あれから三度ゴッドイーターの襲撃を受け、そのたびに逃げに逃げ続け、各所を点々と渡り歩いていた。ザイゴード包囲網も前より強化され、何か来た瞬間、即移動となるため相手が誰かも分からない。
「もーやだー! なんで私たちが逃げ回らなきゃならないの!」
そんな逃亡生活でメディのストレスも最高潮に達している。なにより心休まる暇がないというのが問題だった。
その上、今俺たちがいるのは雪が降る廃寺。メディが嫌いな場所の一つだ。
「仕方ねえよ。人間にとっちゃ俺らは敵なんだから」
「人間なんて一人も食べてないじゃん!」
その言葉はもっともだが、元人間の俺からすれば人間側の考えも理解できなくはない。知能の高いアラガミとか俺だったら真っ先に殲滅する。他のアラガミを率いているなら尚更だ。
「それでもだ。見た目ほとんど同じやつらが人間襲ってるんだからしょうがないだろ。まあ鬱陶しいっちゃ鬱陶しいが」
「でしょ。今度来たらやっちゃおうよ」
「無理だ。まともに戦ったら勝てん」
「なんでよ?」
「人間側でも一番強いやつがいるからな。そのチームのメンバーも協力してるってんなら尚更だ」
ソーマさんは確定として、残り三人が誰かだな。今がどの時期に当たるか分からないが四人で行動しているとなるとサクヤさん、リンドウさん、主人公、コウタ、アリサ、シオが候補だろうか?
いやエイジスの完成具合とか出会うアラガミの種類、ソーマさんの神機の色を見るにそこまで話が進んでいるわけではなさそうだ。そうなるとシオは除外して、アリサはグレーといった所。
希望的観測をいえばソーマさん主人公、コウタ、アリサが望ましく、リンドウさんとサクヤさんのカップルにはご遠慮願いたい。とはいえこっちがシールドアタックをする以上リンドウさんはともかくサクヤさんは確定だろうな。それに加えて遠近両方いける主人公とアリサが妥当といったところか。立ち直ったアリサだったら結構面倒だな。主人公はナイフ一本で頑張るとか縛りプレイをしてくれてると助かる。
「アタシとリューマなら勝てると思うんだけどな」
「奇襲出来れば勝てるかもな。でも人間相手だとそれが一番むずい」
ましてザイゴード包囲網を敷いてるせいでいるのはばればれだしな。ただザイゴートがいないと食料にも警戒にも困る。ほんとありがたい。
「とはいえ逃亡生活に飽きてきたのも事じ……シールド展開!」
言い終わる前、途轍もない悪寒に襲われ叫ぶ。
逃亡生活も長いため、メディもすぐさま障壁を発生させる。そのメディを背に乗せ、走り出そうとしたところで二発の銃声が上空から聞こえてくるのとほぼ同時に一発の銃弾と一本のレーザーがメディの頭を撃ち抜き、発生させていた障壁が消え失せた。
余りに突然の出来事と予想外の出来事に状況確認で手いっぱいだった俺の眼に上空から武器を構えたソーマさん、リンドウさん、サクヤさん、ツバキさんの四人が降ってくるのが写る。周りに背の高い建物などないのになぜと思ったが遙か上空を飛び去るヘリが見え、あそこから飛び降りたのだと悟った。
ソーマさんの刀身は黒い光を放っており、それがチャージクラッシュだと気付くのとほぼ同時に剣が振り下ろされる。
慌てて後ろに跳んだもののメディは前半分が肩からスカートまで一気に切り裂かれた。さらに追い打ちをかけるよう塀の上に着地したリンドウさんが塀を蹴り、チェンソーのような刃でメディの首筋を切り裂いていく。あのメデューサのように首こそ落ちなかったものの血が吹き出し、俺の背中から転げ落ちていった。
その光景は酷く、ゆっくりとしたもののように感じられ、降り立った四人など無視して彼女の名を叫んだ。
地面に横たわるメディの傷は再構成が必要だと思えるほど酷いもので、何度も何度も声をかけ続けるが返ってくる言葉はなくて。
ただ額にある大きな瞳と顔にある小さな二つの瞳は俺だけを捉え続け、そして閉じることもなく動かなくなった。
寒気がする。この雪が降る寺でも感じたことがないほど強い寒気。叫び続けていたはずなのに喉が震えることはなく、その代わりにただただ身体が震えた。
これで終わり? もうメディと話すことは出来ない?
「……まだだ。まだ終わらせねえ」
俺はゆっくりとメディに背を向け、ゴッドイーター達と向き合う。
メディの身体が再構成のため霧散するとして、それにかかる時間は約十分。それまでなにがなんでも捕喰させなければいい。
勝つのが理想だが、そんなことができるとは思っていない。俺がやられたとしてコアを取られるのは運任せだが、運が良ければまた二人でアラガミ生活を続けられる。
その可能性を少しでも上げるため、なんとしても十分間ここで持ちこたえなければならない。
俺はまるで戦闘を始めるアラガミのように雄叫びを上げながらどこか呆けた様子の四人の内、リンドウ目掛けて飛びかかった。
リンドウは慌てたようにステップで回避するが、距離を離されないよう彼に肉薄し、移動に合わせて振られる尻尾からは針を上空へ飛ばして他三人をけん制する。当然彼のブラッドサージと呼ばれるチェンソーのような剣が俺を切りつけるが、この身体は首が落ちても死ぬことは無いアラガミの身体。多少の傷は恐れない。一番大事なのは距離を離されないこと。そうすれば射撃による援護もやりづらくなり、刀身の大きいソーマの剣も援護が難しくなる。俺が大型のアラガミだったらこうはいかないだろう。
とはいえこれだけで十分持つとは思ってない。既に手は打ってある。
最初の雄叫び。あれはなにも気合を入れるためにやったわけじゃない。
メディが集め、逃げ回るうちに俺が育てたザイゴート十六匹を呼び寄せるためのものだ。
「全員! 毒ガス噴射!」
俺の叫びを合図に、いつのまにか上空に集まった十六のザイゴートたちが一斉に戦場へ毒ガスをばら撒いた。
俺も巻き込んで辺り一面毒の霧に満たされる。これで撤退してくれれば楽だったが、こっちにメディとザイゴートがいることもあり、デトックス錠ぐらいは持ってきていたらしい。俺と戦闘を続けているリンドウ以外は何かを呑みこむような動きを見せる。
「一番から四番は毒ガスを現状維持、それ以外は俺が戦ってる奴以外のだれか一人に対し四匹でかかれ。銃を持った奴には近接。剣を持ったやつには近づかずに攻撃しろ。ただしエアショットは使うな。毒が切れそうになったら一体ずつ近接チームと交代」
これ以上細かい指示は不可能だが、これぐらいはこなせるようになった。一番苦労したのは銃と剣の見分けだ。
それぞれ四匹が、ツバキとサクヤに対しては時間差で突進をしかけ、ソーマには時間差で毒の弾を撃ち出す。残った四匹は毒ガスを辺りに満たし続ける。屋内だったらよりやり易いが、ここでも塀があるため充分毒を溜めやすい。エアショットを禁止したのは毒を散らさないためだ。
相手にとって視界は最悪、さらにいくらデトックス錠をもっていても間に合わない程の毒の量。その点こっちには耳があり、毒への耐性もある。これぞヴァジュラをも封殺した毒霧戦法。これで駄目なら俺に手は無い。
こうなったらメインキャラだとか、物語の展開がとか言ってられねえ。死ぬ気はもちろん、殺す気で戦ってやろうじゃねえか。
一体どれだけの間戦ったのか。
最初の綻びはソーマによる突破だった。時間差で次々と飛んでくるポイズンショットを巧みに躱し、ザイゴート達を一撃で次々と撃破していく。そうする内にツバキとサクヤも余裕を取り戻し、ザイゴート達は瞬く間に落とされていった。
今となってはリンドウと交戦を続ける俺だけ。その俺も身体は血だらけの傷だらけ。それでもまだ倒れるわけにはいかない。俺が敗ければメディが捕食されてしまう。もうすでに霧散したかもしれないが、それを確認する余裕もない。
しかし、やはりリンドウは強かった。毒状態にもかかわらず、俺の攻撃は全て捌き切り、逆に俺を切りつけてくる。千日手のような状況から右前脚を切り飛ばされたせいで一気に距離を離され、その隙にツバキ、サクヤからの援護射撃が身を貫いた。
衝撃と痛みで倒れそうになる身体を必死で支える。元々は二足歩行、一本無くなったところで倒れる云われはない。
後ろ脚で思いっきり地面を蹴り、再びリンドウに接近する。その際振るわれた剣が頭の三分の一を削り取るが、それでもまだ動き続け、側面に回り込もうとしたリンドウを尻尾で攻撃するが盾に阻まれる。そして、それは悪手だった。尻尾で弾き飛ばしたことで再び距離が空き、銃弾が襲いかかる。
それでも、と思ったとき黒い光を放つ剣を構えたソーマの姿が目に映る。
そして、視界が真っ二つに分かれた。
「……くそっ」
視点が横倒しになっていき、なにも見えなくなる。
やっぱこの人達強いわ。でもまあ、やれることはやった。全力を尽くした。
でもやっぱ怖い。自分が死ぬのもメディを失うのもとても怖い。
あとは嫌いになった神に祈るだけ。
また彼女に会えますようにと。