炎輝(イェンフゥイ)の部下たちが船内を見回る。時々、残っていたゾンビと遭遇するも、これらを難なく、片付け、用心のため、もう2周、船内を見て回り、もう大丈夫と判断、安全宣言を出す。
安全宣言は出されたが、ほとんどの船客はホールから動こうとはしない。やはり、まだ恐怖は消せない。
ゆっくり、戸羽丸は近くの港を目指す。
甲板の一角に来人、ルパン3世、不二子、次元大介、五右エ門、克巳、炎輝が集まる。辺りにはこの7人以外、誰もいない。
この7人は来人の右手の輝きを見たもの。
右手の手袋を外す来人。手の甲には薄い色から濃い色に変わるグラデーション金色の痣のようなものがあった。まるで鎌を持った死神のようなデザイン。見るものに背筋を凍らせるような感覚、包み込むような暖かな安らぎの感覚を与え、神々しい感じさえも漂わせていた。
「これ何? 痣、それとも、刺青?」
さも珍しそうに手の甲を眺め、不二子は触れようとする。
「それが本物(オリジナル)か」
ルパン3世の言葉を聞いた不二子は『始皇帝の宝玉』のことを思い出し、慌てて手を引っ込める。
頷く来人。『始皇帝の宝玉』が紛い物なら、来人の手の甲にあるこれこそ本物。
「人をゾンビに変える力はないけどね」
再び手袋をはめ、手の甲を隠す。
「それで、何で、お前の手にそれがあるんだ?」
次元大介の質問は、最もな疑問。
紛い物の『始皇帝の宝玉』でも、あれほど、恐ろしいことが出来た。本物となれば、どれ程の力があるのだろう。もしかしたら、世界を滅ぼすことも出来るかもしれない。
見た目は中学生ぐらいの子供の来人の手の甲に、何故、そのようなものがあるのだろうか? 疑問に思うのは当然のこと。
「僕はこの紋章の守り人なんだ。邪な奴から守るためのね」
自分の前の継承者にして、親友、テッドが最後の『一生のお願い』として、こいつを守ってくれと頼んできた。あれほど、必死のテッドの顔を来人は見たことはない。あの日から、この『生と死を司る紋章』を守ると誓った来人。
あれから、長い、長い時が過ぎていった。それでも、あのころの夢を見ることはある。決して忘れることのできない思い出。
「ねぇ、あなたは終わることのない生と不老なの?」
興味津々に不二子は聞いてくる。やはり、不老は彼女の興味を引いたようである。
「それは呪いだよ」
炎輝が言った不死は重いもの。それを抱えている来人。それに加え、右手の紋章。来人が、これまで、どれ程の過酷な世界を歩いてきたことだろう。
背負わされたものを背負いきる強さ、それ故に鍛え上げた鋼のような心と体を持ったことを。
「さて、今後のことだがな」
咳払い一つして、急に銭形警部は話題を変えた。
「お前たちのことだ」
克巳と炎輝を見た。港では警官隊が待ち構えている、海の上では逃げ道はない。今回のことは、シージャックに乗じて、忠則が身代金の横取りを画策。全ての罪をシージャックに着せて、自らは金を得る。船客を殺したのも忠則。
その犯行がばれて、娘の秋穂と共に海に身を投げたと報告しておいた。忠則の遺体は船客に偽装している。
無理があるのは承知だが、事実を話すわけにもいかず、こんな話に落ち着いた。
「分かってる、抵抗するつもりはないよ。ただ、S国のことがね……」
克巳の心の残り。
「それなのだが、本官に考えがある」
ホールに銭形警部が克巳を引き連れて、現れたとき、船客たちは何か異変が起こったのか、まだゾンビの生き残りでもいたのか。不安な気持ちが思い起こさせた。
「ようやく、事態が収拾したばかりで済まんが、聞いてもらいたいことがある」
ホールにいた船客たちは、皆、銭形警部に注目。
「S国というのをしっとるかね」
船客の中には知っているものもいたし、知らないものもいた。知らないものには銭形警部が説明。
忠則がS国への義援金の横領したに話に及ぶと、嫌悪感を露わにするものが、多く、現れた。何せ、忠則は今回のゾンビ事件の主犯。多くの命を奪った悪の権化。腹が立つのも自然。
克巳たちがシージャックしたのも、身代金を集め、S国にその金を流し、貧困に苦しんでいる民を救うためだったと、銭形警部は話す。
「やり方は間違っておったが、純粋にS国を助けたいと言う気持ちは汲んでやりたい。どうだろ、皆でS国に寄付金を募ってもらえないだろうか」
話を聞き終えた船客たち。元から親しいものや、船内で仲良くなった者たち、赤の他人同士が話し合う。
シージャックが始まったときは怖かったし、恨みもした。その後、ゾンビが現れたときにはシージャック犯たちが助けてくれた。
船室で震えていたとこを救出された船客も多い。
「分かった。少しばかりだが、出そう」
裕福そうな恰幅のいい男が言ったのをきっかけに、あっちこっちで寄付金を出そうと声が上がっていく。
「これで、いいだろか」
小声で尋ねる銭形警部に克巳は頷く。その顔は『あんたには負けたよ』と語っていた。
炎輝の手には袋。その中には砕けた『始皇帝の宝玉』が入っている。
「ごめん、大切なものを砕いてしまって」
仕方がなかったはいえ、『始皇帝の宝玉』を砕いてしまったことを来人は詫びた。
「砕けてしまっても『始皇帝の宝玉』は『始皇帝の宝玉』であることは変わらず。これを兵馬俑に持っていけば、祖父の代からの宿願が果たされることも変わらず」
その後、再び、来日して、自首するつもり。
ベットの上で眠る老化した秋穂、今は薬で熟睡している。部屋には遼と七美がいる。
遼と七美は部下たちが盾になっていたので、何が起こったのか見えてはいない。気付いたら、秋穂が老化していて、『始皇帝の宝玉』が砕けていた。
秋穂のやったことは許せることではないが、それでも秋穂は遼と七美の親友には違いない。
憎しみや悲しみなどが混ざり合った複雑な感情が2人の中を巡る。
今回の恐ろしい事件は遼と七美の仲を急速に近付けさせた。
ルパン3世たちは救命艇を降ろす。一応、見張りの警備隊がいたが、不二子の色仕掛けでひきつけて、五右エ門が当身で気を失わせた。
「もう行っちゃうの?」
と、来人から声がかけられた。手には天牙棍が握られているが攻撃の意志はなし。
「ああ、港には怖いお巡りさんが待ち構えているからね。今のうちにおさらばさ~」
手をぶらぶらさせ、お別れの仕草を取るルパン3世。
「今回は骨折り損のくたびれ儲けだね」
これは嫌味でなく、愛想。ルパン一味もそのことは承知。
「こんなのはいつものことさ」
ルパン3世が好きなのはお宝を鮮やかに盗み出す行為そのもの。お宝は、そのおまけ。
ルパン一味を乗せた救命艇が走り去って、見えなくなったころ。銭形警部が駆けつけてきた。
「また逃げられたか。おのれ、ルパン!」
悔しそうな表情と共に、必ず次こそは逮捕すると、拳を握りしめて意思表示。
海上を走る救命艇。舵を握るのは次元大介。
おもむろに不二子は胸の谷間から、黒いカードを取り出す。
「不二子ちゃん、それはまさか!」
そのカードが何なのか、ルパン3世は一目で分かった。
「20億のカードよ。ただで逃げるのは悔しかったから、掏摸取っておいたの♡」
見せびらかすように黒いカードを振る。ルパン3世がうらやましそうに見ているのは、カードか谷間か。
「転んでもただは起きぬ女でござるな」
感心したようにも呆れたようにも聞こえる。
「全くだ」
次元大介は笑い出す。
戸羽丸が港に着いた。克己たち犯人グルーブは抵抗することなく、護送車に乗り、運ばれていく。
事件を聞きつけたマスコミの猛襲、慣れていない船客たちは戸惑いを見せる。
そんなマスコミの隙をつき、こっそりと来人はキャンピング車で出て行こうとする。
「行くのか」
話しかけてきた銭形警部。
「うん」
終わることのない命、不老の体。その呪いを受けてまで、右手の紋章を守る来人。その話は嘘ではないと、銭形警部は解っていた。
「これから、どこへ行くんだ?」
この先の来人の旅路は長い。
「いろいろと、見て回るつもりだよ。風の向くまま、気の向くまま、世界の端の端まで」
ペダルを踏みしめ、手を振りながら去っていく。それを敬礼で見送る銭形警部。
この先も長い長い旅路を歩む。それを成し遂げる鋼の強さを来人は持っている。
結果的に銭形警部が活躍しました。幻想水滸伝6が出てほしいです。