東方影響録   作:ナツゴレソ

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21.0 天魔と奇跡

 天狗。飛行速度は妖怪トップクラス、身体能力、妖術共に強力なもの持っており、妖怪の中でも上位の強さを持つ強敵。

 一応霊夢達から話を聞いていたが、百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。今更後悔する。初の実戦に選ぶ相手ではなかった、と。

 

「やっ!」

 

 椛さんが鋭い踏み込みから横薙ぎに刀を振るう。咄嗟に封魂刀でいなすが、すかさずもう一歩踏み込んでから切り上げてくる。迷いが一切ない、そして速い!

 これも何とか弾くが、力負けして体勢が崩れてしまう。あんな細腕のどこにこんな力があるのか不思議でならない。

 

「もらった!」

「……ッ!」

 

 トドメとばかりに振り下ろされた袈裟斬りを全力の飛行能力で背後に跳んで躱す。冷や汗が噴き出る。あともう少し遅かったら竹の様に綺麗に真っ二つにされていただろう。

 背後にあった川を滑る様に飛んで、川の真ん中あたりで止まると、椛さんが剣を構え直しながら鼻を鳴らした。

 

「ふん、空も飛べるのね……」

「一応、嗜みとして、ね!」

 

 俺は言葉を言い切らないうちに刀で水面を掬い上げ、飛沫をぶつけようとする。

 あっさり盾に阻まれてしまうが、不意は突いた。僅かに俺が視界から消えたはずだ。我ながら手口がズルいが、なりふり構っていられない!

 

「行くぞ、『護符「博麗印の妖怪バスター」』!」

 

 俺は懐からスペルカードとお札を抜き発動させ、突撃する。対して椛さんは冷静に盾を前に構えて身構えると……俺が間合いに入った瞬間、刀を振るってくる。

 それを椛さんを飛び越えるように宙返りで躱そうと試みるが……肩口にほんの僅かな痛みが走った。だが、身体は動く。

 

「はッ!」

 

 身体を無理やり捻って向きを変え、椛さんにお札を叩きつける。瞬間、電撃にも似た衝撃が走る。そして放たれた矢の様に椛さんが川の中へと弾き飛ばされた。

 流石霊夢作のお札だ。妖怪を否定し拒絶する護符……妖怪バスターの名は伊達じゃない。念のためチラリと肩口の傷を見てみるが、かすり傷程度だ。問題ない。ほっとけば血も止まるだろう。

 さて、あれくらいで倒れるとは思えないけど……俺は警戒しながらゆっくりと川に近付いてみる。

 

「『狗符「レイビーズバイト」』」

 

 突然、足元が揺れ地面が盛り上がった。反射的に後ろに跳ぶと、鋭い牙のような弾幕が地面から飛び出てきて、上下からすれ違うように眼前通っていく。

 身体が反応した時には既に弾幕が視界を埋め尽くしていた。近過ぎて避けれない! 俺は身体を縮こめて、ガードする。

 息が止まるほどの衝撃、痛みと共に視界が歪む。気付けば俺は砂利と苔だらけの地面を転がっていた。土の味に顔をしかめていると……椛さんの声が耳に届く。

 

「……一撃入れたことは評価するけど、脆弱過ぎるわね。そんなことで天狗に挑もうなんて、一世紀早いわ」

 

 人間は一世紀も生きていられないんだが……俺は内心でツッコミながら気力を振り絞って立ち上がる。

 対妖怪戦においては体力を削るより相手の精神を疲弊させないと勝ち目はない、とレミリアさんからレクチャーされている。なら根競べでも負けたらもう勝負にならない。それにまだ俺は実力を出し切っていない!

 俺は大きく息を吐いから歯を食いしばって、お札をあらん限り乱れ撃ちする。狙いはつけない。とにかく近付けさせないことを優先だ。

 案の定単調な攻撃は盾で、刀で、身体の動きで躱されてしまうが……それでいい。勝つための僅かなチャンスが作る!

 

「悪あがきなんて……見苦しい!」

 

 椛さんが苛立って強引に踏み込んでくる。

 動きが雑になったこの一瞬! これを待っていた! 俺は封魂刀をオーバースローでぶん投げる。それと同時に上空高く飛び上がる。

 

「なっ!?」

 

 流石の椛さんも獲物を投げつけられて驚いたようで、盾を大きく前に出して防いだ。甲高い金属音と共に封魂刀がどこかに飛んでいくが……それでいい。これはあくまで牽制。本命は……

 

「『乱符「ローレンツ・バタフライ」』!」

 

 スペルの宣言と共に背後に小さな弾幕が展開され、俺の周囲を回っていく。それは歪んだ8の字の様にも、蝶の羽の様にも見える。

 上海の蝶の羽ばたきが、ニューヨークで嵐を巻き起こすか。パチェリーさんから借りたカオス理論についての本の中に掛かれていた図から思いついたスペカだ。ま、図の意味は分からないかったが。

 周囲を回っていた弾幕が一斉に放たれると、それは次第に分裂し、厚い弾幕へと変化する。蝶の羽ばたきの様に小さな弾幕が、嵐のような高密度のそれになり襲いかかる。しかし、細かな動きで躱され、外れた弾幕が水面で弾けて水柱を上げる。

 

「くそ、人間なのにこんな……『山窩「エクスペリーズカナン」』!」

 

 対抗して椛さんも刀をかざして弾幕を放ってくる。渦巻きのような円形の弾幕群だ。俺はそれを大きく回り込むように避けながら、負けじと弾幕を放つ。

 視界は二人の弾幕で埋め尽くされている、ギリギリの回避、光の饗宴、チカチカと頭の中で火花が散っている。俺は弾幕を掻い潜り、椛さんに急接近する。

 

「それは無謀よ!」

 

 椛さんが直接ぶつける様に円形の弾幕群を撃つ。俺はそれを……敢えて正面で喰らった。身体が裂けそうな痛みを堪え、構わず椛さんに目掛けて最大速度で飛び込む。俺の弾幕は椛さんには終ぞ当たらず、水柱を高く上げる事しかなかったが……

 飛沫で目を、水の匂いで鼻を、水面の破裂音で耳を、少しの時間だが3つの感覚を失った椛さんは俺を見失ったようでキョロキョロと探していた。

 

「くっ、どこだ!?」

 

 犬の様に身体を振るって、飛沫を落としながら辺りを見回していたが……野生の感か、こちらに目を向けてくる。

 

「下!?」

 

 当たり。だがもう遅い。俺は水中でスペカを見せつけ、川の中から飛び出した勢いのまま蹴り上げる。その勢いのまま、まるで車輪の様にサマーソルトを一発、二発、三発決めて、最後の蹴り上げを……

 

 

 

 空振る。

 

 

 

 空虚な感触に俺は呆然としてしまう。

 その刹那の時間、走馬灯の様に霊夢との特訓を思い出す。何度やっても当たらない霊夢のスペルカード、『神技「天覇風神脚」』の最後の一発。霊夢は三発当てるだけでも凄いと言ってくれたが、出来ないのが悔しかった。

 そんな時、霊夢が呆れながらも掛けてくれた言葉が頭の中で残響し広がっていく。

 

「それは私の技よ。真似は許すけどアンタはアンタの技を作りなさいよ」

 

 

 俺の……技! 咄嗟に空中で、身体のベクトルを固定する。まるで地面が在るかのように左足を踏みしめ、右足を全力で振り下ろす。

 

「『裏技「天崩昇連脚」』」

 

 全体重を乗せた渾身の踵落としは白狼天狗の身体の芯を捉え、川の中へと叩き込んだ。

 

 

 

 

 

「……はぁ、しんど」

 

 俺は空中で軋む身体を擦りながら、溜まった疲れを溜息として吐き出した。サマーソルトで三回転した勢いをわざわざ急停止して止めて踵落としを撃つなんて非合理な技だ。四発目を当てる練習を続けようと心に誓いながら、刀を拾いに地上に戻ろうする。

 その時、真下の水面が爆発し、椛さんが飛び上がってくる。目がギラギラ輝いている。まだやる気か。

 

「今のは効いたわ……けど、ここを通しては白狼天狗の名が廃る!」

 

 椛さんに弱った様子はまったくみられない。むしろ完全に目が覚めたと言わんばかりに闘志を燃やしていた。

 だが、こちらとしてはあれで参ったと言われなかったらどうしようもない。スペカは使い切ってしまったし、身体は満身創痍一歩手前。悔しいがここで降参するしか……

 

「はいはーい、そこまでよ」

 

 諦めて両手を上げかけた寸前、目の前にフワリと鴉の羽が舞う。いつの間にか俺と椛さんとの間に長い黒髪の女性が降り立っていた。

 霊夢達ほどじゃないが、若い女性だ。飄々とした表情をしているが、その目は鷹の様に鋭い。存在感を体現したような大きな黒の翼は、無知な俺でも彼女が射命丸さんや椛さんより上位の存在だと知らしめていた。

 

「ててて、天魔様!? どうしてここへ!?」

 

 テンマ様……って何者だ? 空中に浮かんだまま首を傾げていると、その天魔様と呼ばれた女性はこっちを少しだけ振り向き、柔らかな笑みを浮かべた。

 

「ちょっとした気まぐれよ。それより椛、この勝負は残念ながら貴方の負けよ」

「そんな!? どうしてですか!?」

「人間の北斗ちゃんがあんなカッコよく決めたのにそこから復活なんて空気読めてないもの。あれはあれで終わりでいいの」

 

 女性はまるで子供の駄々のような理屈を並べていく。味方してもらっていて何だが、かなり横暴な理論だ。あと北斗ちゃんて……

 俺は内心困惑しながらも、テンマ様と呼ばれた女性に話しかける。

 

「あの……俺の事どうして知って……」

「ん? 私は風に乗った声を聞き、千里の見通す目を持つ天狗の社会のトップよ? それくらい知らないと天狗の名折れ、鼻折れよ。それに君はあの霊夢の……おっと、これは言っちゃ駄目か」

「………………? なんだかよく分かりませんが、俺が勝ちというなら守矢神社に入りたいんですけどいいんですか?」

 

 本人の話では天狗のリーダーらしいし一応確認を取ってみたのだが、天魔さんはひらひらと面倒くさそうに手を振った。

 

「あー、全然いいよー! そもそも、この厳戒令も新参者が好き勝手やって、他が同調してるせいだし。私、何にも言ってないのにねぇ」

 

 厳戒令? 新参者? 事情はよく分からないが、適当な人だ。トップがそれでいいのだろうか? 拗ねた子供のような言い方をしていた天魔さんだったが、ふと真剣な表情になる。

 

「ただ一つ、これから貴方の行動で幻想郷が、貴方自身が大きく変わっていくわ。それの責任をしっかり受け止めるだけの覚悟はしておきなさい」

「……はい」

 

 含みを多く感じる物言いだったが、俺は訳が分からないながらも素直に頷いた。すると、天魔さんはにっこりとした笑顔になって頭をわしゃわしゃと撫でてくる。

 

「よーし、いい返事だ! これから頑張るんだぞ~!」

「え、いや、あの、頭を撫でるのは……」

 

 二十代そこらで頭を撫でられると本気で恥かしいから止めていただきたい。頭を逸らして逃げると、天魔さんは名残惜しそうにしていた。

 

「んー、そろそろ戻らないと怒られそうだから行くね。椛、今後は彼が山に来たらお前が傍についてやるように」

「え!? そんな無茶苦茶な……」

「長のめいれーい! 以上! じゃね!」

 

 天魔さんの無茶振りに椛さんは今にも泣きそうな声で抗議するが、その声が届く前に天魔さんは手を振りながら消えてしまう。実力者なのはわかるが……何とも緩い。

 残された俺と椛さんとの間に気まずい雰囲気が流れる。鴉天狗は嵐のようにしか去れないのだろうか? 俺は咳払いを一つして恐る恐る椛さんに話し掛ける。

 

「えっと……正直こんなことになって悪かったと思うけど、神社まで案内してくれる?」

「……はい」

 

 椛さんは耳も尻尾も力なく垂れ下げながら、泣く泣くといった様子で頷いた。

 

 

 

 

 

 もう歩く理由もないので椛さん先導で飛行して頂上まで登ると、あっという間に神社が見えてきた。

 湖畔に寄り添うように建てられた美しい神社だ。博麗神社に比べたら新しく綺麗だ……なんて言ったら霊夢がヘソを曲げてしまうかもしれない。

 

「すみませんが、これ以上は貴方だけで行って下さい。少し事情がありまして……」

「いえ、十分……十二分です。ありがとうございました。あと、俺に対しては別に敬語なしでもいいですよ」

「……そうもいかないんです! それでは!」

 

 椛さんは終始不機嫌な様子で、さっさと帰って行ってしまった。正直、あの戦いは天魔さんが介入しなかったら俺が負けていただろうし、不機嫌になるのも無理はない。

 だから今度はせめてちゃんと勝てる様に頑張らないとな。再戦の機会があるかは分からないが。守矢神社は博麗神社の倍以上はありそうな大きさだった。これが神様がいるかいないかの差か……

 ちなみに霊夢曰くいるらしいけど正体がわからないらしい。それはもう神社と言えるのだろうか? 格差をしみじみと感じながら鳥居を通ろうとすると、一瞬肌が泡立つような悪寒が走る。

 

「これは……結界?」

 

 一度霊夢がパパラッチ避けだとか言って張ったやつを通った時の感触に似ている。あの時は確か、侵入者が分かるみたいなやつだったが……土曜のものだろうか?

 

「ついに攻め込みましたか、天狗共!」

 

 そんな考え事をしていると、唐突に耳に聞いたことのある声が響く。懐かしいような昔の記憶だ。声の主は神社の前、境内の真ん中で仁王立ちしていた。

 

「って、一人ですか。随分私も舐められたもの、で……」

 

 自信満々に捲し立てていた、その子の言葉が突然途切れる。お互いに目が合ったからだ。

 やや釣り目気味だが丸っこく大きな瞳。風、もしくは新緑の木々を思い起こすような髪の色。

 

「あ……」

 

 これまでたびたび幻想郷で感じていた既視感が頭を駆け巡る。弾幕も受けてないのに視界が揺らいだ。

 

「そん、な……どう、して……」

 

 目の前の彼女も口を押え、目に涙をいっぱい溜め、今にも感情のダムが決壊しそうになっていた。何処かで見た表情、あの時、彼女が言ったのは……

 

 

 

 

 

 さよなら。

 

 

 

 

 

 そう、二度と会えないから、さようならと言ったんだ。今までどうして忘れていたのだろうか。俺の、命の恩人……

 

「……東風谷?」

「セン、パイ……?」

 

 その名を呟いた瞬間、頭の中でカチリと錠が開いた音がしたような気がした。

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