東方影響録   作:ナツゴレソ

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12.5 死して知れ

「まったく幽々子様ったら、思いつきで小説が読みたいなんて言い出すんですから困ったものです。貸本屋も開いてないし、後はここぐらいか……」

 

 私は思わず愚痴をこぼしながら魔法の森の入口にある道具店、香霖堂の前に降り立つ。確かここには本も置いてあったはず。魔法の森へと日が沈みかけているけれど……店仕舞いはしてない様だし、駄目元で寄ってみましょうか。

 そう考えながら私が店の中へ入ろうとしたとき、何者かが凄い勢いで店から飛び出てくる。

 

「ちょ、危ないじゃないですか!」

 

 私は尻餅をつきかけて、思わず声を荒げてしまう。すると飛び出してきたやや細見の男性は、動きを止めギロリとこちらを睨んできた。

 平凡な顔つきだけれど、その眼窩は暗く不自然なほど険しい表情をしている。左手には漆塗りの刀を持っているのが如何わしさを助長させていた。柄が少し長い。長巻直しかしら?と、観察しているうちに男はお詫びの一言もなく魔法の森に走り去ってしまった。

 

「まったく失礼な……」

 

 気を取り直して店に入ろうとするが、その入り口から頭から血を流した店主霖之助さんとその肩を支える翼持ちの妖怪が現れる。私は慌てて今にも転びそうま霖之助さんの身体を、名も知らない妖怪と一緒に支えた。

 

「どうしたのですかその傷は!? もしかしてさっきの輩は強盗……!?」

「君は……妖夢さんだっけか。僕は大丈夫だ。頭の傷は派手に見えるからね。それより彼を……」

「彼を捕まえればいいのですか!?」

 

 私は店主を店の壁に寄り掛からせてから森へ逃げた男を追おうとするが、それを霖之助さんに手で制される。

 

「違うんだ……彼を助けてくれ……! 彼は……何かに憑り付かれている……!」

「憑り付かれている……!?」

 

 私は店主の突拍子もない話に、眉をひそめた。

 

 

 

「事情はわかりました。その北斗さんという人は刀を持った途端豹変して、貴方を襲ったのですね」

「ああ、襲うと言っても刀の引っ張り合いになって棚に叩きつけられた程度だけどね」

 

 私は店の前で妖怪と一緒に傷の手当てをしながら、霖之助さんから話を聞いた。あそこから北斗さんという方を追っても間に合いそうになかったし、彼が入ったのは危険と言われている魔法の森だ。何かに憑かれていても、身体は人間、気持ち悪くなってすぐ出てくるはずだわ。

 

「しかし、封魂刀に封じられたもの……おそらく悪霊の類でしょうが、どうして霖之助さんを狙わず、北斗さんを狙ったのでしょう?」

「僕にもわからない。半人半妖だから耐性でもあったのかも……む!」

 

 唐突に霖之助さんが身を起こして声を上げる。顔を上げると、森の奥から先ほどの男、憑依された北斗さんが戻ってくるのが見えた。口を押えながら苦しそうに咳き込んでいる。案の定森の胞子を吸い込んだのだろう。

 

「好機!」

 

 霖之助さんが言うには北斗さんは何故か空は飛べるが、普通の人間らしい。それならば取り押さえるのも難しくない。まずは封魂刀とやらを奪う!

 私は素手で憑依された北斗さんに挑み掛かろうとする。

 しかし男が封魂刀を抜いただけで、その剣圧に足が止まってしまう。ずぶの素人だと侮っていたのだけれど、構えを見てわかる。北斗さん、もしくは憑依しているものの実力かは分からないが、それなりにはやるようだ。

 

「どうした、素手で来るのではないのか?」

 

 若い彼から発せられたとは思えない重苦しいしゃがれ声だ。耳を舐められた様な湿った不快な声に、私は腰を低く構えながら吐き捨てるように言葉を返す。

 

「逃げ出した上におめおめと戻ってきたやつが随分余裕があるわね」

「くけけ……言ってくれる。身体が馴染むまで無理をしないつもりだったのだが……興が乗った」

 

 安っぽい挑発を受けた男はだらりと下げた刀の切っ先を突きつけながら、口角が裂けんがばかりにニヤリと笑った。

 

「小娘と若造を八つ裂きにするだけなら、この身体でも造作もないだろうさ!」

「ぬかしていろ」

 

 私も白楼剣を抜き構える。白楼剣は迷いを断つ刃、北斗さんに憑りついているのが悪霊ならばこの剣で切れば成仏させられる!

 お互い、構えたままジリジリと距離を詰める。西日を浴びながら悪霊は刀をゆっくり刀を上段に持っていき……

 

「ッ!?」

 

 刃を傾け光を目にぶつけてきた。咄嗟に思いついて出来る事ではない、やはり剣の扱いに慣れている。邪道の剣だが!

 不覚にも一瞬怯んでしまい、間合いを詰められるが仕掛けてくれるならば逆にやり易い。私は構えを崩さず見切るのに集中する。その姿を見た悪霊は……また不気味な笑みを浮かべて、いつの間にか左手に握りこんでいた砂を投げつけてきた。

 

「くっ!」

「妖夢さん!」

 

 霖之助の悲痛な声が耳に届く。二度の目つぶし、まさに徹底的だ。しかし……所詮は邪道。小手先だけの小賢しい足掻きだ。

 

「目を潰せば勝てると思っているなら、二流ね」

 

 私は目を瞑ったまま、五感を研ぎ澄ます。風を切る刃の音、剣圧が、禍々しい気配が教えてくれる。上段からの叩き切り。

 

「はっ」

 

 息を吐くと同時に踏み込み、横薙ぎに胴を切りつける。腕に手応えが伝わる。あばら骨の一本は折っただろう。元々白楼剣は切れ味を抑えてある。あくまで迷いを切るためのものであって、他のものを切る必要はないからでしょうね。

 これで悪霊は成仏、もしくは消え失せただろう。私は顔の砂を拭って目を開ける。背後、お互いに背を向け合うような形で、北斗さんが片膝を突いていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 私は憑依の解けた北斗さんの肩を持とうとする。しかし、その肩が低い笑い声と共に上下する。

 

「なっ!?」

 

 私は反射的に距離を取った。すると、北斗さんは緩慢な動きで起き上がり、首だけ傾けてこちらに目を向けてくる。明らかに常人の動きではない。まだ憑依が解けていないのか!?

 

「なるほど……青二才と思ったら、そうでもないらしい。しかし、俺はツイている」

「憑いてる? 分かりきったことを言うな! 北斗さんから離れなさい!」

「くけけ、あまりに希薄な精神だから試しに変わってみたら、なかなか頑丈じゃないか。少し鍛え足りないが……伸び代があっていいことだ」

 

 北斗さんに憑いた何かは確かめるように拳や足を動かす。よく見れば確かに鍛え抜かれた、という訳じゃないけれど何かしらの心得はありそうな体つきだ。

 

「『変わってみた』……? ふむ、お前は封魂刀に封じられた悪霊じゃないのか?」

 

 霖之助さんが状況も弁えず、憑りついた何かに問いかける。すると男はピタリと動きを止め、緩慢な動きで霖之助さんに向き直った。

 

「答える必要はない。んだが、この数百年間ずっと誰かに聞いてもらいたかったんだよ。くけけけ!」

「そうか、なら私が聞き相手になろう」

「霖之助さん!?」

 

 私は思わず抗議の声を上げるが、それを霖之助さんが手で制す。眼鏡を指で押し上げ、横目で私に視線を向ける。

 

「その剣……白楼剣は迷いを断つものなのだろう? なのにあれは切れなかった。ならばあれは霊の類ではないのだろう」

 

 白楼剣の能力を知っていることに一瞬驚いたが、彼の能力を思い出す。『道具の名前と用途が判る程度の能力』か。霖之助さんは真剣な表情で、取り付いた者に向かって話しかける。

 

「まず一つ、君は何者だ? 妖怪か?」

「妖怪だって? くけけけけ! よしてくれよ、あんなバケモノと一緒にしないでくれ。俺はただの人間さ。少し人の道から外れたな」

「人……だと。ならばどうやって北斗君の身体を操っている?」

「北斗……? ああ、この身体の元持ち主か。別に操っているわけじゃないぜ。そもそもその『北斗ってやつの意識はこの身体にはない』んだよ」

 

 意識が、身体にない……? まさか、それはつまり……

 

「北斗さんを殺したのか」

「人聞きが悪いな。まだ殺してないぜ……俺は命は大事にする人間なんだよ。他の奴のも、自分のも!」

 

 自称ただの人間は刀を地面に突き刺し、両手を天高く掲げる。日は沈みきって、店の中から漏れる僅かな光が男の狂気的な笑みを照らす。

 

「俺はな。死にたくなかったんだよ! 特に老いぼれてなすすべなく死ぬことなんて御免だと思った! だから『この封魂刀に自らの魂を封じた』のさ! 同時に誰かがこの刀を取ったとき『刀の中の俺の魂と、刀を取った人間との魂を入れ替える』秘術を掛けてな!」

「魂の……」

「入れ替え、ですって」

 

 私と霖之助さんは思わず唖然としてしまう。妖怪も目を見張っていた。馬鹿な、そんなことがただの人間に出来るのか……?

 

「まあ、厄介な奴にそれがバレて刀ごと封印されちまったが……数百年掛かってようやくそれも緩んできてな。今、お前たちはそれを目の当たりにしてるって訳だ」

 

 首を鳴らしながら男が言う。しかし、奴が言うことが正しければ……

 

「お前のいうことが正しければ北斗君は……」

「くけけけけけけけ! そうさ、この刀の中だ! 秘術は俺が掛け直さない限り一度しか使えねえ、だからお前らが心配している北斗君はずっとこの中で生きるってこった!」

「なんて……ことを……」

 

 霖之助さんは、腰を抜かすように崩れた。私も怒りと嫌悪感に突き動かされるがまま背の楼観剣に手を掛けそうになる。

 私達の反応を見て、男がねっとりとした動きで首を捻った。

 

「そんな反応するなよなぁ……これはアイツの為でもあるんだ」

「何……?」

「秘術の副作用でコイツの魂に触れたんだが、こいつ死にたがってたぜ! 今すぐこっから居なくなりたいってよぉ! だからコイツを選んだんだよ! 刀の中でずっと生かせてやるんだよ! そうすりゃ死にたいなんて馬鹿な気持ちも矯正されるだろうさ。逆に強くなるかもしれないがな! くけけけけけけけけけけけけけ!」

 

 男が耳障りな高笑いを上げる。もう我慢の限界だ。この邪悪、外道を今すぐ切らないと私の気が狂ってしまう! 迷いはない。私が楼観剣を抜き、一刀の元に切り捨てようとしたその時……

 

「言いたいことはそれだけかしら?」

 

 フワリと、夜の闇から私の前に紅い巫女服が舞い降りた。

 

「霊夢!? どうしてここに!」

「どうもこうもないわよ。北斗が一人で買い出しに行って、夕方になっても帰って来ないから仕方がなく探しに来たのよ。そしたら面倒なことに巻き込まれてるし……本当に、トラブルを呼び込む体質よね」

 

 霊夢は面倒そうに愚痴を零している。相変わらずの呑気さだけれど、そんな彼女の無駄話を聞くつもりはなかった。私は霊夢を押し退けて、北斗さんの姿をした男へ向かっていく。

 

「ちょっと妖夢! 何するつもり!?」

「切ります。それが彼へのせめてもの弔いになります」

「アイツ切ったら本当に北斗が死ぬじゃない! 切るならアイツの魂だけにしなさい」

「……はい?」

 

 霊夢が平然と放った言葉に、私は一瞬ポカンとしてしまう。思わず霊夢を二度見してしまう。

 

「……いや、見てたかどうかは知りませんが、あいつは霊ではないので切れませんでしたよ」

「あらそう、けどアイツの魂を抜いた後なら切れるでしょ」

 

 その言葉に誰もが固まる。魂を、抜く? そんなことが出来るのだろうか? 北斗に乗り移った者の、狂気の顔も明らかに引き攣っていた。

 

「いきなり現れて面白いことを言うな。巫女さんよぉ」

「そうかしら? 随分笑いのツボがずれてるのねぇ」

 

 霊夢の人を小馬鹿にする様な言葉に、二ヤついていた北斗の顔をした男は青筋を立てる。そして、ややしてから不気味なほど冷静だった男が突然声を荒げた。

 

「死にてぇようだなアマぁ! まずはお前を八つ裂きに……」

 

 狂気のまま男が刀を引き抜こうとするが、その動きが唐突に止まってしまう。見回すと、男の足元にお札が置かれており身体を縛っていた。以前見たことがある。霊夢のお札による捕縛術だ。

 

「な、この……!」

「アンタ、さっき自分をただの人間だと言ったわね」

 

 霊夢が靴を鳴らしながらゆっくりと男に近づいていく。その立ち振る舞いは以前戦った時の霊夢とは違う。少なくとも私が見たことない雰囲気を、彼女は身にまとっていた。

 

「ただの人間はね、死からは逃げられないの。そして……」

 

 霊夢は握りしめていた拳を解くと右手で北斗さんの胸倉にそっと触れ、そしてまた握りしめる。

 

「だからこそ必死で生きるのよ。それをやめた貴方は人じゃない。だから、私が……博麗の巫女が護る必要もない」

 

 ああ、そうか。霊夢は怒っているのだ。北斗さんは死にたいと願っていながらも生きている。なのに、この男はそれを平然と笑った。自らの死を棚に上げて、滑稽だと嘲笑ったのだ。許されるはずもない。

 霊夢は北斗さんの身体の中心を穿つように掌底を放った。その瞬間、北斗さんの身体からするりと人魂が飛び出す。

 

『な……馬鹿な! どうして俺の身体が見える!? 何故宙に浮いてる!?』

 

 人魂は状況を受け入れられず、空中を彷徨っていた。霊夢はそれを耳障りな羽虫か何かの様に。鬱陶しそうな手付きで払いながら言う。

 

「魂抜きしただけよ。本当は僧侶がやるものなんだけど、お祓いとやることは大体一緒だからね」

『馬鹿な……墓や仏像じゃねぇんだから人の魂を人の身体から抜くなんてこと……』

「普通はできないわよ。ただ、他人の身体に入ったアンタの魂なら簡単よ。魂と身体がまったく結びついていないもの。相性悪かったのね、アンタ達」

 

 霊夢は煽るだけ煽ると、北斗の身体を背負い……きれず半ば引きづりながら香霖堂へ向かっていく。霖之助さんと妖怪も起き上がって、北斗さんを運ぶのを手伝おうとする。が、当然男がこのままおめおめと引き下がるはずもなく……

 

『ふざけるなよクサレ巫女……ならばまた身体に入り直すだけだ! くけけけけけ!』

 

 背後の人魂は狂ったように空中を飛びまわり、そして北斗さんに向かって突進していく。私はその間に割って入り、白楼剣を振り下ろした。感触はない。ただ男の不愉快な声が耳に届くだけ。

 

『が……嘘だ……俺が……俺が、死ぬなんて……嫌だああああああああっっっっ!!!!』

「そう、よかったわね」

 

 私は残心そこそこに白楼剣を鞘に戻して吐き捨てるように呟く。

 

「死んでようやく、死後の楽しみを知れるわよ……って、もう聞こえないか」

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