東方影響録   作:ナツゴレソ

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85.0 冬の闇夜と好き勝手な奴ら

 冬の夜の澄んだ空気が頬を撫でる。真夜中、俺は博麗神社から少し離れた上空でこいしを待っていた。

 

「咲夜さんには一日安静にするように釘を刺されていたが、言いつけを破る形になってしまったな……」

 

 俺は屋根に雪が積もり始めた博麗神社を見つめながら、想いに耽る。

 神社を抜けだす前、霊夢の様子が気になって見に行ったのだが……生きているかどうかもわからないほど静かに眠っていた。死んでるんじゃないかと思って血の気が引いてしまったほどだ。

 まあ、起きているよりは心配する必要がないのはいいが……微動だにしない霊夢の姿は、今も俺の心を波立たせた。

 

「これからどうなるんだろう……」

 

 幻想郷は明日何が起こるかわからない場所だが、明日が来る事が怖いだなんて感じた事はない。当たり前の日々が瓦解していくような感覚に延々と背中を小突かれている。そんな心情を抱えたでは療養もする気になれなかった。

 行く宛なんてまったく考えていない。とにかく魔理沙を探していた。

 

「我ながら計画性皆無の行き当たりばったりの行動だよなぁ……」

 

 出掛けようとする俺を止めようとした火依も呆れていたっけな。ちょうどフランちゃん達と入れ違いで帰ってきた火依は貼り付けたような仏頂面をしていた。魔理沙の後を付いて行ったらしいが……その後の居場所は分からないとしか言わなかった。

 二人の間にどんなやり取りがあったのかはわからないが……少なくとも良い結果にはならなかったのだろう。

 

「きっと話してくれないだろうな……」

 

 つい、諦めの言葉を独りごちる。

すきっとどんなに探しても魔理沙は見つからないだろう。見つかってもまともに話ができないかもしれない。無駄足になるだろうことがわかっているのに……それでも動かずにいられなかった。

 異変を止めるべき霊夢が倒れ……そして異変を解決してきた魔理沙自身が異変を起こそうとしている。これは間違いなく、幻想郷の危機だ。

 

「俺がやらないと……ぬえの異変を解決した時のように、俺が……」

 

 自己暗示のように言い聞かせていると、目の前から見慣れない女の子がやってくる。

 かなり背の低い女の子だ。フランちゃんより幼く見えるかもしれない。金髪の髪に黒を基調にした洋服に赤いリボン……いやお札のようなものを身につけている。真夜中の空を飛んでいる少女……間違いなく妖怪だろう。少女は俺を見つけると両手を広げたままフラフラとこちらに近づいて来る。

 

「……こんな時間に空中をブラブラしてるってことは、お前は食べていい人間?」

「食べられたら困る人間だよ」

「そーなのかー」

 

 見た目通りの幼い口調で物騒な事を言うものだから内心で警戒していたのだが、女の子は気の抜けるような返事を返すだけで襲ってくる様子はなかった。ただの偶然の出会いなのかもしれないが、何となく彼女のことが気になった俺は自然と彼女に話しかけていた。

 

「君は……妖怪?」

「ルーミア。そういう貴方は人間?」

「輝星北斗。ただの人間だ」

「ふーん、そーなのかー」

「………………」

 

 噛み合ってるか怪しい会話だ。しかし、ルーミアと名乗った妖怪は気にした様子もなく、夜空を漂っている。ちゃんとものを考えて生きてるかすら怪しい言動だ。もしかしたらこいしより掴み所がないかもしれない。

 何とか言葉の接ぎ穂を探していると、いつの間にかルーミアちゃんはジッと黒い空を見上げていた。まるで月に引き寄せられているように月から目を外さない。

 

「……どうした?」

 

 問いかけても返事は返ってこない。何処で積もりかけた雪が崩れる音しか聞こえなかった。あまりにも熱心に夜空を見上げるものだから、つい俺もルーミアちゃんから視線を外して空を見上げてしまう。

 見事なまでの満月とオリオン座が目に入った瞬間、突然身体が真っ暗闇に包まれ身体が動かなくなる。

 

「なっ……」

 

 俺は思わず動揺の声すら上げてしまう。視界は塗りつぶされたような黒色に染まっていて自分がちゃんと空中に浮けているかすらわからない。

 これはルーミアちゃんの仕業だろうか? 彼女は妖怪と言っていたが、まさかこんな実力をもっているなんて……

 俺をどうするつもりだろうか?まあ、第一に考えられるのは『食事』だろうが……

 

「そんな硬い顔をしなくていいわ。別に取って食おうだなんて、思ってないから」

 

 突然耳元で誰かが囁く。ルーミアちゃんのものかと思ったのだが……その声には幼さはまったく感じられない。何処か空虚さを感じるような、甘ったるい声だ。

 俺は一度息を吐いてから、姿の見えない女性に尋ねた。

 

「誰ですか、貴女は?」

「だから硬いってば。本当に何もしないからさ。私はただ……そう、お礼を言いたかったの。貴方のお陰で久しぶりに『私』が『私』でいられているもの」

「……よく分からないですし、答えになってないですよ」

「女の子は秘密が多い方が魅力的なのよ」

 

 姿は見えないがどうもはぐらかされている。憮然とした思いを抱いていると、突然目の前の闇が薄くなっていく。いや、相変わらず黒一色のままの視界の真ん中から突然ゆっくりと誰かが姿を現したのだ。

 目の前に現れたそれは確かにルーミアだった。だが、あまりに違う。背丈も顔立ちも身にまとう雰囲気すらも別人のように成長したルーミアが闇の中に浮かび上がっていた。

 しかも、息が掛かりそうなほどの目の前に。長い睫毛の赤い瞳と目が合い、フワリとバニラの香りが鼻孔をくすぐってくる。

 緊張してしまっているのを知ってか知らずか、大人の姿のルーミアは舐め回すように俺を見つめて笑った。

 

「貴方、確か……輝星北斗、よね。私に似た名前だわ」

「似ている? どこがですか? むしろ違うところしかないくらい似ていないと思いますけど」

 

 俺は照れ隠しにつっけんどんに言うが、ルーミアは特に気分を害した様子もなく薄ら笑いを浮かべていた。そして俺から距離を取ると両手を大きく広げて見せる。

 

「ルーミアというのは、どこかの言葉で光を意味するの。星の輝きは闇があるからこそ見える。光があるからこそ闇が際立つ……ねえ、似ているでしょう?」

「よくわかりませんけど……この空間は貴女が作ってるってことでいいんですか?」

「ノリが悪いわねぇ……ま、そういうことよ。『闇を操る程度の能力』……格好いいと思わない?」

 

 中二病臭いと思う……とは面と向かって言えないな。しかし、闇を操るときたか。

 ……そういえば今も周囲の風景が暗闇に包まれているが、ルーミアの姿だけはっきりと見える。これも彼女の能力の一つってことなのだろう。と、そうやって周囲を観察していると、闇が段々薄くなっていき景色がうっすら見え始めていることに気付く。これは……

 

「あらら、もう時間切れか。もう少し持ってくれたら色々お話しできたのに……まあ、また今度に取っておきましょうか」

「はぁ……結局何がしたかったんですか?」

「最初の頃とは大違い。ただの顔見せよ。いずれ訪れる終焉の時に初めましてじゃ恰好がつかないじゃない」

「終焉の……?」

 

 終焉の時、それに似た言葉をどこかで聞いたことがある。たしか、あれは……記憶を辿ろうとするが、それより先に目の前が再度真っ暗になる。そしてまた耳元でルーミアがそっと優しい口調で囁いた。

 

「今は気にしないでいいよ? そのうちすぐ会えるから。またね、北斗。博麗の巫女にもよろしく言っておいて」

「ちょ、ちょっと待てください! 訳のわからないことを言いたいだけ言ってどっか行かないでください! せめて何か一つくらい説明を……」

 

 俺はつい頭に血が上って、声を荒げてしまう。だが、それは冬の夜の中に吸い込まれていくだけだ。周囲には視界を遮っていた闇もルーミアの姿もない。

 衝動的に蹴り上げた足も空中ではまったく手応えがなく、苛立ちを加速させるだけだった。青娥といいルーミアといい……どいつもこいつも言いたいことだけ言って何も教えてくれない。

 好き勝手言うだけなら巻き込まないでくれ、俺を利用したいだけならはっきりそう言ってくれ。どうして俺なんだよ。そんなに『影響を与える程度の能力』が欲しいのか? だったらもし、俺がこの能力を失ったら……

 

 

 

 俺に何が残るんだよ。

 

 

 

 

 

「北斗、暗い顔してる」

 

 俺はしばらく何もする気も起きず、ボーッと宙に浮かんでいた。そうしていると不安そうな声が俺の意識を引っ張り出した。声の方を向くとこいしが俺がいる位置よりやや低い高度から、顔を覗き込みながら瞳を震わせていた。

 

「……こいしか」

「何か、嫌なことがあった?」

 

 こいしは外套の袖をキュッと握りしめながら問いかけてくる。それに俺は言葉を詰まらせてしまう。誤魔化そうするか、正直に喋ってしまうか迷ってしまったのだ。何て言おうか、必死に台詞を考えていると……

 

「……あれ、フランちゃん?」

 

 唐突にこいしが不思議そうに首を傾げる。その方向を向いてみるとフランちゃんがフラフラと足取りの悪い飛び方でこちらに来ていた。神社からではなく、紅魔館がある方から来たってことは……魔法陣を使わなかったのか。

 何だか訝しい。俺とこいしの方からも、フランちゃんに近付く。昼身につけていたマフラーもつけていない。実に寒そうな姿をしている。

 俺達の姿に気付いたフランちゃんは袖で顔を拭ってから、俺の身体に飛びついてくる。それを受け止めながら慌ててフランちゃんの顔を覗き込んだ。

 

「ふ、フランちゃん!?」

「あー、フラン! なんて羨ましいことを!」

 

 こいしが空気を読まず声を上げるが、俺はそれを無視してフランちゃんの頭を撫でる。そして出来るだけゆっくりと優しく話しかけた。

 

「どうしたの、フランちゃん?魔法陣も使わずにこっちに来て……しかもそんな寒そうな格好で」

「………………」

 

 問いかけても答えは帰ってこない。俺はすっかり冷え切ってしまったフランちゃんの身体を撫でつつ、こいしのジト目に耐えつつ、待っていると……

 

「ホクト、私……」

 

 しばらくしてからフランちゃんが胸元に顔を埋めたまま、くぐもった声で呟いた。

 

「私、家出してきたの……」

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