遠い星、小さな一歩 ~ Story of Hanayo   作:Kohya S.

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4. A-RISEのライブ

 舞い上がってしまいお礼の言葉も書かなかったことに気付いた花陽は、その日の夜に改めて彼にしっかりとお礼を書いて送った。彼からは「気にするな」という返信が届いた。

 

 その翌日、花陽は高坂穂乃果からμ'sへの勧誘を受けた。まさか穂乃果のほうから誘われるとは思っていなかった花陽はたいへん驚いた。

 しかし――アイドルへの憧れはあるものの、花陽はどうしても決めることができなかった。

 

 次の土曜日、ライブ当日。花陽は朝食と昼食をしっかり食べて(途中でおなかの虫が鳴ったら、恥ずかしいもの)準備を始めた。

 しかし変に意識してしまった花陽は自室で困り果てていた。

 

 男の子と、ふたりだけで会うなんて、初めてなの……。アイドルのことだからって、舞い上がっちゃって、もう、花陽のバカ。

 ほんと、どんな格好したらいいのかな……。

 こっちのブラウンのシャツとスカートは、ちょっと子供っぽいかな……でも、橙色のカーディガンとなら悪くないかも。クリーム色のワンピースは、すこし体の線が、出すぎです……。

 

 結局、ペールブルーのブラウスに、青のリボンタイ、その上にグリーンのジャケット。紫のキュロットスカートに黒のニーソックス、という組み合わせを選んだ。この前の春休みに買ったばかりだ。花陽には大人っぽいかな、と思ったのだが、お店の店員さんに勧められたのだった。

 最後に紫のリボンを髪にとめる。

 

 花陽、おかしくないかな……。鏡に映してみるが花陽はいまひとつ自信が持てないのだった。

 

        ・

 

 UTX高校前のペデストリアンデッキ。

 待ち合わせ時間のすこし前に着いた花陽は大型ディスプレイに見入っていた。UTX高校の紹介やA-RISEの新曲宣伝が流れている。

 

「……小泉!」

「はいっ!」

 突然横から話しかけられ花陽は飛び上がる。彼だった。うわわ、突然でびっくりしちゃった……。

「あ、――君」

「小泉、全然気づいてなかったな」と彼。苦笑している。

「ごめんなさい……」

「はい、これ」と彼が花陽にチケットを手渡した。

「うわー」

 花陽の目が輝く。夢にまでみたチケットが手元にあります……。

 

「あ、お金……」

 花陽はそう気付いて顔を上げた。彼が花陽の姿をじっと見ていた。彼の顔は心なしか嬉しそうに見えた。ポシェットから財布を取り出して彼にお金を渡す。

「あ、うん、どうも」と彼が受け取った。

「よく手に入ったね」と花陽。

「たまたまネットで買えただけだよ」

「ふーん……」

 

 彼、運がよかったのでしょうか……。実は花陽も毎回、挑戦してるんだけど、今まで買えたことがないの。すぐに、売り切れました、って。どんくさくて、わたわた、しちゃうせいかな。……あ、そういえば、お礼をいってないです。

 

「き、今日は本当にどうもありがとうございます!」

 花陽は深々と頭を下げた。

「いいよ、別に。それより、そろそろ行こう」

「うん!」

 

 ふたりはUTX高校に入った。

 生徒たちの通るゲートの脇からエスカレーターで上層階へ上がった。エスカレータの先の受付でチケットを確認されて先に進む。

 左側がガラス張りになっている通路を通ってUTX劇場のホールへ入った。

 

 ホールはビルの中にあるとは思えない大きさだった。500席以上あるだろうか。高校の中にこんな劇場があるなんて、と花陽は圧倒された。

 開演まではまだすこしあったが場内はかなり埋まっていた。彼がチケットを確認する。

「小泉、こっち」と案内する彼に花陽はついていった。

 席に座る。花陽は当然ながら彼の隣の席だ。

 えっと、今日はお友達とライブを見に来ているだけなの、と自分にいい聞かせる花陽。でも、ちょっと、意識しちゃうかな……。

 

「小泉」と彼がいった。

「は、はいっ!」妙なテンションで答える花陽。

「……?」

 彼が変な顔してます……。

 彼は続けた。

「ペンライトの色、決まったっけ?」

「あ、えっと、ネットの情報によると」花陽は眼鏡をくいっとあげて答える。「ツバサさんはイエロー、英玲奈さんがブルー、あんじゅさんがレッド、みたいです」

「了解」

 花陽もペンライトを持参していた。

 最近のペンライトは色が変えられるんですよね……。便利になったな……。

 

 ホールの照明が徐々に落とされていく。真っ暗になる会場。

 後ろからライトが照らされ、ステージ上に三人のシルエットが浮かび上がった。イントロが流れ始める。前期A-RISEのヒット曲「Maximum Matrix」だ。ペンライトを振って盛り上がる観客たち。

 照明がスポットライトに切り替わる。三人が歌い始めた。

 

 巧みに連携したダンス、それぞれの声質を生かしたハーモニー。

 花陽はその迫力とパフォーマンスに圧倒されていた。これがスクールアイドルの頂点、なんですね。

 

 その後も前期A-RISEの曲や他のアイドルのカバー曲などが続いた。そして最後に「Private Wars」。

 観客の盛り上がりは最高潮に達した。

 

 ライブが終わり、ふたりはUTX高校から外に出た。

「すごかったです……」と花陽。

「うん、すごかったな」と彼も興奮冷めやらぬ様子だった。

 外はすっかり暗くなっていた。

 ふたりはなんとなくペデストリアンデッキの端まで歩いていき、秋葉原の街を眺めた。体にはさきほどまでのライブの熱さが残っている。しばらくはふたりとも無言だった。

 

 そのとき花陽のおなかがぐううううぅ、と音を立てた。

 彼も気付いたようで、ぷっと吹き出す。花陽は顔が真っ赤になるのがわかった。恥ずかしい……。

「なにか食べていくか」と彼。

「はい」花陽は小さい声で答えた。

 

「なににする」という彼の問いに、花陽は「なんでもいいです」と答える。

 ふたりはすこし歩いて駅近くのファミリーレストランに入った。

 彼はハンバーグセットとコーヒーを、花陽はビーフシチューセットを注文した。ライス大盛りで、と注文しかけて思いとどまる。

 

「A-RISE、さすがだな」

 注文が来るまでの間に彼が話し出した。

「うん、やっぱり、生でみると違うね。……今日は本当にありがとう」花陽はぺこりと頭を下げた。

「だからいいって……」と彼。ちょっと照れているようだ。「それよりPrivate Wars、やっぱり一番良かったな」と続ける。

「うん、歌もダンスも素敵……」

「こう、サビの前で三人がすれちがって」

「あそこでツバサさんだけ、くるっと回ってるんだよね!」

「そのあとバックステップしてWhat'cha do、だからなあ」

 彼は腕組みをしながら目をつぶっている。思い出しているのだろう。彼もかなり、アイドル好きみたい……。

 

 ふたりの料理が届いた。

「いただきます♪」

 花陽はさっそく食べ始める。白いご飯は、こういう洋風の料理にも、あうんですよね……。やっぱりご飯は万能だな……。

 花陽は終始無言で食べ終えた。

「ごちそうさまでした♪」

 彼も食べ終えたようだ。花陽のほうを見ている。

「小泉、おいしかった?」

「はいっ!」

「おいしそうに食べてたもんな」とうなずく彼。

 だって、おいしいんだから仕方ないの……。

 

 食べ終えた食器を下げてもらう。

 その後もしばらくアイドル談義が続いた。花陽はどちらかというと正統派アイドルが好きだが、彼は声優ユニットなどにも興味があるらしい。

 ただA-RISEに関してはスクールアイドルNo.1ということで評価が一致した。

 

 花陽はもう一度今日のライブを思い出す。心に熱いものが残っている。

「実はね、音ノ木坂学院にもスクールアイドルができたんだ。μ's、っていうんだけど」

「なにそれ。石鹸か?」と彼。

「違うの。こう書くんだけど……」とテーブルの上に書いてみせる。

「ふーん、聞いたことないな」

 

 心の中の熱さに押されるように花陽は思い切って口にする。

「あの、花陽……私でも、スクールアイドルできるかな」

「小泉が?」と彼。

 あぁ、いっちゃいました。花陽のバカ。どうせ笑われるに決まってるの……。

 

「……いけると思うよ」

 彼は目を逸らし、ぽつりと言った。花陽は意外な言葉に驚いた。

「え、どうして……」

「お前……小泉、すごく熱心だし」彼は花陽のほうを向いて続けた。「あと、この前のカラオケですごく上手かったし。びっくりした」

「そ、そうかな……」花陽は赤くなった。

 しばらくして彼が続けた。

「それに……やってみないと後悔するんじゃね」

 

 後悔……。そうかもしれない、と花陽は思う。小学生のころから、ゆっくり慎重に歩いてきたけど……。アイドルへの思いを諦めたら、花陽は……。

 

「あれ、もうこんな時間……」

 ふと壁の時計を見るといつの間にか、かなり遅くなっていた。

 

 ふたりは会計を済ませ(お友達なので割り勘です)外に出た。春とはいえ遅くなると風が冷たい。

 もう一度彼に礼をいう。

 送ろうかという彼の申し出を、いつもの道だからと断り、花陽は帰路に着いた。彼は秋葉原駅へ向かった。

 

 花陽は通り慣れた秋葉原から自宅への道を歩く。心の中には、今日のA-RISEのライブ、そして彼の言葉が残っていた。

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