キャジャとリールが、聖都に戻ってきたのはあれから少し経ったときであった。
ファルコンは喜んでいたが、キャジャは何とも言えない顔をしていた。
「結局、あいつが全部かぶっちまった。それも、もうあいつは魔王化してるって自分で言ってた。意志が残っているうちにと俺達を逃がしたんだが、いつ襲ってくるかわからない」
ファルコンはそう説明し、さっとリールを見つめている。
リールの目には生気がなく、ただそこに立っている動く人形のような状態であった。
言葉すらしゃべらず、魂を抜かれたようなそんな状態に、ファルコンも心配そうな顔をしている。
「つまり、お前たちを助けるために、自らあの封印を解いたというわけか。だから女神像を破壊する必要があった。…なんで気付けなかったんだ。あの男は変わったわけじゃないのに…」
そう、あの場は信用できなかった。
いや、起っている事実を認識できなかったというのが、本当の事だった。
ファルコンは自分が気付けなかったことに、悔いて拳に自然と力が入った。
イスカスはどこから来たかわからない。記憶がない。
そこを、どこか恐れてしまっていた。
魔王だというあの状況をみたら、そうだと思ってしまった。
変わってしまったと…
そうじゃないのに…
「問題はどう対処するかですね。リールはこんな状況だし、あいつが完全に魔王になれば、この世界は終わる。だからこそ、女神様の力が必要なんだけど」
「女神様の力か…残念だが、イスカスが女神像を壊してしまったためそれは無理だ」
そう、ファルコンは目の前でそれを見てしまった。
希望であるはずの女神像がもはや砕けてしまっていることを。
「女神像なんて、ただの媒介にすぎない。恐らく、どこかに女神様がいる。その女神様を探し出し、その力を貸してもらえれば、この世界を救うことが出来るんじゃないですか?」
「女神様がいる?どうして、そう考えるんだ?」
「勘なんですけど、実際女神様は存在しているからこそ、イスカスに力を与えた。そう考えたら、どこかに存在しているはずの女神様を探し出せば、あの媒介である女神像がなくても力を貸してもらえる。そう考えたんです。我々人間は、無力ですし、力を求めるとすればそこに頼むしかない」
「まあ、どちらにしろ我々にそんな知識はない。神官長様に聞いてみるしかない。…確かにこの世界を魔族のものにするわけにはいかない。それに、魔王だなんて、イスカス殿も本意ではないはず。ならば、我々としてはその恩に報いるため、止めることがひつようだ。そのために必要な力を得られるというのなら、女神様に頼るのもわるくないな…ただ、リール殿をどうすればいいか」
どのみち、聖騎士でも魔族に敵わないのはわかっていた。
ならば、女神様に救いを求める必要がある。
ただ、どんな場合でも今のリールを連れて歩くことはできない。
どこかで静養させてあげたいと思うが、リールはまた狙われる可能性がある。
守りながらとなると…
「騎士団の宿舎しかないでしょうね。休まる上に、聖騎士がいればまだましでしょう」
「そうだな、それしかないな」
ファルコンとキャジャは、リールを宿舎に連れて行ったのち、その足で神殿まで急いで行った。
この世界の最奥に、魔の植物により隠されるようにそびえたつ、一つの強大な城があった。
全面黒い石が使われており、薄暗い雰囲気を醸し出している。
周りにある植物は、魔の森と同じ植物のみで生気が感じられない場所だ。
その中にある玉座の間で、深々と腰かけ肘掛けに腕をおいて頬杖をついているイスカスの姿があった。
魔の紋章が全身にまわり、その目は少し冷めた目つきをしていた。
その隣にたたずむのは、マーガレットとルーシャという緑色の目と緑色の髪をもつ女の魔族だ。
「陛下、そろそろ動き出しますか?」
マーガレットは恍惚な笑みを浮かべ、隣にいるイスカスに問いかけた。
イスカスはそんなマーガレットに目も向けず、頬杖をついたまま答える。
「今は時期ではない。まだ俺も魔の力を手に入れた訳ではないからな。今行けば、こちらが危ない」
そう答えたイスカスに、マーガレットは満足そうな笑みを浮かべて頷いていた。
そんな時、この玉座の間の扉が開き、ビリアというあの魔族が入ってきた。
ビリアは冷たい目で、マーガレットを見たのち、今では魔王となっているイスカスにさっと目をやった。
「話がある。二人きりで話したいんだが?俺様につきあえ」
ぶっきらぼうに言い放った言葉に、マーガレットは怪訝そうな目を向けていたが、イスカスがさっと左手でマーガレットを押さえる。
「ああ、構わないといいたいとこだが、何か罠を仕掛けていたら問題だ。こっちも一人は連れて行きたいんだが、俺が指定すればフェアじゃないよな。なら、お前が連れて行っていいと思う者を選べばいい」
「罠か…そうだな。確かに一人くらいなら構わねえ。じゃあ、そこのルーシャという女にするか。マーガレットは邪魔だしな」
その言葉に、なっと言いかけていたが、それもイスカスが手で止めている。
イスカスの命令は絶対だと、自分に言い聞かせているためかマーガレットは、ぐっとこらえた。
「いいだろう。マーガレット、お前はここにいろ。…ルーシャついてこい」
「しかし、陛下。あの男は恐らく陛下の力を試そうとしています。今の陛下では人とそう変わりありません。そのような体で相手されるのは…」
「そんなこと分っている。だが、この程度の事自分でどうにかできないんじゃあ、魔王になどなれない。…わかったらそこで大人しくしてろ」
「陛下…畏まりました」
不服そうではあったが、言われて通りその場に残っているマーガレットを見届けたのち、どこか虚ろなルーシャをつれて、イスカスは先に進むビリアの後について行く。
結構奥まった場所まで来たとき、突如ビリアの力により、別の場所に移動させられる。
こっそり後をつけていたマーガレットたちは、ビリアに巻かれてしまいその場に取り残されてしまった。
ついたのは城の最下層。
重厚な扉がある部屋の前である。
その前の広い場所で、ビリアとイスカスは互いに少し距離をとって対峙していた。
地下だけあって、少し肌寒い風が吹いている。
「ルーシャ、お前はそこにいろ」
ルーシャは命令されるがまま、その場所に止まっている。
それに一瞥をくべると、さっとビリアに向きを変えた。
「ここなら本音で話せるだろう。他の連中がいない」
完全に巻いているため、ここにいるのはルーシャとイスカス、ビリアのみになっている。
そんなビリアに、イスカスは冷めた目を向けていた。
「本音?この俺を倒したいだけじゃないのか。あんたにとって俺は邪魔でしかないだろうから」
「まあそうかもしれないな。…では質問を変えよう。お前は魔王なのか?それともイスカスか?」
その問いにどういう意味だというめをしたのち、イスカスはしばらく黙っていた。
「何故自分の事なのに黙り込む。それすら、答えられないのか?」
「お前は、誰だ。魔族じゃないな」
その問いかけに、ビリアはふっと笑っていた。
「お前の事をよく知る者だ。まあ、今のお前がどれなのかによるが…敵にも味方にもなる者といえばいいか…」
その答えに、イスカスはじっとビリアを目を細めて見つめる。
しばらく見つめたのち、はっとしたイスカスは、思わず笑ってしまった。
「俺はイスカスではない。まあ、魔王が一番近いかもしれない。…この答えでいいのか?」
「やはりか。既に記憶を取り戻したのなら、何故一人で動こうとする。それに、邪魔ばかりしているが、人の奸計を無駄にするつもりか」
もうイスカスは隠さず、そのまま笑っていた。
その笑みは先ほどの冷たいものからほど遠く、イスカスのものよりも優しい笑みを浮かべる。
「お前のおかげだ。あの場所はさすがに衝撃だったからな。…しかし、お前自ら来るなんて珍しいな。それに、いいよなあ、その能力。俺もそれがあったら、こっそり沢芽市に戻ってもばれないんだろうな」
「お前はまだそんなことを考えていたのか?だから、マーガレットなんぞに、見事にやられるんだ」
「あいつは…確かにそうだな。俺のせいだよな。あいつは、俺が人に化け物扱いされるのが気に食わなかった。それでも、俺が人の味方でいることも…だから、俺を魔王に仕立て上げたかった。気持ちはわかるんだけどな…でも、俺がそこを曲げるはずないんだけど。わかっちゃもらえないのかな」
「それを私に聞いてどうする。その答えは出るわけがない。…ただ、マーガレットは裏切り者である事実は変わりない。お前がそのマーガレットをいまだに庇う神経がわからない。お前だけでなく、舞様まであんな状態でいるのに」
「舞はリリアに任せている。って、お前らどんだけ潜んでいるんだって、気付いたら思えるよ。そういうの苦手なゼクスにもあんな事させるし、そもそもリリアいや、リクシアか。あいつだって、ゼクスだって俺の話しか聞かないはずなのに、ビルス、よくお前に協力したな」
もはや、このビリアという魔族でいる必要がなくなったビルスは、この男の世界にいる際の、紫の瞳に、紫の髪。右手に手帳のようなものをもつ、本来の姿に戻る。
「それは、お前が記憶がどこにいるのか無事でいるのかすらわからなかったからだ。…それがまさか、記憶を失っているなど…本当に考えられない」
自分の片腕であるビルスの発言に、もはやイスカス、いや葛葉紘汰は苦笑するほかなかった。
自分と舞とで、インベスを進化させた存在。
それが、ビリア達だ。マーガレットもまた、自分たちの世界の民である。
マーガレットは元々、舞の傍にいて舞の話し相手や身辺を守っている存在であった。
あるとき、舞と共に紘汰の両親の墓参りに行った際、紘汰が襲われている何者かに少年を助けるため、戦った際、相手が銃を使用してきたため、仕方なく紘汰の力を使って守ったことがあった。
その際の少年や、逃げる襲った者たちが、紘汰の事を化け物とよんだことが、マーガレットの脳裏に焼き付いてしまったらしい。
当の紘汰は気にしていないし、舞もまた力を使ったことは怒っていたが、そのような扱いを受けたことには何も触れないでいた。二人とも、そのような扱いを受けてしまう事をわかっているからこそ、あの世界にいられなくなった。二人とも覚悟が出来ていたためか、そこまで気にしていかったが、マーガレットはそうはいかなかったようだ。
その結果、マーガレットは紘汰に人を捨てることを望んでくるようになる。
紘汰はそれは無理だといっていたが、どうやってなのかあの世界の魔族と関わりをもち、今回の事を計画したらしい。
魔族は、オーバーロードのようなものだが、それとも少し違う力を扱っているというのはわかっている。その上、紘汰と舞の知恵の実の力を封印するという力があった。
まあ、簡単なものではないらしく、一回しか使えない。
だから、万全を期すために、舞を人質に使って紘汰をおびき寄せ、その力を封印することに成功した。
その際、先に封印されてしまっていた舞を救おうと紘汰が最後の力を使い、舞もまた紘汰を敵の元から放すため、自分の意志がきくうちに移動させた。
その際のショックから記憶を失った上に、紘汰はほとんど人に戻っていた。
舞は、女神様とよばれ、神官長が隠している状況になっている。
紘汰と違い、舞はそのものが封印されているので力と切り離されたわけではない。
身動きや意識体を飛ばすことはできないが、力で間接的に関与できる。
それを神官たちが利用しているという事だ。
「それに関しては、ただ謝るしかないよ。俺自身、まさかこんなことになってるとはな。…そのうえ、俺を魔王だなんて正直悪い冗談かと思った」
「まあ、記憶をなくしたのはもはや言うまい。それより、何故相談しなかった。あの時も、今も」
そう、舞が連れ去られた際、紘汰は自分の世界の民に何も言わず、一人でその場に行っていた。
そして、今も記憶を取り戻しているのに、記憶喪失なふりをしたまま動いているのを、あまりよく思っていないそういう事らしい。
「いやあ、お前ならマーガレットを始末するって言いかねないからな。俺はマーガレットも救いたい。そう考えているから。それに舞まで捕まっていたし。なにされるか…で、今は元々この世界に関わりがあるのは俺と舞のみ。だからさあ、お前たちに頼むのもわるいと思って…なんだよ、その目は」
ビルスはもはや冷たい目で紘汰を見てた。
慣れてはいるが、もはや馬鹿としか言いようがないなという目をして。
「呆れて開いた口がふさがらない。お前はあの世界の王だと言っているだろう。その王どころか舞様まで失う可能性がある事態に、我々だけが残っているなど、出来ると思うのか?生憎、お前は馬鹿だが、お前のほかを王に仕立てるつもりはないと言っておいたはずだ。忘れたのか?」
「だから、俺は王なんかになってつもりもなるつもりもねえよ。なんで、そんなに俺を王に仕立てたいのか、ほんとわかんねえよ。…でも、ありがとうな。それで、どうせそこなんだろう?俺の力があるのは」
重厚な扉の向こうから、ずっと呼ばれている。
そもそも、完全な封印など出来るわけない上に、これを扱えるのは紘汰と舞しかいない。
だからなのか、この力を移動は出来ても、ここまでが限界だったようだ。
「記憶が戻ったお前にとって、もはやその闇も何の意味もないようだな…ところで聞きたかったんだが、女神像を壊したのは、怒りを抑えきれなかったからじゃないのか?お前はいつも舞様のことになると、顔つきが変わるからな」
「なんだばれてたのか…そうだよ。俺だって人の味方ではあるけど、許せねえことだってある。舞の力をあんな形で使っている上に、閉じ込めているんだからな。いいように使って、あたかもそれが当たり前のようにしてたから、許せなくって。…まあ、今頃リクシアが俺の伝言通り、助けに行ってると思うからいいけど」
あの襲い掛かった際に、小声で舞の居場所を教えていたのだ。
舞にはあの女神像を通して、そもそもあのお守りを封印していた、ヘルヘイムの植物を媒介にして語りかけた。
そのかいあって、舞が紘汰の力を持っていないことや、舞の居場所を確認することが出来た。
ついでに、あのヘルヘイムの植物を解くためと、本当に怒りで女神像を破壊し今に至っている。
「まあ、リクシアはお前の命令は絶対だからな。確実にやり遂げるだろう」
その言い方に腹が立ったのか、ビルスを睨みつけて胸倉をつかんだ。
「いい加減にしろ。俺はそう言うつもりはない」
「わかっているが。こんなことをしても、今のお前では私の足元にもおよばない」
その言葉の意味がわかっているからか、さっと胸倉から手を離した。
「そうだな。…でも、二度とそういう事はいうな。お前でもそれだけは…」
「まあ、お前がそういう男だというのは、よくわかっている。さあ、早く行け。マーガレットに気づかれると厄介だ。それに」
「あいつか…思い出すまでは、完全に騙されていた。それに…リールをずっとこのままもいけないしな。お前の力でも解けなかったんだろ?」
「ああ、だが、恐らくお前の力なら…」
「そのためにも、取り戻さないとな」
その重厚な扉は、普通には開かない。
だからこそ、紘汰は中にある力に呼び掛けた。
すると先程とは違い、嘘のように軽い力で扉を開くことができた。