というわけでどぞー。
太朗と護堂の戦いから、時間は遡る。
戦えばクワガタムシにも負けることが宿命付けられている男、球磨川禊との戦いは一瞬で終わった。それはもうあっけなく、赤子の手を捻るように。既に教室には人は居らず、ただ二人の姿だけがあった。廊下で数人その様子を見ている生徒もいるが、誰一人として口を出す人間はいない。関わりたくないからだ。
勝者は勿論草薙護堂その人である。球磨川禊は、無様にボロボロになっていた。それも一瞬で。
むしろ、一瞬でここまでボロボロにするほうが難しいというのに、この男一体どこまで弱いのか、護堂は後味の悪さを感じずにはいられなかった。自分がカンピオーネとかそういう以前の問題だ。
弱すぎて、まるで話にならない。
これではこちらが悪者のような、言い知れぬ不快感がドンドン増していく。
直前のやり取りで、油断出来ないと感じ取っていただけに、この結果は予想外にも程があった。
『あ~あ、ゴローちゃんてば酷いよぉ……人をこんなに痛めつけるなんてこと普通できないよ?』
ボロボロの体に鞭打って、立ち上がろうとする姿は見ていて痛々しく、敵対していた護堂をして罪悪感を抱かせるも、尊敬する太朗のために心を鬼にする。
「あんたがもうちょっとでも強ければそこまでにはならなかったんだけどな。それと俺は護堂だ」
『冗談じゃない。僕は弱いからこそ僕なんだぜ?強くなって君らみたいなのに勝っちゃうようなありきたりな展開はもう皆飽き飽きのはずさッ!』
言うや否や、巨大螺子をもって再び特攻する球磨川。迎え撃つ護堂は、躊躇するもボールを打ち返すが如く球磨川を殴り返す。
クロスカウンターが綺麗に決まった。綺麗なお星様が光るのを球磨川は確かに見た。
『カハッ……』
顔を抑えるその手からこぼれるように流れる鼻血が、ぽたぽたと床に落ちる。
はっきり言おう。
草薙護堂は心が折れかけていた。
そもそも家が少しずれているだとか、カンピオーネであるとか関係なしに、彼は平和な日本で平和に暮らしていたのである。戦いのスケールでいうのなら、彼のそれは凄まじいといえる。何せこれまで戦ってきた相手は神、神、カンピオーネと常識はログアウトしましたといわんばかりの次元の違う相手だ。
かといって、戦うことには高い抵抗があるし、ましてや弱いものいじめをするような性根の腐った人間でもない。いくら、太朗のためであるからといって、これは堪える。
簡単に挑発に乗ってしまった自分に、後悔していた。しかし、今更引き返せない。
『あはは、なんて顔してるんだいゴドーちゃん。まるで君が被害者みたいだよ?まさか、君から始めたこの戦いをもうやめたいとでも思ってるのかな?人をここまで痛めつけて、そんなムシのいいことを考えていたりするの?』
「ッ!?」
『ねぇねぇどんな気持ち?弱いものいじめしてるけどどんな気持ち?今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?』
球磨川は護堂の心境を的確に見抜いる。自分が世界で最も弱い人間だと自認している彼は、弱いところを知り尽くしている。相手の嫌なところを彼は躊躇なく突く。冷静に考えれば、球磨川が太朗に近づくことをやめさせたかっただけなのだ。それなのに、いくら挑発されたからといって暴力を行使してしまったのは明らかに護堂の失策である。太朗のために引けない戦いであるがために、護堂はこの先の展開を見出せずにいた。
どこまでやればいいのか。どこまですればこの男は引くのか。先の見えない戦いに護堂は今更ながら、戦慄する。
この男に引く気はこれっぽちもない。しかし、かといってやりすぎればこの男相手だと万が一ということもある。球磨川はそれを分かっていながら、分かっているからこそ引く気がない。
青天井の強さを誇る神や同類とは正反対に、底なしの弱さを武器にする相手がこれほど厄介であることを嫌になるほどに実感した。
そんな護堂の思いを見透すように、いや事実見透かした笑みを浮かべる球磨川。
しかし、次の瞬間にはコロッと態度を変える。
『でも、いいよ!僕もこれ以上こんな痛い目に遭うのは嫌だしね』
あっさりと彼はそういった。それはつまり護堂の目的は達成されるということだろうか?
いっそ、清々しいまでにいい笑顔で、先ほどまで痛めつけられていたとは思えないほどの爽やかさをもって、彼は護堂に微笑みかけた。嫌な予感がする。
護堂に追い討ちをかけるように、球磨川は言った。
『でも、それだと僕の勝ちになるねっ!なんていったって君から吹っかけてきた喧嘩だしね。いやぁー人生初の勝利がこんな形で手に入るなんて、最近の僕、何か来てるんじゃないかな。よし、早速太朗ちゃんに電話して一緒に打ち上げだ!』
「俺はやめたいなんて一言も言っていないッ!!」
『えー?まだ僕みたいなか弱い存在をいじめ足り無いの?ゴローちゃんてば本当に外道だよ。流石の僕もこんなことしないぜ?ま、僕より弱い奴がいないってのもあるけどね!』
そんな期待を抱くのは、球磨川相手には間違いだ。普段であれば絶対に言わないことを言わされる。これほど癪に障る言い方をされて気分がいい奴などいるはずがない。
『大体さー、身に覚えの無いことで殴られるなんて気分のいいものでもないんだよ?そこんとこちゃんと分かってるの?』
「ふざけるなっ!だったら何でタロ兄さんはあんな、あんな風に、あんたみたいに……ッ!」
あんな顔で笑う人じゃなかった。あの時見た笑顔。怖気を誘う、同じ人間なのかと思いたくなるような、笑顔。嘲るように、この世の何もかもを馬鹿にしていた。
『あんな風がどんな風かはわからないけど、まぁ僕と太朗ちゃんは親友だ。そりゃあ似ることだってありえるはずさ、良い事じゃないか!』
そして、目の前の男も同じだった。仮面を貼り付けたように、嘘のように笑う。
この感覚、色々とずれたところはあっても平和な日本で極一般に生きてきた草薙護堂は抑えることが出来なかった。背筋を這うような、這いずるような、じわじわとした悪寒。だけど、もしこの感覚を認めてしまえば、慕っている太朗のこともそれと認めてしまうことになる。なってしまう。だから否定する。否定するしかない。
だって、昔、あの時、俺を助けてくれた太朗は輝いていた。
だけど今は
草薙護堂は断じて認めない!
「他の誰があの人を悪く言っても、タロ兄さんは俺にとってヒーローでッ!憧れなんだ!あんたみたいな奴と一緒にするな!」
『気持ち悪ぃ』
球磨川は護堂の激情を真正面から両断した。その顔は先ほどまでの笑みとは打って変わって、本気で萎えた顔をしていた。口をへの字に曲げた彼の顔に、一瞬護堂は唖然とした。何を言われたのか、あまりの即答に理解が追いつかなかったのだ。
「あ、あんたがそれを言うか!」
『なんていうか、太朗ちゃんがああなった理由が分かったよ。君や君のような存在が今の中途半端な太朗ちゃんを作り上げちゃったんだね、
何かを悟ったように一人で勝手に頷く球磨川に、護堂は戸惑いを隠せない。球磨川の独り言は、全て聞こえているがその内容が一切分からない。中途半端?可愛そう?不条理?こいつの言っている言葉の意味が分からない。
「どういう……」
『うん?要するに、太朗ちゃんから離れるべきは君達って事さ』
「なんだと「――――!!」っ!?」
廊下から複数の足音と、怒声が響き渡った。騒ぎを聞きつけて教師が駆けつけてきたのだ。
『あ~あ、残念っ!時間切れだねっ!』
護堂が瞬きをした瞬間、球磨川の怪我が、衣服が、荒れた教室が全て治っていた。まるで、全てが幻だったかのように。
その後入れ替わりに入ってきた教師の一人が、球磨川に詰問しようと近づくも、球磨川は口八丁手八丁に受け流していく。生徒の証言や護堂も自首しようとしても、争っていた証拠が何一つないため、軽い注意だけでお咎めはなかった。廊下で見ていた生徒達は触らぬ神に祟りなしと口を閉ざしていたのも後押しした。
そのことに護堂は後味の悪いものを残すことになったまま、教室を出ることになる。
結局、護堂が球磨川に相談にきていたということで決着がつき、この戦いは無かったものとして処理されることになった。誰も何も言わないまま、いつも通りのHRが始まる。
そして、いつも通りのへらへらした表情を浮かべ、球磨川は呟いた。
また勝てなかったよ、と。
そのことを思い出しながら、護堂は太朗と再会した。太朗の姿を見たときに、自然と浮かび上がったのだ。球磨川の意味深な発言を見逃してはいけないのだと、訴えかけているようであった。
そして、それは間違いなく正しいのだと、確信していた。
巨大樹の根元、月明かりに照らされた彼を見た。
こういう表現は不思議であるが、彼の右手に銃が巻きついており、左手で木に押し付けている甘粕に丁度打ち出そうとしているところであった。止める間もなく、正史編纂委員会の用意した車で知り合った清秋院恵那が襲い掛かった。
だが、太朗はまるで見えているように振り返り、手に持った男を盾にした。当然止まり間合いを取る清秋院。護堂は二人の間に割り込む。当然、太朗を説得するためだ。
最近の出来事だけではなく、俺の知らない間に起こっていた事件についても、車の中で聞いた。それでも護堂は太朗の味方でいようとした。何かの間違いだと、太朗と話をさせてくれと、頭を下げて頼み込んだ。まずは真実を知りたかった。
だが、真実とは得てして毒である。
そのことを護堂は身に染みて理解することとなった。
護堂は見た。
自分が説得する言葉を聞き流し。
その顔に凄惨でおぞましい笑みをたたえて。
無慈悲に甘粕を撃ったことで踏み躙った男の姿を。
無感動に、ゴミ屑のように。
その事実に、思考が停止した。
撃ったことをそんなことと流し、何事もなかったかのように護堂と万理谷の身の安全を護ろうとする太朗の言葉のなんと白々しいことか。まるでこちらを見ていない。
護堂は悟った。悟らざるを得なかった。
もう、タロ兄さんはあの時とは違うのだと。俺の知っているタロ兄さんではないのだと。
同時に湧き上がるのは使命感であった。
(あの時のような、俺が憧れた兄さんに戻す。戻さなくてはならない。こんなの認められるか!俺が、俺だけが知っている。あの日、見た兄さんが、どれだけ大きくて、かっこよかったか!)
そうして始まった戦い。
予想以上に太朗は戦いづらい相手であった。
まず、太朗の素の肉体のスペックが尋常ではない。しかも、どういうわけか月明かりしか光源がないのにも関わらずサングラスをかけて問題なく動いているのには、閉口する。護堂でさえも、カンピオーネの性質が戦いを万全にしているために見通せているだけであり、通常であれば見えない。おそらく、向こうで甘粕と合流した万理谷や沙耶宮はほとんど見えていないだろう。
もはや、同じ人間とは思えないほどの性能であった。力、速さ、頑丈さ、何をとっても規格外。神という存在を知る護堂をして、驚嘆せざるを得ない。昔から強いし速いなとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
そして、木を作り出す力。その生成スピードが馬鹿にならない。物を握った瞬間、反応できないまま囲まれていた。それほど速かった。もし、木をどうにかできる力がなければ、護堂の戦いは何も出来ないまま終わっていた。
しかし、幸いなことに、彼には力があった。
この世界の強者が何人束になっても敵わないほどの圧倒的な力が!
護堂は脳裏に雄牛を浮かべる。
護堂は力が漲るのを感じ取る。
相手が尋常ではないほどの力を持つ場合に発動できる力。
それは、護堂が討ち取ったまつろわす軍神ウルスラグナより簒奪した10ある化身の一つである。この化身を発動している間、護堂の肉体は想像を絶するほどの怪力を発揮できる。
太朗の肉体は、護堂にこの化身の行使を可能とさせるほどのものであった。
この化身の恐ろしいところは、その上限が対象により上がっていくことにある。常に相手以上のパフォーマンスを発揮するこの化身は、単純ゆえに強力だ。
さらに条件や制約があるとはいえ、他に九つの化身を持つ。それだけに使いどころは難しいが、どれも強力無比な化身ばかりである。
先日もヨーロッパの某所にて破壊活動を繰り広げてきたばかりであり、魔術師達の畏怖の対象になるのも納得できる。不可抗力と言う言葉では片付けることができない損害を与えたのだから。
護堂は檻となっている木を一本、即座に引っこ抜き、それを武器として振り回すことにした。どの化身にも共通しているのは、基本的に発動時間は十分しか持たない。さらに、一度化身を使えば二十四時間経過するまで使えない。そのため、護堂は短期決戦に挑む。
木の幹に指をめり込ませ、無理矢理片手で持つことで視界を広く保つことに成功。かなり重いはずの木は、今の護堂にとって枝も同然。軽々と振り回しながら、太朗を攻撃していく。彼の耐久力を信じているが故に、容赦のない全力の攻撃であった。
その際肩について聞かれたことが引っかかったが、大して気にしなかった。
膠着状態は続くが、護堂はこの状況を打開しようと動く。
いくら力があってもその速さは変わらず、太朗と護堂のスピードの差は歴然であった。だから、思考をすぐさま切り替え相手の攻撃を誘うことにしたのだ。
それは、鳳の化身を発動するためだ。相手が尋常でない力をもっていれば発動できる雄牛は、他の化身と違って実は発動しやすい。だが、鳳は少し面倒くさい条件を課せられている。高速の攻撃を受けることだ。一歩間違えれば致命傷にもなりかねないが、この化身は神速で動けるようになる。そうなれば、太朗をスピードで圧倒することもできるだろう。そして、チャンスは来た。右手の指に銃が巻きつきから釘が放たれたのだ。普通であれば避けるだろうが、護堂は逆に当たりにいった。それが自分ではなく、足元を狙って撃っていると分かったからだ。
太朗の放ったそれは牽制であり、こちらを傷つける目的のものではない。そのことに、護堂は不謹慎であるが嬉しく思うと同時に、悲しくもなった。どうして、倒れている人達には容赦をしなかったのかと。状況から見ても、その余裕は太朗にあったはずだった。そのことに気付かない護堂ではなかった。やはり、自分が何とかして真人間に引き戻さなければと、改めて使命感に燃える。
としている間に鳳の化身を発動した。気がつけば何故か太朗は万理谷達のいる場所に襲い掛かっていた。慌てて追いつき蹴り飛ばし、勝負に出る。神速の動きを可能とするこの化身だが、その代償は大きい。時間が経つほど心臓が痛くなり、痛みが治まっても身体が硬直してしまうのだ。
徐々に痛みに動きが鈍っていくのを自覚しながら、しかしオーバーキル以外の決定打に欠けている護堂は最終的に投げ飛ばされ、木
そして、護堂はこれに賭けていた。
(!!やっぱり、効果ありだ!)
カンピオーネとしての性質上、ほとんどの呪術は効果がない。もし、カンピオーネに呪術を掛けたいのであれば内側から掛けるしかないわけだ。思わず護堂はヨーロッパで出遭った金髪美少女とのアレコレを思い出してしまったが、首を振って追い出す。
護堂が賭けていたのは、太朗の呪術の効力がカンピオーネに届きうるかどうかであった。そして、それは届いた!しかも、護堂が思い描いていた以上に都合の良い形で!!
(話では術を無効化していると言っていたけど違う!鳳の化身がまた使える感覚がはっきりと分かる!つまり、タロ兄さんの力は元に戻す力!しかもデメリットもなくなった。流石に雄牛の化身にまでは効果が及ばなかったけど、元々そういうものだから仕方がない。そしてもう一つ、そんなことよりも重要なことを知ったぞ!)
今、太朗の中には二つ、確信できたことがある。
一つは太朗のレベル2によって呪力に戻された化身はもう一度使えること。
そして、もう一つ、これは感覚的なものになるが、恐らく間違いないと護堂は踏んでいた。カンピオーネの野生動物染みた直感は時として戦いを左右するほどのものになる。
そして、その直感が言っていた。太郎のレベル2は抵抗しようと思えば抵抗できると!
その場合は相殺と言う形でその化身も使えなくなってしまうが、鳳が持つようなデメリットも一緒に消える。デメリットもまた能力に含まれているからの効果なのだろう。相殺することにメリットがあるかどうかは、護堂次第であるがこの二つの情報を得たことで、護堂の戦略は大きく広がることになった。
(つまり、戻されるにしても、相殺するにしても、タロ兄さんには一切の遠慮はいらないということ!)
勝つために、相手の力も利用する。護堂の顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。
護堂の権能は、はっきり言えば使い勝手のいいものではない。小技なんてものは出来なくて、馬鹿火力の必殺技しか持っていないと言えば、どれだけ使い勝手が悪いか分かるだろうか?
それでも、なんとか戦って勝ててしまうのがカンピオーネのカンピオーネたる所以だろう。
(いつもなら周囲の被害を考えて呼ぶのを躊躇するが、今回に限っては問題ない!思いっきり暴れてもいいぞ!)
目標は、巨大な木。
巨大なもの(対象は一定以上大きければ物でなくても可)を対象に指定することで発動できる猪の化身。この化身は、神獣たる巨大な猪を呼び出し、対象に指定した巨大なものを破壊させる。また付随効果として、護堂も猪並の突進力を得ることができるのだ。ただし、この猪、厄介なことに対象を破壊する過程で、周囲を破壊することもいとわないため、あまり呼び出したくない存在でもある。しかも、護堂の命令もなるべく破壊に沿った内容でないとあまり聞いてくれなかったり、破壊を中止して帰らせようとしても中々帰らなかったりと本当に厄介な存在なのだ。
ちなみにそんな猪の化身を呼び出したのは、発動条件を満たしていたためだ。
(タロ兄さんを止めるためには使えるものは使う必要がある!迷っている暇はない!)
護堂には木でできた拘束を振り払う腕力も時間もない。なので、今は流れをこちらに引き寄せることに集中する。猪の突進力で太朗を突き落とし、倒れこむ。両腕ごと拘束されているのでバランスが取りづらいが、振り落とされないように下半身に力をいれ、猪の毛を掴む。不恰好であるが、必死で取り付く。鼻腔を獣の臭いが入り込んでむせそうになるが、この高さから落とされるのは普通に怖いので、耐える。猪の突進が始まる直前、猪に向かって槍のように木が伸びる。
「ルォォオオオオオオオオオオオオオンッ―――――!!」
一本から始まったそれは勢いを増し、猪の突進を邪魔するように次々と伸びていく。太朗が猪の足元で絶えず木を生み続けているのだ。その姿勢は土下座のようにも見えるが、本人は構わずに生み出していく。この距離では、さしもの太朗も大きさに意識を割く余裕がなかった。レベル2を付加した木を片っ端から生み出しているのだ。地面に手を突っ込み、土を握ることでそれを可能にした。生まれる木には統一性がなく、乱雑に、そして乱暴に生み出されていった。太朗もここまで大々的にゴミを木に変える力を行使したのは初めての経験であった。徐々に、額に汗が浮かんでいく。
一方、大量の木をブチ当てられている猪は、うっとうしいとばかりに身体を震わせる。それだけで、木が砕け散る。だが、同時に一つ当たるたびに、ピシリッ、ピシリッと音を立てて、猪の身体に僅かな亀裂が走っていく。もし、このまま木々に当たり続けたらさすがの猪もただではすまないだろう。
だが、それがどうしたと言わんばかりに鼻息を荒くして足を進める。次から次へと伸びてくるためか、その足はゆっくりであった。しかし、それ以上に力強く踏み込み、破壊対象へと向っていく。眼前の障害物など眼中になどないのだと。一歩踏みだすごとに、身体が崩れていく。だが、気にも留めない。破壊すべき巨大樹へと着実に足を進めていくのだ。その衝撃が、周囲を吹き飛ばし破壊する。耐えられるのは、規格外のスペックを誇る田中太朗だからであった。
だが、猪の一歩は死神の一歩と同義である。
一歩近づかれることが、田中太朗が死へ近づいていくことにも他ならない!
そうなれば太朗といえども、蹂躙されるだけだ。今この手を止めても同じだ。
既に状況は、決着は、太朗が蹂躙されるか、猪が崩壊するか、この二つでしかつかないところまで来ている。
「嗚呼アアアアァッァアアアアァアアアアア――――ッ!!」
先に吼えたのは田中太朗であった。珍しいどころではない。
遠視で状況の推移を見ていた沙耶宮馨は初めて見た。あの男がここまで感情を露わにするのを。サングラス越しに浮かべている彼の表情はただ獣の進攻を必死に食い止めようとする、かつてない激情!
その激情に応えて木々の勢いが増す!増すッ!!増すッ!!!
「ルォォオオオオオオオオオオオオオンッ―――――!!」
追従するように猪も吼えた。
破壊するのだ。この身を構成するのは破壊の意志であり、存在意義は破壊にこそあるのだ。破壊に値しない矮小な存在が邪魔をするなと。
その意思が、その意義が前へ進めと猪を動かす!動かすッ!動かすッ!!
「嗚呼アアアアァッァアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアア――――ッ!!」
「ルォォオオオオオオオォオォオオオオオォオオオォオオオオオオオオ―――――ッ!!」
果たして勝利の女神が微笑んだのは―――……
田中太朗であった!!
ついに限界を向かえ、体の崩壊に耐え切れなくなった猪は、空気に溶けるように光の粒子となって消えた。その最後はあっけのないものであった。
残された太郎は、流石に疲れたのか、その息を大きく乱していた。あの田中太朗がである!
そして、草薙護堂はこの機を待っていたのだ!!
「わが元に来たれ、勝利のために!不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え!俊足にして霊妙たる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」
東の空が紅く燃える。
その理由は、護堂が『白馬』の化身を、すなわち太陽の力を解き放ったためだ!
最初から発動条件を満たしていた化身であった。
その発動条件は相手が民衆を苦しめる大罪人であること。そして、田中太朗はそれに見事当てはまっていた。その事実に、この化身が問題なくこうし出来てしまうことに、護堂は素直に喜べなかった。だが、使えるものは使う。そうした考えで、確実に当てられる状況になるまで温存していた。
猪を使ったのもこのためだ。太朗の力と猪を相殺させ、拮抗状態をできるだけ長く維持し、決着がついて気を抜いたところを狙い打つ。
目論見はこれ以上なくうまくいった。
しかし、ここから護堂の、太朗の能力に対する過度な信頼と勘違いが足を引っ張ることになる。そして、そのことを生涯悔やむことになる。
天空から擬似太陽が世界を白く染め上げ、尾を引いて落ちる。
流れ星のような儚さなどない、むしろ荒々しい存在感を持って太郎へと光の槍が伸びていく。それを真正面から受け止めようと太朗は、もう一度地面の中に手を入れて……
「発動しない……か。打つ手なし。でも、前に比べればマシか。どうでもいいけど」
諦めたように笑い、そして、為す術もなく光に飲み込まれた。
球磨川のキャラってやっぱり難しいな。これじゃあただのクマさんだ。そんな餌につられク(ry
そして、主人公は溶けました(笑)
ゴドー?誰それ、俺ゲドー(ゲス顔)
なんてネタをしてみたい今日この頃。
『ゴ』と『ゲ』、五十音表で一つ下にずれるだけでこうなる素敵な名前。
一発ネタでうまくないけど。
ところで、猪といえばこの前の夜に車を運転していたら猪がとことこと歩いていてビックリしました。
いきなり現れた猪の優雅な姿に一瞬惹かれました。でも一歩間違えていたら、向こうが車に轢かれていたと考えると笑えないなぁとしみじみ思います。
もしかしたら、車の突進力と猪の突進力、どちらが強いか試せる機会だったのかもしれませんね。