部屋のなかには、極キーが黒い石のなかに閉じ込められていた。
紘汰がその封印を解こうと近づこうとしたとき、突然何かの攻撃を受け、とりあえずその場から逃げる。
今、ビルスは表に残っているため、ここにいるのは自分一人だ。
だからこそ、襲ってきたものがいるだろう場所に、目を向ける。
そこにいたのは、双子の男の子だった。
「ねえ、一緒に遊ばない?」
「遊ぼうよ」
遊ぶという表現に、紘汰は苦笑しながらもさっと、あの剣を抜き構えた。
今の紘汰は人に近い状態ではあるが、イスカスだった時よりも、自分のことをよくわかっている分、動ける。
「あんま時間ないんだけどな…どうやら、簡単には行かしてくれないみたいだな」
すぐそこにあるが、力は封印されているため呼び寄せることまでは出来ない。近づいて取るしか方法がない。
そこをわかっているためか、双子の兄弟が上手くブロックしている。
「そもそもいいの?こんなことして」
「リールだっけ、あの子どうなっちゃってもいいの?」
その問いかけに、紘汰は冷静な顔つきのままいる。
「勝手にすればいい。この闇のおかげで、そんなことどうだってよく思えるんだ」
そう言って、わざとらしく闇の紋章に目を向ける。
その反応に、双子は意外そうな反応をする。
「じゃあなんで、狙うの」
「その力を…」
「狙う?返してもらうだけだ。それに、俺は魔王だからな。それなりの力が必要。だからこそ、邪魔をするな」
そう言って剣を振ると、双子はどういうわけかその姿を消した。
紘汰は首を捻って周囲を確認したが、もはや気配を感じ取れない。
そっと剣をしまうと、黒い石に封じ込められた極キーへと歩みをすすめる。
そんな時、急に自分の体が重くなり、しばらくすると痛みを感じた。
みれば、自分の体に剣が刺さっている。
「失敗…なるほど…気配…完全に…かくせるのか」
体の重さから膝をついてしまう。
そんな紘汰に、先ほどの双子が嘲笑っていた。
「やっぱ人間。弱い」
「弱い。面白くない」
「弱いねえ…だが…俺は…人間じゃないんでね」
人間に近くなっているだけであって、人間に戻れたわけではない。
記憶を取り戻してからすぐに、気付いていた。
異様に魔の果実に惹かれていた理由について。
あれは、恐らく自分の中のオーバーロードとしての部分がそれを求めていたのだと。
人間でありなががら、魔族と互角に戦えたのも戦いなれていたからだけでなく、自分の中に残っているオーバーロードの力がそうさせたのも。
だからこそ、今紘汰は立ち上がり、刺さった剣を引き抜く。
赤い血が滴り落ちているが、人とは違いまだ動ける。
「そんな状態でどうするの?」
「どうするの?」
「勿論、そいつを返してもらうだけだ」
とはいうものの、やはり体が上手く動かせない。
かなりのダメージを受けているためだろう。
双子の攻撃を防ぐので手一杯だ。
このままいけば、自分が負けるのが目に見えてわかる。
せめて、あの力を取ることが出来れば…
今ある傷も回復できるし、何より、こいつらも簡単に倒すことが出来る。
だが、なかなかそこまで行かしてくれない。
そんな時だ、突然紘汰の目の前に、傷だらけのオレンジ色の髪の女が現れたのは。
それが誰だかすぐにわかり、紘汰は驚愕の表情でその女をみる。
「マーガレット、お前、どうしたんだ?」
自分も傷ついて血を流している状況下、マーガレットの心配をする。
マーガレットがそこで、すでに記憶を取り戻していることに気付いて、安堵の表情をみせた。
「騙されたんですよ。ガルジャに…でもいいんです。自業自得ですから。陛下をこのような目に合わせてしまったのも自分の責任です」
「何言ってんだ。じっとしてろ」
何とか双子の攻撃を防ぐ紘汰に、マーガレットがふっと笑っていた。
その顔は、覚悟した顔になっている。
「陛下、貴方は成し遂げなければならないことがあるんですよね。私を否定してまで貫き通したもの。…悔しいですが、貴方様をかえることなど私にはできなかったんです。…さあ、貴方様の力を取り戻しに行きなさい。この二人くらい、今の私にもなんとかできますから」
「しかし、お前、その傷じゃあ…」
「だから、人の心配などいいのです。そもそも私は陛下や舞様を裏切った、裏切り者ですから…戻れる場所ももうないんです」
「何を言ってる、俺はお前を…」
「舞様や陛下が許しても、皆は許しませんよ。…私はそれだけの事をしたのですから。でも、後悔はしていません。陛下は陛下らしく…さあ」
そう言って、マーガレットは渋る紘汰を投げ飛ばし、双子に抱き着いた。
双子は暴れまわるが、動きが全く取れないでいる。
「陛下…ずっとお慕い申し上げてきました。どうか、どうか。陛下の夢を叶えてください」
「何言ってんだ」
紘汰の叫びは届くことがなかった。
そのまま、ばっきゃろうなど叫ぶ双子と共に、マーガレットが光、エナルギーによって爆発して消えてしまった。
静かになった空間で、紘汰はただ茫然としていた。
正確には理解ができなかったというのが確かだ。
本当にマーガレットの事を恨んでいなかった。
マーガレットが自分の事を思ってやっていたことも、わかっていたからだ。
確かにやり方も間違っていたし、押し付けたことも決してほめられたことではない。
でも、それでも…一緒にやり直せると思っていた。
「そんなのって…」
だんだん理解できて来たのか、自然と紘汰の目から涙があふれ出てくる。
結局、力があっても救うことが出来なかった。
マーガレットをあそこまで追いつめてしまったのは、自分だと…
その後悔と、取り返しのつかない事態に、何もできなかった自分への悔しさに、ただ泣くしかなかった。
そんな紘汰の前にクラックが開かれる。
赤いバラの紋章の入ったドレスを着た女がそっと紘汰の傍に寄ってきた。
「俺は…結局救えなかった。お前にもどんな顔をしていいか…」
「いいんですわよ。これで…マーガレットはこうなることを望んでいたんですわよ。主様。貴方はこのようなところで、こういうことをしてる場合ではありませんわよ。マーガレットの意志を、無にする気ですか?」
「ローズ、でも…」
ローズはため息をつくと、そっとオレンジ色のマーガレットの花を紘汰にそっと差し出していた。
紘汰はそっと涙をふき取ると、そのマーガレットの花を受け取った。
「ワタクシはあの子の姉ですわよ。あの子の事は誰よりもこのワタクシが言ってるんです。前に進みなさい。ワタクシもあの子と共に、主様のお傍で歩んでいきますから」
「ローズ…ほんと、俺って駄目だな」
「ダメではありませんわよ。主様は、だからこそ主様なんですから。さあ、行きましょ。あの子の敵もワタクシはとらなきゃいけませんので…ようやく、ワタクシも動けます」
「お前、気にしすぎだ。ずっと凹んでたし、らしくないし…でも、ありがとうな。マーガレット、俺達の世界に咲かすとするか…そのためにも、とっとと力を取り戻して、舞を取り返さないと…もう、立ち止まれない」
「それでこそ、主様ですわ。今度邪魔が入った際は、ワタクシにお任せください。主様を傷つける敵は、容赦しませんから」
やっと戻ったんだろうな。
ずっと、ローズが葛藤していたのは紘汰も気付いていた。
あの世界を出る際に、ローズの元へ行ったのもそれが分かっての事だった。
妹思いで、だからこそこの世界に来ることが出来なかった。
それと同時に、自分達の事も大切に思ってくれている事もわかっていた。
だから、今この場で本当に泣きたいのはローズだと思う。
それを我慢してまで、紘汰を奮い立たせているローズの姿に、もう前に進むしかないとそう決心することが出来た。
そっと黒い石に触れると、内部からの力の放出により、黒い石は砕け去り、中の極キーを取りだすことができた。
その瞬間、ヘルヘイムの植物が黒いあの禍々しい紋章を浄化し、黄金に光り輝く力は紘汰の体内に収まった。
「おかえりなさいませ、主様。これからどういたしますか?」
「とりあえず、リールを戻そう。あのままでは…」
可哀そうだと言いたかった紘汰だが、この部屋にビルスとルーシャがやってきたので、続く言葉を止めて、じっと二人を見ている。
「それはやめておけ。まあ、理由はそのうちわかる。…それより、早く舞様を迎えにいってはどうだ?」
ビルスの言葉に、紘汰は小首を傾げていた。
そんな紘汰に、ローズがそっと耳元でささやく。
その言葉を聞いた時、信じられないと言った顔をしたが、のちにふっと笑うとビルスを睨んでいた。
「お前の掌で泳がされるのもいい加減にしてほしいんだけどな。俺にもそれくらい言っておけ」
「言ったら、お前は反対する。それくらい、すぐにわかる。…さあ、わかったらとっとと行け」
「でも、この上の連中はどうするんだ?お前は下手に動けないんだろ?」
「ほっておけない連中だよな。それも舞様を取り戻したのち、お前がやればいい。…我慢してきたんだろう?ならば、今回はお前の戦いを見届ける側に回るとしよう」
いつも、紘汰を戦わせないようにしているビルスの発言とは思えなかった。
そもそも、紘汰の事を気遣うこと自体が珍しい。
「また、なんか考えてんのか?まあ、お前の事は信用してるから、勝手にしたらいいけどさ…俺の嫌がる事だけはやめてくれよ」
「人を傷つけるな、だろう。わかっているから、手出しをしていないだろう。ただし、魔族に関しては別だ。さすがに、私も許せないんでね。舞様だけでなく、お前をあんな目に合わせた連中。それはあの世界の民全て同じだと思え。…だから、お前が魔族も庇うのなら、その場合は」
「今の俺には勝てないんじゃないのか?まあ、お前と力で勝負をする気もないし、俺はそこまで優しくないしな。魔族を放置すれば、この世界がどうなるかわかるし、マーガレットの敵も討たなきゃいけない。だからこそ、魔族に容赦するつもりはない。お前たちまで巻き込む気はないけど、俺一人でも戦うさ」
「それが聞ければ十分だ。リールの事は任せろ。お前はさっさと先に行け。それが王たるものの務めだ」
「だから、俺は王になるって言ってない。…まあ、こんな事してる暇ないしな。ローズ、お前はあの世界に戻ってろ。無理してるの見え見えだからな」
さっきから、ずっと我慢しているのが隣にいるだけでもわかる。
そもそも、ビルスがいろんなことを言ってきても、黙っているなど、いつものローズからは考えられない事だ。
「いえ、先ほど申した通り、マーガレットのためにもワタクシは主様の傍を離れるつもりはありませんわ。一緒に参りましょう」
「きっと、俺が魔王扱いされるんだろうな。まあ、それでもいいや。…とっとと片付けて、帰らないとな。やる事一杯あるんだし」
「皆待ってますわよ。主様のおかえりを…それではワタクシめが、舞様の元へ。わざわざ主様の力をつかわせるわけには行けませんし」
「結局それかよ…」
そう言いながらも、紘汰は笑ってローズと共にヘルヘイムの植物に覆われると、その場から姿を消していった。
「ようやく戻ってきたといったところか…全く、手間がかかる男だ。まあ、それくらいじゃなきゃ、楽しみがいもないか。まあいい。我らに手を出したこと、魔族とか名乗る連中に思い知らせる必要がある。特にあの男と舞様をあのようにしたこと、さすがに許せないからな」
そうつぶやいたビルスは、珍しく感情を表に出していた。
怒りのあまり、手帳を持つ手が震えている。