東方影響録   作:ナツゴレソ

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110.0 秘密と嘘

 薄霧の中、その少女は輪郭のボヤけた紅魔館を背に白い息を吐く。そして右手に持った大幣で膝を払うように振ると、俺を見つめ小さくはにかんだ。

 

「ここにいれば、きっと会える気がしてました」

「……俺も、ここにいるのは早苗だろうと思ってた」

 

 嘘じゃない。レミリアさんに言われた時から、微かに予感はしていた。あのメンバーの中で、魔理沙の事情を知っていそうなのは早苗ぐらいだ。だからこそ、早苗は魔理沙の側に付いたのだろうから。

 早苗は俺の言葉にほんの少しだけ頬を赤らめながら、口元をマフラーで隠す。

 

「そんなキザったらしい言葉、センパイには似合わないですよ」

「それを言ったら、早苗だってらしくない顔してる」

 

 茶化すように言ってみせるが、ただの誤魔化しだ。らしくない、なんて俺が勝手に言ってわかったようなふりをしているだけだ。

 幻想郷に来てから……いや、高校時代から早苗は胸に俺の味方だった。そんな彼女が、今、目の前で敵として立ち塞がっている事実を、まだ受け入れられていないだけ。だから俺は、未練がましく問いかけてしまう。

 

「そんな悲しそうな顔をしてまで、そっち側に立つ意味はあるのか?」

「……センパイが諦めてくれたら、全て済むことです」

「済まないよ。理由もわからないのに、俺は引けない。いや、たとえどんな理由があっても、止まるつもりはない」

 

 俺はもう、魔理沙やレミリアさんを信じ、その上で戦うと決めた。それに天子や霖之助さん、阿求さんにフランちゃん、そして……霊夢。沢山の明日を願う人達との約束を、期待を、裏切る訳にはいかない。

 今更後に引けるわけがない。そうはっきり宣言しようとしたその直前、僅かな間隙を突いて早苗が首を振る。寒空の中、キラリと光る雫が水面に落ちていく。

 

「違うんです! 私だって本当は、話したい……! 全部打ち明けられたら、きっとセンパイは止まってくれる、のに……」

「……早苗?」

「話せないんです……! 約束、したから。絶対にセンパイにだけは、知られたくないって……」

「それは……魔理沙が、言ったのか」

 

 俺の問いに、早苗は否定も肯定もしない。ただ胸元で大幣を握り締め、顔を伏せていた。

 早苗は迷っているのか。俺に話すべきかどうか、誰かとした約束を果たして破っていいのかどうか。俺だって本心は、早苗やレミリアさん達を納得させられる程の理由があるなら聞きたい。だが……魔理沙達を信じると言った手前、今更聞く必要がないのも確かだった。

 

「俺は……」

「………………」

 

 俺と早苗はお互いに向かい合ったまま、交わす言葉すら見つけられないまま、ただただ霧の中で迷っていた。

 レミリアさんはここに来れば魔理沙の真意がわかると言った。ならばもし、俺が何か一言掛ければ早苗は答えてくれるのかもしれない。でもそれでいいのだろうか? いや、早苗にこんな想いをさせてまで聞く必要は、きっと……ない。

 いつものそれより溜息っぽく、白い息を一つ吐き出す。それを聞いた早苗はハッと顔を上げた。

 

「早苗。もう、いいよ」

「センパイ……?」

「話さなくてもいい。早苗が、そんな顔してまで約束を破る必要はないよ」

 

 俺はそう言って、ゆっくりと早苗の方へ飛んでいく。距離が近くなっていくにつれ、早苗の瞳が揺れてゆくのがわかる。俺は出来るだけその姿を見ないようにしながら、早苗の横をすり抜けて行こうとする。しかし、そんな俺の右腕を早苗が両手で掴んだ。

 まるで氷に触れたのかと思うくらい、その手は冷たかった。きっと、ずっとここで待っていたのだろう。つい、俺は動きを止めてしまう。

 

「けど、それじゃあセンパイは、止まってくれない……!」

「………………」

「それじゃあ駄目なんです! それじゃあセンパイは……! お願いします、行かないでください。お願い、します……!」

 

 早苗は俺の腕に縋りながら、切々と懇願していた。俺の方は一切見ず、ただ頭を下げて動かない。握る手はあまりにも弱々しく少し振れば簡単に振り払えてしまうが……手の甲に当たる涙が、それを許さなかった。

 後輩の今まで見たことない姿に、俺は頭から冷水を掛けられたような思いになる。約束は破れない。けれど、魔理沙を止めさせたくない。早苗は二つの想いに板挟みになりながら、必死になって俺の腕を掴んでいた。それが痛いほどわかって……

 

「早苗、俺は……!」

「センパイ、お願いします。私を……信じて……!」

 

 振り払えない。振り払えるはずがなかった。早苗は外の世界からの唯一の知り合いであり……大切な人だ。今、この手を振り払ったらもう、俺は俺を許せなくなる。

 ……それでも俺は魔理沙を止めないといけなかった。そう約束した。だから俺は、せめてもの抵抗として早苗の手に自分の左手を重ねる。

 

「……早苗、離れてくれ。俺が今日で、魔理沙を止めないとまた霊夢が時間の中に取り残されてしまう。もうあんな思いさせたくないんだ。だから、頼む。手を離してくれ」

「霊夢、さん……」

 

 なんとか説得しようとした矢先、急に早苗の両手が緩み、自然と腕が解放される。呆気なく離れた手の感触が不思議で、何事か思った俺は早苗の様子を伺うが……彼女は項垂れたまま動こうとしなかった。

 そんな早苗を無視して先を行くことなんて出来るはずもない。凍えそうな大気の中、早苗の次の言葉を待つ。しばらくして、早苗が僅かに顔を上げながら尋ねてくる。

 

「霊夢さんは……この時間が、終わることを望んでいたんですか?」

「……あぁ、約束もした。この異変を終わらせて、霊夢を救ってみせるって」

 

 唐突な質問に話すべきか少し迷ったが、俺は包み隠さず全て打ち明けることにした。それぐらいしか、彼女に真摯になれる方法は残されていなかった。

 ……それにしても、どうして急に霊夢の事を聞いたのだろうか? 急に様子が変わった早苗を不自然に思っていると、彼女はゆっくりと俺の後ろ、紅魔館の方へ飛んでいく。

 

「……霊夢さんの嘘吐き」

「えっ……?」

 

 北風が聞き逃してしまいそうなほど小さな声を運んでくる。それが耳に届いた瞬間、早苗の背後に幾条もの光線が走った。

 

「なっ……早苗!?」

 

 不意を突かれた俺は思わず宙を蹴って背後に飛ぶ。ほぼ同タイミング、烈風と共に光弾が耳の先を掠めた。

 俺は鋭い痛みに顔をしかめながら、両手を使ってお札を乱れ撃つ。が、それは早苗の背後から吹く強風によって速度を削がれてしまい、いとも簡単に五芒星の結界で防がれてしまう。

 ある程度距離を取ったところで、俺は声を張り上げる。

 

「何のつもりだ早苗!? それに霊夢が嘘吐きって……」

「聞きたかったら私を倒して、霊夢さんに直接聞いてください! ただし、センパイは……私がここで止めます!」

 

 訳も分からぬまま、早苗は袖からお札を取り出し空中にばら撒き始めた。

 霊夢が嘘吐き? どういう事だ? それに早苗もいきなり攻撃してくるし……クソッ! 何が何だかさっぱりだ。それでも今は早苗の相手をするしかない。

 内心で悪態を吐きながら、俺は天狗の翼を広げ全速力で早苗に体当たりを仕掛ける。

 

「ッ……烏天狗の翼も!?」

 

 ギリギリのところで避けられるが、その余波に煽られた早苗はひるむんで動けていない。

 すぐさま反転、ガラ空きの背後に再度突貫を仕掛ける。が、突然格子状の弾幕が目の前に展開され壁となって立ち塞がる。さっきばら撒いていたお札か。

 俺は一瞬だけ翼で急ブレーキを掛け、すぐさま軌道修正。格子状に編まれたビームの隙間を縫って抜けようとする。

 

「逃しません! 『秘法「九字刺し」』!」

 

 が、格子の幅が急激に狭まる。慌てて再度ブレーキを掛けるが、翼を使っても速度を殺しきれない。なら……

 

「『夢葬回帰』!」

 

 ぶつかる寸前、七つの否定結界を生み出し、その一つを右手に掴んで格子に叩きつける。否定結界を押し付けられた格子は極彩色の光を撒き散らしながら、大穴が穿たれる。

 このまま早苗にぶつけてやるつもりで進むが……格子を抜けた先は、巨大なジャングルジムの様に格子の弾幕が立体的に組まれていた。その中心に居座る早苗と視線が交差する。

 

「早苗……!」

「止めると言いました。どんな手を使っても!」

「ッ……! 勝手に自己完結して!」

 

 感情剥き出しの叫びと共に残り六つの否定結界を放つ。まるで花の様に球型の結界が四方に散り、格子を破壊しながら彼女を執拗に追尾していく。

 早苗はすぐさま方向転換し、否定結界を振り払いに掛かる。移動スピードは速くはないが、素早いターンやステップを使い、格子の隙間を縫いながら紙一重で躱している。

 流石霊夢や魔理沙に負けないと言っただけはあるが……否定結界に気を取られ過ぎだ。

 

「人間の女の子相手にうまく加減出来るか分からないけど……」

 

 天狗の翼と足に力を溜め、否定結界が作った飛行ルートをしっかり確認する。少しでもズレたり勢い余ってしまったら、ビームに直撃だ。慎重かつ大胆に……行く!

 宙を蹴ったと同時に翼をはためかせ、一気に推進力を得る。そして何重も張り巡らされた格子を抜け……緑の髪の少女に迫る。

 

「ッ……センパイッ!」

 

 咄嗟に早苗が振り向き様に大幣を薙いでくる。体術は苦手なようでキレはない。腰の封魂刀を抜いて弾くのは造作もない。飛行速度の乗った剣撃は早苗の体勢を大きく崩し、隙を作った。

 すぐさま近付き、取っ組み合いに持ち込む。苦し紛れに振るわれた右腕を掴み、無理やり手繰り寄せる。鼻に息がかかる程の距離で、封魂刀を突きつける。だが、早苗は顔をそらすそうとはしなかった。空いた左手でお札を取り出しながら、毅然と睨んでくる。

 

「降伏しろ、とでも言いたいんですか?」

「さあな。そんなことより、さっきの話だ。霊夢が嘘吐きってどういうことだ?」

「霊夢さんはセンパイに騙されています。センパイに何も言えない私が、言えた立場じゃないですが……大事な、隠し事をしてるんです」

「隠し事って、何を根拠に……!」 

 

 俺は動揺を押し殺しながら、否定しようとする。本当は早苗が人を貶める様な嘘を付くなんて……疑いたくない。だが、霊夢が俺を騙していると、信じたくもなかった。

 そもそも霊夢が隠し事をしているとして、なんで早苗がそれを知っているのだろうか? 何か早苗が気付くようなことを俺が言ったか? ただ霊夢を救う、って……

 

 

 

 その時、ある想像が頭を過る。とても気持ち悪い、過ぎた妄想だ。

 もし、もしも『霊夢が吐いた嘘』の正体こそ、『魔理沙の目的』だとしたら。霊夢も、魔理沙も、早苗も同じ隠し事をしているとしたら……『俺にだけは言えない嘘』だとしたら!

 

「……隙があり過ぎです。『蛇符「バインドスネークカモン」』!」

 

 唐突に真下から水柱が上がる。思考に気を取られていた俺は、水流の勢いにたまらず早苗を突き飛ばしながら背後に飛び退く。それを見越したかの様に、水柱から白蛇の形をした弾幕が幾つも飛び出してくる。あの水柱からして早苗の罠だったか!

 高度を上げ振り切ろうとするが、蛇を模した弾幕らしく執拗に追ってくる。俺は舌打ちをしながらそれらに指を突きつける。

 

「この……! 『秘法口伝「五芒星結界」』!」

 

 指先で五芒星を描き霊力を流し込む。瞬く間に巨大な障壁が形成され、蛇の大侵攻を一手に食い止める。光で視界が数秒飛び、僅かな隙が生んでしまう。湖に帰っていく白蛇の群れに紛れて駆ける彼女を、見失ってしまう。

 

「……ッ!?」

「『秘術「グレイソーマタージ」』!」

 

 至近距離。早苗が大幣で五芒星を描き、巨大な星型の弾幕を生み出す。マズい、近過ぎる。避けようにも障壁を解かなければならないし、もう一枚障壁を貼る時間も……!

 ……必死に策を考えるが何も浮かばない。俺はなすすべもなく、星型の弾幕が迫ってくるのを見つめることしかできなかった。

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