東方影響録   作:ナツゴレソ

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55.0 ステンドグラスと覚り少女

「霊夢達、大丈夫だろうか……」

 

 俺は激しい光が輝く背後を見遣りながら、独りごちる。彼女らの実力を疑うわけではないが、任せっきりになるのはどうしても気が引ける。実力者同士の弾幕ごっこだから大怪我はしないと信じたいが……

 そんな呟きが聞こえたのか、前を飛んでいた妹紅さんが背中越しに声を掛けてくる。

 

「あの場に全員残っても連携が取れたとは限らない。なら二手に分かれた方が効率的だ。霊夢だってそう思ったから言い出したんだろうさ」

「わかっているんだけど、妙な胸騒ぎがして……」

 

 そもそも相手が臨戦状態だったとしても、しっかり事情を話すべきだったんじゃないか? もしかしたら理解してくれていたかもしれないのに。

 そう考えると、早とちりをしてしまったんじゃないかと後悔の念が湧き上がってくる。悶々と考えていると、見兼ねたように妹紅さんがクルリと俺の方を振り向いた。

 

「彼奴らは自分達の意思でお前に付いて来たんだ、どうなっても自己責任だろう。あまり気にするな」

「そんな言い方は……」

 

 それは……厚意で手伝ってもらってるのにあまりに無責任じゃないか? にべもない一言に渋い顔を返していると、フランちゃんが俺と妹紅さんの間に割って入ってくる。

 

「待ってよ! えっと……」

「……藤原妹紅だ」

「フランドール・スカーレット! 酷いわよ、モコー! 霊夢達がどうなってもいいって言うの!?」

 

 フランちゃんは律儀に名乗り返しながら妹紅さんに食ってかかる。対して妹紅は冷静に言葉を返す……のかと思っていたのが、何故か動揺していた。

 

「いや、そんな意味で行ったんじゃなくて……」

「じゃあどういうこと!?」

「えっと……要は、心配しなくても彼奴らは覚悟していただろうから……」

「信じて任せよう、ってことですか?」

 

 俺が助け舟を出すと、慌てていたのか妹紅さんが少し照れた様な顔でブンブンと首を縦に振った。するとフランちゃんは俺と妹紅さんの顔を見合ってから、弾けるような笑顔を浮かべる。

 

「そっか! モコーはみんなを信じてるんだね!」

 

 フランちゃんが無邪気に妹紅さんへ抱きつく。すると妹紅さんがあたふたしながら、どうすればいいか助けを求めるような視線を向けてくる。珍しい。妹紅さんがあたふたしているところなんて初めて見た。面白いし少し黙って見ていよう。

 それにしても……霊夢達を信じている、か。うん、そうだな、実力で言えば霊夢や早苗は俺より上だし、チルノだって強い。俺が信じてやらないと……逆に悪影響が出そうだ。

 

 

 

 

 

 フランちゃんと妹紅さんのじゃれ合いを一通り眺めたのち、俺達は地霊殿の前まで辿り着く。そこには以前来た時と同じく、赤毛のお下げを結った猫耳の女の子が立っていた。

 

「……おや、見ない顔だね。今取り込み中なんだけど、地霊殿に用かい?」

 

 入口の前に降り立つと女性は人懐っこそうな口調で尋ねてくる。だが、こちらを見る瞳は鋭く細められている。警戒している。いや、はっきりとした敵意を感じる。

 状況が状況だ。仕方ないとは思うが……やはりいい気はしない。俺はその厳しい態度を甘んじて受け止めながら、努めて穏便に話を進めていく。

 

「……地霊殿の主、古明地さとりと話がしたいです。輝星北斗が来たと言えば通してくれると思います」

 

 俺がそう言うと、猫耳の女の子は訝しげな表情になる。しかし、黙って真摯な視線をずっと向けていると渋々と地霊殿へ入っていった。

 

「ホクト……大丈夫?」

 

 フランちゃんが不安げに問いかけてくる。どうも顔が強張っているのがフランちゃんには分かるようだ。

 事実、内心では不安だった。まだあのトラウマは頭の中に残っている。霊夢に助け出してはもらったが、決して克服した訳じゃない。そして、きっとさとりさんは俺の事を恨んでいるだろう。俺はさとりさんと戦いに来たのではないが……最悪、敵対もあり得る。

 

「大丈夫。だけど、フランちゃんも戦う覚悟だけはしておいて。そうならないように努力はするけどね。妹紅さんもいざという時は……頼りにしています」

「わかってる」

「う、うん……」

 

 覚悟を決めてジッと待っていると、地霊殿の入口から二人の影が現れる。一人はさっきの赤毛の子、もう一人は……黒い翼にマント、その他諸々やや過多な装飾を身に付けた長身の女性だ。

 

「さとり様はお兄さん一人だったらお会いになるって。どうする?」

 

 俺は少し思案してしまうが……首を振ってそれを吹き飛ばす。どのみち俺に選択肢は残っていない。罠だろうとなんだろうと、さとりさんに会わないと話にならない。

 

「構いません。さとりさんに会わせてください」

「ホクト!?」

「危険だ、もう少し考えてから……!」

 

 フランちゃんと妹紅さんが声を上げて止めようとするが、俺は構わず歩き出す。だが二、三歩歩いたところで振り返り二人だけに聞こえるように呟く。

 

「……いざとなったら、強行突破してでも助けてください」

 

 正直女性二人に対して言うには情けない言葉だったが……フランちゃんと妹紅さんは顔を見合わせて、心強い笑みを向けてくれる。

 

「わかった、任せておけ」

「絶対に守って見せるから大丈夫だよ!」

 

 俺は頼もしい二人に手を上げて答え、再び歩き始めた。心臓の高鳴りを抑えるためにできるだけ深い呼吸をする。

 

「入って真っ直ぐ行けば会えるよ」

 

 すれ違いざまに赤毛の子が囁いてくる。俺を案内するつもりはないのだろう。もしかしたら、二人を止めるためにここに残るつもりなのかもしれない。二人が急に襲われて心配だが……もう後戻りはできない。

 俺は歩みを止めることなく、巨大な洋館へ入った。

 

 

 

 

 

 改めて地霊殿を観察するが、やはり恐怖の館のイメージが強い。造りとしては紅魔館の内装とさほど変わりはないが、黒の床に赤絨毯が引かれ天窓はすべてステンドグラスだ。日の光でも差し込めば綺麗だろうに、旧都の淡い灯りでは妖しさを引き立たせるものにしかなっていない。

 レミリアさんのとこといい、洋風建設のセンスはまだまだ発展途中みたいだ。関係ない話だが、今のところ一番いいと思える建築物は白玉楼だ。あの庭は観光地として金が取れるほどの絶景だと思う。

 なんて以前と違って、こんなことを考える心の余裕がある。一度会った相手だからもあるが、覚悟がちゃんと座っているおかげかもしれない。俺はその気持ちが切れないうちに急ぎ足で進んでいく。

 そして突き当りの観音開きの扉を、息を一つ吐いてから開ける。着いた場所は……礼拝堂の様な場所だった。目の前には意匠を凝らしたステンドグラスがあり、そこから差す淡い光が並べられた椅子に色を付けている。

 

「……探したわ」

 

 礼拝堂の奥。ちょうど、光の当たらない位置に一つの小さな影が立っている。小柄だが存在感を放つ少女が、俺を待っていた。

 

「まさか逃げられるとは思っていなかったわ……それにここへ戻ってくることも、予想できなかった。貴方の心を読んで過去を知ったとしても、未来までは読めないわね」

 

 スタンドグラスを背にして地霊殿の主、古明地さとりが皮肉っぽく呟いた。

 未来、か。今ここにいるのはそれもこれも紫さんと霊夢のお陰なんだけどね……俺もびっくりしてるよ。俺はさとりさんへとまっすぐ続く赤の絨毯の上を歩きながら近付く。

 

「……なるほど、スキマ妖怪の差し金か。それに様々な地上の妖怪達が絡んでいるようね」

 

 さとりさんは片目を瞑って、第三の目をこちらに向けていた。もしかしなくても心を読まれている。だが、それに恐怖は感じない。むしろ説明する手間が省けて好都合だ。

 

「随分慕われているようね。だけど……貴方がこいしを助けようなんて、よく言えたものね」

 

 そんなこと自分でも分かっている。都合のいいやつだと思われても仕方ない。だが、俺が原因だからこそ俺が解決したかった。

 だから、決して足は止めない。

 

「……貴方には何もできないわ」

 

 そうかもしれない。結局俺は一人では弱い人間でしかない。

 けど俺がそうしたいんだ。みんなが後押ししてくれたお陰だけど、今ははっきり思える。俺はこいしを助けたいんだと。

 

「……何が目的なの? もてはやされたいの? それともまさか、こいしのことを狙っているかしら?」

 

 そんなこと聞く意味なんてない。心を読めばわかることだ。

 下手したら俺以上に俺のことがわかるだろう。宗教不審の異変の時は俺の思いを形にしろと無茶振りされたが、あれより数万倍楽だ。向こうが勝手に理解してくれるんだから。

 

「…………………」

 

 さとりさんは恐ろしい怪物と対峙しているかのような瞳で見つめてくる。対して俺はさとりさんの目の前に立つ。言葉はいらない。必要ない。俺の心をさとりさんに晒し出そう。

 自分の心の内は、自分でも明確には分からない。もしかしたら、こいしを救いたいと思っているのは何処かでやましいところがあるからかもしれない。それなら諦めもつく。だから……さとりさん、貴方が判断してください。

 

「どうして……そんなことが出来るの……」

 

 さとりさんが震える声で呟く。もしかしたら、こんな接し方をされたのは俺が初めてなのかもしれない。俺だって、心を読まれるなんて経験は初めてだ。当然不安だってある。自分の中に何か、おぞましく気持ち悪い感情があるんじゃないかと思ってしまう。

 けど、さとりさんに協力してもらう方法はこれしか思い浮かばなかった。同時にこの方法でしか、自分がこいしを助けたいと思う気持ちを肯定するやり方が思いつかなかった。だから……

 

 

 

 答えを下さい。俺には貴方の心の内は分からないから。

 

 

 

 さとりさんは逃げるように背後の壁に背を預け、俯く。そして逃げ場を求める様に上空に飛び上がった。

 

「貴方がどう思おうとも関係はない。私が貴方をこいしに関わらせたくない! だから……」

 

 俺は背後に跳び下がりながら見上げる。ステンドグラスからの光が逆光のため表情が見えない。だが、その手にはスペルカードが握られているのは確認できた。

 

「もう一度、トラウマの中に眠りなさい!」

 

 その言葉と同時に、部屋中にステンドグラスより色鮮やかな弾幕に埋め尽くされた。

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