東方影響録   作:ナツゴレソ

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24.5 夜明け前のソーダ

 頭が割れるように痛い。気分が優れなかった。硬い床の感触がやけに気になって、堪らず目を開けると見慣れない古びた天井が映る。そういえば私、博麗神社に泊まらせてもらってたんだっけ……?

 

「うぅ……もう朝……?」

 

 グワングワン揺れている視界で、なんとか起き上がって辺りを見回す。

 

「うわぁ……」

 

 死屍累々といった有様で、全員畳に倒れて眠ってしまっていた。どうしてこんなになるまでお酒を飲みたがるんですかね……私には一生分かりそうにないを。

 部屋の中はまだ暗いけれど、障子紙は宵闇色に染まり始めていた。もうすぐ夜明けみたいだ。

 

「……そういえば、北斗センパイは?」

 

 辺りを見回すが見当たらない。記憶があやふやだけど、お酒飲んで騒いでいた時もいなかった気がする。気になるし、二度寝する気分でもない。私はセンパイを探すことにした。

 寝ている人を跨がない様にしながら静かに障子を開けて縁側に出る。するとセンパイが柱に寄り掛かって、夜明け前の空を何をするでもなく、ただジッと眺めていた。

 

「センパイ……ずっと起きてたんですか?」

「ん、東風谷か。いや、さっきまで寝てたよ」

 

 センパイが少し困ったような顔で言う。

 多分嘘だ。昨日だってあまり眠っていないみたいだったし……センパイの性格からしてそれで心配をかけさせたくないのだろう。ここ最近の出来事が気になって眠れないということならいいのだけど、もしかしたらずっと寝てないんじゃ……そんな私の心配をよそにセンパイは立ち上がる。

 

「喉乾いただろ、ジュースでも持ってくるよ」

「え、ジュースなんてどうやって手に入れたんですか!?」

 

 私はつい、寝ている人がいるのを忘れて大きな声を出してしまう。

 人里には精々水菓子を売りまわっているくらいで、ジュースを売ってるところなんて見たことがない。そもそも幻想郷ではそれを作る方法だってないでしょうし……

 

「紫さんとこの式に頼んだら外の世界の物を買ってきてくれたんだ。過度に利用するのは幻想郷のバランスがおかしくなるらしいんだけどね……ちょっと待ってて」

 

 センパイはそういうとそそくさと台所へ行ってしまう。しばらく縁側に座って待っていると、センパイお盆に湯呑みと丸型のペットボトルを持って来た。

 

「湯呑みで悪いな。本当は井戸水で冷やした方が美味しんだけど……」

「いえ、久しぶりに炭酸ジュースを飲めるだけでもうれしいです!」

「それはよかった。何本かストックがあるから、よかったら持って帰りな」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 センパイはプシュっと音を鳴らしながらペットボトルを開けて、湯呑みにソーダを注いでいく。手渡された湯呑みの中でシュワシュワと気泡が音を立てていた。

 口を付けると、爽やかな甘みと炭酸が口の中で弾ける。懐かしい味だ。

 

「おいしい……」

「久しぶりに飲むと美味しいよな」

「そうですね……学生の頃を思い出します」

 

 私は感慨深い思いでソーダを飲む。本当に、懐かしい……もう二度と戻れない、永遠の思い出だと思っていた。

 『奇跡を起こす程度の能力』を持つ私が信じられないような、奇跡。それもこれもセンパイの、『影響を与える程度の能力』のお陰だ。

 

「……けれど」

「うん?」

「い、いえ、なんでも……」

 

 私は慌てて出かけた言葉を飲み込んだ。

 ……けれど、その奇跡を招いたセンパイの力が、センパイを苦しめている。そう思うとやりきれなくて、大したことも出来ない私が歯がゆかった。切ない気持ちで湯呑みの中で気泡が浮かび上がっているのを眺めていると、センパイが思い出したように口を開く。

 

「そうだ、東風谷。夕食前に話した時何か言いたそうだったけど、何だったんだ?」

「えっ!? いや……その……」

 

 私はしどろもどろになってしまう。その姿をセンパイが不思議そうに見つめてくる。

 ど、どうしよう……? 幻想郷に来て変になったとか思われたくないし……ええい、ままよ! ここは思い切って言ってしまえ!

 

「せ、センパイ!」

「え、何?」

 

 緊張のあまり声が裏返ってしまった。センパイも何事かと目を丸くしている。

 私は顔から火が出るような気持ちを深呼吸を二回して何とか落ち着かせる。そしてセンパイの顔を見つめ……るのは恥ずかしいから顔を伏せて、何とか口を開く。

 

「わ、私のことも……早苗って呼んでください……その、私だけ苗字なのは変ですし……」

 

 つい言い訳を付け足してしまう。けれど、ついに、い、言ってしまった……! あのときは霊夢さんとの対抗意識が燃え上がっていて一気に言えそうだったのに……二人きりのタイミングで言ってしまったせいか、身体が燃えそうなほど熱くなっていた。

 センパイはキョトンとした顔で首を傾げてたけど……

 

「わかった。早苗って呼べばいいのか」

 

 名前を呼ばれただけで心拍数が跳ね上がり舞い上がってしまいそうになる。私は必死にそれを押えながら、頷く。

 

「え、ええええぇ……すごくいい、じゃなくてそれでいいです。今後はそれでお願いします」

「わかった、早苗」

 

 キャーッ!! 思わず、悶えて床をゴロゴロしたい衝動が湧いてくる。落ち着くためにと、無意識にニヤついてそうな顔を隠すために湯呑みを傾ける。しばらくそれを繰り返し、なんとか一息吐いたところでおもむろにセンパイが口を開く。

 

「そうだ、えっと……早苗、ちょっと頼みがあるんだが……」

「え、あっ、はい! 何ですか?」

「うん、試したいことがあるんだけど……」

 

 

 

 

 

 それから、時間はあっという間に過ぎて……正午。

 人里の入口、そこに神子さんが現れた。神子さんの取り巻き二人や白蓮さんと命蓮寺の妖怪も来ている。私達六人と向き合う姿はまるでギャングの抗争みたいだ。

 真昼間だというのに野次馬は誰もいない。里は驚くほど静まり返っていた。

 

「どうやら逃げずにきたようだな。輝星北斗」

「逃げると思ってたんですか。心外ですね」

 

 神子さんの言葉に、センパイは不敵な笑みで返す。相手はかなりの実力者なのに随分落ち着いている。かっこいい……

 

「あれから私も流石に一日で結果を出せと言ったのは早計過ぎると思ってな……待ってくれというなら待つぞ」

「必要ないです……今出来ないなら今後も出来ない。そう思ってくれて構いません」

 

 センパイははっきりした声音で断言する。あの、優しくて気配りが上手いけど何処か頼りないセンパイが実に強気だ。

 神子さんはその言葉に一瞬固まるけれど、すぐに笏で口を隠しながら笑った。

 

「ふ、そうかもしれんな。それでは見せてもらおうか、君の信仰を!」

「わかりました……しかし、それには神子さんに手伝っていただきたいことがあります」

 

 水を差すようなセンパイの言葉に、神子さんの隣にいた物部布都さんが騒ぎ出す。

 

「なっ……太子様の手を借りるだと!? 貴様何と無礼な……!」

「下がれ布都。いいだろう。私は何をすればいいのかな?」

 

 神子さんは布都さんを制すとセンパイへ問いかける。口の端が吊り上がっている。期待……というより興味津々といった笑みを浮かべていた。

 センパイは大きく息を吐いて、スペカを取り出して神子さんに見せつけた。

 

「弾幕ごっこのお相手をしてもらえませんか?賭けるものは、なしで」

 

 その言葉にほぼ全員が耳を疑った。計画を聞いていた私も神子さんを指名するとは思わず、びっくりしてしまう。ただ霊夢さんと神子さんだけが静かに静観していた。魔理沙さんが慌ててセンパイに向けて叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっと待て北斗! いくらお前が白狼天狗に勝ったとはいえ、調子に乗り過ぎだぜ。幾ら何でもこいつを相手にするのは……」

「わかってる。俺だって勝てるとは思ってないさ。だけど、俺の信仰は弾幕ごっこでしか見せられないんだよ」

 

 センパイは神子さんから視線を外すことなく、言葉を返す。無謀と自覚していながらも、それでも強気な態度を崩すしていない。その様子を見ていた神子さんが、突然高笑いした。

 

「ふ、はははははっ! 面白い、面白いぞ! いいだろう、是非受けようではないか! 全力で勝ちに来るといい。そうしなければ面白くないからな!」

「もちろんです……全力でいかないと死にそうですし」

 

 神子さんは腕を組みながら上空に浮かび上がる。センパイもそれに合わせて上空へ飛び、鞘に入ったままの刀を構えた。

 勇ましい姿だけれど、正直私は不安だった。妖怪の山を登り切ったとはいえ、この前まで一般人だったセンパイが弾幕勝負だなんて……

 切り札があるにしも場合によっては死んでしまうかもしれない。いざという時は割って入って、センパイを守ろう。そう決心しながら私は対峙する二人を見据える。

 

「では改めて! 見せてみろ、貴様の信仰を!」

 

 その言葉と同時に、二人は剣を振りかざし空中で衝突した。

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