東方影響録   作:ナツゴレソ

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45.5 旧地獄の監視者

 地面にポッカリと空いた穴、その縁ギリギリに立ってその中を覗く。底はまったく見えない。ただ真っ暗闇がそこを覆い隠していた。

 

「えーっと、ここでよかったわよね……うん、多分そう。絶対そう」

 

 いつも通りの勘頼りだけれど……まあ、別に死にはしないでしょ。そう自分に言い聞かせると、意を決してその穴へ飛び込もうとする。すると……

 

「待ちなさい!」

 

 突然誰かに呼び止められる。しかも至近距離で、大声で。

 なんとか空中で急停止を掛けしかめっ面を上げると、いつの間にか穴の中心にピンク色の仙人が浮いていた。さっきまでいなかったはずだけど……気付かなかっただけかしら? まあ、どうでもいいんだけれどね。

 

「最近姿を見ないと思ったら……ピンクの仙人様がこんなところでどうしたの?」

「茨華仙と呼びなさい。貴方こそここが地底への入り口だってわかっているのかしら?」

 

 華仙は自分の右腕を握りめながら問いかけてくる。心なしか怒っているように見えるけれど……私、そこまでのことしたかしら?

 向こうの事情は分からないけれど、止められる謂れはないし、無視して進んでしまおうかとも思ったのだけれど……その怖いほど真剣な顔に、私は押し留められていた。

 

「地上の者が地底に関われば、いずれ不幸が訪れる。だから私は……」

「そんなの知ったこっちゃないわ。私は地霊殿に用があるの」

 

 そう、地霊殿、そこの主を名乗る覚妖怪に用があった。

 多分だけど、北斗の周りには覚妖怪の妹……こいしだっけか?がいる。『多分』を付けたのは、私自身もアレがいるとはっきり認識できているわけじゃないからだ。あくまで周囲の違和感と勘による推測だ。

 『無意識を操る程度の能力』……彼女が視界に入っても路傍の石を見ているかのように意識できない、視界から消えればそれがあったことすら忘れてしまう能力。

 以前にはあの天狗の監視を潜り抜けて守矢神社に辿り着いたこともある、無敵のステルス能力だ。北斗も火依もあの妖精達も気付けないのも無理はない。

 食事の時の違和感、反射的な身体の反応、そして勘の三つが揃って、何とか私もアレが居る可能性に思い至ることができたのだから。北斗なんて自分で一食多く作っていても分かってなかったけど……あれは流石に抜け過ぎね。

 ……まあ、それはあくまでついでだ。今はそれよりも気になることがあった。

 

「怨霊の様子がおかしい。恐らく地底で何かが起こっているわ」

 

 はっきりそう言うと、華仙は包帯を巻いた手で頭を抱えながら考え込み始めた。

 ……今のところこいしの目的はわからない。ただの悪戯の可能性だってあるもの。静観するしかない。

 けれど、彼女を観察するために研ぎ澄ませていた感覚が、神社に充満した悪い気を感じ取った。

 多分こいしが連れてきた怨霊か何かが発しているものだと感じた私は、間欠泉と怨霊の湧いていた場所に行ってみることしたのだけど……そこで見た光景が、異変の大きさを物語っていた。

 あんまり思い出したくない光景だ。私は髪を払って、華仙に指を突きつける。

 

「アンタだって異変が起きるのは本意じゃないでしょう? 大人しく通しなさい」

「………………」

 

 私の言葉に対して、仙人は黙っている。暗黙の了解ってことで通っていいのかしら?

 気が変わらないうちにそろりそろりと穴を降りて行こうとするが、突然行先を塞ぐように弾幕を放たれる。抗議の視線を向けると、逆に華仙に睨み返されてしまう。

 

「どんな理由があろうとも。人間が旧地獄に入るべきではないわ。怨霊の事は私が何とかしましょう。貴方は帰ってお茶でも飲んでることね」

「異変解決は私の仕事よ。商売を邪魔するなんて感心しないわ」

「………………」

「………………」

 

 どうやら向こうは折れる気がないようだ。面倒だけれど、仕方がない。

 お互いに高度を取って離れる。私はお祓い棒を手の中で回しながら溜息を吐く。

 

「はあ……夜までに帰らないと北斗に何か言われそうなのに……」

「だからさっさと御帰りなさいって言っているでしょうに」

 

 仙人は拳を鳴らしながらこちらを睨んでくる。静寂は一瞬、私はお札を針状にして放つ。しかし、それを解けた右手の包帯が伸縮自在、縦横無尽に動き回りすべて弾く。

 あの右手はただの包帯が模った義手みたいなもので、実際は虚ろだった。

 

「はぁっ!!」

 

 すぐさま仙人が左腕から気弾を飛ばしてくる。それは空中で細かく分裂し散らばりながら迫ってくるが……弾速は遅い。

 私は大きく横に飛びやり過ごし、前方にダッシュしながら針を投げる。また右手で弾かれ、向こうも懐へ潜り込もうとして来る。接近戦。お祓い棒と右腕が激突する。

 

「迂闊ね」

 

 唐突に華仙が不敵に笑う。その腕が解けて、お祓い棒が空を切る。

 その流れのまま前回転するように蹴り下ろすが、左手に防がれる。しかもいつの間にか足に包帯が絡みついていた。

 そのままグルグル巻きにされそうになるが、何故かスルリと身体が捕縛から抜ける。いつの間にか距離を離した華仙が、目を見開いている。

 

「瞬間移動!? 人間もそんなことが出来るというの……!」

「はあ? 何言ってるのよ?アンタが勝手に離しただけじゃない」

 

 弾幕ごっこをしてると、たまにそういうことを言われるんだけど……まったく自覚がないのよねぇ。ま、今の所困ることはないからどうでもいいけど。

 私はお札をばら撒き放ちながら、華仙に再度接近する。変幻自在の腕は厄介だけれど、遠距離では弾幕は弾かれてしまうなら至近距離の方が手っ取り早い。

 華仙も応戦する気のようで、包帯を円錐状にして槍のように突き出してくる。それを足場にするように蹴って背後に回り込み、背中に手を当てた。

 

「なっ……」

「『宝具「陰陽飛鳥井」』!」

 

 手の平から巨大な陰陽玉を生み出す。ゼロ距離攻撃は流石に弾けないようで、華仙は攻撃を無謀に喰らう。

 私は陰陽玉を蹴り飛ばし、仙人ごと地面に叩きつける。さらに間髪入れず追撃しようと突っ込むが……しかし、それを通せんぼするかのように包帯の巨大な腕が目の前に現れた。

 

「『龍符「ドラゴンズグロウル」』!」

 

 包帯の腕はさながら天に昇る龍のように振るわれる。咄嗟に空中を蹴って背後に跳びつつ両手を交差させて受ける。

 上空高く打ち上げられるが、何とかダメージは最小限で済ませることが出来た。よく北斗がやる手段だけど……癪ね。こんな所でアイツとの組手が役立つとは思ってなかったわ。それでも両腕はヒリヒリするけれど。

 私は、平気そうに砂埃を叩く華仙を上空から見下ろしながら言う。

 

「アンタが旧地獄と地上を触れ合わせたくないのはわかったわ。けど今回は大きな異変になってから手が付けられなくなるかもしれないのよ、今この瞬間もね」

「じゃあ聞くけれど、一体何が起こってるの?」

「……間欠泉で湧いた怨霊が、一か所に集まって合体しようとしていたわ。まるで餅のみたいにね」

「合体?」

 

 華仙が訝し気に首を傾げる。

 合体とか言ったら、早苗辺りが目を輝かせそうだけど、そんな可愛い?ものではなかった。まるで餅のように互いを混ぜ合わせた結果か、身体から様々な顔が浮かび上がっては消えるのを繰り返していた。見ているだけで気持ちの悪い奴だったわ。

 

「まるで無理やり一つの生物になろうとしていたように見えた……流石の私もゾッとしたわ。まあ、なんとか退治したけどね。アンタは悪霊に詳しそうだったけど、そんなの見たことあるかしら?」

「………………」

 

 私の問いに華仙は無言で首を振る。どうやら見たことがないようだ。

 間違いない……やはり、これは異変だ。地底には怨霊を管理する施設があったはずだ。あそこでも同様の現象が起こってしまえば……何が起こるかわからないし、もしかしたら地上に現れて人里を襲う事態になりかねない。

 

「そういうことよ。通っていいかしら?」

 

 私は一押し再度華仙に尋ねる。これだけの理由があったら、いい加減通してくれるわよね? だが仙人は腕を組んで考え込んだ後……強情にも首を横に振った。

 

「……事情は分かったわ。それでも貴方を旧地獄に行かせるわけにはいかない。様子は私が見に行くから、ここは引いてくれないかしら?」

 

 随分頑なじゃない。以前も似たようなことを言っていたような気がするけど、そこまでの事かしら? 別にそんな気にするほどの場所じゃないと思うんだけどなぁ……

 

「ま、いいわ。今日のところは譲ってあげる。今行っても帰りが遅くなるし、一旦寝に帰ることにするわ。明日までに解決してくれたらここに立ち入らないことを約束しましょう」

「……わかったわ」

 

 華仙は私の言葉にあっさり頷くと、そのまま地下の穴に入っていってしまう。

 この後を追えばいいじゃないかと頭に過るけれど……ま、勝手に異変解決してくれるならその方が楽だし任せてみることにしましょうか。

 あぁそうだ、こいしのことは……後回しでいいか。私は夕日が沈み始めた空を見て、家路に急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 博麗神社に戻った私は、台所に通じる勝手口から中へ入る。

 すると、竈に火がついているのに北斗の姿がなかった。一度厨房に立ったら夢中になって料理を作る北斗にしては珍しく不用心だ。

 ふと、揚げたてのかぼちゃのコロッケが目に入る。私は周りを警戒しながらもそれをつまみ食いした。まだ揚げたてのようで、舌を火傷しそうになるけど、かぼちゃのホクホクの甘みは流石の味だ。

 けれど、ますます引っ掛かる。揚げ物をしていたところを離席するなんて、少なくとも料理にこだわりのある北斗では在り得ない。何だか不安になってきた私は、神社内を探して回ろうとした。

 

「あれ、霊夢帰ってたの?」

 

 その時、風呂焚きから戻ってきたであろう火依が声を掛けてくる。少なくとも妖怪に襲われたわけではなさそうだ。

 

「ええ、ちょっとね。それより北斗を知らない?アイツ料理の途中でどっか行っちゃったみたいで……」

「北斗……?」

 

 私の問いかけに火依はキョトンとした顔で首を傾げた。そして、変なことを呟いた。

 

「誰、それ?」

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