ある時珍しく悩んでいる先輩を見つけた。
「どうしたんすか? 見るからに悩んでるなんてレアな光景晒して」
「おお、丁度いい所にきたな」
「……うわっ、嫌な予感」
この世の中丁度いい所にと言われて良いことなんかほとんどない。
「そう言うな。たいしたことではない。その、あれだ」
どこか恥ずかしそうに先輩は言いよどむ。
らしくない。はきはきスッパリと言い切るのが先輩だ。
ただ、先輩がこんな状態になる場合を一つだけ知っている。
「なんすか?」
「あ~、総司の奴はチョコとか大丈夫か?」
男勝りな先輩だが、俺の親友に関しては恋する乙女だった。
「……あの野郎。ぶっ飛ばしてえ」
「なんか言ったか?」
「いやなんも。そういや明日バレンタインデーだったなと」
「案ずるな。協力の礼としてお前にもくれてやる」
「そのギブアンドテイクな感じがなんともいえないっすね」
「いいからさっさと教えろ。あいつは甘いのが好きなのか? それとも苦いものが好きなのか?」
時間がないとばかりに迫る先輩の剣幕は遠目に見る分には面白いが、近くにいると正直面倒くさい。
「あいつは甘味も苦味も程々が好きなんでどっちでもいいんじゃないですか?」
「なるほど。甘すぎず苦すぎず絶妙なバランスというわけか」
「何でそんなハードルあげるんすか?」
しかし、俺の言葉は先輩の耳に届いてないようで考え込むようにして唸っている。
「……よし。礼を言うぞ。竜馬」
そう言って先輩は走り去っていった。本当に恋する乙女をやってるな。
翌日、先輩から渡されたチョコは下手な市販のものより格段に美味かったが、総司に味見させてもらったチョコはそれ以上に美味かった。
ってなんでこんなことを思い出してんだ? コンクリの破片を口に入れてるからだろうか? あん時みたいにありえないはずのしょっぱさを感じるし。今だから分かるけど先輩は俺の初恋の人だったからな。気づいた時には総司に惚れてたけど。
とまあ漫画の主人公みたいな台詞を口にしたはずの俺は建物や障害物を利用しながら全力で逃げていた。
というかオウガテイルでヴァジュラと真向勝負なんてできるか。
俺にできるのは小回りを生かして障害物の周りをグルグルと回りながら、相手の隙をついて針を飛ばすくらいだ。俺を追いかけて一緒に回ってるヴァジュラの図は一見馬鹿っぽいがそれしかない。跳びかかりや近づいて噛み付き攻撃なんて出来るはずもなかった。
そして、針を飛ばし続けて分かったこと。それは針にも限りがあることだった。嫌なところで現実感がある。ただ解決策もすぐに分かった。ようはなにか捕喰して針を創ればいいのだ。
背に腹は代えられない。俺は隙をついて建物の破片などを捕喰した。
ああ、なんの味もなくガリガリしてるだけのはずなのにしょっぱい味がする。
オウガテイルの構造上、流した涙は口に入るようだ。手が短くて拭えないし。
どれくらいの時間が経ったのか分からないが、痺れを切らしたヴァジュラが大してダメージも喰らってないはずなのに吠えたかと思えば怒り状態になった。サリエルといいゲームに比べて随分沸点が低い気がする。
慌てて建物に逃げ込んだ俺だったが、そこで予想外のことが起きた。
大きさの関係で建物に入れないヴァジュラはあろうことか建物に体当たりし、壊れかけの建物はいとも容易く崩れたのだ。
当然俺もその崩落に巻き込まれ、なんとか瓦礫をどかして這い出た所に放たれた小雷弾が直撃。全身を駆け巡る衝撃に完全に動きが止まる。そこへヴァジュラが突っ込んできて成す術もなく吹っ飛ばされた。
無様に地面を転がる俺だが、身体が痺れて受け身をとることも出来ない。そんな俺の元へ、怒り状態はどこへやら悠々と近づいてくるヴァジュラ。目の前まで近づいてきたその余裕面に渾身の尻尾アタックをかましてやった。
さすがに怯んだヴァジュラだったが、すぐさま苛ただしげに前足で俺を弾き飛ばす。再び地面を転がる俺。正直もう限界だった。立ち上がることも出来なければ尻尾を振るうことも出来ない。完全に詰みだ。後は天にコアが喰われないよう祈るのみ。いや、やっぱ天に祈るのは止めだ。死後に会うことがあったら絶対一発殴ってやる。
でも、どうせなら元の世界に戻りたいなあ。
というか家族と総司、後先輩にも色々と迷惑かけたし、死ぬならなんか言っておきたいが死に際に誰かと話せること自体が稀だ。現実なんてそんなもの。ドラマでもあるまいし、いつも通りの日常の中でいきなり死んだことを聞かされるのが常だ。まして死にそうな時に話せる状態であることも珍しい。
くそっ、やっぱ死にたくねえ。なんとか……、なんとかする手はねえのか?
その時、ヴァジュラの背に五本の光線が降り注いだ。忘れもしないというか昼間に見たばかりの攻撃。そうサリエルの光線だった。
ヴァジュラはすぐさま俺を無視して身体の向きを変える。その先には月を背にし、そこから降りてきたかのように佇むサリエルの姿。
「そいつはアタシの獲物よ!」
何言ってんだこいつ? 初期の好敵手みたいなセリフを言いやがって。
そんなことを思ったが、ヴァジュラが動き始めた。ここは話が通じるサリエルに勝ってもらったほうがまだ生存確率が高い。
「もっと高く飛べ!」
俺が張り上げた声に文句を言いたそうな顔をしたサリエルだったが、向かい来るヴァジュラを見て素直に高度を上げた。そのため飛び上がったヴァジュラの身体は空を切る。
「相手の後ろにレーザー!」
今度は初めから素直に従い四本の誘導光線を放つ。それは見事ヴァジュラの尻に突き刺さる。この時不覚にも笑ってしまった。サリエルも口元を袖で抑えているので笑っているのかもしれない。
ヴァジュラは再び怒り状態になり吠えるが、隙だらけのその顔に追加のレーザーが叩き込まれた。勿論これも予備動作を見て判断した俺の指示である。
近接攻撃が届かないと判断したのかサリエルが居る位置に雷球が発生し始めるが、即座に球の中から出るよう指示し、またしても隙だらけのヴァジュラにレーザーが刺さる。
小雷弾を飛ばす技も建物の影に入らせることで回避、そして上空からのレーザーで反撃。
さすがサリエル。オウガテイルの俺と違っていい武器持ってる。
そうやって攻撃を続ける内にヴァジュラも逃げ去って行った。俺としてはそれをサリエルが追いかけていってくれれば良かったのだが、サリエルはすぐさま俺の所へ降りてくる。
「アンタ、相手が何するか分かるの?」
「攻撃する前の動きを見れば大体な」
ふーん、と面白いものでも見つけたかのように額の眼が動いた。微妙に気持ち悪い。動かなきゃ蝶みたいに模様っぽくて見れるんだが、動くと無理だな。ただそれよりも気になることがある。
「お前、本当にアラガミか?」
「?」
質問の意味が分からないのか首を傾げるような仕草を見せた。なんか見た目に反して言動と仕草が子供っぽいやつだな。
「元々人間だったんじゃないかってこと」
「何言ってんの? そんなわけないでしょ」
なぜそんな当たり前のこときくんだ? といった具合だ。どうやら俺と同じで人間だったわけではないらしい。
「いや、まともに会話できるやつに初めて会ったからな」
「他の奴が馬鹿なのよ」
「そうなのか?」
「そうよ。見なさいこの姿を。他の奴と違って……、こう、なんていうか……」
「美しいとか」
「それよ! 美しいでしょ、アタシは?」
そう言ってサリエルはヒラヒラとその場で一回転した。
この美しさへの執着というか関心はヴィーナスに変異するフラグなのか?
ちなみにヴィーナスというアラガミは一体のサリエルが美しさを求めすぎたあまり、捕喰を繰り返して美しさとはかけ離れた存在になったとされている。
美しさを求めた故に醜くなるという話はよくあるが、実際に見たくはないな。
「たしかに最初見た時は思わずそう呟いてたな」
白いアイテールだったらもっと天使ぽかったんだろうなとも思うが。
「やっぱりあの時はアタシを褒め称えていたのね」
「称えちゃいねえよ」
「それでもいいわ。アタシは美しいんでしょ?」
「そうだな」
「じゃあもう一回言って」
なんというか面倒な奴だ。
「……美しいな」
「うんうん、そうでしょ、そうでしょ」
見るからにご機嫌なサリエルだった。こいつ本当に何しにきたんだろう。
「そんなに嬉しいのか?」
「だってそのためにこの姿になったんだもの」
ああ、これはヴィーナスになるわ。
「でも誰も分かってくれないし。だから他の奴は嫌いなのよ」
「それで独りなのか」
孤独な魔眼ってそんな理由で孤立してたんだな。生き残る上で全く必要ない感性に従っちゃったのか。
などと考えていると不意にサリエルが提案してきた。
「ねえ、アタシと一緒に来ない?」
「なんか食わせてくれるならいいぞ」
「いいよ」
サリエルは堂々のヒモ宣言を了承した。俺恰好悪いな。まあ、地面に倒れ伏した状態じゃ何言っても恰好つかないけど。
そんなわけでサリエルが仲間になった。
あとがき
遅れてすいません。
この展開はきっと賛否両論。