聖都は他の町に比べやはり大きい上に、活気に満ち触れていた。
何重かの塀があり、敵の侵入を許さない造りになっている。
その中央には、白く日の光を反射している、巨大な神殿があった。
「すごいですね。なんか迷子になりそうです」
リールも聖都になど来たことがなかった。
町を出てもあの薬草のある山に行くくらいで、他の町などそもそも行ったことがなかったのだが、まだ今までの町は、そんなに違いはなかったが、この聖都のみ明らかに大きさや人の多さなど違っている。
「まあ、本当にいる組んでいるから、迷子になるかもしれないぞ。まあ、俺か団長について行けば大丈夫だ」
キャジャがそう言って、ポンと自分の胸を叩いていた。
その様子がおかしくて、リールとイスカスは思わず笑ってしまった。
「な、何笑ってんだ」
「いや、なんかその自信満々さがおかしくてな。まだファルコンだったらいいけど、なんかお前に言われると…」
「失礼だぞ。こう見えて、俺は聖騎士なんだからな」
まあ、忘れていたわけじゃないけど、そんな感じをあまりださないから、聖騎士だということを忘れてしまいそうになる。
「まあまあ、キャジャは確かにそんな風に見えないからな」
「団長まで…ひどいですよ」
そう言ってやっと笑いあえた。
ここまでずっと、気が抜けないで来たためなのかもしれない。
この聖都なら、魔物はおろか魔族すらはいれない。
そう信じているからこそ、やっと落ち着けるようになっていた。
「どうしやすか?わしは一応、イスカス殿の傍にいますが。いかに聖都とはいえ、もしかすれば奴らが入り込むかもしれませんしね」
「ゼクス、まさかここには入らないだろう。ただ、念には念をか。…確かにゼクスはそのままイスカス殿とリール殿の護衛をたのむ」
ゼクスは一応聖騎士所属。
団長の許可がなければ行動ができない。
「え、俺は?」
「キャジャ、お前は詰所に戻ってろ。私は今から、イスカス殿を神官長様のところへ案内しなければならないからな」
キャジャはショボンと肩を落としていた。
そんなキャジャを哀れに思ったのか、イスカスがポンとその肩を叩く。
「別にいなくなるわけじゃないだろう。一緒の町にいるんだしな。なんかあったら、いつでも会いに来たらいい」
「イスカス…お前、本当にいい奴だよな。ああ、また仕事片付けたら会おうぜ」
そう言って、キャジャがにこやかに詰所に向って走っていく。
そんな様子をファルコンは苦笑しながら見ていた。
「あいつ、大丈夫かな?まあいい。とにかく、神殿に向おう。その外れない腕輪も気になるしな」
あれ以来、まるで右手首ににとけこむようになっている黒いお守りの話だ。
何をしても結局外れることがない。
ただ、自分自身異変などは感じていないため、あまりイスカスは深く考えていなかった。
「確かに、でもこんなものも分かるのか?」
「さあ、そこまではなんとも。まあ、英雄かどうか判断を仰ぐついでに聞いてみたらどうかな。さて、こっちだ」
神殿までの道のりは大通りだが、わざと入り組んでいた。
簡単にたどり着けないようにわざとしているらしい。
勿論、バリアも張っているため入ってくることはないだろうが、もし侵入された場合に防ぐために考案されたらしい。
都に住む人々は、イスカスを物珍しそうに見ている。
これだけの人数がいても、この髪の色はいないらしい。
好奇心の目を向けられるが、敵視はされていないのが幸いだった。
活気のある商店を抜けると、神殿までの長い階段が続いている。
神は人とは違い、高い場所にいるべきといいたいのだろう。
歩きなれているためか、苦にもならずにその階段を上っていく。
まあ、一番の驚きはあの鉄槌を持ったまま、ゼクスが息も上がらず神殿まで昇りきったことだ。
上まで来ると、聖都を一望できる。
高い壁に囲まれているその姿は、やはりただの平和な世界ではない事を物語っていた。
この中だけでも、平和な営みを続けていけているのでそこは救われているのかもしれない。
「さあ、神官長様は神殿の奥にいらっしゃる。ついてきてくれ」
ファルコンは、都の警備についてなど相談するために、神官長と会う事もあるらしい。
神殿内部も迷路のような作りになっていたが、迷うことなくたどり着くことが出来た。
まあ、そもそもそこらに警備の聖騎士団がいるため、普通の人物ならここまでたどり着くこともできない。
さすが団長というべきか、ファルコンが通るたびにみな頭を下げていた。
「神官長様に、お取次ぎを」
神官長の部屋の前にいた、二人の女性神官にファルコンがそう告げると、二人のうち一人がそそくさと神官長のいる部屋に入っていった。
残っている茶色いショートカットの女性神官が、物珍しそうにイスカスを見つめていた。
じっと見つめられるその視線に、イスカスは苦笑していたが。
それに気づいたのか、はっとなって女性神官は今度はゼクスを見つめている。
ゼクスもじっとその女性神官を見つめていた。
「ゼクスのその反応は、まさかその女性の事が好きなのか?」
ファルコンがゼクスの耳元でつぶやいた時、ゼクスが怪訝そうな顔でファルコンを見つめ返す。
「ぜってえそれはありませんぜ。タイプじゃねえ。ただ気になっただけですぜ。気にしねえでください」
そう言って、照れたのかさっと他を見始めていた。
そんなやり取りをしている間に、扉が開き、女性神官が出てきた。
「どうぞ中へ。ただし、出来ればそこの黒髪の方のみでお願いします。他の方はここでお待ちを」
「私もか?それは珍しいな」
「申し訳ございません。ファルコン様。今回はお二人で話したいという御意向ですので。それではご案内します。リリアはこちらでお客様のお相手を」
「いえ、私がご案内いたします。キューこそ、こちらでお客様のお相手をしてください」
キューという、青い髪の女性神官は怪訝そうな顔をしながらも、リリアに任せていた。
「私はここで屯所に戻ろう。さすがにずっと留守にするわけにはいかないしな」
実際その場に立ち会えないのなら、ここにいても意味をなさないと判断したようだ。
「ファルコン、ありがとう」
「気にするな。色々とわかるといいな」
ファルコンを見送ったのち、イスカスのみ部屋に入る。
「皆待っててくれ」
「わかってますよ。ここで待ってますね」
「ワシも待ってるんで、気にせず行ってくるんですぜ」
ゼクスとリールにそう言うと、少し不思議な神官リリアに連れられ神官長の座る執務室に向って行く。
リリアはその途中で、ふとイスカスに話しかけた。
「こんなことを言っては失礼かもしれませんが、貴方はこの世界の方なのですか?その髪も感じもまるで異世界よりいらっしゃったように感じますが」
異世界?
急にそんなことを言われて、イスカスは小首をかしげている。
「正直わからない。記憶がないんだよ、俺。だからなんて答えていいかも」
「そうですか。それは失礼しました。ただ、言えるのは貴方は良い方だとそう思えます。この先、何があったとしても、必ず貴方を助ける者が現れます。信じていい者には甘えることも大切ですよ」
まるで神託めいた言葉に、さすがは神官だと思いながらイスカスは頷いていた。
リリアはにっこりとほほ笑むと、さっと神官長がいる執務室の扉を開いた。
そこにいたのは、聡明そうな眼鏡をかけグレーがかった髪をしている男であった。
入ってきたイスカスを見て、ほほうと唸りをあげていた。
「あんたが神官長?」
「ああ、一応そう呼ばれている者だが…これは珍しいものを見た。黒い髪に黒い瞳…英雄の容姿そのものだな」
まさか質問を聞く前に、その答えが返ってくるとは思わず、イスカスはキョトンとしていた。
「英雄なのか?俺は記憶がないんだ。一体俺が何者かもわからない。…実際、今まで魔族に襲われ、俺の事を魔王と呼んできた。だから俺は、本当は人じゃない魔族で、魔王じゃないのかってそう思えて」
「その答えは私にもわからない。ただ、容姿や受ける雰囲気は英雄の伝説そのものである。しかし、その英雄を魔王として魔族が手に入れようとするとは…本当に英雄である可能性が高いな」
「英雄…それで俺は何をしたらいいんだ?このまま、何もしないんじゃ。それに魔族に狙われ続けて迷惑をかけるわけにもいかないんだ」
神官長は眼鏡クイっとあげると、じっとイスカスを見つめていた。
「そんなこと、私にわかるはずないだろう?自分で決めるものだ」
確かにそれは言われた通りだった。
自分でできることはなんなのか、改めて思うと本当に何もできない。
「まあ、ひとつこちらからの願いは、英雄だとすればこの世界を救ってほしい。英雄は未知の力を使うとされている。自覚はないのか?」
「いや。確かにこの剣で体に身を任せたら、魔族を攻撃できたけど。魔族みたいな力使えるわけでもないし。…あ、これについて何か知っているか?」
そう言って、さっと右手首を出した時、自分自身驚いた。
あのお守りが完全に融合して、なにやら右手首に妖しい紋様が描かれている。
「なんだこれ…さっきまで、こんなんじゃなかったのに」
「そいつはまずいな。私も魔族の術は知らないが、禍々しいものだというのは良くわかる。体に変化とかないのか?」
「特に…」
そういいながらも、イスカスはくらっとしかけた。
なぜか眩暈がする。
その上、体が重くなっていた。
「大丈夫ですか。あまり無茶をされては」
さっとリリアという女性神官が、肩を貸した。
そのおかげでなんとか、倒れずにいられたがあまりいい状態ではない。
「なんでだ…さっきまでは…大丈夫…だったのに」
「見せてみろ。とりあえず我らの術がどれほど効くかわからないが、かけてみよう」
そっと水晶のようなものがついた杖を、イスカスの右手首にあてるとなにやら呪文のようなものを唱える。
水晶は光り輝き、イスカスを苦しめる紋章を沈静化しようとしていたが、さっと黒い闇のようなものがその光を弾き返す。
「これは…他に手があるとすれば、女神様の元へ…しかし、もしこの闇がそれすらも飲み込むとすれば…」
「何言ってるんですか。苦しんでいらっしゃるお方を救わないなど、神官に反する事ではありませんか。助かる道があるのなら、その手を使うべきかと」
リリアの反応に、神官長はため息をついていた。
「女神様の力でバリアをはっている。つまり女神様になにかあれば、この世界は滅びるのだ」
「この方は英雄という話ですよね。ならば、どのみちこの方を失った時点で助からないのですよ」
「それはあくまで伝説だ。…そもそも、魔族がおそらく狙っているのは女神様か…となれば、その術はそのためにかけられたと考えるべきだ。ならば、連れて行くことはできない」
神官長ともありながら、そうと思えない答えにリリアは信じられない顔をしながら、イスカスをもはやこの部屋から連れ出そうとしていた。
「女神様の像がどこにあるのかわかってます。勝手にいくので構いません。貴方には失望しました」
もはや話もできなくなっているイスカスと共に部屋を出たその時、キューというあの女性神官がそこにいた。
キューは不審そうにリリアとイスカスを見ている。
「何をやっているのです?」
「キュー、リリアを止めろ。こやつは私の許しなく女神様のあの部屋に立ち入ろうとしているらしい」
「な…何があったのですか?」
「キューお願い。この方がもしかしたら英雄かもしれないのに、魔族の術に蝕まれこのようになっているの。助かるには女神様のお力をお借りするしかない」
「黒髪に黒い瞳…確かにそうかもしれません。英雄がいなければ、この世界は救われることはない」
キューが言ったその言葉に、リリアは頷いていたが、一方の神官長は慌てふためいていた。
「やめろ…女神様に何かあったら、そもそも終わりなんだ」
「それは神官長が勝手に言ってることじゃないですか。大丈夫かもしれません。救える命を救わないで聖職者とはいえません」
「今回はリリアの方に分がありますよ。神官長、申し訳ありませんが、今回ばかりは貴方のご命令は聞けません」
まさか自分の側近二人にそんなことを言われるとは思わなかった神官長の顔がひきつっている。
もはや、そんな神官長を放置しリリアと共にキューはイスカスに肩を貸していた。
「場所はわかっているのですか?」
「予測はしています。ただ、確証はないのでそこまで行ったら、手当たり次第ですよ」
そんなリリアの言葉に、キューは笑顔で頷いていた。
もはや二人は同志だ。
本来神官長の言葉に背くと言えば、規律違反になるのだが、そんなこと怖くない。
すべては英雄を助けるため。
二人の肩につかまって何とか歩いているイスカスは、かなり苦しそうな顔になっていた。
紋章が右腕の高い位置まで、上がっている。
猶予はあまりないのがわかる。
「急ぎましょう」
「そうね、このままだったら元も子もないわ」
だがこの時、リリアはふと疑問に思っていた。
「そう言えば、お客様は?」
「大丈夫、時間がかかりそうだからとまた迎えに来てもらえるよう頼んだから」
「そうなの…だったら大丈夫ね。あまりこんなこと知られたくないから」
「ええ。行きましょう」
できるだけ早く突き止めなければならない。
ただ、最奥もまた入り組んでいて、そう簡単にたどり着けない構造ではあったが、二人は神官長の側近。
その近くまでは行ったことがある。
ただ、その中まではさすがに入ったことはなかった。