記憶のない青年と謎の世界   作:夢幻鎧武

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第10話

「ウ…」

 

 最奥の何部屋か行ったところで、イスカスが苦しみ始める。

 かなり謎の紋章に浸食されてきているようだ。

 リリアは心配そうにイスカスを見つめている。

 

「大丈夫ですか。もう少しですから頑張りましょう」

 

 イスカスは何とか頷いているが、表情は苦しそうなままであった。

 紋章と共にどんどんと、何かが自分を蝕んでいくのが分かる。

 それが気持ち悪い上に、徐々に自分というものの感覚がわからなくなっていってしまう。

 

「しかし、もうそろそろ発見できてもおかしくないのに、本当にあるのかしら」

 

「あるはずです。それにそう信じなきゃ、この方は助からない。貴方が諦めても私は…」

 

「誰も諦めるといってないわ。この世界を救うためですものね」

 

 キューはリリアに笑いかけると、ある部屋の前にたどり着く。

 なぜかそこだけ、異様な雰囲気を醸し出している。

 リリアはキューにイスカスを任せると、そっと生唾を飲みつつその部屋を開けた。

 

 広いその部屋は、青白い光に照らされている。

 クリアブルーの石、ロズバロット石で一面を覆い尽くしたその部屋に、光が天窓から降り注いでいる。

 その中央には、同じロズバロット石でできた女神像が安置されていた。

 息をのむ光景に、一瞬我を忘れていたが、すぐさまリリアはキューイスカスの元に戻り、そっとイスカスに肩を貸す。

 

「あれが女神様?」

 

 キューのその質問に、リリアは静かに頷いていた。

 

「ええ、恐らくあれが女神様です。早くこの方をあの女神様の像の前へ」

 

「わかった。…でも、あんなものに力があるのかしら?」

 

「女神様ですよ、あるに決まってます」

 

 二人はイスカスと共に、女神像の傍までやってくる。

 女神像の下に、そっとイスカスを横にすると、二人はその前で膝をつき祈りをささげていた。

 

「女神様、どうかこの方を助けてください。この方が英雄であるのならば」

 

 リリアのその祈りに反応して、女神像がうっすらと青い光を放っている。

 その女神像から、その光がイスカスの元へ進んでいく。

 その光がイスカスの体に入ろうとしたその瞬間、目の前にあのマーガレットとかいう名の魔族が現れ、その光を叩き落としていた。

 

「貴方は誰です。なぜ、救いの光を…」

 

「ごめんね、神官さん。さて、お迎えに上がりました。遅くなり申し訳ありません。陛下」

 

 床に横にされ苦しんでいるイスカスに、そっと敬愛の目を向けている。

 リリアはすぐさまイスカスを守るために、その前に出た。

 手を広げイスカスを守っていたその時、自分の背に激痛が走る。

 恐る恐る、振り返ると、血がぽたぽたと垂れ堕ちる短剣を持ったキューが笑っていた。

 

「な・・・ん・・・で・・・」

 

 そのまま倒れるリリアを嘲笑を浮かべながら見つめていたキューは、そっとイスカスに近づいていく。

 

「く…お前ら…この時を…狙って…いたのか…」

 

「さすがです、魔王様。女神の存在は我らにとって邪魔なものでしかありませんから。この像を壊せば、我らの望む世界へと変化します。全ては魔王様の望む未来のため」

 

「なにが…本当に…俺が…魔王…なら…俺は…そんな…こと…のぞまない」

 

 その言葉にふっと笑ったマーガレットが、なんとか立ち上がろうとするイスカスの頬をそっと触る。

 少し笑みを浮かべたマーガレットは、静かに告げた。

 

「望まないのは、今の貴方様だから。記憶がないからですよ。…さあ、行きましょう。あなた本来の世界へ。どのみち、人としてはもう持ちませんよ。その紋章は貴方様を魔王として迎えるための紋章。貴方様を魔王へと変えるために」

 

「魔王に…変えるだと…クッ」

 

 右腕の苦痛に、左手で右腕を押さえながら苦しんでいる。

 そんなイスカスに、哀れなものを見る目でキューが見つめている。

 

「受け入れれば、楽になりますよ。我らが魔王様」

 

「いやだ…だれ…が…そんな…こと…俺は…人を…守りたいんだ」

 

 激痛が走りながらも、気力だけでイスカスが立ち上がったその時、キューがばたりと倒れた。

 一瞬、マーガレットもイスカスも何が起こったのかわからない。

 

「なぜ…お前は…死んだ…はずじゃ…」

 

 そのまま消滅するキューに、冷たい目を向けていたのは、死んだはずのリリアだった。

 腹部から血が出ているが、それを気にせず今度はマーガレットを睨みつけている。

 そう、あの温かく優しかったリリアとは思えないような残酷で冷たい目を。

 

「あまり無茶をなさらないでくださいね、陛下。本当は陛下の自由にしていただきたかったのですが、陛下の意志とは関係なく、魔王などという訳の分からない者に変えるというのなら、話は別です。そもそも、裏切り者の分際で、陛下にそのような真似をするとは…」

 

「まさか…お前は…」

 

 マーガレットの虚勢がウソのように怯えた顔を向けている。

 リリアはそっとイスカスに近づくと、そっとつぶやいた。

 

「お待ちください、陛下。すぐに終わらせます。恐らく女神の力があれば、抑えられると思います。その前に、この女を始末する必要がありますので」

 

 イスカスは訳が分からないまま、様子を見ていた。

 いや、蝕まれた体で無理に立ち上がることまではできたが、そこが限界だった。

 そのまま倒れそうになるイスカスを、そっと大切そうに横にすると、イスカスに向けていた優しい瞳から、また冷酷なものへと変化した。

 

「なんで…貴方たちは…いつ」

 

「いつ気づいた?詰めが甘い。陛下をここに呼び寄せた時、開いたクラックの歪みをビルスが追った。ああ見えてあの男の力は上だからな。しかし、驚いたよ。まさかこんな計画を企てていたとは。それも陛下が人へもどっているとは、想像もしていなかったけど」

 

「ビルス…そうか。どのみち、ぶつかるのはわかっていた。本当は陛下をこちら側に迎え入れたのちと思っていたが」

 

「そもそもお前にそのような資格はない。全て決められるのは陛下のみ。陛下の意志こそ尊重されるべきものであって、お前のような者が決めていいものではない」

 

「貴様…陛下は陛下は我らのためにあるべきもの。陛下は…」

 

 リリアがどこからか出した鉄扇を目の前のマーガレットに向ける。

 マーガレットもまた、呼び出した弓をリリアに向ける。

 

 その時だ。

 

「生憎、今失うわけにはいかんでね。それにガルジャ様の命令で、あんたを守れって」

 

 さっと姿を現したビリアがマーガレットを連れて、どこかへまた消え去った。

 リリアはすぐさま鉄扇で攻撃をするが、遅くもはやそこには跡形もなかった。

 

「まあいい。それよりも、陛下」

 

 苦しんでいるイスカスの元に向って行ったリリアは、優しく微笑むと紋章のある部分に手を触れる。

 

「我々の力は貴方様の力には及びません。助かるにはやはり、女神の力が必要。大切に思うのなら、救って差し上げて」

 

 そのリリアの言葉に反応した、女神像がもう一度青白く光っていた。

 その光が今度は邪魔されることのなく、イスカスを包み込む。

 リリアはそれをただ優しい瞳のまま見守っていた。

 

 イスカスはその光を受け入れるかのように目を閉じると、黒い紋章は落ち着いていき、またあの黒いお守りに戻っていく。

 今度はそこに、魔の植物に似た蔦が巻き付いている。

 

 すると、嘘のように体が軽くなっていた。

 激痛もひいて、普通に立ち上がれるようになっている。

 

「元に戻られてよかったです」

 

「あんたは一体何者なんだ?魔族じゃないのはわかったけど、なんで俺の事を陛下って呼ぶんだ?」

 

 そう、リリアもまたイスカスの事を陛下と呼んでいた。

 ただ、魔王であることを否定していたが…

 

「それは記憶を取り戻した時で構いません。我らは、あくまで陛下の味方ですので。それに、我らは陛下の意志を尊重しています。陛下が望まれるまま、道を進まれるのなら、それで構いませんので」

 

 なぜ安心できるのかわからないが、リリアの事を確かに仲間だと思えた。

 あったのもさっきなのに、なぜここまで信頼できるのかわからないが…

 

「つまりあんたは俺が何者なのか、知っているという事か?」

 

「勿論存じています」

 

 その言葉に、イスカスは目を輝かせた。

 自分がずっと何者であるのかわからなかった。

 思い出そうとはしていたが、記憶がもどることはなかった。

 だからこそ、自分の事を知っているという人物に会えたのは本当に嬉しかった。

 

「俺は一体、なんなんだ?」

 

「それは私の口からは申し上げられません。それを知るにはそれなりの覚悟が必要ですので。今の陛下には、その真実を受け止められない可能性もあります。それに、まだ陛下の大切な方がどこへいるのかわかっていません。まあ、すべてが整ったあとでかまわないかと。…我らは別に急いでいません。陛下さえ無事でいらっしゃるのでしたら、我らはそれだけでいいのですから」

 

「覚悟なんだそれ?やっぱり俺は普通じゃないのか?」

 

「何をもって普通というのか難しいことですけどね。我らの口から言うよりも、貴方様自身が思い出すべき問題なので、何も答えませんよ。…それと、私はまだ神官を続けなければなりません。申し訳ありませんが、私が普通の神官でない事は黙っていてもらってもよろしいですか?」

 

 リリアのその言葉に、イスカスは不思議そうな顔をしている。

 まだ神官を続けなければならない理由がわからないからだ。

 

「なぜ、神官を続けるんだ?」

 

「それは、先程話した、陛下の大切な方を探すためです。全ての秘密を握っているのは神官長でしょうが、何分なかなか尻尾をつかませてくれないので。このまま神官としてやっていくしか方法はありません」

 

「でも、俺を助けるために、神官長に背いたのに大丈夫なのか?」

 

「それは案外何とかなるものですよ。陛下はなんせ女神に選ばれし英雄ですから。英雄の命を救ったのは、神官長。そうせれば体裁もなりたつ。あの男にはそれしか道がないのですから。…そのようなわけで、貴方様の傍より離れますが、いつでも私は貴方様の味方であることを忘れないでください。そして、貴方様は魔王なんていう訳の分からないものに、最も遠い方です。ご自分を信じてください」

 

「ありがとう。なんか、リリアにそう言ってもらえたら、信じることが出来そうだ」

 

 そう言ったイスカスの言葉に、リリアはフッと笑ってしまった。

 それにイスカスは怪訝そうな顔をした。

 

「いえ、相変わらず、変わりないですね。何者かもわからない私の言葉を信じていらっしゃる」

 

「あたりまえだろ?俺を救ってくれたんだし、それに確かに仲間だと思えるから。仲間は信じなきゃいけない」

 

「良くも悪くも、それでこそ陛下です。さて、誰かが来たようですね。折角なんで魔族に襲われけがをしているという演技をしますので、ご協力を」

 

 実際、リリアからはまだ血が流れていた。

 当人は痛がりもせず、ただの擦り傷のような感じでいるが…

 

「大丈夫なのか?その傷」

 

「ああ、大丈夫ですよ。まあ転んでけがをした程度です。演技で痛がるので、あわせてくださいね」

 

 もはやイスカスは、反論せずただ頷いていた。

 リリアが言った通り、扉が開くと神官長、リール、ゼクス、さらに男性の神官が入ってきた。

 リリアが倒れ、イスクスが心配そうにしているこの状況に4人は驚いている。

 

「やはり、あの魔族の気配は嘘じゃなかったんですね」

 

 リースはすぐさま、リリアの傍に行くと、薬草を使ってなにやら術を唱える。

 その瞬間、リリアの傷が治っていった。

 

「申し訳ありやせん。あの女神官に変な薬盛られて、こんなことに…しかし、何があったんですかい?」

 

「魔族が襲ってきて、俺を助けようとリリアがかばって…神官長様。折角女神様のおかげで助けられたのに、このような事になってしまい」

 

 そんな言葉に、神官長が慌てふためいている。

 ただ、神官長もこの場で本当の事を話すわけにはいかない。

 それに、実際イスカスは、女神に選ばれたもの。

 ここはイスカスの言葉に乗るしかなかった。

 

「いや、リリアは職務を全うしただけだ。イスカス殿、無事に戻ってよかった」

 

 心にもないことを言っているのは、傍目にもわかったが、イスカスはわざと笑みを浮かべている。

 そのおかげで、他の神官やリール、ゼクスはこの神官長の真意に気付くことはなかった。

 

「これで大丈夫ですよ。リリアさん、イスカスを救っていただいて本当にありがとうございました」

 

「こちらこそ、救っていただいてありがとうございます。それに、私は英雄を助けられて本当に本望なのですから。ひとえに決断してくださった、神官長様のおかげです」

 

 神官長の顔が引きつっている。

 それにリリアはただ笑顔を浮かべるだけであった。

 

「ああ、こちらこそすまないな。お前には迷惑をかけた」

 

 イスカスは笑いそうになっていたが、それを我慢していた。

 事の顛末を知っているだけあって、あえて黙っている。

 

「それにしても、女神様は美しい方ですね」

 

「あくまで像でしかない。だから、このことは誰にも話すな。…女神様はこの像に力を送って下さり、それにより守られている。この像はその媒体でしかない」

 

 女神から実際に御神託を賜るわけではないということだ。

 あくまでその力を使っているのが、神官ということらしい。

 

「なるほど、これを他に知られるわけにはいかないわけですな。まあ、黙っておきますよ」

 

「私も、イスカスを救っていただいたので黙ってます」

 

「ああ、俺もこうやって無事にいられるのは神官長様のおかげだしな。黙っておく」

 

 他の二人のことばよりも、イスカスが話した言葉に神官長は何とも言えない顔をしていた。

 あとは神官なので、もともと他に話すつもりはない。

 

「いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。魔族もやってきたというのなら、ここの防衛も強化する必要がある。イスカス殿には聖騎士団団長への報告をお願いしたい」

 

「ファルコンにか…わかった。確かに部外者がずっといるわけにはいかないし。リール、ゼクス、行こう」

 

「そうですね。神官長様、リリアさん、本当にありがとうございました」

 

 まるで聖女のように頭を下げる、リールに神官長は気にするなと笑いかけている。

 ゼクスはただ無言で、イスカスにしたがって神殿を後にすることにした。

 

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