遠い星、小さな一歩 ~ Story of Hanayo   作:Kohya S.

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7. ファン第一号

 次の週末、土曜日の午後。

 花陽はμ'sの練習を終えていったん帰宅し、シャワーを浴びて着替えた。花陽はブルーのノースリーブのワンピースに、クリーム色の半袖のパーカーを選んだ。

 そして彼との待ち合わせ場所のUTX高校前へ急いだ。

 

 時間のすこし前に待ち合わせ場所に着くと、ペデストリアンデッキの柵にもたれかかっている彼の姿がみえた。近付いていく花陽に彼も気付いたようだった。

「こんにちは」と花陽。

「おう、小泉」と彼。花陽のことを眺めている。

 花陽、おかしな格好、してないよね……。

「眼鏡、やめたんだな」と彼。

「うん、やっぱり動きやすいかなって。……へんかな?」

「いや……いいと思うよ」

 心なしか彼の言葉に力がこもっているようだ。

 

「あの、それでお話って……」と花陽。

「ああ……ここじゃなんだから、喫茶店でも行くか」

「うん」

 彼が先に立って歩き出した。

 

 末広町方面にしばらく歩くと雑居ビルの一階に喫茶店があった。チェーン店ではなく昔ながらの喫茶店という外見だ。

「ここでいいかな」と彼。うなずく花陽。

 彼が扉を開けて花陽を先に通す。

 店内は静かだった。禁煙席を希望すると奥の席に案内された。

 すごく、大人っぽいお店だな……。花陽、こういうのは初めてかも……。

 

「こういうお店、よくくるの?」と花陽は尋ねた。

「うん、まあ、たまに」と彼。

 彼はブレンドコーヒーを、花陽はお店のお勧めらしいチーズケーキとアメリカンコーヒーのセットを頼んだ。

 

 注文を終え彼が話し出した。

「この前のライブ、すごくよかった」

「えへへ、ありがとう」

「相当、練習しただろ」

「うん、みんなで頑張ったんだ。園田先輩……海未さんが鍛えてくれて」

「海未さん……ああ、投げキッスしてた、あの」と彼が思い出すようにいった。

「……っ!」思わず吹き出す花陽。

「?」

 彼は一瞬、怪訝な顔をするがそのまま続けた。

「曲も衣装もオリジナルだろ」

「うん、得意な子がいるんだ」

「そんなメンバー、よく集まったな」

「穂乃果さんのおかげだよ」

「ここまでやってるスクールアイドルは、ないと思う」と彼。

「そうかな……」花陽は嬉しくなる。

 

 注文が届いた。

 花陽はチーズケーキを口に運ぶ。昔ながらのちょっと素朴な感じでおいしいです……。

 彼はそんな花陽を黙って見ていた。

 

 花陽がケーキを食べ終えると彼がふたたびいった。

「あとは欲をいえばダンスに切れが、欲しいかな」

「うん、そうかも」

 花陽もそれはうすうす感じていた。A-RISEに比べてしまうと、やはり落ちることは否めない思う。

 

 彼はしばらくして続けた。

「でも……すごく、可愛かった」

「うん、μ'sのメンバー、可愛い子ばっかりだよ」と花陽。

「そうじゃねえよ……」彼が目を逸らしていう。

「小泉が、可愛かったんだよ」彼の声がすこし小さくなった。

「えっ、花陽が……」

 花陽は下を向き、真っ赤になった。

 

 彼がコーヒーをごくりと飲み込んだ。カップを置いて意味もなくスプーンでかき混ぜる。そして下を向いたままの花陽にいった。

「あー……よかったら俺と、付き合ってくれないか、小泉」

「あの、花陽……」

 さらに赤くなる花陽。

 

 えっと、お付き合いって……お友達として、ってことじゃないですよね。男の人とお付き合いなんて……花陽にはまだ早いの。あ、でもお母さんとお父さんが出会ったのって、いまの花陽と同じくらいのころだっけ……。それなら、そんなに早くないのかな……。たしかに彼とは話もあうし。でもでも、花陽、お付き合いなんて考えたこともないの。

 頭の中をいろいろな考えがぐるぐると駆け巡る。

 えーん、ダレカタスケテー!

 

 そのまま流れる沈黙。数十秒後、彼はもう一度コーヒーを飲み、いった。

「へ、返事は、今じゃなくていいから……」

 彼の顔も赤くなっていた。

「う、うん……」

 花陽は下を向いたまま小さい声でつぶやいた。

 

 花陽の心の中に先日のライブのことが浮かんだ。初めてのライブ、みんなの励まし、あの感動。

 ……花陽、不器用だから、μ'sの活動とお付き合い、両方を一緒にするなんて、絶対に無理だと思うの。お付き合いのお話しは、とっても嬉しいけど……。それに、みそっかすの花陽に、そんなお話が来るのは、一生で最初で最後かもしれないけど……。ここで返事をしなかったら、ずっと後悔すると思うんです。

 

 さらに沈黙が続く。彼は困ったように窓の外を眺めていた。

「あ、あの、ごめんなさい!」

 花陽は思い切り頭を下げていった。

「花陽は、花陽は……お付き合い、できません……」

 不意に涙がこぼれてきた。

「ごめんなさい……」

 彼がうろたえたようにいった。

「急に悪かった、小泉。泣くなよ……」

「うっ、ぅぅ、花陽は、μ'sを、アイドルを、もうすこし頑張りたい、んです……」

 花陽は涙をぬぐって顔を上げた。

「花陽、嬉しいです。ありがとうございます。でも、花陽はすごくどんくさいから、お付き合いしながらアイドルを続けるなんて、できそうにないの……」

 また下を向く花陽。

 

 彼がいった。

「そっか……。そうだよな……。俺こそごめん」

「ううん、花陽が悪いの。ごめんなさい」

「謝るなよ……」

 彼の顔に困惑が浮かんだ。花陽にどう接したらいいのかわからないようだ。

 下を向いたままの花陽。

 

 ふたりはそのまましばらく黙っていた。

「いらっしゃいませー」店員の声が響いた。

「出るか」と彼。「うん」と花陽。

 お金を払うという花陽を断り、彼が精算した。

 

        ・

 

 外は暗くなってきていた。

「小泉、ひとつだけ、いいかな……」と彼。

 ようやく涙の収まった花陽はうなずく。

「その、俺のために……一度でいいから、歌ってくれないか」

「えっ、いま……?」と花陽。

「だめかな……」悲しげな顔の彼。

「……ううん、いいよ」

 

 彼と花陽は近くの公園に向かって歩き出した。

 

 すっかり日の落ちた公園には人気がなかった。これなら多少声を出しても大丈夫だろう。それでもなるべく迷惑にならないようにすこし奥まで歩いた。

 スマートフォンをベンチの上に置いた。彼がその横に座る。

 

 花陽はベンチから離れ、ぺこりと彼に向かっておじぎをした。スマートフォンから「これからのSomeday」が流れ始める。

 いつもひとりで練習しているときのようにメンバーのパートも歌っていく。

 

 最後まで歌い終えて、もう一度、深く頭を下げた。彼が拍手する。

「こんなのでよかったのかな……」と花陽。

「うん、なんか……すっきりした」

 そういって彼は立ち上がった。

「俺が……小泉のファン第一号かな」

 顔に笑みが浮かんでいる。そして花陽のほうに右手を差し出した。

「小泉、頑張れよな」

「ありがとう」

 花陽は彼の手を握った。大きな温かい手。

 ふたりはしばらく見つめあった。しばらくして彼は手を放した。

「μ'sのこと、応援してる」

「うん」

「じゃあ、これで」

 彼は花陽に背を向けると、公園の出口に向かって歩き出した。

 

 花陽は彼が見えなくなるまで、そのまま見送っていた。右手には、いつまでも温かさが残っていた。

 

        ・

 

 その後、花陽のところに彼からの連絡はなかった。

 凛は「またサキちゃんたちと遊びたいね」といっていたのだが、高校生活、そしてμ'sの活動が忙しく会う機会は作れなかった。

 

 練習は厳しかったが、花陽はなんとかμ'sの一員として活動を続けていた。

 

 ある日の部室。

 μ'sの活動報告ブログをチェックしていた花陽は、記事にしばしばコメントしているユーザーがいることに気付いた。

「にこちゃん、この『コーヒー大好き』って人、よく見ます」と花陽。

「そう、よくコメントしてるの」とにこ。

「えっと、No Brand Girlsの記事は……ことりさんが精彩に欠けますね、穂乃果さんはちょっと浮いてます、だって」

「ったく、余計なお世話よ。あのときはいろいろあったから、仕方ないのよ」

「Wonder Zoneは、歌詞が雰囲気が変わりました、ダンスもいい感じです。ふむふむ」

「まあ、よく見てるわね」

「最初にコメントがあったのは、これからのSomedayですね……えーと、新メンバー皆さん可愛いですね、A-RISEを超えるグループになると期待しています」

「ふふん、にこの魅力ね」

「こういうファンの人がいると、花陽、嬉しいな」

「ま、どこの誰か知らないけど、次の曲ではぎゃふんといわせてやるわ」

 

 相変わらずどんくさくて、みんなについていくのがやっとな花陽だけど……。でも、花陽のことを応援してくれる人もいるんだなって思うと、頑張れそうな気がするの。

 

 うまくいかなくて少し落ち込んだりすると、花陽はときどき、ファン第一号といってくれた彼のことを思い出すのだった。




最後までお読みくださりありがとうございました。感想等いただけるとたいへん嬉しく思います。
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