アラガミ生活   作:gurasan

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人の思惑

 総司と竜馬。両者が衝突する間際、竜馬が振るった一閃を総司は上に跳ぶことで避ける。

 宙返りをするように頭を下に向けた状態で、真下を通り過ぎる竜馬の胴体へ捕喰形態の神機が喰らいつく。しかし、その咢は竜馬の身体を捕らえることはなく、回転するように身を翻して躱した竜馬は、その際に尻尾から棘を飛ばしていた。

 総司は竜馬の代わりに地面を噛み付かせ、それを引き寄せる力と、バースト状態の恩恵により宙を蹴ることで棘の弾幕を抜けると同時に素早く着地し、すぐさま地面を蹴って加速することで着地を狙った竜馬の斬撃から逃れる。

 

 回転するような横凪ぎの一閃。

 屈んで避ければ、今度は尻尾が迫りくる。

 屈んだ時のバネを生かして宙へ。

 それを追うように神機を切り上げる。

 宙を蹴って躱す。

 着地後すぐに切りかかる。

 神機で受け止める。

 鍔迫り合いになる前に離脱する。

 距離を空けられないように前へ出る。

 

 お互い相手の動きが読めるからこその千日手のような攻防が続いた。目まぐるしく攻守が入れ替わるものの、互いに一度も攻撃を受けない。その様は一見すると互角に見えるが、時間制限がある総司が不利だ。

 しかも、その時間制限付きのドーピングをした状態でもなお身体能力は竜馬の方が上。総司が互角の戦いが出来るのは僅かに読み合いで勝っているからに過ぎない。基礎能力がオウガテイルとは思えないほど段違いだった。

 それほど身体能力の差が出たのは一重に神機によるもの。人がゴッドイーターになることで身体能力が上がったように、竜馬もまた神機による偏食因子で強化されていた。

 一般人がオウガテイルに勝てない以上、神機を使うという同じ条件で勝てないのは必然。 

 そのためのドーピング。それでも後一歩及ばない。

 だからこそ、総司は時間切れになる前に仕掛けることを余儀なくされる。

 総司は初めて竜馬の攻撃を装甲で受け止めた。ドーピングしたからといって総司の力では竜馬の力には及ばない。だからこそ今まで避けていた行為。当然、大きく弾き飛ばされる。

 竜馬も総司がなにか仕掛けたことを勘付き、地面を何かが転がるのが視界に映る。それはスタングレネードと呼ばれる兵器。

 次の瞬間、竜馬の世界から光と音が消える。しかし、竜馬はぎりぎりで目を閉じるのを間に合わせていた。

 それでも視界が一時的になくなったことには変わりない。そして、その隙を確実に総司がついてくることも分かっていた。だからこそ目を閉じた瞬間からも敢えて、前に進み出る。全ては追撃を加えるために。

 しかし、それは総司に読まれていた。

 総司が使ったのはスタングレネードだけではない。光に紛れてホールドトラップも仕掛けていたのだ。その場所は竜馬の目の前。目を閉じている間に前へ出てしまえば確実にかかる位置だった。そして、一度ホールドトラップにかかってしまえば数秒は動けない。その隙は致命的なほどに大きい。

 故に相手が竜馬だけだったならば、そこで終わっていただろう。

 だが、総司と戦っていたのは竜馬だけではない。竜馬がその口に咥えた神機。竜馬には見えていなくとも彼女には総司の仕掛けた罠が見えていた。

 罠へ飛び込もうとする竜馬の身体をより黒い触手が覆い、まるで蛇が蛇行するように、身体の構造を無視した理不尽な動きで罠を避けたのだ。それは実際に無理な動きなのだろう。竜馬の身体からは嫌な音が聞こえていた。

「なっ!」

 その光景に総司は目を見開き、迫りくる竜馬の剣戟を、宙を蹴って後ろへ避ける。否、弾き飛ばされたことで体制が崩れていたことが災いし、後ろへ跳ぶことしか出来なかったのだ。

 総司はまだ空中におり、足が伸びきった状態では宙を蹴ることは出来ない。そして、その隙を逃す竜馬ではなかった。

 だが、総司も竜馬が罠を避けることを想定していなかったわけではない。音を奪われた竜馬には聞こえなかったが、総司は神機を剣から銃へと変形させていた。そして、一度宙を蹴ることで体制を立て直した総司は追撃をしようとする竜馬へ銃口を向ける。

 竜馬は既に目を開けていた。だからこそ総司の神機が銃形態に変わっていたことも分かっている。その銃がレーザーを得意とするスナイパーという種類だということも。

 竜馬は神機を振るいつつも、その銃口から身体を逸らす。レーザーならばそれだけで躱すことが出来る。

 しかし、総司の読みはその上を行く。

 放たれた弾丸はレーザーなどではなく、ショットガンのような散弾。目の前にばら撒かれた弾幕を竜馬が避ける術はない。その上、撃った際の反動を利用して空中で移動し、竜馬の神機を避けるという離れ業もやってのけた。

 着地した総司はすぐさま銃のトリガー引く。放たれたのは今度こそレーザー。それも一秒間に四本のレーザーを放つ多重レーザーだ。

 散弾によるダメージと攻撃後の硬直で避けられないはずの攻撃。しかし、竜馬は再び無理のある動きで全ての攻撃を避けてみせた。

 距離が離れ、再び向かい合う竜馬と総司。

 総司が無傷なのに対し、竜馬は散弾により、何か所も皮膚に穴が開いているが、黒い触手がそれを覆いすぐさま治してしまう。散弾が弾かれなかった点を見る限り、柔軟な防御力の低い体をその回復力で補っているのだろうと総司は予測する。

 だがそれよりも気になるのが竜馬の仕草や雰囲気が変わったことだった。まるでスイッチが切り替わったような印象を総司は受ける。

「……竜馬?」

 なんにせよ薬の効果はそろそろ限界。総司は再び強制解放剤の入ったケースを取り出した。

 勿論、総司としても連続使用は避けたい。しかし、リンドウのように経験も装備も技術もない総司ではドーピングなしで竜馬の動きについていくことが出来ない。

 覚悟を決めて、捕食形態に変えると共にケースを放り投げた総司だったが、対する竜馬は背を向けてその場から離脱した。

 総司は追おうかとも思ったが、迷い、動くことが出来ず、宙に投げられたケースは地面に落ちる。

 それを拾おうと屈んだ所で薬の効果が切れた。途端に息が苦しくなり、重くなる身体。総司は思わずその場で横になってしまいたくなる。

 そんな総司の背後から二匹のザイゴートが襲いかかった。

 すぐさま飛び退こうとした総司だったが、足が上手く動かない。仕方なく装甲でザイゴートの体当たりを受け止める。

 全く踏ん張りが効かず、その場から弾き飛ばされる総司。さらに態勢を崩した所で、もう一匹から毒の塊をぶつけられる。相手はザイゴートの堕天種二匹とはいえ、薬の副作用のせいでまともに戦えそうもなかった。

 せめてもう一度ドーピングが出来れば別なのだが、竜馬と違ってそんな暇は与えてくれそうにない。

「……竜馬と違って、か」

 ザイゴートに自分を襲わせるなど竜馬らしくない。竜馬なら自分の相手は竜馬自身がするだろうと総司は確信している。そうなると目の前のザイゴートは竜馬に従っていないことになるが、それにしては動きに隙がない。薬を呑まさないように連携もとっている。

 誰かの指示。その誰かの可能性があるのは一つ。

「あの神機かな?」

 思えば竜馬を覆う黒い触手は神機から生じているように見えた。あの無理な動きもおそらく神機が動かしていたのだろう。全ては竜馬を助けるために。

「にしてもこれはまずいな」

 ただでさえ薬の副作用で体力が減っていると言うのに毒までくるとさすがにまずい。キュアオールのおかげで中々死なないとは思うが、総司が戦闘不能になるのはそう遅くないだろう。

 総司が何か打開策はないかと思案していると、不意に二匹のザイゴートを火炎放射が包み込んだ。そして、焦げ目のついたザイゴートを巨大な刃が二匹纏めて両断する。

「無事か?」

「大丈夫ですか?」

 そこにいたのはブレンダンとカノンの二人だった。

「助かりました。いやー恰好良かったですよ」

 総司はその場に座り込みそうになりながら、回復薬とデトックス錠を捕食する。なんとか生きてアナグラに戻れそうだった。

「ん? なんだ?」

「タツミさんだったら絶対に聞き漏らさないんですけどね」

 特にヒバリさんに言われればと総司は付け加えるが、ブレンダンは頭に疑問符を浮かべていた。

「カノンさんもありがとうございます」

「い、いえ、そんなたいしたことじゃないですよ」

 やたらと謙遜しまくるカノンだったが、総司は戦闘モードじゃないことに安堵していた。

「それで、アナグラはどうなりました?」

 

 

 

 

「結局、またしても人的被害は軽微だが。壊された通路やエレベーター、壁、施設は多数。特に遠征の移動手段であるヘリなどは徹底的に捕食されていた。支部長曰く本部からヘリを取り寄せるらしいが、またしばらく復旧作業だな」

 そう言って、葉月は溜息を吐いた。

 竜馬の狙いはどうやらこちらがしばらく手出しできないようにすることだったらしい。これで今度は取り寄せ中のヘリまで攻撃されたらどうしようもないだろう。しかし、在り得る。ザイゴートは空を飛べるのだから油断ならない。

「人的被害は軽微とか怪我人の前でいいますか?」

 総司は医務室で横になっていた。

 あの後、周囲のアラガミが集まり始め、なんだかんだで二度目どころか三度目のドーピングを余儀なくされたのだ。結果、半日限定の寝たきり状態となってしまった。

「治るのだから問題ないだろう」

「まあ、そうかもしれませんけど」

「それより総司。私は決めたぞ」

 葉月は襲撃前の落ち込んでいた雰囲気はどこへやら。なにやら決意の籠った瞳で闘志を燃やしていた。

「やる気になってくれたのは嬉しいですけど、なにをですか?」

「二年、いや一年だ。一年で竜馬を一種であれ、二種であれ接触禁忌種に指定させる!」

「あー、なるほど」

 接触禁忌種はその名の通り、ベテランゴッドイーター以外の接触は禁じられている。故に、竜馬を接触禁忌種に指定できれば平ゴッドイーターが犠牲になる確率は減るだろう。

「ただ、観測隊はどうするんですか?」

「ヨルムンガンドのようにUAVか人工衛星でも使えばいいんじゃないか? アラガミが到達できない高度まで飛ばせば撃墜されないし、私達の時代で既に森の中まで丸見えなんだから偵察には持ってこいだ」

 UAVとは無人航空機を意味するUnmanned Aerial Vehicleの略である。偵察機から攻撃機まであるが、葉月の言葉に出てきたヨルムンガンドという漫画のUAVは視認できない高度から鮮明な映像を撮ることが出来、かつソーラーパワーで半永久的に飛び続けられる偵察機のことである。

「物資と予算は?」

「アーク計画のを回せばいいんじゃないか? もしくは本部の協力を得る。まあなんにせよ地位が必要だな。丁度、新型の布教活動のために本部と各支部を回るわけだし、そこでなんとか地位を上げる」

 新型はまだ開発されたばかりであり、まだ他の支部には開発方法も知らされておらず、量産の目途も立っていなかった。そのプレゼン役と開発指南に葉月が任命されたのである。

「あのー、ちょっといい?」

 総司と葉月へ横合いから声をかけてきたのは、救助されたものの療養中のリッカだった。カーテン隔てた向こう側なので普通に話していることが丸聞こえなのだ。

 どうして同室なのかといえば、他の病室がぶっ壊れたからである。

「私って聞いて大丈夫?」

「問題ない。共犯だからな」

 葉月は胸を張って言うが、リッカは話についていけていない。正直、総司でさえよく分かっていなかった。

「えっ?」

「元々リッカさんには技術者として協力してもらうつもりだったからな。遅いか早いかの違いだ」

「あれ? 私の意思は?」

「まあ、ドンマイです」

 総司は腕が動かせない代わりに心中で合唱する。祈りとは心の所作らしいからそれで問題ない。

「いやまあ、仲間外れにされるよりはいいんだけどさ。それって榊さんの方が向いてない?」

「あの人はどちらかというと専門が生物系だからな。それに支部長の不信を買いかねない。今はまだ適度な距離を保っておいたほうがいいだろう。ああ、それと先に言っておく。私は支部長の側につくつもりだ」

「それはなんというか意外、でもないですね」

 それなりに付き合いの長い総司は特に驚くこともなく言った。

「私はてっきり榊さん派だと」

 リッカとしては新型を開発した技術者同士で馬が合うものと思っていたのだ。ただリッカ自身はあるかないか分からない派閥なんてものはどうでもいい。というかなんの話か分かっていなかった。ただ、藪蛇の予感がするからきかないだけだ。

「まあ、単純に権力の違いが大きいんだがな」

 技術を開発、運用する上で動かせる資金や物資の違いは大きい。アーク計画に携われるというなら、上手くいけばアルダーノヴァさえ利用できるのだ。

 そして他にも理由はある。

 昔、総司達三人でアーク計画に賛成か反対かを議論したことがあった。

 その時、竜馬は知人が乗るというなら賛成で、乗らないというなら反対。どっちつかずのようで、ある意味分かりやすい。

 総司は先のことを考えて賛成。ただし、ロケットがもっと出来るまで待っても良かったんじゃないかとも思っている。そして、あれだけやっといて私の席は無いといってヨハネスが乗らないのは責任者としてどうかと思っていた。あれではまとめる人間がいなくなってしまい、残り少ない人類でいきなり内部分裂を起こしてしまう。あそこはなにがなんでも生き残るべきだったと総司は考えていた。

 葉月はノヴァで月を変えて、ロケットで少しずつ移住しようという折衷案。もし、シオが月に行ってくれなかったらお陀仏な上に、展開上シオを人身御供にするような恰好となってしまう。エンディングでシオらしき姿を見たからこそ言える案だ。

 しかし、この世界に来てしまった葉月は本気でその案を通そうと思っていた。そのためには、とりあえずアーク計画がいきなり頓挫してもらっては困る。だからこそヨハネスへ協力しようと考えているのだ。

 その上、ヨハネスの側にいれば、竜馬が捕まった場合でも比較的楽に助け出せる。仲間を助けるならば敵組織のトップに立つのが最も有効なのだ。現実的なのかはともかくとして。

「ともかく、ヘリが着次第私はここをしばらく空ける。その間、ここのことは任せたぞ、二人とも」

「分かってるよ」

「なんかもう完全に含まれちゃってるんだね」

 総司は普通に頷き、リッカもなんだかんだで了承した。

「ところでリッカさんには別の話があるんだが、神機関連で」

「えっ、なになに?」

 神機と口に出した途端にやる気を見せるリッカ。根っからの技術屋である。

「実は旧型を新型みたいに改造出来ないかと考えていてな。ほら、ロングブレードなんかはインパルスエッジなんかの銃機構が内蔵されているだろう。あそこからバレットを射出出来ないかと思ったんだが……」

「でもそうなると……」

「二人ともここ病室だからね。てかリッカさんはけが人なんじゃ……」

「「知ってる」」

「あっ、さいですか」

 異口同音の答えを返された総司は二人を放っておいて眠ることにした。正直にいえば話している間も眠くて仕方がなかったのだ。まあ、横でどんどん話が白熱して眠れなかったが。

 

 

 

 

 そんな三人がいる病室の前で、リンドウは一人佇んでいた。

 本当は見舞いのつもりで訪れたのだが、病室に入る際に聞き逃せない単語を聞いてしまったのだ。

 それはアーク計画という言葉。

 アーク計画。リンドウが追い求めていた計画である。

 なぜそれが葉月の口から出るのか?

 全ての言葉を聞き取れたわけではないが、総司もアーク計画について知っているようだ。

 そして、葉月は声高に支部長の側へ着くと宣言した。

 総司は元から葉月の協力者だったとして、リッカも巻き込まれた、もしくは懐柔されたとみていい。

「こいつはどうするかね?」

 それとなく総司にマーナガルム計画のことをきいてみようと思っていたが、まさか本当にアーク計画にまで関係していたとは。嫌な意味で勘が当たっていたとリンドウは思い、これからのことについて思案する。

「……まさか、あの時手を出すなって言ったのはアーク計画関連か?」

 リンドウが思い浮かべるのは襲撃事件の際にヒバリへの連絡で残した葉月の忠告染みた言葉。

 依然、オウガテイル特異種のコア回収を命じられた際、ヨハネスはリンドウとソーマに『我々の目的に必要不可欠なコアを有している可能性がある』と言い、さらに『最優先事項だ』と念を押している。

 あのオウガテイルが計画の要であることは間違いなかった。

 『我々の計画』。それがエイジス計画ではないことにリンドウが気付いたのは最近のこと。

 人類の希望と言われるエイジス計画の裏で行われているアーク計画。それがマーナガルム計画同様後ろ暗い部分があるのは明白。なんとしてでも詳細を掴み、場合によっては阻止しなければならない。

 リンドウはそう心に決めていた。例えそれが危険な道だとしても。

 なんにせよ新人二人とリッカの動きには注意したほうが良いだろうとリンドウは結論付ける。そしていつもどおりの態度で病室へと入っていった。

 

 

 

 

 今まさに大いなる勘違いが発生しつつあった。

 

 

 

 

 そして、一方の竜馬は真っ白なアラガミの少女との出会いを果たしていた。

 




 リッカさんは完全に巻き込まれ損。
 ちなみにヨルムンガンドは面白いからおすすめ。アニメ化もしたよ!


 補足

 竜馬君を覆う触手は漫画ベルセルクに登場する鎧の如く、中身を無視して無理やり体を動かすことが出来るというバーサーカー仕様。
 そして総司君の能力は竜馬君の思考や行動を高い確率で先読みする程度の能力。


 どうでもいい設定

竜馬君:漫画派。文章と絵を合わせた漫画こそ至高。
総司君:原作派。原作に勝る作品など存在しない。
葉月さん:アニメ派。本来なら動いて音も出るアニメ―ションに勝るものなし。

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