それから暫くの間、イスカスと名付けられた青年は、リールとその父ルシスとともに暮らしていた。
暮らしていくうちに、この世界についてのことが分かってきた。この世界は、何かわからないものの侵攻を受けているらしい。
人はその怪物を魔物と呼んでいるようだ。とりあえず、バリアは有効らしく、町に結界として張ってあるので、町の中までは襲ってこないそうだが、行商人や薬草取りなど外に用があるものはそうはいかない。
そういう人達は、傭兵をやとって護衛してもらわないと、危険だそうだ。
ちなみにバリアそのものは、神官とルシスの力で張っているそうだ。
この世界には神への信仰があり、神官と呼ばれる存在は、その神から力を借りこのようなことが出来るらしい。
ただ、神官は神殿にいる存在で、なぜかこの町にその神殿はない。
だからこそ、普段神官がこの町にいるわけではない。
そのため、普段バリアを安定化させているのは、ルシスだそうだ。
この日、リールのつくった朝食のスープを口に運びながら、イスカスは申し訳なさそうにしていた。
「なんか食事まで…このままここにいて、いいのか?」
そうあれから何日かたっていた。正直、体力も回復している。
だからこそ、護衛も行かずにただこうやって食事をしているだけという今の状況が、本当に申し訳なかった。
「こちらとしてもリールの護衛をしてもらうのですから、これくらい気にしないでください」
親子という事もあってか、ルシスもまた親切なようでイスカスを客人として扱っていた。
だからこそ余計に申し訳なくて仕方ない。
「そうですよ。それに今日はついに薬草取りに行く日ですし。だから、気にしないでいいですよ。イスカス」
「ちゃんと守るよ。こんなにお世話になっているのに、少しでもかえさないと」
そう言って、青年は真剣な顔で見つめている。
ずっと何か役に立ちたいと正直思っていた。
そもそも、いまだに自分が何者なのかわかっていない。記憶もいまだに思い出せる気配すらない。
そんな中でも、この二人は本当によくしてくれた。
「まあ、危険なので気を付けていきましょうね。ゆっくりで大丈夫ですから」
「わかった。その辺はリールに任せるよ」
その言葉にリールは優しく微笑んでいた。
リールは正直、この青年に惹かれていた。
恋なのかどうなのかわからないが、気になる存在であることには変わりない。
だからこそ、イスカスにも生きていてほしかった。
礼の魔物用の剣を持ったイスカスは、初めて町の外へと向かう。
町の人々は、興味深そうにイスカスに目を向けていた。
この世界で、黒い髪というのは珍しいそうだ。確かに、この髪の色の人間にいまだにあったことはない。
伝承の英雄と同じ姿だからこそ、好奇の目がむけられはするが否定的な人はいない。
「リール気を付けてな」
町の人たちはリールにそう話しかけている。ホーリースキルドクターは本当にありがたい存在のようだ。
やはり傷を治療したり、病気を治したり、その町にいるだけでありがたい職業らしい。
その上、リールがはじめに言った通り、珍しい職業で慣れる人も少ないらしい。だからこそ、こうやって心配もされるそうだ。
「はい、みなさん。できるだけ、怪我や病気に気を付けてくださいね」
「確かに、今はルシスさんしかいないしな」
「リールちゃん、優しいから」
「そんなことないですよ。父も優しいですよ」
こういう会話を聞いていると、本当に町の外に魔物と呼ばれる怪物がいて、危険だという風に思えない。
そこにあるいつもの日常は平和そのものだ。
イスカスが、剣を携えていること自体が、どこか違和感があるほどだ。
ただ、これがないと本当に危険らしい。
自分にどれくらいできるのか…それに、俺はどこかで戦っていたのか?
よくわからないが、剣を扱えるという事は、なにかしていたのだろう。
こんな感じで町の外に出ると、確かに一変していた。
「なんだこれ?」
紫色の謎の果実をつけた植物が、町の外を覆っている。
まるで森のようにずっと続いている状況に、先ほどの町との環境に、正直驚愕していた。
道も何とかわかる程度で、本当に深い森だ。
「わからないのですが、その実は魔の実と呼んでいます。そしてこの森を魔の森と呼んでます。突然出現して、結界を張っていない場所にこうやって繁殖していったのです」
リールがそう説明していてる傍で、イスカスはその果実が気になって仕方なくなっていた。
おいしそう…
なぜか正直そう思えていた。
まるで惹かれるように、イスカスがそっとその実を手に取ろうとしたとき、リールがさっと止めている。
「やめてください。この実は魔の実。食べたものを魔物に変化させる実です」
「魔物に?」
「はい。何人かこれを食べて怪物に変化した者がいます。この魔の実は人を誘惑し、そして変化させるための実です。ですので、決して近寄らないでくださいね」
イスカスは不思議そうにその実を見ていた。
美味しそうな実としか思えないが、それがそんな危険なものだと思えなかった。
だが、リールにそう言われたイスカスは頷くと、気になりながらもその実から離れていく。
ただずっと、まるで呼ばれるようにその実が気になってしたかなかったが…
「しかし、こんな状態で薬草とれる場所なんてあるのか?」
「あります。貴方を助けたのもそこですよ。…薬草は高地にしか生えません。この森を抜けた先にある山の上に、薬草が生えている場所があります。そこもまた、女神による結界が張られているので、魔物も魔の植物も侵入することがないそうです」
「女神?」
「はい、この地の神は女神様とそう伝えられています」
「伝えられている?」
「誰も神の姿をみたことがないのです。神殿に像が安置されているそうですが、神官でも上位のものしか入れないそうですよ。父が言ってました。父も見たことがないため、本当に女神様なのかしらないといってました」
「まあ、神様とかよくわからないけど、そういうもんなんだ。…じゃあ、神様に何かお願いするとかそういう時は?」
「神様にお願い?神様にお願いしたら何かあるんです?」
イスカスは止まってしまう。
確かになんでそんなこと言ったんだろう。
「なんでそんなこと言ったんだろう。…いや、気にしないで」
過去に何かあったのか?
よくわからないまま、リールは頷いて他の話を始めた。
「気を付けてくださいね、もうそろそろ魔物が出てくる可能性ありますので」
「魔物って急に襲ってくるのか?」
「普通に出るのはそのようですね。何か急に襲ってくるようですが、中に何かに操られているような魔物もいたとか。行商人の方がそんな話してました」
「操られるね…なんかそれは怖いな」
そんな話をしているときだった、突然目の前にそれが現れたのは。
「魔物です」
そう叫んだリールの手を取り、自分の背後に守るように立たせたイスカスは、剣を抜いてその魔物と呼ばれる謎の灰色の怪物に目を向けた。
魔物はやみくもにイスカスに襲い掛かってくる。
イスカスはもっている剣で、魔物の腕を止めていた。
「今のうちにどっかに隠れてろ。このままやられるわけにはいかないから、倒す」
「わかりました」
リールはすぐに木の陰に身を隠す。
それを見届けたイスカスは、さっと魔物の足にけりを入れてさっと後ろに飛んで、間合いを取る。
なんでこんだけ動けているのか、正直わからないが今はそれどころじゃない。
剣を構えなおしつつ、魔物を睨みつけた。
「なんかしんないけど、どうやら俺は戦いの中に身を置いてたらしい。リールのためにも消えてもらう」
そう言ってイスカスは剣で魔物を、薙ぎ払い、さらにとどめでその体に剣を突き刺した。
魔物はそのまま爆発して消える。
「はあはあ…」
イスカスの息は自然と上がっていたが、どこか高揚感があった。
戦いになれているといのはわかっているが、なぜ魔物を見ても怯えず立ち向かっていけるのか、それになぜ戦いを何とも思わずこなせるのか、正直わからなかった。
「すごいですね。簡単に倒せるなんて。…やはり、護衛を頼んで正解ですね」
「あのさ…怖くないのか?俺は恐らく戦いに身を置いていたんだ。何者かもわからないのに戦いなれているなんて、普通じゃありえない」
「この世界ではよくあることですよ。魔物が急に入ってきて以来、戦いに身を投じる者も多いので。ですので、気にしなくても」
「つまり、傭兵だったのか?」
自分自身がわからないから、そんなことを知るはずのないリールに聞いてしまう。
だからなのか、リールは苦笑しながらもちゃんと答えた。
「それはわかりませんが、剣の腕といい、その可能性はありますよ。ただ、その髪や目はこの辺では見かけない者なので、何とも言えませんが」
「こことは違う場所から来たということか?」
「ええ、可能性はありますよ。この世界はかなり広いので、たくさんの国があります。私も知らない国も存在していてもおかしくない。まだ、この世界を行きつくした人には会ってないので」
「誰も行ってないのか?」
「はい。そもそも旅をするって出てった人で、戻ってきた方はいませんから」
「それだけ危険なのか?」
「はい。魔物にもいろんな種類がいるかと。さっき見たのは一般的な魔物で、まだ何とかなるそうですよ」
「詳しいんだな」
「よく、薬草を取りにいっているので詳しくなったんです。…もともとはこの辺、草原だったんですがね」
その話をしながら、イスカスは首を捻っていた。
草原だった風に見えない。もはや怪しい森でしかないからだ。
「草原なのか?」
「あっという間にこんなことに。他でも同じような事が起こっているそうです。…だれもなぜこんなことになったのか、誰が何の目的でこんなことをしたのか、それもわかってません」
そんな話をしているとまた何体か魔物が襲ってくる。
イスカスはすぐに、剣を構え迎え撃っていく。リールはその隙に逃げていた。
剣をふるっている間は、何も考えないですんでいた。
本当にずっと戦っていた、それだけはわかる。
何も考えなくても、勝手に体が動いてくれる。
きっと、これが俺の仕事。
俺は元々傭兵だった。
戦いを終えた後、イスカスは自分の事をそう考えることにした。