記憶のない青年と謎の世界   作:夢幻鎧武

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第11話

 神殿を後にして、騎士団の詰所に向って歩いているときの事だった。

 リールがふと足を止めて、平然と歩けるようになったイスカスを見つめた。

 

「どうしたんだ?リール」

 

「イスカス、あまり無茶はしないでくださいね。なんか、貴方が遠くに行っちゃいそうな気がして。私は貴方はいるから、ここまでこれたんです」

 

 その言葉に、イスカスはフッと笑ったのち、ポンポンと優しくリールの頭を撫でていた。

 

「大丈夫。どこにも行かないさ。俺はどうやら、魔王じゃなさそうだしな」

 

 リリアの言葉が本当に心強かった。

 リリアは恐らく本当のことを言っている。

 なぜ、自分の正体まで話してくれなかったのかは理解できないが、とりあえず心配していた人間に、憎しみを抱くものではなさそうなので、それだけでもよかった。

 

「魔王なんて、確かに似合わなさそうですよ。それに、どこからどうみても人間そのものですよ」

 

 同じようにしゃべり

 同じように食事をする。

 そう、もう人間と変わりない。

 だからこそ、人であるのかもしれない。

 ないのかもしれない…

 でも、イスカスは正直そんなことはどうでもよくなっていた。

 大切なのは、仲間や人を思う気持ちだとそう思えるようになったからだ。

 

「うん。そうかもな…だから、心配すんな。リールの事もちゃんと守るからさ」

 

「はい。ちゃんと守ってくださいね」

 

 そう言って手に腰を当てて、頬を膨らませるリールを見て、イスカスは笑ってしまった。

 そのしぐさが何とも言えなく、面白かった。

 

「何笑ってるんです」

 

「だって、リールが子供に見えたからな。かわいいと思っただけだ」

 

 その言葉にすねだしたリールに、イスカスはまた笑ってしまう。

 

「あの、いつまでこの状況を黙ってみるべきですかね?そもそも通りの真ん中ですぜ」

 

 確かに、おかげで周りからの痛い視線が突き刺さっている。

 恥ずかしくなった二人は、無言で騎士団の詰所に向い始めた。

 だが、どこか二人の顔はほころんでいる気がする。

 

「て…痛…」

 

 急に、お守りに巻き付いている魔の植物に似たものが、イスカスを締めつけた気がした。

 なぜそんな事になったのかわからないが…

 

「大丈夫ですかい?女神様がお怒りになったのかもしれませんぜ。なんせ、イスカス殿は女神に選ばれし英雄ですからな」

 

「なんで女神が関係するんだ?…そもそも、俺と女神の接点ってないと思うけど」

 

「まあ、そうかもしれませんが。気を付けたほうがよさそうですぜ」

 

 何をという感じでキョトンとしている。

 この時、ゼクスは傍から見たら、ただいちゃついているカップルにしか見えなかったとは、言えなかった。

 恐らく二人とも気付いていないのだろう。

 

「キャジャさんも待ってるでしょうし、行きましょう」

 

 にっこりほほ笑んだのち、そそくさと行くリールの後をイスカスとゼクスは追っていく。

 歩いているリールは、本当に嬉しそうだった。

 ようやく安心して歩ける。

 それもイスカスが英雄だったという事実が、嬉しくて仕方ないと言った感じだ。

 イスカスはそんなリールに困りながらも、笑顔でついて行っていった。

 リールが笑顔でいることが、どこか嬉しかったからだろう。

 

「あんま羽目を外しちゃだめですぜ。あいつらはまだ、イスカス殿のこと狙ってるんですから。それに、確かに女神様の力で、その変なもんもおさまったかもしれませんが、完全に消えたわけじゃねえんですから」

 

 確かに黒いお守りは消えたわけではない。

 ただ、女神のおかげで本当にイスカスは楽になっていた。

 

「ああ、わかってる。しかし、ゼクスはなんで俺の事なんか気にするんだ?」

 

「それは、なんででしょうな。なんとなく気になるじゃいけませんかね」

 

「なんとなく?」

 

「まあ、気にしないでください。道楽ってやつですからね」

 

 よくわからなかったが、ゼクスにそう言われて頷いてみた。

 いつもゼクスには守られている気がしていた。

 実際、かなり強いので自分よりも強いのかもしれないとも思えている。

 

 そんなこんなで、詰所にやってくると、騎士団はあたふたしていた。

 何かあったのだろうが、よくわからないため、取り合えず事態の確認のため、キャジャやファルコンを探して奥へと入っていく。

 

「あっ、無事だったのか。よかった」

 

 キャジャがイスカス達を見つけて、近寄ってきた。

 その様子は、あまり周りの騒ぎを気にしていないようだった。

 

「何があったんだ?」

 

「どうやら、魔族の気配がしたからと大騒ぎになってるみたいだけど、この聖都に魔族が入ってくるはずないしな。なんでこんな騒いでいるのかって感じだ」

 

 そういえばその事をファルコンに伝えに来たんだ。

 ここにいる聖騎士達は、魔族が侵入してきたことを知らない。

 キャジャもだからこそ、こんな感じなんだろう。

 もっとも、終わったことだから今更騒いでもどうにもならないことだが…

 

「魔族は侵入してきたよ。神殿にな。…まあ、結局逃げたからもう大丈夫だけど。俺はその報告のためにここにきているんだ。神官長に頼まれてな」

 

 その言葉に、キャジャの顔が凍りつく。

 今まで、魔族は聖都には侵入できないということになっていた。

 だが、それが覆される…

 つまり、どこにいても安全じゃないという事だ。

 それを理解したのか、さっきまでの態度と打って変わって真剣な表情になっていた。

 

「それが本当なら、それ相応の対応をしなきゃいけないな」

 

「まあ、対応しようにも奴らは自由自在にどこへでも現れるから、対応しようないだろうな。今のところ人に手を出そうとはしてないから、大丈夫だろうけど…今後、本当に奴らが人に手を出したらシャレにならないことになるだろうな」

 

 力が違いすぎる。

 魔族は妖しい力を使いこなせる。

 それに対応できるのは神官か聖騎士くらいだ。

 その数はしれている。

 多くの民は、何の力も持たない人々だ。

 

「本当にそうなったら、終わりだな…確かにすぐにでも、団長に言っておいた方がよさそうだ。でも、団長の執務室あんま広くないから、イスカスとゼクスだけで行った方がいい。その間、俺がリールを守っておくよ」

 

「確かに、大勢で駆けつけるのもあれか…」

 

 そう言ってイスカスは、さっとリールを見つめた。

 リールも笑って頷いている。

 

「イスカス、言ってきてください。キャジャさんでしたら、大丈夫でしょうから」

 

「そうだな。キャジャになら任せられる。ゼクス、行こうか」

 

「了解ですぜ。ワシも聖騎士ですから、団長に報告はしなきゃいけないですし、ほんとリール殿の事は頼みましたぜ、キャジャ殿」

 

 ゼクスには確かに報告しなければならない義務がある。

 だからこそ、リールの傍にいることは出来ない。

 しかも、この混乱の中だから、他の聖騎士は当てに出来ず、キャジャのみしか頼れない状況だ。

 

「わかってる。リールは任せておけ。それにある程度の魔族ならなんとかなるよ。俺も聖騎士だからな」

 

 何度か危ない目にあっているキャジャを知っているため、若干不安は残るが、人としては任せられる。

 リールを任せたのち、ゼクスの案内でファルコンのいる執務室に向って行くことになった。

 詰所は思ったより広く、騎士たちの訓練場、騎士たちの仮眠室、食堂など完備されている。

 騎士団長の執務室は、そんななかでもさらに一番奥まった場所にある。

 攻められて時でも、すぐにたどり着けない造りにしているようだ。

 

 重厚な扉のある部屋の前で、ゼクスが軽くノックする。

 

「ゼクスです。イスカス殿をお連れしやした」

 

「入れ」

 

 ゼクスはドアを開くと、イスカスと共に執務室に入っていく。

 キャジャの言った通り、執務室には書類の山が出来ており、人二人入るのでやっとという状況だった。

 

「すごいな…」

 

 思わずそう言ってしまう。

 この書類の山を片付けるのに、どれほどかかるのか…

 想像すらできないが、ファルコンは黙々とその書類の束を片付けていっている。

 

「まあ、しばらく留守にしていたからな。それで、その様子だと神官長に話は聞けたのか?」

 

 そこで、イスカスとゼクスは交互に今まで神殿であった出来事を話す。

 勿論、リリアというあの女神官が普通な存在じゃない事は伏せておいた。

 ここで、その件を出せばさらに厄介な事になりそうだからだ。

 ファルコンは、時々質問を交えながら、すべての事実を確認していくと、やはりその顔が曇っていた。

 

「厄介だな。確かに英雄だという証明がなりたったイスカス殿がいることは、私としてもありがたいが、ただ魔族がこの聖都に入れ、怪しい術で行き来が自由となると、もはやどう守っていいのかも想像がつかない」

 

「そうだな。それに本当に魔族に変える力を持っているとなると、敵はもっと増えてしまうってことだろ?」

 

「それも、元は人間という存在。どうすればいいか、対応が困る。…ただ、今までそのような事は報告されていない。実際に出来るかどうかも謎だ。それに、奴らが狙っているのはイスカス殿とリール殿のみ。他は蔑んでいるように見える」

 

「それは俺も感じた。俺達だけなんで特別扱いしてくるのか…本当にわからない」

 

 そう言いながらも、リールの話から、恐らく自分も普通ではない存在なんだろうという想像はついていた。

 恐らくそこに、狙われる秘密があるはずだろうが、問題はリールだ。

 リールには、人々を治療できる不思議な力があるが、もともとここの人間であることは間違いない。

 聖女といわれているが、何故狙われるのか…

 

「そうだな。まあ、魔族の考えることなんかわかったら、苦労はしないよ。問題はイスカス殿やリール殿を手に入れた後、奴らは何を考えているかだ」

 

 そう、今はあくまで自分たち、とくにイスカスを手に入れようとしているだけだ。

 それが手に入ったとしたら…

 

「まあ、いい事ではないでしょうな。奴らがまともじゃないのはわかってるんですし、狙いはこの世界と考えるのが自然じゃないですかい。まあ、わしはイスカス殿を守るので、そうはならないようにしますがね」

 

「まあ、俺よりもリールが心配だ。最近こっちばかり狙っているから、なんとかなっているけど、連中がまた狙いをリールに戻す可能性もある」

 

 イスカスの言葉に、ファルコンは深いため息をついていた。

 人員が限られている今、どのようにすべきか…

 何より、奴らはどこから来ているのかそれすらもわからない。

 

「一体、魔族とは何者なんだ?それさえ分かれば、手の打ちようがあるんだが」

 

 それは誰も分かる者はいない。

 魔族そのものに聞くしかないが…

 

「まあ、考えてもしかたねえことですぜ。今できることしませんか?」

 

「今できることか…一体何をすべきか…」

 

 いつもは的確に指示をしているファルコンでさえ、弱っていた。

 

「きゃー」

 

 そんな時だ、突然女性の悲鳴が響きわたる。

 一瞬何が起こったかわからないが、イスカス、ゼクス、ファルコンの三人は執務室を出て、悲鳴が聞こえたほうへ走っていく。

 騎士たちの姿がないので、恐らく皆もそちらにむかっているようだ。

 そのためか、ざわざわとした声が聞こえてくる。

 

 イスカスは嫌な予感がしていた。

 そもそも、ここに女性の姿はリールくらいしかなかった。

 リールに何かあったということなら、キャジャにも何かあったということだ。

 

 リール達がいただろう食堂に行くと、そこに大勢の聖騎士が集まっている。

 そこに、リールの姿もキャジャの姿もなかった。

 

「何があったんだ」

 

「団長、魔族が突然現れ、女性とキャジャを連れ消え去りました」

 

 焦った様子で、一人の騎士がそう話していた。

 魔族は突然現れ、リールを連れ去ろうとしたらしい。

 それを止めようとしたキャジャも、気絶させ二人を連れて、また姿を消したそうだ。

 その説明を聞いていた、イスカスがもはや呆然としていた。

 

「まさか、恐れていたことがおこるとは…しかも、キャジャまで連れ去るとは」

 

 そう、キャジャは必要ないはずなのだが、キャジャまで連れ去ってしまった。

 イスカスは、まだ信じられずにいた。

 さっきまでいた、リールやキャジャがいなくなるなんて、そう簡単に受け入れられる訳ない。

 それに、リールの父ルシスにも申し訳がたたない。

 リールの護衛を頼まれていたのに、これではその意味すらない。

 

「どっちにせよ、これで狙われるのはイスカス殿のみってことですな。しかも、イスカス殿を襲っておいて、リール殿に乗り換えたってことは、奴らは本格的に動き始めたってことですぜ。目的はなにか知りませんが、もはや猶予がない状況ってわけです」

 

「そうだな。奴らが次に狙ってくるのはイスカス殿。その上、本格的に動き出したとすれば、それ相応の心構えが必要だな」

 

 イスカスはただうなだれていた。

 自分に力がないばかりに…

 リールを守れなかった、そのことがずっと、自分を苦しめ続ける。

 

「とりあえず、イスカス殿は今まで通りワシが守ります。とにかく魔族の目的を調べることが必要ですぜ」

 

「調べようにも…奴ら自身しかわからないしな。それに、我々にはあんな力はない」

 

「諦めるんですかい?」

 

「そうじゃないが、どうすればいいのか…」

 

 そう、聖騎士でも敵わなかった。

 さらに、その聖騎士の詰所で魔族が人をさらった。

 もう、誰にも魔族を止められないという事だ。

 

「やるのは…俺しかいないよな」

 

 自分を守るというより、これ以上魔族に好き勝手にさせたくないという気持ちが強かった。

 英雄という自覚はないが、もし伝説ならば自分が救うしかない。

 もし本当にそんな力があるなら…

 そうやって、決意の表情をしたとき、隣にいたゼクスがどこか嬉しそうな顔をした気がした。

 

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