あれから何度か戦闘を繰り返したあと、ようやく山道の入り口に到達した。
リールの話通り、このあたり一帯には結界が張られているらしく、謎の植物もあの魔物と呼ばれる怪物も入ってこれず、ここだけは静かであった。
「ほんと大変な思いをしてるんだな」
魔物を何体倒したのか、自分自身でわからなくなっている。
本当に危険だということが実感できた。
「ええ、ですから護衛をしていただけるのは本当にありがたいのです」
「俺としても、ちゃんと恩返しできるのはありがたいから、ほんとよかった」
「十分返してもらってますよ」
とはいうものの、全てが解決したわけではない。
英雄の伝説が本当なら、この男に全てが…
でも、そんな風には…
イスカス、貴方には生きていてほしい。
そう言ってリールはイスカスに笑いかけていた。
イスカスもまた、リールに微笑み返している。
少しの間いただけだが、記憶がないとはいえイスカスが悪い者とはリールには思えなかった。恐らく、創造した通り元は傭兵で、こうやって守ってきたのだろう。
「リールって、思ったけどいい奴だな」
「さあ?自分ではそうは思わないですが…イスカスはどうなんです?」
「どうって?」
「貴方は何を望んでいるのか、それを知りたくて」
望んでいる?
よくわかっていなかった。
そもそも、自分の事すらわかってないから何を望んでいるのかわかってない。
「ごめん。よくわからない。記憶すらないからだろうな。何を望むと言われても答えようが…」
「そうでしたね。…すいません、ゆっくりでかまいませんよ。さてと、もうそろそろ薬草のある場所につきます」
やはり魔物がいないと歩む速度も速い。
気付いたらもはや山頂近くまでやってきていた。
さっと振り返れば、森の中にポツンとある、リールのあの町がある。
ほんとうに森に浸食されているようだ。
「リール、さっきの質問だけど…リールは何を望むんだ?」
言われたリールは、少し考えたのち笑って答えていた。
「魔物を恐れずに生きていける世界ですかね。やはり、魔物は怖い存在ですから。皆が無事に生きていければ、それが私の願いです」
「そうか…俺さあ、記憶ないけどさ、リールのその気持ちはわかる気がする。誰かを守りたいって言う気持ちは、とても大切な事だと思う。だから、俺に出来ることがあったら、ちゃんと手伝うよ」
「イスカス…ありがとう。その気持ちは嬉しいです」
リールは本当に嬉しかった。イスカスにそう言われることが、なぜだか知らないが安心できるし幸せな気分になれる。
確かに人種としては違うのかもしれないけど、話したり近くにいればいるほど、どこかひかれているような気がしていた。
だが、そんな平穏な雰囲気は一変する。
山頂に着いたその時、その場の空気が一変していた。
暗く重いその雰囲気は、イスカスでさえあまりいい気分ではなかった。
それ以上に、リールは怯えている。ホーリースキルドクターというスキルが、危機を自分に知らせているのはわかっている。
「リール、今回は引こう。嫌な予感がする」
「そうですね…またこれますから」
さっきまで晴れていた空が、急に曇り始めてきた。
明らかになんらかの力が働いているのだと思われる。
そんな相手をして、簡単に逃げられると思えない。
だからこそ、今のうちに逃げ出そうと、そう考えていたのだ。
だが、そんな二人は裏切られる。
逃げようとしたその先に、人の姿をしてはいるが明らかにあまりいい雰囲気でない者がそこに立っていたからだ。
青い瞳に青い短髪の男は、まるで自分たちを馬鹿にしているような視線を向けている。
「リールっていうのはおまえだろ?噂は効いているよ。人間でありながら、希望を与える存在。聖女ともよばれているらしいな」
少し低い声がそう伝えてくる。
リールの前に立つイスクスは、その謎の男をただ睨みつけたままだ。
「聖女だなんて大それたものではありません。…それよりも、貴方は何者です。私に何の用なんですか?」
「あ、そういやあ自己紹介がまだだったな。俺様はビリアっていうんだ、よろしくな。えっと、そうだな。お前たちの言ってる魔物を操る者って言ったらいいのかな?まあ、俺達は自分達の事を魔族って呼んでいるが」
「な…」
リールは固まってしまった。
噂には魔物を操る者が存在していると聞いていたが、それがまさか今目の前に突然現れるだなんて、思ってもみなかったためだ。
イスカスはよくわかっていなかったが、まともな相手じゃないのはわかっている。すぐにでも戦闘できる様に、手は剣の柄を握っていた。
「信じてもらえないかもな…じゃあ、これで信じてくれるかな?」
そう言ってビリアとかいう男の目が赤く光った瞬間、変な裂け目が現れそこから5匹ほど魔物が現れた。
そして、その魔物はまるで意志のあるように二人に襲い掛かってくる。
明らかに先ほどまで相手していた魔物とは違っている。
イスカスはさっと剣を抜くと、魔物たちに斬りかかっていった。
「ほほう、この状況でも戦おうとは…どれどれ見させてもらおうか」
「勝手に言ってろ。俺はリールを守ると決めてんだ。そのためになら、魔物くらい俺が退治してやる」
イスカスは軽く魔物の攻撃をよけながら、空いた脇を狙って、剣を突き刺す。
恐れず、敵に斬りかかっていく姿に、ビリアとか言う男も、ほほうとうなっていた。
とりあえず一匹倒したイスカスは、さっと剣を魔物から引き抜くと、そのまま鋭い視線を残りの魔物に向ける。
そんな魔物は、ビリアに命令されているらしく、リールに向うものとイスカスに向ってくる者と別れていた。
「リールに手を出すな」
「そう言われてもな…今がチャンスなんでね」
ビリアはにやりと笑うと、さっとリールの前に現れる。
イスカスは急いで、魔物達をはねのけてリールの元へ向かおうとするが、なかなかうまく進めない。
万事休すかと思われたそんな状況の中、突然白い光がリールを包み込む。
「なに…この力はまさか」
ビリアが焦っている。
一方のリールもまたこの力が何なのか知っていた。
だからこそ、向こうからやってきた白ローブの集団に安堵の顔を見せていた。
「何が起こってんだ?」
イスカスにはよくわからなかったが、救われているのはわかる。
だからこそ、今の状況を利用して、自分の周りにいた魔物たちを次々にその軽やかな剣技で倒していく。
「まさかこんなところで、魔族にあうとは…だが我ら聖騎士が現れたとならば別だ。消えてもらう」
白ローブの一人がそうビリアに告げる。
ビリアもさすがにまずいと感じたのか、逃げ出そうとしたその時、背後に痛みを感じた。
恐る恐る見ると、この間にインベスを退治したイスカスが、ビリアの背中を剣で貫いていたのだ。
「貴様…面白い。また会おう」
まるでそれすらも楽しむように、ビリアが嘲笑を浮かべたのち、そのまま消え去っていった。
イスカスに残されていた剣には血がついていたため、恐らくはそれなりの傷は与えられたのだろうが、ただあの様子だと、魔族というあの男は死んではいないという事だ。
だからこそ、イスカスは唇をかみしめ、剣についた血を払いのけたのちに鞘へとしまった。
「ぜひとも聖騎士にほしい腕前だな。まさか魔族に一矢報いるなんて」
白ローブの一人が先ほどまで顔を隠していたフードをとり、そっとイスカスに笑いかけていた。
もっとも、イスカスとしては聖騎士がなんなのかわかっていないため、信頼していない顔を向けていた。
「あ、イスカス。聖騎士団とは、この世界の神をお守りする騎士です。神官の使う神の力を使える剣士たちです。ですので、我らの味方ですし何度かお会いしたことがあるんですよ」
リールの説明により、ようやくイスカスは緊張した雰囲気を解く。
そっと笑顔を見せると、聖騎士が差し出した手を握っていた。
「俺はイスカス。記憶ないから何やってたかまでは覚えてないけど、ただリールを守りたいから、その護衛をしている」
「それは頼もしい。私は聖騎士団の一応団長をしているファルコンという者だ。リール殿というよりはその父であるルシス殿にお世話になっているのでな。ルシス殿から気になる手紙をもらってきてみれば、このような事になっているとは。リール殿を守れて本当によかった。…それにしても、お主のような腕前をもつ剣士にあえて光栄だ。先ほど言った、聖騎士団への勧誘は本気だ。こちらとしても魔族に対抗できるものはほしいのでな」
「すまない。俺はあくまでリールを守りたいんだ。記憶もない俺を拾って、ずっと世話をしてくれた。これくらいしかお礼できないし。…それに、さっきも言った通り、俺は記憶がない。何をしていたのか、どこの馬の骨かわかったもんじゃない存在が、そんな大それた騎士団に入るわけにはいかないだろ?」
その言葉が気に入ったのか、ファルコンはふっと笑っている。
「まあ、どのみちリール殿には、我らの本拠地である神聖国ヴァリアットに来てもらうつもりだから、まあそれまでに考えてもらえればいい。そもそも、我らも寄せ集めのような者。あの魔族や魔物に家族を襲われ、恨みを抱いた者たちばかりなのだから…魔族に敵対するものは我らの味方。まあ、聖騎士団に入らなかったからと言って敵になることはない」
ファルコンの言葉を聞いていたリールが反応する。
そもそもリールは、そんな話初めて聞いたのだ。
「そんな、ファルコン様。それじゃあ、父と離れろと?」
「その君の父親であるルシス殿の頼みなんだ。魔族の動きが活発になっている。そもそも、なぜか君を狙っているらしいとね。だからこそ、自分では守れないから我らに守ってほしいと頼んできたんだ。…ここにその手紙もある」
そう言ってファルコンはそっとリールに、ルシスからの手紙を渡した。
それをただ静かに読んでいくリールの目に涙があふれ、やがて泣き崩れてしまった。
どうすることもできないイスカスは、その様子をただ見守る事だけしかできなかった。
「そんな…お父さん…」
ファルコンは泣き崩れるリールにそっと、ハンカチのようなものを渡す。
リールはそれを借りると、しばらくその場で号泣してしまい動けなくなっていた。
「ルシス殿の事は任せろ。あそこにも聖騎士が二名ほど駐留することになった。彼らが守ってくれる」
そう言ったとき、ファルコンの後ろに控えてきた二名ほどの騎士が、頭を下げていた。
とはいっても、父と離れることになってしまったリールはそう簡単に立ち直れない。
自分がいれば父に危険が及ぶことも、町のみんなにも迷惑をかけるかもしれないこともわかっている。
だが、突然すぎる別れに、リールはただ悲しむしかなかった。
「記憶もないし、確かにリールの悲しみはわかってあげられないかもしれない。でもさ、記憶がもどるまでは、ずっと一緒にいることは出来る。リールを守る事も。…だから、一人じゃないから」
イスカスの優しい言葉に、リールは涙を浮かべながらも頷いていた。
このまま迷惑をかけるわけにはいかない。
なぜ、魔族なんて珍しい存在が自分を狙ってくるのかもわからないけど、狙われているのは事実。
このまま魔族の手に墜ちれば、それこそ父であるルシスを悲しませることになる。
「一緒に行ってもいいよな」
「ああ、こちらから頼む。お主のようなものになら、リール殿を任せられる。道中味方はほしかったのでな。…あのようすじゃあ、必ず魔族は襲ってくる」
「わかっている。その時は守る」
そう、記憶もないし、何ができるかわからない今、出来ることはリールを信じて守る事だけだ。
そのためには、恐れることもない。
「でも、危険に巻き込むわけには…」
「どのみち、俺はここから来たわけじゃない。この広い世界のどこかに自分の故郷があるのかもしれない。だから、それを調べるためにも旅にでなきゃいけないんだ。そのついでだと思ってくれれば。それに、危険なのは変わりないだろう。どうせ魔物だらけなんだしな」
「そうですが…イスカス。ありがとう」
「きにするなって。これはお礼だからとちゃんと言ってるだろう?それに、リールの事を守りたいと本気で思えるんだ」
その言葉に、リールは涙をふき取りイスカスに頷いていた。
イスカスが一緒にいてくれることは、護衛としてだけでなく、精神的にも支えになっていた。
イスカスといると、なぜだか知らないがリール自身落ち着ける。
イスカスの元からの人格がなせる技なのか、イスカスの記憶がないためわからないが、ただ、元もいい人だったという事はわかっていた。
「じゃあ、ここでじっとしてるわけにはいかないし、行こう。我らも忙しい身だしな」
「行きましょう、イスカス」
「ああ、行こう」