ兄さんが目を白黒させる。
「球磨川禊って奴のことを教えてくれないか?」
きょとんとする兄さんが少し可愛いと思ったのはここだけの話だ。タロ兄さん、俺があなたをもう一度元の優しい兄さんに戻すから、待っていてくれ!
太朗たちが和気藹々とした空気を作っている家の外で、亜麻色の少女、万理谷祐理はオロオロとしていた。
「ここが草薙護堂さんの家なのはいいのですが……」
昨日倒れそうになったところを抱きとめてくれた人を、人づてながら聞きまわり、直接お礼を言おうとここまで来たのだ。意外なことに、その人が自分の所属する茶道部の後輩、草薙靜花の兄でもあって、祐理は世間が狭いことを実感したのだった。
ところが来たはいいが、昨日の疲れが残っていたのか、事前にアポを取ることを忘れて突然来訪してしまったので、呼び鈴を鳴らそうとして、鳴らせないまま立ち往生していたのだった。予期せぬ来訪なんて向こうに迷惑だろうと。礼儀正しく、人付き合いが丁寧な彼女の性格がここに来て災いした。呼び鈴を押そうか、帰ろうか決まらないまま、いつまでも時間が過ぎていく彼女に声が掛けられる。
『あれー、そこにいる君は太朗ちゃんのパシリちゃんじゃないか!こんなところで会うなんて奇遇だね』
明るく朗らかなのに、どことなく不気味でどこまでも人を馬鹿にしたその声を祐理は聞き覚えがあった。
振り返ると、そこには――――……
すこし時間を遡ること十数時間前。まだその顔をほとんどかけさせている月が昇っている夜。
とある山奥にその口を開いている洞窟、その最奥に暗く大きく広がる空間にて、火に照らされて数多の人影が踊っていた。一様に現代にそぐわぬ衣褌に頸珠といった古風な出で立ちであった。その中で色んな飾りを着飾った女が彼らの前で声を響かせる。その目は見えないのか、硬く閉ざされていた。
「聞け皆の者!つい先刻、啓示を得た!月が満ちる時、我等が畏れ奉る神が顕国為されると!」
――――かつて、我等が祖先が来るより昔、この地に住まいし者達は東西南北をひとまたぎにまたいで歩く巨大な『人』を見た。
「おおっ!」
「ではっ!」
その託宣に色めきだつ者達。その意味するところは、永きに渡る時を経て、ついに彼らの宿願が果たされるということだからだ。
「今より各地にて封じられている彼の神の各部位を目覚めさせる時!」
かつて、人は自然と共にあった。
――――その
人は自然を畏れ、自然を愛した。
――――土をはこび、島に遍く山々を築き上げた。
だが時代と共にその思想は廃れ。
――――巨人は先住民族達からその偉業を讃えられ、大自然の擬神、国の王と崇められた。
今や自然を破滅させる科学が世に蔓延ってしまうまでになった。
「我等が大太様のために!」
「大太様のために!」
―――其の巨人の御名は、大太羅法師と言った。
今章主要キャラ草薙宅に集結!
後祐理に声かけた人物の括弧はこれから『』だけにします。小説版になぞらえて。
一体何川さんなんだ……?