ガンナーは神と踊る   作:ユング

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どぞー
少し補足回と急展開注意


第十五話

最初は国立公園内に収まる程度の広さ、景観を意識した美しい森であった。

空気を清浄し、木々の適度な間隙によって光が地面にまで浸透し、明るい空間を構成し、落ちた葉っぱが地面に積もり、腐葉土として新たな芽を育む下地になり、理想的な森林空間を作り出していた。緑と水と土、そのバランスの取れた三要素に引かれる様に、小動物や昆虫といった生物も多種多様に集まり、生物多様性もまた優れていた。

身近で自然に近い環境で子ども達を遊ばせることが出来るこの森は、当然住民達に親しまれていた。昆虫採集やかくれんぼ、秘密基地といった森の特徴を存分に活かして、遊べる場であったのだ。

しかし、祝福され、賞賛された素晴らしい森が一転したのは十年前のことであった。

ある日を境に、誰もが意図しない所で、その森は急激にそれでいてゆっくりと公園内を侵食し始めた。

光に溢れていた森は次第に鬱蒼とし、まるで巨大な生物が口を開けて待ち構えているような印象を抱かせるほど生茂った。人の手で保たれていた景観は荒れ果て、その森には生命の鼓動を感じないはずなのに、何かの存在を感じさせる。怖気を誘うような底知れない不気味さが子ども達を遠ざけ、かつて溢れていた子ども達の活発な声はどこかへ消えてしまった。跡に残ったのは奇妙ほど作り物めいた奇怪な森だけ。

 

暴食の森。

 

現在も無差別にその範囲を拡大していることから、そう名付けられた忌まわしき森である。

 

「しかし、僕達から見ればそれはまた別の意味を持つ」

 

手元の資料から顔を上げ、誰に向けるでもなく呟いたのは、男装の麗人という言葉が似合う少女。

 

「甘粕さんは彼のことをどう思う?」

 

彼女、沙耶宮馨は懐刀である甘粕冬馬に問いかけた。

 

「彼と言うのは、例の?」

「そうさ、長年僕らが監視をし続けている彼のことさ」

 

今彼らの話に登っているのは、とある高校生の話だ。彼が森に出没した時から、『ご老公』と呼ばれる存在に言いつけられ、正史編纂委員会は彼を監視していた。

何故ただの子どもを。

当初抱いた疑問は、監視を続けるに従って間違いであったことに気付かされる。

国の管理している公園に許可なく植樹を行っていたのは、今は置いておこう。問題なのはその方法が異常である点なのだから。

ゴミを集め、それを圧縮し、木へと変貌させる。

それを延々と繰り返していたのだ。注目すべきは、このゴミを木へと変えるところだ。この力の異常なところは存在の置換にある。考えてみてほしい、家電製品やプラスチックのような植物からかけ離れた粗大ゴミが、どうすれば木になるというのか!如何なる呪術を用いればそんな非常識なことがまかり通るというのか!人の身に余る、神の奇跡にも等しい所業だ。

 

「普通なら、ボランティア精神溢れる青年なんですけどねぇ」

「ゴミ拾いに植樹、行動だけみればそのとおりだよ。でも、おかげであの森は少々厄介なことになった。結界張るだけしか出来ないのが、その証拠だよ」

 

暴食の森と呼ばれるようになってから、あの場所は死霊や怨霊たちの怨パレードになっている。調べた結果、龍穴のような、力の吹き溜まりになっており、それにつられているのだという。一歩森に立ち入っただけで、尋常ではないほど気分が悪くなり、憑かれる人間も後を絶たないだろう。

当然そんな場を放っておくことをよしとする組織ではないのだが、これまた厄介なことに、何故かあの地での呪術の行使は全く出来ない。発動の瞬間、単なる呪力に戻される。これでは浄化のしようがないのだ。

 

「あの森の恐ろしいところは、そこなんですよねぇ。どうも調べた者の話によれば、木に付加された力が発動しているということらしいですが」

「かといって、あの木々を物理的に除去しようにもすれば怨霊たちが邪魔をする。これではお手上げだよ」

 

幸いなことにあの森から出るということは今のところなく、近隣住民への被害もない。万一が無いように、森周辺に結界を張り巡らせて外へ出ることは防いでいるくらいはしているが、それだけでは十分ではない。根本から断つべき事案なのだ。だから、正史編纂委員会は彼に何度か接触した。それ以上木を植えることを禁じるためと呪術を還元する木をただの木にするように圧力をかけるためであったのだが、結果は散々であった。

 

「僕らが差し向けた人員も全員ただでは済んでいない。特に外傷ではなく内面を深く傷つけられている。何人もやられて、ご老公もついに僕らに接触を禁じたくらいだ」

「ことこちらに干渉することを避ける方々だけに、よっぽどのことなのでしょうねぇ。何を隠しているんだか」

「けど、禁じられるとしたくなるのが人情なわけで」

「おやおや、何かやらかしたんですか?」

「いや、流石に分別はついてるさ。でも、僕は昔から疑問に思っているんだよねぇ。どうしてそこまでして森を広げているのか。だから僕なりに調べて考えてみたわけだ。そこから彼について何か分かることがないかと思ってね」

「はぁ、それで何か分かったんですか?」

 

そこで、馨は一端言葉を切り、何かを思い出すように目を瞑る。

 

「甘粕さんは、大太教って知っているだろう?科学によって成り立つ世界じゃなくて、大自然の溢れた世界を望み、国土創生神『大太羅法師』を奉る宗教団体」

「ええ、知っていますよ。彼らにも随分と手を焼かされていますし、ってもしかして馨さんは彼とその宗教が関係あると考えているんですか?」

 

便利なものが溢れた科学は人間を怠惰に貶め、人間としての生き方を奪っていると考え、大自然の中で生きてこそ人間が人間らしく生きられることを理念とした宗教。故に、その信者は俗世から隔離された自然の中で過ごしているという。体を鍛え、精神を養い、厳しい環境にも手と手を取り合って生きている。そこには科学の入る余地は一切なく、自らの手で日々を切り開いていた。

 

「昔から山にこもってばかりいた彼らが、十八年前を境に人里に降りてきた。そのまま山にこもって平和的に過ごしてくれたらよかったのに、急に人が変わったように布教を始めたんだ。ここ最近は特に活発だ。過激なことをするほどにね」

「十八年前といえば、丁度彼が誕生した年と重なりますねぇ」

「そこなんだよ。科学の産物から木を生み出す彼の力はあまりにも大太教の理念思想に即しているんだ。そんな彼が十八年前に生まれた時、大太教徒も動き始めている。出来すぎだと思わないかい?」

 

ここまで聞いて甘粕の中であることが繋がった。

 

「つまり、呪術師の家系でもなんでもない一般人であるはずの彼が、神の子よろしく大太教が待ち望んだ存在であると?あの森がその証明のためのものであると?」

「そ。まぁ全部僕の推測でしかないけど、大筋は合っていると思うよ。けど、こうであったらヤバイなぁっていうのを僕の都合のいいようにつなげて考えたものだから、所詮は僕個人の推論なわけで。だから、こうして甘粕さんに聞いているのさ」

 

そこで言葉を切って、茶目っ気たっぷりに問いかける。

 

「甘粕さんは彼のことをどう思う?」

「そこで最初の質問に繋がりますか。ですが、馨さんの推論に私も概ね納得できましたよ?」

「僕が聞きたいのはそんなおためごかしな言葉じゃなくて、甘粕さんの意見だ。ほら、修羅場くぐっている分僕より経験豊富だろ。自分の経験則で何かなかったりしないのかい?」

「そこまで買いかぶられても困りますねぇ。私程度の人間なんてそこらへんにたくさんいますよ?」

「よく言うよ。で?」

 

馨が今求めているのは自分にはない視点だ。懐刀として信頼している甘粕であれば、何か面白い解答を聞かせてくれるだと期待していた。

 

「私見ですから適当に聞き流してくださいよ。……案外偶然だったりするかもしれませんよ?」

「ほぅ?面白いこというね、その根拠は?」

「私の大好物なんですよ、勘違い系の小説が」

 

甘粕の返答に、馨は目を逸らし、そっと身を引いたのであった。

 

「とうとう妄想が現実にまで……」

「あら!?そ、そんな反応されると私も困るんですが。軽いジョークですって」

「大丈夫。僕はこれでも理解ある上司を自負しているつもりだ。今まで僕の右腕として働いてきてあなたを見捨てたりはしないよ。さぁ僕の知り合いが開いている精神病院があるんだ。そこに紹介を」

「いえいえ、その必要はありませんって。というか、勘弁してくださいよ。私が悪かったです」

「まぁ僕も少し悪ノリしてしまったところがあるから、お互い水に流そうか」

 

そして、会話を元に戻す。

 

「なんにせよ、もし彼が大太に関係あるのなら、その内接触するのではないかと」

「まぁ、最終的にはそこに行き着いちゃうんだけどさ、それだと見も蓋もないというか」

「はっはっは。まぁ、そんなものではないですか?後手に回ってしまうのが問題ですけどそのための私たちですし」

「まぁ、そんなもんかな。結局彼……田中太朗は何者なんだろうね?例の銃みたいな武器やあの厄介な異能も気になるし。あの森の怨霊どもを放置しているのも意図が読めない」

「新しい『王』らしき人物のことも気になりますしね」

「あ~ぁ、問題は山積みだなぁ。うらわかき乙女がする仕事量じゃないよコレ」

 

結局グダグダな結論のままこの会話は終わる。

龍脈が乱れたという報告を受ける、一日前のことであった。

 

 

 

 

 

 

ツッキーが家に居ついてから四日、つまり俺が自宅謹慎を言いつけられてから四日が経過した。やることのない俺はついに教科書を開き、自主勉を始めたのであった。謹慎中の授業は自分自身で補うということをしなければならない。自慢ではないが、これでも前世の教訓を活かそうと、幼少よりほぼ毎日予習・復習してきたのでそれほど苦ではない。学校でまだ習っていない分野も、適当な参考書を読めば大体分かるし、というか高校程度の知識は十分に蓄えているので、別に勉強しなくてもいいのだが、やることのないつまらない男という称号は伊達ではない。

ツッキーは朝からどこかへ行ってしまって、ここにはいない。何でも旧知の仲にある人物に会いに行くとかなんとか。うらやましいこった。ちなみに、クロとシロは日の当たる所で毛玉とかしているらしい。らしいと伝聞形なのは、一度誤って掃除機に吸い取ってしまって以来、俺の前に姿を見せないからだ。元々近寄ってこなかったのが、更なる段階へと登ってしまった。完璧に自業自得である。

母さんも俺に留守番任せてどこかへ遊びに行ってしまったし、家にいるのは一人と二匹だけだ。そうなると話し相手もいないので、やることといえば自堕落にゲームや本・漫画を読むくらいしかないわけで。しかし、世の学生が学校で授業を受けている中で俺だけがだらだらするのも、というわけで勉強をしているわけだ。

 

そして、気がつけばお昼を過ぎていた。

母さんは夕方まで帰ってこないし、昼は俺一人で適当に作って食べていいといわれたので、適当に作ることにする。料理は簡単なものなら出来る。料理は科学というが、そんな計らないといけないような代物を作るのは億劫だ。簡単に出来てある程度美味しければいいわけで、そこまでこだわる必要もない。冷蔵庫から適当に食材を取り出して、切って、炒めて、ご飯と絡めて焼ご飯を作ることにした。

 

鼻歌歌いながら、塩コショウを心の赴くままに振りまいていると呼び鈴が鳴る。

慌てて火を止めて、玄関へと向かい、客を迎える。その際サングラスをつけることを忘れない。

 

扉を開けると、そこにいたのは、奇妙な格好をした男女がいた。なんかよくテレビとかであるような、日本神話のようなコスプレ。なすびのような髪型をしており、首元には勾玉をつけているなど、現代には限りなくそぐわない服装であることは確かであった。渦のようなマークが印象的だ。

どう対応しようか迷っていると、集団は唐突に左右に分かれ、その間から目を閉じた女性が前へ出てくる。

真っ先に思ったこと。白いなぁ。であった。

全体的に白く、額や髪に花っぽい意匠を拵えた青銅の飾りをつけた儚い印象の女性。目が見えないためか、足元がすこしおぼつかないので、はらはらしてしまう。

そして無事俺の前まで来ると、彼女は不思議なことをのたまった。

 

「参りました、お迎えに、貴方を」

「宗教の勧誘お断り」

 

怪しかったのでとりあえず扉を閉めた。さぁ、昼飯昼飯。

 




矛盾点あったらおねがいします。
相変わらずテンポが悪いと思ったので、今後はもう少し急ぎ足で進めていこうかと想います。
では次回もよろ(0ω<)

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