東方二次創作習作バトル物   作:蒼狐

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メディスン・メランコリーVS古明地さとり

 

 

 

「――コンパロ、コンパロ、毒よ集まれー」

 

それは、毒を集められる素敵な呪文。

 

「――コンパロ、コンパロ、もっと毒よ集まれー」

 

それは、鈴蘭畑に唯一響き渡る呪文。

 

「――コンパロ、コンパロ、もっともーっと毒よ集まれー」

 

それは、彼女だけが知っている呪文。

 

無垢なる毒人形。メディスン・メランコリーは今日も毒を集めていた。

毒は彼女の身体を動かす力であり、沢山の友人からの贈り物。

 

「今日も沢山集まったね! スーさん!」

 

霧状になって高濃度に圧縮された毒は、太陽光の下でさえ、見るものの身の毛もよだつ彩色を輝かせていた。

それは、単に生物を冒すからというだけではない。

 

「――スーさんが居れば、私寂しくないよ。これからもずっと一緒に居ようね」

 

彼女の眼に宿った純粋無垢な光。それは妖としての黒い光。

彼女自身もまた、触れすぎれば他を冒す毒のような魅力を秘めていた。

 

故に、この鈴蘭畑に命を大事にする者が目的も無く訪れた事は、未だかつて無かった。

――そして今日、この賑やかで寂しい花畑を訪れた者も、それだけの目的を持っていた。

 

「――こんにちは。小さな毒妖怪さん。メディスン・メランコリーというのは貴女?」

「……誰?」

 

メディスンの敵意と好奇心の篭った瞳に映る地霊殿の主。古明地さとりもまた、賑やかで寂しい地の底に住まう者だった。

 

 

 

――古明地さとりが鈴蘭畑に足を踏み入れたのは、単なる偶然が重なったからに過ぎない。

先に連なる一連の異変をキッカケに、地霊殿を住処とする家族達が地上へと頻繁に行き来していた。

長く長く続いた地底と地上の不可侵条約はほぼ無力化としたとは言え、地底の妖怪はそれだけの危険性を秘めた種ばかり。

地底と地上に再び大きな亀裂を生めばどうなることか、と頭を悩ませる責任者の立場を知らず、帰る度に土産話を楽しそうにする身内達。不安も日に日に増大していった。

 

ああ、あの子は強引に死体を持ち出し過ぎて、退治対象にされていないだろうか。

ああ、あの子はついカッとなって地上を火の海にしてしまっていないだろうか。

ああ、あの子は……最早何をしでかすか分からないから、とりあえず大事にはならないで居てくれてるだろうか。

 

そしてとうとうある日、地上に出向く億劫さに使命感が勝った。

一度、きちんと地上を見てこよう。と。

 

実のところ、こうして地上へと出歩いたのは初めてという訳ではない。

何かしらの用事やイベントに出席しなければならない時に、きちんと出向いてきている。

――ただし、最小限の範囲で。

 

『おねーちゃんってさー……。引きこもりみたいだね☆』

 

思い返す度に突き刺さる妹の言葉。悪意が無い純粋な無邪気さ故に、思い出すたびに胸の内に突き刺さった。

今回、土産話を用意するのは私で無ければならない。それは珍しく湧き出てきた意地だった。

しかし、サトリ妖怪は元々体力自慢では無い。特に、事務・管理業中心に生きてきた身ならばなおさら。

行く先を吟味する必要があった。

 

とは言え、流石に人里で堂々と観光パンフレットを手に入れる訳には行かない。

とりあえず博麗神社へ、と足を向けたのはつい先刻の事だ。

ちなみに、決して他に知り合いが思いつかなかったからではない。決して。

 

『――あんた見てるとあの子思い出すわね。えーと、メディスン。鈴蘭畑に生まれ住むメディスン・メランコリー』

 

ふと一方的な雑談の途中に聞こえてきた名前がそれだった。

なんだか気になってもっと情報を求めたが……その際少々しつこく聞き過ぎてしまったらしく、思念の中に視えてきた"サトリ妖怪退治すべし"というイメージから逃れるようにして退散せざるを得なかった。

しかし、結局大した情報は得られなかったにも関わらず、逆に何だかそのメディスン・メランコリーという妖怪を一目見てみたくなってしまっていた。

そうしていつの間にやら抱いていた好奇心と僅かな情報を頼りに、久方ぶりに浴びる太陽光の下で鈴蘭畑へと足が向かってしまっていたのである。

 

 

「――初めまして。私は地霊殿というお屋敷で管理の仕事をしている古明地さとりと言います」

「……ふぅん」

 

――まるで野生の動物のようだ。

出会うと同時に、すでに覗き始めていたメディスン・メランコリーの心の中は、そう思わせる物だった。

 

心を覗くまでも無く向けられた懐疑の篭った眼。

彼女の全身にある緊張の様子。

そして彼女の周囲を纏っている、肌を指すような妖気を含んだ紫霧。

 

(あれは……毒ね)

 

経験上知っている明らかな敵対心の痕跡と、彼女の心の中のイメージは素直に結びつく。そこに裏表は無い。

少なくとも純粋な心を持つ妖怪である事は確かなようだ。

ただ少し、視えてくるイメージにかかった妙なノイズが気になったが……些細な事だと今は置いておく。

 

「……ここは素敵な場所ですね。鈴蘭畑が綺麗」

 

まずは、語りかけなければ親睦は深まらない。心の動きを視る為にと、他愛も無い話をしたつもりだったが、予想以上に彼女の眼の色は変化した。

 

「貴方も、そう思うの?」

「ええ。とても綺麗」

 

今だ距離を保ってはいるものの、メディスンの敵対心が和らいだのが視えた。

どうやら、この場所は彼女にとって大事な場所らしい。少しだけ覗けたイメージでは、まるで友人のように接している。

警戒心を解く為に、このまま畳み掛けよう。

 

「地霊殿の庭でも、鈴蘭を植えている場所があります。でも、こんなに活き活きとはしていないわ」

「わぁ! やった――」

「"やったね、スーさん。褒めてもらえたよ"――。ああ、この子達はスーさんって言うのですね」

 

サトリ妖怪が嫌われ者たる所以は、読心後に敢えてそれを口にする事にある。

秘密を持つ程年齢と経験を重ねた人妖は、この能力を酷く嫌うが――。

 

「――すごい! すっごい! 何で? 何で私の思った事分かるの!?」

「これが、私の能力です」

 

裏表の無い存在や、言葉を持たぬ動物にとっては素晴らしい能力に映るらしい。

更にそこから2~3度読心を披露してあげると、すっかりメディスンの警戒心はどこかへと消え去っていた。

それは、地霊殿に招いた多種のペット達に最初にしてあげた事と同じ。

未知の相手に抱く敵対心を解いてあげる。それだけで、無用に傷つけあう必要は無くなるのだ。

 

「ね! ね! 今度は私の能力も見てよ」

「はいはい、ちゃんと見てますよ」

 

無邪気にはしゃぐメディスンを優しく見つめながら、ふと思う。他の人妖も皆こんな無邪気だったのなら、あの子は眼を――

 

(……いや、よしましょう。こんな思考)

「ほらほらいっくよー!」

 

その声に催促されるまま、よぎった仮定の話を打ち捨てる。

現実へと戻した視線の先では、何やら両手を天へ掲げるメディスンの姿があった。

 

「――コンパロ、コンパロー……」

「……呪文?」

 

随分と簡単な呪文だったが、それで彼女の魔法には充分だったようだ。

紫色の霧が集まって、メディスンの手の間に塊を形作っていく。

 

(これは、さっきの毒……?)

 

良く観察すると、その毒は周囲の鈴蘭の花から生まれ出てきているようだった。

やがて、充分集まった鈴蘭の毒は、メディスンの手の間で複雑な形へと変化し始める。

 

「……えいえい……っと。やった上手く出来た!」

「あら、それは――?」

 

そう、問いかけると彼女は満面の笑みを浮かべながら答えた。

 

「さーさん!」

「さ……なに?」

「なんとかかんとかサトリだから、さーさん!」

 

紫色の半液体状のモヤで形作られた不器用な人形は、よく見れば見るほど地霊殿の主の姿を模しているようだった。

言われなければ分からない程不出来だったが、何よりも共に向けられる好意のイメージがとても嬉しかった。

 

「うふふ。上手に出来てますね。ありがとう」

「わーい! 褒められたよスーさん!」

 

素直に喜びを示すメディスンの後ろ姿を見ていると、こちらの心まで踊るようだった。

――告げるなら、今が良いかもしれない。

疲労のせいか、段々と強さを増している妙なノイズも考慮し、早々に本題に入る事を決意する。

 

「――ねぇ、メディスン。貴方も地底に来ませんか?」

「え?」

 

博麗神社で観たツギハギのイメージ。メディスンとサトリ妖怪が朧気に結びついた理由。

それは"他の人妖に多大な害を与える可能性を持ちうる事"。

メディスンは今だ嫌われ者では無いものの、人間への強い敵対心とそれを成し遂げるだけの危険な能力を持っている事は、ここに来て視えて来ていた。

 

「地底でなら、ひっそりと静かに暮らせる。そこでなら、皆と楽しく――」

「――皆?」

 

その瞬間、今までに無い強いノイズが第三の眼を通して伝わってきた。

メディスンの心が見えなくなるほどに。

 

「ッ痛――!」

「皆って、何? スーさんが居なくちゃ駄目なんだよ?」

「……メディ――」

 

頭が酷く痛む。

第三の眼が霞む。

 

「ねぇ、なんでスーさんから私を遠ざけようとするの? 私にはスーさんが居れば良いんだよ?」

「違――! 話を聞――」

 

身体が上手く動かない。

手足が痺れる。

 

「――ああ、そうか。さーさんもなんだ」

 

こちらを見下すメディスンの視線は、先ほどのとは全く違う色を浮かべていた。

純粋が故に、狂気をはらむ奥深い闇の色――。

 

「――やっぱり皆、敵なんだ! "お前"も!」

『――やっぱり皆、分かり合えないんだよ。おねーちゃん』

 

それは言葉は違えど、同じ感情を込めた心からの叫び。

過去に一度味わった喪失。

――もう、繰り返してはならない後悔。

 

「……メディスン!」

 

"想起「天狗のマクロバースト」"

 

まだなんとか動かせる程度の手先と妖力で、風を操る妖怪のスペルを模倣する。

地面へと向けられた圧縮気流は、暴風となって爆発した。

超近距離で放たれた風は勿論、自身の身体をも軽々と吹き飛ばしたが、それで良い。

 

「……ケホッコホ……。やっぱり毒霧……!」

 

少し離れた空中で体勢を整えて確信した。

どうやら気が付かない内に毒霧に飲み込まれてしまっていたらしい。吹き散らしながら範囲を逃れた事で、身体の自由度は格段に違っている。

とは言え、事態はまだまだ解決には程遠い。

 

「メディスン……貴方は一体……?」

 

あまりにも不自然に豹変した彼女の態度。

鈴蘭の毒だけとは思えない毒の症状。

かいま見えた読心のイメージから伝わってきた、寂しさと怨みの感情。

そして――

 

「ううっ……ノイズがさっきよりも酷い……」

 

まるで同調しそこなった無数の思念の集合体を前にしているかのような、不協和音。

怨霊でもこうではない。何故なら怨霊はシンプルな思考しか持たないからだ。

過去の傷跡。羨望。後悔。――そしてそれらは全て怨みへと形を成している。

最初から発せられているのが怨みだけならば、聞き様も聞き流し様もある。

だが、今感じているこれは――

 

「――まるで、無数の……幼子の思念?」

 

何とか視えたのは大雑把な意識の存在。しかし、それらを読み解くにはあまりにも時間が足りなかった。

 

「逃がさない……! 逃すもんか!」

 

"霧符「ガシングガーデン」"

 

メディスンを中心に、再びあの紫色の霧が発生していた。

彼女の姿をも覆い隠すような、とても濃い霧。

それは、意思をもってこちらを飲み込もうとしているかのように、展開を続ける。

 

「さっきよりも……早い!」

 

まだ僅かに見える空の色の方へと逃げようとして、ふと足が止まった。

それで解決になるのか、と。

メディスンの身体を覆い隠している紫色の毒霧は、彼女の心そのものだ。

純粋故に蝕まれた負の感情が、他者の意思を拒絶し染め替えようとしている。

もし、ここで離れればその厚みを増していくだけだ。

 

「――私には責任がある。二度、大事な者達の苦悩を見抜けなかったという後悔を繰り返さない為に!」

 

決意の元、敢えて向かったのは毒霧の中心。

触れてしまわないように、ギリギリの濃度の部分を掻い潜る。

 

「ケホッ……。ここが、限界ね……」

 

"想起「濛々迷霧」"

 

今度は、こちらから霧を放つ。

白く濃度の高い妖力で生み出された清浄な霧。

それが、メディスンの紫の領域の中に白い領域を別に生み出した。

他の誰でも無い個を見出す事。それは他者の心に触れる為に必要な前準備。

 

「お話しましょうメディスン! 必ず貴方を理解って見せるから!」

「うるさい! うるさい! うるさい! どうせ言葉だけだ!」

 

"毒符「ポイズンブレス」"

 

白い霧が毒霧を中和していた事で、薄っすらと視えていたメディスンの姿が再び掻き消え始める。

原因は他でもない彼女の吐息だ。

彼女の拒絶する心が、徐々に白い霧を侵し始める。

 

「くっ……メディスン!」

 

このままでは領域が持たない。

そう、意見の対立だけでは、お互いの理解は成し得ない。

――ならば

 

"想起「マーキュリポイズン」"

 

今度のスペルは、先ほどの白い霧と似て非なるスペル。

対話と理解を進めるために必要なステップ。

理解してもらう為には、まず己が相手と同調しなければならない。

 

「――私にも理解る。拒絶される事の恐ろしさを。忌避される事の寂しさを」

 

毒属性には毒属性。同じ毒霧を以ってメディスンの毒霧を拒絶ではなく同期する。

結果、白い霧が作っていた領域を残したまま、メディスンと自身の中立の領域を作りだしていく。

 

「だからメディスン! 私は貴方を拒否なんてしない! 地底に貴方の居場所を必ず作る!」

「要らない! そんなの要るもんか!」

 

メディスンの叫び。

それは、相手との境界が朧気になることへの抵抗。

弱さを晒し、他人との繋がりが強固になる事で生まれる恐怖。

 

"毒符「憂鬱の毒」"

 

その恐怖は、より強い敵対心の原因となって現れた。

 

「これは――さっきの毒の造形!? しかもこの姿は……!」

 

正にそれは純粋な毒人形。メディスン・メランコリーの形を成した毒の塊が、領域内の異物を駆逐しようと現れた。

 

「――――!」

 

言葉すら忘れたかのような声。

ただただ敵意を音にして発しているかのような、そんな叫び。

それがメディスン・メランコリーの姿をして襲い掛かってくるのだ。

 

(流石に戦いづらい……!)

 

原始的でシンプルな物理攻撃と、毒の弾幕を飛ばしてくる程度の動きしかしない様だが、それが逆に不味い。

完全な分身が出来る者は少ない。彼女の毒分身体も攻撃を避け続けていれば形を成していられなくなり、やがて消えるかもしくは再構成の隙が生まれる。

それに間違いはないが、問題は消耗度。

 

(この分じゃこっちが先に!)

 

シンプルな攻撃パターンだけならば、消耗は僅か。

もう一度言うが、サトリ妖怪に体力面での自信は無い。模倣出来るのは技術と妖力だけだ。

 

「"想起「春の京人形」"! 一旦これで――」

「――"譫妄「イントゥデリリウム」"」

 

過去に写しとって来た記憶の中のスペル。その中の一つを発現しようと集中した時、僅かな隙が生まれてしまった。

腕にメディスンの分身体の爪痕が走る。

 

「――あ、ああああ……ッ!!」

 

些細な傷口を中心に、今までに感じた事の無い違和感。それは身体的な苦痛だけでは無かった。

――心が、侵される。

サトリ妖怪として生まれてから、いや、生まれたからこそ支配されて来なかった心の自由。

やがて、それはどれだけ望んでも来なかった世界へと繋がっていく。

 

「――こい……し?」

 

いつの間にか目の前に現れていたのは、紛れも無い妹の姿だった。

それも、一番望んでいた姿の"古明地こいし"。

 

「眼が……第三の眼が、開いて……る?」

 

まだ姉妹の心が通じあっていた頃以来の妹の姿に、思わず視界が潤んでいく。

 

「良かった……戻ったのね! こいし……!」

 

返される笑顔。言葉は無いが、笑ってくれるだけで充分だった。

だから――

 

「……こ……い……し――」

 

その手が真っ直ぐ首へと伸びてきたとしても、構わなかった。

むしろ、それで心に抱えていた傷に苦しまなくなるとすれば、その方が良い。

手足を脱力させ、そのまま身を任せる。

なんだか、とても心地が良かった。

 

(――これで、良いのよね)

 

薄らぐ意思の中、視界には笑顔を見せてくれる古明地こいしの姿だけが写っていた。

こいしの胸には、第三の目。

その中には自分自身の姿が映っている。

こうして一緒に居られるのは本当に幸せで、幸せで、幸せで――

 

『――ごめんね。おねーちゃん。私はもう耐えられない――』

 

――それだけでしか、無かった。

 

「……忘れて……なる……ものか……」

 

"想起「恐怖催眠術」"

 

古明地こいしの"幻覚"を通して、自身へと催眠術をかける。

それは下手をすれば終わらない心象世界で精神尽きるまで悪夢を見続ける事にすらなりかねない。

しかし、やらねばならなかった。

 

「――忘れて、なるものか!!」

 

忘れてはならない為に。

こいしが、眼を閉じたあの日の事を。

全てが狂い出すキッカケとなったあの日を。

 

瞬時に駆け抜けていく記憶。そしてその全てが心の傷の再現。

偽物の歓喜の涙はすでに、本物の苦痛の涙へと変わっていた。

妖怪において身体的な傷よりも重傷となりえる心の傷をひたすらに抉る一時。

――それでも、全てを見終えるまで精神を保っていられた理由は、己でも分からない。

 

 

気がつけば、目の前の古明地こいしは、おぞましい毒の塊に戻っていた。

"想起「恐怖催眠術」"の余波を食らったのか、その動きは統率が取れていない。

妙な動きを取りつつ、一定の動きをただ繰り返している。

とは言えこちらも満身創痍。傷口から心と身体を冒す毒の影響はまだ抜けきっているとは言えない。

それでも、傷ついただけ理解は進む。

 

「――お陰で、貴方の事がまた少し視えた。――いや"貴方達"の心が、と言いましょうか」

 

その為には、まずは一度この場にある悪意の霧を散らさねばならない。

残り少ない妖力を、ボロボロの精神力で支え、迷いのない意思で形にする。

 

「ちょっと借りるわね。お燐!」

 

"想起「火焔の車輪」"

 

地に片腕を向け、火車の力を模倣する。

そうして作り上げられていくのは複数の燃え盛る車輪。

 

「散りなさい!」

 

前方へと振り抜いた腕を号令とし、多数の車輪が火の粉を散らしながら走って行く。

毒分身を蹴散らし、更に周囲の毒霧を焼き散らす。

そのお陰で、道が出来た。

 

「最初から、皆そこに居たのね。――いえ、だからこそ自然過ぎて私にさえ分からなかった」

 

メディスン・メランコリーの本体と鈴蘭畑を見下ろす位置で、火車の車輪を片腕の先に集め直す。

これから為す事には火力が必要だからだ。

 

「ずっとノイズとして、そしてメディスンの意思に介入して来ていたのは……貴方達、鈴蘭と同化した無数の幼い意思!」

 

消し去るつもりはないが、敵意のある力しか無いのならば少しだけ削がねばならない。

メディスンは、誰かの傀儡では無いのだ。

 

「扱え切れるか分からないけれども――お空! やってみせるわ!」

 

"想起「メガフレア」"

 

天に両手を掲げ、八咫烏と地獄鴉の力を模倣する。

ただただ強大な熱と光と力を、再現していく。

 

「……なんて、ブレの大きい力! まとめるのも大変……!」

 

それでも、何とかつくり上げた太陽の力。

それは、お空のそれと比べると些細な物だったが、鈴蘭畑に巣食う魂を払うには充分だった。

しかし、それを黙って見ているメディスンでもない。

 

「――コンパロ、コンパロ。毒よ全部集まれ……! スーさんと私の為に……!」

 

全ての鈴蘭から集まっていく、敵意。

そう、敵意であって悪意ではない。故に、それは生半可な意思では覆せない。

今やメディスンとの間に築かれた分厚い瘴気の壁を取り払う事は、閉ざした第三の眼をこじ開けるに等しい。

 

「メディスン。今から私の全力をぶつけるわ。だから、貴方も遠慮なんかしないで、全部ぶつけて――!」

 

そうして、衝突を始める二つの大きな力。

最早声が届いているのか分からないが、それでも語りかける。

 

「――誰かの心に近づけば、それだけ傷つく。悩んで、苦しむ」

 

世界を二分するような、黒紫毒と赤白熱の意思。

お互いが交じり合う部分は、凄まじい衝撃と轟音となって空気を震わせる。

 

「――それでも、眼を背けたら理解は無い。進展は無い。――だから!」

 

――やがて、二つの妖力より生まれた大きな力は、その全てを使い尽くし飽和していった。

一瞬の静寂が、世界に訪れる。

 

「――だから、一杯お話しよう? いつか、皆で笑い合える時の為に――」

「――さーさん……?」

 

どうしてそうしたのか、自分でも分からない。

ただ、気がつけばメディスンを力の限り抱きしめていた。あの時、そう出来なかった後悔を晴らすように。

そうして、世界は暗転して行った。

 

 

 

 

 

「――おねーちゃんは、今も本当に優しいね。だから好きだよ。これからもずっと――」

 

――最後、遠ざかる太陽光とメディスンの中、落ちていく私の身体を優しく受け止めてくれた声が、幻覚だったのかどうかは分からない。

ただ、私が次に気がついた時には地霊殿の中で、ポケットの中には鈴蘭の葉で包まれた種が入っていた。

結局、どう決着が付いたのかさえうろ覚え。何かを解決出来たのかさえ良く分からない。

 

「――お空、お燐。水と鉢植えを持ってきてくれるかしら?」

 

だから、この鈴蘭が咲いたら見せに行こう。今度は家族を連れて。

 

 

 

 

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