ガンナーは神と踊る   作:ユング

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魔術、呪術、方術、超能力、武術、科学、兵器……如何なる力であろうとそれが人間のものである限り、まつろわぬ神やカンピオーネには届きはしない。
                              とある賢者の絶望より抜粋


第七話

 権利とは、とある事象に対して許可を得るということであるとは考える。権利の行使には責任が生じるが、同時にそれさえ果たせば好き勝手に扱うことが出来るはずである。基本、権利とつくものはどれも自分に利益が生じるものばかりであるため、誰もがこぞって権利を得ることを望んでいるといっていいだろう。昔で言うなら、女性の参政権がその最たる例といえるのではないだろうか?

 

「さぁ、妾を疾く助けるがよい」

 

それを踏まえた上で、この女性の言を考えてみよう。さも俺が助けるのが当たり前の如く振舞うこの女性。どうも、木に登ったのはいいが怖くて下りられなくなってしまったらしい。やんちゃだな。この人はほんの数秒前に『妾を助ける権利』とやらを俺に与えてくれたのだという。彼女の言うとおりなのだとしたら、俺は『この女性を助ける権利』をもらったのだ。だとしたら、俺の取るべき行動というのは一つしかない。

 

「そういうのは間に合っているので」

 

俺は権利を地球の外へ向かって全力投球した。今頃地球外生命体の誰かがおいしくいただいているだろう。美女のポカンとした顔を見て、俺は背を向けて家へと歩を進める。チカチカしていたものの正体がこの人の付けている三日月の髪飾りだったことも分かってすっきりしたし、ここにもう用はない。

 

「……はっ!き、きききき貴様正気なのか!?妾じゃぞ!?誰もが倒れ伏す愛くるしさとこの世のものとは思えない美しさを兼ね備えた女神と言う名の妾じゃぞっ!?妾のような美女を助けられるまたとない栄光、これ以上はありえない誉れを手に入れる機会なんじゃぞ!」

 

残念だが俺の善行はもう朝の時点で完売してしまったのである。どれだけ泣こうが喚こうが助ける気は無いったら無いのである。ほかを当たってくれたまえ。何、あんたほどの美しさをもつ人だ、世の男性が見過ごしはしないさ。

 

「はっ、そうか!ふふん、貴様の意図が読み取れたぞ。妾とて伊達に神をしておらぬわ!」

 

去っていく俺を見て、何か言い出し始めた。それもとてつもなくイタイ発言だ。神って……いい歳した女性がとんだ病を患っているもんだ。だが偏見の目で見てはいけない。もしかしたら根はいい人なのかもしれないし、相手のことを知らないうちからそうやって決め付けてしまうのは良くないことだ。

 

「貴様からあふれ出るその呪力、妾を前にして尚色あせないその威。人間にしては相当なものじゃ。ふふふ、神である妾が言うだから間違いない。であるならば、妾を助けた暁には貴様に褒美を取らせようぞ?貴様のような者であれば、喉から手がでるような代物をな」

 

 言っていることはイタイけど、内容には興味が惹かれた。助けたら何かくれるらしい。だがそんな餌に釣られるような俺ではない。クマさんでも釣ってろ。

 

「何をくれるんだ?」

「ふっふっふ、そう焦るでない」

 

簡単釣られましたが何か?即物的なのは仕様だ。振り返り、女性に聞く。もったいぶるように含み笑いを浮かべ、自信満々な様子から期待ができる。さぁ、この女性は一体何をくれるというのだろうか。

 

「それはのう……」

「それは?」

 

喉を鳴らし、彼女の言葉を待つ。焦らしてくるということは相当価値があるもの違いない。俺の期待感がどんどん高まっていく。在りし日の俺がサンタさんからのプレゼントの中身を確認するような、そんな期待感だ。そして、彼女はそれを口にする。

 

「妾の……微笑みじゃ」

「ファーストフード店で売れ」

 

あの時確認したクリスマスプレゼントの中身がキャラモノの鉛筆ダースだったあのがっかり感を思い出した。いい顔で言っているが、別にいらない。そんなわけで俺は改めてその場を去ることにした。

 

「ま、待てぇい!貴様どこへいくつもりじゃ!!」

「家」

「わ、妾の、女神の微笑みは要らぬと申すか!静寂と安らぎを与える夜と命を生む礎たる海とを支配する妾の微笑みじゃぞ!その価値が分からぬ貴様ではあるまい!?」

「分かりませんのじゃ。のじゃのじゃ」

「~~~っ!貴様妾をバカにしているんじゃな!ににに人間の分際でっ!?身の程わきまえよ!ここここのような屈辱は初めて……でもないが、よよ夜になったら覚えておれ!」

「もう忘れた」

「きぃ~~~~っ!」

 

その場で地団駄を踏む勢いであるが、枝という不安定な足場であるためそれも出来ずフラストレーションだけが募っていく。なんという悪循環。この人からかい甲斐があるぞ。

 

「大体神様なんだから自分で何とかしろよ」

「やかましい!!なぜか知らんがこの森に入った瞬間、妾の力が発動しなくなったから、自分でなんとかしたくてもできないのじゃ!」

 

 イオナズンのflashを思い出した。あれって滑稽で面白いけど、ちょっと深読みすると空恐ろしくなるのは俺だけだろうか?

 

「この辺りの木は俺が特典を駆使して植えたものが多い。その関係で力の行使が片っ端から阻害されているのかもしれんな」

 

なんて相手に合わせて発言してみたり。実際植えたけどな。後先考えずゴミを木に変える能力でゴミを木に変えまくった結果、公園の半分を埋め尽くす程森が広がってしまったように感じるのはきっと気のせい。

 

「阻害というよりは戻されている感じじゃが……って違う!それが本当なら貴様のせいではないか!はようなんとかせぬか!」

「権利は放棄したし……」

「もはや義務じゃ!ええいつべこべ言わずに、妾を助けろ!!」

「だが断る」

「むきぃ~~~~~ッ!!もう怒ったのじゃ!今更後悔しても止めぬぞ!」

 

片腕を掲げ、一言二言何事か呟く。……場は静寂に包まれる。一秒、二秒……何秒経過しても場に変化はない。

 

「しかし力は発動しない」

「忘れてたわぁああぁあぁああああああああああああああああああ!」

「マジックポイントがたりない」

「やかましいわ!」

 

息も絶え絶えといった感じで肩を上下させる自称神様……いや、自称さん。さっきから叫んでばかりで喉が心配になるレベルだ。

 

「朝からこんな叫ぶなんて、元気だな」

「誰のせいじゃと思っておるっ!!」

「さぁ、誰だ?」

「もうよいわ!……ハァ。高慢ちきな姉上や野蛮な愚弟、それに足元のこやつ……どいつもこいつも妾を馬鹿にしおって……妾を誰じゃと思っておるのか」

 

叫ぶ気力もないようだ。ちょっとからかいすぎたか、全力で落ち込み始めてしまった。ぽつりぽつりと愚痴をこぼし始める。その言葉を聞くに、なにやら自称さんにも色々とあるらしい。その姿がまるでどこかの誰かを思い起こさせるようで、嫌に胸に響いた。……仕方がない。

 

「今回だけだからな」

「う?」

 

俺は手に大きな釘を生み出し、彼女が乗っている木に打ち込む。そして、『負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)』を発動させた。いつもは人に見られないように気をつけているが、ここにいるのは自称さん一人。仮に彼女が言いふらしても内容的に誰も信じないだろう。

 

めぎょ…ぎごごぎぎゃ……きぎゃぎゃぎゃぎゃあぁ……

 

低く響く異音と共に、木に変化が訪れる。俺が学校で証拠隠滅のために一気にひしゃげさせるように発動させたものとは違い、今回は自称さんの安全面も考えてゆっくりと縮むように発動させる。音こそ穏やかではないものの、絵面は穏やかなものだ。

 

「うっ?うぬ?うぬぁ!?ぬぉあぁぁあああああ!?!??巻き込まれるのじゃ――――っ!!」

 

嘘だ。凄く恐ろしい絵面である。ゆっくりではあるが、否、ゆっくりだからこそ全体が勝手にひしゃげてねじれて丸まっていく光景は相当ぐろい。『負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)』は制御が難しいから仕方がない。だけど、自称さんは巻き込まれる前に無事に飛び下りることが出来たから問題はない。しかしあれだ。悲鳴に色気がないのは女としてどうなのか。

 

「大丈夫か?」

「……」

 

呆然として座り込んでいた自称さんに問いかける。が、反応がない。息を呑むほどの美人さんが口を半開きにしてぽかんとしている様子はなんだか滑稽であった。これが残念美人というものか。

 

「呪力の動きは無かったところを見るに、恐らく異能の類じゃろうが、それにしては随分異質じゃ……。神たる我がこれほどおぞましさを感じるなど……」

 

なにやらブツブツと呟き始めた。まぁ普通は見る機会のないはずの超能力を直に見たのだから、驚いているのだろう。自称さんしているのも、きっとそういうのに憧れているからだろうし。しかし、自称さんよ、意外にこの世界には俺みたいな奴は溢れているんだぜ。噂によると箱庭学園という場所ではそういった人間に事欠かないらしい。それに比べたら俺なんて平凡なものさ。

そんなことを考えながら、俺はB玉くらいに小さく丸まった木の残骸を握り締め、木を生やす。そしたら自称さんが目を大きく見開いた。まぁこれも常識ではありえないちからだし、やっぱりびっくりするんだろう。

 

「……貴様今何をしたのじゃ?」

「見たまんまだが?」

「答える気はないということじゃな」

 

いや、見たまんまだって。自己解釈するのは人の勝手だから何も言わんけど。それはさておいといて。

 

「木から降りられて良かったな。そんなわけで今度こそ俺は帰るぞ」

「少し待たぬか」

「まだ何か?」

「もっと他に方法はなかったのかとか自分ごと潰されそうで怖かったとか助けるのならもっと早く助けろとか色々言いたくはあるが、そんなことはこの際置いておくのじゃ」

 

自称さんはこちらを見据えてこういった。その真剣な眼差しは先ほどの茶番染みた空気など一切含まない、厳かな雰囲気を放っていた。そして、たった一言、こう口にする。

 

「感謝するぞ、人間ッ!」

 

上から目線な発言とは裏腹に、その顔には無邪気な笑みを浮かべていた。純粋な笑みとはきっとこのことを言うんだろうなと、その余りに綺麗な笑顔に俺は見惚れてしまった。なるほど、確かに彼女の微笑みには極上の価値があった。

 

「……どういたしまして」

 

目が覚めてから良い事があったと思ったら、最悪な事態を経験して気分がどん底に落ちていたが、彼女のおかげで大分持ち直した。思えば、俺がさっさとここを去ろうとして、でもなんだかんだこの場に残っていたのは、彼女の放つ空気というか、雰囲気が居心地のいいものだったからだろう。言動はアレだけど。自称さん相手だとなぜだか普通に話せるんだ。これほどの美人でなくても、普段ですら緊張して固まるのに、スラスラと言葉が出てくる。初対面の相手でこれだけ気分の落ち着く相手は初めてであった。親友のクマさんでも最初はアレだったのに。

 

「うん?なんじゃ妾に見惚れてしまったか。何それは恥ずべきところではない。妾の美しさの前に世の男子共は平等にひれ伏すのは世の理じゃからな!」

「お断りの間違いだろ。自惚れるんじゃない」

 

自分の思考に埋もれて黙り込んだのを、何を思ったのか調子に乗り始めた。様にはなっているが、正直見ていて痛々しいというのが先に来る。確かにこれだけの美貌を誇るのであるからその言葉も納得してもいいところではあるのだが、残念美人という言葉の方が似合っていると個人的に思うのである。

 

「貴様の力にも興味があるが、出遭った当初から妾に対するその不遜な態度もきになるのじゃ。……よし、しばらく貴様に着いてゆくことにしたのじゃ!」

「はぁ?」

 

急展開過ぎて、意味が分からない。だが、自称さんは逃がす気はないと目を爛々と輝かしていた。これは獲物を狩らんとしている捕食者の目だ……ッ!

 

「貴様に身の程をわきまえさせてやるといったのじゃ、人間!」

 

木の葉の隙間から刺す日の光の下で、高らかにそう宣言した姿は、巫女に託宣を下す神に見えなくもなかった。……いつもなら関わりあいになりたくないと思うはずなのにどういうわけか、俺の口から出たのは自分で自分の正気を疑うような言葉であった。

 

「勝手にしろ」

 

息を吐くように自然にこの言葉が口をついて出た。自分でも何を思ったのか分からない。だけど、満更でもない自分がいた。

 

「言われるまでもなく勝手にするのじゃ。というか人間が神である妾に権利を与えようなどおこがましいにも程があろう?それは我らの特権。覚えておくがよいぞ、人間」

 

嬉しそうに目を細める自称さん。……今日はかつてないくらい激動の一日だ。これまでも色々と巻き込まれてきた俺だが、それなりに平穏であった今までの反動の如くツいていないと言っていいだろう。でも、まぁ。

 

「田中太朗だ」

「む?」

「人間じゃない。田中太朗だ。いつまでもそう呼ばれるのもなんだからな、軽い自己紹介だ」

「ふむ、確かに他の人間と区別できなくなるのはちと不便じゃ。だがの、貴様などグラさんで十分じゃ!」

「……まぁいいか。よろしく、自称さん」

「自称さん!?なんじゃその無礼な呼び方は!」

「じゃあなんて呼べばいい?」

「ふん、貴様のような無礼千万の相手に名乗るのも癪ではあるが、そのように不愉快な名で呼ばれるのはもっと癪じゃ。然らば、特別に貴様に教えてやる!その魂にしかと妾の名を刻み込むが良い!」

 

きっとこの出会いは俺に何かを運んでくれる、そんな気がした。

 

「三柱の貴子の一柱にして、生と死の狭間にて時を観測し夜と海とを支配する神、まつろわぬ月読尊とは妾のことじゃ!畏怖と敬意と親しみを込めてツッキーと呼ぶがよい!」

 

やっぱり気がするだけかもしれない。ポーズまでしっかりと決めたツッキーを見て、なんともいえない微妙な気分になる俺であった。あいたたたたたたた。

 




今回はここまでです。できれば金曜日に投稿したかったが、作者は遅筆なのです。
話は進まなかった。そして、次回はツッキー視点になるかもしれないからやっぱり話は進まないかも。許してや(>ω0)
え、神様もうちょっと焦らせ?HAHAHA、作者の構成力ではこれが限界さb
でも彼女の設定は色々と練っているつもりだから、それで許してや(0ω<)ミ☆
というわけで次回もお楽しみに。

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