黒森峰の思い出(合宿編)   作:ウイング・三条

3 / 3
第3話 西住家の練習場にて2

再びトラックに乗り、先ほどと似たような場所に案内される。

そこの広さは先ほどの第一練習場と同じ程度だったが、あちこちに起伏があり、池がある上に、家のような建築物もあちこちに建っていた。

「こちらが第2練習場ですね。先ほどの場所と違って、ある程度の障害物や複雑な

 地形を練習する場合に使用します。

 ・・・あら?今日は使う予定はなかったはずだけど、Ⅲ号が何両か置いてありますね?」

そう菊代が説明していると、Ⅲ号の中からヒョコッと小さな人影が現れて、たたた・・・とマキたちに走りよってくる。

(あれ?この子は?さっきの・・?)

マキが思った通り、その子は先ほど会った、まほの妹みほにそっくりだった。少々背丈は低かったが、顔といい、全体の背格好といい、驚くほど似ていて姉妹としか思えなかった。

(小学校5・6年という所かな?でも確か隊長の妹は一人のはずだけど?

 もう一人いたのかな?)

そうマキが考えていると、その子供に菊代が話しかける。

「あら、りほ坊ちゃん、ここにいらしたんですか?」

「うん、だって黒森峰の皆さんがやってくるって言うから。ボク、ここで道場の生徒の

 お姉さんたちに頼んで、Ⅲ号を出してもらって待っていたんだ」

「そうだったんですか」

その子がニコニコとしながらマキたち黒森峰の隊員たちに挨拶をする。

「はじめまして西住りほです。背はちょっと小さいけど中学校一年です。

 黒森峰の皆さん、よろしくお願いします」

「よ、よろしく」

そう言いながらそばにいた菊代にマキが尋ねる。

「あのう、隊長の妹さんはみほさん一人と伺っていましたが?」

「ええ、この方はまほお嬢様とみほお嬢様のイトコでりほ様という方です。

 男の子でいらっしゃいますが、ご覧の通り、みほお嬢様そっくりなので、

 よく妹さんと間違われてしまうんですよ」

「え?男の子なんですか?でも確かにみほさんとそっくりですね。

 もう少し背丈があれば、妹どころか、お二人の見分けがつかなくなるんじゃないかと

 思うほどです」

そのマキの言葉にりほがニコニコと答える。

「ええ、そうなんです。でもボクはみほお姉ちゃんが大好きで、尊敬もしているので、

 間違えられるのが、むしろ嬉しいくらいなんですよ」

「な、なるほど」

そう答えるマキにりほ少年が目をキラキラとさせながら話しかける。

「わあ、小谷マキさんですよね」

「は、はい?」

初めて会うはずの少年に自分の名前を言われてマキが驚く。

「ボク、あなたに会うのすっごく楽しみにしていたんです」

「私に?」

「黒森峰の副隊長さんですよね?」

「はい」

「去年の試合見ていました。

 あのプラウダに捨て身の攻撃をした時なんてすごく格好良かったです!」

かわいい男の子に目をキラキラさせて褒められればマキとて悪い気はしない。

「あ、ありがとうございます」

「あのう、それで、さっそくですみませんけど、サインをいただいてもいいですか?」

「サ・サインですか?」

りほ少年の突然の要望にマキも驚くが、出発前に香織に言われた事を思い出す。

(そう言えば香織先輩がかわいい坊やからサインをねだられたらちゃんとしろって

 言ってたな・・・この子の事か)

「え、ええ、もちろん良いですよ」

「わあ、嬉しいな!じゃあこれにお願いします」

そういうとりほが持っていた袋から色紙とペンを取り出す。

「あ、ちゃんと「りほ君へ」って書いてくださいね」

「はい、はい」

そばでワクワクしているりほの横でマキが色紙に自分のサインを書く。

(そう言えば色紙にサインするなんて生まれて初めてだな~?)

一応書き終わると見た目が変でないか、もう一度確かめてからりほに渡す。

「はい、これでいいですか?」

「ありがとうございます。ぼく、黒森峰の隊長さんたちのサインを集めているんです。

 これは戦車道の歴史に取っても重要な事だと思うんです」

「はあ・・・」

微妙に戦車道と話がずれている気もするが、あえて否定するほどの事もないので、マキもあいまいに対応する。

「小谷さんたちにもボクのコレクションを見せてあげますね。これが一昨年の分」

そう言うと、りほ少年がゴソゴソと袋の中からきれいに閉じられた何枚かの色紙を取り出す。

「なるほど・・・」

それはすでに昨年の春に黒森峰を卒業した先輩たちのサインで、マキにも見覚えがある人たちの名前だった。

「そしてこれが去年の分」

そう言って、りほが次に出したのは「大谷香織」と書かれた色紙だった。

「ほら、ね?ちゃんとみんなりほ君へって書いてあるでしょう?」

それを見たマキが今度は少しうらやましがる。

「う、それは確かに私も欲しいかも・・・」

そのマキの反応に我が意を得たりとばかりにりほが説得に入る。

「そうですよ、小谷さんも香織お姉さんや、まほお姉ちゃんのサインをもらっておくべきですよ!」

「そ、そうですね」

(確かにその二人のサインは欲しい・・・後で隊長と先輩にねだってみよう)

マキがそんな事を考えていると、それを見透かしたようにりほが話しかける。

「そうでしょう?大丈夫!まほお姉ちゃんにはボクからも頼んでおきますね。

 ちゃんと小谷さんにもサインをしてあげてね!って・・・」

「はい、ありがとうございます」

中1の少年に説得された上に同情?までされてどうする!と自分の脳内でも突っ込みがあったマキであったが、憧れの人のサインを自分の手元においておきたいという気持ちは十分に理解できた。

「小谷さんにもわかってもらえて嬉しいです。

 まほお姉ちゃんもみほお姉ちゃんも、ボクに新しいサインが増えると

 良かったねって、言ってくれるんですよ」

「なるほど」

「でもエリカさんはひどいんですよ?そんな紙切れ集めてどうするの?って、

 ボクのコレクションをけなすんです」

「エリカさんというと、先ほどみほさんと一緒にいた?」

マキがそばにいた菊代に尋ねると、うなずきながら菊代が答える。

「ええ、そうですね」

「エリカさんはそうやっていつもボクの事をからかうんです。

 泣き虫だとか、みほお姉ちゃんに甘えてばかりいるとか・・・」

「ははあ・・・」

「昔、みほお姉ちゃんのお友達だったエミさんって人も、そんな感じだったけど、

 エリカさんはもっとひどいんですよ?

 ボク、いつかエリカさんを戦車でコテンパンにやっつけてあげたいです」

余談ながら、この少年の望みは早くも3年後に叶う事になる。

(確かにあの娘ならそれ位の事を言ってそうだな・・・)

先ほどの負けず嫌いのエリカを思い出しマキがそんな事を考える。

「でも男が戦車道やっているって、やっぱり変に思われるかな?とも考えるんです。

 みほお姉ちゃんやまほお姉ちゃんはそんな事ないよって言ってくれるんですけど・・・」

そう言うとため息をつくようにりほがショボンとする。

 確かに男が戦車に乗ってはいけないという公式なルールはなかったが、やはり世間体というか、男子で戦車道を修めている者は皆無と言ってよかった。

現在でも新体操をする男子などはまだ奇異に見られる場合もある。しかしこれから何かきっかけがあれば戦車道にも男子が参入していく事もあるだろう。

おそらくこの子の場合は西住流の流れを汲む出自、そしてたまたま男なのに、戦車を好きになってしまった結果、戦車道を学ぶ事となったのだろう。

この子の場合は、その人懐こそうな性格と女性的で気品のある容貌、そして分家とはいえ、西住流の御曹司という奇跡的な状況も相まって、どうやらそういった世間のしがらみはとはほとんど無縁でいられたらしく、西住流の庇護の下、のびのびと戦車道を学んでいたようだ。

 この令嬢と貴公子の雰囲気を同時に合わせ持つ稀有な少年は、そういった今までの戦車道にも、将来何か新しい風を吹き込む予感がした。

そしてマキもこの西住流の坊やが早くも気に入っていた。

そんなりほを力づけたくなり、マキが声をかける。

「いや、私もそう思いますよ?別に男の子が戦車道を好きだっていいじゃ

 ありませんか?」

マキのその言葉に励まされたように元気を取り戻すりほ。

「そうですよね!

 黒森峰の副隊長をしている小谷さんにそう言ってもらえると心強いです!」

「ええ、頑張ってください」

「ありがとうございます。ボク、男ですけど、本当に戦車が大好きなんです。

 ああ、でもいつか戦車道を好きな女の子とたくさんお話ができるといいなあ・・・」

そのりほの言葉に不思議がるマキ。

「え?戦車道の話ならここで話せる人はいくらでもいるんじゃないですか?

 何と言っても戦車道の名門、西住流の本拠地なんですから?」

「ああ、そうじゃないんです。

 その・・・確かにここの人たちはみんな優しくて、ボクの話も聞いてくれるんですけど・・・

 何というか・・・皆さん、たしなみや花嫁修業の一部として戦車道を受けていて・・・

 もちろん、それは戦車道本来の姿であって、正しいんですけど、その・・・

 ボクの話したい相手は心の底から戦車が大好きで、人生が戦車!みたいな人で・・・

 それこそ戦車に乗ったら、いきなり「ヒャッホー!最高だぜぃ!」とか叫んじゃい

 そうな人なんです。

 ・・・やっぱりこんなの変でしょうか?」

真剣に悩むりほの疑問にマキもどう答えて良いか、考えあぐねて曖昧な返事をする。

「う~ん、そうですね・・・変かどうかはともかくとして、そういう相手を探すのは

 難しいかも知れませんねぇ・・・」

それはほんの一年前に戦車道を始めて、実力で黒森峰の副隊長になったとはいえ、まだ戦車道界の一般知識もさほどないマキには難しい質問だった。

「やっぱり・・・そうですよね・・・それは自分でもわかっているんですけど・・・」

またもや落ち込みかけるりほにマキが慌てて声をかける。

「ま、まあ、でも世界は広いですから、きっとそういう人だっていますよ・・・たぶん」

無責任かな?とも思うが、とりあえず目の前の少年を力づけるためには、この程度の事は許されるだろうと思ったマキだった。

しかし、意外にも早く、この少年の願いは叶う事となる。

3年後、その2歳年上の彼女と名コンビを組んだりほ少年は、周囲からも極めて稀有な戦車道の熱愛カップルとして認定される事となる。

「そうですね、そんな事をくよくよ考えても仕方がないですよね!

 それよりもボク、黒森峰の人たちが来るって聞いてワクワクして待っていたんですよ

 遊んでもらいたくて」

「遊ぶ・・・?」

そのりほの言葉にマキが再び香織の言葉を思い出す。

(そう言えば、香織先輩はこの子に遊んでって言われたら必ず遊んで結果を聞かせてと

言っていたけれども・・・)

「ええ、それでボク、ここの道場の人達に頼んでここで待っていたんですよ」

「それで遊ぶって・・・何をするんですか?」

「え?もちろん戦車を使って1対1の戦車戦をするんですよ。

 明日になったら皆さんは合宿が始まってしまうから、遊んでもらえるチャンスは

 今日しかないと思って・・・」

「戦車戦・・・ですか?」

「ええ、でも小谷さんみたいな黒森峰で副隊長をしている人から見ればお遊びみたいなものですよ。

 本当は5対5の団体戦をしたいんですけど、まだボクはそんなに指揮も上手じゃないし、

 それにボクが遊ぶのに道場の人たち何人にも頼むのは心苦しいし・・・」

そのりほの言葉に横で聞いていた菊代が口を挟む。

「それに関しては大丈夫ですよ。りほ坊ちゃん。ここの道場にいる人たちは

 りほ坊ちゃんと一緒に戦車道をするのを嫌がる人たちはいませんよ」

「うん、ここの人たちはみんなやさしいから、それはわかっているんだけど・・・

 やっぱり子供のボクのわがままで、たくさんの人たちに迷惑をかけるのは

 良くないし、せっかくここにお稽古に来ている人たちの時間をボクが無駄に

 使うのはずうずうしいと思うしね」

そのりほの言葉でりほの手伝いとおぼしき後ろにいた西住流の門下らしい女性たちがため息をつき、菊代もやれやれまたかと言った表情になる。

「りほ坊ちゃん、いつも言っていますが、お世辞ではなく、あなたは西住流の本拠地である、

 ここでも指折りにお強いですよ?そんなあなたと一緒に戦車の試合をすれば、

 皆さん驚くほど勉強になると言って、むしろあなたに誘われるのを待っているくらいです!」

その言葉にりほの後ろに控えている女性たちがウンウンと無言でうなずく。

りほはその様子ににっこりと微笑むと照れながら話し始める。

「えへへ・・・いつも元気付けてくれてありがとう、菊代さん。

 でも、ボクそこまで馬鹿じゃないつもりだから、ちゃんとここの皆さんがボクに

 手加減してくれているのはわかっているつもりだよ?」

そのりほの言葉に、この子、全然わかってない・・・という感じで深いため息をつく菊代。

同時に、ハニャ~ン・・・といった感じで全身の力が抜けるりほの後ろの女性たち。

(どうやらこの坊やはこの西住流道場の中でも相当腕がたつらしいな・・・)

ついこの間まで小学生だった男の子が、それほどの腕を持っているとは、流石に西住流は奥が深いとマキも感心する。

そしてりほと菊代の会話から、りほの腕を値踏みしていたマキに、ため息をつきながら菊代が頼み込む。

「まあ、そういった訳ですが、この方のお相手をしていただけますか?」

「え?はい、それはもちろん構いませんが・・・」

「では、あちらのⅢ号で用意をしていただきましょう」

そう言いながらりほたちから離れ戦車戦の用意をする黒森峰の隊員たちと菊代。

歩きながら、どう相手をした物かと思案するマキに菊代がそっと耳打ちをする。

「よろしいですか?小谷様、最初から必ず全力でお願いします」

「えっ?全力で?それは構いませんが、本当によろしいのですか?」

いくら腕がたつと言っても、さすがに4歳も年下の相手だ。

しかも見た目は女子小学生然としていて、ついこの間、中学生になったばかりのりほに対して、仮にも強豪黒森峰の副隊長たる自分が全力を出して良いものかと聞き返す。

「構いません、と言うか、申し訳ございませんが、おそらく全力でも危ぶまれます。

 りほ坊ちゃんはここ最近で急激にお強くなって、みほお嬢様でも5本のうち2本、

 まほお嬢様からですら5本に1本、どうかすると2本も取られます」

 

「・・・・・は?!」

 

その菊代の言葉に凍りつくマキ。

「小谷様なら今の言葉の意味、お解かりになられますね?」

その言葉を聞いてカクカクと人形のように首を縦にふるマキ。

まだそう遠くは無い過去に無謀にもまほに挑戦して5本のうち、1本も取れなかった事、殲滅戦で5倍以上の戦力でも負けた事を思い出し、冷や汗がドッと流れる。

ギ・ギ・ギと油が切れた機械のように首を横に回すと、無表情にパクパクと口を動かして菊代に問いかける。

「5本に・・・1本・・・取れるんですか?・・・ウチの隊長から・・・あの・・・子・・・?」

そのマキの質問に無言でうなずく菊代。

「それって私の全力でも全然足りないんじゃ・・・」

「黒森峰副隊長である、あなたが1本も取れなければ、あの方はまた手加減をして

 いただいたと思い込んで悲しむでしょう。

 あの方のためにも是非とも勝ってください!」

深々と頭を下げる菊代に動揺するマキ。

「いや・・・いくらお願いされてもそれは無理なんじゃないかな~と・・・

 あの人から5本中1本取る人に私が1本取れるなんて・・・」

「そこを何とか・・・」

重ねて頼み込む菊代にマキがブルブルブル・・・と高速で横に首をふる

「いや、無理!無理!無理!・・・無理ですって!

 そうだ!大谷先輩はあの子から何本取ったんですか?

 以前やっているはずですよね?」

「大谷様は昨年いらした時、5本中3本とって勝ち越しましたが、小学生だった

 あの頃より格段にりほ坊ちゃまも、お強くなられましたので、もし今大谷様が

 挑まれましても5本中1本取れるかどうか・・・」

「はい?大谷先輩が5本に1本取れるかどうか?

 無理です!私が敵う相手ではありません!あきらめてください!」

「ですからそこを何とか・・・」

懇願する菊代に泣き出しそうな勢いで返事をするマキ。

「どうやって何とかするんですか?方法があるなら教えてくださいよ!」

自分が尊敬し、憧れもしている香織が5本中1本も取れないような相手、しかもその香織ですら足元に及ぶかどうかわからないまほから1本取る相手、そんな相手に勝つ方法があるならマキが教えて欲しいくらいだった。

「私には何とも・・・」

マキの問いに、わざとらしく、よよよ・・・と悲しげに首を横にふる菊代。

「そんな無責任な!」

そんな会話をしているとⅢ号の通信機を通じてりほが話しかけてくる。

「小谷さん、用意が出来たら教えてくださいね♪」

そのりほのかわいらしい言葉につい、うっかり返事をしてしまうマキ。

「あ、はい、今すぐ用意しますから、もうちょっと待ってくださいね」

(しまった~!用意するって言っちゃった!もう断れない!私のアホ~っ!)

自分の浅はかさを呪うマキだったが、もう後の祭りだった。

「あ~もうっ!わかりました!勝敗は保証できませんけど、とにかく全力でやるだけ、

やらせていただきますっ!」

「ありがとうございます!小谷様、感謝します、御武運を!」

そう言ってⅢ号からささ~と離れていく菊代。

そんな二人の気持ちも知らず、通信機からはワクワクとしたりほの声が聞こえる。

「小谷さ~ん、急がないでいいですからゆっくり用意してくださいねぇ~

 ボク、この試合前のワクワクした緊張感も大好きなんです!

 あ、それとボクが子供だからって本当に手加減なんかしなくていいですからね?

 小谷さんに取っては遊びでしょうけど、ボクも負けても泣いたりしませんから、

遠慮なく戦ってください」

先ほどまで可愛かったりほの声が、マキにとって今は悪魔の声に聞こえる。

(え~い、泣きたいのはこっちだってば!手加減なんかしたら瞬殺されるっつーの!)

「ほらっ!あんたたちも用意しなさい!」

マキがそばにいた黒森峰の隊員たちに発破をかける。

「やるんですか?やっぱり?」

マキと菊代の話を聞いていた隊員たちもりほの実力を悟り、戦意をなくす。

「ここまで来たらしょうがないでしょ?覚悟を決めなさい!」

「は~い・・・」

士気の上がらない事、はなはだしかったが、とりあえず準備を終えたマキが通信を送る。

「こちら小谷マキ、用意できました」

その言葉を受けて審判台にいた菊代が合図を送る。

「それではこれから小谷マキ対西住りほの試合を始めます。

一同、礼!」

その挨拶と共にマキの戦車が飛び出す。

「ええ~い、こうなりゃヤケよ!見てらっしゃい!」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

5回勝負したマキは、予想通り1回もりほに勝てなかった。

勝負が終わり、戦車からりほが降りてくると、ペコリと丁寧にマキに挨拶をする。

「どうもありがとうございました!小谷さん」

「あ、いえ、どういたしまして」

肉体的にも疲れ、それ以上に精神的に疲れきったマキがかろうじて挨拶を返す。

(助けて・・・私のライフはもう0よ・・・)

そんな事をマキが考えていると、りほが意外な言葉をかけてくる。

「でも、小谷さんは本当にやさしい人ですね」

「え?」

「だって・・・遊びとはいえ、5回全部わざと負けてくれるなんて」

「あ、いや、それは・・・」

嫌味でも皮肉でもなく、本気で言っているりほを見ると何を言う気もなくなってくる。

「今日は本当に遊んでいただいてありがとうございました!

 小谷さんたちに遊んでいただいて、ボクとっても楽しかったです!

 遊びとは言え、小谷さんたちも疲れたでしょう?

 戦車はボクたちが片づけておきますから、どうぞ宿舎の方に戻ってください」

「は、はい、ありがとうございます」

立ち去るりほたちを呆然と見送るマキたち黒森峰隊員。

何歩か歩いたりほがふと振り返ると嬉しそうにマキたちに手を振って大声を上げる。

「今日は本当に楽しかったです!サインもありがとうございました!

 今度会う時までにはボクももっと強くなって、次こそは小谷さんにも

 本気を出してもらえるように頑張りますね~!」

その嬉しそうな声のりほに手を振って無言で答えるマキたち。

しばらくしてマキがボソッと独り言を言う。

 

「それ以上強くなってどーする?」

 

そのマキに対して何事も無かったように、帰りを促す菊代。

「さ、さあ、それではそろそろお夕飯になりますからお屋敷に帰りましょうか」

菊代が歩き出すとマキたちも後に着いてとぼとぼと歩き出す。

隊員の一人が情けない声でマキに話しかける。

「副隊長~」

「言うな!」

そのマキの言葉に対して無言でいる事に耐え切れない隊員が、もう一度声をかける。

「あの子、まだ中一なんですよね~?」

「だから言うなと言っているだろう!」

「でも~」

「いいか?あの子が男であった事を感謝しろ!そして黒森峰の関係者であった事を・・・

 少なくともあの子が我々の・・・黒森峰の敵になる事はないのだからな!」

しかし近い未来、このマキの言葉は見事にはずれる事となる。

数年後、香織とマキが可愛がっていた、りほ少年は、今は無名のとある茨城県の学校に進学し、あろう事か男子にもかかわらず、戦車道の高校生大会に出場した上に、試合相手の黒森峰を破ってしまう。その事で香織とマキを驚愕させる事になるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 重い足と今にも折れそうな心を何とか支えながら宿舎に帰ってきたマキたち一行を待っていたのは、黒森峰隊長たる、まほだった。

「ああ、皆さん、お帰りなさい。どうでしたか?うちの練習場は?」

「は、はあ・・・」

「りほと遊んでいただいたそうで、ありがとうございました。

 あの子は私やみほが弟のように可愛がっているのですが、最近はなかなか相手をして

 やる時間がなくて困っていたのです。

 それが、小谷先輩に相手をしていただいて大喜びしてるようです」

「そ、そうですか・・・」

「本格的な訓練は明日からですので、今日の所はみほやりほ相手の軽い練習や遊びで

 肩慣らしをしていただいてちょうど良かったと思います」

「か、肩慣らし・・・」

先ほどのみほやりほとの全力を尽くした悪夢のような戦いを思い出してゾッとするマキ。

「はい、明日からは母が本格的にみっちりしごくと言っておりますので・・・」

そのまほの言葉に隊員がマキにすがるように問いかける。

「副隊長~~~っ?!」

「言うなあぁ~~~っ!!」

この合宿中、自分は心と体が持つのだろうか?とマキたちは思うのだった。

 

――― 終わり ―――

 




本作品を読んで「西住りほ」の物語をもう少し読んで見たいと思った方はこちらをご覧ください。

同人サークル「ネクシャリズム」
http://www.geocities.jp/lensmanqx/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。