東方影響録   作:ナツゴレソ

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7.5 月より紅く

 大図書館に鈍く湿った音が響き渡る。音の出処に目を向けると、床に一人の男が仰向けで倒れていた。赤のカーペットに赤黒い血だまりが広がっていく。鉄の匂いが吸血鬼としての本能を逆撫でするけれど、そんな衝動がつけ入る余地もないほどに私は呆然としてしまっていた。

 

「あ……、あ……」

 

 フランは言葉にならない声を発しながら、力が抜けていくように高度を下ろしていく。霊夢と魔理沙を含めた私達は思いもよらない出来事に誰も動けなかった。予想だにしなかった行動だった。どうして、彼はあんなことをする必要があったのか。

 いいえ、そんなことを考える以前に彼が生きているかどうかを確かめなければならない。咲夜かパチェならあるいは……と目配せするが、二人は力なく首を振るだけだった。

 

「ッ……!」

 

 人間は脆弱だ。あの高さから落ちて、生きられるのは空を飛べるものだけ。つまりあの男は……

 もっとも恐れていたことが起きてしまった。フランはいつか誰かを傷付けてしまう。それは運命の中で何度も見た悲劇だった。誰が死のうがどうでもいい。憐れみなんて一欠片もない。ただ自らの力を疎みフランは二度と地下室から出なくなる。そのことが堪らない。幾度も運命を変えようとした。けれど、何をしようが、何度繰り返そうが、行き着く終焉は同じ。

 

 

 

 私にはどうすることもできない運命は……まるで呪いだった。

 

 

 

 この呪いを解くために、私はフランを地下室に閉じ込めて時を待った。一度は霊夢と魔理沙に賭けたこともあったが、二人では彼女の心を一時的に満たすことしか出来なかった。

 諦めかけたそんな時あの外来人は現れた。僅かだけれど、彼は希望の未来を見せてくれた外来人。彼に賭けるしかなかった。たとえそのために幻想郷が滅びようとも、せめてあの子だけは幸せになってほしい。そんな真摯な願いを載せて、私は賽を振ったのだ。けれど結果は……このザマだ。

 

「……運命を操れようとも、私には賭けの才能はないようだわ」

 

 私は自嘲の言葉を吐き捨てる。何も意味もない。フランは血だらけになるのも構わず、物言わぬ死体を揺すって泣きわめいていた。

 

「ねえ……ホクト、起きてよ……さっきのは違うの、違うの……! あんなの私の願いじゃない……!」

 

 大図書館の床に降りた私は何と声を掛ければいいか迷う……いや、フランにもう声は届かないかもしれない。ならば、せめて最後に抱きしめようとフランに近付こうとする。

 その時、咲夜が目の前に現れて私を押し留める。邪魔をするなと言おうとするが、咲夜は口に人差し指を当ててそれも止めた。私にこの光景を焼き付けろというのか、酷な従者だ。私は従者が示したままに足を止め、フランの震える肩をただ見つめることしかできなかった。

 

「ごめんなさい、ホクト。ごめん、なさい……私が変わらないといけないって、ホクトも言ってたのに……」

 

 フランはただただ謝りながら北斗の亡骸に顔を埋める。痛々しくて見ていられない。私は犬歯がギリッと鳴ってしまうほど歯を食い縛ってしまう。

 

「私、約束するよ……頑張るから……変わるから……! だから……!」

 

 フランはまるで自分に言い聞かせるように呟く。小さな手で北斗の服を握りしめて、そして力一杯に叫ぶ。

 

「だから生き返ってよ! ホクトォッッ!!」

 

 それは叶うことのない願い。届くことのない声。真摯な感情を吐露する小さな少女の頭を大きな手が優しく撫でる。耐え切れず私は俯く……

 

「えっ?」

 

 思わずフランを撫でる手を二度見する。フランも信じられないように顔を上げて固まっていた。まるで咲夜の世界に入ったかのような静止時間の中、誰かが小さく声を漏す。

 

「嘘……」

 

 見間違いなどではない。確かに、血まみれで倒れていた青年が、フランを撫でていた。彼はフランの顔を覗き込み、暖かな淡い笑みを浮かべる。

 

「ほら、言ったでしょ」

「あ……」

「フランちゃんが変われば必ず願いも叶うって」

「うん……! うん!」

 

 フランは北斗の身体に涙でグシャグシャになった顔を埋めてて抱きつく。そこまでしてから、私はようやく動き出すことができた。

 

「……一体どういうことなの?」

 

 私は蘇生術でも使ったのかとパチェの方へ思い振り向くが、知らないと首を振っていた。その様子を見て、慌てた様子で咲夜が深々と頭を下げる。

 

「申し訳ありませんお嬢様。私は嘘をつきました。これは北斗が私に頼んだことなんです」

「北斗が頼んだこと……? 理解が追い付かないんだけど、どういうことかしら?」

 

 同じように呆気にとられていた霊夢と魔理沙も話を聞きに降りてくる。魔理沙が目を真っ赤にしているのを見て、慌てて私は袖で顔を拭い、鼻をすすった。そして八つ当たり気味に咲夜に命令する。

 

「と、とにかく一から話しなさい!」

「はい、私が北斗を助けた後、個人的にお願いされまして……『自殺のフリ』をするのを手伝ってもらいたいと言われたのです」

「自殺の?」

「フリぃ?」

 

 霊夢と魔理沙が口をへの字にして訝し気に首を捻った。私も、自分が変な顔をしているのがわかる。それを見た咲夜は一瞬だけ吹き出すが、すぐ元のすまし顔に戻って説明を始める。

 

「北斗が言うには、フランお嬢様に『失うことの怖さ』をお教えなるために、自分が死ぬところを見せるしかないとのことで、一芝居を……」

「『失うことの怖さ』ねぇ……」

 

 私はその言葉を反芻しながら、未だにフランに抱きつかれたままの外来人を見据える。北斗は私が恐れていたことを分かっていたのか……その上で、あえてそれをフランに見せて乗り越えさせようとしたのね。

 あの芝居も、空も飛べずあの高さから落ちる程度で死ぬ人間だからこそのものだ。失ってから気付く大切さ。それを自らの身を賭して、フランに教えたのか。

 しばらく咲夜の話を聞いていた霊夢は合点がいったようで、呆れたため息を漏らす。

 

「それで、北斗が落下したときに時を止めてちゃんと助けておいた訳ね」

「ちゃんと落ちているように見せながら、なおかつそれらしい音が鳴るようにするのは結構面倒でした。血の方はお嬢様のヘソクリの輸血パックを使うだけなので楽でしたが」

「ああー!! 私のお気に入りが!!」

 

 わざわざ熟成させるために隠しておいたのに……私がガックリ項垂れていると、浮かない足取りでフランが近づいてくる。隣には北斗がいて、その背中を押していた。

 

「……どうしたの、フラン?」

「お姉様……あと咲夜、パチェ、霊夢、魔理沙。あの、暴れてしまって、ごめんなさい!」

 

 フランは私達五人の前に立つと、意を決したように頭を下げた。突然のことに私達はつい顔を見合わせるが、フランは御構い無しに言葉を続ける。

 

「私、寂しいのが嫌でつい……だけど私、これから変わるから! だからお姉様! 私が変われたら……」

 

 フランは顔を上げるとぎこちない笑顔で言う。それは数百年もの歳月、待ちわびていた光景だった。

 

「お姉様と北斗と、パチェと咲夜とメーリンとこあと……ついでに霊夢と魔理沙もみんな一緒に! みんなでピクニックに行きたい!」

 

 その他愛もない願いに、私は胸がいっぱいになった。知っていた、けれど叶えられなかった妹の我儘をようやく聞いてあげられる。私は思いのままフランを抱きしめる。するとフランも恐る恐るだけど抱き返してくれた。

 

「ええ、そうね。きっとその願いも叶うわ……」

「……うん!」

 

 姉妹で静かに抱き合っていると、ふと北斗と目が合う。北斗は口の形だけで、よかったですね、と口走る。どうやら、私の謀はバレてみたいだ。なかなかやるわね、外来人。私は癪だけれど、一応礼を言おうとする。

 

「……イイハナシダナーで」

「終わるわけねぇだろ!!」

 

 が、その瞬間北斗が霊夢と魔理沙のダブルドロップキックを食らって本棚に突っ込んだ。落下の時より派手な音がしたが、北斗はすぐに起き上がって声を荒げる。

 

「……痛ぁ!! 落下の時より痛かったぞ!! てかなんで二人に蹴られないといけないんだよ!?」

「当たり前じゃない! 私の忠告を無視した挙句私達に何も言わずに危険なことをして!! ちょっとは相談するなりなんなりしなさいよ!」

「おまけに自殺のフリだぁ!? 人に心配かけるにも限度があるだろ!!」

「あ、いやぁ……何というか、説明する暇もなかったし、あれしか浮かばなかったし……」

 

 いつの間にか正座になった北斗を霊夢と魔理沙が見下ろして説教を始めていた。二人ともいつになく怒っている。ふふ、あの二人もなかなかどうしてお人好しね。なんて思っているといつの間にか話の方向性が変わっていっていた。

 

「……反省の色がまったく見えないわね。一体どうしてくれようかしら?」

「もう少し誠意を見せないと許せないぜ。例えば焼きプディングを奢るとか焼きプディングを送るとか焼きプディングを買いにパシられるとか!」

 

 焼きプリンしかないのか。まあ、確かにあれは美味しかったわ。思わず全部食べちゃったけど、ま、主は私だしいいわよね? パチェにもバレてなさそうだし!

 

「あ、レミィ。言いそびれていたけれど私、貴方が焼きプリン買ってくるまで許さないから。流石に全部食べるのは親友でも引くわ」

「パチェ、それを今言う!?」

「えーッ!! 私もそれ食べてみたいのにー!! お姉様の食いしんぼ!!」

 

 気付いた時には感動的な姉妹と親友の絆が焼きプリンのせいで破壊されそうになっていた。

 

「そんな……さ、咲夜ーッ!! 今すぐ買ってきて―ッ!!」

「お嬢様、今は深夜なんですからお店開いていませんよ?」

「いいから早くーッ!!」

 

 私の叫びも虚しく、結局北斗のように正座させられて、パチェとフランに説教を受けることになった。

 

 

 

 

 

「うー、何で紅魔館の主である私がこんな怒られないといけないのよ……」

 

 あの後小一時間ほど小言が続いた。日頃の鬱憤から最終的には人格否定まで散々言いたいことを言われ、流石の夜の王の私でも心が折れかけた。私はベランダで月光浴しながら一人自棄酒をあおっていると……誰かの足音が響いた。

 

「ふう……やっと見つけた」

「あら北斗、人間は寝る時間じゃないかしら?」

 

 突然現れた北斗に問いかけると、彼は疲れたように小さく笑った。いや、実際かなり疲れているのだろう。目の下にクマができている。

 

「自殺未遂した後に、ぐっすり眠れやしませんよ。それにレミリアさんと少しお話したかったですし」

「へえ、夜の王である私とね……」

「……今日のところはフランちゃんの姉であるレミリアさんに、ですけどね」

 

 そういうと北斗はベランダの手すりにもたれ掛かり、一つ息を吐く。随分手持ち無沙汰に見えたので、私は予備のグラスに赤ワインを注ぎ渡ぎ言葉と共に差し出した。

 

「……さっきは言いそびれたけれど、ありがとう。フランを呪いから解放してくれて」

「礼を言われることはしていませんよ。これはただの自己満足ですから」

 

 北斗はグラスを受け取りはしたが、ずっと水面を眺めて口を付けようとしなかった。自己満足……? どういうことかしら? 興味を持った私は北斗の言葉を静かに待つ。僅かな沈黙の後、おもむろに北斗が口を開く。

 

「……レミリアさん、俺はフランちゃんに自分を重ねていたんです」

「重ねる? まさか貴方も495年閉じ込められていたのかしら?」

 

 茶化してみるが、北斗は弱々しく首を振るだけ。とても、あんな大胆なことをやってのけたとは思えない。あまりにも力無い男がワインを舐めるように呑んでいた。

 

「閉じ込められたのはさっきのことです。そうじゃなくて、昔の自分に似てたんですよ。一人ぼっちで、何もしなかった自分に」

「……そう。だから同情して助けたと?」

「同情よりおぞましいものですよ。フランちゃんが救われれば、過去の自分自身も救われるんじゃないかと思ったんです」

 

 過去、ねぇ。それは忘れられたいと願った時の話か、それとも別の何かか。私にはフランの過去を知っていても、北斗の過去は知りようがない。彼が自分の過去をどうしようとしたかったなんて興味もない。私に言えることはひとつだけしかない。

 

「自分にも出来たみたいに偉そうに言って、自分の出来なかったことを人に押し付けて、それも全部自分のため。だから俺は……」

「だからどうした?」

 

 私は北斗の過ぎた自虐を遮る。自分を蔑むだけの苛立たしい言葉なんて聞きたくもない。この素敵な夜に相応しくない、無粋な行為だ。私はグラスのワインを飲み干してから、呆然と立ち尽くしている北斗を見遣った。

 

「お前がどんな理由で行動したなんてどうでもいいの。私にとってお前はフランを救った恩人で、フランの友人よ。貴方が何を言おうが、どんな思惑があろうが絶対に変わらないし変わらせはしない。そして、フランの恩人なら私の友人でもある。自らを貶める言動は友人の私の名誉も傷付ける。今後は止める事ね」

「…………」

 

 言いたいことすべて言ってやると、北斗は呆気にとられたようで目をパチクリさせていた。まるでシャキッとしない北斗の前に立つと、指を突きつけてやる。

 

「わかったら返事!」

「は、はい!」

「よろしい」

 

 私は頷いて、自分のグラスにワインを注ぎなおす。並々とグラスから溢れそうなほどに。わずかに外側を伝う赤い雫をはしたなく舐めって、私は再度北斗に向き直る。

 

「誰のために行ったかなんてどうでもいいじゃない。私利私欲に塗れた動機であろうと、誰かに偽善と言われようと、自分を偽るよりマシだと思うわよ」

「……なんだか悪役っぽい思想ですね」

「吸血鬼なんだから当たり前じゃない。それに幻想郷じゃこれくらいに考えてないと、振り回されてばっかになるわよ」

「それは……嫌ですね」

 

 北斗は頬を掻きながら、困ったように笑った。まるで覇気がない、ごく普通の人間のそれだ。運命を変えるような力を持った人間には到底思えない。私はそんな平凡な顔を見ていて、一つ悪戯を思いついた。

 

「北斗、指を出しなさい」

「指? 何でまた?」

「いいから」

 

 北斗は渋々ながらだが素直に右手の人差し指を差し出す。私はその指を手に取って、爪で浅く指の平を切る。北斗の顔が僅かな痛みに引きつった。

 

「いっ……何するんですか?」

「馬鹿ね。こうも易々と誰にでも従ってしまうから、振り回されてしまうのよ。ま、従順なのは好印象だけれど。犬みたいで」

 

 不満そうに睨んでくる北斗を無視して、自分のグラスに垂れ落ちる血を数滴入れる。それを見て、北斗は顔をしかめつつ首を傾げた。

 

「何の儀式ですか?」

「そうね……友情の誓い?」

「今作りましたね……?」

 

 北斗は傷付いた指を咥えながら肩を竦める。私はそれにウィンクで返事を返しながら、グラスを掲げた。

 

「それじゃ、新たな友人と共に過ごす月夜に乾杯しましょうか」

「……そうですね」

 

 北斗は少しぎこちない笑顔を浮かべながら、乾杯に応じる。そして私達は今宵の月より紅いワインを同時に傾けた。

 

「……お前の血、美味しくないわね」

「そりゃすいませんね……」

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