***マイスの家***
『中和剤』が湧き出る『アクティブシード』を調合してから十数日が経ったそんなある日の事、少し困ったことになっていた
「『香茶』を淹れたから、よかったらどうぞ!」
「あっはい、ありがとうございます…」
ソファーの前に置いてあるテーブルに、ちょうどいいくらいの暖かさの『香茶』を置きながら僕が言った言葉に返事を返したのは、そのソファーに座っているトトリちゃんだった。しかし、そのトトリちゃんはといえば、こころなしか元気が無さそうに見えた
僕はソファーとは別の、テーブルそばに置いてあるイスに腰かけ、自分用に用意した『香茶』に口をつけた後ひとつ息をついてトトリちゃんに声をかけた
「それで、今日はどうしたの?…もしかして、あの『アクティブシード』に何か問題でもあった?」
最終的にトトリちゃんにあげるかたちになったあの『中和剤』が湧きだす『アクティブシード』のことを思い出し、そう言った
だけど、その僕の予想とは裏腹に、トトリちゃんは首を振る
「いえ、そんなことはないです!高品質の『中和剤』を日にちもかからないで用意できるアレには、とってもお世話になってますから」
「それじゃあ…?」
「あっ……ええっとー…」
何やら言い辛そうにして言葉を詰まらせてしまうトトリちゃん
……そんなにもトトリちゃんを困らせてしまうものが何かあっただろうか?そう思い、僕は頭の中で考えを巡らせてみる
「ロロナ?」
真っ先に思いついたので、つい口に出てしまったが……正解だったらしい。なぜなら、僕の呟きを聞いた瞬間トトリちゃんはビクリッ!と跳ね上がっていたからだ
トトリちゃん自身も僕に気づかれたことがわかったようで、「アハハ…」と困ったように苦笑いを浮かべた
「えっ、本当にロロナなの!?」
「はい…そうなんです」
「また前回みたいに調合の邪魔をされるとか?」
そう聞いてみたけど、どうやらそうではないらしくトトリちゃんは首を振った
「なら、どうしたんだろう…?」と頭をひねって考えてみるが、僕は思いつけずにいた。そんな中、トトリちゃんが「実は…」と話しだす
「先生が「私もこれからはもっとちゃんと先生っぽくするよ!」みたいなことを言って、私に『錬金術』のレシピをくれたんです」
「うんうん」
僕は話を聞きながら「以外にロロナもちゃんと先生してるだなー」って思い、何が悪かったのかわからず首をかしげたのだけど……トトリちゃんの次の一言で全て理解することができた
「そのレシピの内容が『パイ』の調合法だったんです。それもいろんな種類の…」
「…………なるほど」
「納得しちゃうんですか!?ええっと、もしかして『錬金術』だとわたしくらいの段階で『パイ』を教わるのが普通の流れだったとか…?」
大きく頷いた僕の反応を別の意味でとらえてしまったんだろうトトリちゃんが、困惑した様子で問いかけてきてしまう
「あっ、いや違うよ。ただ「ロロナらしいな」って思って頷いただけで、別に『パイ』の調合法を習うのが普通って意味じゃあ……って言っても、参考にする人がいないから何とも言えないなぁ…」
僕が知っている錬金術士の師弟はアストリッドさんとロロナのみ。その上、僕がロロナと出会った頃にはもうすでに『錬金術』で『パイ』を作っていたから、あれがアストリッドさんに伝授されたものなのか、ロロナが自力でやるようになったのかはわからない
それとは別に、トトリちゃんの気持ちもわからなくない。「『錬金術』のこと教えてもらえる!」って思ったのに『パイ』の作り方を教えられたら、それは何とも言えない気分になるだろう
そんなことを考えていると、トトリちゃんが不思議そうにして首をかしげながら僕に問いかけてきた
「あの…マイスさんは教わっていないんですか?『パイ』の作り方」
「うん、教わってないよ。…そもそも僕の『錬金術』自体、見様見真似で始めたものだったし。でも、その後ホムちゃんに基礎から教えてもらったりもしたんだけどね」
「ホムちゃん?」
より一層首をかしげるトトリちゃん
そういえばそうだった。ホムちゃんは今、どこぞに行ったアストリッドさんのお手伝いとして旅について行ってしまっている。だから、トトリちゃんはホムちゃんと会ったことが無いんだ
「ホムちゃんっていうのは、ロロナの手伝いのためにアストリッドさん…ロロナのお師匠さんが作ったホムンクルスの子なんだ」
「ほむんくるす…?なんだか、どこかで聞いたような」
「僕も詳しくは知らないんだけど、ホムンクルスっていうのは『錬金術』で生みだされた人間のような生命体……みたいな感じらしいよ。聞いたことがあるのは、もしかしたら『錬金術』のことを調べてる時に関連した文献でも見たんじゃないかな?」
「うーん…よく思い出せません」
「そっか。…でもまあ、ホムンクルスのことは時期が来たらロロナが教えてくれると思うよ」
「はい、わかりました!」と素直に返事をするトトリちゃんは、いつもの元気の良さが戻っていた
……結局、ロロナが『パイ』の調合法を教えたことに関しては、解決も何もしていないんだけど良かったのかなぁ?
まあ、ロロナに対しては「こういう人なんだ」て割り切ってしまうしかないと思うし、このままでも良いか
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***職人通り***
一通り話してスッキリしたんだろう。トトリちゃんは僕に礼を言い、アーランドの街へと戻るようだった。なので、僕も街にちょっと用があったから、せっかくだし僕もついていくことにした
けど、トトリちゃんに変に気を
「すみません、こんなところまで送ってもらって…」
「いいよいいよ。最初に言った通り、僕も用があってここまで一緒に来たんだから。気にしないで」
そんなふうに話しながら『職人通り』にあるアトリエを目指して、ふたり並んで通りを歩いていく
…と、その途中にある一軒のお店の前でトトリちゃんが「あっ」と小さめの声をこぼして立ち止まった
「あの、マイスさん。わたし、少しこのお店で買い物をしていこうと思うんですけど…」
その言葉につられてトトリちゃんの指し示すお店に目をやる。そこはアトリエのすぐそばの『ロウとティファの雑貨屋』だった。おそらくトトリちゃんは今後の調合に必要になる物をここで買って帰りたいのだろう
さて、僕はどうするかなんだけど…
「うん、僕もティファナさんに顔を出しておきたいから、一緒に入っても良いかな?」
「はい、かまいませんよ!」
トトリちゃんの承諾を得て、一緒に入店することに。
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***ロウとティファの雑貨屋***
トトリちゃんと一緒に入った雑貨屋さんだけど、店内はいつもとは少し違う騒がしさに包まれていた
その騒がしさの発生源は、どうやらレジカウンターのほうだった
「ううー!!今度の今度こそダメなんですー!」
「あらあら~…どうしたものかしら?」
レジカウンターのそばにいたのは、フィリーさんとティファナさん。そして、そのうちのフィリーさんのほうが原因のようだった
僕と一緒に入店したトトリちゃんが、この騒ぎに驚いたように当のふたりのほうへと駆け寄り、いち早く声をかけた
「ティファナさん、それにフィリーさん!いったいどうしたんですか!?」
トトリちゃんに気づいたふたりの視線が、トトリちゃんのほうへと向く
「あら~。トトリちゃん、いらっしゃい」
「トトリちゃん?……ふえっ!ま、マイス君!?」
トトリちゃんへと向いた視線が、流れるように僕のことも捉えて……そして、何故かフィリーさんは目を丸くし飛び上がるように驚いていた
さっきフィリーさんが言っていたことも気になった僕は、フィリーさんに声をかける
「フィリーさん、どうかしたの?もしかして何かあった!?」
「ななな、なんでもないよ!?あっ、私お仕事に戻らないとー!」
「えっ、ちょ」
僕が呼び止める前にフィリーさんは「失礼しましたー!」と言い放ちながら走って店を出て行ってしまった…
「「…………」」
結局、何もわからずに取り残されてしまった僕とトトリちゃんは、顔を見合わせて首をかしげた
そして、唯一わかっているだろうティファナさんはといえば…
「今回は立ち直るのは早そうね~」
と、ひとり何かを確信したように頷きながら微笑んでいた。
…そのティファナさんの様子を見て、僕とトトリちゃんは再び顔を見合わせて首をより一層かしげたのだった……