終末の物語   作:Wiseman

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第二話 三人の魔法少女

 その日は夜も遅かったので、詳しい事情は翌日マミの家で話そうということになり、まどかは結局、三人が魔法少女であるということ以外の事情を教えてもらえないまま、翌日の学校生活を送ることとなった。無論、あのような体験をした後で、詳しい事情も教えてもらえないままの状態では、授業に集中できるはずもなく、まどかは悶々とした気持ちを抱えたまま、一日を過ごした。まるで、一夜にしてまったくの別世界に迷い込んでしまったような、そんな気分であった。

 授業中、まどかはさやかと杏子に目を配った。さやかはいつもの様にノートにペンを走らせているし、杏子はいつものように居眠りをしている。学校にいる時の二人は、ごく普通の女子中学生であった。

 まどかはもう一度、魔法少女という存在について自分なりの想像を巡らせてみた。思い描いたのは、昼間は普通に学校に通い、夜は世に忍ぶ悪と戦う、正義のヒーローであった。そんな物語の主人公のような人間がこの世に存在していることはにわかには信じられなかったが、昨夜まどかが目にした光景は、夢などではない、紛れも無い現実であった。

 放課後になって、まどかはようやく、求めていた答えを知る機会を得た。巴マミに招かれて、まどかはさやか、杏子と共に彼女の家を訪ねた。

「まあ、遠慮すんなって」

 自分の家に上がるようにそそくさと室内に入っていった杏子が、振り向いてまどかに声を掛けた。何かがおかしいと内心思いつつ、まどかは遠慮がちに、室内に足を踏み入れた。そこは、女性らしいお洒落なインテリアで飾られた、羨むような立派な部屋だった。

 部屋の中央に置かれた三角テーブルを囲むように腰を下ろした後、まどかは魔法少女という存在について、三人から詳しい事情を聞くこととなった。

 あらゆる願いを叶えることと引き換えに、魔獣と呼ばれる邪悪な存在と戦う使命を与えられる――それが、魔法少女だという。魔法少女はソウルジェムという宝石を与えられ、普段はそれを指輪の形で携帯している。そして、ソウルジェムは街中に存在する魔力の痕跡を探知することができ、昨夜二人がまどかを先に帰したのも、ソウルジェムが正体不明の魔力を感知したためだったという。

「そういうことだったんですね……」

 ひと通りの説明を受けた後で、まどかが自分がとんだ勘違いをしていたことを認識し、恥ずかしそうに顔を紅潮させた。

「わたし、てっきりさやかちゃんと杏子ちゃんがその……ただならぬ関係なのかと」

「まあ、そう勘違いするのも無理ないわね」

 マミは苦笑いを浮かべた。

 テーブルの上には、赤、青、黄の輝きを放つ三個のソウルジェムが並べられていた。まどかはしばらくの間、その宝石の美しさに魅了された。

 しばらくして、家の呼び鈴が室内に鳴り響いた。

「来たみたいね」

 マミは呼び鈴を聞くとすぐに立ち上がり、玄関口に足を向けた。

「誰?」

 さやかがマミに尋ねた。

 マミはにこっと笑うと、

「ちょうどいい機会だし、みんなに紹介しておこうと思って」

 と言って、玄関口に足を進めた。

 しばらくして彼女が部屋に戻ってくると、その後ろには、彼女より頭ひとつ分くらい背丈の小さい、幼い風貌の少女が立っていた。

「なぎさ、みんなにご挨拶して」

 マミは振り返ると、そう少女に促した。

 少女はおじぎをすると、

「……百江なぎさです。……好きなチーズはマスカルポーネです。……ええっと……よろしくお願いします」

 と、恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら自己紹介した。

「うちの近所に住んでいるの。私が一人暮らししていることを話して以来、こうして時々遊びに来てくれるようになったの」

 まどか達も、各々なぎさに対し自己紹介をした。

「じゃあ、さっきの話の続きをしましょうか」

「え……でも、いいんですか?」

 まどかがなぎさの顔を見ながらマミに尋ねた。なぎさが居合わせているこの場で、魔法少女の話をして差し支えないのか、気になったためであった。

「ええ、平気よ。この子も、大体の事情は知っているから」

 マミは答えた。

「この子も、キュゥべえに選ばれた魔法少女候補のひとりだから」

 マミがなぎさの顔を見ると、なぎさはにっこりと笑みを浮かべた。

「ええっ?こんなにちっちゃいのに?」

 さやかが驚きの声を上げた。ひっきりなしにお菓子を口に放り込んでいた杏子も、思わずその手を止めた。

 なぎさは立ち上がると、

「なぎさも、ずっと魔法少女になろうと思っていた時期があったのですが……。今はもう、お願い事をする必要がなくなったので、魔法少女になるのもお預けにしているのです」

 と、自身について簡単に説明した。

「なぎさのお母さんね、ずっと重い病気にかかっていたらしいの」

 マミが、なぎさの説明を補足するように言った。

「この子はずっと……お母さんの為にしてあげられることがないか、ずっと思い悩んでいたらしいの。けどね、お母さん、奇跡的に病気から回復して、今はもう退院されたんですって」

「そうなんだ……」

 マミの話を聞いて、まどかは安堵の表情を浮かべた。

「よかったね。なぎさちゃん」

「はい、なのです」

「……うん。ほんと良かった。……その方がずっといいよ」

 さやかも同意するように微笑んだが、その直後、何か心に引っかることでもあるのか、目線を下に落とした。

 マミはその後、部屋の中の本棚から一冊の本を取り出し、それをテーブルの上に置いてみせた。可愛らしい絵の描かれたハードカバーの表紙から、それが絵本であることがすぐに判った。

「なんだ、これ?」

 と杏子が尋ねた。

「なんだと思う?」

「……絵本」

「……なぎさのお母さんの描いた本よ」

 マミが答えると、一同は驚きの声を上げた。

「なぎさのお母さん、作家さんなの?」

 さやかが驚きながら尋ねた。

「はい」となぎさが答えた。

「これはお母さんが病気になる前の作品で、……入院する前も、お母さんはずっと新作の準備をしていたのですが、病気が重くなって、お仕事も出来なくなってしまって……。でも、病気も良くなったので、わたしは待っているのです。またお母さんの新しい絵本が読めるようになる日が来るのを……」

 まどかはいつの間にか、母を慕い、その回復を願う健気な少女の話に、すっかり引き込まれていた。まどかもまた、なぎさと同じように、彼女の母の描く新しい作品を読んでみたいという気持ちに駆られた。

 一同がなぎさ母子の話題で盛り上がっている中、まどかの目に、再び驚くような光景が飛び込んできた。

 白い姿をした四足歩行の小動物が、部屋の隅から中央に向かってゆっくりと歩み寄ってくる様子が目に止まり、まどかはしばらくの間、唖然としながらその小動物を観察し続けた。

 直後、小動物はまどかの視線に気付いたのか、まどかに顔を向けると、しばらく無表情のままその場に静止した。そして、驚くように肩を震わせると、急に駆け出してマミの背後に隠れてしまった。

「マミさん……ペット飼ってるんですか?」

 まどかはありのまま、その時抱いた疑問をマミに投げかけた。まどかが問うと、彼女以外の四人は不思議そうにまどかの顔を見た。

 杏子はおもむろにマミの背後に手を伸ばすと、小動物の首根っこを掴み、再びまどかの前に晒した。そして、もう片方の手で小動物を指さしながら、

「まどか、こいつが見えるのか?」

 と、まどかに尋ねた。

「え……?うん、見えるけど?」

 杏子の質問の意味は分からなかったが、見えているのだから見えていると答えるほかない。

「へえ、なるほどね……」

 マミが何かを悟るような口調で呟いた。

「そういうことなら、もっと早く言えっての」

 続けざまに杏子が言った。二人とも、何か新しい事実をそのとき認識した様子であったが、まどかにはそれが何なのか、判然としない。

「キュゥべえ、ちゃんと鹿目さんにご挨拶して」

 マミが促すと、それに応えるように小動物は声を発した。

「ああ……僕はキュゥべえ。魔法少女との契約を取り結ぶ者さ」

「ええっ?」

 まどかは思わず、驚きの声を上げた。確かに彼は、まどかの知るどんな小動物とも似つかぬ容姿をしているが、まさか言葉を発するとは、予想していなかった。そして、『キュゥべえ』という名前は、最初の魔法少女に関する説明の中で度々出てくる名前であったため、まどかはその事に重ねて驚いた。

「じゃあ、あなたが願い事を叶えてくれるの?」

「まあ、そう思ってもらって構わない」

 キュゥべえが答えた。

 しばらくして、まどかはある事を疑問に思い、マミに顔を向けながら口を開いた。

「願い事って……」

「うん?」

「その、魔法少女っていうのは、危険な戦いをする仕事なんですよね?」

「ええ。魔法少女の使命は、魔獣と呼ばれる邪悪な存在から人々を守ること。確かに、命懸けの戦いよ」

「じゃあ……みんなには、その危険な戦いの運命を受け入れてまで、叶えたい願いがあったっていうこと……?」

 まどかの疑問はそこにあった。命懸けの戦いに身を投じてまで、叶えたい願いというものが、まどかにはすぐには思いつかない。

 問われたマミは、物思いに耽るように視線を下に落としたまま、言葉を発しようとはしなかった。まどかは杏子に目を向けるが、彼女もまた、他所を向いたままお菓子を口に運び続けるだけで、何かを語ろうとはしなかった。

「……知りたい?」

 その様子を見かねたのか、さやかが微笑みながらまどかに声を掛けた。

「いや、どうしてもという訳じゃ……」

 まどかは急に、すべき質問を間違えたのではないかという疑念に捕らわれ、思わず手を横に振った。

「いいよ。教えてあげる。あたしの場合は……」

 さやかは、幼馴染の恭介が事故に遭い手に致命傷を負ったこと、それにより彼が二度とバイオリンを弾けない身体になってしまったこと、そして、彼に再びバイオリンを演奏して貰うために彼の手の回復を願ったことをまどかに打ち明けた。

 話を聞き終えたまどかの心中に、寂しいとも悲しいとも表現しきれない、複雑な感情が湧いた。まどかは、海外に渡る以前から恭介のことを知っていたし、さやかが彼に密かに想いを寄せていることも知っていた。だから、遠く離れている間も、まどかはさやかの恋が成就することを密かに願っていた。

 しかし、見滝原に帰ってきてまどかが目にしたのは、仲睦まじく肩を並べて登下校する、恭介と仁美の姿であった。まどかが転校して来てから今日まで、さやかは彼について多くを語ろうとはしなかった。

 まどかは心の内に湧いた疑問をさやかに投げかけるべきか、一瞬躊躇した。しかし、どうしても知りたいという気持ちが勝り、まどかは思わず口をついた。

「どうして……?」

「……うん?」

「さやかちゃんは、その……上条君のことをずっと大事に想っていて……自分を犠牲にしてでも、あの子を助けたいって思って、それで、魔法少女になったんでしょ……?」

「うん、そうだよ」

「なのに、どうして……」

 まどかがそこまで話すと、さやかは彼女の質問の意図を理解したのか、淋しげな表情を浮かべて目線を下に落とした。それからしばらくの間、さやかは口をつぐんだ。

「……あたしはさ」

 口を開いたのは杏子だった。

「力ずくでも自分のものにしちゃえばいいって言ったんだ。どうせ、いつ死んじまうか分かんないんだからさ」

「……佐倉さん」

 軽口を咎めるように、マミが口を挟んだ。

「……いいよ、まどかには話すよ」

 黙っていたさやかが、再び口を開いた。

「これは、まどかにとっても無関係じゃないからね」

「ん……?」

 キュゥべえが小声を漏らしながらさやかの顔を見た。無表情であったが、何かを言いたそうな様子であった。

「あたし達はさ、選んじゃったんだよね。奇跡と引き換えに、戦い続ける道を」

 さやかが言った。

「あたし達は、魔獣と戦い続けなければならない。みんなの幸せを守るために……。それが奇跡を願った対価なの。マミさんの言った通り、これは命懸けの戦いだし、杏子の言った、いつ死んじゃうか分からないっていうのも本当なの」

「そんな……」

「そういう道を選んだ時点で、もう他のみんなとは住む世界が違うっていうか……。一緒に遊んだりする余裕もなくなっちゃうし……。それに、いざって時が来たときに、この世界に未練を残したくないし、あいつを余計に悲しませるようなことをしたくないし……。だから今は、距離を置いてるの」

 まどかは、さやかの想いを聞き、落胆と失望の表情を隠すことができずにいた。

「……なんて、いろいろカッコつけて言っちゃったけど、実際のところ、仁美に根負けしちゃったんだよねー……」

 茶化すように、さやかは苦笑いを浮かべた。

「さやかちゃん……」

 さやかが場を明るくしようとして、最後に茶化すような台詞を挟んだことは、まどかにも理解できた。しかし、それでもまどかは、心の内に湧いた失望の感情を拭い去ることが出来なかった。

「そうね……」

 その状況を見かねたのか、マミが口を開いた。

「こんな話を聞いたら、誰だって最初はそういう反応をするわよね……。けどね、悲しいことばかりじゃないのよ」

「え……?」

 まどかが顔を上げた。

「確かに私達は、いつ死んでもおかしくない戦いに身を投じている。それは何年か先のことかもしれないし、明日のことかもしれない。……けど、私達はただ死ぬ訳じゃないの。……魔獣との戦いの中で力尽きて倒れるとき、私達の魂は、天からの導きによって救済され、この世界の因果から解き放たれると言われているの」

「魂の、救済……」

「言い伝えでは、その導きによって私達は別の宇宙に旅立つとも、転生を待つとも言われている。……私達は、その救済の力のことを、〈円環の理〉と呼んでいるの」

「えんかんの、ことわり……?」

 昨日の夜から今に至るまで、まどかは驚かされるばかりであった。目にする物、耳にする事柄のすべてが、超自然的で、にわかには信じられないような事ばかりで、まどかは急におとぎ話の世界にでも迷い込んだような、不思議な気持ちの中にいた。

「私達、魔法少女の間に伝わる言い伝えみたいなものよ。私達が最後に行き着く場所であり、……私達の、心の拠り所でもある……」

 天上の存在に思いを馳せるように目を閉じながら、マミは語った。

 マミのその言葉を聞いて、まどかは部屋を見回した。さやかはかすかに微笑んでいた。なぎさは、もう知っていると言わんばかりの様子で、お菓子を頬張っていた。杏子は無表情で、まるで機械のようにお菓子を口に運び続けていた。

「まあ、いきなりこれだけの話をしても、混乱するのも無理はないわね。……ほかに、何か訊いておきたいことはある?」

「あの……魔獣って、とても怖い存在なんですよね?」

「ええ、そうよ」

「わたし……昨日の夜、あの不思議な場所に迷い込んだ時、すごく怖かったんです。……みんなは、いつもあんな怖いモノと戦ってるんですか?」

 まどかが問うと、マミは他の二人の魔法少女に目配せをした後、

「……話を混乱させるようで悪いけど、昨日私達が戦った相手は魔獣じゃないわ」

 と答えた。

「ここしばらくの間、どういうわけか、魔獣がぱったりと姿を見せなくなっちまったんだ」

 杏子が言った。

「あたし達三人揃って、『最近平和だよな』なんて話をしていたところだったんだ。そんな時に現れたのが、まどかが昨日出くわしたあいつだよ。あいつの発していた魔力のパターンは魔獣とはまったく違うものだったし、その姿も、魔獣とは似ても似つかない。はっきり言って、あれが人間の敵なのかどうか、それさえもよく分からないんだ」

「ねえキュゥべえ。あんた、あいつについて何か知らない?」

 さやかがキュゥべえに尋ねた。

「僕に分かるのは、あれが魔獣ではないということだけだね」

「フン、役立たず」

 罵るような口調で、杏子が言った。

 杏子が暗い表情を浮かべていたのが、まどかには不思議に感じられた。魔獣が恐ろしい存在だというのなら、戦わないに越したことはないと、単純にそう思ったためであった。

「……でも、魔獣っていうのは、人を苦しめる存在なんでしょ?いなくなるのは、いいことなんじゃ……」

 まどかはそのとき純粋に感じた疑問を、杏子に対して投げかけた。

「確かにそうかもな。魔獣がいなくなれば、奴らに苦しめられる人間もいなくなる。……いいことには違いないよ。普通の人間にとってみれば……。けど実際は、そう単純でもねえんだ。……あたし達のソウルジェムは、普通に生活したり、魔力を使ったりするごとに、穢れが溜まっていくんだ。その穢れを浄化する唯一の方法は、魔獣が落とすグリーフシードって石を使うこと。もし浄化できないほどの穢れを溜め込んじまったら、そのときどうなるかは……マミの説明した通りだ」

「そんな……」

 マミが話したこと――それは〈円環の理〉の導きによる現世からの消滅という、魔法少女の運命に他ならなかった。

「あたし達は、魔獣のもたらす呪いからみんなを守るために戦ってる。……けどそれは、自分自身が生き続けるためでもあるんだ」

「魔法少女のジレンマなのです」

 得意気に顔を上げながら、なぎさが言った。

「おっ、難しい言葉知ってるねえ」

 なぎさの頭を撫でながら、さやかが言った。

「確かに、そういうジレンマがあることは事実よ」

 マミが言った。

「けどもし、そこまで理解した上でなお、叶えたい願いがあるのなら、魔法少女として生きるのも、そんなに悪い生き方ではないと思うの」

 マミはまどかの顔をまっすぐ見つめた。

「ねえキュゥべえ。ほかに、鹿目さんに説明しておくべきことはある?」

「そう言えばキュゥべえ」

 さやかが言った。

「あんたさっきから殆ど黙ったままじゃない?」

「こういうのは普通、あんたの口から説明すべきことだろ」

 杏子が言った。

 まどかからしてみれば、この小動物が喋ること自体が不思議で仕方なかったが、他の面子はなぜか、逆に彼が黙っていることを不思議がっている様子であった。

「ちょっと待ってくれ」

 黙ったまま部屋の片隅に鎮座し続けていたキュゥべえが、ようやく口を開いた。

「僕はまどかに魔法少女になってくれなんて、一言も頼んでないだろう?」

 彼が答えると、一同は黙ったまま、一斉に彼に視線を向けた。

「誰でもなれるものじゃないということは、君達だってよく知っているだろう?率直に言うよ。まどかに魔法少女になる素質は、ないね」

「おいおい、ちょっと待てよ」

 杏子が口を挟んだ。

「じゃあなんで、まどかにあんたが見えてるんだよ」

「ちょっとした事故のようなものだよ。こういうことは稀にあるんだ」

 まどか以外の四人は、キュゥべえの答えが意外だったのか、しばらく呆気にとられたような表情を浮かべたまま、彼の顔を見続けた。

「あの、わたし……」

 沈黙に心地の悪さを感じたまどかが、思わず口を開いた。

「てっきり、わたしがさやかちゃんや杏子ちゃんの友達だから、いろいろ詳しく教えてくれのかと思ってたけど……。その、本当は聞かない方が良かったのかな……?」

 何となくではあるが、まどかは魔法少女達が自分達の正体や運命について、親しい家族や友人に秘密にしてきた事も、その理由も理解した。自分がいつ死んでもおかしくない戦いに身を投じていることなど、相手が親しい人間であるほど、そう容易に打ち明けられることではない。だが偶然の重なりによって、まどかは彼女達の秘密を知ることとなった。

 すべての話を聞き終えた後、まどかの心の中には寂しさだけが残っていた。

 

 

 日暮れ後にマミの家を後にしたまどかは、晴れない気持ちを抱えたまま、暗くなった空の下を歩いていた。

 はじめのうちは、どんな願いでも叶えるというチャンスを手にした少女達の、夢と希望に溢れた物語を聞けるものと、まどかは思っていた。しかし終わってみれば、彼女の心中に残っていたのは、友達が命懸けの戦いに身を投じているという、知りたくない現実であった。

 まどかは今一度、命と引き換えにしてでも叶えたい願いというものが、自分にあるのかどうか夢想した。無論、『魔法少女にはなれない』とキュゥべえにはっきり宣告された今となっては、考えるだけ無意味な事柄ではあったが、それでもまどかは、魔法少女という存在について、少しでも理解したかった。

 だが結局、そのような願いは思いつかなかった。優しい家族がいる。友達がいる。それだけでまどかは幸せであったし、それ以上望むものなど何もなかった。しかし、その幸せが突然に奪われたらどうだろうか。もしもなぎさのように、家族が病気に倒れ、奇跡の力に頼る以外に助ける方法が無いと分かったら――。そのような事は、考えたくなかった。

 一方で、さやかが恭介のために命を賭して戦う道を選んだという事実は、不思議と腑に落ちるように感じられた。さやかは恭介の参加する演奏会とあらば例え風邪で高熱を出そうとも出席していたし、さやかが彼に抱く恋慕のことも、痛いほどに理解していた。

 まどかが家に着くと、ちょうど仕事から帰ったばかりの詢子が、遅めの夕食をテーブルに広げているところであった。タツヤを寝かしつけると言って二階に上がる父におやすみの挨拶をした後、まどかは詢子と一緒に夕食をとることとなった。

「どうした、まどか。暗い顔して」

 考えていることを悟られないように気を付けているつもりであったし、暗い顔をしていたつもりもなかったのだが、詢子が案ずるように尋ねたので、思わずまどかは箸の手を止めた。

「そんな暗い顔してたら、悪い霊に取り憑かれるぞ」

「うん……」

「学校で何かあったのか?」

 そう訊かれても、先ほどマミの家で見聞きして感じたことをありのまま打ち明けるわけにもいかず、まどかは答えに苦慮しながらしばらく沈黙を続けた。しかし、母に大きな信頼を寄せていたまどかは、どんな形でも良いから母に話を聞いて欲しいという思いに駆られ、考えもまとまり切らないうちに口を開いた。

「……いやな夢を見たの」

「夢?」

「うん。……夢の中のわたしには友達がいてね。……ううん、わたしはその子達のことをずっと友達だと思っていたんだけど、本当はその子達は、……自分とはぜんぜん違う世界の人間で……。ひとり、またひとりと、わたしの前から居なくなってしまうの。わたしは、それを分かっているのにどうすることも出来なくて……。最後に、ひとりぼっちになっちゃうの」

 自分でも訳の分からない話をしていると心の中で思いつつ、まどかは俯きながら、遠回しに自分の心中を打ち明けた。

「そりゃあ、寂しい夢だな……」

「やっぱり、そう思う?」

「ああ。だってそれって、自分だけ仲間外れにされているようなものじゃん?」

「そう……なのかな……」

 まどかは考えた。自分が寂しさを感じているのは、自分が仲間外れにされているからなのだろうか、と。逆に、友達と運命を共にすることができれば、それは幸せなのだろうか。しかし、考えても答えは分からなかった。

「もし本当にそんなことになったら、わたしはどうすればいいのかな?」

「そうだね……。もしあたしだったら、その子達と同じ立場になろうとするかもね」

「同じ立場……?」

「そう。『自分も仲間に入れてくれ』って図々しく頼むのさ」

「……もしそれが、危険で辛い道だとしても?」

「それでも構わないと思える理由があるなら、ね。……なあまどか。こんな事を考えたことはないか?戦場で戦う兵士たちは命を危険に晒すことになると分かっていながら、なんで戦えるのかって……」

 少し考えて、まどかは首を横に振った。命を賭けて戦う兵士の心境など、まどかは考えたこともなかった。

「彼等は守りたい家族や故郷があるから戦うのかもしれない。けどそれだけだと、いざって時に挫けちまうかも知れないだろ?あたしが思うに、それでも戦えるのは、一緒に戦う仲間がいるからだよ」

「仲間……」

「そう。仲間を守りたいという気持ち、自分はひとりではないという気持ちが、心の支えになるんだ。仲間から勇気を貰ったり、逆に勇気を与えたりしながらね……」

 夕食を終えた後も、まどかの心には『仲間』という言葉が刻まれ続けていた。そして、互いに協力し合いながら戦う、三人の魔法少女に思いを馳せた。

 風呂に入った後自室に戻ったまどかは、机に向かうと一冊の未使用のノートを取り出し、机上に広げた。そして、魔法少女に扮したマミ、さやか、杏子の三人の姿を思い出しながら、その姿をページの上に描き出した。

 次に、隣の空ページにペンを置いて、想像を巡らせた。自分が魔法少女になれるとしたら、どんな姿をしているだろうか。

 まどかがそんなことを考えたのは、詢子の言葉が心に刻まれていたためだった。しかし、その後すぐにキュゥべえの言葉が頭をよぎり、自分のしていることの無意味さを再認識した。

――まどかに魔法少女になる素質は、ないね。

 まどかは彼女達と同じ立場に立つことはできない。できることがあるとすれば、彼女達との関係が一日でも長く続くように、神様に祈ることだけであった。

 まどかはため息をついて、机の引き出しを開き、投げ入れるようにノートを仕舞った。

 直後、携帯電話の着信音が鳴った。ディスプレイに映し出されたのは「美樹さやか」の文字だった。

「もしもし?」

「あ、まどか。夜遅くにごめん」

 元気のない声が、スピーカーから聞こえた。

「ううん。どうかしたの?」

「……今日のこと、謝っておかなきゃと思って」

「え……」

 何を謝ることがあるのかと、不思議に思った。

「まどかに、必要ないことまで色々喋っちゃったから……。その……魔法少女の運命のこととか」

「ううん、いいの。本当の事を知っておくのって、大事なことだと思うから……」

 謝るような事ではないと、まどかは思った。何も知らないまま別れるより、ずっといい。

「そっか……うん……。それでね、まどかに頼みがあるんだけど……」

「何?」

「今日の話、忘れてくれとまでは言わない。けど、どうかこれまで通り、友達でいて欲しい。距離を置こうとか思わないで欲しいの」

 真剣な口調で、懇願するようにさやかが言った。まどかにとっては思いがけない頼み事であった。

「……距離を置こうなんて思ってないよ」

 正直に思っていることを、まどかは打ち明けた。

「そんなこと、思ってないよ。だって、友達でしょ?」

「うん……ありがとう」

「ねえ、さやかちゃん。何か力になれることはない?」

「……友達でいてくれればいい。杏子もきっと、そう思ってるだろうし、それに、マミさんも。……これも何かの縁だと思ってさ、仲良くしてあげてくれないかな」

「うん、わかった」

 その後しばらく雑談を交わした後、おやすみを言って電話を切った。

 切った後で、まどかはさやかの奇妙な頼み事の意味について、ひとつの理解を得た。彼女達はきっと、魔法少女としての暮らしとは別の日常を欲しているのだ。

 ならば自分なりの方法で、彼女達の力になってあげればいい。まどかはそう思った。

 

 

「歓迎会?」

 放課後に帰り支度をしていたマミに声を掛けると、彼女は不思議そうに訊き返した。

「はい。もし良かったら、マミさんにも来て貰えたらって」

 まどかの歓迎会を間近に控えていたので、これも何かの縁と思い、まどかはマミを誘うことにした。

「けど、私なんかがお邪魔しちゃっていいのかしら」

 マミはそう言って謙遜した。慎ましい反応に、まどかは好感を覚えた。

「はい。さやかちゃんや杏子ちゃんも来るし。それに、助けて貰ったお礼がしたいんです」

 マミは少し悩んだ後、

「じゃあ、せっかくだからお邪魔させて貰おうかしら」

 と承諾した。

 まどかはもう少し欲張ることにした。暁美ほむらも歓迎会に誘おう。

 彼女の姿を見つけたとき、彼女は校外の桜並木を一人で歩いていた。

 まどかは彼女に声を掛けた。

「今度、和子先生が私の歓迎会を開いてくれることになってね。よかったら、ほむらちゃんにも来て貰えたら嬉しいなって……思ってるんだけど」

 知り合ってかれこれ二週間になるが、今でも彼女と話すときは少し緊張してしまう。

 ほむらは視線を斜め下に落として何かを考え込むような仕草を見せた後、

「……美樹さやかも来るの?」

 と訊き返した。

「もしかして……怒ってるの?……さやかちゃんのこと」

 まどかは急に不安に襲われた。さやかに悪魔呼ばわりされることが気に入らないのだろうか。

「さやかちゃん、悪気があってあんな呼び方してるわけじゃないと思うの。だから、仲良くしてあげてくれないかな?」

 まどかが頼んでも、彼女は無表情のまま沈黙を続けている。

 

 

 結局、ほむらから明確な返答をもらえないまま、歓迎会当日を迎えた。

「それじゃあ、鹿目さんとそのご一家の帰還を祝しまして……」

『乾杯!』

 和子の音頭とともに、まどかの歓迎会は幕を開いた。

 女子限定という触れ込みだったので、さやか、仁美、杏子、マミの他に、数人の女子生徒の姿があった。そして、母の詢子の姿もあった。

「佐倉さん、もう少し慎みを持ったら?」

 貪るように料理に手を付ける杏子を、マミがたしなめる。

「いいじゃんか。こんな美味い物が食える機会、滅多にないぜ」

 杏子は言い返し、料理に箸を伸ばし続ける。

「ねえ、仁美。最近どうなのよ?恭介とはうまくいってる?」

 別の席で、さやかが隣に居た仁美を肘でつつきながら尋ねた。

「うまくいっていると言っていいのかどうか……」

 仁美は照れ笑いを浮かべながら答えた。

「レッスンが忙しくて、最近は学校でしかお会いしていませんの」

「もっと強引に行ってもいいんじゃないの?『たまには予定空けろー』って言ってさ」

「いけませんわ、そんなの。それでコンクールの成績に悪影響が出たら、私のせいになってしまいますもの」

「相変わらず真面目だなあ、仁美は」

 さやかは感心するように言った。

 その対面には、仁美の話を恨めしそうに聞く和子の姿があった。

「はあ……」

 鬱屈とした表情を浮かべながら、彼女がため息をついた。

「なあ、和子」

 隣に座っていた詢子が彼女の肩に手を当てて言った。

「あんたも仁美ちゃんにいろいろ教えて貰ったほうがいいんじゃないの?モテる女の秘訣ってやつをさ」

「ダメよ、そんな。教え子にそんなことを訊くなんて……。私は、公私の区別をきっちりつける主義なんです」

 彼女の教え子たちが、一斉に彼女に視線を向けた。

「いつもホームルームで惚気けまくってた人が何を言うか」

 さやかが茶化すように言うと、周囲から笑いが起こった。

 まどかは、和子の惚気話というものを聞いたことがない。どちらかというと、愚痴ばかり聞いている気がする。

 が、それ以外に、まどかには気にかかることがあった。

「あ、あの……」

 まどかは恐る恐る対面に座る少女に声を掛けた。開催の直前に「参加したい」と申し出た暁美ほむらが、不機嫌そうに、黒い液体の入ったグラスをストローでつついていた。

 呼びかけられたほむらは、視線をグラスからまどかに移した。

「あの、楽しんでくれてるかな……と思って」

「……ええ、楽しいわ」

 無表情を笑みに変えて、彼女は答えた。

「こんな風に皆で集まるのも、たまには悪く無いわね」

「そっか、良かった」

 まどかは安堵した。

 ずっと黙っていた少女が珍しく口を開いたので、一同は興味を引かれたのか、揃いも揃って彼女に視線を向けていた。

「そういえば」

 ほむらが再び口を開いた。

「美樹さんと志筑さんは、まどかとは昔からの友達だったわよね」

「うん。小学校のとき、同じクラスだったの」

 まどかが答えた。

「まどかがどんな子供だったか、聞かせてもらえないかしら」

「え」

 思いがけない要求に、まどかは困惑した。

「なんでそんなこと、あんたに話さなきゃいけないのよ」

 怪訝な表情を浮かべながら、さやかが言った。さやかは明らかに、彼女を警戒している様子であった。

「それ、私も是非聞いてみたいわ」

「あたしも聞きたーい」

 さやかの態度とは裏腹に、マミと杏子は暁美ほむらに同調した。

「そうですね……私が覚えているのは……」

 口を開いたのは、仁美だった。

 仁美は、さやかが昔から意地っ張りな性格で男子とよく喧嘩をしていたこと、まどかがそれを放っておけず泣きながら喧嘩を止めようとしていたことなどを話した。

 まどかはさすがに気恥ずかしくなり、顔を赤くした。自分が小さい頃からよく泣く人間だということは自覚していたが、大勢の前でそのことを大っぴらにされるのは、あまりいい気分ではない。

「さやかが喧嘩っ早いのは昔からだったんだな」

 からかうように、杏子が言った。

「うっさいな、あんたは」

 さやかが言い返した。

 ほむらは、仁美の話を聞き終えると満足そうに笑みを浮かべた。

「……ほむらちゃんは?」

 応報せんとばかりに、まどかが尋ねた。

「ほむらちゃんは、どんな子供だった?どんなアニメが好きだった?好きな子とか居た?」

 ほむらは視線を逸らしてしばらく黙り込んだ後、

「よく覚えていないわ」

 と、素っ気なく答えた。

「ずるぅっ」

 さやかが呆れながら言った。

 結局その後も、ほむらは自分の事を語ろうとはせず、彼女のことをよく知りたいというまどかの思惑は外れることとなった。

 さやか達と仲良くして欲しいという思惑通りにもならなかったが、それでもまどかは、皆と語らえる宴席の時間を存分に楽しんだ。

 

 

 ある日の放課後、まどかはさやかと杏子を自宅に招いた。

 初めてまどかの家を訪れた杏子は、物珍しそうにキョロキョロと屋内を見回しながら、

「へぇ、いいトコに住んでるんだな」

 と、感心するように言った。

 杏子より先に足を進めていたさやかが、廊下の掃き出し窓から外を眺めている。

 何か気になる物でもあるのかと思い、杏子が

「どうした、さやか」

 と声を掛けると、さやかは慌てて杏子の口を手で封じた。

「しっ」

 さやかは依然として外の様子を眺めている。

 つられるように杏子が窓の外に目を向けると、まどかの父の知久と、見知らぬ女が、家庭菜園用の畑を囲いながら、楽しそうに何かを語らっている。

「なあ、まどかの母ちゃんって、働いてるんだよな?」

 杏子が目を細めながら尋ねた。

「そうだけど……って、あんた、何考えてるわけ?」

「いや、別に」

 女の横顔が見えた。思っていたよりも若い。高校生くらいだろうか。

 しばらくして、自室に鞄を置きに行っていたまどかが戻ってきた。

「二人とも、どうかしたの?」

「ああっ」

 さやかが焦りの表情を浮かべた。

 庭先に目を向けた途端、まどかは思わず「あっ」と声を上げた。そこにあったのは、まどかのよく知る後ろ姿だった。

「しいちゃん?」

 まどかが声を掛けると、女性は振り返った。

「まどか!」

 女性は子供のような無垢な笑顔を浮かべてまどかに駆け寄ってきた。

「しいちゃん、どうしてここに?」

「へへーん。またまどかの顔が見たくなってね。勢いで来ちゃった」

 まどかの心中には驚きと困惑、喜びといった様々な感情が渦巻いていた。

 この少女は、はるばる海を越えて、まどかに会いに来たのだ。

「あの、あたし達、お邪魔だったかな?」

 さやかが言った。

「ううん、せっかくだから、みんなでお話しよっ」

 まどかはそう言って、三人の友人をリビングに招き入れた。

 

 

 訪ねて来た少女は、名前を夏海詩花(なつみしいか)という。まどかがかつて通っていたアメリカの学校の生徒で、まどかの親友でもある。

「じゃあ、アメリカからわざわざまどかに会いに?」

 まどかが初対面の友人たちに互いのことを紹介すると、さやかが感嘆するように言った。

「わたしがアメリカに渡ったばかりの頃の話なんだけどね」

 まどかが言った。

「右も左も分からない慣れない環境で、言葉もぜんぜん解らなくて、すごく不安だった時にね、しいちゃんが声を掛けてくれたの。優しくて、とても頼り甲斐があって。……それ以来、向こうにいる間ずっと一緒だったの」

「おろおろしてるまどかを見てたら放っておけなくてね。おまけにチビだし」

「ああ、ひどい」

「そう言う詩花ちゃんは背が高いよね。なんか、大人びてるっていうか」

 さやかが言った。

 詩花は、まどかはおろか、さやかや杏子と比べても背丈が高めである。二人とも最初は、詩花が自分達と同い年とは思わなかったらしい。

 誰かに背後から服を引っ張られて、詩花は反射的に振り返った。

 まどかの弟のタツヤが、ニコニコと笑いながら後ろに立っている。

「あそびにきたの?」

 幼いタツヤには、自分が遠い海を越え引っ越したなどという地理感覚は無いらしく、詩花がいつものように家に遊びに来たと思っている様子だった。

「タッツー、久しぶりー」

 詩花は笑みを浮かべながら、タツヤを両手で抱え上げた。

「お、またちょっと重くなったなー」

「まだ二週間ちょっとしか経ってないのに」

 まどかが笑いながら言った。

「ちょっとちょっと」

 杏子が言った。どうやら、まどかの弟に関心を持ったようで、詩花からタツヤを奪い取ると、

「へぇ、これがまどか二号かー」

 と、感嘆しながら言った。人懐っこいタツヤは、初対面の杏子の顔を見てもニコニコと笑っている。

「タツヤだっての」

 さやかが言った。

 一時間ほど、まどかと三人の少女は、昔話や互いの知らない学校生活の話に花を咲かせた。

 

 

「どう?三年ぶりの故郷は?」

 家を出るさやかと杏子を見送った後で、詩花が尋ねた。

「やっぱり、安心するものでしょ?私もさ、日本で暮らしてた時期のほうが長いから、ほっとするっていうか」

「うん……」

 まどかはつれない返事をした。

 まどかの心中には、今でも様々な複雑な想いが嵐のように吹き荒れていた。

「どうかした?」

「わたしもそう思ってた。向こうでは楽しいこともたくさんあったけど、大変なこともあって……。だから、やっぱり故郷が一番安心するだろうって……。けど、こっちに帰ってきてから……逆に驚くことばっかりで……。だからね」

 まどかは俯きがちだった顔を上げて、にっこりと微笑んだ。

「しいちゃんの顔を見たら、すごく安心しちゃった」

 詩花はきょとんとした表情を浮かべた。今の言葉だけではきっと相手には何も伝わらないだろうと、まどかは思った。

「そっか。なんかよく分かんないけど……良かった」

 詩花は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

   ――――――――

 

「ねえ杏子。あんた、気付いた?」

 まどかの家を後にして帰宅の途上にあったさやかが、杏子に言った。

「気付くに決まってるだろ。隠そうと思って隠せるものでもないしな」

 魔法少女になると、相手の発する微弱な魔力を感じ取ることが出来てしまう。だから杏子は、彼女の左右どちらかの手に「証」が無いかをそれとなく調べたが、見つからなかった。隠していたのだろうか。

「けど、隠し通せないってことはあの子も分かってた筈でしょ?なのに、何で隠すような素振りを見せたんだろう」

 さやかが言った。

「よく分かんねえけど、きっとあれは意思表示だろうな。『その事には触れてくれるな』っていう」

「あ、そっか……」

 さやかが視線を落としながら、呟くように言った。

「まどかに知られたくなかったから……」

「まどかはこれまで魔法少女の事を知らなかったんだ。そう考えるのが自然だろ。けど、これではっきりしたな」

「あの子は、魔法少女」

 夏海詩花は魔法少女である。それは恐らく間違いない。

 その事実がはっきりすると同時に、杏子の心中にある疑問が湧いた。

 彼女は本当に、まどかに会う為だけにこの街に来たのだろうか。

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