夜になり、辺りが暗闇におおわれるその時、イスカスは約束通り、宿屋の裏側にきて、静かにその瞳を閉じ宿屋の壁にもたれかかりながら、マリアが来るのを待っていた。
まあ夜と言っても、明かりがこうこうとついているためあまり暗いと印象はうけない。
バリアにより守られているためか、人々に不安がなく出歩いたりもしている。
だからこそ、静かというよりは騒がしい夜といった感じだ。
「お待たせしてすいません。よろしければ、少し散歩しながら話しませんか?」
白いワンピース姿のマリアが、イスカスの顔を覗きこむ。
遅れてきたのを申し訳ないと思ってか、すこし顔が曇ってはいるが…
それよりも、覗き込まれたイスカスが驚いている。
気配をあまり感じていなかった。だからこそ、覗き込むまで気付いていなかったのだ。
「いいけど、どこにいくつもりだ?」
町の中といっても限られている。
結界をはると言っても、ここは聖都と違って常時神官がいる場所ではない。
だからこそ、町としてもそこまで大きいという印象ではない。
「いいところがあるんです。ついてきていただいていいですか?」
「わかった」
マリアの事を信頼しているからこそ、イスカスはそれ以上尋ねることをやめてついて行く。
マリアはただ静かに、わざとわかりづらい路地裏を通り、やがて静かな神殿の裏まで来ていた。
明らかにこの町の事を詳しく知っている上に、先ほどからやっていたのは何かから巻いていたようにみえた。
まあ、さすがにそこはイスカスも想像がついた。
イスカスから話を聞いた、聖騎士団の面々が面白がって後をつけようとしたのだろう。
もはや、その気配すら感じられないため完全に巻いたようだ。
「本当に二人っきりになりたかったようだな。それで、そうまでして俺に何の用だ?」
マリアはどこかイスカスを慕う目をしながら、話しかけてきた。
まあ、当のイスカスはそんな視線にも気付かないでいるようだが。
「あの、私も一緒に行ってはいけませんか?この書状をあなた方へ預けるわけにはいかないのですが、守っていただきたいのです。貴方に」
「それについては大丈夫だ。聖騎士団が護衛であんた達について行くらしい。生憎、俺達の傍は危険だからな。ここで別れたほうがいい」
「いえ、貴方に守っていただきたいのです。でも、貴方はリールというあの子を守っている。だったら貴方についていくには、その傍にいることが必要ですよね。だから・・・」
「なんでそんなに俺について行きたいんだ?意味わからない。俺は前にも話した通り記憶のない、謎の男だ。剣の腕も多少できるだけであって、聖騎士でもなんでもない。だったら、素直に聖騎士の世話になったほうがいいと思う」
そう、それに話せないけど魔族に襲われる危険性を考えればできるだけ傍に置きたくない。
マリアが何を考えているのかわからないが、迷惑をかけたくないとイスカスは考えていた。
「貴方に興味があるのです。…そんなこと言わさないでください」
その一言に、そう言う関係に疎そうだったイスカスはさすがにはっとなっている。
「あのな、俺、記憶ないからか、そういうこと分かんないけど、その、だからこそ安全に生きててほしいと思えるんだ。俺達ははっきり言って、狙われている。だから聖騎士団が俺達と同行しているんだ。マリアを巻き込みたくない。だから、わかってくれ」
「でも、私は心配なんです。貴方になにかあっては」
「離れていても、俺は生きていく。約束もあるしな。だからさあ、心配すんな。それに、そんなに心配なら聖都についたときに、会えばいいだろ?だから、道中は一緒にいけない」
マリアは悲しそうな顔をしていたが、やがてにっこりと微笑むと、いくつもの色とりどりの紐を編み込んだようなものを、そっとイスカスに渡した。
「これは、お守りです。貴方が無事に聖都に到着出来るように願い、編んでみました。それを手首に巻いて下さい。…これくらいなら構わないですよね」
「ああ、ありがとうな、マリア。大切にするよ。…さあ、夜も遅いし宿まで送るよ。魔物がいなくても、女性一人だと危ないしな」
「はい。お願いいたします」
マリアは意を決したかのように、表情が晴れやかになっていた。
これが聖騎士達が言ってたことか。
そういうの、考えてもなかった。
マリアがまさか自分に好意を抱いているなんて…
俺、何者かもわからないのに。
一緒に帰りながらもそんなことを考えていると、突然、意味分からないが胸騒ぎをおぼえ、マリアの手を取るとイスカスは宿屋に向かって走りはじめた。
だがそんなイスカス達を留め置くように、あの森にはえていた植物と同じ種類のものが、イスカス達を通せんぼする。
仕方なく、マリアを守るようにしたイスカスは、さっと後ろを振り返り、このような事をおこなっている犯人を見つめる。
「相も変わらず、勘がするどいな。ほんと、人間とは思えないほどだ」
ビリアとかいう、あの魔族の男だった。
今回は一人らしく、マーガレットというあの魔族はこの場に姿がない。
「ほめられているのか?まあ、お前が敵であることはかわりない。だから、そんなことを言われても情けをかけるつもりはない」
そう言ったのち、イスカスはさっと剣を抜いてビリアに向かって走る。
ビリアはさっと剣を受け止めるが、そのイスカスの力を感じながら、ニヤリと笑っていた。
「お前、魔族になるつもりないか?お前ほどの男なら、上位につくこともできる」
「お断りだ。誰が好き好んで魔族なんかに…俺は人を
守りたいと思っている。その気持ちに変わりはない」
イスカスがさっとビリアを弾き飛ばす。
ビリアはなんとか、体勢を整えるとさっとその姿を変えていた。
黒い大きな牛のような頭に、白銀の鎧、さらに手には両刃の斧を持っている。
先程までの人の姿とは違い、化け物とも言えるその姿は異様だ。
もっともイスカスは、そんな姿になろうが怯えず、剣を構え直すと姿の変わったビリアに向かって、斬りつけていく。
だが、ビリアはさっと何やら不思議な術のようなもので、バリアを貼り、イスカスの攻撃を全て防いだ。
「なに…そうか、その姿がお前達の本当の姿で、力も隠していたというわけか」
「ご名答。そもそも、人間なんかに破れる俺様じゃないからな。まあ、人の姿を型どっていたときでも、殆ど攻撃を通さない筈なのに、それすら破るあんたには正直驚いていたよ」
つまり、弄ばれていたということだ。
端から、この形態でこられていたらイスカスにだって、手を出すことすら出来ていない。
「お前ら、何を企んでいるんだ。其ほどの力があれば、人を倒すことだって簡単な筈だ。それに、何故リールを狙う。それに今だって、俺を殺そうと思えば出来た筈だ。それを何故殺さない」
実際、魔族にバリアは関係ないということが分かっている。なんせ、町のなかに堂々と現れているのだから。だからこそ、チャンスはいくらでもあった。
前の戦いのときもそうだ。
あのマーガレットという、女の魔族もいたあのときなら必ず倒せた筈なのだが。
「簡単な話だ。俺様は途中から、お前に興味が移っただけだ。確かに聖女と噂されるあの女を魔族にして、人を絶望に落とそうという話になっていたが、俺様はあんな力ない女より、決して俺様にも屈しない目をもち、力を持つお前を手にいれたいと思っただけだよ」
これで魔族の狙いはわかった。
まさか、人を魔族に変える事ができるとは…
そもそも、魔族は元人ということになるのか?
やはり、魔族そのものがなんなのかわからない。
「お前達の元に行くつもりはない。そんなことになるくらいなら、一か八かやってみるさ!」
イスカスはそっと目を閉じたのち、剣をまた構え直した。
ずっと記憶がないのに体が、動いていた。
ならば、それに従えばもしかしたらこの魔族に一矢報いる事が出来るかもしれない。
さっと目を開けたのち、イスカスはなにも考えず体の思う通りに動く。
すると、先程までより数倍早い動きでビリアの背後に回り、そのまま剣を降り下ろした。
その力も先程よりもあがり、ビリアのバリアをも破った。
さらにそのビリアの背後を貫こうとしたその時、何故かイスカスの右手が止まってしまう。
「危ねえ…本当に驚いた。しかし、あんたが動いたということはやはりこいつが」
「こいつなど無礼な。…数々のご無礼申し訳ありません。陛下、お探しするのに時間がかかってしまい、中々お迎えできずに申し訳ありません。先ほどの御手前で、確信に変わりました。貴方様こそ陛下です」
そう言って、動けないイスカスの前に背後から歩いてきたのはあのマリアであった。
イスカスが右手にはめているあの謎のお守りが黒く光っている。
「なんだよ陛下って…それにどういうことだ」
「申し訳ありません。陛下だと確証を得るためにこのような真似を。まさか貴方様が人など下等なものと一緒にいるとは思っていませんでしたので」
イスカスはすぐに左手で剣をもったまま全く動かなくなった右手のお守りを外そうとしているが、外すことが出来ない。
そんなイスカスの元にマリアはさっと、現れその剣を奪い取った。
「俺は人間だ。それに、下等だなんて何を言ってる。訳の分からない事はいいから、離せ」
「いえ。ずっとお探ししていたのですよ。貴方様は人の傍にいすぎました。まさか、人の身になっているとは想像もしていませんでしたが。さあ、戻りましょう。陛下はこのような場所にいるお方ではありません」
右手からの影響なのか、足すら動かすことができない。
唯一動かせていた左手でさえ、まるで電流が流れているようにしびれてくる。
「わけわかんねえよ。なんでお前はそんなこと言いだすんだ」
「なんで?あ…私はそもそも貴方様が本当に陛下なのか確かめるために人などという下等な存在に身をやつしただけです。私の知っている貴方様の姿と違っていたので、なかなか確証を得られなかったので。それに、私はまりあではありません」
マリアと名乗っていたその女の姿はみるみるうちに変化していく。
オレンジ色の髪にオレンジの瞳をもつ女。
あの時見た、マーガレットとかいう魔族だった。
それを見たイスカスは、もはや悲しそうな顔をしていた。
信じていたものが崩れていく状況に、悲しむほかなかった。
「貴様」
「今はいかようにも言ってください。陛下は我らさえおさめる者。いわば魔王ともいうべき存在ですので。…人としての情など、すぐに消え去りますよ。そうすれば、元の貴方様に戻ることが出来ます」
「魔王?なんだそれ。それに、元の俺?俺が元々そういうもんだっていうんだったら、俺はその記憶なくしても構わない。人の敵になるなんてお断りだ」
「お断りといわれても関係ありません。ビリア、支度を。これ以上ここにいると危険が」
その時だ、大勢の足音がこちらに近づいてくるのがきこえてきたのは。
「貴様ら魔族。イスカスに何をする」
ファルコンを筆頭に、聖騎士団の面々だった。
それを見たマーガレットの顔が明らかに変わる。
「ヤバイわね。逃げるわよ。…陛下またお迎えにあがります。今しばらくお待ちください」
マーガレットとビリアは、聖騎士団がこちらに来る前にその姿を消していた。
残されたのは、動けないでいるイスカスただ一人である。
「大丈夫か?」
「下手に近付かない方がいい。もしかしたら俺、人じゃないのかもしれない。…俺はあいつらの仲間なのかもしれない」
キャジャはイスカスのそんな答えに、怪訝そうな顔をしている。
「あいつらがそう言ったのか?なら気にするな。奴等が嘘をついてお前を手に入れようとしてるだけだ」
そう言って、イスカスのそばによると剣で右手についたあの黒くなったお守りを切ろうとしたが、何故か弾かれてしまった。
「でも、俺をそうまで手に入れようとするなんて、俺がマトモじゃない証拠だ。本当に人じゃないかもしれないんだ。だから、俺のことはほっておいてくれ」
「あのな、お前はどう見ても人だ。それに何度も助けられた。それくらいで、不安になるなよ。…しかし、こいつは困ったな」
どちらにせよ、この黒いお守りがどうにかならないと、イスカスは動くことさえできない。
「私に任せて下さい。もしかしたら、私の力で」
リールはにっこりと微笑むと、薬草を取りだしイスカスのその腕輪にのせ、何やら呪文のようなものを唱える。
すると、みるみるうちに痺れが消え、イスカスは体を動かせるようになっていた。
「リール、すまない。…でも、俺はヤッパリ護衛出来ない。今度狙われるのは俺だ。それに奴等の狙いはお前を魔族に変えることらしい。だから…これ以上は危険だ。取り合えず俺を狙ってくるなら、俺が引き付ければいいだけの事。この方が安全だ」
「それは、お断りします。そもそも、私へのお礼に護衛してくれるんですよね?なら、最後まで一緒にこなきゃダメですよ。それに、またあんな術にかかったらどうするんです?実際、その腕のものはのかないのですから」
そう、リールのお陰で体を動かせるようになっていたが、この謎のお守りはもはや除けることも触ることすらも出来なくなっていた。
「それに、イスカス殿も狙われるというなら、それを守ることが我らの役目。リール殿も狙われるかもしれないため、二手に分けなくてはならなくなる。それは非効率的だ。ならば、一緒にいってはどうだ?」
まさかのファルコンの一言に、もはやイスカスは苦笑するほかなかった。
もう、この状況でなに言っても無駄なのはわかっている。
「ほんと…いい奴ばっかりだよな。俺がなんであれ、ずっと人の味方であり続ける」
「さっきから言っているだろ、奴等の戯れ言なんて気にするな。お前は人だよ」
何故かイスカスの目から涙が流れ落ちていた。
ずっと不安になっていた。
だが、キャジャの一言がその不安を押し流してくれる。
「そうそう、紹介が遅くなってしまったが、今回の旅に新たに同行してもらおうと思っている、騎士がいるんだ。ゼクスこっちへ」
スキンヘッドに、白い髭をたくわえた、青い瞳の大男がイスカスの前にやってくる。
イスカスは、さっと涙を手でふくとゼクスという名の騎士に目を向けた。
「ゼクスっていいやす。最近入ったばっかりであんま分かってないんですが、今回からあんたを守るように団長から仰せつかってるので。よろしくたのんますわ」
気さくな感じで話しかけたゼクスは、さっとイスカスに手を出した。
イスカスはその手をとって握手をする。
「よろしく。俺はイスカス。ファルコンから聞いていると思うけど、記憶ない上に、何者かわかんないから不安ならあんまり近づかなくていいから」
「大丈夫だと思いますぜ。あんたはそんな悪い御仁じゃ無さそうだ。恐れる必要はないと思いますぜ。何を言われても動じる必要はございやせん。自分を信じてみてはどうでしょうかね」
「自分を信じてみる。…考えてもなかった。そうだな。信じてみるよ」
本当にいい人ばかりだ。
だからこそ、イスカスはもし自分が魔王だったさいは、迷惑かけないためにも姿を消そうとそう考えていた。
実際、自分が何者かなんてなかなかわかるものじゃない。
何が真実で、いったい自分が何者なのか。
不安がそう簡単には拭いきれないけれど、前に進むしかないとイスカスは決心していた。