東方影響録   作:ナツゴレソ

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52.0 帰還と集結

 蝉の声がする。微かに風が頬に当たるが、それでも全身はジンワリとした熱気が纏わり付いてきていた。眠っていたのか、俺は。

 

「おかえりなさい、北斗」

 

 目を開けると、すぐ目の前に紫さんの顔があった。片手には扇子を持っている。ずっと扇いでくれていたのか。

 ……記憶がまだ混濁している。身体を起こしたところで、ようやく自分が膝枕されていることに気付く。どうやら夢の中から戻ってきたみたいだ。

 状況がわからず俺は縁側に座る紫さんをマジマジと見つめる。すると、紫さんは扇で口を隠しながら茶化してくる。

 

「あら、どうしたの? 私に惚れた?」

「いえ、こんな異変を起こしたんだから、問答無用に殺されるんじゃないかと思って」

「……私に対してはそんなイメージしかないのかしら?」

 

 紫さんがちょっと拗ねたように頬を膨らませる。まあ、正直初対面のイメージが未だに根強いのは確かだが……それより幻想郷のためなら手段をいとわない、という印象一番強いかもしれない。

 ……だからこそ、俺が今回起こした異変は許されるものではないと覚悟していた。それこそ、紫さんに殺されても仕方がないと思える程度には。けれど、目の前の紫さんは俺へ優しい笑みを向けていた。

 

「まあ、無理もないわ。私の役割は幻想郷とそこに生きる者を守ることだもの」

「……知ってます」

「ならわかるでしょう? もう貴方は幻想郷の住人なのよ」

「………………!」

 

 その言葉が耳に届いた瞬間、息が詰まる。同時に胸いっぱいに想いがこみ上げてくる。

 そう、か。俺は、ここにいていいのか。受け入れてもらっていたのか、こんな迷惑を掛けているのに……

 そう思うと俺は紫さんを真っ直ぐ見据えることができなくて、顔を逸らしてしまう。情けなくて、ありがたくて、申し訳なくて……

 

「……そう思ってくれているなんて、思っても見ませんでしたよ」

「そう? ……そうかもしれないわ。最初貴方に会った時は。けれど、たとえ私がどう思おうとも貴女は幻想郷で生き、縁を結び、歴史を刻んだ。ここに生きた証が残っている。それは消せはしないわ」

「けれど俺は、それをしてしまった」

 

 俺は自分の手を見つめて、ゆっくりと握りしめる。霊夢のお陰で、ギリギリのところで大切なことに気付けた。だが、もう遅かった。

 もう俺を覚えている者はほとんどいないだろう。そして記憶はもう、取り返せない。

 

「……紫さん、このことは秘密にしていてください。いつか俺が自分で全部取り返すまで」

 

 俺は頭を下げて頼み込む。もう逃げはしない。これは自分自身の力だけで、全てを償わないといけない。どれだけ時間を掛けても……しかし、紫さんは静かに首を振った。

 

「……それはできないわ」

「できない? 何でですか!?」

 

 俺は思っても見ない言葉に顔を上げて抗議する。しかし紫さんは何故かにやけた表情をしていた。それが癪に触って、思わず声を張り上げようとする。

 が、それを制する様に突然紫さんは俺の後ろ、縁側の外側を指差す。それに釣られるように振り向くと……

 

「……ホクト!」

 

 突然フランちゃんが胸に飛び込んでくる。俺は反射的に受け止めるが、あり得ない状況に思考が止まってしまう。さっきまで誰もいなかったはずなのに……日傘を差すレミリアさんとその傍に立つ、咲夜さん、美鈴さんパチュリーさんに小悪魔さんと紅魔館全員が揃っていた。

 

「まったく……この私が気に入った人間を簡単に手放すと思っていたのか?頼まれても忘れてやらないわ!」

「料理対決もまだなのに、勝手なことをしないでほしいわね」

「ですが、私の教えた技を見事使いこなしていましたね。流石です!」

「まったく……この私から知識を奪おうなんておこがましいわね」

「ええ、本当に! パチュリー様の数少ない友達の一人なのにこれ以上減ったら……痛いです! 本は投げないでください!」

 

 5人が口々に好き勝手な言葉を浴びせてくる。相変わらずの姦しさだ。

 彼女達だけじゃない。庭には見知った人達の顔が沢山あった。

 

「北斗君、困るわね。まだ不死を打ち消す薬は試作段階なんだから、まだまだ手伝ってもらわないと」

「ホントよ! 定期的に料理作りに来てもらわないと! それに、北斗に会えないと、私寂しくて死んじゃう!って鈴仙が言ってたし」

「言ってません!」

 

 永遠亭の人達。

 

「不老不死になった次はこんな異変……つくづくお前はトラブル好きだなぁ」

「君は私と、妹紅の恩人だ。その人の顔も思い出せないなんて悲しい事とは思わないか?」

 

 妹紅さんに、慧音さん。

 

「貴方の事忘れちゃったら幽霊として雇用できなくなるじゃない~!死後の就職も大変なんだから~」

「それにまだまだ貴方には剣の道を教え切れていません! あと30年は修行しないと」

 

 幽々子さんに妖夢まで。それだけじゃない。チルノや大妖精ちゃん、命蓮寺の人達に神子さん達……今まで俺が出会ってきた人達が博麗神社に集まっていた。

 

「これは……」

「……全部、紫さんから話は聞きました」

 

 フワリと空中から降りてきたのは早苗だ。早苗は顔を伏せながら早歩きで俺の元までやってくると……腕を振り上げ、頬を叩いた。

 その衝撃で、頭の中が真っ白になる。思わず、フランちゃんを抱きしめたまま、数歩たたらを踏んでしまう。

 

「……ッ!」

「前にも言ったのに……どうして、同じことをするんですか……!」

「……ごめん」

 

 俺は申し訳なさと情けなさで顔を伏せながら、早苗に謝る。見下ろした先、抱き付いていたフランちゃんは声も上げずに静かに泣いていた。その頭を撫でながら、もう一度謝った。

 

「本当にごめん。けど、もう大丈夫だから」

「……信用できません」

 

 早苗は表情を見せない様に俺の肩口に顔をくっつけてくる。そしてややあって啜り泣きが聞こえてくる。微かな震えと熱が伝わってきて、俺の心を揺らした。

 気付けば、二人を両手でそっと抱きしめていた。

 

「せっかくセンパイが私の事を思い出してくれたのに……私がセンパイの事を忘れるなんて絶対に嫌です。絶対に……」

「……ごめん。本当に、ごめん」

 

 俺は涙を流す二人の頭を撫でながら、ただただ、みんなに謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 早苗とフランちゃんの泣き虫二人が落ち着いたところで、みんなには居間と霊夢の部屋に上がってもらう。部屋を分けていた襖を外して二つの部屋を繋いだのだが、それでも随分窮屈だった。

 

「……それで、どうしてこんなことに?」

 

 俺はお茶を配りながらおもむろに紫さんに尋ねる。みんな忘れているものだと思っていたんだが……それに、みんなが集まっているのも不思議だ。

 すると紫さんに変わって、レミリアさんが前に出てきながら喋り始める。

 

「どうもこうも、突然スキマを経由して連れて来られたんだよ。不覚にも記憶を失っていることに気付かなかったから、まったく訳が分からなかったよ」

「スキマ妖怪に事情聴いても理解出来なかったけどね~」

 

 諏訪子様も頭の後ろで手を組みながら横槍を入れる。まさか神様二人にも影響が出ていたのか……今では確かめようがないが、本当に霊夢と紫さん、そして阿求さん以外全員に効いていたのかもしれない。

 

「ま、けど北斗の子供の頃の姿が見れたのはお得だったけどねー」

「あはは……って、えっ?」

 

 何気なく言い放った輝夜さんの言葉に、俺は二度見しながら聞き返してしまう。もしかしなくても、嫌な予感がする。暑さとは別の汗をかきながら、恐る恐る紫さんに尋ねる。

 

「あの、どういうことですか?」

「えっ、あー、えっーと……ほら、私ってこんなキャラだから話を信じてもらえにくくて……ちょっと、色々ね」

「だから、スキマの力で北斗と霊夢のやり取りを中継してもらったの。それを見ている内に記憶が戻ってきたわ」

 

 しどろもどろになって誤魔化そうとしていた紫さんに代わって、咲夜さんがきっちりと説明してくれる。

 そうか、それじゃあ霊夢との弾幕ごっこの時に聞こえていた声は……幻聴ではなかったんだろうな。けど、もしかして俺の過去とか全部見られたのか? 別にやましいことはないのだが、気分がいいものではない。出来ればそこだけ忘れてほしいほどだ。

 しかし、どうしてみんなが俺の事を思い出せたのだろうか? 俺が無意識的に影響の力でやってしまったのだろうか……?

 

「そういえば、霊夢の姿が見えませんね。どこ行ったんですか?」

 

 妖夢が辺りを見回しながら言う。そういえば起きてから一度も姿を見ていない。キョロキョロ探していると、噂をすれば何とやら、縁側から霊夢が顔を出した。

 

「お、霊夢。どこ行ってたんだ?」

「ふあぁ……ちょっと人里の様子を見にね」

 

 魔理沙がお茶片手に尋ねると、霊夢は欠伸をしながら答える。眠そうだが、疲れているのだろうか? 様子が少し引っ掛かったが、それより人里の状況が気になって、霊夢に尋ねる。

 

「それで、異変は解決していた?」

「それなんだけど……」

 

 霊夢は深刻な表情で自分の顎に手を当てながら少し言いよどむ。そして、面倒そうにため息を吐いてから、呟いた。

 

「まったく様子が変わっていなかったわ。相変わらず里はゴーストタウンのままよ」

 

 俺は訳が分からず、返す言葉を失ってしまった。

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