ガンナーは神と踊る   作:ユング

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田中太朗は、あなたが言うような人物ではなかったですよ一朗……。
                            楠城学院理事長の呟きより抜粋



第六話

――――田中太朗が遂に問題を起こした。

 

この情報は瞬く間に学校中に広まった。せめて卒業するまでおとなしくしてほしかったと、受験期に入った三年生は一様に思った。彼のことをよく知らない一年や二年は、これまで様々な噂が流れていた田中太朗という存在を思い知る。噂でしかなかった田中太朗の存在が、今こうして身近な災厄として牙を剥いたことに恐れおののく。

 

一年生の少女を朝っぱらから襲おうとしていたというこの情報。その理由については様々な憶測が飛び交っているが、一つ分かっているがこれから一年心穏やかに過ごせることができないということだ。特に件の少女にいたってはいつまた襲われるのかわからないことに身を震わせ、余りの恐怖に情緒不安定になってしまった。立ち直るのにかなりの時間が掛かることだろうと、周囲の人間は同情した。すでに精神科医に連絡をつけたという話もある。

 

しかも少女だけでなく、他にも彼の被害者は実に多い。酷いときには正気を失って、妹のいないはずの男が妹は全員俺が護ると叫んでいたという。そういった人たちもまた自宅養生するために早退した。ちなみにその男、108人の妹がいると普段から豪語していることから、実は普段どおりではないかという見方もあるが、その常軌を逸した気迫から念には念を押してと言い渡されたということらしい。それ以外の者は二時間目から授業を受けることになった。一時間目に関しては現場の後片付けと生徒たちが落ち着くための時間に当てられた。

 

さて、一方でこのような被害をもたらした太朗に対して臆しながらも、凛として立ち向かった少女の存在もまた広まるのは必然であった。言うまでもなく万理谷祐理のことだ。悪役の名が轟けば、正義の味方の名も轟くのは世の常である。しかも彼女は楠城学院の誰もが認めるたおやかで可憐な華ということもあって、その存在はまるで物語の英雄のように持て囃された。一部ではまるで女神の如く崇め奉っている熱狂的なファンも現れているという。そんな人たちが集まってファンクラブも出来たとかなんとか。当の本人は、そんなことになっているとは露知らず、自宅のベッドで寝かされているが。

 

そして、この事件の中心人物である田中太朗はといえば。

 

「あぁ……世の中どうかしてるなぁ……」

 

公園のベンチに座って、うなだれていた。その哀愁漂う後ろ姿は、まるでリストラされた一家の大黒柱のごとく有様であった。

それは少し時間を遡ったときのことだ―――……。

 

 

 

 

 

 

無遅刻無欠席皆勤賞の名誉を返上して、生まれて初めてのサボりをしようと靴を履いたところ、放送で名前を呼ばれた。理事長室に来いとのお達しだ。恐らく、先ほどの件について詳しく話を聞きたいのだろう。不本意ながら俺も中心人物の一人であったわけだし。

そんなわけで、若干気落ちしながらも、理事長室に向う。

 

 理事長室の扉をノックすると中からどうぞという声が返ってきたので、中に入る。部屋の中は、素人目にも分かる高級な調度品で整えられていた。雰囲気でしかわからんけど。机とか椅子とかなんていうか重厚感があって俺は好きよ?

 

そんないい感じに重々しい空間の椅子に初老の男が座っている。一見好々爺に見えるも、落ち着いた姿勢と滲み出る威厳。幾多もの人生経験を経て得ただろう力は彼の老獪さを教えてくれる。そして、顔には笑顔が張り付いているものの、その目は明らかに笑っていなかった。本来笑顔は威嚇であると聞いた事があるが、これがそうなのだろうか。

 

「よく来てくれました。立ち話もなんですから、どうぞお座りください」

「ありがとうございます」

 

 俺は促されるままに席に付く。うむ、身体が深くまで沈むようなこの感覚、これは素晴らしいものだ……!思わず足を組みたくなるが、理事長の前なのでそこは自重する。クマさん辺りはそんなこと気にしそうにないだろうけど、俺は気にする。無意識にでも組まないように、足に気を配っておく。

 

「さて、では早速ですけど色々とお聞きしたいことがあります。何故他の生徒を襲ったのでしょうか?」

 

基本この人は生徒にも丁寧にしゃべってくれるので、生徒から人気がある。自然と耳に入ってくる周囲の会話によると、優しくて、姿勢態度もかっこいいから尊敬できるそうな。その思うと、確かにこの人動きの一つ一つに気品を感じられる気がする。しかし、俺が生徒を襲った発言は少々見逃せない。

 

「そんな記憶はございませんが?」

「おや、では朝の騒動は一体どういったことでしたか?」

「あれは些細な勘違いからの騒動ですよ」

「勘違い?」

「そうです。そもそもの始まりは・・・・・・・」

 

俺は懇切丁寧に説明をした。ことの始まりは善意で、それを向こうが勝手に勘違いして悲鳴を上げたからあんな騒動が起こったということ。そう考えると如何に俺が怖かったのだとしても、それだけであんな騒動を引き起こした少女が悪いことになるな。俺被害者。そこまでは言わないけどね。

 

「なるほど。あなたはただ人形を渡したかっただけであると」

「そのとおりです」

「しかし、それで済ますには生徒の被害が大きいのですが」

 

こちらを睨みつける。何を求めているのか知らないが、正直いってそれに関しては俺の知ったことではない。俺は何もしていないのだから。いや、最後ちょっと怒り心頭になって彼らの衣服を壁に釘付けにしかけたけど、実際は未遂であるしそもそも手を出したのは向こうが先なわけだし。

 

「それは彼らの自業自得でしょう。俺からは何もしていませんし、人を助けたのに殴られたのですから、むしろ被害者は俺の方ですね」

「それはあなたの行動が……」

「話を聞こうともしない相手にどう誤解を解けというのですか。出来ればご教授願いたいのですが」

 

さすがに口を閉ざしたか。まぁ、俺だってずっと、しかも誰よりも深く考えていると自負している。ぽっと考え付くようなものなら、とっくに俺が採用してますよなんて、心の中で呟く。これは前世からの難題だ。思わずかっとなって思っていることを嫌味たっぷりに吐き出してしまったが、俺だって人間だ。1から10まで俺が悪いみたいに言われると、流石にムッと来る。

 

「俺は悪くない。それとも理事長は生徒の善意をないがしろにすると?」

「ッ!」

 

少し言い過ぎたかな?いや、でもこれくらい言わせて貰わないときっと今日のことは、全部俺が悪いみたいになるだろう。うん、ここは心を鬼にしないといけない。しかしあれだ。考えれば考えるほど俺が悪かった要素って少ないよな……。まぁ、俺も反省する意味で今日一日は自宅で大人しくしよう。家にいる母も説明すればわかってくれるはずだ。

 

「話はそれだけですよね。周りからすれば俺がいると落ち着かないでしょうから、今日はもう帰ります」

「いいえ。もう少し待って下さい。話はそれだけではありません。……あなたには今日から自宅謹慎を命じます」

 

え?今なんて言った?思わず見返すと、笑みを消して冷徹なまなざしでこちらを見据える理事長の姿があった。

 

「納得いかないって様子ですね。しかし、入院までした生徒がいる中で、あなたに何も罰がないというわけにはいかないのですよ。たとえあなたに悪意は無かったとしても、保護者の方は納得しない。あなたは自分が仕出かしたことの責任は取る必要があります」

「責任って……」

「これは決定事項です。本来であれば退学レベルの惨事だったのを、その程度に抑えているのですから文句を言われる筋合いはありません。それとも退学の方がよろしいですか?」

「いえ……」

 

そういわれてしまっては俺には何も言えない。所詮一学生が口を挟めることではないのだから。だが、俺にはこれがどうしようもないほど理不尽なことに思えてしまう。

 

「それに、今あなたがいると生徒が動揺してしまう可能性があります。ほとぼりが冷めるまで家で大人しく……ッ!!?!?」

 

頭が真っ白になる。何も考えられないという意味ではなく、怒りで頭がどうにかなりそうだった。だが、ああだが、反射的に暴れだしたいのを全力で抑え込む。その行動が一体どんなことになるのかを俺は経験で知っているからだ。だからこそ、努めて冷静に俺は聞く。

 

「いつまで……?」

「ッぁ!?……また追って連絡します」

 

言葉尻に怒気が乗ってしまうのは仕方がないだろう。俺はそれだけの理不尽を、不条理を感じているからだ。これ以上ここにいるのも不愉快だった。他に話はないだろうと俺は判断して、怒り心頭のまま理事長室を去り、そのまま学校を出て行った。そして、時間は公園へと戻る。

 

 

 

 

 

 

あの後頭が冷えて冷静になった俺は、親になんて言おうか迷っていた。事実上の無期停学である。三年目にしてこんな不名誉を被ることになろうとは思わなかった。ああでもない、こうでもないと必死に考えても何も思い浮かばない。これはもう正直に起こったことを説明するしかない。親もきっと分かってくれるだろう。後は学校側とも話し合いを設けてももらって、こちらの意志をきちんと伝えるように勤めるぐらいしかないな。

 

 腹をくくり、俺は立ち上がる。その時、視界端で何かを捉えた。一体なんぞと思って見ると、公園内にある森、その木々が生い茂っている奥で何かがチカチカしていた。暇になったのと、気になったのとでその正体を見ようと森に入ることにした。

果たしてそこには、世にも美しい女性がいた。

息を呑む美しさ、というのを直に体験するのは初めてだ。十人が十人とも見惚れるであろうその容姿、白磁を思わせるような滑らか肌が衣服から顔を覗かせ、三日月を模した髪飾りの添えられた黒髪は闇夜を思わせる。そして、その黒い瞳は何を憂うのか、もの寂しげに揺れている。派手な美しさではなく、しとやかにしかし静かに力強くその存在を主張するような、そんな美しさがあった。

まさに一枚の絵、神秘的な光景であるといえるだろう。

 

――――もし、その女性が枝の上に立って、及び腰で幹に抱きついていなかったら。

 

若干プルプルしている姿が、何処と無く木から降りられない猫を思い起こした。いや、そんなまさかね。

 

「……」

「……」

 

目が合った。サングラス越しではあるが、確かに目が合った。合ってしまった。絶世の美女と言っても差し支えのない女性は喜色満面といった笑みを浮かべ、こう言った。

 

「おぉっ!丁度良いところに!貴様に妾を助ける権利をやるのじゃ!」

 

―――――『じゃ』って語尾につける奴本当に実在したんだ。

 

対して俺が思ったことは、全く以ってどうでもよいことであった。

 




短めですが、今回はここまで。
次回からストーリーが加速していく!といいなぁ。

ちなみに理事長視点で太朗の発言をどうとらえかも書こうか迷いましたが
別にどうでも良い事だったのとテンポ悪くなると思ったので、今回はなしで。
結論だけ言うと、あの後、理事長は胃に穴が空きました。

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