飛ぶのはそこそこ体力を使うとのことで、横たわる俺の前に腰を下ろすサリエルを見上げた。サリエルは大型まではいかないものの中型のアラガミだ。それに比べて俺は小型のアラガミ。近くで見ると結構体格差がある。やっぱりこの体格差が戦力の決定的な差だよな。でかくて重くて速けりゃ体当たりするだけで勝てるし。
「ともかくよろしくな、サリエル」
「サリエル?」
何それ、と首を傾げるサリエル。
たしかによくよく考えればアラガミの呼称から始まり、全部人間側が勝手に付けた名前だった。
「お前の名前は? てかなんて呼べばいい?」
「お前でいいんじゃないの?」
「いやダメだろ。他の奴にもお前っていうし。お前だって俺以外に話せる奴がいたらアンタって言うだろ? ややこしいんだよ」
「ふーん、そんなの考えたこともなかった」
そういやまともに話す相手がいなかったらしいしな。それなら呼び方も呼ばれ方も考える必要がない。
「つまりは名無しか」
そう言うとサリエルは不満そうに頬を膨らませた。ホント仕草が幼いな。見た目は妖艶な美女といった感じなのに。
「そういうアンタにはあるの? その名前ってのが?」
「竜馬、これが俺の名前。ちなみに種族名はオウガテイルだ」
アラガミ名と言っても良かったが、それだとアラガミの説明までしなければならなくなる気がして止めた。
「種族名?」
「俺と同じ姿の奴をちらほら見たことがあるだろ?」
サリエルは頷いた。
俺の同属はどのフィールドにもいるからな。唯一の取り柄がこの順応性といえるかもしれない。たしかに子孫を残す上ではこの順応性は大事だろう。しかし、俺が生き残るという点においては正直心もとない長所だ。子孫が少なくても単純に強いから死なないっていうタイプが良かった。
「そいつらのことを俺も含めてオウガテイルって呼ぶんだよ。てか人間からはそう呼ばれてる」
「じゃあアタシにも種族名ってあるの?」
「ああ。それがさっき言ったサリエルだな」
「それってどういう意味?」
「堕天使の名前だな。ようは人間界に降りてきた天使だ」
神様に反旗を翻したもしくは罰せられた天使ともいえる。機嫌が悪くなりそうだから言わないが。
「天使?」
「神様、つまり人間が一番偉いと思ってるやつらの部下だ。ちなみに人間じゃない」
「すごいの?」
「まあすごいぞ。天使っていったら大体綺麗だし」
「綺麗?」
「……美しいってことだよ」
狙ってんのかコイツ?
にしてもいちいち単語を説明するのが面倒になってきたな。手軽に語彙を増やす方法はないものだろうか?
「へぇー。ちなみにアンタは?」
どことなく嬉しそうなサリエル。こいつ褒めまくってたら簡単におちそうだ。まあ、おとしてどうすんだって話だけど。
「オウガテイル。鬼の尻尾ってことだな」
言いながら俺は尻尾をサリエルに見せた。
「この尻尾の模様が鬼って奴の顔に似てるからって理由でこの種族名が付いたらしい」
「なんか微妙」
「うるせえな! 俺だってどうせなら神様の名前が良かったわ!」
ぶっちゃけた話、神様とか神獣レベルの名前が付けられてるアラガミってそこまで多くはないような気がする。総称がアラガミなのにな。俺の場合、種族名になった途端八百万の神から妖怪に落ちるし。いや八百万の神と妖怪じゃ言うほど大差ないか。
「でお前の名前に話が戻ってくるわけだが。サリエルじゃ駄目なのか?」
「それは種族名なんでしょ?」
「まあな。でもお前名前無いし」
「そもそも名前ってどうやって手に入れるのよ?」
「それは他の奴に付けてもらうとか」
「じゃあ、名前付けてよ」
「俺が? まあ別にいいけど」
ある種予想通りの展開だ。
それにしても名前か。そうだな、サリエルから取ってというか略して。
「リルとか?」
「それってサリエルからサとエをなくしただけじゃん。ヤダ」
まあ確かに安直過ぎたか。にしてもサリエルから取るのが駄目だとなるとな。
とりあえず特徴から考えて……魔眼? 魔眼っていうとメデューサとか? なんかアラガミとしていそうだな。そういえばメデューサの髪の毛をメディシュアナだかメデュシュアナなんて呼んでいたような。メデューサだと退治されそうだし、たしか一番の美点が髪の毛だったんだから美しくありたいこいつには丁度いいんじゃないか?
「メディシュアナでどうだ? 神様の怒りを買うくらい美しいって感じの意味なんだが」
半分嘘で半分ホントだ。いややっぱ八割は嘘だな。
「……うん。それならいいよ。メディシュアナね」
「そりゃ良かった。そんじゃ改めてよろしくな、メディ」
「メディ?」
「メディのが呼びやすい。言わば呼び名だ。俺だって本来の名前は新藤竜馬だけど長いから竜馬って呼ばれるし」
「そうなの?」
「そうだ」
サリエル改めメディシュアナ改めメディは考え込むような素振りを見せたが、「まあいっか」と言って顔を上げた。
「分かった。こっちこそよろしくね、リューマ」
「おう。頼りにしてるぞ、メディ」
基本戦闘は任せることになるだろう。俺弱いしな。
てか名前だけでどんだけ時間使ってんだか。
「さて、傷も楽になったことだし飯でも食わせてもらおうか?」
そう言って俺は立ち上がる。
痛みもなくなったし、ある程度は動けるだろう。
にしてもダメ人間のセリフだよなあ。
「いいよ。ちょっと待ってて。今から呼ぶから」
「呼ぶ?」
俺が頭に疑問符を浮かべているとメディは甲高い鳴き声のようなものを発した。一応、ゲームで聞いたような声だ。
しばらくすると一匹のザイゴートがこちらに近づいてくるのが見える。
なるほど。さっきのは仲間というか下僕を集めるための鳴き声だったのか。
まんまとやってきたザイゴートは上空から降り注ぐレーザーに成すすべなく落とされ、とどめに誘導レーザーを喰らって絶命した。
俺が喰い物を探し回った十時間余りの手間はなんだったのかと思ってしまう程のあっけなさである。
「食べないの?」
メディに促され、有り難く初のアラガミによるアラガミの捕喰をすることにした。
人だったものとして多少の抵抗はある。とはいえ腹が減って仕方ないし、早く喰わないとなくなってしまう。
俺は意を決してザイゴートにかぶりついた。
なんつーか普通、かな?
食感的には生肉に生卵を落としたような舌触りと噛み応え。風味としてはレーザーで焦げた肉の匂い。ただ味はなんというかあんまり分からない。コンクリを無味で食えたのだから、もしかするとアラガミの味覚は弱いのかもしれないと思いながら食っていると、三分の二ほど喰ったところでザイゴートの身体が崩れてなくなった。
なくなるまで三分ぐらいってとこか。一応、固体によって差があるかどうかも確かめときたいな。
「ふぅー、ごちそうさまでした」
「もっといるならまた呼ぶけど、どうする?」
「うーん。今はいいや」
ザイゴートがなんか可哀想だし。てか今の言い方からしてザイゴートはサリエル種に忠誠でも誓ってるのか? それでいいのかザイゴート?
てか初めてオウガテイルで良かったと思わされた。呼ばれて喰われるとか哀れすぎる。
食後の運動もかねて二匹で街をぶらぶらしているとメディは言った。
「これからどうするの?」
「とりあえず強い奴を喰って強くならないとな。このままだと延々お前にも迷惑かけるし」
今のままじゃ足手まとい過ぎて連携も取れないからな。
「でもその強い奴ってアタシが倒すんでしょ?」
「……ヒモですんません」
悲しい事実である。メディがいなければ小型アラガミ一匹仕留めるのにも苦労するのだ。
「ヒモ?」
「聞くな、なんでもない。ともかくどうかお願いします。メディだけが頼りなんだ」
「まあいいけど」
暇だしと言ってクルクル回りながらついてくる。俺よりでかくて俺より速く俺より小回りが利くとかなんでだよ。
「どうも。まあしばらくは主食ザイゴート。さしあたっての目標はヴァジュラ。その前哨戦でコンゴウ、グボロ、シユウだな」
その後、当然名前を知らないメディに説明する羽目になった。
コンゴウは猿みたいな中型アラガミであり、背中にあるパイプから空気の塊を打ち出したり、隙だらけの打撃技を繰り出したりしてくる。コンゴウより仁王という呼び方のが有名。ただ個人的に金剛力士像は好きだ。アラガミのコンゴウとは全く似てないけど。
グボロの正式名称はグボログボロ。聞きなれない名前だがアフリカの神話に登場する神様の名前らしい。魚みたいな見た目で額に砲塔があり、水球を飛ばしてくる。氷堕天グボロ、つまり寒い所にいるグボロはアラガミで一番美味そうな見た目をしている。つーか魚のくせに神様かよ。
シユウは格闘家っぽい構えと動きをする鳥人のようなアラガミ。カメハメ波よろしく手の平にエネルギーを集めて飛ばしてくる。ちなみに元ネタは蚩尤とか、詳しくは知らん。
こいつらを捕食できれば最低でも今よりは強くなれるだろう。
他力本願な作戦だが一番手っ取り早いのも事実。
「やるぞー。おー」
「おー?」
二匹の鳴き声が夜の街に木霊した気がした。
メデューサの髪の蛇はメデュシアナらしい。竜馬君はうろ覚えなだけです。
なんてことはさておき、次回はコンゴウ、グボロ、シユウの三本でお送りします。たぶん。