ガンナーは神と踊る   作:ユング

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一ヶ月とちょっと……
約一週間だな!(錯乱)
というわけでどぞー


第二十三話裏

あまりにもあっけなく『白馬』に飲み込まれた太朗を見て、何が起こったのか分からなかった。護堂は、『白馬』も回帰の力で相殺されると思っていたからだ。だが、予想がはずれ、あっさりと決着がついたために、思考が追いつかないのだ。

そして、追いついたとき、護堂の身体は知らず震えだした。

 

そもそも、護堂の予定では太朗が『白馬』を相殺した直後、最初の戦いで沙耶宮と逃げた術者達に抑えさせるつもりだったのだ。彼らにはここへ来る前に、戦いになった場合の打ち合わせの段階で伝えているため、後は護堂の合図一つでいつでも動けるよう、待機してもらっていた。

その合図は『猪』の後でも良かったのだが、太朗を見たとき、息を乱しながら座り込んでいてなおうっすらと余裕をうかがわせる表情に脅威を感じ、まだ切り札があるのだと判断して『白馬』の化身を使ったのだ。

だが、結果はどうだ。目の前の現実はどうだ。

 

(まさか、殺した……?俺が、兄さんを……?)

 

あまりにもあんまりな結末に、あってはならない想像に、護堂は恐怖を覚える。だから、気付かない。対象に着弾したというのに、白い炎が未だに消えていないという事実に。

 

「フーッハッハッハッハッハ―――!妾参上!」

 

護堂を恐怖から解放したのは、場違いな哄笑と不思議な光であった。それと同時に、白い炎が弾け飛ぶ。周囲に散らばるようにして弾け飛ばされた高温の炎は、木々を燃やすことなく、そして跡形も残さず、その圧倒的であった太陽の存在感はまるで幻であったかのように空へと消えた。

現れたのは長い髪を棚引かせ、気絶した太朗を横抱きにして――俗に言うお姫様抱っこ――その人間離れしたたおやかな美貌に天真爛漫な笑みを浮かべた女性であった。限りなく満月に近い形の髪飾りが光輝いており、彼女の夜を凝縮させたような黒髪をより一層艶やかに魅せた。持ち主の周囲から危険が消えたと悟るように、髪飾りの光は徐々に失せていった。

その正体は、護堂と以前互いに不干渉を取り決めた女神、月読命であった。彼女の周囲には大小様々な岩の塊が浮遊している。まるで、中心にいる彼女を護るようにして。

新たな乱入者の登場に驚きで固まる護堂の前で、月読命の表情は徐々に知的で凛々しいそれへと変化していく。動から静へと、あまりにも急激な変化。『白馬』の化身、太陽の力が消えたことでツッキーからお月さんへと戻ったのだ。

 

「久しぶりですね、羅刹の君、いや草薙護堂」

「なんであんたがここに!」

「以前グラさんに与えた加護によって、彼の危機を知り、彼を助けるためにここへはせ参じたというだけのことです」

 

初めて出会った時、田中太朗はこの美しき月の女神を助けていた。そして、彼は気付かなかったが、約束どおり彼女から褒美を貰っていたのだ。彼女の褒美として与えた『女神の微笑み』とは、例えるなら勝利の女神が微笑むことと一緒である。つまり、『加護』を与えることであった。

そして、月の神である月読命の加護とは、『導き』である。遍く広がる威光を以って人々を導く。転じて、手探りばっかりの深い闇の中にあっても、解決への道筋まで導いてくれるのだ。夜の濃さ、すなわちその解決の困難さに応じた導きを齎すが、今回は相手が神殺しであるために、彼女自らが導かんとしてこの場に現れたのである。

 

「さて、草薙護堂。以前私と貴方で相互不干渉の協定を結びましたが、今この瞬間、破棄させていただきます」

「なっ!」

 

一方的にそう述べた彼女に、一気に引き寄せられる。言うまでもない、月の神である彼女からは常に強力な引力が発生している。それを自在に操れる彼女は、その引力を以って護堂を引き寄せたのだ。引き寄せられた護堂はなす術もなく、浮遊する岩石群が放たれる。

月読命の呪力が込められた岩石群は、降り注ぐ隕石に等しく、護堂に与えられる痛みは想像を絶するものであった。

否。

むしろカンピオーネである護堂であったからこそ、その程度で済んだといえる。普通の人間であれば、いやどのような人間であれど、ボロ雑巾のような肉塊へと変わること間違いないのだから。

カンピオーネの恩恵たる頑強さでなんとか四肢が千切れておらず原形もとどめているが、それだけだ。誰がどうみても瀕死であった。

そこに、巨大な影が現れた。

誰もが見上げるほどに巨大な骨格のような、ゴミの集合体だ。知る者が見れば、がしゃどくろと例えるだろう。ゴミでできたがしゃどくろ。

そのがしゃどくろの巨大な腕が持ち上がり、振り下ろされる。

護堂の意識はそこで途切れた。

 

「護堂さんっ!」

「おや、巫女よ、貴方もいましたか」

 

そんな護堂の無残な姿を見た祐理の目の前には、いつの間にか月読命が立っていた。

 

「あっ……」

「積もる話はありますが、今は色々と立て込んでいますのでまた今度お話でもしましょう」

 

祐理と馨の額に手を当て、二人の意識を奪う。

さらに、少し離れた場所で戦っていた神懸りの少女を一瞬で引き寄せると、同じように意識を奪った。

 

『……間一髪であった。感謝するぞ、月読命よ』

「熊襲川上健命………………いたのですか?」

『………………………………いたのだよ。それと今は御手洗さんだ』

「縁が……白姫め、勝手なことを」

 

月読命は一目見て、太朗と熊襲川上健命の状況を看破した。二人の間に結ばれた縁、そこからゆっくりと侵食されていった太朗。月読命は、何がどうなってこんなことが起こっているのかを、正確に読み取った(・・・・・)。故に、憤慨する。

 

「これだからあの女はいけすかない!人のものを勝手に人柱にするなんて!」

『むしろ、お主が目をつけたからこその今と言えよう。別にお主に責はないが』

「それで、どうして未だ顕現していないのですか?」

『顕現できるようになったのはついさっきのことなのだが……』

「ええ、ですから聞いているのです。顕現できるようになった今、どうしてそうしないのですかと?」

 

満月が近づき、以前よりも深く太朗について読み取れるようになり、彼の力や厄介さを改めて知った上での発言だ。神にも届き得る彼の異能(マイナス)

しかし、それを度外視してもお釣りがくるほどに、太郎は依り代としてはこれ以上ない逸材である。それは太朗と言う存在の根幹からくるものだが、ネックとなる彼の過負荷をどうにかできる存在である大太の右手が、何故未だに顕現しないのか、月読命には疑問であった。

 

『……質問を返すようで悪いが、顕現してもよいのか?』

 

熊襲川上健命の言葉の意味を月読命が理解していないはずなどない。依り代を得た神が顕現するというその意味を。それを理解している上で改めて彼は問う。それでよいのかと。

 

「それはどういう意味でしょうか?まさか、大太の右手ともあろう神が情にほだされたというわけではないでしょう?」

「月読命ガ、『大太ノ意志』デアルオ主ガ加護マデ与エタ人間。マシテ、目ノ前デ自分ノモノトマデ公言シタノダ。ソンナオ主ノ前デドウシテ顕現デキヨウカ。手洗イ鬼ハソウ言イタイノダロウ』

『……いたのか、土雲の』

「イタノダヨ」

 

フォローに対して、なんとも失礼な答えを返されたが、彼のように巨大な塊に気付かない熊襲川上健命は逆に凄いといえるのではないか。

 

「加護を与えたのはただのお礼です。どの道、縁で結ばれた以上、縁切りの神のような存在でなければあなた方を断つことはできません。満月が近づく今、過ぎたことをどうこう言うほど、私は狭量ではないです。心底不愉快ではありますが、我々の目的を優先するべきでしょう」

『……そうか。ならば何も言うまい』

「ええ、さっさと顕現してください」

 

その瞬間、太朗の身体に御手洗さんの本体(・・)が突き刺さる。そして、太朗の体が変化し始めた。まず右手が膨張し、異形のものとなった。そこから全体へと空気が送られるように、体が膨らみ、異形化が進んでいく。そしてついに体のほとんどを右手で作ったかのような鬼の姿となった。手洗い鬼、熊襲川上健命の顕現であった。

 

「うむ、さすが依り代とした肉体が最高級のものだけあって、調子がよい」

 

手を閉じたり開いたり、肩をまわしたりして調子を確かめていた彼は満足したように何度も頷いていた。実際、他の人間であればここまではならないだろうと確信するほど、力が漲っていた。熊襲川上健命は、国津神としての力を完全に取り戻したのだった。

 

「眠っている大太の化身も僅か。この地に眠る化身は最後に目覚めさせるのが理想ゆえ、早く次の土地へ参りま―――」

 

――――ゴォッ

 

言葉をを遮るようにして、大地が大きく揺れた。そして、大地の精気がある場所へと急激に集まっていくのをこの場にいる神々は感じ取った。そして、それが何を意味するのかを分からないはずがない。もし、太陽が昇っていたのなら、東に見える山の中腹の木々が円を広げるようにして急激に色あせていく様子が見えたことだろう。

 

「……熊襲川上健命」

「……なんだね。それと我輩のことは御手洗さんと呼んでおくれ」

「……この地以外の国津神達は全員目覚めていましたっけ?」

「……先刻の自分の発言を思い出してみよう。ところで我輩のことは御手洗さんと」

「……では何故、『肉』の化身が目覚めようとしているのでしょうか?」

 

この振動は、この地に眠る大太の化身の目覚めの、その予兆であった。

大太の『肉』の化身。大太の化身の中でも異質な存在である。

他の化身と違い、その存在の全ては文字通り『肉』だからだ。そして、それゆえに知性も理性も持たない。

最後に目覚めたときの、この化身による被害は尋常ではなかったのはそこに理由がある。この化身の齎す災害には際限がないのだ。まつろわぬ神々といえど、意志がある。気まぐれに人の言葉に耳を貸してやめることもないわけではない。飽きれば去ることもある。自ら眠りにつく酔狂な神もいる。時には気に入った者に加護を与えることもあるだろう。

 

――――だが、肉の化身にはそれがない。

 

目の前にあるものをただ飲み込んでいくだけの存在。善悪関係なく、山を、川を、森を、大地を、村を、人を、動物を、全てを、ひたすらに飲み込んで決して止まることのなかった存在。それが『肉』の化身だ。

そして、術式すらも飲み込んでいくがために、当時はご老公への嘆願なくして封印など到底できるものではなかった。それほどまでに凶悪な神であった。

大太の化身たちからしてみても、そんな扱いに困る奴がいては面倒だった。だから、最後に目覚めさせてそのまま一気に合神しようと企んでいたのだが、その目論見はあっさりと消え去った。

 

「……さてな、原因までは分からんよ。それはそうと我輩のことは」

「……なるほど、あの男のせいですね。何を考えて……いえ、何も考えていないのでしょう。まぁ、いいでしょう。理想など所詮その程度です。今目覚められたのは面倒ではありますが、早いか遅いかの違いです。というわけで、肉の字は放置しましょう」

「……我輩は既にアウトオブ眼中ですか、そうですか」

 

日本側の神々はそのまま肉の化身を放置して去るようだ。色んな物が少し(・・)飲み込まれる程度のことは気にしない。むしろ、一緒にいてもやっぱり扱いに困るだけだ。敵、味方関係なしに動く肉の化身の厄介さが現れていた。

 

「では今度こそ参りましょう、次の地へ。ついでにこの巫女もつれていきましょう。太朗ほどではないでしょうが、依り代に使えそうです」

 

そして二柱はその場から姿を消した。巫女を一人一緒に連れて。

 

「やれやれ、ようやく行ったか。神を複数相手するのはさすがの僕でもしたくないからね。命がいくつあっても足りないよ。さて、こいつら回収して僕達もサッサととんずらしようぜ」

『ねぇねぇ安心院さん。いきなり連れて来られた僕は何一つとして事態をつかめていないのだけど説明してくれないかな?あ、十文字以内でね。自慢じゃないけどそれ以上超えると僕の頭だと知恵熱を出すから』

「太朗君が危ない」

『なるほど、それは僕が動かないわけにはいかないね』

 

入れ違いに現れた二つの影の片方の疑問、それに返したもう片方の、字面で七文字、言葉でも十文字ぴったしな見事な説明であった。

その正体は、ただ平等なだけの安心院なじみ(人外)と混沌よりも這い寄る球磨川禊(マイナス)であった。

 

「とはいっても、打てる手はもう打ち終わったし、後は太朗君次第なんだけどね」

『ふぅん。ちなみにさ、さっきの場所においてきたあのメダルみたいなのは一体なんだったんだい?』

「あれかい?あれはゴルゴネイオンていう、大変レアなメダルだよ。ドラクエで言う小さなメダルのようなね。だから、あそこの神様にお供えしたのさ。嬉しそうに貪っていただろ?」

『色んなものが飲み込まれていく様子は圧巻だったね、いや悪感かな?』

「こりゃあかん、なんつって」

『え?なんだって?良く聞こえなかったからもう一回言ってよ。こりゃ……何?』

「……」

 

球磨川がこの後どうなったのか、知る者は当人を除いていない……。

 




時間が一気に進むといったな、ありゃウソだ。
こりゃあかんorz

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