一週間とはなんだったのか……。
ではどぞー。
土の一粒一粒を木へと変えていくことで、迫りくる怪物に対抗した。だが、あの巨体に対して俺の生み出す木のなんと小さなことか。その進撃を遅くするしか出来なくて、今にも踏み潰されそうな、その暴力的な気迫に押し潰されそうだった。あの怪物の威歩からは明確な死を感じ取れる。
だが、悪いことばかりではない。生み出す一本一本に回帰の力を込めたからか、当たれば当たるほど、あの怪物からはヒビが入る音が聞こえてくる。このまま気張れば、凌げるだろう。巨大樹をぶつけて一気にケリをつけようとしないのは俺とあの巨大な猪との距離では、悠長にそんな大質量のものを生み出す時間がないためだ。そんなことをすれば、真っ赤な押し花に人生の転職をすることになるだろう。
いくら恐くても、焦らず、落ち着いて対処するべきだ。
だが。
(息が苦しい……。まずいっ、意識が飛びそうだ……!)
体から何かが抜け出ていく感覚を生まれて初めてきついと思った。何かは恐らく、彼らの言う呪力だろうが、今まで軽く流していた。しかし、ここにきてこれが大きな負担となっていた。
恐らくは大量に木を生み出している弊害だ。
今まで、こんな大量に、しかも間をおかずに発動させたことがなかった。だから、この力に限界があるとは思わなかった。いやMPを放出している以上、いつか底につくことは自明の理であるが、これまでそれがなかったから油断していたのだ。だから、初めてである。吐き気を抑えられないほど気持ち悪い上に、頭をガンガン殴られている気分は。
しかし、ここで力の行使を止めてしまえば間違いなく踏み潰されて死ぬ。
前世で鉄骨に押し潰されて死んだ記憶がフラッシュバックした。
最悪なときに、最悪なことを思い出してしまった。
「嗚呼アアアアァッァアアアアァアアアアア――――ッ!!」
知らず、吼えていた。
別に死ぬのが怖いわけじゃない。むしろ、どうでもいいとさえ思っている。
だけど、その死に方だけはイヤだった。体が、精神が、魂が、その死に方を拒絶していた。
かつての両親との別れを強要されたあの死に方を。
全力で立ち向かう。俺の全てを出し尽くす勢いで、
潰されたくない俺と潰したい奴。意志と意志のぶつかり合い。
奴と俺の戦いの決着はすぐについた。
結論から言うと、俺は圧死を回避できた。
後一歩、奴が前に進んでいれば違っていたかもしれないが、結果は結果だ。
勿論、俺もこれ以上何かできる気はしない。ここまで消耗したのは、生まれて初めてだった。まだ、戦いは終わっていないのに、余力は一切残っていない。だけど、そんなどうでもいいことよりも、もっと目を引くことがあった。
(いきいきしてる)
護堂君のあの顔を見るのはいつ以来だろうか。彼が自覚しているかどうかはわからないが、今の彼は野球をしていた時のようだった。その姿を見て、ストンと、腑に落ちた。
護堂君、強くなったんだなと。乗り越えたのだろう。野球をやめた後の護堂君はどこか寂しそうに見えた。でも、今はそんな様子は欠片も見られない。男子三日会わざれば、とはよくいったものだ。
だからこそ、さっきまでの怪力とか速すぎる動きとかリアル召喚獣とかは彼自身の力だったのだと自然と思える。今の護堂君であれば、何でもありのように思えるからだ。疲れているからかもしれないが、なんとなくそう思った。
護堂君は、俺に憧れを抱いているようだけど、俺も護堂君に敬意を抱いている。彼が一番彼らしくあるのが、今のように勝負事に全力投球している時だ。彼は昔からそうだった。
野球選手であった時も。
――――次は絶対勝つッ!
初めて出会った日の帰り際に、そう叫んだあの時も。
どういう理由かは知らないしどうでもいいが、彼も凄い力を手に入れたものだ。笑いたくなるくらいに、凄い力を。
深夜であるというのに、空が明るくなった。小さな太陽が落ちて来る。これも護堂君の力だろうか。それをなんとかしようとするにしても、今の俺にはどうしようもない。感覚的にレベル2どころか小さな木一本さえ作れないと分かるからだ。作ったところで燃える……いや溶けそうだな。それに、出し切ったせいか、賢者モードになっているみたいだ。もうなんか、色々どうでもいいや。
初めて会った日のことを思い出したのは、今更になって走馬灯だと気付いた。今となっては懐かしい感覚だ。
圧死じゃないなら、どうでもいい。どんな死に方であっても、それよりはマシだ。
……護堂君には悪いことするな。変に気にしなければいいけど、大丈夫だろうか?どうしようもないけど。ま、彼の周りにはたくさんいい人がいるんだ。悪いことにはならないだろう、きっと。
どちらにしても、太陽がもう来た。
――――――のじゃぁぁ
灼熱の炎に包まれる時、何故かツッキーのドヤ笑みが浮かんだ。
――――――ちょーん
――――――ズグンッ!!
「あれ……?」
気がつけば、どこまでも広がる真っ白な空間にいた。見覚えがある。というか、忘れることが難しい場所でもある。だって、ここは―――。
「おおっ、太朗よ、死んでしまうとは情けない」
「やっぱりお前……あれ?違う、この声は」
ここ数日で聞きなれた声だったので、少し安心した。また
「む。最近はこういうのが流行していると思っていたが、無反応とは。君は冷たい男だ」
……そろそろ思考に逃げるのはやめて、現実に戻ろうか。この目の前の相手に話しかける。
「みたらいさん、ですか?」
「うむ、我輩こそが手洗い鬼にして大太の右手、その名を熊襲川上建命なり!ついでに、最近一部からは御手洗さんとも呼ばれておるよ」
その相手は、一見すると大男といえよう。2mは超えるため、見上げる形になるほどの背丈。そこまでなら、限りなく珍しいが探せば普通にいるだろう。だが、その大男は普通ではない、あからさまな異形である。
その大男は上から下まで手で構成されているのだ。頭も、腕も、身体も、足も、全てが手で構成されているのだ。学校の美術の時間などで、手だけを使った課題でできた代物がこれですといわれても、納得できてしまう。手で出来た頭には、指が天へと伸びており、それがいわゆる鬼の角のようにも見えた。
そんな相手が、自身を御手洗さんであると僭称している。
なんということでしょう。あの右手だけであった御手洗さんが驚きのビフォーアフター。これには流石の太朗(俺)も動揺を隠せない。
「……えーっと、その、なんだ……あれだ、なんか全部どうでもよくなった」
「なにゆえ!?」
あまりに衝撃的すぎて、今の状況とか聞きたい事が全部吹き飛んでしまった。
「もっとこう、我輩に対して一言もないのか!?かっこよいとか、大きいとか、威厳あるとか、神々しいとか、こうほら何か!」
「子供が見たら泣くね、確実に」
「マジで!?てか、君に言われたくはない!」
「そりゃあごもっともで」
「なんで簡単に受け入れるんだ!?自分のことだろ、もっと熱くなれ、熱くなれよ!?」
さっきの戦いの反動か、御手洗さんのテンションが高い。
落ち着くのを見計らって、話を進める。はいそこ、我輩一人騒いで馬鹿みたいなんて落ち込まない。
「で、やっぱり俺達は死んでしまったのか?あの日の玉に飲み込まれたら流石のハイスペックな肉体を持つ俺でもイチコロだし、仕方がない」
「そんなわけなかろう。もしそうなら、我輩と君は消滅している」
「え、でも、さっき死んでしまうとはって。それにここだって……」
そこまで言って、はたと気がつく。あの空間と似ているといっても、同じとは限らないではないかと。
「あれは冗談だ。そして、ここは君と私の境界だ」
「俺と御手洗さんの……境界?」
詳しい話を聞くと、以前言われたとおり、俺と御手洗さんは繋がっている。それは例の白いのが俺達の縁を結んだためだ。縁結びの神様である白いのは、どんな縁であっても強引に結びつけることのできる能力を持つ。石と木の縁だって結んでしまうことだろうとのこと。
「ここがその結び目だ。まぁ、我輩達の精神世界とでも思っておけばよい」
「野郎同士の縁を結ぶなんて白いのは腐ってんの?」
「?腹黒いところはあっても、性根は腐ってないと思うが……」
「いや、通じないのならいい」
「そうか。それにしても、月読尊の加護を得ていたのが幸いしたな」
「ツッキーの加護?」
なんだろう、全く心当たりがないことを言われた。それにしてもツッキーの加護って、役に立つようには思えない。裏人格のお月さんならともかく、ツッキーじゃあ、ねぇ?ってそうか、お月さんの可能性もあるのか。
「む?気付いていなかったのか?我々がこうして生きているのは、今も彼女が身体を張っているからなのだが……」
「え?ツッキー来てんの?」
「土雲八十健命とその怪異たちと共にな」
「土蜘蛛?そいつも御手洗さんの仲間なのか?」
以前、がっちりと握手を交わした同胞(ガンナー)の姿が脳裏によぎる。彼は今頃何をしているだろうか。
「その通りだ。そして、君の身体は今月読命に抱えられている状態だ。いわゆるお姫様抱っこでな」
「マジで?」
「マジで。君の危機に颯爽と現れ、降りかかる太陽をものともせずに君を助けたのだ。まぁ、君に加護が与えられていたからこそのタイミングであったわけだが。ちなみにそのついでのように助けられた我輩は立つ瀬がない」
しかも助けてくれたのは土雲だったし……と遠くを見る御手洗さんになんと声をかけていいのか。というか、そんな余裕はなかった。
聞きたくなかった。男としての尊厳を気にするわけではないが、ツッキーにお姫様抱っこされるのは、絵面的にも精神的にもクるものがある。いや、助けてくれたことには感謝している。だけど、それとこれとは別問題だっ……!
「というか、加護って?」
「本当に心当たりがないのか?どうも、二週間近く前に与えられたもののようだが……」
「二週間近く前って、俺とツッキーが出会った頃だが」
―――感謝するぞ、人間!
ふと、無邪気に笑った彼女を思い出した。ついさっきのドヤ笑顔ではなく、彼女らしい天真爛漫な綺麗な笑顔を。
って、いやいやいや、待った。そもそも何で当たり前のようにツッキーが加護(笑)を与えるような存在という前提の話になっているんだ。
「何でも何も、月読命は正真正銘女神だからであるが……そういえば、君は彼女のことを随分と親しげに呼ぶのだな。ううむ、三柱の貴子をそのように呼ぶとは……」
悩む御手洗さんから衝撃的な言葉が発せられる。
正真正銘女神、だと?あのツッキーが、本当に女神?えぇー……ウソだぁ……。
「まぁ、それは置いておくとしよう」
「いや、相当聞き捨てならないのだが」
「そろそろ、
スルーされた。だが、御手洗さんの言うとおり、いつまでもだべってばかりはいられない。そろそろ、現実世界へと戻るべきだろう。そして……そして、どうするんだ?
襲い掛かってきた敵を返り討ちにした後、護堂君と戦って死んだと思ったけど実は生きていて、今はツッキー(今はお月さんか?)が戦っている。それも御手洗さんの仲間を連れて。その中で俺のすべきことってなんだ?戦いを止めることか?でも、問題はその後だ。戦いを止めて……それで?そもそもツッキーと護堂君が戦っている理由はなんだ?二人は恋人同士じゃなかったのか?訳が分からなくなってきた。
ていうか、気のせいだろうか、これもう事態は俺の手から離れかけてないか?分からん。何もかも分からん。
「御手洗さ……」
ドスッ……。
顔を上げ、知恵を借りようとした矢先、何かが身体に突き刺さる感触を覚えた。
「……あぁ?」
あまりにも一瞬だったためか、何が起こったのか分からなかった。自分の鳩尾辺りを御手洗さんの右手が貫いているのを確認して、初めて意識が認識した。不思議と痛みはなかった。だが、何かがかき乱される感覚は、思いのほか気持ち悪い。
「何を……」
「無駄だ、太朗君。時間はかかったが、君が我輩の依り代となるのはもはや確定事項だ。そして、君にそれを防ぐ術はない。唯一可能性のあった異能も我輩の力によって無効化していた。時々戦いの中などで解除しては冷や冷やしていたが、何とかなってなによりだ」
もともと厳つい表情だったのが、何も感じさせない淡々とした表情となってさらに厳つくなっていた。しかし、そんなことが気にならないほど、俺は存在が溶けだして吸い込まれるような、ほつれて取り込まれるような嫌な感覚を味わっていた。
「君の異能はいうなれば我輩とは間逆の能力であるが故に、干渉し浸食することができる。とはいえ、力のほとんどを君の異能に向けることになって、ただでさえ弱い状態がさらに弱体化してしまったが、ようやく顕現することができそうだ」
「そう……か……」
言っていることが良く分からないが、ちょっと前から腕が疼いていたのは御手洗さんの影響らしいことはわかった。
「……体を奪われそうになっていながら、君は何も思わないのか?」
確かに普通ならここで泣き喚いたりするのだろう。騙していたのか、とかそんな感じに罵倒したりもするのだろう。だけど、俺の場合はやっぱり。
「どう……でも……い…………い」
そう思うだけだ。
「それは本心から……いや、よそう。聞かなかったことにしてくれたまえ」
質問を中断し、御手洗さんは続けた。だが、それに答えるとするのなら、その答えは簡単だ。
―――どうでも……
「後は我輩に任せてゆっくりするがよい。……す……い」
その言葉を最後に、俺の意識は白い空間に溶け出していった。最後の瞬間、何か聞こえた気がしたが、俺の意識はそこで…………
生きてると思った?残念、やっぱり溶けました!
なんて、いろいろ突っ込みどころ、矛盾が有りそうで怖いです。
もし、何かおかしいところがあれば、遠慮なく指摘お願いします。
できれば、この愚図がっ!と語尾につけてくださればご褒美です(・ω・≡b
とまれ、今回のお話で太朗君の異常性が少し現れていたらと思います。
タロェ……。
あ、次回から展開が一気に進むと思います。予定だけど。