イスカスが騎士団の宿舎に戻ると、ファルコンがイスカスに駆け寄ってきた。
無事でいることを確かめ、ほっとしたようだ。
だからなのか、イスカスは少し笑みを浮かべている。
「大丈夫なのか。急にゼクスと共に消えたから、心配したんだ」
急に宿舎のイスカスの部屋が静かになったため、心配になって、聖騎士が飛び込んだところ、誰もいなかった。だからこそ、探し回っていたらしい。
なんせ、護衛を頼んだはずのゼクスまでその姿がなかったのだから。
イスカスは申し訳なさそうな顔をして、その問いに答えた。
「大丈夫だ。ちょっと散歩行ってただけだから。…それより俺はもう一度、神官長に会わなきゃいけない。案内してもらってもいいか?」
自分一人で行けば、途中で護衛に捕まるのは目に見えている。
特に魔族からの襲撃を受けて以来、神殿の防衛は強固なものになっている。
だからこそ、ファルコンに頼むしかなかった。
だが、今更また神官長にあいたいなんて、理由がわからないファルコンは首を捻っている。
イスカスの事は信用しているから、反対するつもりはないようだが。
「構わないが、会ってどうするんだ?」
「女神様の力を借りようと思っている。この世界を救うには女神様の力が必要だからな。俺は女神に選ばれた英雄なんだろう?なら、きっと女神様も俺に力を貸してくれるはずだ」
その目は真剣な目で、冗談で言っているようには思えなかった。
そもそも、戻ってきたイスカスの雰囲気が若干だが変わっていた。
何かを決心した、そんな目をしている。
今までの迷いが全て消えたような目を…
「確かに、そこにかけるしかないか」
どのみち、このまま手をこまねいていたら、何が起こるかわからない。
聖騎士団でも、魔族相手に太刀打ちできるかどうかわからない状況。
状況もどんどん悪くなるばかりだ。
だからこそ、希望のためにも、イスカスを信じるほかなかった。
ファルコンの案内の元、またあの神官長の部屋を訪れる。
部屋の前には、あのリリアという神官が立っていた。
リリアはイスカスから、事情を聴くと、すぐに神官長に取り次ぐ。
そもそも、リリアにとってはあくまで、イスカスこそ自分の主であるから、反対するつもりはない。
「こっからは、ファルコンには席を外してほしいんだ。少し込み入った話も出るだろうから」
真顔でそう話しかけられ、ファルコンは首を捻っている。
「込み入った?まあ、非常時だからそんなに騎士団を空けておけないからいいが…ちゃんとあとで顔を出せよ」
そう、今はいつ魔族が襲ってきても仕方ない状況。
ゼクスがいなくなってしまい、イスカスの護衛がいないのは少し心配だが、もはや人数も避けない状況だ。
まあ、神殿内にも神殿の警護のため聖騎士達がいるので、なんかあったとしてもすぐに駆けつけるはずだ。
だからこそ、イスカスを信用してここは任せることに決めた。もっとも、少し疑問に思ってこともあったが。
「そうするよ。…ファルコン、この世界の人たちを頼む」
「なんだいきなり?当たり前の事だ」
ファルコンは不審そうに首をかしげながら、この神殿を後にしていく。
そもそも、なんでイスカスが急にこんなことを言い出したのか、全く理解できないようだ。
この世界の人たちを頼む…
そんな言葉が、どこか耳に残って仕方なかった。
なぜ今更そんな事を言ったのか…
ファルコンは、少し嫌な予感がしていた。
一方のイスカスも、戻ってきたリリアとともに神官長の元へ歩いていく。
その途中で、なぜかイスカスはリリアに話しかけてきた。
「そういやあ、探している人は見つかったのか?」
「いいえ。全く手がかりも」
「そっか。見つかるといいな」
その言葉に、リリアも首をかしげていた。
何か、イスカスが変だ。
まるで、何かを覚悟しているような感じがして…
それがとても、嫌な予感がしている。
ただ、イスカスの顔はいつもの何事もない顔に戻っていたため、気のせいだとそう考えることにした。
あの時のように、部屋を開けると神官長が執務室の椅子に座ってこちらをみていた。
イスカスはその視線に笑みで返し、静かに用件を告げる。
この場で、神官長への遠慮はいらない。
リリアもそもそも、目的があって神官長の傍にいるだけで、決して神官長側ではない。
「女神様にあわせてくれ。一応、あんたに許可がいるんだろ?」
この神殿の全権をもっているのは、この神官長のみだ。
だからこそ、この神官長に話を通す必要がある。
「一応な…いいが、どうするつもりだ」
女神像について知っている、イスカスに隠しても仕方ないことだが、理由を知る権利くらいあるだろう、そういう顔をしている。
そもそも、前の件をイスカスとリリアが黙っているから、その貸しを返せるならこれくらいかまわない。そう思っているのだろう。
「ちょっとな…この世界を救うには、女神様の力が必要なんだよな。だからさあ、会って女神様にお願いしてみようと思っただけだ」
その一言に、イスカスをじっと見つめていた。イスカスも、神官長の目をじっと、曇りなき目で見つめていた。
「分かった。ただ、女神様を怒らせるようなことはやめておけ。この世界に女神様は必要だ。怒らして出ていかれては」
「随分都合いいんだな。必要な時だけ頼むのか…ああ、それについては大丈夫だ。女神様を怒らせるつもりはない」
その言葉に、神官長はホッとしている様子だが、イスカスはどこか冷めた目で見ていた。
それを見ていた、リリアはずっと首を捻っている。
イスカスの様子がどこか違っている。
「リリア、英雄殿を案内しろ」
「はい。畏まりました」
リリアは、女神像の間に行く間、ふとイスカスに尋ねてみた。
どうしても気になっていたからだ。
「女神様をご存知なんですか?」
「こないだ会ったじゃないか。女神像に。だからご存知だろう」
その言い方が、当たり前のように言っている。
嘘がない感じがするが…
「いえ、そうではなく。まるで、女神がなんであるのか知っているようだったので」
その問いかけに、イスカスはいつもの感じで首を捻っていた。不思議そうに、リリアを見ている。
「そんなこと、知る筈ないだろう。神官長には勘で言っただけだ。…それに、女神様は凄い力を持ってんだろ?なら困ったら貸してくれる」
「そうですが…根拠なくですか。貴方らしいですが」
「なんか馬鹿にしてないか?…まあいいや。あと、あの部屋は俺一人で入っていいか?女神像と真剣に話をしてみたいんだけど」
「構いませんが、あの像は力を与えるだけで…」
「それでも、女神様はきっと見てると思うんだよな。神様なんだし、お祈りくらいは許されるだろう」
「わかりました。それでは、外で待っています。ただし、またあいつらが攻めてきたら、言ってください。貴方を守らないといけないので」
「まあ、そんときはな。じゃあ、そういうことで…絶対入ってくんなよ」
そう言って、部屋に入っていく、イスカスに不思議な感じを覚えていた。
リリアは取り合えず、イスカスに言われた通り、部屋の入り口で待っている。
騒ぎ声も聞こえず、随分と静かである。
もともと神殿でも、こんな奥までいるのは、少数の神官のみしかいない。だからこそ、静寂な雰囲気が醸し出されている。
どれ程経ったのか、リリアにはわからないが、それにしても静かすぎる。
確かに、あの部屋にはイスカスと女神像しかいないのだから、話し声がすることが、おかしい。
ただ、こうまで静かだと不安にかられる。
確かに記憶をなくしているとはいえ、リリアにとっての唯一仕える主であることは、間違えない事実である。
もし、何かあっては…
ガシャン
そんなとき、突然大きな物音が辺りに鳴り響く。
嫌な予感がしたリリアは、すぐさまその扉を開いて飛び込んだ。
何があっても、イスカスは守らないといけない。
「な…なにをやってるんですか…」
あまりに驚愕の出来事に、リリアは固まってしまっている。
そもそも、目の前に起こっている事を理解できない、そんな顔をしていた。
「何って?見ての通りだ」
剣をまた振り上げ、目の前で女神像を破壊しているイスカスが、何事もなかったように話している。
だからこそ、信じられない様子でリリアはイスカスを見つめていた。
こんなことをするような男ではない事を、誰よりも知っているためだ。
「見ての通りって…なぜ、それを壊しているのです」
そう言って、イスカスを右腕を見たとき、リリアは固まってしまった。
女神が力を与えていた、あの植物の封印がとけ、黒い紋様がイスカスの腕を覆っている。
どう見ても、普通じゃない状態だ。
それも、前と違い動けなくなるのではなく、その力をまるで利用しているかのように動かしている。
何より、その視線がありえないくらい冷たい。
「邪魔をしないであげてください。陛下がご自分の意志でなされていることですから」
そう言って、突然現れたのはマーガレットだ。
いつものようにオレンジの髪をなびかせ、冷たい目でリリアを見ている。
リリアもまた、裏切り者に容赦はしない。
全てこいつが絡んでいるのはわかる。
「陛下の意志だと…貴様、やってはならないことをしたな。こんなこと…もはや許さない」
リリアがそう叫んだ時だ。
勢いよく扉が開き、神官長とファルコンが飛び込んできた。
その目はまるで信じられない者を見る目で、現状を見つめている。
今まででは感じられないほど、冷たい目でイスカスは二人を見ている。
持っている剣から、女神像を壊したのはだれかすぐにわかった。
だからこそ、信じられないのだ。
「あらあら、観客が増えてしまいましたね。陛下、そろそろお暇しましょう。もはやここにいる必要はないでしょう?」
「そうだな。ここにいる必要はない」
「何が必要ないだ。お前どうしたんだ?お前は…」
ファルコンのその言葉に、イスカスはふっと冷たく笑っていた。
「そうだな。ようやくわかったんだ。俺は元々人ではなく魔族いや魔王だな。…女神はやがて邪魔になる。だからこそ、消しただけだ」
そう、それが当たり前のように話している。
まるで、人がどうなろうと別にかまわない風で。
そこには敵意しかない。
「そんな…こんな事って。私は認めません」
我慢できなかったリリアが、持っていた神官の杖でマーガレットを狙う。
そのマーガレットを、イスカスは剣でリリアの杖を防いで守っている。
剣と杖での攻防はしばらく続いていた。
「なんで…こんな事って」
そんな悲しいつぶやきをリリアが言った瞬間、イスカスはさっと、蹴り飛ばした。
リリアはその力により、壁にぶつかってしまい、その衝撃で血が出てしまう。
もはや、疑いようのない魔族化に、ファルコンもイスカスに斬りかかろうとした。
「これ以上はつきあえきれない。戻るぞ」
「はい、かしこまりました。陛下」
マーガレットの力により、その剣はイスカスに届くことなく、その姿を消していった。
残されたのは、ただ茫然としている神官長と、怪我をし動けないでいるリリア、そしてもはや剣の向ける相手がいないファルコンのみだった。