……書ききらなかったよ。
映る景色が上下左右に動く。まるで手に持ったビデオカメラの映像を見ているかのようだ。
そこは今でこそ見慣れた贖罪の街。撮影者はその一角にある一つの建物へと誘われるように入っていく。
中にあったのは血にまみれた自分の姿。半分ほど原型を留めていないが、まさしく人間だった頃の自分だった。
動かぬ自分へと視界がズームアップされ、目と鼻の先どころか触れ合うほどの距離になる。
そして、視界の動きと共に聞こえ始める耳障りな音。それはまさしく自分の身体が捕食されていることを表していた。
次第に視界だけでなく、バリバリと軟骨でもかみ砕いているかのような歯ごたえと、クチャクチャと肉を千切り、噛み締める感触が口の中に広がってくる。
血の一滴まで喰い尽くした後に映った視界は自分がこの世界で見た光景と完全に一致していた。
「なるほどな。俺を喰ったオウガテイルの身体を乗っ取ってたってわけか」
どうしてそんなことが出来るのか分からないが、もしかすると身体の一部を喰わせたメディやザイゴート達の位置が分かるのも、この乗っ取りだか憑依みたいな能力が影響しているのかもしれない?
先輩作のオラクル細胞にはそこまでの機能はなかったはずなんだが、謎だ。
疑問を浮かべながらも荒野をひた走る。先ほどまでとは全く違う景色だ。どうやらまた意識が飛んでいたらしい。とはいえ動かず、眠っているわけではなく、身体は活動しているようだ。最近、そんなことが多い。そして、頻度が増えているような気もする。
身体が勝手に動くときもあるし、いよいよアラガミ化が進んでいるのかもしれない。ゴッドイーターよりもゴッドイーターしていた弊害か。まるで山月記のようだ。
ただ、山月記の男と比べて不安は無い。なぜかは分からないが、身体を預けてもいいと思えてしまっている。なんとなく俺のために動かしてくれている気がするのだ。例えるなら子供の手を引く母親のように。
リンドウは精神世界でアラガミと戦い続けていたことから敵と認識していたみたいだが、どうにも見守られている感がある。
ただまあそんなことはどうでもよかったりする。ようはメディを元に戻せればそれでいいのだ。そのためにはアラガミを狩り続けるしかない。
だから邪魔をするな。邪魔をしないでくれ、総司。手加減なんか出来ない。余裕もないんだ。
もうお前が何を言っているのかも分からない。人の見分けなんかつかない。総司だと分かるのも感応現象みたいなものだ。
ああ、くそっ……また意識が……。
気が付いた時には辺り一面雪景色。
その中に一つの人影があった。
一瞬、ゴッドイーターかと思ったが、すぐに違うと分かった。おしろいを塗ったように白すぎる肌、ズタズタの布を羽織ったような独特な服装、神機にも見える大きな腕。見覚えがあり過ぎる姿。
そこにいたのは最も人に近いアラガミであるシオだった。
シオの存在を認識した瞬間、冗談ではなく目線は彼女へ、身体は地面へと釘付けになった。
ゲームをしていた頃ならば可愛いと感じていた彼女も、アラガミとなり相対した今では全く印象が違った。
まさしく蛇に睨まれた蛙。獲物を前にその場を去ったピターの気持ちが分かる。終末捕喰を行うノヴァのコア、特異点。人の思惑はともかくアラガミの頂点に立つ存在だ。とても戦う気になどならない。
こちらに気付いたシオは腕を人のモノに戻し、人間視点で見れば無邪気に見える表情で近づいてくる。まるで好物を前にした子供のように。それは獲物側からすれば恐怖でしかない。
依然戦う気は起きない。かといってここで死ぬわけにもいかない。つまり、逃げるしかない。
そう考えた俺はすぐさま走り出そうとして……。
目の前にシオが……。
……地面から懐かしい感触がする。アラガミになってから久しく味わうことのなかった日本の家にある畳。その香り。
目を開ければ懐かしい箪笥などの和風な家具が見える。その光景は人間に戻ったかのような気分にさせたが、俺の身体は依然アラガミだ。だから四つの足で起き上がる。どれだけの間意識が落ちていたのか分からないが、身体をほぐすように伸びをしたら尻尾が箪笥にぶつかった。ほんと、変わり果てたものだ。
まあ、嫌というわけでじゃないし、この世界で生きていくにはふさわしい恰好だろう。
「あっ、やっと起きた!」
その声は久々に聴いた声だった。
目の前に広がる空間に比べれば久々と言えないかもしれない。なにせこの世界に来て初めて聞いた声だ。ただ、それでもひどく懐かしい。
夢か現か。なんであれ、ゆっくりと声がした方へ目を向ける。
「……メディ、か?」
「うん」
メディは照れながらも変化した姿を見せつけるように胸を張って頷いた。
シオと同じく人のものとは思えないほど病的に白い肌。ヴィーナスの如く赤い髪にサリエルでおなじみの冠とドレス。そのドレスからザイゴートのホースのように二匹の蛇が垂れ下がっている。早い話がサリエルにヴィーナスの髪の毛を生やし、その足を蛇に変えたかのような見た目。幼く見えるのは精神体が精神年齢に引きずられたからだろうか?
そう精神体。神器の精神であり、その神器の偏食因子を受けていなければ見えないある種幽霊のようなもの。今のメディの状態だ。なぜ分かるかと言えば、今の俺が剣身(心)一体となっているからだろう。今ならシオやアラガミ化しつつあったリンドウと同じで身体を神器のように変えることが出来る。
ただ、そんなことはどうでもいい。
どうしても声が聞きたかった。話したかった。そのために必死になってアラガミを狩り続けたのだ。でも、肝心の言葉が出てこない。
謝る? それともお礼を言う? むしろメディなのだから精神体の感想を言うべきか?
ごめん、ありがとう、ひさしぶり、ってのはありえないな。もっと何か……って全然駄目だ。言いたいことはたくさんあるのに何を言えばいいか全く分からない。頭もから回ってばっかで、なにも思いつかねえ。
つーか、やばい。泣きそうだ。
まだ終わってない。解決してない。メディの体だって神器のままだ。でも……。
「どうしたの?」
ああ、駄目だ。メディの声を聴いているとどうしようもなくなにかがこみ上げてくる。うん、もう無理。泣くわ。
その時、俺は恥も外聞もなく大声で泣いた。どうせ、聞いていたのはメディともう一体ぐらいだし別に構わないだろう。それぐらい嬉しかったのだから。ただ、メディに頭を抱えられながら慰められたのは後々恥ずかしさで悶えそうになった。
なんともいえない感動の再会空間。精神体であるメディは既に背中に乗っている。懐かしいが妙にしっくりくる。やはり俺達はこのスタイルだろう。
さらにメディの足代わりの蛇が体に巻きついたことでどんなに激しい動きをしても落馬することがなくなった。まあ、精神体では関係ないとも思うが。
それにしても精神体になれば人に近くなるものと思っていたが半身が蛇になったこともあって人から遠のいているように見える。名前の元ネタを知らないメディがメデューサのイメージにつられたとは思えないし、やはり気持ちの問題なのだろうか。あの一件以来、メディは完全に人間が嫌いになったからな。
ただそれも仕方ないことだろう。情緒不安定になっていたとはいえ、俺でさえ人間不信だったのだから。勿論、今でも信用はならないが、メディの声を聞いたからか幾分か頭が冷えた。あのままいっていたら必要が無くても人を襲いまくっていたかもしれない。コミュニケーションには精神安定効果があることを再確認した。メディと話すのが楽しくて仕方ない。
そんな俺達を箪笥の陰から観察するシオ。恥ずかしがっているようにも見えるが出歯亀にも見えなくない。
「あの子が助けてくれたの」
「そうなのか?」
シオに問いかけると隠れながらも頷いた。
「ちなみに今の俺ってどうなってんの? 自分じゃ見えないからさ」
とりあえず白かった身体が真っ黒になっているのは分かる。でもそれ以外は分からない。鏡なんてないし、見る機会もなかったし。
「なんか頭に玉? みたいのが埋まってる」
玉? もしかしてそれってリンドウさんの右手に埋まるはずのアレか?
「お前がやったのか?」
シオの返答は肯定。
メディが精神体になれたのもこれのおかげかもしれない。精神体を見るだけならゲームの主人公以上に神器との結びつきがあるはずだ。取り込んでいるのか取り込まれているのか、はたまた混ざった状態にあるのかは分からないが。
「なんにせよ。ありがとな。お前は俺達の恩人だ」
そう言って頭を下げる。この身体では全く様にならない不格好な仕草だが、そんなことは気にならない。
一先ず、また話せるようになったのだ。本当に感謝してもしきれない。
シオは言葉が上手く通じないながらも、その意味やニュアンスを受け取ってくれたようで、笑顔を見せてくれた。最初は恐怖を感じたが、今はそんな風に思えない。ゲームをやっていた時と同じ、いやそれ以上に「可愛い奴め」といった所だ。
というかたぶん口に出していたのだろう。シオは不思議そうに首を傾げ、一方のメディはあからさまに不機嫌になっていた。そういえば新生メディに対しては何の感想も言わなかったような。
せっかくだ。この際、メディの反応を楽しんでみようか。
「いやーシオは可愛いなー」
「……し、お?」
「そうだ。お前の名前だ」
「シオ?」
「そうそう、シオシオ」
「シオ!」
「良く言えたな。偉いぞー」
頭を撫でられればいいが、上手く出来ない。四足の宿命だな。
「シオ、偉い?」
「うん、偉い偉い」
四足動物の愛情表現ってなんだ? 犬なら……顔を舐めるとかか? セクハラになんねえかな? まあ、アラガミだし大丈夫か。
そう思ってシオの頬を犬のように舐めあげる。気分は子供の毛づくろいする猫科動物だ。
「えらいかー」
シオが嫌がったら即止めるつもりだったが、くすぐったそうにしつつも満更ではなさそうだ。野生のアラガミらしく動物的コミュニケーションに抵抗はないということだろう。
なんか、メディが空気に感じるやりとりかもしれないが、今、メディはすごいことになっている。精神体は髪の毛が怒髪天を突かんばかりの勢いで逆立ってるし、肉体の神器もギチギチと俺の身体を締め上げている。
そろそろ潮時か? いやまだいけるはずだ。この際だからシオを存分にペロペロしてしまおう。
なんて調子に乗った俺がシオを押し倒した瞬間、とうとうメディがキレた。
「うがぁー!」
メディの咆哮とともに体中を電流が走ったかのように錯覚した。かに思ったが、錯覚じゃなくて本当に身体中の神経の中を触手が通っている。いわば釣り上げた魚に行う神経締め。アラガミじゃなかったら終わってる。
「バカバカ! アタシにはそんことしてくれなかったじゃん! アタシも食べたり食べられたかったのに!」
なんかメディがすごいことを言っている気がするが、全く口が動かせない。冗談だよ、てへぺろ、をすることも出来ない。つーか、食べるってあれだよな。絶対に食事的な意味だ。昔からその気はあったし、腕交換の時とか。新ジャンル喰い愛。……絵的には誰得な代物になりそうだ。
その後、メディの気が収まるまで俺は一時停止したままだった。シオはいつの間にか飯を食いに行っていたらしい。喰う気を読んだのだろうか?