総司は俺がある絵の感想を口にした時、こう言った。
「竜馬は正直だから参考になる」
俺は思ったこと、感じたことを大抵の場合そのまま口に出してしまう。総司は正直だと言うし、両親は素直だと言う。ただ他の人間からはあまり良い言い方をされない。でもこのままでいい。嘘だらけだからこそ、俺が言う真実に価値がある。そう言われたし、俺自身もそう思うことにした。
あっ、これ終わったな。
俺は確かにそう呟いた。でもその前に別の言葉を呟いていた。
美しいな、と。
この教会という場所。所々亀裂が入った壁やそれでも色鮮やかなステンドグラス。ゴーストタウンのような街を照らす太陽の光が高層ビルに穿たれた穴と教会に空いた穴を一直線に射抜く。その光を背負いながら教会に降り立つサリエルの姿はまるで滅びた都市に舞い降りる天使よう。
その様は絵になるという言葉を通り越して、まるで神話を切り取ったかのような光景だった。
素直に見とれていたのかもしれない。勝てない相手から一目散に逃げるという選択肢をとれずにその光景を眺めていた。そして、我に返った時これまた正直に呟いていた。
「あっ、これ終わったな」
完全にサリエルの魔眼が俺を捉えていた。これがゲームなら敵発見状態に移行しただろう。なんかBGMが聞こえてきそうだ。
サリエル。女性と蝶が合わさったような美しさと不気味さを備えたアラガミ。額にある魔眼から様々な光線を放ったり、毒の鱗粉を撒いたり、バリアのような障壁を発生させたりと能力においても見た目においても俺と違いあらゆる点で高位の存在だ。
たしかゲームでも後の方でご登場だったはずだが、なぜこんな所にいるのだろうか? ああ、そういえば今が物語のどの辺りか分からないんだったっけ。リンドウさんアラガミ化してたらやだなあと思う。
ただ今はそんなことを考えている場合じゃない。
呆けたついでに大事なことを思い出すことができた。
この世界じゃ最弱のアラガミオウガテイルかもしれないが、元は人間。そして、新藤竜馬だ。
たとえ夢だとしても早々死んだら総司のやつに笑われる。あいつの期待に応えるためにもここで終わるわけにはいかない。
緩んでいた頭を切り替え、目の前の状況に意識を向ける。いかにしてここを切り抜けるかそれだけに神経を注ぐ。いつでも動けるような態勢をとり、予備動作を見極めるため相手の動きを瞬きもせずに観察する。
そんな俺とは対照的にサリエルは警戒を緩めた。相手がオオウガテイル一匹と油断しているのかもしれない。それならば好都合。
「アンタ今……」
サリエルが構えを解いて口を開いた瞬間、即座に足に力を込め逃げ出した。
眼と耳は、咄嗟の行動に声を上げるサリエルを捉えたままで教会の通路まで走る。
「待ちなさい!」
相手が慌てて誘導レーザーを四本放つがもう遅い。俺が通路に入り、貫通力の低い光線は壁に阻まれる。教会の構造はサリエルの光線を回避するのには最適だった。
俺はすぐに教会を出ることはせずに入口の前で待機する。そして俺を追ってきたサリエルが通路に入ってきた所で尻尾から針を射出した。飛ばされた針はサリエルのスカートにいとも容易く弾かれる。やっぱこっちの攻撃は効かないかと改めて逃げる選択肢しかないことを確認しながら、お返しとばかりに飛んできた光線を外に出ることで躱した。
そしてサリエルとの鬼ごっこが始まった。皮肉にもオウガの名を持つ俺が逃げる側だ。
遅れて教会から出てきたサリエルは上空へ向けて光線を放つ。それは俺目がけて降り注ぐが、撃った時に俺がいた場所に落ちるので走っている限り恐れることはない。と思っていたが後を引く尻尾の先を光線が貫通した。体格の変化を頭に入れ損ねていた、と反省しながら痛みを我慢して走る。
それにも拘わらず、サリエルは攻撃が上手く当たらないことに苛立っているようで何事か喚き、その魔眼が強い光を放ち始める。いわゆる怒り状態だ。こっちは全くダメージを与えてないってのに理不尽極まりない。
続けて放たれた停止と追尾を繰り返す光線も建物に入ることで躱す。相手は光線を放つ時は立ち止まるためこの時点で大分距離を開けることが出来た。
光線が当たらないとなれば相手も突進を主にしてくるはず。速度差から考えても延々と逃げ続けるのは無理がある。どうにかして行方をくらまさなければならない。
俺はまず建物の中を真っ直ぐ進み、小型のアラガミならば通れそうな窓ガラスに思いっきり身体を打ち付けた。しかし、その窓ガラスから逃げることはせずに尻尾を振り、窓の外に未だ流れ出る血を点々と飛ばす。そして、血が落ちないように尻尾の先を咥えると近くの部屋に身を隠した。
しばらくするとサリエルがやってきたようで、「絶対に逃がさないから!」という怒号と共に壁を粉砕する音が聞こえた。
辺りを警戒しながら部屋から出て屋上まで上がると、遠くに去りゆくサリエルの背が見える。
完全に見えなくなるのを確認し、俺はようやく安堵の溜息を吐いた。
サリエルがザイゴート特有の聴力を捨ててるようで助かった。元々探知能力が高いわけではなさそうだし、見るからに視力に頼ってそうだったからこの作戦にしたが、この分だと獣型みたいに嗅覚に優れているわけでもないのだろう。
今更だがあのサリエルとは人間らしい会話が出来そうだったな。やっぱ人型だとある程度知恵があるのだろうか? まっあの怒りようじゃ次会ったら即座に攻撃されそうだし、対話なんて出来そうにないが。
それにしてもザイゴートを一匹も連れてないサリエルは珍しいって話じゃなかったか?
そういえば『孤独な魔眼』ってミッション名でサリエル一匹しか出ないってのがあって、場所もこの街だったような。もしかしてあれが孤独な魔眼だったのだろうか?
だとしたら少し申し訳ないな。サリエル装備を揃えるために何回も狩りまくったし。よくよく考えるとあのミッションってコア取れなくて何度も復活してくるのをまた何度も倒してるのか。そりゃミッションが増え続けるわけだ。
「あーてか尻尾痛てぇ」
よく見れば尻尾の先が欠けるように撃ち抜かれている。これじゃあ飛ばせる針の数も減りそうだ。
ただでさえ弱いのに傷を負って劣化とかホント勘弁してほしいな。
なにか食べれば治るんだろうか? いやオラクル細胞なんだから確か時間が経てば落とした血も消えて再生するはずだ。むしろコアさえ無事なら何度でも復活できる。たぶん、きっと。
そういうわけで屋上で周囲を警戒しながら尻尾が治るのを待っていると、血の匂いに釣られたのかオウガテイル三匹が建物周辺にやってきた。俺が交流を図ったのとは別固体らしいのが感覚で分かる。
先の戦闘というか逃亡である程度動けることは分かったが、倒せるかといえば疑問が残る。小型のアラガミは大体群れてるし、大型はそもそも攻撃が通じない。
「……まじで建物を喰わねえといけなくなるかもな」
尻尾も治ったので建物を出ると日も暮れて夜になっていた。
当てもなくどこへ行こうかと悩んでいる俺の視線の先には青白い電流と月に照らされたライオンを髣髴させるアラガミ、ヴァジュラの姿が。
先ほど流した血の匂いに釣られてやってきたのだろうか? いやおそらく血に釣られた小型アラガミに釣られたのだろう。
「ヴァジュラか。月明かりに雷光が映えるなぁー」
なんて詩的なことを呟きながら今日一番の溜息を吐いた。
その次の瞬間、俺は全力で駆けだした。
しかし、驚くことでもないがヴァジュラ様は俺の二倍は走るのが速いようであっという間に追いつかれてしまう。俺では跳びかかりを避けるのが精一杯だった。
ヴァジュラは見た目からして鼻が良さそうだ。さっきと同じ手は使えないだろう。それどころか逃げる方法は皆無といっていい。ただ背面の後ろ足ならこっちの攻撃も効くかもしれない。初期装備のナイフで切れるんだからたぶんいける、はず。
戦闘開始を告げるように周囲に電撃を発生させながら吠えるヴァジュラ。それに応えるように俺も声を上げる。
「いいぜ。やってやろうじゃねえか! 下剋上だ!」
なんか頭の中でNo Way Backが流れ始めた。全然ノリノリになれないけど。
あっ、No Way Backはディアウス・ピターだったか。