冥界にも四季はある。
冬を越え、桜の咲く芽吹きの時期が、ちゃんと訪れる。
もっとも、その芽吹きに命は無い。
魂に刻まれた命の在り方としてのサイクルに従っているだけだ。
それは、記憶に刻まれた残滓。在りし日を思い起こす泡沫の時。
故に冥界の桜は、地上よりも儚い。
――故に冥界の管理人は、その儚さを守らねばならない。
「――優雅に咲き散りなさい」
"死符「ギャストリドリーム」"
舞い踊る西行寺幽々子の動きに合わせて生み出されていく大量の死蝶。
一度眼にすれば心奪われ、一度手にすれば命を奪われる。
魂まで魅了するかのように、美しい蝶達が花びらのように羽ばたいて行く。
――だが、自然の権化は花に集う蝶に眼を奪われる事は無かった。
「はっるでっすよー!!」
春告精。リリーホワイト。
本来、現世で春を告げる精霊であるリリーホワイトが、死者の国である冥界に居る事その物が異常だった。
いや、異常はそれだけではない。
無数の蝶の風の中を、構わず駆け抜けていくリリーホワイトの速度。それは普段のリリーホワイトのスペックとは桁違いのものだ。
「あらあら、自信無くしちゃうわねぇ」
言葉ではそう言うものの、幽々子の表情はそれ自体をむしろ楽しんでいるかのように穏やかだ。
「――さて、次はどうしようかしら」
――リリーホワイトが冥界に迷い込んできた。冥界に存在する魂達の騒ぎからそう耳にしたのはつい先刻の事だった。
お八つとして頂いていた三色の団子を味わいながら、そろそろ顕界の花見をしに足を運ぼうかと考えていたのは記憶に新しい。
『お任せ下さい。幽々子様』
半人半霊の従者は、此方が何も言わぬ内に勇んで出掛けて行ったのはその直後の事だ。
幽々子本人としては、春を愛でに行こうとした所へ春の化身の方からやって来てくれたのだから急くことも無いと、考えていたのだが。
それに、自体は妖夢が何とか出来る程単純では無いだろう――。
その予感はやはり的中した。
「――とりあえず、もう妖夢じゃ解決出来る範疇じゃ無さそうねぇ」
背後に転がったままの己の従者へと眼を向ける。
一体どんな攻撃を受けたのか、それともいつものように自滅したのか、地面に半分突き刺さった妙な体勢で妖夢は気を失っている。
この場に着いた時にはすでにこの状態だったので、どんな面白い展開があったのかは本人に聞くしか無いだろう。
「はーるー♪ ここは春ですよー!」
はしゃぎながら見境なく弾幕を放ち続けるリリーホワイト。
スピード・パワー・タフネス。飛躍的にパワーアップしているその原因は十中八九――。
「春度の過剰摂取――かしらね」
正直、ここまで強くなる物かと驚いてさえ居た。
お陰で春の空気の中、リリーホワイト対魂魄妖夢の演武を見つつ菓子を頂く目論見はおあずけだ。
しかし、西行寺幽々子はそれで終わらない。
「――お花見が駄目なら、皆で宴としましょうか」
幽々子が扇で宙を円形に撫でる。変化は直ぐ様訪れた。
"再迷「幻想郷の黄泉還り」"
冥界管理人の権限を以って冥界の門を作り出す技。
地上で作るのとは違い、冥界内で繰り出すのだから更に容易い。
「逝きなさい」
扇子をかざす動きに従い、完成した冥界の門より出で立つは魂の集団。
周囲を白く、朧気に埋め尽くさん程の大量の霊気が満ち満ちていた。
「むー! もう春なんですよー!」
大量の魂から生じる霊気は、むしろ冬の死の気配に近い。春に敏感なリリーホワイトはそれをも春に変えようと自ら飛び込んできた。
そしてリリーの気配が完全に霊魂に飲み込まれる。
しかし、それで終わりとはならなかった。
「っぷはぁ! 寒いのは、終わりですよー!」
「――あら?」
飛び込んだ時の勢いのまま、中を真っ直ぐ突っ切ったリリーホワイトは、体に受けるダメージも解さずに幽々子の元へと奇襲をかける。
柔軟に、かつ迅速な対応力に富む幽々子は、その程度の突撃を難なく避けてみせた。が、春という命の芽吹きのエネルギーは余波だけで冥界の門を消し去ってしまう。
「中々、厄介かもしれないわね」
問題はそれだけではなかった。リリーが通った後に残されている大量の弾幕達。春度がそのまま攻撃のエネルギーとして発現したかのような弾幕は、同じエネルギー体である霊魂に少なからず影響を与えすぎてしまうかもしれない。
これ以上、喚ぶのは魂達に申し訳無い。まぁもっとも――
「――もう、その必要も無いのだけれど」
"桜符「センスオブチェリーブロッサム」"
突撃と弾幕を繰り返すリリーホワイトに一切怯むこと無く、幽々子は舞い始める。
手にした扇子を開き、静かに眼を閉じ、着物の裾を翻す。
相手の動きに合わせ同調する、攻撃と防御を兼ね備えたカウンター技。――だが、幽々子にとってそれだけで選んだスペルではない。
「ほら、もっと楽しみましょう? 輪廻の輪に入る、泡沫の者達の為に――」
ふわふわり。
幽世の蝶が、花と舞う。
ひらひらり。
現世を想い、死と踊る。
そして、終焉は訪れる。
「――"幽雅"に舞い散りなさい」
最後に大きく振り切った扇子。
その動きを拡大し、追従し、生み出されたのは、盛大な桜色の気質の奔流。
「はーる――わぷぷっ!?」
春告精と同じ春の気質は、同じ属性と一体となろうと飲み込みまとわりついた。
生半可な逆属性では春の塊は止められない。とはいえ、同属性では足止めにはなってもダメージにはなりにくい。
――しかし、それで充分だった。
「……もー怒ったですよー!」
やがて止んだ奔流から逃れたリリーが、再び幽々子の元へと飛び込み始める。
しかし、西行寺幽々子には既に攻撃の意思を持っていなかった。
「願わくば 花の下にて 春死なん」
ぱちん、と閉じられた扇子。
それと同時に、リリーホワイトは勢いを失速し、放物線を描くように落下を始めたのだ。
"霊符「无寿の夢」"
すれ違いざまに打ち込んでいた、命を刈り取る死への誘い。
最も、妖精は死なず、また殺めるつもりもないので、過剰なエネルギーを抑えてあげただけだ。
「――食べ過ぎは良くないわよぉ?」
優しくリリーホワイトを受け止めた西行寺幽々子は、舞い散る桜の花の風情を感じ取り一人優しく微笑んだ。