東方影響録   作:ナツゴレソ

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83.5 悲しみの雪

「異変を……起こす?」

 

 ホクトは呆然と呟いた。意味がわからない。きっと私と同じような気持ちだと思う。私なんて、二回聞いても魔理沙の言っていることの意味がよくわからないのだから。なんで、人間の魔理沙がそんなことをする必要があるの……?

 幸い、コイシと、えっと……ヌエも不安になってるようで、ちょっと安心した。私が、理解できないだけではないみたい。

 この中で唯一余裕そうな顔をしている魔理沙は何も言わずに箒を肩に担ぎ上げる。

 何気ない動きのはずなのに、私達は魔理沙の動きから目が離せなかった。きっとここの空気……ううん、霊夢と魔理沙との間に漂う息苦しい空気のせいだ。

 背を向けているせいで霊夢の顔は見えない。それが逆に嫌だった。どんな表情をしているのか……考えたくもなかった。ややあってから、魔理沙が息を飲んでから口を開く。

 

「……あぁ、私はこれからある実験をするんだ。内容はまだ言えないが……幻想郷の在り方変える大実験の予定だ」

 

 魔理沙は帽子の鍔を顔の前に引っ張る。そして、白い息を一つ吐いてから霊夢の方を見据えた。

「霊夢のことだ。その中身が何であれ、幻想郷がおかしくなる可能性があるならきっと邪魔するだろ?」

「当然よ。それが私の……存在意義よ」

「はっ、大袈裟に言いやがって……要はそうやって博麗の巫女としての決まった生き方しかできないってことだろ!?」

 

 魔理沙は喧嘩腰な口調で言うけれど、霊夢の背は微動だにしなかった。もしかしたら、顔は怒ってるかもしれないけど……

 また静かな時間がやってくる。気付けば空から雪が落ちてきていた。本当なら跳ね回って喜びたい。みんなで、一緒に……

 雪を見てるのが辛くて顔を伏せているとつむじあたりから咳払いが飛んでくる。魔理沙のだ。

 

「あー、なんだ……きっと私が黙って一人でやろうとしても、お前は必ず私のところにたどり着いちまう。ならはっきりと戦線布告してやろうと思って、ここに来たんだぜ」

 

 顔を上げると、魔理沙がいつもの表情で顔の横に垂らしたお下げを弄っていた。さっきまでの勢いはどこに行ったのか、行き当たりばったりだなって思った。

 けれど、そこが魔理沙らしい。パチェの図書館から本を盗んだりするくせにまどろっこしいことは嫌いで、常に誰かと全力でぶつかろうとしている。

 初めて私と出会った時もそうだった。私と本気で弾幕ごっこをしてくれた。

 きっと今の魔理沙も同じだ。もしかしたら、魔理沙は……

 

「そう……いい度胸ね」

 

 突然、底冷えするような声が境内に響く。霊夢がまるで狩りの体勢へ移った獣のように、だらりと両手を下げながら魔理沙を見据えている。

 温まりかけていた境内の雰囲気が、また冷たいものに変わっていくのがわかる。

 

「私は妖怪しか退治しない巫女じゃないわ。目の前で異変を起こすと言われて、見過ごす訳ないじゃない」

「はっ、だよなぁ……」

 

 霊夢の言葉で、空気が一気に張り詰めていく。魔理沙も諦めの表情をすぐに真剣なそれに戻す。

 ……弾幕ごっこは遊びじゃないといけない。確かお姉様が私に言ったんだっけ?

 みんながみんな本気の戦いを始めたら幻想郷のバランスは簡単に壊れてしまう。だから私は外に出せなかったのだと、説明してくれた。

 お姉様の言う通り、昔の私の力じゃあ遊びの範疇で済まなかった。弾幕ごっこをしても霊夢や魔理沙ぐらいじゃないと死んでしまうような弾幕しか作れなかった。

 そんな力を制御できていなかった私を倒せるほど強い二人が、本気で弾幕ごっこをしたらどうなるのだろうか?

 

「……みんな、下がって」

 

 ホクトがいつもより低い声で、私達を手で制しながら言う。程なく霊夢と魔理沙が同時に神社の上空へ浮かんでいく。

 重い空気がさらに大きくなる。いつ弾けてもおかしくない状況に、身体が竦んでしまう。

 妖怪なのに……ううん、妖怪だからこそ二人の本気を怖いと思うのかもしれない。異変を解決し続けた二人の、本気の戦いに、私は身震いしていた。

 

「『霊符「夢想封印」』!」

「『恋符「マスタースパーク」』!」

 

 二人同時にスペルを発動させる。

 極大の光線と無数の光弾がすれ違う。真昼の曇り空を眩い光が照らす。

 眩しいのは苦手だから思わず目を瞑ってしまう。直射日光じゃなかったら結構平気なはずなのに身体が焼けてそうな程の光だった。

 よく見えなかったけど、二人ともまったく同時のスペル発動だった。だからどちらも避けれず相打ちになったと思い込んでいた。

 けれど、光が収まるとわかる。二人とも無傷のまま弾幕ごっこを続けていた。

 霊夢は追尾してくるお札を乱れ打ち、魔理沙は箒の周り回転する魔法の玉からレーザーを放ち空中を封鎖していく。

 どちらも苛烈な弾幕を仕掛けているはずなのに、当たらない。

 霊夢はまるで来るのがわかっていたかのように、最小限の動きで躱していく。くるりくるりと宙を舞う姿は舞い散る花弁みたいだわ。

 対して魔理沙は高速で空を駆け回って、お札を振り切っていた。スピードだけじゃなくて急制止やターンを見せつけるように決めていく。

 どちらも魅せるような弾幕ごっこを展開していた。状況を忘れて見惚れちゃいそうなほどだった。

 ……そうならなかったのは、隣で見上げるホクトの表情が本当に辛そうだったから。つい私はホクトの服の袖を摘んで引っ張る。それでも……ホクトは二人の弾幕ごっこから目を離そうとしなかった。

 

「やっぱりしぶといな……こうなったら徹底的に力比べだぜ!『彗星「ブレイジングスター」』!」

 

 魔理沙が一気に勝負に出たみたい。愛用の箒の穂先から目を潰されそうなほどの光が溢れる。それに乗った魔理沙は高速の突撃を仕掛ける。

 対して霊夢は酷く冷たい表情のまま、静かにお札を周囲に展開させた。

 

「神技『「八方龍殺陣」』」

 

 一言呟いた瞬間、霊夢を中心に八角の結界が張られる。まるで魔理沙の行く手を遮るように。

 突き抜けようとする力とそれを拒む力がぶつかり合う。空気が震えるほどの衝撃が身体を打って、私はつい後ずさりしてしまう。弾幕ごっこをしているときは平気なのに……

 力の拮抗は長くは続かない。魔理沙の箒の先が花が咲くように割れ始めていた。勝負あった。霊夢の勝ち。そう思った瞬間、魔理沙が視界から消えた。

 

「えっ……」

 

 霊夢が短い声を上げて驚く。きっと霊夢とホクトは気付いたに違いない。

 瞬きする間に消えるこの光景を、私は見慣れていた。だからか、霊夢より早く、私達を覆うように影ができたことに気付く。

 

「……『魔砲「ファイナルスパーク」』!」

 

 気付いた時には空から全てを飲み込んでしまいそうな光の柱が、私達に向けて降り注いでいた。

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫か……?」

 

 目を開けると、ボロボロに傷ついたホクトが上空に向かって手をかざしていた。結界か何かで私達を守ってくれたみたいで、私とコイシ、ヌエは大して傷付いていなかった。

 一番ダメージが大きかったのは……

 

「……霊夢!大丈夫!?」

 

 コイシが心配そうにうつ伏せで倒れている霊夢に駆け寄る。けれど、霊夢は動く様子は全くない。息をしているのかも怪しいくらいのダメージを受けていた。

 結界で防御していたけれど、死角からの直撃だ。もしかしたら……

 

「……おい、魔理沙。何のつもりなのさ」

 

 ヌエが怒りを帯びた声音で問いかける。

 けれど上空から降りてきた魔理沙は何も言わずに、石畳を降りた。

 

「……魔理沙!」

 

 私も思わず叫ぶ。どうしてこんなことを……よりにもよって霊夢にするのかと。けれど魔理沙は私達に背を向けて、灰色の空を見上げる。ちょうど空からは雪が舞い落ちてきていた。

 

「……本当はな。ここに来たのは、私が霊夢を倒せるか知りたかったんだ。これから起こす異変をやり遂げられる証が欲しかった」

「魔理沙……一体何を起こすつもりなんだ……?」

 

 満身創痍の身体を引きずるようにして、ホクトが魔理沙の背に向けて質問を投げかける。それとほぼ同時に、身体を支えきれず片膝を突いてしまう。

 その音に反応して魔理沙は振り向きかけるけれど……歯軋りと共に動きを止めてしまう。

 

「私は、今の世界を……私の望む世界に変えてみせる。だから……」

 

 魔理沙はそれだけ言い残して、上空に飛んで行ってしまった。ヌエはすぐさま魔理沙を追いかけていくけれど、私とコイシはどうすればいいか分からず、立ち竦んでしまう。

 

「どうして、こんな……」

 

 コイシが自分を抱くようにうずくまってしまう。

 私も急に寒さを感じて、咲夜の編んでくれたマフラーをぎゅっと握り締めた。

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