翌日、次の町へ向けて、面々はすすみはじめた。
いつ魔族に襲われるかもしれない、そんな恐怖のなか進んでいく。
だがなぜか、魔物に襲われることはあっても、魔族の姿などみなかった。
そう、もう気づいたら聖都まですぐそばまでやってきていた。
「なんで、あんだけ言ってた筈だが」
沸き上がるのは疑問だけだ。
狙われている筈なのに、魔族のその考えがわからない。
「泳がされているのかもしれない」
ファルコンの一言に、イスカスも頷いていた。
あれほどの実力をもちながら、何故逃げ出したのか。
「そうですね。でも、何事もなくこれたのは喜ぶべきことかと。だからいいんじゃあ」
リールはそう言って、イスカスに笑いかけていた。
リールはいつもこうだった。どんな苦境に陥っても、決して悪い方には考えない。
それにどれだけ救われたのか…
「まあ、気を付けていくほうがいい。奴等は何を考えているのか、わからないしな」
人間ではありえない、不思議な力を使う。それなのに、なぜ魔族は人を蔑んでいるのか…
本当に不明な点が多すぎだ。
「しかし、奴らが何故お前を魔王にしたてあげたいのか…正直わかんないよな」
キャジャの言う通りだ。
元々魔王だったという話のようだが、イスカス自身そのような感じがしなかった。
人に対してそのような蔑んだ気持にもならないし、自分自身が人でない存在であるというのも、そうは思えないところもある。
「狙ってるのは、イスカス殿の力じゃないんですかね。最近入った新参者なんで、聞いた話でしか答えられないんですが、イスカス殿はどうやら魔族をも倒せる力を持ってるようですからね」
重い鉄槌のような武器を軽々持ち上げている、ゼクスという名のあの聖騎士がイスカスにそう言ってきた。
最近入ったばかりとはいえ、かなりの実力があるらしく一人でかなりの数の魔物を相手にしても平気でいた。
「確かに、自分に記憶がないけど体は覚えているようだ。何も考えずに行動したら、あのビリアとかいう魔族でさえ追い詰めることができた」
その話を聞いて、ファルコンも驚愕の顔をイスカスに向けていた。
魔族をたった一人で、追い込むなど簡単に出来ることではない。
「それが本当なら、イスカス殿は本当に英雄だ。魔族は例え私でも一人で撃退するなど無理だ」
「英雄?本当にそうならいいが…本当に魔族なら、俺は…」
そうやって落ち込みそうになったイスカスの肩をキャジャがポンポンと叩いた。
その顔がそういう事をいうなと、書いてある。
「言ってるだろ、魔族じゃない。奴らが、お前を魔族に仕立てあげたいだけなのだからな」
「そうですよ。最初助けた時も人にしか見えなかったですし、大丈夫です。それに、私も狙われてるんですよね?私ははっきり言って人ですから。魔族は人を魔族に変える力が本当にあるなら、キャジャさんの言う通り、魔族に変えることが目的だと思います。ですので、自分をしっかりもってください」
「しかし…魔族に変えるなんて力、本当にあるんですかね?わしには信じられないんですが」
本当に疑問に思っているのか、ゼクスは首を捻っている。
まあ、そもそも魔族の力を知っている者はいない。だからこそ、魔族に変える力があるのかないのか、誰にもわかるはずがなかった。
「まあ、気を付けておくのに越したことはない。それに、あいつらは集団でいるときは弱いようだ。今回もこのようにいたからかもしれない」
「確かに、聖騎士団がこの数守ってるんだったら、大丈夫だ。俺がいうのもなんだが」
「キャジャ、調子に乗っていると足元救われるぞ。…まあ、イスカス殿やリール殿は我らが守るので、心配をせず前に進もう。聖都につけば、奴らも手出しができない。あそこには神官長様もいらっしゃるしな」
聖都にかかっているバリアは、普通の町にかかっているものよりもさらに強力なうえ、そもそも神官たちが毎日かけ直しているので、抜け穴もない。
前回のように魔族が入り込むのは不可能だという話だ。
さらに神官長は、すさまじい術を使えるという話である。
なぜ人でありながら、そのような術が使えるのかは謎だが、神官長さえいればこの世界は守られるとまで言われている。
「そんなにすごいのか」
「まあ、女神様が眠っていらっしゃる神殿の最奥に唯一立ち入ることが出来るお方だ。神様からの伝言を伝える役目を担っていらっしゃる」
騎士団長であるファルコンのその言葉に、リールが驚いていた。
「女神様の像があるとしか知らなかったのですが、女神様は存在するのですか?」
「いや、実際のところ存在するのか、はたまた女神様の像よりお言葉をいただいているのか、誰にもわからない。ただ聖騎士のあいだでは、そのように伝わっている。…まあどちらにせよ、イスカス殿は一度神官長様に会うべきかと。英雄かもしれない存在ならば、神官長様ならば、判断できるはずだからな」
確かに自分ではわからない以上、頼るべきものがあるなら、そこを訪ねるしかない。
「しかし、そんなに簡単にあってくれるのか?そんな偉い人物が」
「確かに普通なら、会えないだろうけど、こう見えて私は聖騎士団の団長なんでね。神殿の中にも顔がきく。その辺は任せてくれ」
「ファルコンって、実は本当にすごいのか?」
急に驚いたその反応に、ファルコンが苦笑してしまっている。
今までざっくばらんに対応してきたが、団長がそれほど偉い者なのなら、態度を改めなきゃいかないのかとイスカスが思っているようだ。
「立場上はな…ただ、騎士団の団長は世襲制でもなんでもない。力を持つものがつくだけだ。だから、まあそんなに偉くない。その気になればイスカス殿がなれるかもしれない」
「そりゃ無理だな。俺ってそういうの向いてないだろうしな」
記憶はないがそう感じていた。
「そんなことはないかも知れないですぜ。案外、似合ったりするんじゃないですかね」
「ゼクス、なんでそんな事。まだ会ってそんなにたってないのに」
「いやねえ、そう感じただけですぜ。さあ、あと少しってとこですし、参りましょうか」
本当にゼクスは不思議な男であった。
聖騎士団でありながらも、入ったばかりという事もあるのか少し距離があるようだ。
ただ、なぜかイスカスの傍にはすぐによってくる。
まあ、護衛を頼まれているというのもあるのかもしれないが、何かあるたびにイスカスを励ましてきた。
嫌な感じは受けないが、ずっとイスカスは不思議な感じを受けていた。
そのまま行けば、聖都に入れるという場所で見たことのない女性が立っていた。
緑色の髪に同じく緑の瞳を持つ女性は、なぜかイスカスに微笑みかけている。
そもそも、まだこの魔の森の中なのに護衛もつけず佇んでいるとは怪しくて仕方ない。
「何の用ですかね。用がないなら町に戻ったほうがいいと思いますがね」
ゼクスがさっと鉄槌を構えながら問いかけていた。
明らかにこの雰囲気は、魔族の気配だ。
イスカスが戦おうとするが、キャジャとファルコンがそれを止めた。
狙いが明らかにイスカスなのに、イスカスが前に出ては意味がない。
「用があるのは、我らが魔王様のみですわ。他の方々はのいて下さらない。下等な存在を相手する暇はないのです」
ゆったりとした口調で、その女はそう言い放った。
その瞬間、ゼクスが鉄槌を女に向って振り下ろす。
女はさっと避けるが、ゼクスが振り下ろした鉄槌を途中で止め、そのまま逃げた女に突き出した。
鉄槌がなぜかあたった女は驚愕するとともに、吹き飛び近くの木に叩きつけられる。
「弱いのはそちらさんですぜ。ワシはあんまり本気を出したくないんで、この辺でひいてはどうですかい?」
ゼクスのその実力もさることながら、魔族相手に平然と話しているその姿は、ゼクスが只者ではない事を現していた。
軽く持ち上げた鉄槌をさっと構えなおしたゼクスをみた女が、激しく睨みつけている。
「何者だ。なぜバリアを…」
「ああ、あの程度ならワシには効かないんでな。で、まだ戦うんだったら容赦はしねえ。イスカス殿を守るためなら、本気で戦っても構わないんでな」
一瞬ゼクスの目が光ったように見えた。
だからこそ、その底知れない力になぜか魔族の女は怯え始める。
「早く戻ったほうがいいわよ。今の陛下には近づけない。ちゃんと忠告したのに…さあ、戻るわよ。ルーシャ」
どこからともなく姿を現したマーガレットがそう告げると、渋々しながら魔族の女ルーシャはさっとその姿を消していった。
「かならず、迎えに行きます。だからお待ちください」
マーガレットもまた、そうつぶやいたのちその姿を消していった。
そんなマーガレットを、険悪そうにゼクスは見つめたのち、鉄槌をさっとおろしイスカスに近づいてきた。
「大丈夫ですかい?怪我とかないですかい?」
「大丈夫だよ。ゼクス、あんた物凄く強いんだな。あの魔族をあんなにも簡単に」
「まあ、力だけは自慢ですから…まあ、どのみち聖都に入りましょう。このままじゃあ、ただ狙われるだけですぜ」
確かにいう通りだった。
今回はすぐ引いたが、明らかに何かを企んでいるのはわかる。
それよりも、ファルコンがゼクスを怪訝そうに見ていた。
「お前は何者だ。さっきの様子じゃあ、その気を出せばあの魔族を倒せたんだろ?」
「倒せるかもしれませんがねえ、そこに集中したら、イスカス殿が狙われるのがわかってまして。だからこそ、イスカス殿を守りつつ相手してたまでですぜ」
確かにあのマーガレットは、そこを狙っていたのかもしれない。
その気になれば、すでに出ていたはずなのに、あのルーシャとかいう女が危険になるまで出ることすらなかった。
ゼクスはそんなファルコンの不安を取り除くように豪快に笑っている。
「それに、ワシはイスカス殿を気に入ってるんで、イスカス殿の味方ですぜ。奴らにイスカス殿をとられちゃ終わりですぜ。じゃから、守ったまでですぜ」
何故イスカスがそんなに気に入られたのか、自分自身わかっていないためイスカスはポカンとしていた。
それにゼクスが得体のしれない者に見えるのだが、なぜか魔族のような嫌な感じがない。
どうしてそう感じるのかわからない。
何の根拠もあるわけではないが、そう感じているとしかいいようがない。
「まあ、たしかに人のようだし、イスカス殿の味方というのなら…ただし、今度魔族がきたら遠慮せず倒せ。イスカス殿は我らで守るから大丈夫だ」
「いや、俺守られるの苦手だし。それに、俺は戦わなきゃいけないんだ。そんな気がする」
そう、なぜそう思うのかわからないが、ずっと何かと戦わなきゃいけないという気持ちが溢れている。
それが過去の記憶によるものなのか、それとも別の要因かはわからないでいたが…
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。私もイスカスに何かあるなんて嫌ですしね」
リールがそう言ってイスカスに笑いかけたが、イスカスは何とも言えない顔をしていた。
でも、これ以上言っても仕方ないのはわかっている上に、ゼクスの言う通り、すぐそこまでに迫っている聖都に入るべきだとそう感じていた。
そもそも、イスカスは気付いてなかった。
自分の体に起りつつある、ある異変に…