アラガミ生活   作:gurasan

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留まる想い

 白を基調とした部屋に真っ白な布団と枕。申し訳程度に存在感を主張するテレビ。俺が今どこにいるかと問われれば病院だ。友人というか先輩のおかげで個室を使わせてもらっているのでありがたいどころか、先輩には頭が上がらない。

 その個室にいるのは二人。俺と総司だ。ベッドで仰向けになって寝ているのが俺、椅子に座っているのが総司。そんな俺たちの手には携帯ゲーム機が握られている。

 ソフトは当然ゴッドイーター。二人でヴァジュラの上位ディアウスピターを狩っている最中だった。なぜ帝王なのかといえば戦闘BGMが良いからだ。

 

「どう? なんか作れそう?」

「いや素材が二種類ほど足りないわ」

 

 ミッションを終えた俺たちはお決まりのセリフを言う。

 

「そういえばさ。このサリエルの装備一式って見た目良いけどテキストがアレだよな。決して許される事の無い報いの悲剣とかさ」

 

 作れそうな装備を探しながら、俺は前から思っていたことを言った。

 サリエルから創られる装備はどれも不吉な願掛けでもかかってそうなテキストが記されている。

 短剣リゴレットなら、決して許される事の無い報いの悲剣。

 銃であるトスカは愛しき者の命を奪う別離の悲砲。

 オセローと名付けられた装甲ならば不運を招く偽りの悲甲。これに至っては不運を招くとか言っちゃっている。命がけの現場としてはかなり縁起が悪い。

 

「たしかにね。オセローなんかシェイクスピアの四大悲劇だしね。強化したらしたでマクベスとかだし」

「だな。強化するたびに悲惨になっていくからな」

 

 俺がゴッドイーターだったら絶対に使わない。サリエルも人型に近いし、呪われそうだ。とはいえゲームでは一式創った上にサリエルも狩りまくったが。

 次はどのミッションをやろうかと話していると、先輩が勢いよく部屋に入ってきた。

 

「元気してたかー。……ってまたそれか」

「またとか言われようと、こっちは暇でしょうがないんですって」

 

 そう俺は先日事故って入院となった。死ななかっただけましだが、どうにも歩けるようになるかは怪しそうだ。

 

「なんかIPS細胞とか使ったらぱぱっと治ったりしないのかな」

 

 総司がそんなことを言う。IPS細胞はキュアオールか何かなのか?

 

「そんなバイオハザートみたいには上手くいくまい」

「このゲームに出てくるオラクル細胞なら治りそうなんだがな」

 

 ふと冗談のつもりで言った言葉だったが、先輩は目から鱗が落ちたみたいな顔をしていた。携帯で撮りたくなる顔だ。

 

「それだ!」

 

 先輩は病院にも関わらず意気揚々と大きな声を上げ、総司にそれを指摘され一転シュンと肩を落とす。

 

「まさかまた創っちゃおう的なことを考えてるんですか?」

 

 俺の質問に先輩は大きく頷く。やっぱりか。

 

「さっきバイオハザートみたく上手くはいかないとか言ってませんでしたっけ?」

「それはIPS細胞の場合だ」

「いやそうなのか?」

 

 俺と総司は二人で首を傾げる。

 

「待っていろ。なんとしてでも創って見せようオラクル細胞。乞うご期待!」

「葉月先輩、だからここ病院です」

「そうだったな、すまん」

 

 あれ? 総司の奴いつの間に天宮先輩から葉月先輩に呼び方変えたんだ? やっぱあのバレンタインが効いたのだろうか?

 俺が事故ってなければ案外付き合っていたかもしれない。そうだとしたらなんか悪いことしたな。

 

「てか本当に出来るのか?」

 

 なんだかんだいって空想の代物だぞ。たしかにタイムマシン的なものも作ってはいたけど。

 

「まあ、橘を頼れば何とかなるだろう。私も勿論協力するし、一応楽田の手も借りておくか」

 

 橘さんというのは俺たちの知り合いでもある過労で不健康な医者だ。医学や生物関係においての天才らしい。楽田さんは機械関係の天才でひきこもり。ちなみに先輩は特化型の二人に比べ万能型の天才だ。

 なんか天才だらけだが、俺と総司は凡人、まあ分野次第では秀才。あえていうなら先輩と仲がいいのが一番の長所だ。それ以外は俺が肉体労働派なのにたいして総司が頭脳労働派といったことぐらいだろうか。まあ、どちらでも先輩に及ばないが。

 

「いいんすか、それで?」

「問題ない。お前は首を長くして待っているだけでいい。失敗してもたぶんアラガミになるだけだ」

「それは勘弁してください」

 

 それはアラガミ化という名のゾンビ化だ。バイオとなんら変わらない。

 

「まあ冗談だ。普通に考えてアラガミ化させるよりはお前の体を治す方が簡単だろう」

「その前に普通はオラクル細胞を創れませんから」

 

 総司の言葉に先輩は「そうか?」と首を傾げる。天才の思考回路は分からん。

 

「まあ、なんにせよ待っていろ。私が唯一自ら誇れる才能はできることはできる。できないことはできないと分かることだ。その私ができると言っているのだからできるにきまっている」

「そこまでいうなら期待して待ってるんで、よろしくお願いします」

「僕に手伝えることがあったら手伝うんで気軽に言って下さい」

「よし、任せろ。それと総司は竜馬の相手をしてやってくれ」

 

 そう言って先輩は部屋を出て行った。どうやら早速とりかかるつもりらしい。そこまで過度の期待はしないが、先輩方が協力すると出来そうなのがまた怖い。

 なんにせよ、言われた通り首を長くして待つしかなさそうだ。

 そう思って俺と総司は再びゲームを始めた。

 

 

 

 

 画面が切り替わるように視界が切り替わる。目に映るのは荒れた建物の屋内。いつの日か俺がオウガテイルとして最初に見た場所だった。

 なんだか身体が重い。しかし、なんとか動かせる。前足もちゃんと二つくっ付いてるし問題ない。

 あれから一体どれだけの時間をかけて再構成したのか。さすがに時計もカレンダーもない状態では分からない。

 ただどうやら再構成はその場で行われるわけではないようだ。もしかしたら他のアラガミは違うのかもしれないが、メディの気配とでもいうべきものは廃寺方面とは別方向に感じる。

 とりあえず、死んだわけではないようでほっとした。

 とはいえ距離が離れているせいで方向ぐらいしか分からない。まあ近づけばおのずと分かるだろう。まさかお互いの体を捕喰したのがここまで役立つとは思わなかった。当初は俺も光線が撃てないだろうかという目的だったからな。結局撃てずじまいだったし。一応ザイゴート達の位置もなんとなく分かるがこっちは後回しだ。というかザイゴート達が復活してるということはあいつらの倍時間がかかったとして一週間程経ったことになるのか。

 とりあえず、メディがいるであろう方へ向かって全力で走り始める。

 なんであれまずはメディに会ってから。そう思っているのに頭は走馬灯のように夢の続きを流し続ける。半年以上忘れていたことが今になってなぜだ? 

 一度、死んだからか? それとも再構成されたからか? 思えばバラバラに霧散したのに記憶が残っているのは不思議なものだ。なにか忘れていてもおかしくないはず。

 もしかしたら現在進行形で記憶を再構成しているのかもしれない。

 とはいえ今更俺がアラガミになった理由が思い出せてもどうしようもないんだが。特に人に戻るなんてほんと今更だ。もう戻るつもりなんて微塵もないってのに。

 

 

 

 

 入院をしてから約一年後、俺は補助なしでも歩けるようになっていた。それどころか以前より身体が動くようになり、50メートル走のタイムも二秒縮まったぐらいだ。ほんと先輩には感謝しても感謝しきれん。まあ、橘さんは「人体実験に付き合ってもらったんだからこっちが感謝したいぐらいだよ、アッハッハ」とか言われて笑われたので借りは出世払いにしよう。

 

「それにしても劣化版とはいえほんとに創っちゃうとはな」

「まあ、劣化版ぐらいが丁度いいんじゃない。ゴッドイーターみたいにアラガミとか、バイオみたいにゾンビになるのは嫌でしょ?」

「当たり前だ。誰が好き好んで倒される怪物役をやるかよ」

「そう? 視点が変われば善悪も変わるし、竜馬には怪物役の方が似合ってるんじゃない?」

「そうだとしたらお前と先輩が主人公とヒロインだな」

「そして最後は怪物側と和解する」

「ように先輩は動くだろうな」

 

 先輩は他人や作り話はともかく自分達のこととなると大団円しか認めない。ちなみに大円団が間違いということを最近知った。今まで何回大円団と言ってきたことか。まあどうでもいいけど。

 

「じゃあ竜馬はどう動く?」

「お前こそどうなんだ?」

 

 俺と総司は同時に笑みを浮かべて言った。

 

「「全力で戦おう」」

 

 言い終わった後、二人で大爆笑した。

 何この前フリみたいなセリフ、とか。展開としてはお約束だよね、なんて言っていたが、この時のやり取りを録音されていて、後で聞かされたら赤面ものの黒歴史だ。

 

「なんにせよ先輩達は大変だな」

 

 俺の言葉に総司も頷く。

 俺が歩けるようになったことは本来秘密なのだが普通に生活していたせいで普通にばれてしまった。それからというもの先輩達はあらゆる所へ出向いている。ただ、ひきこもりの楽田さんなんかは岩宿に籠ったアマテラスよろしくシェルターの中に閉じこもってしまった。それも恋人の男性を巻き込む形で。きっとアマテラスよりも引っ張り出すのに苦労するだろう。まあ一番苦労しているのはその恋人だろうが。

 

「そうだね。医療だけに収まる革命じゃないし」

 

 俺みたいに歩けない人に使うのはもちろん身体能力が上がるならば健常者が使っても効果がある。免疫力も上がるらしいし、特に悪い所は見当たらない。ただ先輩曰く過剰な接種と適合していないものの接種は非常に危険らしい。まさかデメリットまで再現されるとは驚きだ。と思ったが用法用量に適切な処方は薬の基本だと気づいた。別段特殊なことでもない。

 

「まっスポーツの世界じゃドーピング扱いだろうな」

「後は兵器分野で神機。それを応用してゾイドを創っちゃうとか」

「ありそうで困るわ。まあシールドアタックと荷電粒子砲はロマンだけどな」

 

 一応神機も広義では金属生命体になるはずだ。ゾイドにもアラガミコアみたいにゾイドコアなんてものがあるし。

 

「さてと。そろそろいい頃合いだし行くか」

 

 そう言って俺は立ち上がる。

 

「そういえば助けた男の子に会いに行くんだっけ?」

「ああ、ご両親に礼がしたいって呼ばれてな」

「やったことは漫画のヒーロー並みだからね」

「それだったら俺も助かってた」

 

 あの時も俺が咄嗟に、それこそ漫画の主人公みたく条件反射のように動けていればギリギリ俺も助かっただろう。ただ俺は迷ってしまった。

 このままだとあのガキは死ぬ。でも俺が今ここで走れば助かるかもしれない。どうする? 見捨てるか? 助けるか?

 なんて一秒程考えていなければおそらく事故に巻き込まれていなかっただろう。ほんと世界は速さが命だと思わされた。

 

「まあ竜馬はどっちかっていうと改心した所で死ぬ元善人の敵役だろうしね」

「んなこと知るか」

 

 総司が立ち上がったのを見て俺も歩き出す。

 

「それじゃ、またいつか」

「じゃあな、また会おう」

 

 あの事故以来、別れの挨拶はきっちりやるようになった。この世界というのは思いの他急に会えなくなったりするものだ。

 

 

 

 

 いや別の世界でも同じか。ほんと嫌なことに。

 

 

 気付けば大きな壁が見え始めていた。今まではあの壁が見え始めたら別方向へ行っていたが、今回ばかりはすぐさま引き返すわけにはいかない。

 偏食因子と呼ばれる物質によりアラガミに対し、一定の抵抗力を有したアラガミ装甲である、あの壁に囲まれた都市の中心にフェンリル極東支部がある。フェンリル、ゴッドイーター達の拠点だ。

メディの反応はそこからだった。

 

「あー、くそが」

 

 どうも自然と急ぎ足になったのは早く会いたかったからだけではないらしい。無駄な回想にふけっていたのも現実逃避といった所か。全く、ほんとうに全くもってどうしようもないな俺は。

 

 なんでメディがあそこにいる?

 理由はすぐに思い浮かぶ。あの時、俺が稼いだ時間で傷を治し、立ち向かったのだろう。俺が勝手にもう無理だと決めつけ、……いやきっと無理して俺を逃がそうとしたのだ。俺がしようとしたように。

 なんで俺はそのことに気付けなかった? 俺はメディがそこまでしてくれると思ってなかったてのか? たった半年、それでも俺はあいつのために命を張ろうと思えた。ならなぜメディも同じように思ってくれていると考えない?

 

 俺は本当にあいつのことを分かってなかったんだな。

 少し強くなったからって守ってやるつもりが、また守られた。

 

 さて、そこにいるメディはどんな状態か?

 きっとシオみたいな扱いということはないだろう。となると答えは一つ。コアだけが抜き取られた状態。もしかしたらコアだけ取り出せば元に戻れるかもしれない。でもそんなことはきっと在りえないのだろう。最悪、そう最悪の場合、既に神機となっている。

 

「もしそうだとしたら俺は……」

 

 あの壁は俺にとって境界線かもしれない。あそこを越えればもしかしたら俺は本当の意味でアラガミとなる。

 ただもう既に引き返すつもりはない。とはいえ俺だけの力ではあの壁を越えられない。壊すことも出来ないだろう。そうなればとれる方法は一つ。

 下手すれば人が死ぬ。それも大勢。そして、それはフェンリルの周りに住む外部居住区の人達。オウガテイルなんかより遙かに弱い生物だ。

 俺は元の世界でも色々肉を食ってきたが、この世界に来て自分で殺して喰うのが日常になった。それでも人は殺したくないし、死んでほしくない。当たり前だ。一寸の虫にも五分の魂なんて屁理屈に過ぎない。やはり人と虫は違う。

 

「でもやらないなんて選択肢はねえよな」

 

 例えそれが無駄で、非情な現実を確かめるだけの行為だとしても。

 


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